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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
154/276

第147話 地質調査3

 強大な化け物をたったの数秒で倒してしまったユーグストンだったのだが、その反動が来たのか、膝を突いて息苦しそうにしていた。

 服の胸元を掴んで、過呼吸となっていた。

 強制的に能力を発動させて、無理矢理隷属させた反動はかなり強いようで、それは相手の実力や魔力量に依存しているようだ。


「だ、大丈夫でございますか?」

「……あぁ、支えはいらない。手出し無用だ」


 青薔薇所属のメイドらしき女性がユーグストンの身体を支えようとするが、それを断って自分の両足で身体を支えていた。

 しかし辛そうに見える。

 心臓部に負荷を掛けているようで、霊王眼で身体を精密検査してみる。


「俺を含めて四人だけか」


 四人だけ、そのユーグストンの言葉で俺は周辺へと視線を移した。

 しかし俺を含めて四人以外おらず、俺、ジュリア、青薔薇のメイド、そしてユーグストンの四人だけでユスティが何処にもいない。

 魔力で探知してみると、ユスティが他の奴等と同行しているのが分かった。


「取り敢えず、互いに自己紹介しないか? こっちはもう名前を言ったから、そっちも教えろよ」

「それもそうだね。なら私から自己紹介!」


 お茶目にウィンクして、クルクルと回りながら彼女は技を見せる。

 スカートのポケットから一枚の金貨を取り出した。

 しかし普通の金貨ではなく、そこには薔薇の意匠が彫られていたローゼンティア家のメダルだ。


「レディース&ジェントルメーン!! さぁさぁ、可愛い可愛いジュリアちゃんの〜、ミラクルマジック初披露!! 観客全員釘付け間違い無し!! 奇跡の大マジック、行っくよ〜!!」


 上空へと弾いた一枚のメダルが何十何百回転もしながら、重力に従って落下する。

 そのメダルが彼女の掌へと落ちていった。


「『空間マジック/消えた硬貨(ゴールドバニッシュ)』」


 彼女は回転しながら落ちてくるコインを手に取って、何処かに隠す前に俺達へと拳を突き出した。

 拳に握られたのは先程のメダル、そして手を開く。

 しかしそこに硬貨は無かった。

 もし今のが手品ならば、職業でなくとも可能、少しの視線誘導や身振り手振りで一瞬意識を別に逸らせられる。

 そして硬貨を袖に隠して、消えたように見せ掛けれる。

 本来ならそれは職業の能力を使わずともできてしまうために、メダルが消えたから何かの能力だろう、と簡単に考えはしない。

 慎重にならなければならないのだ、一瞬の隙も見逃したりはしない。

 しかし、今回の彼女は半袖の動きやすい格好だ。

 袖に隠すのは無理だろうし、加えて視線誘導や小細工を仕掛ける前に俺達へと握り拳を開いて見せた、そしてメダルは何処かへ消えた。

 これはまさしく職業の力だろう。


「凄いな、どうやったんだ、それ?」

「それは秘密だよー。黒髪のお兄さん、ポケットの中を探ってみて」


 指名された俺は彼女の言う通りにポケットへと手を突っ込んだ。

 その中には一枚の薔薇の意匠が凝らされたメダルが出てきた。


「……」

「どうどう? 凄いでしょー!!」


 悪戯成功、みたいな屈託無い笑顔だった。


「私はSランクパーティー『青薔薇』の一員にして、可愛らしさナンバーワンのジュリアちゃんなのでーす! よろしくねー!」

「そして私は、カレン様とジュリア様の護衛兼家政婦をしております、ダイアナでございます。どうぞよろしくお願い致します」


 薄茶色ポニテのジュリア、そして短めな桃色髪に桃瞳を持った美人家政婦、ダイアナとジュリアという名は、二人共薔薇の品種だな。

 しかし偽名でもない。

 やはり青薔薇、二人共がSランクに匹敵する強さを持ってはいるが、彼女達の職業を俺は知らない。

 カレンのように、ジュリアは青薔薇のシュシュ、そしてダイアナは青薔薇のピアスをしていた。


「んで、お前は?」


 三人がこちらへと視線を向けてきて、俺は簡単に自己紹介した。


「クルーディオだ。ディオ、とでも呼んでくれ」


 ノアとは答えられない。

 それは偽物ノアがいるためなのと、答える事で起こる弊害を考えたくないからだ。

 それに師匠から頂いた名前を使わなければならない理由がもう一つあった。

 

「職業は?」


 今回クルーディオとして、俺は何の職業を名乗るべきだろうか。

 ノアとしてでは精霊術師、レイグルスだと錬金術師、だとするならクルーディオの場合はどう答えるべきかと考えてなかった。

 精霊術師や錬金術師と名乗るのは可能だが、真面目に名乗るのは馬鹿らしい。

 彼等が嘘を吐いていた場合、俺が損してしまう。


「……俺の職業を聞きたいなら、そっちが先に答えろ」


 それが交換条件、だがこれは口約束に過ぎない。

 これで発生する支障は一つ、誰が嘘を吐くのか、というところだ。

 ここで事実を述べた奴は真面目な人間、嘘を吐いた奴は賢い人間、という見解となるだろうが、嘘吐きな人間には嘘を吐く過程で何かしらの理由が存在する。

 潜入捜査、殺人鬼、お家事情、そして自分を捨てて素性を隠す変人等だ。


「俺は『調教師』だ」

「私は『空間魔導師』だよ」

「『植物学者』でございます」


 霊王眼は嘘を見破る力も持ち合わせている。

 その瞳は使用する度に暗黒龍に近付いているが、使わなければならないから躊躇わずに使い続ける。

 使い潰す勢いではあるが、その瞳が映したのは全員が職業を偽っているところだった。


「……そうか」


 ここで『職業鑑定書を見せろ』と言えば嘘かどうかは分かるし、俺が嘘を見破る力を持っていないと誇示する事にも繋がる。

 しかし、俺はそれを言うに踏み留まった。

 理由は単純だ。

 それを言えば、俺が三人全員を疑っていると思われかねない上に、職業を答えたとしても嘘だと思われるかもしれないからだ。

 メリットは俺が嘘を見破る力を持っていないと思ってくれるところ、デメリットは俺の考えが透けてしまうところだろうな。

 メリットの中に、『職業鑑定書を見れば相手の職業がハッキリする』という内容が入っていない理由は、職業鑑定書を偽造、或いは他の者の職業鑑定書を見せる、という方法もあるからだ。

 要するに俺がユスティの職業を名乗って、彼女の職業鑑定書を自分のものだと言う、そんな裏技もある。

 ただし他人の職業鑑定書は市場に出回らず、闇市とかでしか手に入らない貴重なものである。

 それか殺した相手から奪い取る方法くらいか。

 だから、俺は聞かなかった。

 いや、そもそも聞く必要が無いので、俺は考えを止めて遠くに放り出したままだったバックパックを手にする。


「おい、まだ答えてもらってないぞ。俺達は職業を言ったんだ、お前も言うのが筋だろ?」


 確かに答えを言うべきだろう、コイツ等が本当の職業を話してたら、だが。

 それに俺の職業は面倒な性質を持っている。

 劣等職であるはずの錬金術師は、他と違う職業の力を持っている。

 もしクルーディオである俺が錬金術師だと答えた場合、ウォルニスという存在が露見するかもしれない。

 教会には職業の記録が残ってしまう。

 だから、あまり吹聴はしない。


「……」


 ウォルニスは一年以上前に死んだ、それも勇者達に嵌められてだ。

 だからもう彼はいない。

 その彼が俺であるのを知ってるのはやはり俺だけだ。

 今やユスティ達にも名前がバレてしまっているため、いつ何処で露呈しても変ではない。


「俺は……『薬物師』だ」


 その言葉で三人のうちユーグストンだけが強張った表情を晒したが、明確に俺を敵だと判断したかのような目をしており、まさかコイツが犯人なのかと猜疑心が芽生える。

 いや、まだ決めるには早計すぎる。

 俺が薬物師と言った理由は、犯人を炙り出すためではあるのだが、これは一つの賭けだ。

 仮に目の前に犯人がいたとして、その犯人がどう行動に出るのか、それを見てみたい。


「薬物師……さっきの熊さんの腕を破壊してたのも何かの薬とかなの?」


 ここでジュリアが質問してきたのだが、彼女は戦闘の様子を全て映像として記憶しているだろう。

 何か勘違いしているのだが、ならばそのまま勘違いさせておいた方が良いかもしれない。

 そう思った俺は適当に嘘を吐く。


「超強酸腐蝕液、薬物を取り扱うんだから、毒物も持ってて可笑しくないだろ。まぁ、主に魔力による身体強化での近接戦の方が得意なんだがな」

「そ、そうなんだね……」


 武器は使っていないため、それで誤魔化せる。

 肩に掛ける薬草鞄には沢山の薬物が入っている。

 影の中にも鞄が幾つかあるが、それは要所要所で使うために普段使いしないものが多い。

 嘘には嘘で返すのが普通だが、今回は記憶力の良いジュリアという少女がいるため、会話内容は全て覚えておくべきだろう。

 面倒だが、矛盾に勘付かれてしまった場合、余計に怪しく見られてしまう。


「それより早く爺さんのとこに行こう。こんなとこで屯してても無意味だしな」


 爺さんが向かったのは北西方向だった。

 魔力を薄く広げていくと、少しばかり離れたところに八人集まっている。

 俺達を待っている状態なのか、その場から動こうとしていない。


「お待ちください」

「あ?」


 歩き始めたところで、二つに分離した鋏の刃を背後から首に添えてくる。

 後ろに目を送ると、警戒するようにダイアナが鋏刃に魔力を通し、鋭利さが増していた。

 俺をいつでも殺せるように。


「貴方は何者ですか?」

「……さっきも言ったが、俺はクルーディオとい――」

「それは知っております。そうではなく、先程の戦闘で不可解な点が三つもございました。それをお教え願いたいのでございます」


 三つの不可解な点、それを彼女が持っている、と。

 俺としても不審な点があるために、この場でハッキリさせておきたい気持ちもある。


「一つ、何故貴方だけが狙われたのでしょう?」

「さぁ、何でだろうな」


 それに関しては俺も疑問を持っているが、その答えは何処にも無い。


「二つ、先程の聖女様の御力を近くで観察させていただきましたが、力が反発し合っているように思えました。それにも関わらず腕や身体が即座に回復していましたね。それは何故ですか?」

「それを聞いて俺に何の得がある?」

「答えられないと?」

「まぁ、答える義務は無いな」


 義務は無いが、これは意味次第では敵対行動となる。

 彼女達は『青薔薇』、星都から派遣されたSランクパーティーであるため、犯人ではないだろうとは思うが、もしも意識改変されていた場合を考えねばならない。

 催眠術は未知、であるならば細心の注意が必要だ。

 有り得ない事象は存在しない、だから突飛な発想であろうと思考の海から掬い上げねばならない。


「ではもう一つ……化け物への挑発直後、貴方は一度攻撃しようとして踏み留まり、退避した時がありましたね。まるで何かに気付いたかのように」


 俺が違和感に気付いた瞬間を見て、そこに疑念が湧いたらしい。

 それは俺が錬成能力を駆使しようとした時、モンスターを挑発してから俺が攻撃しようとするまでの数秒間、正直俺はあの時、誘導されているような感覚に囚われた。

 だから、錬成を使うのを躊躇した。

 しかし説明したところで、それは俺の直感でしかないために話したりはしない。


「貴方は一体何に気付いたのです?」

「気付いたというのは少し表現が違うな。気付いたんじゃなくて、第六感が働いたから攻撃を途中で止めたんだ」

「第六感、ですか……」

「人間の本能は馬鹿にできない。それは大昔から遺伝されてきた危機防衛反応の一つ、それに従ったまでだ」


 口から出てくるのは大半が詭弁、これで納得してもらうしかないのだが、それには無理があるようで、その証拠に俺の首筋には刃を添わせたままとなっている。

 良い加減、この刃が邪魔なので退けてもらいたいところだが、余計に俺を警戒してしまったらしい。


「テメェ等がミルシュヴァーナから派遣されてきたのは知ってる。だが、テメェ等が本物とも限らないし、無意識のうちに操られている可能性もある。俺だけが狙われたのも自作自演の可能性もあれば、ユーグストンがモンスター殺したのも実はワザとかもしれない。要するに全員が怪しいんだよ。こんなとこで論争を続けても無意味だ」

「そ、それは……」

「理解したなら刃を退けろ」


 これは事実、俺が怪しく見えるように俺から見たら彼等も怪しい。

 互いに疑心暗鬼となるよりは、今はアルグレナー達と合流するべきだ。


「さて、そろそろ……」


 この場から離れようとしたのだが話に夢中になっていたようで、俺達の周囲には濃霧が発生していた。

 しかも普通の濃霧ではない。

 モンスターの位置情報を錯乱させる効果も付いている。

 つまりは目に見えているところ以外の探知は不可能という訳で、魔力が霧を通さない。


「冗談だろ?」


 俺達が話し込んでいる間にも、モンスターが数多く現れていた。

 いや、急に発生したと言うべきか。

 さっきと同じような状況であり、これではアルグレナーとの合流どころではないと思い、俺は右の薬草鞄ではない左の毒薬鞄へと手を突っ込んで紫色の液体が入った瓶を取り出す。

 前にフラバルドで創り出した紫色の毒、幾つもの強力の毒素を融合させた『蠱刃毒』だ。


「え、お兄さん何する気?」

「お前一体何を――」

「戦闘準備しろアホ共、敵に囲まれてる」


 探知能力のある者と無い者では認識の差が出てきてしまっている。

 それとも単なる演技か。

 俺は中身を取り出して錬成を発動させる。


(『錬成アルター』)


 錬成によって生み出した紫色の短剣を二刀形成し、構えを取る。

 蠱毒龍アシェッドの毒もあるにはあるが、今回はそっちを使わない。

 二つの毒は細胞分裂を阻害するものではあるが、この二つの決定的な違いは二つ、一つは自然なものか人工物か、そしてもう一つは手持ちの絶対量だ。

 アシェッドの方は敵一体なら使えるが量が少ないから回収して再利用するしかないのだが、今回は回収する暇も無いので多く使い捨ての薬物を武器にする。

 それに『薬物師』と言ってしまったのだ、しばらくはこの戦闘スタイルで戦うしかない。


「な、何で突然現れたの!?」

「ここは何等かの原因でダンジョン化してるんだ。少なくともメイドと薬物師は理解してるようだがな」


 ユーグストンとジュリアの二人が背中合わせに会話しているが、二人の実力を見るチャンスが急激に到来した。

 好機ではあるが、こちらも手の内を見せざるを得ない。

 実際にダイアナが背中越しに俺を見てきている視線そのものを感じ取っているため、鬱陶しくもあり、目の前の敵に集中しろと言いたくなる。

 持っている大きな鋏を二つに分離した二刀流戦術、それがダイアナというメイドの戦闘スタイル、しかし彼女が答えた職業は『植物学者』だとか。


(チグハグしてんなぁ……)


 錬成を誤魔化しの利く範囲で使えば良いだろうし、もしもの時は精霊紋を見せて『実は精霊術が使えるんだ』と言えば良い。

 薬物を操る能力なんてものは無いが、錬金術と精霊術の二つを組み合わせれば操ってるようには見えるはずだ。

 モンスターの数は十匹二十匹程度ではなく、最低でも五十匹以上が俺達を狙っている。


「『強制隷属フォースレイブ』」


 最初に攻撃を加えたのはユーグストン、襲ってきた怪物二匹に向かって鎖と首輪で繋いでいた。

 しかし、三体目が隷属された化け物の隣を擦り抜けてユーグストンへと襲い掛かる。


「『魔導接続スキルダイブ』」


 ドッと威圧感が増したのをヒリヒリと肌が感知する。

 何等かのバフかと思ったのだが、職業の能力であるのは確かだろう。

 襲ってきていた化け物の横っ面を蹴り落として、地に大きな亀裂を生じさせていた。


「『九輪咲き』」


 一方で、ダイアナは二刀の鋏刃を華麗に振り回して、敵を細切れにしており、靡くロングスカートには一滴も血が付いていなかった。

 強いのは見れば分かるが、それでも隙はある。

 それは彼女自身気付いてないところにあるが、それを教える気にはならない、俺達は赤の他人であるから。

 他人にお節介を焼かれたところで、素直に聞き入れるはずもない。

 だから黙って眼前に迫り来る大きな狼のような敵にだけ意識を集中しようと、脳内でスイッチを切り替えた。


「フッ!!」


 錬成を利用して、分子同士の組成を組み替えながら紫色の刃を振るう。

 すると刃が撓る鞭のように伸びて、空気を斬り裂いてモンスターの身体を少しだけ傷付けた。


「おい、お前の攻撃、全然効いてないぞ?」

「黙って見てろ」


 ユーグストンの野次を跳ね飛ばし、俺はどんどんとモンスターへと軽い傷跡だけを付けていく。

 近付いてき敵にはパンチやキックを、遠くの敵には錬成による刀身の伸縮と猛毒で攻撃を繰り出した。

 次第に最初に傷付けた敵から真っ赤な泡を吹いて倒れ始めた。


「何だあれ……」

「致死量の毒を体内に入れたんだ、次第に身体が崩れて死んじまうのさ。それがこの『蠱刃毒』だ」


 今の蠱刃毒は、ユスティのよく使う三日月のように曲がった刀身のショーテルみたいな形だ。

 刃の形は変幻自在、技術のみでも軌道は曲がる。

 それに錬成を加えたため、軌道を相手が避けるのはほぼ不可能に近い。


「それだけお強いのでしたら、何故先程はお使いになられなかったのですか?」


 その時はまだ『薬物師』と設定しておらず、毒薬で殺そうなどと考えていなかった。

 この戦い方は本来の戦闘スタイルではない。

 腕輪を二刀にして戦う方法で、俺はあまり毒を使ったりはしない。


「俺は『薬物師』だが、こういった毒物は本来使わないんだよ。今は緊急事態だから止む無く使ってるに過ぎん。それにさっきは鞄から毒薬取り出す前に相手が突っ込んできたからな、反撃する余裕が無かっただけだ」


 尤もらしい理由を付けさえすれば取り敢えずは納得してしまうもので、今は考えてる状況ではないし思考が有耶無耶になったとしても仕方あるまい。

 ただ本当の理由を挙げるとするなら、手の内を明かすのを躊躇ってしまった、というところか。

 あのハングリーベアとの戦闘場面では俺は何の能力も駆使していなかったため、彼等に手の内を明かす必要が無かったのだが、先に職業を聞かれてしまった。

 嘘が発覚するまで、俺は嘘を貫き通す。

 正直者が馬鹿を見る、まさにその通りだ。

 だから俺は嘘を真実に映るように見せて相手を騙す。


「『空間マジック/人体切断の術(ミューティレーション)』」


 俺達の会話とは他所にジュリアが手を地面と水平にして斬るモーションを取り、その先から彼女へと飛び掛かっていたモンスター四匹が、彼女の動作の延長上で上下に分かれて肉塊へと成り下がった。

 不可視の刃がモンスターを襲う。

 肉片となった化け物は、核を斬られて消滅した。

 全員を注意しなければならないとは、これまた厄介極まりない相手だ。


「ねぇ皆! あれ見て!」


 戦闘を続けて約一時間程防衛していると、ジュリアが一つのところに俺達の視線を誘導した。

 俺も誘われて指差した方を一瞥すると、先には大量の骸骨が歩いて俺達のところへと進軍してきていた。


「マジか、骸骨に毒は効かねぇぞ……」


 あのモンスターはスケルトンウォリアー、骸骨の戦士である。

 武装しているところを見るに、そこまでの強さでないとは思うが、あの数で進軍されたら脅威であり、同時に俺の持つ猛毒もゾンビ系には利かないだろうし、錬成縛りは実はそうとうキツい。

 いや、精霊術なら使えるので攻撃をシフトさせるべきなのだが、それはそれでメイドが何言ってくるか分かんないし、迂闊な行動はしたくない。


「どうする? 逃げるか?」


 ユーグストンの提案によって俺を除く二人が一考する。

 しかし逃げるにも時間が無いし、反対方向からも骸骨兵士のお出ましと来たものだ。

 それにこの霧があるため、逃げるのは不可能だ。


「逃げるって言われても、かなりの数が取り囲んでるよ?」

「だったら、一点にだけ攻撃を集中させるのはどうだ? 流石に無限に出てくる訳は無いだ――」

「無理だな」


 調教師の言葉を俺は斬り捨てる。

 攻撃を集中させたところで無限増殖するようだし、ここは一種の空間だろう。


「ここがダンジョンになったのはお前が一番良く理解してるはずだ、ユーグストン。なら、一定期間だけ無限にモンスターが湧き出る部屋があるだろうが」

「……モンスターハウスか!」

「そうだ。この霧はモンスターハウスの境界線と考えて良いだろう。魔力を通さないのもここが特殊な隔離空間になってるからで、一定期間の無限増殖の間は俺達はここを離れられなくなった」

「つ、つまり?」

「要は俺達はここで足止めを食らっちまったのさ。出るには全部倒さなくちゃならない」


 これが意図的に発生したのか、それとも偶発的に起こり得たのかはまだ定かではないのだが、この犯人にとって妙に都合の良い展開は何だろうか。

 分断されたのもそう、先に俺を襲ってきたのにも理由があるはずで、下手すれば俺だけがここに取り残されていた可能性だってある。

 そう思うと、この三人が付いてきたのは偶然か?

 単に巻き込まれただけか、或いは犯人自らが俺に犯人ではないとアピールするために入り込んだのか、それとも別の意図があるのか……邪推が過ぎる。


(下衆の勘繰りも良いとこだな)


 嫌気が差す思考回路に頼りながら、俺達は背中を合わせて武器を構え、的を絞る。

 骸骨兵士への攻撃手段は持ち合わせている。

 俺が薬物師というのも意外にも便利に働くし、使い方次第では錬金術師と遜色無い実力が見込めるだろうが、要注意なのはダイアナだ。

 ジュリアは何とかなる、気がする。

 ユーグストンは少し微妙なところか。

 蠱刃毒だけでは駄目だ、使うとするなら錬成銃も駆使すべきだ。

 俺達は背中を合わせているが、腹の中では黒虫を飼い慣らしているもの、それぞれが何の合図も無しに勝手に攻撃を加えていく。


「『大咆哮インパクトハウル』」

「『空間マジック/火薬紙(ペーパーフラッシュ)』」

「『生花摘み』」


 一人は肺活量を活かした音波攻撃で敵を全て自壊させ、一人は手を向けただけでモンスター達の身体が自然発火して、一人は分かれていた鋏刃をギロチンにして首を刎ねていた。

 恐ろしいと何度も感じるが、三人の技は何の職業なのかと懐疑的になる。

 どんな力を隠し持っているのか、手の内をどれだけ見せたのか、考えるだけでも混乱する。


「『蒼火燐イグニスフレア』」


 俺は俺で、蒼白い炎を操って敵を食らい尽くす。

 それが意思を持つ龍のように暴れ、化け物を食い千切るが如く、モンスターを焼いた部分が完全に炭化してしまっていた。

 周囲には蒼白い火の粉が舞い散り、俺を食い殺そうと虎視眈々と狙っていた奴等を一網打尽にして焼き殺し尽くしてやった結果、地面に転がるはずの死骸すら残らず、その炎は未だ燃え続ける。

 手加減して、本気の二割程度の力にまで抑えた。

 手の甲に残った小さな蒼炎がフッと消え、俺達の周囲にいるモンスターは全て灰燼に帰した。


「うわっ、私の火より強力じゃん」

「今のは魔法……いえ、それにしては少し異様な気がしますね」


 鬱陶しい二人組の好奇心には流石に敵わないが、そんな二人を放置して俺は周囲を見渡していた。


「どうした? 何か気になるのか?」

「……いや、何でもない」


 彼等には別に話す必要性も感じられなかったので、俺は霧の晴れた小さな広場に落ちている大量の結晶のうち一つを手に取ってみる。

 青色をした魔石、通常と何等変わりない代物だ。

 しかし、この魔石に内包された生命力の強さから、やはり生命龍の力がこちらに流れているのを確認した。


(スクレッドの力か。ダンジョンの核にでもされてんのだろうか?)


 生命力を魔力に変えれば、ハングリーベアのように強力な力を扱える個体も出てくるだろうが、それには少しばかり気掛かりが隠されている。

 急に強いモンスターを作るのは勿論、それだけの脅威が突然探知網の中に現れたのが引っ掛かる。

 空間を転移してきたのならば、ジュリアが今のところは一番怪しいだろう。

 しかし、他にもユーグストンのような隷属の力を持つ場合も同じく、彼が自作自演のために連れてきた、というのも考えられてしまうからこそ、今のところはジュリア、ユーグストンの順番で二人を警戒している。

 それからもう一つ、ダイアナという女性についてだ。

 彼女は彼女で俺に対して警戒心を剥き出しにし、こちらの情報を聞き出そうとして、とにかく目敏い。


『ご主人様!! 聞こえますか!?』


 霧が晴れた途端、少し離れたところにいるユスティからの精神通信が聞こえてきた。

 耳がキーンとなるくらいの音量で、心配しているようだなと感じられる。


『聞こえてるから落ち着け。そっちの状況は?』

『あ、はい、アルグレナーさんとカレンさん主体で次の目的地へと向かっています。ご主人様方四人は置いていく、との意見に纏まりましたので』

『そうか』


 ユスティのアイテムポーチは俺のとは違って空間魔法付きのものである。

 リノとセラのもだが、彼女達の持つポーチは大体三十メートル四方の巨大空間だったはずで、基本何でも入るよう設計されている。

 値は張るが、たんまり稼いだためにフラバルドを出発する前に買った。

 だから、寝具も一応は持ち合わせているはずで、彼女一人放置しても大丈夫なはず、万が一合流が遅れて夜を明かす事態に陥っても平気なはずだ。


(それに聖女護衛も継続できるし、精神を介して通信できるのは良いもんだ)


 今では普通の人と同じ生活をしているため最早奴隷としては見ていないが、一応奴隷は奴隷、金額を払った上で彼女が同意すればいつでも契約は解除可能だ。

 一時的に侵攻を止めているとは言っても呪印により弱体化している現状で、彼女と離れるのは少し手痛い気もするのだが、これ以上負担は増やせない。

 奴隷を酷使するのは、今の時代では契約違反と取られてしまう。


『あ、それと一つ気になった事があるんですけど……』

『言ってみろ』

『あの、その……カレンさんとアルグレナーさんの会話が少し奇妙でした』


 要領を得ない説明だったので、俺は聞きたいところを的確に聞く。


『具体的に何処を奇妙に思ったんだ?』

『はい、カレンさんなんですけど、えっと、何処か雰囲気が変だったんです』

『……それだけ?』

『は、はい、すみません』


 その雰囲気が変だった、という彼女の言葉から情報を引き出すのは不可能だ。

 雰囲気が変、それは如何様にも捉えられる。


『とにかく、注視して逐一報告してくれ。俺との関係性を誰かに話したりは?』

『いえ、何も話してません』

『なら良い。また後で合流しよう』

『はい』


 通信を終えて、俺は地面に落ちている大量の魔石を霊王眼で観察する。

 生命力に溢れた魔石が多数あり、普通のよりも透明度が高い。

 明らかに生命龍の恩恵を得ている。

 確か奴の話だと、強制的に催眠術師と契約させられたと言っていたため、もしかするとダンジョンも催眠術師が仕組んだ結果かもしれない。

 ダンジョンを人工的に作り出す、なんて聞いた事も無いけど。


「ねぇねぇ、ボーッとしちゃってどうしたのさ? その魔石に何か手掛かりでもあるの?」

「さぁ、どうだろうな」

「むぅ、ケチ!!」


 単にまだ分からない、というニュアンスで伝えただけなのに、意図を曲解して俺が他人に情報を渡さない鬼畜、みたいな捉え方をされてしまった。

 頬を膨らませているが、ぶりっ子か天然か、どちらにしても煩わしい。

 不愉快だが、しかし反論はしない。

 俺だけが生命龍の現状、この島の現状を理解しているのだから、その対応策を考えねばなるまい、反論なんて無駄以外の何物でもない。

 一番なのは、この島にいる奴等を他の島や外国へと移す方法だが、納得しない奴も多いだろう。


(前途多難だな)


 指先に力を込めてみると簡単に魔石に罅が入り、ガラス細工のように割れてしまった。

 その内包する生命力の多さに内心少し意外だったと思ったのだが、これだけの生命力を半年間集め続けたからなのだろうと胸にスッと入ってきた。

 この結果を俺は理解している。

 しているからこそ、このダンジョンが如何に危険であるかを明確に予想できる。


「それより早く行くぞ」

「ちょっとー! 何で緑のお兄さんがリーダー面してるのさ!?」

「そんなつもりは無いんだが……それに、今回は別にリーダー要らないだろ。って、誰が緑のお兄さんだ、俺はユーグストン、ちゃんと名前で呼べよ、チビ」

「はぁ!? だ、誰がチビなのよ!!」

「お前しかいないだろ」

「ムカッ、これだけ言われちゃうと私の堪忍袋の緒も限界なんだな!! いざ、私と勝負し――グヘッ!?」


 言い争いを収めたのはダイアナ、ジュリアの後ろ襟を掴んで引っ張っていたが、首絞めてるし。


「ジュリア様、お戯れは程々に」

「ちょっ、わ、分かったから首、首……」

「まぁ、誠心誠意お嬢様達に尽くしてきた私をクビにすると仰るのですか? あぁ、それは大変残念でございます。お嬢様の襁褓を取り換えるくらい小さな頃から旦那様の命令に従っておりましたが、ここいらで潮時、命令に反いてしまった憐れな家政婦をお許し下さいませ。このまま自害をば――」

「違うからね!? 手よ! 手を離せって言ったの!!」

「あら、そうでございましたか」


 絶対分かってて言ってたな、彼女。

 普通の主従関係ではなく、主人を言葉で弄ぶメイドだ。

 慇懃な態度とは裏腹に、本当に腹に何か黒い虫を飼ってるんじゃ無かろうか。

 恐ろしい女だ。


「さて、それではアルグレナー様の元へ参りましょう、御二方もよろしいですね?」

「あ、あぁ……」

「そうだな……」


 俺達は逆らわない方が良いと直感し、灰に埋もれた魔石も全て回収して、俺は全員の後ろを付いていく。

 初っ端からモンスターハウスに当たるとは不運に見舞われているが、もしかしたらあのモンスターハウス、途轍もなく危険かもしれない。

 一抹の不安を振り払い、俺はアルグレナー達との合流を目指し、歩き出した。






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