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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
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第156話 見えざる敵1

 悪夢は何度も繰り返される。

 一昨日も、昨日も、そして今日も、汗に塗れて、息も不規則、まるでこの世の絶望を味わったかのような最悪な夜明けを迎えた。

 夢の中で死を体験したが、今日は緩やかな死を与えられたため、ガバッと起きたりはしなかったが、それでも体力は万全らしい。


「……」


 五日連続で夢を見てきた。

 決して慣れる事のない悪夢を俺は毎日体験して、最後には絶対に死んでしまう。

 ある時は四肢と首を千切られ、ある時は生き埋めにされ、ある時は身体に無数の穴を開けられ、ある時は挽肉にされ、苦痛という苦痛を味わい尽くした。

 最後には餓死したが、それまでが長すぎた。

 精神安定剤と鎮痛剤を飲んでも効かず、絶不調に達していると言っても過言ではないが、肉体も精神もまだイカれていない。

 壊れていた方が良かったのかもしれない、そうすれば地獄を味わいもせずに済んだのだから。


(フラフラするな)


 視界が歪み、立っているのか座っているのかすら判別できない。

 永劫の苦しみの中で生き存えろ、そう言っているのかもしれない。

 彼等を殺したがための復讐を受けている。

 そんな考えさえ抱いてしまうが、予知夢も実は彼等が創り上げたシナリオなのかもしれない。


(思考が鈍ってきた……)


 頭を空っぽにしないように思考で埋め尽くそうとするが、猛烈な頭痛によって中断させられる。

 頭痛、吐き気、眩暈、倦怠感、こんな身体でどうやって犯人を探せと言うのだろうか。

 隣にいるはずのユスティがいない。

 荷物は置いたまま、テントの口も開いてる。


(外に出たのか……それとも攫われたのか……)


 外に出ようとするが、その前に地面に伏して倒れてしまった。

 あぁ、駄目だ、身体が動かない。

 食欲も無ければ、睡魔も襲ってこなくなっているため、脳の機能低下も見られるようだ。


「ご主人様!?」

「……」


 虚ろな目が映したのは、真っ白で綺麗な少女だった。

 真っ黒な俺とは全然違う。

 どうやら彼女は攫われずに済んだようだが、身体が思うように動かない。

 頭痛が酷く、少しずつ目が霞んでいく。

 きっと俺はもうじき死ぬのだろう、だから身体が限界に耐えきれず、脳、筋肉、骨、そして神経にさえ異常が見られる。

 そのために俺は無様に倒れている。


「だ、大丈夫ですか?」

「……ぁぁ……」


 身体が次第に悪化していくのを感じていながら、自分は何もできちゃいない。

 良い加減、この地獄ともおさらばしなければ俺の脆弱な精神もイカれる。

 弱気になっているのではなく、この六日間で正常な判断ができなくなりつつあるので、そろそろ寿命も限界に近いというのだろう。

 予想よりもかなりの速さでやってきた。

 逆に生命力は変わらぬスピードで地面を流れていく。

 ゆったりとした速さだが、奥地まで進んできて太い大樹の根のような大きさをしている。


「今日も見たんですか?」

「あぁ……今日も奇妙な夢を見たよ」


 その内容を教えていないが、開始一日目に寝言を言ってたので、彼女も薄々だが気付いている。

 頭痛も倦怠感もあるが、胸騒ぎがしている。

 きっと今日も誰かが攫われたに違いない。


「それより、また誰か攫われたのか?」

「はい、攫われた後でしたが、それを最初にアルグレナーさんが見つけたそうです」

「また爺さんか……」


 実はジュリア、ロナードが攫われてからも、二人の人間が行方不明となった。

 それが、領主に頼まれて地質調査に参加してたルミナ、それからニックであり、その順番で二人が姿を消してしまったのだ。

 しかも昨日のニックのテントからは、数滴ずつだったが血がポタポタと続いてるのを見つけた。


(途中で途切れてたから、ジュリアを操って何処かに運んだんだろうな)


 アイツの職業は『英雄』、それは何者にも屈しないという恩恵を持った職業であり、多分催眠とか魅了とかに耐性があったのだろう。

 抵抗して自分で血を垂らして痕跡を辿らせた。

 普段は面倒臭がっている男だと、最初出会った時に思ったのだが、ニックのテントもルミナのテントも物が散乱していたが、二人共アイテムポーチだけは腰に装備していたらしいので、ある意味ラッキーだ。

 ギルドカードが無くなっていたから。

 それを俺は他の誰にも言ってないので、もしも捨てられたりしてなければ追跡可能なはずだ。

 血が途切れていた事実を鑑みて、モンスターに食い散らかされた訳ではないと判断できる。

 仮に食われてたら、途切れてた場所が血塗れとなっていたであろうからだ。


(だが、問題なのは何故二人が攫われてのかってとこか。もしかして領主に頼まれたってのがバレたか?)


 だとしたら誰に、どうやってバレたのか、最近の頭痛や疲労によって鈍った思考が理由を探す。

 抑えられていたはずの呪印が徐々に進行を再開しているようにも思えるが、それは催眠術師の影響で生命龍に施してもらった力の維持が困難となり、ムラができているからだと予測している。

 つまり生命龍のタイムリミットと同時に俺の身体に巣食っている呪印も生命を喰らって俺を呪い殺すだろう。

 俺と生命龍はある意味繋がっている。

 繋がっているから、生命も一蓮托生であろう。


「それで、今日は誰が攫われたんだ?」

「……カレンさんです」


 最悪な展開だ、そう思った。

 最も重大なのはダイアナが周囲に敵意を振り撒いているところで、テントの中にまで怒りが伝播する。

 何もしてないのに疲弊しているため、戦闘はできるだけ控えたい。

 こちらとしても手加減ができなくなるし、変に勘繰られても面倒だ。


「とにかくアルグレナーと相談して進むか中断するかを決める必要があるらしいな。それに、そろそろ爺さんに教えてもらわねぇとな」

「教えてもらう、ですか?」

「爺さんが初日に言い淀んでた『影』についての話、覚えてるだろ? 何かを見たって言ってたから、もしかしたら犯人の姿でも見てんのか、それとも……まぁ、何にせよ繋がりがあるんじゃないかってな」


 俺が怪しいと思っているのは四人、ダイアナ、ユーグストン、アルグレナー、リュクシオン、その四人だが、全く怪しくないレオンハルトも逆に怪しい。

 要は五人全員が怪しい訳だ。

 ジュリア、ロナード、カレン、ニックとルミナ、その五人は除外しても良さそうだが、まだ候補には入っている。

 それと聖女シオンは何かしらの目的があるようだが、サンディオット諸島の事件と無関係だと、俺の中の直感が囁いている。

 彼女が犯人であるはずがない、何故かそう思うのだ。


「何だか外が騒がしい気がするが、幻聴……ではないらしいな」

「えぇ、ちょっと……」


 苦虫を噛み潰したような苦悶の面構えとなってしまいそうだが、流石にいつまでもテント内にいては何も解決しないから、膝に手を置いて気怠げな身体を持ち上げる。

 あぁ、身体が重たい。

 だが泣き言を言う前に、外で発生している小事を解決に導かなければ、だな。


(今日も晴れ……いや、こっちは曇りだな)


 空は晴れやかだが、地上はどうやら曇り模様らしい。

 起床早々険悪ムードな光景が繰り広げられていた。

 ダイアナがユーグストンへと詰め寄っている姿があり、ギロチン鋏の切っ先を彼へと向けている。


「先程まで何処に行かれていたのか……いえ、昨夜から何処に赴いておられたのか、是非とも教えていただきましょうか」

「それをお前に話す義理は無い」


 二人の会話が耳に入り、状況はそれだけで充分理解できたのだが、カレンがいなくなったためにダイアナは怒りを露わにしているとは思えなかった。

 青薔薇最後の一人、彼女も何か隠し事をしている。

 その素振りとかは俺達には見せないし、ジュリアと仲良く喋っていたのを俺は見たから、彼女の本性なのか判別ができない。


「話せない事情でもあるのでございますか?」

「お前を信用できないだけだ。身の潔白を証明しろ、そうしたら俺が何処で何をしてるのかを教えてやるよ」


 二人の会話内容から察するに、ユーグストンが夜中コソコソと何処かに出向いているのをダイアナが知り、その怪しげな行動を問い詰めてるところか。

 俺達は現在、夜番を三人に増やしているが、個人の負担は少しずつ増えている。

 正直言って、夜番の時間帯は攫われる時間帯と然程関係無いだろうと結論付いた。


(つまり、夜中何処かに向かったユーグストンが一番怪しいって訳か)


 それは俺も気になっていたところだ。

 奴の影にも鼠を忍ばせてはいるが、俺の使う影鼠は残念ながら録画機能とかは持っていないので、奴が何処に行ったのかは知らない。

 いや、全員眠っているなら、誰が何処で何をしていようとも探りを入れる時点で怪しい。

 とするなら、ダイアナが犯人で、ユーグストンを犯人に仕立て上げている?


「貴方は毎晩、テントから抜け出しているのでございますよね?」

「……」

「知らない、とは言わせないのでございますよ」


 彼女は明らかに俺よりもユーグストンへと的を絞っているらしい。

 少し異様な光景だ。

 誰かが口火を切ったとしか思えない。

 アルグレナーも、レオンハルトも、リュクシオンも、三人共棒立ちとなっているが、二人の戦いに入っていけないからこそ突っ立っているだけしかできない。

 入れば飛び火する。

 だが現状のままだと何時間も二人は戦闘を繰り返しそうになるので、俺が仲介役を担う。


「今度は一体何の騒ぎだ?」

「クルーディオ……」

「随分と遅い起床ですね……一体テントの中で何をしていたのやら、でございますよ」


 何をしていたのかと言われても、寝て、起きて、ちょっとフラついてただけだ。


「そっちこそ朝っぱらから物騒なもん振り回しやがって。カレンが攫われて気が立ってるとは思うが、疑わしきは罰せず、確たる証拠も無いのに責めるのは止めろ」

「証拠はありませんが、私は彼が昨晩森の中へと入っていくのを目撃したのでございます」


 確かに俺の左目は彼女の嘘を検知しなかったが、それを目撃した事実は彼女が外にいたという根拠にもなる。


「それでダイアナ、ユーグストンは何処に行ったんだ?」

「そ、それは……」

「見ていない、と。確かにそれだけじゃ証拠としては不十分だが、俺もユーグストンが連日何処かに行ってるのは魔力探知で把握済みだ。このままだとお前が犯人の第一候補になっちまうぞ、調教師」


 俺はユーグストンの眼前に立ち、奴の目を見る。

 しかし琥珀色の瞳が伏せられる。

 どうやら俺達に対して何も話す事は無い、という意思を態度で表していた。


「やはり貴方がカレンお嬢様とジュリアお嬢様を攫った罪人でございますね?」

「誰があんなの攫うかよ。お前こそ、この騒ぎに乗じて二人を殺して何処かに埋めたりしたんじゃないのか?」

「なっ――ふ、巫山戯ないでくださいませ!! 何故私がお二人を攫わねばならないのですか!?」

「さぁな。だが、一番可能性が高いのは俺よりも自分自身だろ? 何せ、同じテントで寝てたんだ。サクッと殺してから何処かに埋めたって線が一番濃厚だと思うが? バレたくないからって他人に押し付けるなよ」


 と、相変わらず二人の険悪な雰囲気は止まらない。

 馬鹿にする訳ではないが、二人は視野が狭い。

 怪しいと言うなら俺も、アルグレナーもリュクシオンも、皆が皆怪しい。

 怪しくないのはユスティと、それからレオンハルトだ。

 こうなってしまえば、もう七人の中の誰かが犯人、という可能性しか浮かんでこない。


(外部からの可能性もまだ残ってはいるが……)


 内部の犯行ってやつだが、何故攫っていくのかも、何をしようとしているのかも、まるで分からないまま。

 それがとても不気味である。

 今日でもう六日、人が一人ずつ忽然と姿を消すのはミステリーっぽいが、俺達はこの島にミステリーしに来たのではない。

 思ってた冒険と違うと思うのは何故だろう。


「ふ、二人共、落ち着きなよ。啀み合ってる場合じゃないでしょ。ね?」


 勇者の如くレオンハルトが喧嘩を仲裁しようとするが、ダイアナがレオンハルトごとユーグストンを巻き込んで、武技を炸裂させて殺そうとする。

 地面に突き刺した二つの刃を中心に、能力が発動した。


「『内苑/彷徨いの樹海』!!」


 周囲数メートルに、円形状に蔦壁がドームを成そうと俺達ごと閉じ込める。

 逃げる間も無く、全員が檻に幽閉された。

 内苑、つまり内庭か。

 それで外苑は広範囲攻撃……ある程度だが、彼女の能力や職業の全体像がこの六日で掴めてきた。

 しかし暗視能力のある俺やユスティはともかく、ダイアナはこの光の入らない真っ暗な闇中でどうやって敵を捕捉しているのか。

 目を凝らしてみる。

 すると、彼女はバッグからゴーグルを取り出して、装着していた。


(魔導具か?)


 彼女の能力上、こうした使い方をするなら必要ではあるだろうが、まさか全員を閉じ込めちまうとは思わなかった。

 しかも空間が歪んでいるのか、暗闇が広がっている。

 冷静に状況を把握していると、近くにいたレオンハルトが何かを叫ぶ。


「こんなところ……全部燃やしてやる!!」


 燃やす、そう言ったのか?

 格闘家がどうやって蔦の檻を燃やすのだろうか?


「『焔鉄拳/白雲』!!」


 ボゥ、と白い火の玉がレオンハルトの両拳に噴出し、それはまるで白い雲のように見えた。

 白い炎とは、俺のとは別種の炎らしいが……魔力を系質的に変化させたのか、或いは元から炎の魔法適性が備わってたのかもしれない。

 とは言っても、こんな暗闇の中で火種を出せばダイアナに狙われる。


「『清廉たる滝壺』!!」

「うっ!?」


 殺すためだけに振るう二刀の刃が、空から滝のように降り注ぐ。

 水と炎のぶつかり合い。

 拳で受け止めたレオンハルトは踏ん張り、ギリギリで弾き飛ばす。


「あっぶなぁ……」

「チッ、邪魔しないでくださいますでしょうか?」

「待ってよ! ここで争っても敵の思うツボだよ!」


 馬鹿にしてるのか、コイツ?

 技名に対しての返答がボケとは、本当に呆れた奴だ。


「あ、いや滝『壺』と思う『ツボ』で掛けてる訳じゃないからね!? いや偶然だからね!?」

「……馬鹿にしているのでございますか?」

「え!? いや別に馬鹿にしてないから!」


 それに大して面白くもないボケだ。

 戦闘中というのに緊張感の欠片も感じさせないが、会話しているからか、声の反響具合から場所が完璧に把握できてしまう。

 それはユーグストンも同じだったようで、バチッと何かの閃光が暗闇で弾けたかと思ったら、二人に向かって技を繰り出していた。


「『土掘り鼹鼠(ディグモール)』」


 震動が発生し、巨大な何かが地面を潜り進んでいき、二人の足元でモグラの形をした何かが這い出る。

 土人形かと思った瞬間、罅が入ってそこから光が漏れ溢れ、嫌な予感が的中する。


「『鼹鼠魚雷モールピード』」

「ちょっ――」

「クッ!?」


 至近距離にいたダイアナ、レオンハルト両名が被弾、その爆発の衝撃によって吹っ飛ばされる。

 だが二人も職業の使い手であるため、ギリギリで逃げ、危機一髪の回避に成功したらしい。

 どうやらユーグストンは暗闇でも見えているのか、或いは探知によって空間把握ができているようなのだが、意外なのがレオンハルトである。

 紙一重の回避ができたのは、単に魔力探知が上手かったからなのかと少しだけ脳が疑惑を抱く。


「お前もお前だ、格闘家。自分は怪しくない、みたいな立ち位置にいるようだが、俺からしたらお前も怪しい。お前は本当に格闘家なのか?」

「……なら、ユーグ君の本当の職業も教えてもらいたいものだね。嘘吐きのダイアナさんもね」

「怪しげな御二方に教える気はございませんよ。少なくとも夜中に消えた調教師擬きと不気味な笑みを絶やさない似非格闘家には……」

 

 アルグレナーは様子見を、聖女様は未だにオロオロとしている。

 その間にも三者三様に口喧嘩が絶えない。


「何で自分の自由行動を、お前等みたいな怪しげな者に教えねばならんのだ」

「僕は怪しくないでしょ? 怪しげな行動を取ってるのは君の方さ。まぁ、青薔薇が姉妹二人共忽然と姿を消したのは少し気掛かりだけどさぁ」

「それが私のせいだと?」

「ハハッ、別にそう言った訳じゃないけど、そう解釈したって事はつまり君が犯人なのかな、植物学者さん?」

「そう人に押し付けるところがますます怪しいですね、格闘家さん。それから調教師擬きさんも」

「フンッ、お前等の方がよっぽど怪しいけどな」


 こんな暗闇の中でも口喧嘩する程に、彼等はとても仲が良いようだ。


「仲良しかよテメェ等」

「「「うるさい偽薬物師!!」」」

「……」


 ボソッと呟いただけのはずが、何故か三人仲良く俺を罵倒してきた。


「怪しいってなら何か証拠でもあるのかい?」

「さぁな。逆に一切の証拠が無いのが怪しく感じるがな」

「あぁそう、羨ましい限りだよ、君達には怪しい証拠が一杯あるもんねぇ」

「余裕ぶってる貴方の方こそ怪しいですけどね。格闘家がそもそも探知役を任される事自体変ですし」

「アルグレナーと結託でもしてんのか?」

「何故そこで我が輩が出てくるのじゃ!?」

「言っとくが爺さん、お前も怪しいぞ。初日はアンタが眠らされたと聞いたが、本当は自作自演だったりしてな。それに黒魔導師の時もお前が第一発見者だ。偽装する時間もあっただろうな」

「それは偶然じゃ!!」

「偶然でしょうかね? 地質調査の依頼を出したのは貴方様ですし、こうなるよう誘導したのでは?」

「あ、今度はアルグレナーさんが犯人だって擦り付けようとしてる」

「そう揚げ足を取る貴方も充分怪しいですが?」

「だから僕は怪しくないってば。それを言うならユーグ君の方が圧倒的に怪しいんだから」

「俺よりもレオンハルト、お前の方が怪しいだろ。人が攫われてるってのに呑気に笑顔浮かべやがって」

「これは元々だし、それを言うなら一切表情を変えない何処かのメイドさんの方が怪しいんじゃないの?」

「私は別に怪しくも何ともないでございますよ。私からしたら貴方様方三人も怪しい。アルグレナー様、貴方もですよ。最初に依頼を出した張本人、この調査部隊の実質的リーダーで、皆を動かす立場にあるのですから。それに初日に眠らされたと仰ってましたが、それ嘘だとしたら貴方が犯人となりますね?」


 話を聞いている中で、ダイアナが言った台詞が気になっていた。

 貴方様方三人『も』と言った。

 つまり、俺も怪しい人物であると言っているのだ。

 俺が怪しいのは承知だが、ユスティもいるし、そこまで危なくないと思うんだが。


「なぁユスティ、俺ってそんなに怪しい奴に見えるか?」

「えっと……さ、さぁ、どうですかね?」


 多少濁したような口振りだったので、少しは怪しく見えているらしい。

 それにしても、こんな暗闇の中でよく相手を罵倒し合えるな、コイツ等。


「我が輩は嘘を吐いとらん。それに星都より依頼があったから来ただけじゃ。犯人じゃったら、それ以前から島におらんとできんじゃろ」

「島にいる……そう言えばユーグストン様、貴方確か自分は『船乗り』だと仰ってましたね? もしかしてここの出身では?」

「残念だが、俺の出身はここじゃない」

「へぇ、じゃあ何処なのさ?」

「確かに我が輩も気になる。夜な夜な隠れて何かしとるようじゃし、ダンジョン化しとるのを最初に見抜いたのは貴様じゃったしのぅ?」

「何故自分の出自を明かさなければならない? それは今必要無い情報だ。それにクルーディオもダンジョン化を見抜いていた。仮にここの出身だとしたら何だ、それだけで俺を犯人扱いするとは……ハッ、脳味噌腐ってんじゃないのかお前等?」

「「「………」」」


 絶えない口喧嘩は、次第にエスカレートしていくのを聞いていた。

 こんな光も届かない場所で言い合いとは、意外と余裕なのかもしれない。


(お? 外に妙な気配を感じるな……)


 彼等にばかり注目している場合ではない。

 少し離れてはいるが、蔦檻の外側に得体の知れない禍々しい気配がしたので、魔力探知範囲を広げて周囲を詳しく探っていく。

 錬金術を使わない理由だが、身体がそろそろ限界だとさっき知ったからだ。

 いや、使う度に身体が滅びに近付くため、なるべく使わないようにしている。

 今の身体では負担がデカすぎる。

 それに俺の使うのは鉱物探知や建物の構造把握といったものなので、本来は人探しに向かないものが多く、使ったとしても近距離でしか効果の得られないものばかりなので、こうした魔力頼りとなっている。

 あ、そうだ、あれを使ってみるか。


(『遠隔操作マニュアルシフト』)


 自動操縦から、主導権を手にして影鼠を外部へと放ってみた。

 どうせ誰も見ていないのだ。

 今だけは自由に操れる。

 外側に意識を向けると、影鼠から通した景色が脳裏に浮かび上がってくる。


(よし、出れた)


 探知した場所が少し離れているので、そこまで影鼠を先行させる。

 彼等の口喧嘩を聞きながら、俺は妙な気配のした場所まで影鼠を送り込んでみた。

 木の幹を伝い、少し高い枝を渡って上手く隠れて観察するポジションに着いた。


「……」


 北側からノソノソと遅い足取りで、人影が動いていたのを捉えた。

 血で薄汚れた胸元の革鎧や腕の丸盾、それから戦闘ブーツや上質な服を身に付けて、虚ろな目で徘徊していた一人の男を発見した。

 武器である剣を手に、フラフラと歩いている。

 腹辺りが特に血塗れで、その男が何処か怪我でもしたのかと思ったが、それならポーションで回復しているだろうし、だから歩けてもいると判断する。

 しかし一人しかいないから変だと思って、もう少し近くで観察しようと影鼠の手足を動かして場所を移動、日の光でできた木影へと潜り込んで、男を挟んだ反対側の木影から影鼠が姿を現す。

 タタタッと巨大な樹木を登攀し、その男の目と鼻の先まで接近できた。


(何だ? 様子が変だが……)


 近くでジッと凝視してみるが、やはり変だ。

 木の枝を払おうともせず、木にぶつかったりしながら一直線にこちらへと向かってきている。

 それを霊王眼も同調させて男を多角的に解析してみると、最悪な事実が露見してしまう。


(何だコイッ――マジか、そういう事か……何て事考えやがるんだ、ここの犯人は……)


 犯人が何故人を攫うのか、その一端が判明した。

 これだろうな、爺さんが見たのは。

 一瞬だったから爺さんはそこまで重要性を見出だせていなかったはずだが、曇りない眼でしっかりと観察していれば絶対最初に俺達に警告していたであろう、それだけの事態が眼前の惨状となっている。

 アルグレナーが見たという『者』が何なのかを理解するのと同時に幾つか気になったので、一旦同調を切って自動操作に切り替える。


(あれならまだモンスターの方がマシだな)


 だから爺さんは俺達に先入観や情動に囚われないように配慮したのだろう。

 あれを倒すのは俺以外では躊躇するかもしれない。

 どうやら今回の事件の黒幕は、頭のネジが何本もぶっ飛んでいるようだ。

 危機的状況の塊が迫っているにも関わらず、口論はますますヒートアップしていた。


「怪しい怪しいって、馬鹿かお前等? あぁそうか、犯人はよく喋るもんなぁ。お前等三人の中の誰かが犯人なんだろうな?」

「よく喋るって君もじゃないか。僕はいつも通りだね」

「さりげなく自分は犯人ではないとアピールする辺り、貴方も犯人の可能性が高いですよね。それに主催側が犯人という可能性もよくある事でございますし」

「そういうお嬢ちゃんこそ、二人を攫うのは造作ないと思うんじゃが?」


 四人が暗闇の中、見えてないはずなのに睨み合っている。


「「「「……」」」」


 全員の言葉が一度完全に止まって、変な間が空いた。

 ビリビリとした空気に充てられてなのか、リュクシオンは野生の勘で蔦檻に背中を預け、ユスティが守るようにして前に立っていた。


「シオンさん、大丈夫ですか?」

「は、はいですの」

「私が守りますから、どうかご安心を」

「お、お願いしますの……」


 二人共、完全に防御態勢に入っている。

 俺も無意識のうちに緊迫とした空気感を皮膚で読み取っているため、約一秒後に訪れる爆発的なエネルギーのぶつかり合いに備えた。


「『外苑/断崖の庭園』!!」

「『重竜砲撃メタルバースト』」

「『金剛拳/雷落とし』!!」

「『波打つ大地震(ウェーブアース)』!!」


 四人が最大奥義らしき技を繰り出しているのだが、普通に考えてこんな閉鎖空間で繰り出すような技でもないし、周囲が見えてないようだ。

 四つの技が衝突して、蔦檻が吹き飛んだ。

 同時に俺達も完全に吹き飛んでしまい、俺とユスティは踏ん張ったが、リュクシオン一人だけ転んでいた。


「「「「ハァ……ハァ……」」」」


 今一度確認しよう、現在朝食の時間帯である。

 午前九時前後、それくらいの時間に四人の馬鹿が周囲を何一つ考えずにぶっ放した。


「おい大丈夫か、聖女様?」

「だ、大丈夫では、ありませんの……」


 何度かバウンドして三半規管が平衡感覚を失ったみたいで気持ち悪そうにしてるが、身体は修道服に付与された魔法によって無事だった。

 それよりも四人が全員傷一つ付いてないとは、力が拮抗していた証拠だな。

 ダイアナは地面を縦に破壊し、ユーグストンは地面を縦に抉り、レオンハルトは地面を縦に焼いて踏み抜き、そしてアルグレナーは地面を縦に褶曲させていた。

 全員の前方の地面が被害を受け、四人で地面に奇怪な十字を描いたようだ。


「そこまでだ、テメェ等。ピリピリするのは分かるが言い争いは後にしろ」


 非常事態なので、戦闘はここまでにしてもらおう。

 それから爺さんに聞いておかねばならない。


「爺さん、アンタに一つ聞いておきたい事がある」

「む、何じゃ?」

「初日にアンタ言ったな、影を見たって。それについて教えてもらおうか」


 爺さんは何かを口にしようとしたが、喉まで出掛かった言葉を飲み込んで口をチャックする。

 予想はしていたが、黙りこくる理由はやはり……


「アンタ、もしかして人影を見たんじゃないか?」

「な、何故貴様がそれを――」


 失言した、とでも言うかのような口を両手で塞ぐが、もう遅い。

 すぐそこまで来ているのだから。

 爺さんは何かを知ってしまったが、その反応を見る限り、どうやら正解だったか。


「もう隠す必要も無い。そろそろ来るしな」

「く、来るとは?」


 俺の指差した方を見ても何も無かったため、ダイアナがこちらを怪訝な瞳で見てきたが、その前に茂みを掻き分ける動作すらせずに男がフラフラ現れた。

 その男は虚ろな目を向け、悲壮感を顔に貼り付けて、俺達へとゆったり迫ってくる。


「な、何でこんなとこに人がいるんだい?」

「それはもう人じゃねぇよ」

「ま、まさか――」


 誰がこんな惨たらしくしたのやら、いらない部分をリサイクルした結果こうなっしまったのかなと、俺は犯人の考えを推測してみる。

 爺さんが目を見開いて驚愕していたので、どうやら俺の予感が的中したらしい。

 ずっと胸中で燻っていた胸騒ぎの正体はこれだったらしい。


「歩く死体……それも、内臓を刳り抜かれた(・・・・・・・・・)動く死骸(・・・・)だ」

『ァァア……』


 まるで正解だと言うように、その男は口から血を垂らして唸っていた。

 霊王眼で透視解析すると、内臓が全て取り除かれていた。

 自然ではない。

 明らかなる違法手術、あの状態でどうやって動いてるのかは不明瞭だが一つ考えねばならないのは、臓器は何処に行ってしまったのか、である。

 人工的に切開手術をして、心臓や肺、臓器を取り出した後で縫合してあるようだが、何度も動いているうちに手術痕が開いたのだろう、だから服や革鎧などが血塗れとなっている。

 まるでゾンビだ。

 魔石が体内から確認されないため、これはダンジョンモンスターではない。

 人工的に生み出されたゾンビは、俺達へと一歩ずつ接近してきて、崩れかけの手を伸ばしていた。


『アァア!!』


 そのゾンビは剣を手に、近くにいたダイアナを襲おうと助走をつけて走り出し、剣を振り被る。

 まさにホラー映像だ。

 身体を崩しながら迫る様は恐怖でしかない。

 俺は別に恐怖に震えたりしないが、ユスティやリュクシオンはドン引きしていた。

 それも当然、ゾンビが全力疾走してるとこなんてホラー以外の何物でもない。


「そんな武器、私の鋏で――あ、あれ、抜けない!?」


 地面に深く突き刺したせいで、二刀に分離した鋏を引っ張り上げられずにいた。

 その彼女に魔の手が迫る。

 普通なら逃げるという選択肢が生まれるはずなのだが、彼女はいきなり背後に現れたゾンビに対し、抜けないという非常事態に直面して脳がパニック状態へと陥ってしまっていた。

 パニクると思考が停止するタイプか、あの女。

 動けずにいたため、彼女に刃が振り下ろされる。

 逃げ出そうにも爛れた顔は近くでは恐怖に映るだろう、彼女も少し引き攣った顔をしていて、気付けば俺より先にユスティが斬撃へと突っ込んでいた。


「大丈夫ですか!?」

「ぁ……は、はい!」


 彼女はその刃を二刀の魔剣で受け止めたが、化け物の脳内リミッターが外れているのか、見た目からは想像もできない程の腕力によって、彼女を斬ろうと片腕に力が込められていく。

 向こうは片手、ユスティは両手での短剣二刀ガードだ。

 それなのに押されている。

 苦しそうにしているが、それでも仲間を守るのだと彼女は力を込めて歯を食い縛る。


「うっ……」


 踏ん張っていても彼女の膝はガクガクと笑っていて、攻撃の重さに片膝を地に着けてしまう。

 このまま眺めていては危ないので、俺も攻撃に加わろうかと動く前に、地面から鋏を抜いたダイアナが相手を見据えてユスティごと化け物を斬る。


「『半透月』!!」

『アァァ!!?』


 ユスティの背後から刃を横一文字に振るい、斬撃が透過して化け物の腹だけを斬り裂いていた。

 どういう原理なのかは分からないが、ユスティとダイアナは協力して化け物ゾンビを討伐した。

 そのままゾンビは胴体を真っ二つにして、背中から崩れ落ちる。


「やはり我が輩の見間違いではなかったようじゃな……初日に我が輩の言った言葉を覚えとるか?」

「あぁ、一瞬何かを見たって言ってたな。これだろ?」

「正確には、これと似た死骸じゃよ」


 それは、この森にはゾンビが他にも徘徊しているという意味か。

 屍人が動いている様を見るのは初めてではないし、傀儡と成り下がった屍人をどうやって動かしてんのか、これも催眠術か?

 やっぱり催眠術師は覚醒者なのか?


「あ、あの、ユーステティア様……先程は助けて頂き、誠にありがとうございます」

「いえ、ご無事で何よりです」


 俺は何も命令していないので、ユスティが助けたかったから助けただけだろうが、ダイアナもお辞儀はしているが警戒も働かせたままのようだ。

 それも当然、助けてもらった彼女の主人が薬物師なのだから。


「う、うわぁぁぁ!!?」


 と、ビックリ仰天ものの悲鳴を上げたのは、尻餅着いたレオンハルトだった。

 何かと思ったら、地面に転げ落ちていた死骸がモソモソと動いているではないか。


「おい、どうなってやがる……」

「確かにこの鋏で真っ二つにしたはずですが……」


 いや、下半身は少し離れた場所に落ちているため、普通なら死んでいる。

 しかしゾンビ兵には痛覚というものが無いようで、剣を握って俺達を殺そうと上半身のみ、腕の力のみで有り得ないくらい跳躍する。


(狙いはシオンか!?)


 跳躍先が聖女であるリュクシオンだったため、護衛する側として守らねばと動こうとしたが、その刹那、心臓を握り潰されるような激痛に襲われて失速する。

 一瞬だけ呼吸を忘れた。

 視界がチカチカと明滅して、意識が飛び掛けた。

 辛うじて指示を口から吐き出して、それをユスティが耳にして行動に移す。


「ユスティ…シオン、を……」

「はい!」


 彼女は駆け出し、ゾンビの背中へと飛び上がる。

 それに気付いたゾンビが身体の向きを変えて反撃しようとしていたが、その前に狩人としての彼女のトリッキーな動きがゾンビの心臓を捉える。

 獲物を狙う獣人が一匹、化け物を狩る。


「『双炎牙(デュ・エングル)』!!」


 二刀から炎が噴き出して、それを心臓部へと突き刺した彼女はそのまま地面へと縫い付けて炭化させた。

 調べるためのサンプルが欲しかったが、そこまでの余裕は無かったらしい。

 高火力で炭化させた化け物を横目に、ユスティは二刀の火を消して刀身を鞘へと仕舞った。


(クソッ、心臓を鷲掴みにされた気分だ)


 ただ痛いだけ、それだけだが、この発作が身体から出された寿命警告(アラート)なのだと直感した。

 大丈夫だ、まだ時間はある。

 炭化した化け物の塵が風に飛ばされ、その北の方からワラワラと新たな屍人が複数体現れる。

 現在俺達の勢力は七人、それに対して動く屍人は合計して十五体もいる。


「今はレオンハルトの小僧の言う通り、啀み合うとる場合では無さそうじゃな」


 各々力を借りずに、戦闘を始めてしまう。

 それぞれが互いを信じられないのか、味方すらも敵と認識しているようだ。

 敵全員が、掻っ捌かれたような腹の傷を縫った手術痕が見られた。

 その身体は霊魂の器として機能していない、つまり蘇生措置を執り行っても二度と生き返りはしないため、後は中身を確認するだけなので何匹かは生け捕りにしようと蠱刃毒の毒薬瓶を取り出した。

 見えざる敵、疑心暗鬼な地獄の数日間は俺達に更なる試練を与えてくる。

 殺そうと跳んできた敵に向き合い、俺は形成した蠱毒の刃で敵の攻撃を受け止め、戦いを始めた。






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