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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
163/276

第154話 地質調査9

 一人で静かに考えたい時、俺はよく瞑想する。

 座禅を組み、精神を統一し、心内を一度空っぽにしてリセットした状態から、深く自分の内在世界へと潜り込む。

 目を閉じた俺は思考を回し始めた。


「……」


 今回考えねばならないのは、フラバルドの比ではない。

 地質調査の参加メンバーにいるであろう催眠術師について、麻薬事件、生命龍、ギルドに侵入した犯人、先程知ったジュリアの誘拐に関する幾つかの事象、考えねばならない件が多すぎる。

 それに他の島については、セラの安否や転生者、三神龍の居場所について、そして俺についても謎が多く残されているので、そちらも含まれる。

 何故俺だけがハングリーベアに狙われたのか、それもまだ正確には解けてない。


(考えるべき内容が多すぎるな)


 どれから整理していこうか迷ってしまう。

 だが、他の島や俺については今は放置して、ジュリアが攫われた時の状況を考えるとしよう。

 俺が問題視しているのは五つ、犯人の動機、攫う順番、攫った方法、行方不明者の所在、そして犯人の素性、その五つを基軸として考えていこう。


(まずは、攫った方法からだな)


 犯人が誰かはまだ分からないが、催眠術師だと仮定するなら催眠によって従わせたりでき、攫うのは簡単なはずだろうが、少し疑問がある。

 それに靴を置いていったというのは、何処か変だ。

 神隠しのように見せ掛けたいなら、靴は消えてなければならない。

 犯人は夜中に少女を攫った、なら周囲は暗かったはず。

 いや、キャンプファイアが上がっていたなら、まだ火は消えていなかっただろうし、靴を履いたかを確認する時間は余裕で確保できていたはずだ。

 なのに、何故か靴はそのまま放置していた。

 単に馬鹿なのか、それとも俺が考えすぎてるだけか、それは推測にしかならない。


(ここでは催眠術師が犯人と仮定したら簡単だが、もし犯人が催眠術師じゃなかったらどうだ?)


 もし別の人物が犯人だとしたら、この中にいるであろう人間にできるのか。

 俺達はそれぞれ職業が異なっている。

 当然、相手を攫うためには対象を気絶させねばならないだろう。

 格闘家であるレオンハルトや偽物ノアのような力があれば気絶させられるだろうが、それには『ジュリアが何の抵抗もしない』という条件が付いてくる。

 昨日の戦闘を見るに、彼女は実力者だ。

 つまり、戦闘になれば否が応でもテントで寝てる奴等に気付かれる。

 そして忘れてはならないのが、どうやって俺達全員を眠らせたのか、だ。


(もし今の話が実現してたら俺達はきっと戦闘音で気付いたはず、しかし実際には気付きもせずにグッスリ寝てる奴ばかりだったし、俺も悪夢で朝まで寝ていた。戦闘になろうとも何があろうともテントから出る場合は靴を履かなくてはならない。とするなら、やはり犯人は催眠術師ってのがしっくりくる答えになるな)


 これで攫った方法のみならず、犯人の素性が少し分かった気がする。

 犯人はやはり催眠術師で、攫った方法は催眠術による誘導だ。

 だがまだ完全に催眠術師と決まった訳でもないし、もしかすると別の犯人がいる可能性や犯人複数説もあるかもしれないのだ。

 確率は一桁台だろうが。

 要は可能性を排除してはならない、という意味だ。


(次は……犯人の動機か。だが、動機に関しては考えても無駄だろうな。そもそも情報が足りなさすぎるし)


 残りの三つ、犯人の動機、攫う順番、行方不明者の所在、どれも考えるにはピースが不足している。

 攫う順番に至っては犯人の気分次第でもあるだろうし、それか俺達の職業が目当てなのかもしれないとなると、俺達を『駒』にしようとしている可能性すら浮上してくるから、もう少し情報が手に入ったらにする。

 ジュリアの転移能力を利用すれば、距離は不明だが離れた島に即座に行けるかもしれないし、移動手段を手に入れた事になる。

 そうするとジュリアの所在は、案外催眠術師の近くかもしれない。


(灯台下暗し、ってやつかな)


 本当に灯台にいたりして……


(とにかく、攫われた以上は俺も何か対策を講じなければならないな)


 しかし、その対策をどうするかが議題の一つに挙がるものだ。

 俺達は現状で催眠術師に対抗する術を持ち合わせていないため、どうすれば良いのか迷っている。

 職業には職業の力が有効だ。

 しかし錬金術師では、対策を講じても上書きされてしまう恐れがあるため、その策で行くには少々無謀にも程があるだろうと考えてしまう。

 他の奴等も、職業を偽っている者も何人かいる。

 ソイツ等の本職を推測しなければならない。


(いや、何人かはもう分かってるはずだ)


 俺は彼等の戦闘能力の特徴から、地質調査に参加するメンバーの職業が何なのかを推察している。


(あ、そうだ。婆さんにも聞いてみるか)


 俺はギルドカードを取り出して、それの通信機能を使ってみる。

 通信名簿が空中に出現して、それをスライドさせていくと下の方に婆さんの名前が書かれたものがあったため、それをタップする。


『はいよ、こちらローニア……ディオか、こんな時に何の用じゃ?』

「あれ、もしかして機嫌悪い?」


 星夜島のギルドマスター、ローニア=ギューヘルバッツへと連絡するが、通信の向こう側から機嫌の悪そうな声が届いた。

 寝起きかと思われたが、どうやらそうでもないらしい。

 向こうからの返事を待つと、少しして彼女が事情を話し始めた。


『そうではない、ちと別件で立て込んどるんじゃ。今、儂は星夜島の領主邸におるんじゃよ』

「領主邸? 何でだ?」

『日輪島と月海島の領主が共に来とってのぉ、そんで儂に相談があったから領主邸で震えとる領主二人の話を聞こうと思って、そこにおるんじゃよ』


 日輪島と月海島の領主がそこにいる、それが嘘でないのは左目で判断できたが、状況が謎すぎる。

 何故この島に日輪島と月海島の領主がいるんだ?

 何を相談するつもりだったんだ?

 何に対して震えているんだ?

 あぁ駄目だ、考えまいとしていても事件に関係ありそうだと思ったら、もう疑問が尽きない。


『日輪島では何でも、海上を飛んどる巨大な『龍』を目撃したそうじゃよ』

「は? 何だそれ? 陽光龍でも飛んでたってのか?」

『さぁ、少し錯乱しとるようじゃし、まだ聞き出すには時間が掛かりそうじゃ。月海島の領主に関しては、漁獲量の低下や貿易ができないのが痛手なようじゃな。それに観光客もめっきり減って、しかもそこで立ち往生しとる冒険者や女子供も行方知れずらしい』

「マジか……」


 月海島でも誘拐事件?

 何だか島全体がフラバルドの時のような状況になってきているようだが、今回は見境無しなようで、しかも攫われているのが冒険者や女子供とは、共通性が見られない。

 攫われてないのは星夜島の住民くらいか。

 日輪島の領主の件で時間が掛かる、そう言われても俺達にはそこまで時間が残されていない。

 ジュリアに至っては攫われたのが深夜の三時頃だったと思うので、もし殺されていたとしたら蘇生時間は残り二日と少ししか無いのだ。


『それで、お前さんは何用じゃ?』

「あぁ、少し報告しときたい事と頼みたい事があってな、連絡させてもらった」

『フラバルドでフランシスが世話になったしのぉ、申してみぃ』


 開始一日で判明した島の状況と、これから予測できるであろう状況を、俺は有りのまま爺さんとの会話も含めて少し時間を掛けて話してみた。

 一日の状況を話すのに時間が掛かってしまった。

 要点だけ纏めて話すには、まだピースが足りないので仕方ないとは言え、その時間が勿体無い。

 説明を聞いた婆さんが、大きく溜め息を吐く。

 何故なら、今回は行動次第で島が完全に崩壊し、崩壊の影響で火山爆発も発生するかもしれないからだ。


『ハァァ、まさか島の崩壊と同時に噴火が起こるかもしれんとは……聞くんじゃなかったよ』

「聞いといてそりゃ無いだろ」

『話はそれだけかい?』

『いや、えっと、実はまだ言っとかなくちゃならない事があってな……』


 少々言い難いのだが、ジュリアが攫われた状況、それからテント内の散乱物、今朝の戦闘を余さず伝えた。

 現在朝の八時半過ぎ、婆さんが二度目の溜め息を漏らす。


『ハァァァァァ』

「露骨に溜め息吐くなよ」


 攫われた横でスヤスヤ寝ていた無能かお前、と思われたかもしれないが、俺は昨日起こった出来事を道順辿って説明した。

 俺達と交代して、アルグレナーとユーグストンの二人が夜番を務めていた時、三時ごろまで夜番したと思ったら気が付いたらテントの中で目を覚ました、というのをアルグレナーが言っていた。

 三時頃になって全員が寝静まっていた時、犯人がジュリアに催眠を掛けて逃げ仰せた、これが事件の簡単なあらましである。


「テントに置かれてたのは、川の字に並んだ寝袋三つと下着や寝間着、ジュリアの寝袋付近にはマントや短剣、それからショートブーツが置かれてたよ」

『ほぅ、それで?』

「いや、それが全部だが?」

『馬鹿もん! それで何が分かるのかを説明せんと意味無いじゃろうが!』


 怒られてしまったが、まぁ今のは俺が悪い。

 だから掻い摘んで必要な部分だけ説明していく。


「問題なのは置かれてた物と、同じく置かれてなかった(・・・・・・・・)()なんだよ」

『どういう意味じゃ?』

「寝間着が置かれてたって事はつまり、ジュリアは起きてたって訳だ。いつでも動けるようにな」


 そして一方で下着などが散乱していたのはカレンとダイアナの方だった。

 そして靴を脱いでいたのは、寝袋の上に座っていたからだろう。


『じゃが、何故起きとったんじゃ?』

「昨日の夜中に魔力探知で他の奴等の状況を探ってみたんだが、ジュリアが最初に夜番してた時、青薔薇のカレンとダイアナの二人が何かを話し合ってた。多分、俺達を信用できないからってんで、テント内で警戒を働かせてたんじゃないかな?」


 つまり、三人でそれぞれ時間を決めてローテーションで青薔薇内での夜番をしようと決めていたはずだ。

 そして着替えが散乱してたのは多分、ジュリアが朝になって消えていたから、手早く着替えて外に出てきたという訳だろう。

 だとするなら、二人は催眠術師ではない。

 或いはカレンは犯人ではない、という推論に至る。


『何故ダイアナのお嬢ちゃんが犯人ではない、とはならんのじゃ?』

「理由は二つ、一つは彼女がジュリアと血が繋がってないからだ」

『もうちっと年寄りに分かるよう説明せぇ』

「要するに彼女は使用人、他の人からの命令を受けているかもしれないって事だ」


 まぁ、これは流石に無理のある説明だと自覚している。

 彼女達は長い年月を一緒にパーティーとして活動してきたと聞く。

 催眠術師の命令を遂行する、という説明は考え難い。

 だが、他の人からの命令ならばどうだ?

 ジュリアは薔薇貴族の一員で、彼女を亡き者にしようと画策する上でダイアナをパーティーに忍ばせていたとしたら、そう考えたのだが、正直こんなところでお家騒動は止めてもらいたい。

 余計に話が拗れて、ややこしくなる。


「つまり、他の貴族のところから派遣された諜報員スパイって訳だ」

『成る程のぉ……で、もう一つの理由は?』

「アイツ、ジュリアが攫われたって言っても動じてなかったからな。まるで攫われるのが分かってたみたいに」


 それも正直に言えば、確証以前の問題だ。

 単に動じない性格かもしれないし、攫われたのを俺と同じように理解して切り替えていたのか、物的証拠も無いのに犯人と断定できない。


「まぁ、これはあくまでも俺の考えでしかないから、参考にはならん。だからアンタに二つ頼み事がある」

『何じゃ?』

「まず一つ、青薔薇や他の冒険者の情報を開示してもらいたい。そこに書かれてる職業だけでも良い」


 本職を書いている可能性を考慮に入れただけ、俺のように嘘を書いてたとしても、今は何でも情報が欲しい。

 そこから本当か嘘かを精査する。


『ふむ、それくらいなら構わん。それで、もう一つの頼みとは?』

「ジュリアの所在を特定して欲しい」

『所在を特定と言われてものぉ……』


 いや、もしかすると可能かもしれない。

 それを頼みたい。


「さっきの話の続きだ。テントで見た物の中にアイテムポーチが無かった。多分だが、装備した状態で出てったんじゃないかと思う。その中にギルドカードが入ってるかもしれんから、ジュリアを初めとして全員の位置情報の開示も頼みたい。それぞれの動向を見ときたいしな」

『ふむ……分かった、なるべく早く調べとくよ』


 ギルドカードの安全装置の一つ、あまり説明されないので知らない者も結構数いるが、ギルドカードには特殊な追跡魔法がある。

 そのため、それを利用して犯罪者を取り締まったりできるのだ。

 俺の場合は細工してあるので、普段は探知されないようにしてある。


『厄介な事件に首を突っ込んだもんじゃな』

「そうだな」


 本当に面倒だよ。

 だがリノが倒れてる今、このまま次の都市へは行けないだろうから、早めに解決するべきだ。

 ただ、Eランクの人間にやらせるべき案件ではないとは思っている。

 明らかにランクを逸脱している。


「まぁ取り敢えず、こっちはこっちで地質調査を続けてるから、もし何か分かったら連絡してくれ」

『了解したよ。ま、お前さんも頑張んな』


 そう言った婆さんの方から、通信が切れてしまった。

 ギルドカードをポケットに仕舞い、俺は再び瞑想に入っていく。


(さっき婆さんが言ってた、龍が空を飛んでるって話と月海島の状況も気になるが……)


 今は星夜島だろう、それを解決しないうちは他に気を回せない。

 並列思考ができるとは言っても、俺の身体も脳も一つしか無いのだ、無駄なものに思考は回せない。


「『闇這う影鼠クリーピング・シャドウメルク』」


 しばらく影を使ったりしないだろうし、少しでも情報を集めるためには積極的に影を使うべきであると判断し、影から大量の小鼠を生み出した。

 これは自分の五感を飛ばせるため、かなり有用だ。

 それに使い方次第では遠隔操作もできるし他人の影に忍ばせたりもできるが、攫われると思ってなかったので、こうした仕掛けもしなかったのと、デメリットもあるから使わなかった。

 これを使えば他の影魔法が使えなくなる。

 つまり戦闘に転用できなくなってしまうのだ。

 まぁ、それでも余りあるメリットもあるため、自分の影にも数匹忍ばせておこう。


「……」


 犯人は何故ジュリアを攫ったのだろうか。

 何かしらの目的があったとしたら、その目的は何か、何処に彼女を隠したのか、尽きない謎がグルグルと頭の中を野原のように駆け回る。

 思考が一杯となり、俺は一度息をゆっくり吐いて再度大きく吸い込んだ。

 より多くの酸素を脳へと送り、リラックスしてから思考を再度リセットする。


(弱気になっては駄目だ。少しずつ、ようやく少しずつ俺の手掛かりを得られてきたんだ。こんなところで終わってられない)


 まだ開始二日目だ、始まったばかりであるのに弱気になるのは俺らしくない。

 錬成もあまり使わずにしているが、毒を固めるために使用しており、後何回身体が耐えられるだろうかと握り拳を作って、体内に意識を向ける。

 生命力が全身に流れている。

 心臓部から全体へと向かっていくが、この力もまだ扱えていないから早く使えなければ、いざって時に役に立ってはくれない。

 操ろうとしても、上手く動かせない。

 体内のも同様、中々に難しいものである。

 生命力を錬金術師の力で別のエネルギーへと変換できるのは直感で分かるが、それをすれば生命力は空となり、そうすると身体が動かなくなる。

 動かせないなら別のエネルギーに変換する、そのような考え方でなら使えるが動かすのはやはり才能の無い俺には難しいようだ。


「……難しいな、これ」


 今ある戦闘のための手札も確認しておこう。

 俺が持っているのは、錬金術、精霊術、絶影魔法、毒、魔力、そして生命力、の六つだ。

 錬金術は呪印の侵蝕が抑えられているとは言え、痛いものは痛い。

 軽減されてるが、それでも痺れが残る。

 忌々しい限りだ。


「ステラ……やっぱ出てこないか」


 精霊術はいつも通りだが、精霊紋に引っ込んでいるステラが何故だか出てこようとしないため、魔神戦の時みたく超強力な風を操れない。

 絶影魔法は、右目『竜煌眼』を駆使してない状態だと並列起動できない。

 毒は状況次第でどうとでもなるが、今は薬物師の職業と偽ってるせいで怪しまれている。

 魔力は師匠譲りの制御術を身に付けてるので、身体強化や探知とかはお手の物、それが今一番頼りにしている力でもある。


(そんで生命力、か。体内感知だけはできるんだがなぁ)


 内側を意識すれば生命力が流れているのは見えるが、それを操るとなると別の話になる。

 戦闘ではまだ使う、という域に達していない。

 と言うか、期限である七月七日にまで間に合うかどうかが微妙なところだ。


「七月七日か、もうすぐだな」


 もうすぐで俺の……


「ご主人様、そろそろ出発するそうですよ」


 昨日とは違い、気配を携えてユスティが迎えに来た。

 瞑想していると時間が経過していたようで、休憩も終わりにして立ち上がる。

 臀部に付いた土を払って、俺は彼女に返事した。


「……あぁ、すぐ行く」


 この島で何かが起こってるのは確かなんだ、そのための調査を全うするとしよう。

 そのために、先へ進まねばなるまい。

 二時間とはあっという間だったが、他の奴等は気持ちの整理を付けられただろうか。

 海は今日も荒れていて、空は雲一つ無い快晴、そして風は森へと突き進んでいき、俺を誘っている。


「さて、行くか」


 風の誘いに乗るとしよう。

 この選択がどういう結末を生むのか、どういった最期を迎えるのかはまだ考えも付かないけれど、俺は最後まで命を燃やし続ける。

 そして俺は生き延びてやる。

 運命に抗って、運命を切り拓いて、何処までも何処までも自分の進むべき道を歩み続ける。


(そう、約束したもんな……皆)


 誰かを不幸にしてしまう道であっても、死んでいった皆のために自分を探し求め、現世を彷徨う。

 こんなところで催眠術師なんかに躓いてはいられない。

 だから路傍の石ころであっても、大きな岩であっても、邪魔ならば排除する。

 最後に立っている者が勝者だ。

 勝者こそが全ての権利を手に入れられる。


(このゲーム、勝つのは俺だ)


 だから行こう、未開の地へ。

 そして手に入れよう、自由という名の勝利を。

 たとえそれで誰を失おうとも、何を犠牲にしようとも、最終的に俺が立ってさえいれば……それで充分だ。





 俺はギスギスした調査団のところへと戻った。

 すでにユスティが準備を済ませてくれていたようで、荷物が整理されて仕舞われていた。

 彼女に任せっきりにしていたな。

 後で何か労うとしよう。


「さて、全員準備は良いかのぅ?」

「ちょっと待て!」


 荷物を背負って全員が出発、となると思ったが、その前に偽物ノアが待ったを掛けた。


「何じゃ貴様? 何かあるのか?」

「あぁ、あるぜ。ここでハッキリさせときたいんだが……おい薬物師野郎、テメェが犯人だろ?」


 いきなり俺を指差して、偽物が本物を犯人呼ばわりしてきた。

 根拠は俺の職業か。

 今更変えるのも何なので、薬物師として取り繕う。


「俺は犯人じゃない、そう言ったらテメェは信じんのか? どうなんだよ英雄様」

「ハッ、犯人は挙ってそう言うんだよ!」

「そう言うと思ったよ」


 剣を抜こうとしていたので、その前に俺は銃口を向けて威嚇射撃一発ぶち込んだ。

 その弾丸は肉眼では捉えきれない速さで、偽物ノアの頬を掠めた。

 ジュッと音を出し、頬から血が滴り落ちる。


「柄から手を離せ。次は当てる」

「チッ」


 ただ引っ掻き回したいだけなら、発言しないでもらいたいところだ。

 銃口は下ろさずに、俺は尋問を続ける。


「俺が犯人と思う理由は?」

「テメェしかいねぇだろ。ジジィと猫野郎の一つ前が、テメェと武闘家野郎だ。それにその前には攫われた奴とテメェの奴隷、こりゃ偶然か?」

「全員で話し合った結果だ」

「いんや違う、テメェは攫われた女の発言のすぐ後で発言した。交代の時にでも薬を飲ませて時間になって攫ったんじゃねぇのかよ?」


 成る程、その推理には幾つもの矛盾や穴があるのだが、かなり緩く見積もったら一応は筋が通っているだろう、まぁしかし俺がもし犯人で彼女を攫っていたのだとしたら、ではあるが。

 即効性の睡眠薬を飲ませたのなら、確かにジュリアは寝てしまうかもしれない。

 だが、他の連中はどうだろうか?

 どうやって全員を眠らせられるだろうか。


「仮に俺が攫ったとして、餓鬼以外を眠らせた方法はどうやったんだ?」

「ガスのような毒を使えばできたんじゃねぇのか? 昨日持ってたもんなぁ!」


 確かに霧状で使おうとしていた毒があった。

 それを瓶の中でしか出現させていなかったとは言え、見られていたのは間違いない。

 だが、そこまで頭が切れるタイプではないようだ。

 幾つもの抜け穴がある。


「まず一点、昨日から風が吹いてる。そんな中で睡眠ガスを撒いたところで無意味じゃないか?」

「精霊術が使えんだろ? ならできるじゃねぇか」


 それならできるかもしれない。

 だが忘れてはならないのが、これは催眠術師の仕業であるというところだ。

 しかし向こう側は候補に俺が挙がっているのと催眠術師が犯人である可能性が考慮に入ってないため、論破しようにも一から色々説明しなければならない。


「おいどうした、反論できないのか犯人?」


 見下したような下卑た笑みと視線に、昨日の反省が見られないのが分かった。

 なら、反駁させてもらおう。


「じゃあ聞きたいが、俺が全員眠らせたとして、何故爺さん達をテントの中に戻す必要があった? そんな行動をして俺に何のメリットがある? それに全員睡眠薬を嗅いだりしたのだとしたら、その違和感に誰かしら気付いたはずだ。テントは出口を締め切っているはずで、ガスも普通は届かないだろうし、お前の言った方法でガスを撒いたとしても間違いなく気付かれる」


 言葉で捲し立てると口を半開きにして馬鹿みたいな表情を晒してたため、単に目立ちたがりなのか、或いは昨日の報復でも考えていたか、そんなところか。

 余計な真似をして時間を潰すのは本意ではない。

 これ以上手間掛ける気もないが、釘だけは刺しておかねばなるまい。


「俺が攫った可能性があるのも充分理解してるが、犯人だと断定するには情報が足りなすぎるな。仮にも英雄の名を騙ってんなら、もっと考えてから発言しろよ」


 正直、もう少し考えられる人間なら、俺の隠れ蓑として機能してくれただろうが、コイツが英雄だと思われるのは今後の俺の行動に悪影響を及ぼしかねない。

 それが一日見てて分かった。

 あぁ、コイツは駄目だな、と。

 それなら、彼が偽物だと周囲に気付かせるのが一番適している。


「お待ちくださいませ。今の発言ですと、この人が英雄でない、と言っておられるように思われますが……」


 ここでダイアナが食って掛かる。

 俺の正体を知ってるのは、アルグレナー、ニック、そしてルミナの三人、それからユスティか。

 この中で『ノア』を知らないのは、偽物と攫われたジュリアを覗くと五人、ユーグストン、レオンハルト、カレン、ダイアナ、そしてリュクシオンだ。

 その五人が気になると言わんばかりに俺と偽物を交互に見る。


「俺はあの日グラットポートにいた。当然魔神と戦ってる本人をこの目で見たし、戦いの中で奴が使っていたのは剣ではなく短剣、それから風の魔法だった。それにノアの職業は魔剣士じゃない。まぁ、俺が嘘を言ってる可能性もあるがな」


 暴露する方が早いが、それでも俺が嘘を吐いてるかもしれないと相手からしたら、そう見えるだろう。

 その通り、半分は嘘だ。

 だからもう少し情報を開示して、理解を示してやる。


「おい偽物、魔神の名称、戦ったんなら特徴も合わせて言えるよな?」

「ま、魔神の名称……え、『星喰らう歪んだ悪魔エーヴェウグル・ディーヴァ・ジーレ』、こ、これくらい知ってるぜ、何せ俺様が倒したからな!」


 俺が聞いたのは『魔神』の方であって、その前の盲目の化け物『星喰らう歪んだ悪魔エーヴェウグル・ディーヴァ・ジーレ』ではない。

 根本的に履き違えているのが今ので分かった。

 まぁ、説明としては『魔神』としてしか広まっていないので、あまり知らないのも無理ないが、それでも仮にも英雄を名乗るなら知っとけよと、コイツの無知さには呆れ返ってしまうばかりだ。

 俺はこんな馬鹿にこれ以上自分を名乗らせるのは、流石に無理だと思った。

 隣を見ると、ユスティが今にも腰の短剣引き抜いて斬りかかりそうなので、彼女の様子も検討した上で奴が偽物だと証明しようとしている。

 ジュリアが攫われた今、コイツは隠れ蓑ではなく、単なる爆弾だ。

 コイツの職業は大体予測が付くため、俺は無理難題を吹っ掛けてみる。


「じゃあお前、空、飛んでみろ」

「……は?」

「倒したんだろ? だったら翼生やして自在に空を飛べるはずだ。実際に空を飛んでた化け物を斬り倒してるんだ、だったら飛べるよな? なら証明してみせてくれよ、テメェが本物のノアなのかどうか」


 初めっからこうしておけば良かった。

 英雄の名を騙る人間を隠れ蓑にしようと考えていたが、昨日今日で地質調査をする上で邪魔な存在であると認識を改めた。

 もし反省してるなら、と思ったのだが甘かったな。

 これ以上、この男がノアを穢さないようにしなければならない。

 悪名が広まったりするのは正直どうでも良いが、それで被害を被るのは俺なのだ、余計な面倒事を増やさないでもらいたい。


「あぁそれと、一つテメェに言っておこうか。テメェの強さじゃ魔神はおろか、分裂してた状態の化け物一匹にすら勝てねぇよ」

「な、何だとテメェ――」

「ちょっとえぇか?」


 ここで爺さんが話題に入る。

 銃口を止める形で、俺の方を向いていたため、偽物は爺さんが自分の仲間だと思い込んだらしい。

 表情に少し余裕が出てきていた。

 しかしながら爺さんはクルッと回れ後ろをして、偽物ノアへと目を向ける。


「星都にある冒険者ギルド本部にも、その魔神戦における詳細は届いとる。その上で言わせてもらうが、英雄ノアの職業は魔剣士ではなく、『精霊術師』じゃよ」

「なっ――で、デタラメ言ってんじゃねぇぞジジィ!!」

「デタラメかどうか、それは貴様が一番よく分かっとるはずじゃが?」


 爺さんは俺が本物であると知っているため、俺に便乗してくる。

 俺が自分を隠しているのも知ってるため、そのための協力をしてくれているようだ。


「下手な嘘は止めるべきじゃ」


 他にも知っている奴がいる、それは偽物ノアにとって非常に不味い状況である。

 しかし何で俺の名を騙るのだろうか、本当に不思議だ。


「俺もノアを知っている……俺とルミナは奴と同じ冒険者試験を受けた」

「フンッ、別に擁護する気は無いけど、コイツじゃないのは確かね」


 ニックとルミナも俺の方を見て、ソイツが偽物だと言っている。

 これで八方塞がりとなった今、最早英雄だと取り繕う必要も無くなった。


「今一度問おう。テメェは何もんだ?」


 全員が武器を取り出し、彼に切っ先を向ける。

 不安要素は一つずつ取り除いていく、それがこれからの調査で必要になってくるものだ。

 だから黙っている男に対して、俺は質問を繰り返す。


「もう一度言うから正直に答えろ、テメェは誰だ?」

「……」


 幾ら聞いても答えようとしないため、ならば俺も手段を選びはしない。

 銃口を奴の右足首に向けて、発砲する。


「グッ――ギャァァァァァ!!?」

「で、ディオ君、何してるんですの!?」


 いきなりの攻撃に、聖女は慌てふためく。

 その様子にお構い無しに次々と発砲して、容赦無く偽物の身体に物理的に穴を空けていく。


「見て分かるだろ? これ以上時間を無駄にする訳にもいかないし、手っ取り早く答えてもらうのが一番だから、少々痛い目に遭ってもらう」


 左足、左腕、右腕と、順番に穴を開けていく。

 その場に血が噴き出ていくが、俺は攻撃の手を緩めずに今度は発砲位置より少し内側へと狙いを定めて発砲、血がドクドクと地面に流れていく。


「ギャァァァァァ!? イデェ……イデェェェェ!!!」

「おいおい、魔神と戦ったんだろ? だったらギャーギャー喚くなよ。言っとくがテメェが答えるまで撃ち続けるからな。あぁでも安心してくれ、死んだらちゃんと地面に埋めてやるから」

「ヒッ――」


 今朝の夢のせいか、昨日の出来事のせいか、コイツに全部の苛立ちをぶつけているみたいだ。

 楽しくもないし、嬉しくもない、気持ちが晴れたりもしない。

 数秒間隔で連続して円を描くように手首足首から撃っていく俺を見た全員が、次第に武器を下ろしてドン引きし、偽物を憐れんだ目で見下ろしていた。

 誰も、俺の攻撃を止める者がいなかった。

 それは自分も嘘を吐いている、と分かっているから。

 この男の二の舞になりたくないから。

 そして人望の無さが、全員に『助ける』という選択肢を浮かばせない。


「い、言う…言う、から……」

「ほう、やっと言う気になってくれたか」


 射撃を中止して、俺は死に絶え絶えとなった偽物の髪を引っ張り、眉間へと銃口を突き付けて脅す。


「チャンスは一度きりだ。テメェが嘘を吐いたり、もしくは言い淀んだりした場合、このまま引き金を引く。汚い花が脳味噌に咲かない事を祈るよ」

「わ、分かった……」


 穴が空いたとしても、ポーションがあるから即座に外傷は治る。

 薬物師という肩書きはこんなところでも役に立ってくれるようだ。

 それに死んだとしても蘇生できる。

 ただこの身体になってから蘇生能力は一度も使ってないため、どんな反動を喰らうか。


「お、俺様は……ロナードだ。ま、魔剣士じゃねぇ……」

「本当の職業は、黒魔導師か?」

「な、何で知って……いや、その通りだ」


 俺と目を合わせずポツポツと自分の内情を話していく偽物ノア、いやロナード、闇を操って斬撃にしたり、テントに闇の人形を設置していたから大体それかなと思ってたが、本当にそうだったか。

 だが魔剣士ではないと言われた時、あんなにもキレたのは英雄ではないとバレたくなかったからか?


「何故英雄の名を騙った?」

「へっ、そんな奴、この世界に幾らでもいるさ……ただ、俺様は英雄の名で甘い蜜を吸いたかっただけだ。幸い、ノアとかいう奴を知ってる人間はいなかったもんでな。だから使わせてもらった」


 しかし結果がこのザマだ。

 これ以上、他人の名前を使って悪さはしないはずだ、そう願う。


「何だよ……最初っからバレてたんじゃねぇか。なら何で最初に言わなかった?」

「言う必要が無いと判断したからだ」

「な、何だよ、それ……」


 コイツの質問に対して適当に誤魔化し、俺は銃をホルスターに仕舞った。


「この調査に参加した理由は?」

「ぎ、ギルドに登録した名前がノアだからな、偶然ここに来てた時に、この地質調査の依頼を勧められて受けた。簡単な仕事だと思ったが、とんだ的外れだぜ」


 少し目を泳がせている偽物ノア、もといロナード。

 コイツ、まだ何かを隠している。


「ハハッ……やっとツキが回ってきたと思ったのによぉ、何なん…だよ……」


 血が地面に流れ出て、失血死しそうな勢いだ。

 しかしそれを許さないのは、聖女シオンだった。


「『クライセントの書第八章・女神ノ癒シ手』」


 身体にあった穴が徐々に塞がっていく。

 代わりに聖女の表情が優れないものとなっていくが、彼女から神々しい力が流れていくのが見えた。


「ふぅ、何とか治癒はできましたの」

「治す必要あったか?」

「誰であろうとも、私は聖女ですので癒しますの」


 朗らかに笑う彼女は、まるでユスティのようなタイプの人間かと理解する。

 俺の苦手なタイプだ。

 無碍にできないし、彼女は聖女という仕事を全うしただけだ、彼女を責めたりはしない。


「ですが英雄様ではなかったという事ですの? もしかしたらと思ったのに、当てが外れて残念ですの……」


 シオンが何かを呟いた気がした。

 俺にはそれが聞こえなかったが、彼女も何か秘密を抱えている。

 ここで秘密を持っている者程怪しく見えるのは何故か。

 不思議だな、誰かが口火を切ったせいで、こんなにも空気が険悪となろうとは誰が予想できたであろうか、それとも誰かは予測できていたのだろうか。

 少なくとも攫っていった犯人は、こうなるように誘導したのかもしれない。


「とにかくテメェに構ってる時間も無駄だし、この調査に参加してしっかり貢献しろ。ジュリアを探すのも手伝え、黒魔導師なら探知の術くらい持ってんだろ」

「巫山戯んじゃねぇ! 何で俺様が――」


 まだ自分の置かれた状況、立場を理解してないらしい。

 俺は殺意を奴にだけ向けて、殺す気で一歩近付いた。


「まだ自分の立場を理解してないのか? テメェに選択肢なんて無ぇんだよ、死にたくなけりゃ身を粉にして働くんだな」


 今は人手が足りてない状況だ。

 島を出てった冒険者も結構いるはずで、この森を闇雲に探すのは効率的に悪すぎる。

 今は影鼠にも島の中央や北部へと向かわせているため、無駄な時間を過ごした分、サッサと進もう。


「話はついたかの?」

「あぁ、俺は別に問題無い。犯人扱いされんのも、昔っから慣れてるしな」


 今も命を燃やしている俺、そして催眠術に抗っている生命龍、時間は有限であるために爺さんへと目配せして出発を促した。

 それによって爺さんは二列編成の中核を担い、ジュリアを抜いた状態で二日目の探索が始まった。






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