第143話 蒼き瞳が映した世界
聖女の忘れ物を届けてから商会で冷却の魔草を買い、それからリノの熱冷ましの薬を作って、明日のための準備を済ませて、と一日があっという間に過ぎていく。
もうすでに夜を迎えていた。
まだ寝る時間ではないのだが、それでもキラキラと星空が瞬いている。
一面ガラス張りの窓から外を眺めると街並みを俯瞰できるのだが、街明かりが少なくて寂しい様子だった。
(暗い街だな)
喧騒が聞こえてこない。
魔眼を通して見てみると全て森の中央へと向かっているようで、地質調査はきっと何かしらの成果が望めるだろうと思っている。
しかし、左目に引っ掛かりを感じていた。
痛みは特に無いが、それでも拭い切れない違和感が霊王眼に表れている。
「ご主人様、その左目どうされたのですか?」
丁度風呂上がりで寝間着に着替え、タオルで髪を拭いていたユスティがこちらへと近付いてきた。
その双眸が俺の左目を捉える。
この目がどうなってるのかが分からなかったため、テーブルに置かれていた手鏡を手に取り、それに顔を映して霊王眼を見た。
俺の目は少しばかり変化していた。
今の俺の瞳は暗黒龍のような龍の特徴が表れてしまっていて、瞳孔が細くなって濃さもより透き通るような綺麗な青い色合いとなってしまった。
まるでゼアンの瞳を移植したかのようだ。
右目は青いが左目よりはまだ明るくて、瞳孔は人間のままであり、発動させれば赤く染まってゼアンのようになる。
「使い過ぎたのか……」
「暗黒龍様のお力、ですか?」
グラットポートで魔神相手に暗黒龍の力を全開にして戦ったため、ユスティとそこで寝てるリノの二人には俺が暗黒龍の使徒だと知られている。
世間にバレるのは問題だが、彼女達は口が固いため吹聴はしないだろう。
彼女の質問に何と答えるべきか迷いながらも、俺自身理解が追い付いてない。
「俺も分からんが、呪印が関係してるのは確かだろうな。左目が少し熱を帯びてるようだ」
「大丈夫ですか? 何かのご病気だったりは……」
「病気か。結膜下出血は結膜下の血管が破れる病気だが、弾けて目に痛みが表れるものではないし、緑内障は眼圧で視神経が傷付いたりするが弾ける事はない。だから多分病気じゃないはずだ」
異世界の目の病気もあるにはある。
例えば魔眼の弊害で起こる『急性魔導視不全症候群』というものがある。
それは魔眼使用による過度の疲労蓄積の病気であり、次第に効力が失われていく異世界特有の目の病気の一種となっている。
魔眼を使い続けると視力が失われたり代償を支払うものがあるが、目が弾けるなんてのは存在しない。
「いや、もしかしたら別の病気かもしれん」
「別の病気、ですか?」
「あぁ、魔力回路の流れが詰まっちまって、そこが膨らんで破裂する魔導に関する病気があるんだが、確か病名は……『後天性魔力回路内破症』だったかな」
それが目の部分で発生し、破裂すると目も傷付いてしまうのだ。
筋肉部位や骨ならまだしも目は他よりも脆いため、傷付きやすい。
だがその症状は、魔力操作によるマッサージや薬草を煎じたポーションとかで簡単に治せるものであるため、目が弾ける病気に心当たりは全くと言って良い程に無かった。
「やっぱり博識ですね。ご主人様はそのような知識を何処で身に付けたのですか?」
それは俺が何のために知識を手に入れたのかを聞きたいのだろう。
過去について遠回しに聞かれている。
その過程には嫌な記憶が付き纏ってくるので、正直言いたかないし、言う必要も感じられないために俺は口を噤んで昔を思い出す。
もう一年以上経過したんだな、と。
光陰矢の如し、月日が経つのはあっという間だ。
光陰は月日の比喩表現であり、矢の如しは矢のように早く、飛んでいったら二度と戻ってこないという表現の例えであるそうだ。
過去は戻ってこない、過去は変えられない、過去からは逃げられない。
なんて考えていると、自然と口が動いていた。
「まだ俺が暗黒龍と契約してなかった頃の話だ。ウォーレッド大陸出身なのは言ったな?」
「はい、迷宮の中で聞きました」
「東に位置するウォーレッド大陸では、それはもう酷い差別が罷り通っていた。職業格差ってやつだ。錬金術師はポーションしか作れないクズ職だと揶揄され、生きるのに苦労したもんだよ」
当時は生きるために必死だった。
誰かの役に立ちたくて、自分の価値を高めたくて、だから必死になって知識を身に付けた。
本を読み、実践し、どんどんと自分の糧としていった。
けどしかし、結局はあまり意味が無かった。
「ずっと旅をしていて、その道中で本を読み続けて知識を身に付けていった。だが、そんなものに意味なんて全く無かったんだ」
「ご主人様は、その……苦しい思いをされたのですか?」
苦しい思い、か。
今では過去でしかない、そう思っていても、それは呪縛となって心に囚われている。
「昔の俺は全て諦めてた。弱くて、生きる意味も無くて、ただ周りに流されるままに、漠然とした日々を生きてきた」
俺という人間は忌み子として全てを諦めていた。
運命は変えられないのだと知った日、俺には世界の何処にも居場所が無いのだと気付いてしまった。
ただ無駄に日々を浪費して、今まで漠然と生きてきた。
「全てを享受してた。石を投げられても、水を掛けられても、俺は文句すら言わなかったし、言い返しもしなかった。それが当たり前なのだと、俺に与えられた罰なんだと思って生きてきたから」
その時、俺はフラバルドで見た時のある夢を思い出していた。
両親代わりの院長達、ウォーゼフさんとジャネットさんラングナー夫妻と一緒に孤児院が焼けていくのを夢で見たなと思い出した。
小さい頃の記憶、その時の記憶が殆ど抜け落ちてしまったけど、俺が全てを壊してしまったのだという『罪』だけは身体が覚えている。
「俺は昔、孤児院にいたんだ。親が俺を疎ましく思ったから赤ん坊の俺を捨ててったんだろう。幾つかの孤児院を転々と移っていったんだが、ある孤児院で俺を迎えてくれる人達がいた。俺が何者でも優しく歓迎してくれる人達がいたんだ。けど……それを俺は壊してしまった。俺があそこに行ったから、俺があの場にいたから、彼等の人生を粉々に砕いてしまったんだ」
それが許せなかった。
何度も死のうとした。
けれど、それだけはできなかった。
彼等が俺を生かしてくれたから、俺のために死んでしまったのだから。
「弱いのは嫌だった。強くなりたかった。けど、俺は何者にもなれなかった」
「……」
強くなって、誰からも必要とされる存在になりたかったのかもしれない。
それが俺の生きる意味になるのだと思っていたから。
だから俺は知識を身に付けて誰かの役に立ちたかった。
けど違った、周囲は俺が忌み子という理由だけで忌み嫌って、疎ましく遠巻きにして厄介払いする。
「自分が何者なのか知りたい、俺は何処で生まれて、何のために生き、そしてどんな価値があるのか、自分の目で確かめたかった。だから孤児院を飛び出した」
「それから仲間の方と旅を?」
「あぁ、そんな話になってたな。いんや、俺はずっと一人だったさ」
勇者パーティーに入れられた理由は分からないが、孤児院の人達は俺がいなくなって喜んでいたし、勇者パーティーに入るのは俺にとって良い機会だと思ったんだ。
そして運命が変わる日、俺は自分が誰だったのかを唐突に思い出した。
それでも、俺はこの世界の何処かにいるであろう俺を捨てた両親について、俺が何処の誰なのかを知りたい気持ちがあった。
自由になって、俺は世界を見て回りたくなった。
俺はもう自由なのだと、何にも縛られずに生きれるのだと思った。
それは違った。
徐々に昔の記憶を思い出していく度に心がギュッと締め付けられて、痛くて、苦しくて、忘れてはならなかったはずの記憶を呼び覚まし始めた。
「っと、お前の質問から随分と遠去かっちまったな、済まない」
「いえ、少しだけご主人様の苦しみや痛みが分かった気がしましたから」
何故俺は彼女にこんな話を切り出したのだろう、失言だったな。
「済まん、忘れてくれると有り難い」
奴隷に自分の想いを吐露するなんて、どうやら精神にまで呪印の影響が出ているようだ。
自分の恥部を曝け出してしまったな。
あぁ、本当に情けない。
「初めてご主人様の本音が聞けた気がして、何だか嬉しいです」
……変な子だ。
「俺はお前達に隠してる秘密は幾つもあるし、今の話も殆ど暈して伝えた。お前からは負の感情が一切見えないが、少しは俺を不審に思わないのか?」
それが不思議だった。
彼女から滲み出るのは信頼の色合い、ただそれだけだったのだ。
この左の魔眼がより詳しく映し出す。
彼女は俺に対して絶対的な信頼を寄せており、それが人なのかと半信半疑となってしまった。
こんな善だけの人間がいる。
今までに会った事のないタイプの人間だというのは、彼女を見ていて思った。
「何故俺を信じられる?」
俺は彼女を未だに信じられずにいる。
信じるのが怖いのかもしれない。
だから俺は霊王眼で嘘かどうかを判別し続けている、常時発動させたままで、だ。
「初めて会った時、優しい声だと思ったんです。けど何だか冷たくて、それでも私の我が儘を聞いてくださいました。そして名を頂きました」
「それは……」
前にも聞いたような答えが返ってきた。
俺は彼女に名前を付けただけ、それだけの話だ。
たったそれだけ、彼女の我が儘を聞いただけだろうに、それで何故信じる気になったのかが俺には全く理解できなかった。
何度も聞いてるが、彼女の考えが分からん。
「誰にだって秘密はあります。勿論、ご主人様にも辛い過去があったのだろうとは見ていれば想像が付きますし、話してくださらないのも悲しいですが、それだけ辛いのだと私達は理解してます。ですから……」
そう言って彼女は優しく俺の手を包み込んだ。
慈愛に満ちた笑みは美しく感じられた。
「私は待ち続けます。いつか、ご主人様が私達を信頼してくださる、その日まで」
「そう――」
彼女に返答しようとしたところで、心臓が跳ね上がって全身に激痛が走った。
「ご主人様!?」
膝を着いて、身体の呪印が皮膚を侵食していく。
熱い、身体が焼けるようだ、苦しい。
そんな痛みが全身を駆け巡って、左目も痛くて抑えてしまう。
「ど、どうしたんですか!?」
「あぁ……何でもない」
焼けるような痛みがずっと続いている。
歯を食い縛って痛みを堪えるが、それでも耐え切れずに床に倒れてしまう。
『ぁ……ぅ…』
何かが聞こえてくる。
何かが俺を呼んでいる。
何かを俺は知っている。
「だ、誰だ!! 姿を見せろ!! 姿を……す、姿を…見せ、ろ……」
金属バットで何度も殴られたかのような痛み、それが脳全体に響いて視界が歪む。
立とうとするも、足元が覚束ない。
身体が震え、気配が掠れていく。
朧げな意識が次第に薄れて視界も徐々に狭まっていき、俺の意識は深く暗い世界へと連れてかれてしまう。
「ご主人様!? ご主人様!!」
何度も揺すられるのだが、俺の意識は夢の世界へと迷い込んでいった。
左目がジンジンとする中で、俺は何も無い世界で目を覚ました。
身体を起こして辺りを見た。
暗い世界かと思ったのだが、真逆で真っ白な空間だけが何処までも広がっていて、ここが誰かに呼ばれたという事実だけを脳裏が勝手に理解していた。
俺がここに呼ばれた理由も分からなければ、俺が誰に呼ばれたのかも知らない。
「ここは……何処だ?」
意識がハッキリとしない。
まだ視界が霞んでいて、鈍い頭痛が脳裏に響いている。
『急に呼び出して申し訳ありません、暗黒龍の使徒よ』
頭痛で顔を顰めていると、目の前から女性のような声が聞こえてきた。
不思議な声が身体に浸透してくる。
声が通り抜けた時に身体から活力や生命力が溢れてくるような感覚で、呪印の効力も少しだけだが弱まっているようだった。
俺は、その声の主を視界に映した。
「……生命龍、か?」
俺の前にいたのは、綺麗な翼と真珠のような色をした龍鱗、そして大きく宝石と見間違う程の美しさを持った黄金の瞳が特徴の、一体の大きな龍だった。
輝く鱗粉が周囲へと飛んでいる。
暗黒龍とは正反対の優美な龍で、だからこそ俺は生命龍スクレッドが俺を呼んでいるのだと見当付けて、その龍を見る。
『はい、私はこの星夜島を守護する九神龍の一角、生命龍スクレッドと申します』
「俺は――」
『ウォルニス=ヴァルシュナーク、ゼアンから聞いておりますよ』
何で俺の名前をゼアンから聞いてるのか、何で俺の名前が広まっているのか、全く意味不明だ。
「俺をその名で呼ぶな。冒険者としては『ノア』、そして今は『クルーディオ』で通してる。好きな風に呼べ」
『では使徒ノア、まずはこの固有空間に呼び出してすみませんでした。貴方に知らせたい事が幾つかあったため、ここにお呼びしました』
この真っ白な空間は生命龍の創り出したものだろう。
九つの龍が創り出す空間は普通の魔術師の創り出すものより強固で、物凄く広い。
だから即座に生命龍の結界に精神だけ呼び出されたと理解できた。
「じゃあ、俺が倒れたのは……」
『はい、貴方を呼び出したからです。制限はありますが、近くにいれば精神だけを呼び出せるように、ゼアンが契約時に貴方の霊魂に細工したのですよ。それを私が勝手に使っているだけの事です』
霊魂に干渉したから、あんなにも激痛が全身に発生していたのか。
しかし俺の霊魂に細工とは初耳だぞ、俺は霊魂に何をされたのだろうか。
気になりはするが、先に彼女……彼女?
何でも良い、彼女の知らせたい内容を知る権利がある。
「霊魂の細工を後で聞くとして、まずは俺をここに呼び出した理由を聞かせてもらおうか」
『はい。まず、このサンディオット諸島で何が起こってるのかの説明を致しましょう』
いや、何が起こってるのかは知ってる。
集団昏睡事件だろ?
『正確には私の能力が強制的に発動しているのです。それは他の島でも同様、日輪島では陽光龍の天候の力を、月海島では深海龍の海嘯の力を、そして私は生命の力を強制的に使用しているのです。つまり現在多くの人の子が昏睡状態となっているのは、私が生命力を吸っているせいなのです』
生命龍が人の生命力を吸っているのか。
てっきり人が神龍達に何かしらのバチが当たる行いでもして、加護を切ったものかと。
だが、吸われる生命力が島の中央に行った後何処に向かっているのかは知らないし、何故そのような行動に出ているのかも詳細を知らされていない。
「じゃあ、その力を止めてくれ」
『残念ですが、それはできません』
「何故だ?」
『それは私の意思ではないからです』
どういう意図を持っているのやら、考えられるのは多分一つ、催眠術師が彼等に催眠を掛けたからか。
「催眠術師に会ったのか?」
『はい。ですが何処で催眠を掛けられたのか、それから誰に掛けられたのかは覚えていないのです』
覚えてないんじゃなくて、忘れるよう催眠掛けられただけだろう。
しかしながら、職業が彼等九神龍へと干渉できてしまうとは、末恐ろしい。
『貴方の言う通り、催眠のせいで殆ど記憶に無いのです。唯一覚えているのは催眠術師によって無理矢理能力を発動させられているという点のみなのです』
状況を詳しく聞いてみると、今は深い眠りに着いて能力だけが勝手に発動している状態らしく、何処で眠らされているのかは自分達も知らないのだそうだ。
そして能力解除もできない。
ただし、俺と通信ができている段階では島の何処かにいるのは間違いない。
そして通信のために俺の霊魂に干渉してきているのは明白だが、まだ細工の件を聞いてなかったな。
『説明させていただきます。貴方の霊魂には幾つか細工が為されているのです。いえ、ゼアンが貴方に細工を施しました』
「は? どういう意味だ?」
『ゼアンから何も聞いていないのですか?』
「聞いてない。俺は契約した時に気絶したから、その間にアイツは何処かに飛んでったよ」
薄情な奴とは思わないが、できれば説明してもらいたかった。
「で、奴は俺にどんな細工をしたんだよ?」
『まずは私達九神龍と意識的に繋がるための印です。その印に干渉して私は今、深く眠っていながらも貴方に話し掛けられているのです』
「あの野郎、これを予測してたってのか?」
『単なる余興だと言っておられましたよ』
今度会ったら、俺をこんな身体にした罰として殴ってやろうか。
まぁ今はともかく、この状況を受け入れよう。
『二つ目の細工は、ゼアンに貴方の居場所が分かる印です。つまり追跡魔法のようなものですね』
「解除は?」
『本人以外には無理です。しかも巧妙に隠してますね、私達でなければ恐らく気付かないでしょう』
あの陰湿龍、余興とか言って何がしたいのだろうか。
絶対に遠くから笑ってるぞ、アイツ。
霊魂に施された印を解くのはかなり難しく、俺の錬金術師の能力であっても解けはしないのだと言われた。
「って、何で俺が錬金術師って知ってんだ?」
『私は生命龍、万物の命を司る龍なのです、見れば分かりますよ』
微笑むような声で諭す彼女は、俺の霊魂に施された三つ目の印を教えてくれた。
『三つ目はすでに効力が消えてますが、貴方が死んだ時、一度だけ暗黒龍の精神が貴方を乗っ取り、全てをほぼ元通りに復元するもののようですね』
そうか、だから魔神戦の時に変な声が聞こえてきてたのかと納得した。
まさかこんなところで意外な事実が判明するなんて思ってもみなかった。
しかし、その施された印のお陰で俺は救われた訳か。
全く、不思議なものだ。
『四つ目は――』
「まだあるのか……」
俺の許可も取らずに、俺に断りもなく、どれだけ俺の霊魂に細工したのだろう。
『四つ目は、元から施されていた細工の解除ですよ』
「何だと? そりゃどういう事だ?」
『ゼアンから聞いただけなので私も詳しくは分からないのですが、貴方の霊魂の記憶領域には何度も厳重に封印が施されていたのですよ』
俺の霊魂に元から施されていた?
つまり、奴と出会う前から俺には霊魂の細工がされていたのか。
だが、それは可笑しい。
もしも本当だとしたら、俺は生まれてから暗黒龍に会うまでの間に誰かに霊魂に干渉された事になる。
いや、霊魂に細工できる奴は限られてくる。
孤児院や浮浪者として生活していた頃はそういった奴と関わり合いにならなかったし、勇者達の中に霊魂に干渉できる職業持ちはいなかったはずだ。
それに記憶領域に元から細工していたならば、もしかすると契約時に枷が解かれ、前世の記憶が蘇るようにワザと細工したのかもしれない。
そして前世の記憶に封がされているのならば、転生に関係している者が俺の記憶に干渉したとしか思えない。
『五つ目ですが……』
「待て、幾つあるんだよ?」
『これで最後ですよ。貴方が寝てる間に時間を掛けて施したようですね』
俺が前世の記憶を思い出している間に、五つも印を付けられてしまったらしい。
『五つ目は加護ですね』
「加護?」
『九神龍との契約の証、とでも思っておいてください』
よく分からなかったのだが、あまり気にする必要は無いと目で語られる。
契約の証、加護か。
しかし、その印を付ける能力は魔法なのか?
『神影魔法の中の『影の刻印』という能力ですよ』
そんな力があるとは知らなかったが、今の俺には使えないものだ。
だから生命を司る神龍へと聞いてみる。
「俺にも使えるのか?」
『それは修練次第となりますが、あまりお勧めしません』
「それは、何故?」
『その力は精神を食い荒らされるのです。今の貴方は凄く希薄、一度使えば二度と現実世界に戻れないでしょう。それ程までの禁術なのですから』
かなり便利だとは感じたが、どうやら禁術を俺に施して逃げ去っていったようだ。
少しは説明してもらいたかったが、今のアイツが何処にいるのかは皆目見当が付かないので、探しようがない。
「気になる情報は幾つもあるが、今は星夜島について解決しなくちゃならない。だから俺に知らせたいって内容を全部教えてくれ」
『……分かりました』
俺に知らせたい事について、この星夜島の現状を教えてくれた。
星夜島で起こっているのは集団昏睡事件、生命龍スクレッドは催眠術師によって能力を強制使用させられているようで、島民や観光客、冒険者達が集団で倒れてしまった。
島にいる人達が一気に生命力を吸われなかった理由は、催眠に抗っているからだそうだ。
しかし半年前に催眠を掛けられてから、もう殆ど時間が残されていないらしい。
『その者は私達九神龍のうち三体に一気に催眠術を掛けられるだけの力量を持ち合わせているのです。ですから、その者は恐らく『覚醒者』でしょう』
「そうか……後どれくらい抗える?」
『持って二週間ですが、七月七日の龍栄祭の日まで持つかどうか、といったところです』
かなり不味いな、こちらの命が尽きるよりも先に島が崩壊してしまいかねない。
いや、俺の方がもっと早くに死ぬのか?
どちらにしろ結局のところは最長二週間でゲームオーバーとなると分かってしまったから、その催眠を解く方法を見つけねばならない。
一番手っ取り早いのは、その催眠術師を捕まえて能力を解除させる方法だが、覚醒者となったのだから少し厄介となってしまった。
俺の能力は今や影と精霊術の二つと魔力操作だけ、職業能力が使えないのは手痛い。
『島の状況としては以上ですが、他にも知らせねばならない事があります。まず一つ、星夜島の土壌に異変が生じております』
「土壌に異変……それってもしかして、島を構成する土地全体からエネルギーが吸われて、ボロボロになってるって意味で合ってるか?」
『はい、貴方の推測通り、このままでは島全体が形を保てずに崩壊してしまいます』
抗い続けてきたが、それは人のみでは飽き足らずに島全体をも一個の生命体として扱い、島を滅ぼすためにエネルギーを吸収し続けているようだ。
それにより、島を構成する分子同士に亀裂が入って壊れてしまうだろう、と彼女が説明してくれた。
解決方法は催眠術師を見つける以外に無いだろうが、まさか島全体も朽ちてしまうかもしれないとは、何だか現実離れしすぎている。
「対処法は……まぁ、同じようなものか。他には?」
『強制的に契約を結ばれたために、催眠術師の方に力が流れております。最近ではジアとリクドの二体とも精神通信ができません。これは私の予測ですが、もうあの二龍は精神が取り込まれてしまったのでしょう』
「いつ頃から通信できてないんだ?」
『正確には分かりませんが、少なくとも三ヶ月前です』
三ヶ月前に何かあったと考える方が自然か。
いや、それともスクレッド以外の二神龍が三ヶ月で陥落してしまったのか。
まぁともかく、通信できてないのを覚えておこう。
今は俺と通信できれば良いだろう。
幸か不幸か、俺の霊魂には印が付けられているため、一つの指標となる。
「謎が深まってくばっかだな……」
『すみません、貴方しか頼めないのです。私の通信ももうすぐで途絶えて、しばらくは通信かできなくなってしまうでしょう』
「そうか、なら他の知らせたい内容を教えてくれ。俺に関係する話は事件が解決した時にでも教えてくれよ」
『はい。貴方にお伝えしたい事柄は残り二つ、一つは貴方に施された呪印についてです』
ここで俺の身体について知らせたいと言ってきたが、この身体については自分が一番良く分かっている。
何を知らせると言うのだろう。
『先程、私の力の一部を貴方へと分け与えました。その力を使い熟せるかは貴方次第、呪印の力も一時的にですが抑えておきました。これで職業の力はある程度は使えると思いますが、痛みは残ります。力及ばず、すみません』
「いや、充分だ。それよりお前の能力ってのは?」
『生命を操る能力ですよ。それも一時的ですが、どうかご活用くださいませ』
力が溢れているのは、やはり彼女の息吹によって受け渡された恩恵なのだろう。
力の譲渡は一時的、それは魂の契約をしている訳ではないからだ。
生命を操る力を与えられたが、それがどういった効果を俺に齎してくれるのかはまだ不明なので、どう使うかは後で考えるとしよう。
『最後に一つ、お伝えします。これは直接的に島と関係無いとは思いますが、貴方に近しい命が他の島にいます』
「また訳の分からない事を……俺に近しい命だと? それって使徒がいるって意味か?」
『いえ、貴方と同じ転生者ですよ』
ゼアンが、前に俺を『不思議な霊魂』だと言っていた。
俺が輪廻転生したから奴はそう言ったのだろうが、俺と同じ転生者が月海島か日輪島にいるのか。
「ソイツの詳細分かるか?」
もしかして、あの子がこの世界に来ているのではないだろうか。
かつての幼馴染みが、この世界に……
『その方は………で、し…く………は…いぶ…が………』
「何だ? 聞こえないぞ?」
とうとう限界を迎えたか。
次第にスクレッドの言葉は言語として聞き取れなくなり、奴の身体も徐々に透明と化していく。
だから聞くのを諦めた。
「そうか……もう、行くのか」
『…ぃ……』
歪な音程となっていた生命龍の声は広い真っ白な空間に溶けていった。
もう眠ってしまうのか。
俺との交信もこれで終わり、彼女は光となってバラバラと崩れ、白い空へと消えていく。
生命龍から目線を外し、その視線を下へと持っていくと俺の右手から次第に白い欠片となって崩れ始めていた。
「ん?」
光り輝きを放つ生命龍が最後の力を振り絞って、鋭い爪を俺の瞳を指した。
崩れ落ちる中、彼女はハッキリと言葉を残す。
『その右目だけはどうか、どうかお使いにならないでくださいませ』
この右目、『竜煌眼』は今や調整が可能となっている代物だ。
今まではゼロか百しか力を発揮できなかったが、現在は錬金術を駆使して自分専用に変化させた。
使えば生命力をかなり消耗するし、全開で戦えば命が潰えはする、それでも力を抑えて使えば問題無いと思ったのだが、そういう問題ではないと言われているような気がしてしまった。
何を言いたいのか、彼女は最後の力も使い果たして全て欠片となって風に乗るように空中に塵となって消えた。
『もしも貴方がまだ、只人としていたいなら……』
俺以外誰もいなくなった空間で、その言葉は消えてしまった。
けれども何故だかその彼女の言葉は耳の中で何度も何度も反響して、その言葉が衝撃的で、それは俺の胸の中に深く刻まれた。
俺がまだ只人として生きるならば、か。
もしも右目の竜煌眼を使い続ければ、俺は人としていられなくなるらしい。
人でなくなるなら、俺は一体何になるのやら。
暗黒龍か、それとも魔物か、或いは得体の知れない化け物か、左目が龍のようになってしまった手前、気を付けて使い所を考えないと駄目なようだ。
(身体が消えていく)
バラバラと手から腕、そして身体へと亀裂が広がって桜のように散っていく。
不思議と痛みは無かった。
右手が消えても握り締める感覚や掌を開く感覚、それが無くなった右手に現れている、とても不思議な体験だ。
(不思議な空間だな)
真っ白で何も無い、とても寂しい空間だ。
俺が消えれば、ここには何が残るだろうか。
それとも何も残りはしないのだろうか。
(まるで俺みたいだ)
いずれ消えていく自分の心のように、空っぽだった。
寂しそうではあるが、この世界は何だか少し羨ましくもあった。
元から何も無いから、きっと苦しくはないのだろう。
何かが手元にあるからこそ失った時の悲しみは計り知れない、それを知っているからこそ、そんな感想が脳裏に浮かんでいた。
そんな考えを胸中に秘め隠し、その純白で無限に広がる世界をボーッと見ていると、最後に身体が全て崩れきって儚く霧散し、俺は現実の世界へと帰っていった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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