第141話 星夜島の現状 中編
彼女から聞いてない情報はまだ残っている。
星夜島についてだけではなく、日輪島で何が起こってるのかについても知っておきたいところであり、そのために対面に座る婆さんへと質問を投げ掛けようと思った。
しかし何を聞くべきか、俺はふと考える。
一つ気になっているのは、催眠術師が犯人であるのは明白なので、ソイツがどうやって事件を引き起こしているのかだ。
根本的なところで彼女達ギルドも情報は入手できていないため、地道に一つずつ調べていくしかないのか。
「さぁ、そっちも情報を提供してもらおうかのぉ?」
「そうだったな」
俺が知り得る情報、それは何故島の住民が昏睡状態に陥っているか、だ。
「俺の左目はちょっと特殊でな、人の生命力の流れが見れるんだよ。人が昏睡状態に陥る理由は、生命力が何者かに吸い取られてるからで、少しずつ人の身体から吸われてるってのは要するに死が近付いてるのを意味し、脳が死を錯覚して気絶状態が続いてるのさ」
リノは予知夢が作動して、それが切っ掛けで脳が一時的に覚醒した。
そう説明すれば、ある程度は辻褄が合う。
とは言っても錯覚してるだけであるため、目覚めはしないが死んでいる訳でもない。
「俺が知ってんのは……今はそれだけだな」
「そうか」
事件の詳細は婆さんの方が圧倒的に持っているのだし、俺の方が詳しく知りたいものだ。
そして知るためには俺の方から聞かねばならないが、さて何を聞こうか。
「二つ聞いときたいんだが」
「何じゃ?」
「一月七日から始まったって言ってたが、その日に何か変わった事とか無かったか? それが一つ目だ。どんな些細な事でも構わないから、あったら教えてくれ」
一月七日から事件は始まった。
それならば始まる前の兆候、或いは始まってからの非日常的な出来事があるはずだと睨んだのだが、婆さんの記憶量では頼りにならない。
他の者に聞くべきか。
「それからもう一つ、俺がこの島に到着した時に『何か』が脳裏へと直接語り掛けてきたんだが、心当たりとかって無いか?」
俺が気になった事柄は二つ、一月七日についてと脳裏に語り掛けてきた存在だ。
入島して数時間が経過した今、他にも気になっているものもあるのだが、情報が足りなさすぎる。
「まさか……」
俺が考え事をしている間にも、婆さんは婆さんで何かを考えていたようで、呟き声が聞こえてきた。
その言葉が意味するは恐らく一つ目の質問か二つ目の質問のどちらか、それか両方に何かしらの心当たりがあったからだろう。
婆さんの考えは俺には分からない。
だから言葉として教えてもらいたい。
「一月七日の出来事じゃが、巨大な地震が発生したのを覚えとる」
「地震? 規模は?」
「地割れが発生する手前くらいじゃよ。かなりのもんじゃった。それ以降、地震は発生しておらん」
地盤でも緩んでいたのか?
それとも地下に何かいるとか?
「二つ目の質問に関しては儂は知らん」
「……そうか」
霊王眼で見通せば婆さんが本心を語っているのか、それとも嘘を騙っているのかが映る。
婆さんは嘘を吐いていなかった。
だが、それが本当なのかは謎である。
俺の魔眼が映らないように細工されてるかもしれない、それは彼女の身に付けている装備の効果かもしれないし、彼女の職業かもしれない。
絶対に油断はできない。
それは、俺が誰一人として、何処まで行っても信じられないからだ。
それにゼアンから受け継いだ霊王眼、俺が扱いきれていないという点もあるだろう、だから疑心暗鬼となる。
「あの、私からも良いですか?」
「うむ、お嬢ちゃんの頼みなら何でも聞いてやろうかのぉ」
俺とはえらい差だ、露骨すぎる。
だがしかし、ユスティから質問が出るとは予想外も良いところだ。
「では、僭越ながら……ご主人様の身体を治す方法があると先程仰られましたが、その方法をどうか教えてくださいませんか?」
呪印に侵されている本人ではなく、その従者が聞くという不思議な構図に婆さんが俺達を交互に見てきた。
だが、スティの頼みなら何でも聞いてやると言ってしまった手前、婆さんも自分の口から発した言葉を無碍にはできず、俺の身体を治す方法を提示した。
「幾つか治す方法があるんじゃ。一番簡単なのは、この島におる聖女様が使う御業、『破邪ノ祈禱』を受ける方法じゃ。無限の祈りで全てを浄化する聖女の絶技じゃよ。謂わば武技みたいなものじゃな」
その名前の御業については知らないが、勇者パーティーにいた頃はケイティが勇者に聖属性のバフ掛けしていたのだが、あれも御業だったのだろうか。
今思うが、俺って勇者達について何も知らないんだな。
知らなくても構わないが、それよりも『破邪ノ祈禱』について考えよう。
「それを俺に掛けてくれるってのか?」
「そうじゃ。多分、あの子ならお前さんの身体を見る前に気付くじゃろうな」
「そうか」
この忌々しい呪いを解除してくれるのならば、それは誰だって良い。
錬金術師の能力を使えないのは不便だからだ。
人間を超越する力、それが職業、職業を扱いにくくなったのも職業、その呪印を解除できるのも職業、この世界は歪すぎる。
「聖女様は今も懸命に治療に当たってくれとる。じゃから一度そっちに行ってみるとえぇ」
「あぁ、分かった」
つまり、これ以上は知らない、という事だ。
ソファから腰を浮かして、この執務室から退散しようとする。
その前に婆さんが俺達を呼び止めた。
「ちょっと待ちな」
「まだ何かあんのか?」
「その呪印の件についてじゃよ。その強すぎる呪いは聖女様でも解けないやもしれん。そのために幾つか教えといてやろうと思ってのぉ」
確実に裏がありそうだが、考えても仕方ない。
話を聞くだけ聞いて、後から決めれば良いのだ。
「簡単なのを幾つか教えておこう。まず、星都が管理しとる『古代遺物の使用』じゃ。七帝からの使用許可を貰えば使わせてもらえるじゃろ」
それなら俺には無理だ。
七帝を信用できない。
「却下だな。他には?」
「星都の知り合いに解呪の力を持つ者がおる。もしも治らんかった場合、訪ねてみるとえぇじゃろ。手紙を認めてやるぞ?」
「それは助かるが、ソイツの能力でも解けない場合は?」
「後は『エルフの国に伝わる秘宝』じゃな。その力があれば呪印や何らかの制限、能力を解除して元の状態へと戻せるじゃろう」
ある意味チート能力だなと思い、同時にここでリノの話が思い浮かんだ。
アイツの持っていた一つの精霊剣は自分の母が変質した姿だと本人が言っていた。
もしかして、治せるのではないか?
だが俺達はエルフじゃないし使わせてもらえるとも限らないため、どれも決定的ではない、それが現状だった。
「……やっぱ、覚醒の力は凄まじいな」
職業における覚醒というステージは、俺の目指すべきところである。
覚醒で判明しているのは、覚醒すると職業のランクが高くなるものであって、俺の錬金術師は前と何も変わっていない。
本来備わっていた能力に付けられた枷が外れたようなものでしかなく、もしも覚醒したら『師』から変化しているはずなのだ。
まだ俺にも成長の余地がある。
しかしここは原点に帰ろう、師匠から教わった魔力制御術を主体とした戦い方にシフトさせるべきだ。
(この島にルドルフの手先もいるかもしれないしな)
七帝のルドルフ、アイツは俺の蘇生能力を欲しているために何でもしてきた。
きっと奴なら居場所を突き止めて刺客を送り込んできているに違いない。
(早めに治したいもんだ)
これでは万全に戦えない。
不安の種が残されてしまう。
この状態でリノが予知夢で見た、絶対に勝てないであろう敵と対峙しなければならないのだから、無理ゲーも良いところだ。
何故だろう、俺の人生はハードモードよりもキツい、エクストラモードな気がする。
「そうじゃ、明日の地質調査に参加するメンバーについてなんじゃが、幾つか知らせとかねばならんかったわい」
部屋から出ようとしてたところで呼び止められたのに、まだ話があったのかよ。
「で、その話って何だ?」
「まず一つ、その地質調査に聖女様が参加するのじゃ」
何故、聖女が地質調査なんて泥臭い作業に参加するのだろうかと思考を巡らせる。
しかし何も分からず、だった。
聖女が地質調査に参加する意図が不明、事件を解決したいからと自ら危険なところへと踏み込んでいくにはリスクがあるし、彼女は冒険者と違う。
「彼女は護衛がおらんらしく一人で諸島に来たそうでのぉ、お前さんに護衛を頼みたいんじゃよ」
「護衛? ここまで一人で来たんだったら大丈夫だろ。何で護衛が必要なんだよ? いや、まず聖女が地質調査に参加する必要無いだろ、関係無いんだからな」
俺達のように報酬を得て依頼を受ける冒険者とは違い、聖女の場合は無償のはずだ。
「聖女様自身、今回の事件を解決しようと意気込んどるんじゃよ」
「はぁ? 何で?」
「彼女は善意の塊のような……ユスティのような人間と言えば良いかのぉ」
ここでユスティの名前が出てきた。
ユスティのような人間、それは善意に溢れた人物という意味だろうけど何故初対面の婆さんが知っているのかと考えた瞬間、婆さんが事件についてフランシスから聞いたのだと言ってたのを思い出した。
犯人と対峙した時、フランシスもその場にいた。
ならば犯人の境遇を知り、ユスティがどのような反応を見せていたのかも余さず伝えたはずだ。
「お前さんは犯人の境遇を想って泣いてくれた」
「そ、それは――」
「分かっとるよ、それでえぇ。お前さんは何も間違えた事を言うとらんのじゃから」
それは彼女を肯定する言葉、偽善者と罵られた彼女の心へと深く突き刺さるものだったろう。
不思議な表情をしている。
「儂等大人がしっかりせねばならんかった事件じゃったが、お前さん等のような若者にその重荷を背負わせてしもうた。謝罪させとくれ」
「あ、頭を上げてください! 私は何もお役に立てませんでしたから……」
それは違う、彼女達のお陰で事件の糸口が見つかり、解決にまで至ったのだ。
それにユスティが犯人の境遇を知り、同時に自分が同じ立場となったとしても犯人に対して復讐はしないのだと言ってのけた。
だが、人はいずれ変わってしまう。
「俺も別に感謝されるために事件に首を突っ込んだ訳じゃないさ。謝罪は必要無い。単に成り行きでそうなっちまっただけで、重荷を背負うだとかは考えちゃいない。ま、もうちょっと大人がしっかりしなきゃならないってのには同意するがな」
「す、済ま――」
「だから謝罪はいらねぇって」
それに今回は婆さん関係無いし、もうフランシスから謝辞は受けてる。
それから、この世界での大人の基準は十五歳から。
成人した証として俺達は職業を授かるのだから。
二十歳が成人だった前世よりも五歳若く成人するため、俺達はもう大人と大差無いので重荷を背負うに値するだけの資格はある。
冒険者として命を賭けているのだから、彼等ギルド職員は気にせずとも良い。
「謝罪なんかより俺が聞きてぇのはアンタのお知らせについてだ。他に俺達に知らせたいものの内容、サッサと教えてもらおうか」
「そ、そうじゃったな」
「で、明日の調査に参加する奴等の何処を不審に思ったんだよ?」
俺の言葉に目を見開いて驚きを体現していた。
別に変な発言はしていないはずなのだが、婆さんが何処に驚いたのかと不可思議に思い、視線が交わった。
「何故儂が不審に思っとるのを知っておるのじゃ?」
「聖女様の護衛を頼むくらいだ、何か理由があるんじゃないかってくらい誰だって勘付くよ」
俺に幾つか知らせなければならない事があるのと、それから最初に聖女の護衛案件を引き合いに出したのも、その知らせるべきメンバーについて何か不審な点を見つけたからだと考えられる。
だからフランシスから話を聞いていた婆さんは、その事件を解決した俺に護衛を頼んだ。
地質調査に参加する彼女の周囲が危険だから。
最も厄介なのは敵ではなく味方、後ろから刺される可能性もあるし、ましてや不審な点を持つ者で構成されている中で一人無防備を晒させる訳にも行くまいと考えた苦肉の策、それが俺。
聖女の案件を先に切り出した理由は多分、最後に聖女の話をした後で俺が断る可能性もあるが、それは内容を全て聞いたためだからだ。
要するに最後まで話を聞かせるのではなく、最初に重要な案件を持ち出して印象付けておいて、後の話を聞いても断らないように少しでも確率を上げようと考えたのだろう。
だが、それは逆効果だ。
それは言い換えれば、この後に話す内容はそれだけ不審であり、俺が護衛を断る確率が高くなると暗示しているからだ。
「ったく、面倒事が増えてくな。聖女様なら聖女様らしく治療院で大人しくしててもらいたいもんだ」
「儂には聖女様を止められん。お前さんなら話は別じゃろうが、そもそも儂がこんな依頼をお前さんに課すのも烏滸がましい話じゃよ。人でしかない儂にはお前さん等に逆らえんからのぉ」
「その逆らえない相手を貫こうとしたのは何処のどいつだったっけ?」
「う、うむ……てっきり『ノア』を騙る偽物かと思ったんじゃよ」
「俺のギルドカードの情報、見たんだろ?」
「いんや、ポプラから『グラットポートの英雄が現れた』と聞いただけじゃったし、対峙してみんと分からん部分もあったもんじゃから、そこは大目に見てもらえると助かる」
ウインクする婆さんの絵面は最悪だ、恐怖でしかない。
反省する気はどうやらゼロらしい。
話の内容から察するに俺が暗黒龍だと知ってるようだし、これって遠回しに『聖女様を止めてこいよ』と言ってるように聞こえるのは何故だろう。
ともかく、その聖女様の話を聞かない分には始まらないようだ。
「今回参加するのはお前さん等を含めずに数えると九人、地質学者のアルグレナーを含めれば十人じゃよ」
その地質学者、名前と業績は昔何処かで聞いた。
本名は確かアルグレナー=ルースガント、遺跡発掘に精を出しており、今までに見つけた遺跡の数は百にも上るそうだ。
中には死のトラップが仕掛けられていたものも多く存在したらしいのだが、持ち前の豪運と行動力、職業『地質学者』の能力で何度も困難を乗り越えてきたベテラン学者の爺さんなのだとか。
その手の業界ではかなり有名な実力者だ。
俺が興味を唆られるのは、その地質学者がどのような力を持っているか、それだけである。
「十人もいんのか。俺とユスティを含めると十二人になると思うんだが、そんなに必要なのか?」
「それだけ集めた理由としては、まずこの星夜島が広いからじゃよ。この前アルグレナーに聞いたんじゃが、地質調査を一人で行うと数ヶ月は掛かるそうなのじゃ」
しかし人数が多ければ多い程、手分けして地質調査を行える。
どうやら募集した理由は俺達に雑用させるためらしい。
婆さんに爺さん、個性的すぎて何も言えない。
「あの偏屈ジジィも年老いたもんだよ」
「ん? アルグレナーと知り合いなのか?」
「ま、まぁそうだねぇ。依頼者本人だし、集まったメンバーの顔や特徴は儂が教えたんじゃよ」
感慨深いものだと言わんばかりに、彼女はふぅ、と息を零した。
「話が逸れちまったね、続きを話すよ」
彼女の中で懐かしむ時間は終わり、再び現実世界で彼女は俺達へと情報を提供する。
「不審に思った理由は幾つかある。聖女様の護衛を頼んだのもそれ等が理由じゃしな」
ややこしい話が更に複雑怪奇と化している。
どう考えても聖女はいらないと思うのだが、その本人がヤル気を出している。
今は必死に働いてるらしいが俺も彼女に用があるし、治療院には行くつもりだった。
聞きたい事もあったし。
「まず一つ、さっきも言ったようにお前さんの偽物がおる話なんじゃが、其奴もその地質調査に参加する」
「ご主人様の名を騙る魔剣士ですよね?」
「そうじゃ。もしかすると……」
何かを思案する素振りを見せる婆さんだったのだが、その答えは教えてはくれなかった。
ただ一言だけ、注意しろ、と言った。
喉元で引っ掛かりを感じていたようだが、言葉で説明できない何かがあるのだろうと婆さんの様子から察し、注意人物として記憶する。
(実際に会ってみれば分かるか)
地質調査参加依頼について、そこまで報酬は高くない。
なのに九人もの人間がアルグレナーという地質調査員の下に集まる手筈となっている。
正義感で依頼を受けたのか、それとも別の目的でもあるのか、参加するメンバー全員へと注意を払うべきだな。
「次の知らせなんじゃが、地質調査参加者の中に催眠術師が紛れ込んどるかもしれんのじゃよ。実際に島におるのは分かっとるからのぉ」
「それ、ホントか?」
「そうじゃ。このサンディオット諸島で麻薬が取り引きされとるかもしれんのじゃよ」
確実な証拠は無いのだが、この島にいるのだけは絶対なのだと言い切ってみせた。
この島に潜伏している可能性を孕んでいるとは思っていたのだが、そうまで言い切ってしまうのだから、何か痕跡でも残しているのかもしれない。
俺は婆さんに事情を聞いた。
「実は治療院の中には原因不明の昏睡者の他にも麻薬中毒者がおるんじゃよ。当然、其奴等は全員衰弱しきっとって今残っとるのはたったの一人じゃ」
「それって……他の奴等は皆、衰弱死したのか?」
「そうじゃよ。ただ不可解なのは、その衰弱死した連中全員が何故か自身の首を両手で絞めて、苦しそうに目を見開いて死んどったよ」
苦しそうに首を絞めて死んでいた中毒者に倣って、無意識に自分の両手を首筋へとゆっくり持っていき、軽く首を掴んでみた。
死の間際に彼等は何を思ったのだろうか、最後には一人を残して全員が衰弱死した。
どう考えても不自然だ。
まるで自殺したかのような光景を想像し、それから麻薬についての知識を再確認する。
(『天の霧』、一回服用しちまうと普通では治せない特殊な麻薬……)
初期段階で多幸感や高揚感、興奮、感覚鋭敏、気力向上等の精神的安定が発現。
六時間経過で幻覚や幻聴、不眠、記憶障害、錯乱、眩暈等の精神的症状、または下痢や激しい頭痛、嘔吐、神経麻痺や痙攣、筋力低下等の肉体的症状を発症。
十時間経過で依存症。
そして連続服用すると、最悪筋力低下に伴う副次的症状で命を落とす可能性を孕む、と。
(首を絞めたのを偽装した? 或いは催眠術で首を絞めるよう誘導させたのか?)
いや、衰弱死が根本的な原因だったのだから、殺人ではないはずだ。
前回の事件と類似性が存在する。
フラバルドでは、とある冒険者が自殺に見せ掛けて殺されたために、今回の事件と重ね合わせてみると似ている部分が幾つかある。
例えばその話が本当だとしたら、衰弱した人間達が自分で首を絞めて自殺したように周囲から見えるが、実際には催眠術師が洗脳して殺させた、となる。
「死因は衰弱死なんだろ?」
「そうじゃよ。死体を解剖した医師が言うには、栄養失調と筋力低下による衰弱死だそうじゃ」
ふむ、ここにも不可解な謎があったか。
同じ犯人ならば類似性があっても不自然な点は見当たらなかったろうが、前回と今回では犯人が違う上に、その犯人達に直接的な接点は無いはずだ。
タルトルテは催眠術師も復讐の対象に入れていた。
そんな彼女の前にノコノコ現れる犯人はいないだろうからこそ、二人は接触してないと思った。
(催眠術師がフードを被ってたんなら、タルトルテも顔を知らないはずだし……)
話が変な方向へと進んでいく。
この島で起こっている事件の発端は一月七日から、そしてフラバルドでは事件発生が十一月頃だった。
そのフラバルドの事件より前から催眠術師と一つのパーティーの間で麻薬取り引きがされており、その取り引きは事件開始より無くなった。
つまりタルトルテが事件を起こす前に催眠術師はもう、サンディオット諸島へと向かっていたか、それか到着して新しく取り引きしてたか、だ。
時期的に考えると、二つの事件は結び付かない。
そのはずなのに、何故か婆さんのくれた情報から、二つの事件が繋がっていると推測できてしまう。
「今回の事件の犯人が催眠術師の可能性があるのは理解できるが、地質調査に紛れ込んでると思った理由は?」
「ギルドカードに入力できる職業は偽職でも良い、それはお前さんも分かっておろう。もしかすると今回の参加者の殆どが偽職を名乗っとるかもしれんのじゃ」
それなら俺の魔眼で見れるし、前回と違って今回はしっかりと聞ける。
質問を間違えなければ良いのだから。
この能力は、相手が本当だと思っていると、たとえ偽職でも本物と見えてしまうのだ。
つまり相手の心に左右される能力でもある。
とは言っても、これは内包する能力の一つでしかないのだが、しっかりと職業を聞いたところで真面目に答えてくれる奴がいるかどうか分からない。
これは少し探りを入れてみる必要が出てきたな。
「ギルドカードで確認したんだろ?」
地質調査も『依頼』であるために、ギルドが仲介しているのだ。
つまりクエストを受注するにはギルドカードを提示した上で参加しなければならない。
そうしなければ冒険者は報酬を貰えないからだ。
しかしアルグレナーには全員の顔や特徴を伝えたから、もしも依頼を受けた冒険者を殺したりして成りすましても即座にバレてしまう。
「……何故か消されとったよ」
「消されてた? どういう意味だ?」
「文字通り、何故かギルドのデータベースに入っとるはずの地質調査に参加する者達の記録が消えとったんじゃ。儂等が消すはずもない。じゃから本当の職業なのか、それとも偽職を名乗っとるのかの判別ができんのじゃよ」
そう言って、婆さんは情報管理室にあったのと同型のパネルを手渡してきた。
それを起動してみろ、と言って魔力を流す。
起動させてみると、このパネルは実はギルドの登録や書類を電子化させた情報端末だったようで、謂わばスマートフォンやタブレット端末、情報管理室と同じ役割を持っている。
これで通信も可能だろう。
そして起動させたところで、一つの画面が浮かび上がってきた。
「これは……依頼受注のログか」
しかし、一週間前から昨日までのが全て消えてる。
つまり昨日誰かがログを消したのだと分かる。
消えているのは地質調査の欄、七日前から一日前までがゴッソリ空欄となっている。
「そうじゃ。そこには登録した際の情報が日付毎に入力される仕組みとなっとるんじゃが、それがここ一週間のログが消えてもうてのぉ。復元もできんし、その地質調査依頼だけが消された状態となっとったんじゃよ」
「これに気付いたのはいつ頃だ?」
「つい昨日じゃ。アルグレナーと確認しとった時、データが消えとるのを知ったんじゃ。まぁ、幸いじゃったのはポプラが地質調査に参加する奴等を覚えとった事じゃが、それでもいつ誰が登録したのか、日時までは覚えとらんかった」
もしかしてギルドに侵入した『誰か』が何も盗まなかった理由は、このログを消すためだったのか?
だとしたら動機は何だ?
何のためにこんな痕跡を消すような真似を……
(まさか消さなければならない事実が、カード登録の際にあったからか?)
ギルドカードは手に入れた時に入力された情報の他には通信機能やモンスターの討伐記録、簡易的なマップとかもあるらしい。
まぁ、俺は使ってないけど。
他にも多種多様な機能があるらしいが、何故消す必要があったのかを考え、頭の片隅に追いやった。
婆さんにパネル、いやタブレットを返して残りの話を聞いた。
「後一つだけ、お前さんに知らせとこうかのぉ」
「何だ?」
「今回の事件とは関係無いし日輪島の連中に任せとるんじゃが、星夜島と日輪島を繋ぐ無人島付近で密航船が見つかったんじゃ。まだ捕まえとらんし、月末の夜から日を跨いだ辺りで見掛けるらしいから、頭に入れといとくれ」
密航船、登録の無い船、それについて今回の事件と関わりがあるのか無いのか、それも謎だ。
だが婆さんは頭に入れておけと言ったため、もしかしたら長年の勘でも働いたのかもしれない。
一応、念の為に脳裏に記載しておこう。
密航船、か。
考えられる用途としては、麻薬売買で使っているのかもしれないな。
「話はこれで終わりじゃ。何か分からんかったり情報を得た時はここに来るか、お前さんのギルドカードに登録した儂の通信名簿にでも連絡しとくれ」
いつの間に入れたんだと考える前に、俺が婆さんに偽名措置を頼んだ時だと気付いた。
少しは婆さんを理解できてきたため、特段と驚きはしなかったが、これも何かの保険かな。
「今回の地質調査は何故か胸騒ぎを覚えておるのじゃ。二人共、気を付けるんじゃぞ」
「あぁ、分かった」
「はい、ありがとうございます」
婆さんの言う通り、今回の事件は何だか星夜島だけでなくて全体を巻き込んだもののような気がする。
手に入れた情報の数々から色々と推察できるのだが、今回手に入れた情報の価値は高すぎる上、精査するにも時間が多く掛かってしまう。
一つ一つ真実を確かめるにも、さっきの話の通りだとするならば月末である三十日がタイムリミットの可能性もあり、それに俺の身体がどのくらい保つかで時間は伸び縮みしてしまうからこそ、今回はスピーディーに物事を進めていかなくてはならない。
だが、それでもかなり難しいだろう。
何故なら今回は状況が状況なだけに、タイムリミットという制限が付いているからだ。
(解決のためには全て整理しなくちゃ駄目だな)
一つずつ解決していこう。
しかし、それでも気になる内容の方が多すぎて、今のところ何処から手を付ければ良いのかさっぱりであるが故に、非常に悩ましい。
情報は全て脳裏に記憶している。
いつでも引き出せるが、今の俺の目標は聖女と対話し、地質調査に参加するだけだ。
「あ、集合場所とか聞いてなかった。地質調査の集合地点は何処なんだ?」
「儂も伝え忘れるとこじゃった。場所は灯台前、その後ろには森があるから、そこから侵入可能となっとる。ま、一般人は立ち入り禁止なんじゃがな」
壁に掛かっていたサンディオット諸島全体のマップの一つへと婆さんは指を指して、それを追う。
星夜島の三分の二が森や火山となっており、灯台は街と森を仕切る場所に位置している。
島全体を見渡すためのものであるからだろう。
灯台前に集合らしいため、場所を暗記しておく。
「地質調査では何日間か森で寝泊まりすると聞いとるでな、テントや必要な装備は用意しとくとえぇ。朝の十時集合じゃ、くれぐれも遅刻するでないぞ?」
「了解した」
なら、いつも使ってるバックパックの中身を整理しといた方が良いな。
後はリノのために解熱剤やその効果を発揮する薬草類を買わないとだな。
ストック切らしてるし、情報が多すぎて忘れるところだった。
「引き留めて済まんかった、英雄ノア……いや、クルーディオよ」
「ディオで良い。じゃ、またなニア婆さん」
「失礼しました、ニアお婆様」
俺達は部屋を退散する。
扉を閉める時に見えた婆さんの表情はとても暗くて、何処かで見たような顔をしていた気がして、何故か脳裏に焼き付いた。
バタンと扉が閉まり、俺達は婆さんの執務室を後にしてギルドを出る。
「ご主人様、これからどうしますか?」
「まずは聖女様とやらに会いに治療院に行こう。それから明日のために必要な物資の点検とか、後は素材を幾つか買いたいな。基本いつも通りだ」
いつも通りの日常が戻ってくるが、それは長くは続かない儚いもの。
そう感じている俺とは違い、ユスティは何故か笑みを浮かべた。
「フフッ」
「何か変だったか?」
「いえ、何だか不思議だなぁって」
不思議?
「こうして旅に出て、グラットポート、フラバルド、それからサンディオットまで来ました。まだまだ果ての無い旅ですけど、もっとも〜っとご主人様と一緒に冒険がしたいなぁと唐突に思いまして……」
「急だな」
「はい、急です」
果ての無い旅、彼女の言う通りだ。
サンディオット諸島での冒険はまだ始まってすらいないのだが、彼女はその冒険の序章を、もしかしたら予感したのやもしれない。
その急な言葉の余韻を冷ますように、これまた急に海風が吹いてくる。
(一緒に冒険がしたい、か)
心に突き刺さった言葉の余韻が、完全に冷え切ってしまった。
彼女の言葉通りに一緒に旅ができたら新しい何かが見つかるかもしれないが、もしかするとその時にはもう俺はこの世にはいないだろうから、彼女の側にはいられない。
彼女の願いを聞いてやっても、約束はできない。
呪印、予知夢、この島で起こる事件、麻薬、衰弱死、不穏なワードばかりが脳裏を過る。
「できると良いな」
「できますよ、絶対!」
満面の笑みを繕い、隣にいた彼女は俺の前に立って、それから両手で俺の右手を包み込み、胸の前まで持っていって沈黙の祈りを捧げた。
温かく柔らかな感触が手に表れる。
優しい、小さな手だ。
「す、すみませんでした!!」
「え、お、おぅ……」
両手で主人の手を握っている状況に今更気付いたようで、途端に恥じらいを持って俺の手を離していた。
仄かな温もりが手に残り、風がその温もりさえも連れ去っていってしまう。
「さ、聖女様とやらに会いに行こうぜ、ユスティ」
「は、はい」
立ち止まって余韻を感じている暇は、俺には無い。
治療院はギルドの目と鼻の先にあり、立ち止まる時間を惜しんだ俺達は、その大きな建物へと入っていった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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