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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
158/275

第150.5話 束の間の癒しと温もりを

 ノアが風呂を建築して、風呂に入るように促された女子達が全員、脱衣所に入ってすぐ、唖然とした表情を晒していた。

 何故ならその脱衣所にはロッカーや長椅子、服を入れるための網籠、それから大きな鏡もロッカーとは反対側に用意されているためだ。

 彼の本気が窺えると同時にユーステティアは、ご主人様は職業を隠す気があるのだろうかと呆れてしまった。


「すっご……こんなのを即興で創っちゃうなんて、ディオって人、本当に何者なんだろ?」


 逸早く服を脱ぎ捨ててロッカーへと投げ入れ、ガラガラと脱衣所と風呂場を仕切るドアをスライドさせて、中へと入っていった。

 まだ誰も服を脱いですらいない中で、行動力の速さに驚きながらも彼女は上着を脱いで腹を捲った。


「貴公はご主人様と口にしていたし、彼は高貴な身分にも見えなかったから二人が主従関係にあったのは理解していたのだが……本当に奴隷紋があるとはな、服の上からでは判別できないから改めて貴公が奴隷なのだなと実感する」


 服を脱いでいる最中、腹に刻まれた紋章を見られる。

 反応したのはカレンだった。

 珍しいと言わんばかりに、彼女はその奴隷紋を凝視していたが、貴族だから奴隷である自分と一緒に入るのは不味かったのかと考え、服を脱ぐのを止める。


「えっと、ご不快でしたら私、出ますけど……」

「あぁいや、別にそういう意味で言った訳ではないのだ、気にしないでくれ」


 言葉の真意を勘違いされたカレンは慌ててユーステティアの中の誤解を解く。

 ノアが彼女と合流した時、彼女がノアを『ご主人様』と呼んでいたのを聞いていたため、貴族でないのにご主人様と呼ばれる理由が奴隷なのかと考えていたカレンは、ユーステティアが奴隷であるとは予想はしていた。

 しかし、奴隷と主人の主従関係は歪だ。

 その歪さが如何にもカレンにとっては不思議に感じていたため、ユーステティアとノアの関係性が世間一般とは違うのだと知った。

 そして不思議にも奴隷生活と乖離しているのが、彼女本人の肌から察せられた。


「おや、良い肌でございますね」

「あ、あの!? な、何を――ひゃう!?」


 背後から艶やかな柔肌へと触れるダイアナは、彼女の肌が奴隷生活を送っているならば有り得ないくらい、とても綺麗で健康的だった。

 ツツーッと背筋を指でなぞると、少女が震え上がる。

 ワチャワチャとした少女達の様子を横目に、ルミナは馬鹿馬鹿しいと思って、扉前に置かれていたタオルを手に浴場の扉を開けた。


「わ、私、大勢の方とお風呂に入るのは初めてで……こんなにも大きなものを創れるとは驚きですの」

「ご、ご主人様ですから」

「ディオ君は凄い力をお持ちですの……けど、あの方を私は何処かで――」


 聖女が物思いに耽っていると、先に入っていった二人に倣ってダイアナに背中を押され、リュクシオンは他と一緒に浴室へと入った。

 しかし、立ち所に足を止めた。

 何故か、思った以上に設備がしっかりとしているため、それからかなり豪華な造りになっていたからで、それをたった一人の人間が設計したという事実が現実離れしていたからである。

 勇み足で突撃したジュリアは、その設備の使い方を即時理解してシャワーを使い熟していた。


「これ凄いよお姉ちゃん! こんな設備、貴族の屋敷でも滅多に見ないものだよ!」


 無邪気に燥ぐ子供のように、設備の凄さを姉に伝えようとするが、如何せん語彙が足りないために伝えきれない。

 それだけ常識から掛け離れた設備だと誰もが認める。

 認めながらも利便性がそこにあるため、文句なんて一言も出てこない。

 驚きと便利さを全員が体感する。

 蛇口を捻れば温かく身体の疲れを流してくれるような温度のお湯がシャワーヘッドから出てきて、幾ら水を使おうとも自由、これにケチを付ける者がいるなら、その場で他の者に血祭りに上げられてしまうのは容易に想像できてしまうだろう。

 そんな気持ちを抱えながら、カレンは蛇口を捻ってお湯で疲れと汚れを洗い流す。


「貴公は毎日このような非常識に晒されているのか?」

「まぁ、そうですね。お陰で健康的で清潔な生活ができてはいるのですが、ご主人様と出会ってからは本当に驚きの毎日ですよ」


 隣に座るユーステティアと会話しながら、カレンは用意されていたシャンプーを泡立てて髪を洗う。

 ユーステティアもカレンと会話しながら自分の髪を泡立てて、それからシャワーで泡を流していった。


「強くて、格好良くて、芯のある私の憧れ……ですが何処か脆くて、何処か寂しそうで、何処か悲しい人です。その背中はいつも哀愁が漂っていますね」

「それは何故?」

「さぁ、あの人は自身の事を殆ど話しませんから。それにご主人様は私達でさえも信用してくださりませんから、とても歯痒いです」


 もっと頼ってくれても良いのに、と彼女は少しだけ尻尾を揺らして身体の汚れを落としていく。


「ご質問、よろしいですか?」

「はい、何でしょう?」


 彼女の話に何かしらの疑問を抱いたのはダイアナだった。

 何かを聞きたそうにウズウズとしていたのを両目で確認して、聞く体勢に入った。


「その、今日は貴方様方と合流するまで、クルーディオ様とユーグストン様、ジュリア様と一緒だったのですが、彼は何者なのでしょうか?」

「何者、とは?」

「職業能力はまぁ百歩譲って良いでしょう。しかし彼は私達の目の前で蒼炎を自在に操ってみせた。あれは精霊術なのではないですか?」


 ダイアナはノアが使った蒼炎についてずっと考え続けていた、それは魔法使いの炎と性質が微妙に異なっていたのを肌で感じ取ったからだ。

 だから精霊術と気付けた。

 精霊術を扱えるのは、精霊の血を持つエルフや精霊族等だが、決して普通の人間が持てるはずがない。

 しかし、持っているどころか精緻な操作までできる。

 彼の薬物師が本当の職業だった場合、この大浴場とも呼べる施設は精霊術のみで形成したという事実となってしまうため、ダイアナは変だと感じていた。

 そしてノアを知る人間に聞けば良いのではないかという考えに至り、今こうして質問している。


「はい、ダイアナさんの推測通り、精霊術だと思います。私と出会った時にはもう精霊術を自在に操っていましたけど……ご主人様は一体の精霊と契約してますから、多分その精霊契約で手に入れたのではないですか?」

「精霊と契約?」

「えっと、確か高位精霊だと言ってましたね」


 ノアの連れている精霊ステラは、自由気ままな性格であると同時にあまり人前に出ようとしないため、この地質調査中には殆ど姿を見せない。

 その彼女とノアが契約したために精霊術が扱えるようになった、という説明には矛盾があった。


「有り得ませんね……」

「う、嘘は――」

「吐いてないのは分かっておりますよ。そうではなくて、もし仮に精霊と契約して手に入れたのなら、それは精霊王クラスにしかできない処置のはず……」

「ダイアナ、さん?」

「いえ、少し気になっただけですので、あまりお気になさらず」


 徐々に小さくなっていった言葉はシャワーの音で掻き消えてしまうが、獣人の持ち前の聴力で聞き取れはしたが何を言っているのか内容を理解できなかったため、質問する言葉を彼女は思い付かなかった。

 そしてお気になさらず、と言われたため、これ以上は質問しても躱されるだけだった。


「それよりも、あの強さは異常でしたね」

「そうなのか?」

「はい。私もジュリアお嬢様も戦いを間近で見ていたのですが、彼の強みは精霊術ではなく強力な毒物の取り扱いだと思われます」

「……どういう意味だ?」

「あの方、毒物を武器として使っていたのでございます。それも毒を振り掛けたりするのではなく、文字通りの武器に変形させて」


 ダイアナはノアの戦いっぷりを余さずに全てを伝えた。

 何と戦ったのか、どうやって戦ったのか、どんな会話をしたのか、ジュリア程ではないがダイアナも結構記憶力は良いため、全てをカレンへと伝えられた。

 横で聞いていたユーステティアも、彼の戦いの様を想起しながら話を聞いていた。

 実に十分程、その長い話を聞き、最初にカレンが感じたのは確かな違和感だった。


「薬物師……武器にできる毒、か」


 そのような毒物を彼女は一度も耳にした事が無かった。

 それもそのはず、彼の扱う毒物は他とは違い、膨大な知識量と錬金術によって生まれたものであり、それこそが職業を偽っているという何よりの証拠となる。

 毒を創造する上で彼が使っているのは錬金術、違和感が発生するのは至極当然である。

 しかし、武器にできる毒に心当たりのあったユーステティアは、ノアの知らないところで助け舟を勝手に出す。


「あ、多分それ、『蠱刃毒』というものではありませんでしたか?」

「はい、そう仰ってました」

「ご主人様曰く、あれは武器として固めて使える猛毒なんだそうです。前に創薬していましたし、実際に使うところを見た記憶もあります」


 そう本心を語って誤魔化しておけば、相手は多少疑惑を抱いても疑惑程度に収まり、次第に気にしなくなる。


「あの男も冒険者なのだろう? ランクはどれ程なのだ?」

「私共々ランクはEですね。ご主人様はランクにご興味がありませんので」

「貴公はどうなのだ?」

「冒険者になったのはご主人様に従った結果ですし、自給自足の生活も経験ありますから冒険者でなくとも生きていけますし……まぁ要するに、私も特に興味は無いですね」


 冒険者になる人々の理由はそれぞれ違う。

 金を稼ぐため、浪漫を求めるため、お家柄の事情のため、冒険者に憧れていたため、理由なんてそれぞれ違えば興味ある無しについても個人で変わってくる。

 冒険者としてSランクにまで登り詰めたカレンも、そこまで冒険者に関心を寄せていなかったが、それでも自分のために彼女は妹と侍従を巻き込んで冒険者という職業を全うしている。

 それで死んでしまおうとも構わない、との意気込みを持ってだ。


「ご主人様は、焼かれて見えなくなった私の目を魔法のお薬で治してくださいました。ですから冒険者として活動しているご主人様のお役に立つために私も冒険者になった、というところでしょうか」


 微笑ましく笑う彼女のサラッと流した一言が、とても印象に残った二人、ユーステティアを見て健気な少女だという印象を抱いた。


(何と健気で気高い少女か……白い髪、青と翡翠の瞳に青薔薇が似合いそうだ。是非とも勧誘したいが、きっと断られるだろうな)


 彼女は冒険者に興味が無いと言った。

 そして同じくご主人様のお役に立ちたいのだと、そう言った。

 つまりはノアから離れるのを嫌い、勧誘には乗ってこないだろうと思い、溜め息をグッと飲み込んだ。


(非常に遺憾だが、仕方あるまい)


 ゴシゴシと身体の汚れを落として最後にシャワーで全身を清めたカレンは、シャワーのお湯を止めて待ちに待った湯船へと入る。

 足の指先が水面と触れると、小さく波紋が生まれる。

 湯気がモゥモゥと噴き出ている湯船へと、少しずつ足から下半身、上半身、そして肩まで浸かった。


「はぁぁ……」


 思わず顔が緩みそうになる。

 熱を全身で感じ、気持ちの良い風呂を体感していると、地質調査をしているのだと忘れそうになってしまう、それだけの不思議な魔力が風呂には宿っていた。

 温かい、心地良い、疲れが少しずつ湯気のように外へと排出されていくようだった。


「素晴らしい風呂……いや、温泉だな。身体の疲れが癒されていく」

「本当ですね、お嬢様。温かな熱が全身に染み渡るようでございます」


 続いてダイアナもカレンの隣へと腰を下ろした。

 肩までしっかりと浸かり、彼女も自然と破顔する。


「こんなにも温泉が心地良いとは驚きでございます。毎日入りたいくらいですよ」

「ダイアナの気持ちも尤もだな」


 頭に畳んだタオルを置き、しばらくゆっくりと温泉を堪能する。

 空を仰ぐと、天窓によって星空が輝いて見えた。

 湯煙は換気によって外へと出ていくため、天窓が曇ったりせず夜空を見ながらの温泉を楽しめるよう、妥協せずに設計されていた。

 幾つもの星が見える。

 大きな月が弧を描いている。

 その黒いキャンバスに、幾つもの残光が線となって現れていた。


「へぇ、流れ星ねぇ……ノアのくせにやるじゃない」


 小さく呟きながらルミナも少し離れた場所で静かに全身を湯船に浸かる。

 星空の上映会に金色の線が増えていき、流星群がキラキラと降り注いで消えてゆく、そんな一連が映像のように流れていく。

 と、滅多にできない経験を味わっていると、不穏な声が背後から聞こえてきた。


「ひゃっほ〜い!!」

「お、おいジュリ――」


 止める間も無く、ジュリアは大きくジャンプした。

 その後は誰だって想像できるだろう、湯船にダイブした彼女のせいで大波が生まれて、そこにいたカレン、ダイアナ、そしてルミナの三人が被害を受けた。

 ザバッと温泉の湯が彼女達の顔を引っ叩く。

 それ程の衝撃を受けて、キャハハと楽しそうに笑う少女へと怒りの目が向いた。


「ジュ〜リ〜ア〜?」

「あ、お姉ちゃ――ひっ!?」


 笑っていない目を見た妹はガタガタと震える。

 あ、これ怒られるやつだ、と分かった瞬間にはもう姉からの愛情あるアイアンクローを顔面にお見舞いされており、ギッチリと握力を込められる。


「温泉に飛び込んで来るなぁぁぁぁ!!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 渾身の一撃を喰らい、ジュリアはアイアンクローによって瀕死となった。

 プカプカと湯船に浮かんでいる妹を放置して、再び肩まで浸かる。

 減っても自動的に水脈からお湯が増えるように地面も錬成されていたため、外へと溢れたお湯が再び補充されて肩まで浸かれたカレン達だったが、妹の痴態を見られて赤面させていた。


「カレンさんも大変ですね」

「全くだ」


 ユーステティアも同情するくらい、妹の活発ぶりは姉の手を焼いている。


「お、お姉、ちゃん……い、痛い……」

「淑女として立ち振る舞いは気を付けるべきだと、そう何度も口を酸っぱくして教えているだろう。それを守らなかった罰だ」


 いつでも何処でも麗しく青薔薇のように咲き誇る、それが彼女達の家訓の一つだった。

 冒険者であっても、彼女達は家訓を忘れない。

 清く正しく美しく、彼女達はこの事件を解決するために入島した。


「フフッ、とても賑やかですの。私も失礼しますの」


 賑やかな輪の中へと聖女も入り、今まで味わってこなかった様々な体験が喜びとなって押し寄せてきていた。


「はふぅ……温かいですの〜」

「何で私の方に来んのよ?」

「一人で寂しそうだったからですの」

「さ、寂しくなんかないわよ!」


 リュクシオンはルミナが一人離れて座っていたため、聖女として放っておけず、皆で温まろうと手を引っ張ってカレン達のすぐ隣に並んで座らせ、自分も座った。

 怒るに怒れない笑みを見せられて、ルミナも毒気を抜かれてしまう。

 人付き合いが大の苦手で、それに加えて高圧的な態度、人の輪に入るのが難しい少女の手を取って導く様は聖女そのものだった。


「大丈夫ですの。これまで多くの人を見てきた私には全て分かっていますの、ルミナちゃんは凄い恥ずかしがり屋さんだって!」

「別に恥ずかしがり屋とかじゃないわよ?」

「え、違うんですの?」

「違うわよ!!」


 何を勘違いをされていたのか、ルミナ=恥ずかしがり屋と聖女シオンの中ではそういった構図となっている。

 恥ずかしい、だから強気な口調となっている、そう思っていた。

 事実、そういった人を何人か見てきたため、そう感じていたが、ただルミナは一人静かに星空を眺めていたいと考えていただけである。


(この聖女、本当に大丈夫かしら?)


 よく転ぶわ、よく勘違いするわ、よく天然かますわ、それが聖女なのかと本気で疑ってしまう。

 そこで思い出したのが、勇者パーティーにいた聖女ケイティである。

 リュクシオンとは違うタイプの聖女を見ているルミナからしたら、どちらも同じようなものかと思っていた価値観が崩れ去った。


「カレンさん、シオンさん、隣良いですか?」

「無論だ」

「勿論ですの」


 最後にユーステティアも入り、六人全員が湯船の仄かな熱を堪能する。

 輝いている星空を見ながらの温泉に、カレンは少しだけお酒とつまみが欲しいと思考に浮かべる。


「……綺麗な星空ですね、ご主人様」


 彼女は小声で外にいるノアへと言葉を発する。

 聞こえないのは分かりきってはいるが、それでも閉じた視界が開けるようになってからは毎日が新鮮で、だから彼女は自分の主人に感謝している。

 この両の魔眼を下さり、本当にありがとうございました、と。

 見えるようになって初めて見た月空は、彼女の中で一番の思い出となっている。

 大きな弧を描く三日月と、その周りにある無数のカラフルな発光体である星々、それが全て彼女の記憶として大切に仕舞われている。

 そして今日も、綺麗な夜空を仰げる感謝を主人へと贈るが、精神通信で会話するのは恥ずかしかったため、彼女は心に留める。


「ユーステティア、貴公の瞳はどちらかが魔眼なのか?」

「どちらかではなく、両方が魔眼ですね」

「両方?」

「はい、両目が潰れてしまったのをご主人様が治してくださいました。薬の実験として幾つかの薬物を投与されて、私の目が魔眼になったんだそうです」


 これは殆ど嘘ではない。

 嘘なのは薬の実験として、というところだけである。

 薬や必要な素材の必要なものを錬成し、それを彼女の目とした。


「謂わば人工で創られた魔眼ですね」

「じ、人工の魔眼?」

「はい、何か変な事言いましたか?」

「いや、特には」


 魔眼を創造するのは並大抵の技術や能力ではできやしないが、それ以上に驚いている理由は、一人の少女の潰された両目を完璧に傷すらも残さずに完治させ、より進化させたという技量である。

 ただの『薬物師』がそこまでできるのか、そんな能力は聞いた事も見た事も無い。

 彼女達の脳裏に浮かぶのは三パターン、一つは能力を隠し持っていたか、一つは異能や権能を持っているのか、そして一つは……


(薬物師ではないのか、だな)


 能力を偽るのは普通にあるが、この地質調査で偽る理由は、本人がこの事件の犯人なのか、それとも他人を警戒して本職を言い出さないようにしているのか、互いに疑心暗鬼となる中でカレンは第三パターンを念頭に置く。

 薬物師でない可能性を考慮に入れる。

 細剣士と名乗っているが、本当の職業は丸っきり別物であるのを自身が理解しているため、同じように相手も偽職報告している可能性は容易に想像できる。


(彼女が嘘を吐いてるようには見えない。これが演技だったら凄まじい役者ぶりだな)


 もしそうならば、もう誰も信用できなくなってしまうだろう。

 人間不信になりそうだと、空笑いが口から零れる。


「因みにだが、どんな能力があるのだろうか?」

「教えても良いんですけど……」

「言いたくなければ言わなくても構わない」

「いえ、伝えたところで別に支障はありませんから。そうではなくてですね、私だけが情報を開示するのは不公平ではありませんか」


 それは至極当然の要求に値する。

 一方だけの情報開示というのは損でしかないため彼女は表面上の公平さを求めるが、何が表面上かと言うと、開示する情報の中にもしも嘘を混ぜていたとしたら、表面上では彼女が何の嘘を吐いたのかは気付かれにくく、嘘が本当に聞こえてしまうかもしれない。

 要するに騙したら自分は無傷に終わるのだと、ユーステティアはそう考えた。

 しかし彼女は心優しい性格故に、彼女自身他人を騙すのは気が引けると思っている。

 嘘を見抜ける人間はこの中にはいない、しかしそれが本当か分からないからこそリスクを考え、同じく嘘を吐きたくないと思ったユーステティアは、一つ決心してカレンへと一歩踏み出してみた。


「ですからカレンさんの本当の職業、教えてほしいなぁと思いまして」

「ッ……」


 自分の主人が地質調査に参加している者達の本当の職業を知りたがっている、そしてカレンが細剣士ではないとも主人であるノアは考えている。

 人間は嘘吐きである。

 二ヶ月以上青年と一緒にいて、人は嘘で自分を塗り固めているのだと知った。

 だから彼女は他人を信じたいという気持ちを抑え、嘘に塗れた彼女達の職業を暴くために提案を持ち掛ける。


「小生は――」

「では、あのノアとか言う人を凍らせていた氷結能力は何ですか? どうやら魔法ではないようですし」


 カレンの使う氷結が魔法でないのは、自分が氷属性の魔法を使えるからこそ分かっていた。

 そして細剣士でないのは獣人の勘で薄くとも気付いているが、優しそうな人であるという印象があり、気付いていたから目を背ける。

 疑いたくない気持ち、疑わなければならない使命感、その二つが喧嘩する。


「答えたくない場合は結構ですよ。無理に答えてくれ、とは言いませんから」


 その言葉は、裏返すと『答えない場合や嘘を吐いた場合は一気に怪しくなるけどね』と意味が隠されている。

 ここには犯人がいるかもしれない。

 そんな状況で嘘、或いは黙秘は不自然すぎる。


「いや、貴公にだけ答えよう。ただ、他人には吹聴しないでもらいたい」

「はい、お約束します」


 そうして耳打ちする。

 彼女の本当の職業が何なのか、それをユーステティアは聞かされた。

 そして同時に成る程、と思う。


(魔剣士でしたか)


 少し気掛かりを覚えるが、それは後回しにする。

 手に入れた情報は他人には渡さないが、自分の主人なら他人ではないため大丈夫だろうと言い聞かせ、自分の主人へと通信しようとしたところで、ゾクッと勘が寒気を感じ取った。

 背筋の凍るような寒気を、悍ましい憎悪を、自分の主人から発せられるのを感知した。


(もう一つ変な気配を感じるけど、これは……)


 外で何をしているのかは防音のせいで遮断されており、まるで見えないし聞こえない。

 温かい温泉に入っているのに、とても寒い。

 それを近くに座る獣人、リュクシオンも身に感じ、打ち震えていた。


「な、何ですの、この気配……」

「聖女様、一体どうしたのだ?」

「わ、分かりませんの。と、途轍もなく不快な気配が外で満ちてますの」


 金色の狐の尻尾が逆立っている。

 恐ろしい気配、それは地脈を伝い、空気を叩き、隔たれた壁を越えて彼女の元へと届き得る。

 外で何が起こっているのか、彼女は何も分からぬ恐怖を身体に受けていた。


「ぁ……消えた」


 少し時間が経過して、その気配が消えてしまった。

 先程まで全身が逆立つ程の不快感が沸き起こっていたが、その鳴りを潜めるように外へと抜けてしまう。

 呟き声が聞こえたため、リュクシオンはユーステティアも感じていたのではないかと思い、彼女へと詰め寄って耳打ちする。


「ユスティちゃん、今の、感じましたの?」

「はい、少しですけど」


 獣人にしか感じられない程の微弱な気配、それは他の者には感じられないため、外で戦っているノアでさえも希薄すぎて感じられない。

 戦いに意識が割かれているせいでもあるが、それは超人的な『勘』を持つ者にしか察せないものだった。


「二人共、大丈夫でございますか?」

「あ、はい」

「大丈夫ですの……」


 明らかに精神力が削られたリュクシオンは、気持ちを落ち着かせるために精神統一のため、目を閉じた。

 深呼吸を繰り返し、身体の温もりを感じ、平静を取り戻した。


「少し振動も感じるよ、お姉ちゃん」

「どうやら外で誰かが騒いでいるようでございますね。一体誰なのでしょう?」

「あの阿呆以外おらんだろう」


 それが誰を示しているのか、全員理解する。

 英雄の名を好き勝手に使っている、実力の見合っていない男である。

 氷漬けにした彼女には、偽物ノアが魔神を倒せるだけの実力を持っていないというのは、相対して手応えとして体感していた。

 そのため、グラットポートより姿を消した英雄の特徴を照らし合わせると答えはすぐに見つかる。

 黒髪に蒼色の瞳、そして一振りの剣を持つ英雄。

 剣は無いが、それは特徴ではなく武器、黒髪自体が人族にしては結構珍しいためなのと、英雄ノアの武勇伝は広がっているが授かった職業が不明である。

 教会は職業照合を行ったが、それに該当する名前や職業は一切見当たらず、かなり謎に包まれているのが世間での評価となっている。

 因みに本人は知らない。

 事件から二ヶ月が経過した。

 その二ヶ月で何処かで活動しているとすれば、範囲的にもサンディオット諸島での活動は充分考えられる。


(あのクルーディオという男、本当に何者なのだろうな)


 クスッと口角を上げるカレンだが、湯気に隠れて誰も彼女の笑顔は見れなかった。

 答えはもうハッキリしているではないか、そう思いながら彼女は夜空を見上げ、その黒い世界がまるで青年の黒髪のようだと想起する。


(男なのが残念だ)


 もしも女性ならば綺麗な青色の瞳が青薔薇のようで、それなら誘えたのにと、性別の違いが阻む。

 青薔薇は男子禁制のパーティー、勧誘するならば女性だけと決まりを作っている。

 それだけ男を警戒している。


(それにサンディオットには用事も任務もある、結局は勧誘なんてできないだろうな)


 それぞれに理由があるように、カレンもまた、何かしらの理由を携えている。

 誰が何を求め、誰が何をしようとしているのか、それは運命の悪戯か、それとも必然の未来か、数日後には回答自らが現れて冒険者達に牙を剥く。

 互いに疑い、互いに監視し、互いに探り合う。

 腹を見せた者から内臓を食い破られる。

 それが常識となって、彼女達の心の安寧を崩していく。


(難儀な事件だな)


 催眠術師の存在が冒険者を脅やかす。

 見えない犯人の魔の手がすでに彼女達に忍び寄っているが、誰もその手に気付いていない。


(まぁ今は周囲に警戒しておこう。ジュリアも、ダイアナも、もしかしたら……)


 人は切っ掛け次第でどのようにも、如何様にも移り変わっていくものである。

 催眠によって彼女達も偽物かもしれないし、無意識のうちに操られているかもしれない。

 催眠術には無限の可能性がある。


(無限、か……あの綺麗な星空のようだな)


 夜空だけは変わらない。

 星々はいつだって彼女達を見守っている。


「さて、そろそろ出るとしよう」


 また、周囲の敵との腹の探り合いが始まる、犯人探しが執り行われる、魔女裁判が繰り広げられる、それに挑むために少女達は風呂場に疲労を残して脱衣所へと向かった。

 夜は長く、調査もまだ続く。

 そのための英気を養い、彼女達は服を着替え、そして外へと続く扉を開けて非日常に戻る。

 冒険者として、彼女達は危険を顧みずに冒険する。

 きっと、それが真実に辿り着くための唯一の方法なのだと信じて……






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