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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第一章【冒険者編】
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第15話 ギルド試験6

 錬金術師の保有する能力は幾つもある。

 『錬成アルター』は自身の認識範囲内十数メートルまでなら、触れずとも自在に物質を別の物へと変化させられるため、稀に相手の認識範囲外から攻撃したりするが、普段は腕輪を錬成させて武器にしたりして、ほぼ我流での戦闘スタイルを確立させている。

 短剣、大剣、斧槍、弓矢、大盾、針、鎖、大鎌、籠手、様々な武器へと形を変えられる。

 他にも、チャクラムやブーメランのような投擲可能な武器や、釣り竿や鉄扇、農具や発掘道具、発想次第ではどんな武器にも、どんな道具にもなる。

 この錬成した腕輪は全てミスリルで構成されており、だからこそ簡単に形を変えられて、しかも魔力の伝導率が極めて高いのは異世界定番であるからこそ、即座に変化させて武器として扱える。

 この能力は一番使い勝手が良くて、しかも魔力を一切必要としないのだ。

 他の職業では魔力を代用して能力を使用しているが、俺の使う錬成能力の何個かは、魔力を一切使用しない。

 だから、変形させた武器に魔力を流したりして、別の形で魔力を代用している。


「それで、何故呑気に釣りをしてるのだ?」

「魚が食いたくてな」


 現在、俺は川辺で釣りに興じている。

 腕輪を釣り竿に変形させて、その竿には魔力の糸を使用しているため、近くで捕まえてきた小型ワームを針に括り付けて、それを投擲、浮きの真下に数匹の魚が群がっているのが魔眼で見える。

 雷の精霊術を駆使して、それを魔力糸に流し込めば全匹確保可能だが、無闇に生態系を崩す行為には及ばず、ただ静かにゆったりとした時間を過ごしている。

 先程蘇生能力を使った。

 だから、その休憩である。

 そんな釣りの最中、リノが背後から呆れるように問い掛けてきた。

 今は何故か魚が食いたい気分なので、この澄んだ川辺の近くの湖で魚釣りをしている。

 バケツには五匹くらい魚が泳いでおり、後一匹か二匹くらい釣って引き上げるべきだが、釣りは気持ちを落ち着かせてくれる趣味の一つだ。

 静かで精神を統一させられる。


「何処から釣り竿を……」

「腕輪を錬成して、それから魔力を糸にして垂らしてる。ルアーは別で作った」


 手先は結構器用であるため、錬成せずに一から武器を手作りしたりも可能、鍛冶師等の生産職ではないが、武器職人にでもなれるかもだが、錬金術師から転職するという行為だけはできない。

 まぁ、別段この能力に不満は無いので、転職する気は無いのだが。

 神から授かった職業を変えるとは何事だ、なんて教会の奴等が言うだろうし、転職方法すら世界には存在しない。

 いや、実際にはあるかもしれないが、俺は知らない。

 副職くらい良いじゃないかと思うが、教会連中からしたら神様の信奉を無碍にする気か、なんて変な勘繰りをしたりもするそうだ。


(そう思うと神様もケチだよなぁ)


 釣り竿が引っ張られていたので、獲物の動きに合わせて釣り竿のリールを巻いていく。

 意外にも手応えが大きいので精霊術を行使し、魔力糸に微弱な電撃を流し込んでいき、痺れたところで一気に後ろへと釣り上げた。


「っと、結構デカいな」

「これはまた……かなりの大物を釣り上げたのではないか、ノア殿」


 俺の肉体よりも巨大な魚が釣れてしまったが、あまりにもデカいのは食べずに湖に戻す。

 あれだけの大きさは食えないし、普通の大きさの方が調理しやすい。


「それより、身体の調子は大丈夫なのか?」


 数時間程前、一人蘇生したために身体が崩壊して、その直後に超回復が作動したため平気だが、それでも彼女に心配されている。

 蘇生についての条件の一つ、自分の肉体が崩壊して死ぬというものは、死に対する過負荷が反動として与えられ、それが衝撃として肉体を破壊するから、本来ならば一回きりの能力だった。

 しかし、錬金術師という職業と暗黒龍の超回復能力はベストマッチしていたため、激痛に耐えられるなら蘇生は何とかなるだろう。

 更に能力を伸ばしていけば、蘇生能力もより多く使用できるはずだ。


「身体の方は問題無い。だが正直に言えば、精神的に過負荷が掛かっているから、精神的ストレスは尋常じゃない程蓄積されてるだろうな。目に見えないけど」


 蘇生する際、それから蘇生までの治療の際、人体の蘇生のためには相手の状態を元通り復元しなければならないが、それには死の瞬間を追体験(トレース)する必要がある。

 要するに蘇生能力行使には、相手の死の状態を読み込まなければならず、結果として精神を汚染する。

 読み込まずの蘇生も一応は可能だが、人体にどんな影響が出現するか予測もできないし、前にモンスターで試してみたら身体がボコボコと膨れ上がって、最後には破裂して死滅してしまった。

 死ぬ瞬間の記憶を共有してしまうため、蘇生する度に俺の精神はどんどんと瓦解していく。

 だからだろうか、人の死に関しても無関心となってしまっていた。

 だが、感情は普通に存在している。

 不思議なものだが、死における概念が希薄化していると俺は捉えている。


「とてもそうは見えないが……一切、ノア殿の表情が変化してないからか、まるで不明瞭だ」

「無愛想で悪かったな……よっと!!」


 (ワーム)を取り付けてから、再び湖へとルアーを投げた。

 ポチャリ、そう音が聞こえてきて、俺は再び釣りへと意識を集中させる。

 裏切られて傷付いた精神を癒すために旅を始めたのに、これでは前よりも悪化しているではないか、そう判断するも少し違うように思えた。

 人の死に無関心にはなるが、人が人を裏切るという行為についてはまた別問題だろう、こちらは追憶に呼び覚ますだけで反吐が出る。

 アルバートのようなクズ共が邪魔するなら殺すし、治療を頼まれても引き受けない。

 勇者とは、この旅でまた会うかもしれない。

 だが、もし邂逅を果たしても、多分向こうは俺を綺麗さっぱり記憶から抹消しているはずだ。

 その方が好都合であるため、俺としても赤の他人となれるなら喜ばしい限りだ。


「で、ドスフロッグは見つかったか?」

「あぁ、川辺を調べてたら見つかった。しかし、解体の方法を知らないからな、三匹程捕まえてきた」

「何で三匹も?」

「ノア殿に解体を頼みたいのだ、失敗した時用にな」


 解体、素材採取、そういった技能は冒険者としては必須スキルであるが、それは何も自分ができなくても仲間がいれば、その仲間に頼れば良い。

 しかし、少しでも剥ぎ取りできる方が何かと融通が利くものだ。

 それに彼女は一人旅をしてきた。

 ならば、今後の冒険も視野に入れて、技能を今のうちに伸ばしておくべきだろう。


「解体経験は?」

「無い」

「分かった。なら教えてやるから、ちょっと待ってろ」


 魔力糸が張られて、一気に竿を上へと引いて魚を釣り上げるに至った。

 上空へと舞い上がった大魚が手に持ったバケツへと飛び込んできて、針を回収し、このまま持ち帰る。

 拠点を移したから安心だ、とは思っていない。

 むしろ前より危険度が増したとすら考えるくらいで、本当はのんびりしている暇すら持ち合わせておらず、心の安寧を欲している。


「さて、ドスフロッグの毒袋なんだが、迂闊に触ると破れて大変な事態になるから気を付けろよ」

「う、うむ」


 ドスフロッグの毒袋は少しでも傷付くと中身が出てしまって、その瞬間使い物にならなくなるため、少しコツが必要だと指導する。

 血抜きした後、解体用のナイフで腹を掻っ捌いてから内臓を手早く取り出して、深緑色をした袋を見つけた。

 そこに伸びている管の端を縛り付けてから切り落とし、それを精霊術を駆使して冷凍処理し、内臓の無くなった本体に関しては湖に捨てる。

 この蛙は湖にいた魚とかにも美味しく頂いてくれる、環境にも優しいモンスターであるので、地中に埋めたり他のモンスターにワザワザ与えに行ったりしなくて済む。


「の、ノア殿ぉ……」


 余った二匹目を解体しようとしていると、隣から情けない声が漏れ聞こえた。

 この後の展開は予め予測できていたので、俺は喉元まで出そうになっていた言葉を、出さないようにと思って喉奥へと飲み込んだ。

 解体初心者ならば、こんな厄介な魔物より、初めは簡易的な動物の解体から始めるべきだ。

 しかし今回のは、意外にも難しい。

 何故なら毒袋が破れやすいからだ。

 その深緑色の袋は体内の脂肪で衝撃から守られているが、外に出ると腐敗速度が一気に上昇する。

 粘液も一応は防腐剤として利用できるが、今回は採取目的物ではないので、放置する。

 だが結局、毒袋が破裂して彼女の身体は、毒液と防腐粘液塗れとなってテラテラしていた。


「お前なぁ……だから迂闊に触るなって言ったろ」


 抑え込んだが、やはり言葉が、と言うよりも文句が出てきてしまった。


「うぅ……は、早くお湯を貸してくれ……」

「はいはい」


 火と水の精霊術でお湯を球体状に形成して、それを彼女目掛けて落とした。

 ドスフロッグの毒は相手を痺れさせるくらいの麻痺効果しか無いので、毒の粘液塗れとなったところでリノには大した影響を与えない。

 手足が痺れて少し動けなくなるくらいか。

 蛙達の主食は小さな虫であり、この毒は虫を誘き寄せるフェロモンが放たれてるそうなので、体表に粘液として纏った状態で河原に待ち、そこに腰を据えた虫を長い舌で捕まえる、といった感じだ。

 弱肉強食の世界だから、蛙は蛙で生態系を生き残るために知恵を絞り、こうして進化した。

 生物は適応し、進化していく。

 動物も、植物も、そして人間も……


「プハッ!? の、ノア殿! や、やるなら先に言ってほしかったぞ!!」

「迂闊に触りやがったのは何処のどいつだよ?」


 これで少しはマシになっただろうが、その毒袋の粘液毒は虫には好意的なものだが、人間である俺には少し変な臭いなので、あまり近付きたくない。

 むしろ接近してくれるな、と一歩間を空ける。

 ある程度の臭いは水落ちするが、数時間はそのままであるので、我慢してもらう。


「お前、今までどうやって生きてきたんだ?」

「……」


 目を逸らして冷や汗を掻いている。

 一年は目的地を探って旅してきたようだが、旅には勿論路銀が必要となる。

 しかし彼女、旅して一年、どう生き抜いたのか、そこが非常に気になっていた。

 旅の最中は冒険者ギルドの換金所を利用しようにも、まず解体作業の経験が一度も無く、素材採取という観点から彼女は度が付く程に下手だ。

 だから何かを売り払って路銀を得たのか、と思う。

 しかし、それでも一年は長い。

 言葉通り、今までどうやって生き延びたのか、そこが不思議でならない。

 まぁしかし、彼女が今後どうなろうとも、俺の責任にはならないだろう。


「正直言って、足手纏いだな」


 思った内容が口から弾んでしまった。

 まぁ事実なので彼女が反論するというのは筋違いだし、彼女も理解してるからこそ相当なショックを受けて、膝から崩れ落ち、四つん這いとなって項垂れた。

 ガーン、と擬音が幻聴として耳に入ったか、口を開けて放心していた。

 言い過ぎた、と思う気持ちも無くはないのだが、この冒険者という界隈で生きていくには、彼女は何も知らなさすぎるのだ。

 これは、一次試験の点数も気になるところだ。

 彼女の答案を見てない以上、彼女の知識的実力は計り知れないが、今ので大体分かる。

 知識全然無いな、コイツ。

 何処かの貴族令嬢のような気品を感じる部分はあれど、蝶よ花よと育てられた結果か、冒険者という仕事に向いてるとは言い難い。

 貴族は嫌いだが、流石に今回の試験は監視カメラ映像でリアルタイムで観察されているから、彼女自身で手に入れなければ合格判定されないのでは、と推察した。


「自分のできない作業、或いは技能は、この試験の間だけでも二つ、いや最低でも一つは身に付けろ。そのための手助けくらいはしてやる」

「う、うむ……」


 本当は盗めと言いたいところだが、解体作業に関しては、採取方法を間違えると手に入らない素材があったり、素材自体を傷付けたり、或いは間違った変な癖が付いたり、なんて可能性も考えられる。

 ちゃんと教えないと剥ぎ取りはおろか、内臓処理や血抜きですら失敗する。

 彼女の様子から、血抜きでさえ失敗して、その血をぶち撒けそうだ。

 後処理を考えずに放置してると、気が付いたら周囲にモンスターの群れがいましたー、では話にならないから、手順や必要最低限の知識は教える。


「モンスターは血の臭いに敏感だ。中には五キロ先十キロ先からでも臭いを嗅ぎ分ける能力を持つモンスターだっている。だから血抜きに関しては効率遵守だ。必要な場所、必要な手順を最小限に留めて、血を抜き取る」

「わ、分かった」

「それと、モンスターの知識は最低限覚えておいた方が身の為だ。ギルドでは資料室が無料で貸し出されるから、そこで勉強するのもお勧めだな」


 低ランクの図鑑なら、ほぼ全種類揃っているから、比較的覚えるのは簡単だ。

 そこからは自分の頑張り次第となる。

 それに知識があれば、ギルドからの直接的な依頼を受けたりして、生態調査等でモンスターの生態について観察したりもできる。

 知識で金が手に入る。

 だから冒険者に知識は必須なのだ。

 それに正しい知識を活用して、他者の持ち込む素材より高品質の素材をギルドに提供できれば、それだけ早めにギルドランクを上げられ、信頼も勝ち取りやすくなる。

 ギルドランクの昇格や信頼云々に関しては、俺には必要の無い項目だが、覚えておいて損は無い。

 上級冒険者の数は意外にも少ないため、高ランクのモンスター図鑑に記載されてる情報は案外少ないもの、率先して生態調査に貢献すれば、高い役職にも就ける。

 なので魔境とかでの生活は、案外有意義なものとなったなと、記憶に新しい。


「よし、これで取り敢えずリノの課題はクリアだな。後は冷凍処理した毒袋を瓶に入れとけば……」


 バックパックから透明の空瓶を二つ取り出して、一個ずつそこへと仕舞った。

 二日目の昼に手に入るとは結構運が良いものだが、何故か未だに受験者に出会ってないため、残る半分の課題を消化できるかは謎だ。

 今後どう左右されるか、そこに焦点が当てられる。

 俺の目当ての素材は未だ発見できておらず、今後も探し続けるなら、先に受験生を狙ってバッジを奪いに行くべきなのだが、殺人鬼が潜む森で受験生と出会わないのは、すでに殺されたからかと最悪を想定する。

 だとすると、俺が合格できない。


「一つは自分で持ってろ。予備は素材として使えるから、片方は貰ってく」


 どうせ依頼は一つであり、予備は予備でしかない。

 仮に二つ必要だと言われた場合は、その予備を差し出せば充分だ。


「その蛙の毒袋は何に使えるのだ?」

「このままじゃ使えない。毒袋を擦り潰して成分を抽出、他の素材と攪拌、融合、再構築、その過程で麻痺を癒す薬になるんだ」


 所謂、麻痺治しだ。

 組み合わせる素材によっては麻痺治しではなく、神経毒や風邪薬、胃腸薬、鎮痛剤とかにもなる、まさに医師の妙薬とまで言われるくらいだ。

 この蛙に毒としての価値は無いが、薬としての価値は何十倍にも跳ね上がる。 

 俺が述べたのは一般例であって、調べれば色んな薬品に使われていたりする。


「ドスフロッグは体内で数十種類もの薬能成分を混ぜ合わせてるからこそ、薬としても色々と使えるんだ。勿論、結構毒も毒袋に溜め込まれてる」

「そ、そんなに毒を混ぜたら、人は死ぬのではないか?」

「毒と薬の効能が互いに中和し合ってるせいで、毒の効果は薄いんだ。だから毒の粘液を浴びても平気だろ? 多少痺れる程度だ」

「た、確かに……」


 ただ、突然変異によって薬の効能が一つでも消えたら均衡は崩れ去り、猛毒を携える蛙となるのだが俺は一度たりとも見た経験が無い。

 それは、当然と言える。

 理由は、生まれたと同時に突然変異によって均衡の崩れた毒成分が、その蛙の肉体では耐えられず、自分の毒に侵されて生まれた瞬間に死滅するためだそうだ。

 だから突然変異体を見る機会は、滅多に訪れない。

 もし発見できたら、それこそラッキーだ。

 俺の探し求めてる素材と同等レベルの入手難易度、幸運に身を任せねば入手不可の材料となる。


「さて、そろそろ俺も動くか」

「動くと言っても、具体的にどうするつもりなのだ?」

「……さぁ」


 俺が行うべきは二つ、目的の獲物に対する自力での発見か、それとも受験者からのバッジの奪取か、二つの行動がどう転ぼうとも動かなければ何も得られない。

 二兎追う者は一兎をも得ず、どちらかを選ぶべきだ。

 その途中で逆の目的物に辿り着けば、その時次第で判断するとしよう。

 しかし結局、動く以外に道は無い。

 具体策は思い付いてないが、その前に必要に応じて行動すれば問題は無かろう。


「貴殿……考え無しだな」

「結局は成り行きに任せるしかないからな」


 どうする事もできないからこそ、俺は試験のルールに則って行動する。

 だが、その場合、すでに試験課題を達成している少女は、自由に行動できる。

 俺を手伝うも良し、逃げ隠れるも良し。


「お前はどうする?」

「我もノア殿に同伴しよう」


 バックパックを背負って俺の隣に立ち、彼女は我先へと突き進んでいく。

 すでに俺が何を獲得するか、その未来を予知したのだろうが、彼女の行動で俺がどちらを優先させるか決まっていたようなものだ。

 多分、課題物は見つからない。

 だから俺は、バッジ優先に行動を開始する。

 どうせならば、楽して獲物であるバッジをゲットしたいものだと、そんな甘い考えとは裏腹に、このギルドの試験は過酷さを増していく。









 結局は二日目と三日目の間に、合計してバッジを四枚奪って夜を明かす事となってしまった。

 すでに試験は三日目を過ぎて、夜が更けている。

 揺らめく炎を凝視して、昨日一昨日の戦闘を軽く振り返っていた。

 二日目の夕方に二人、三日目の昼過ぎに二人、計四人と遭遇して急襲を受けたので、ソイツ等を返り討ちにした過程で入手できた。

 別に殺してはいない。

 殺す価値も無かった連中であり、成長しようとも見込みが薄いのは分かっていたため、躊躇せずにバッジの奪取へと踏み込めた。

 だから四枚のバッジを奪われないよう、影魔法(ブラックストレージ)へと収納してある。

 一方で試験官側から何も連絡は無かった。

 二日目の朝に蘇生させた男、ラージスに関しての容態を俺は聞いていない。

 他の受験者も昨日の昼過ぎには見掛けなくなり、殺人鬼に関する情報も入って来ず、その目的や動機も不明、その殺人鬼が闇の森林に未だ滞在しているかも俺達受験生には知る由もない。

 だから、未だ試験は続行している。

 本当ならばギルドマスターの権限で止めるべきだ。

 しかし試験が続行しているという事実を加味するなら、可能性としては試験官側が現状を把握しきれていないという不自然な状況、もしくはすでに試験官の殆どを惨殺されて隠蔽されたか、か。

 他にも可能性を想像するが、想像するだけ無駄か。

 しかも夕方より先は、何故か殺意が森全体に放出されてるのか、獲物を探ってるような気配を肌で感じている。

 今も、だ。

 気色悪い気配が二つ、片方は殺人を快楽と捉えている何者かの気配、もう一つは殺伐としながら静謐に着実に何かを熟そうとする冷酷な殺意。


「ふぁぁ……」


 眠気を噛み殺すように、欠伸を抑えて夜番を続けていた深夜二時前後、異変が起こった。

 最初に現れた顕著は、爆発音だった。


 ドゴォォォォォォォン……


 遠くから爆発するような轟音と、地面の揺れる震動がこちらまで響き渡ってきて、俺は咄嗟に丸太より立ち上がって、錬成を唱える。

 両手には、得意な得物である短剣を構えていた。

 息を呑む程にまで強烈な殺意が、このウーゼ森林を囲っている。

 殺気が澱んだ空気に充満している。

 刺すような殺意だが、リノは眠っていて気付いてない。

 彼女はまだ未熟であり、試験合格を間近にして油断しているせいもあるのか、その殺意をまだ感知できるには程遠い実力でしかない。

 周囲に漂っている殺気は無作為に放出されたもので、何処に相手がいるのかを特定できない。

 その殺意が風に乗って去来する。

 焚べられた炎が殺意によって吹き消され、閑散とした森は月明かりだけが道標となり、俺は両眼に暗視性を持たせて周辺を警戒する。

 必要以上に神経が逆撫でされる。

 この殺意に当てられて、緊張が銀刃に伝わる。

 魔力で近辺を探知していると、とある方向から知らない人間の声が耳朶を震わせた。


「恨みはにゃいけど、死んでくれにゃ」

「な、誰だ――」


 その声に反応した方へと振り向いたが、視線を誘導され、策に嵌まったと反射的に攻撃を加えようとした時にはもう、振り向き様の反対方向からバッサリと頸動脈を斬り裂かれていた。

 首元を斬られる冷たい刃の感触を、舌を通さず直接喉で味わった。

 真っ赤な鮮血が視界に入っている。

 それは、これから死に行く人間の最後の光景。

 斬られた箇所からは、有り得ない程に大量の赤雫が飛び散って、地面を濡らしていく。


「やっぱ、ジャックには任せられないにゃんね」


 地面へと倒れる一方で聞こえてきた声の主に、記憶を探るが、聞き覚えは一切無かった。

 初めて会敵する相手だ。

 声からして女性、語尾の『にゃ』というのは呂律の回りにくさから猫人族、倒れる中で見えた金色の猫の尻尾が獣人族であると証明する。

 誰だ、と思う暇すら与えられず、相棒となった案内人が眠るテントへと足を運ぶ殺人鬼を見て、一昨日のAランク冒険者を襲撃したのも彼女だったのかと考えて、そうだとしたら先程の爆発音に疑問が定まる。

 今も微かに遠くから聞こえている。

 それに空気の震えも感じ取れているから、遠くでも戦闘が行われているに違いない。


(まさか……複数犯か?)


 回復する前に、テントで寝ているはずのリノが殺されてしまうかもしれない、そう思ったので、俺は影魔法の一つを発動させた。

 彼女は俺を殺害した直後、俺が無惨にも死ぬ瞬間、すでにテントで就寝中の少女へと意識が向かっていた。

 動機は不明だが、暗殺者の狙いがリノである以上、ここで彼女を殺させる訳にもいかない。

 だから影を操作して、無音の一撃を謎の暗殺者へとお見舞いした。


「にゃ!?」


 己の身体から生まれた影、神速の一撃を以ってして槍の如く貫いていく。

 だがしかし、僅かに殺気が漏れていたようで、その極小の気配のみで難無く避けられてしまう。

 獣人族は五感や気配、第六感にも意外と鋭い。

 だから、俺が惨殺された直後でも自身の直感を信じて横へと飛び退いていた。


「た、確かに殺したはずにゃ……」


 傷口が煙を噴いて勝手に回復していき、失われた血も骨髄に作用して一気に増殖していく。

 失われた血液が元に戻るなんて状況にはならないが、新たに体内で作られて補填されていくから、まるで輸血されてるみたいな感覚が違和感だらけで気持ち悪い。

 頸動脈をスパッと斬られた。

 しかし斬り口が少し荒い。

 ラージスという男は別の人物に殺されたように思える。

 起き上がり、テントを影で覆ってから戦闘態勢を取り、二刀の短剣を身構えた。


「おみゃあ、何者にゃ?」


 答えなきゃ殺すぞ、と暗殺者の猫目が訴え掛けてくる。

 彼女の格好はまさに暗殺者のようで、フードと黒装束のコート、衣服全部が黒く、スカートより覗く尻尾とフードから見え隠れする黄金色の髪だけが色を持っている。

 全身を黒装束で包んでいるため、顔も見えない。

 フォルムは黒装束の魔力阻害のせいで分からないが、黄金に輝いている瞳には縦筋の線が入っているためなのと、猫のような語尾や動き、月明かりに反射する金色の髪、ここからでも判別できる特徴の数々に、答えを導き出す。


「テメェ、『招き猫』の種族だろ?」

「にゃぁ……おみゃあ、本当に何者にゃ? みぃの正体は殆どの人間には知られてないはずにゃ」


 招き猫、黄金色の猫の瞳、太陽のようなオレンジ色にも似た金髪、猫の耳と尻尾、それ等の特徴から、幸運を呼ぶ招き猫として、奴隷として高値で取引されたりした希少な種族だったはず。

 名前は『金猫族』、神が授けた猫瞳が特徴と言われている種族だったと、古い記憶にある。

 その種族は森の奥地にいた種族であり、今では生き残りは全滅してもう存在しないと聞いているが、何故か眼前で敵として立ち塞がっている。

 ユラユラと、金の猫は油断しないように俺を観察し続けている。


「金猫族は十数年前には絶滅していたはずだ。だが、その特徴からして、もしかして生き残りか?」

「さぁ……どうか、にゃ!!」

「ぐっ――」


 何かを引っ張るような動作をした瞬間、またもや肉体が斬り裂かれた。

 今度は引っ張られる瞬間、身を捩ったお陰で対象は右腕だけとなり、その右腕が二の腕辺りで切断されて宙へと吹き飛ばされた。

 激痛が脳へと届き、血がロケットのように噴射しているのに対して俺は特に何も思わず、表情を歪めたりするよりも先に、敵の攻撃方法を暴きに脳を酷使する。

 痛みを感じるよりも早く、敵の情報収集を開始した。

 魔境では肉を喰い千切られるなんて普通の光景だったからこそ、その痛みは辛酸舐めさせられた経験の一つだと、俺は右腕の場所を確認する。


「腕切断されても表情一つ崩さにゃいとは……おみゃあ、化け物かにゃあ?」


 ただ激痛が走るだけ、今までに何度もあった事だ、もう痛みには慣れている。

 宙へと回転している右腕を魔力糸で引き寄せて、切断面を縫合する。

 断面が荒いため剣とかで斬った訳ではなく、糸ノコギリか何かで切断したみたいであり、俺の使う魔力糸と同じ性質かと理解する。

 錬成のみでは駄目だろうし、超回復だとしても断面を即座に治癒するのは流石に難しいと思ったため、同時に能力を発動させる。

 切断面を接続させて、その部分に錬成を施す。


「『修復リジェネレイト』」


 バチバチと音を立てながら利き腕が修復されていき、その周囲でエネルギーが漏れてるのか、電気が発生していて少し眩しかった。

 神経の接合された感覚により、右手を握って開いて腕を回してみて加減を確かめたが、特に変わったところは無かったので落ちていた短剣を引き抜く。

 基本錬成以外あまり使用してないが、そうも言ってられない状況だ。

 たとえ、相手を完全に分解したとしても、この場で殺さなければならない。

 そう直感が働いた。

 お互いが決め手に欠ける。

 俺の場合は相手を殺すために近付く必要があるため、相手の懐へと飛び込まなければならず、油断や躊躇があれば即刻殺されてしまう。

 逆に相手の場合は、俺を殺す手段が無い。

 首を斬っても生き返るし、自力で蘇生できるから、互いに倒す術を模索する。


「お前の攻撃方法……糸、か?」

「おぉ! ピンポンピンポ〜ン、正解正解だいせいか〜い! 半分正解にゃ!」


 逆に言うと半分不正解、つまり糸+何かの武器や能力を駆使しているのだろう。

 それも敵対者に隠すよう工夫して。

 それか何か絡繰りでもあるのか、じっくり観察する。

 常時魔力で探知しているのだが、目の前に姿はあれども何故か魔力で察知できないため、能力を見破るためには魔眼のみで確かめねばならない。


「初見で死ななかったのは、おみゃあが初めてにゃよ」


 確かに魔力糸は、自分には見えても他人には見えないように色を変えたり、斬れ味を上げたり、伸縮を付与したりもできる。

 魔力糸の扱いは暗殺者向きの魔力操作技術や能力だ、もしかしたら現時点での俺程度では、実力的に手も足も出ないかもしれない。

 ならば、俺は俺で生存の可能性となる道を、一個ずつ探り当てるしか無いようだ。

 だから、まずは会話で状況を引き延ばす。


「まず一つ、お前の目的はリノ……リィズノインか?」

「……」


 フードの奥底に見える表情は何処となく恐ろしく、笑顔を見せていた。

 恍惚とした妖艶な笑みが、その爛々と輝きを宿した瞳が、昂った感情と殺意とを綯い交ぜに恐怖を織り込んで、それはもう醜悪に満ち足りた嗤いの形相だった。

 人を殺す快感、いや、強者と戦闘するという高揚感が、彼女の胸中に芽生えていて、それに対してゾワッと背筋を氷でなぞられる感覚に陥る。

 人殺しこそが我が人生、なんて思ってそうな、狂気的で気味の悪い表情は、殺人という快楽物質に陶酔している様子を見せる。

 まるで俺の話を聞いていない、そんな様子だった。

 だから彼女は口を噤む。

 答える気が無さそうで、無駄な質疑応答を終わらせて戦おうと、その猫の金瞳が物語っていた。


「次だ。Aランク冒険者の試験官、ラージス=ナタールという男を殺したのはテメェか?」

「……」


 やはり何も話そうとはしない。

 黄金色の瞳は淡く歪み輝きを誇り、それが僅かに目線を周囲へと送る合図であり、小細工を仕掛けようとしているのだろうか。

 背後を振り向き、短剣を横に振るって何かを弾いた。

 弾かれた何かが月明かりに光を屈折させ、一本の十字針が彼女の手元へと戻っていった。

 魔力を纏わせているようだが、それでも断面が荒かったのは糸による切断に加えて、十字針での伸縮があったからだと推測した。


「おい、下らねぇ小細工は止めろ」

「ッ!?」


 猛烈に凝縮された濃度の高い殺意を放ち、精神をどんどんと冷徹な自分へと堕としていく。

 蒼い双眸は憎悪と殺意を宿す。

 感情を全て憎悪に注ぎ込み、脳裏に働く思考も判断も全部が全部、戦闘へと塗り替えて意識をスイッチ、臨戦態勢へと切り替える。

 等身大の鏡の前に立てば、きっと醜悪な形相で瞳からハイライトが消えたような、まるで生気の無い殺し屋みたいな表情を貼り付けていると思う。

 それだけ、殺意を全身に纏っている。

 一歩、踏み出してみる。

 すると同じくして一歩、相手は後退した。

 暗殺者の女を殺さなければ、俺が殺されると分かった。

 俺よりも相手の方が場数慣れしているからこそ、人を殺すという道理に反する行為で手を穢さねばならない……そんな行為を、俺は享受する。

 手に馴染む、人を殺すという刃の重み。

 記憶に無い(・・・・・)人を殺した時の感覚が(・・・・・・・・・・)再燃し(・・・)、不倶戴天の想いが猛毒のように自身を侵蝕する。

 この異世界で、俺は一度だって人を殺した記憶を持ち合わせていない。

 子供の頃の記憶は殆ど無いが、しかしその『殺意』という途轍もなく刺激的な劇薬が、この血塗られた戦場で、俺を修羅に変える。


「俺を殺すつもりなら、俺も手加減はしない。退くか、それとも今ここで死ぬか、選べ」


 退いたところで、逃すつもりは無い。

 まだ戦闘が始まってないから、これからの彼女の言動次第では俺は人の道理に反して、眼下の敵へと刃を振るって夜を明かすだろう。

 これは俺に課せられた一つの試練、この歪んだ意志が、奥底に眠る毒牙を剥いたのだ。


「テメェは俺にとって邪魔な存在のようだ。今のうちに芽は摘んでおかなきゃな……」


 持っていた短剣を腕輪へと戻して、そこから更に一つ二つと連続して鎖を、そして先端には大きな鏃のような形の針を取り出した。

 この腕輪は超高密度で形成されてるので、鎖なら数百くらい作れるだろう。

 ジャラジャラと音を立てる鎖針には、魔力を纏わせているので操れる。

 錬金術師として懐に飛び込むのがベストだが、それだと後手に回るし、逆に遠距離から弓矢での攻撃だとしても軌道が読めている。

 精霊術の場合、水や風といった力も操れるが、その前に命を摘み取られる。


「その殺気……まさか同業者を雇っていたにゃんて、驚きにゃよ。やっぱり未来を予言してたようにゃんねぇ」


 成る程、どうやら勘違いしているらしい。

 確かに殺気に関しては独学、と言うよりは自然と身に付けたようなもので、獣を追い払ったりするのに有効なので覚えたに過ぎない。

 それに感情コントロールで殺意や憎悪といった、感情の増幅も簡単にできる。

 そして俺の習った魔力制御術は、半分が暗殺を取り入れたと聞いている。

 しかし、決して暗殺者ではない。


「おみゃあ、確かノアって言ってたかにゃ?」


 どうやら俺の名前も知ってるようだが、俺の能力については向こうも情報が無い。

 お互いに何も知らない状況ならば、先手必勝だ。

 緊張感が場を痺れさせ、風が吹いた。

 その風に攫われてきた木の葉が、地面に落ちた瞬間、俺達は一斉に駆け出した。


「フッ!!」

「うにゃ!!」


 魔力で操った鎖針は直進していったが、呆気無く弾かれてしまう。

 いつの間にか、手には十字針が握られており、魔力を注意深く見てみると周囲に幾つもの魔力罠が仕掛けられているのも見えた。

 これだけ隠せてたら、普通の暗殺者としてならば大分優秀だろう。

 しかし、本当に暗殺者の職業かは判断できない。

 由々しき事態に突入するが、冷静に状況を分析して勝機を掴みに行く。


(気を引き締めようか、ウォルニス)


 一列に連なっている鎖を鞭のように振り回しながら、彼女を殺すために前方へと飛び出した。

 殺し合い、その言葉を聞くだけでも反吐が出る思いのはずなのだ。

 しかし、口角が勝手に吊り上がる。

 その時の表情が相手と同じような、まるで戦闘に生き甲斐を感じているような醜悪な情緒を顔面に貼り付けていたと、身近にある死に全力で陶酔しているのだと、この時の俺は全く気付けなかった。

 互いの武器が奏でる旋律は、月夜を彩る。

 どちらの命が月に捧げられるのか、俺は錬金術師として、彼女を殺す。






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