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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
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第139話 静かなる星夜島

 事の発端は二日前、俺達が星夜島に到着してからだ。

 ここは潮風が強く吹いている星夜島、俺達はフランシスに紹介された宿屋……いや、ホテルに辿り着いていた。

 セラが飛行船から飛び出して日輪島に単独で行ってしまったので、現在は俺、ユスティ、そして気絶した状態のリノの三人でこのホテルへと来た。

 ここは上流階級者御用達の高級ホテル『スターライト』、要するに貴族や一流の冒険者が利用している高級ホテルだ。

 この星夜島全体、何故か気配がかなり少ないような気がしていたが、ホテルでは普通に部屋を借りられた。


「ようこそ、『ホテル・スターライト』へ。何名様でいらっしゃいますか?」

「三人だ。大部屋で食事、風呂も頼む。取り敢えずは一週間宿泊する予定だ」


 大部屋で俺とユスティ、それからリノの三人が寝泊まりする。

 セラも合わせれば四人なのだが、いない人間分金額を払うつもりも無いし、向こうは向こうで宿があるだろうからこそ、こうして俺は三人分の宿泊代を支払う。

 いつもながらベッドに侵入されるのは困るが、個別で部屋を取ってもユスティは俺の部屋に来てしまうので、結局大部屋が一番最適なのだ。


「畏まりました。大部屋は一泊につき二十万ノルドとなります。ご入浴は大部屋にございますため、その金額に含まれるます。お食事は一人当たり一万ノルドとなりますが、それでも宜しいですか?」

「あぁ、問題無い」

「では、計百四十万ノルドとなります。お食事はその都度頂きますので、ご了承くださいませ」


 大部屋を借りるのに二十万ノルド、風呂はその二十万ノルドに含まれているそうだが、食事だけが別料金となっているらしい。

 風呂も食事も別料金、或いは全てが合算されているのが一般的だと思うのだが、これはこれで計算しやすいから楽ではある。

 高級ホテルとは言っても、約二十万円ちょっと。

 金銭感覚が狂いそうだ。

 普通の宿屋だと宿泊代数千ノルドかそれ以下、つまり破格の値段となっているのだが、それでも内部構造や装飾等を見ていれば高級なのは分かる。

 それに王族や上流階級の貴族達からしたら、それくらいの金は容易く支払える。

 しかしながら現在は事件のせいなのだろう、客が少ないように見える。


「閑古鳥が鳴いてるようだが……」

「えぇ、これもサンディオット諸島全体で怪奇的な事件が発生しているため、その影響で観光客がめっきり減ってしまったのでございます」


 俺の呟きに反応して、受付の人が反応を返してきた。

 これを好機と見た俺は受付の女性から情報を搾り取ろうかと思って、裾をグイグイ引っ張られた。


「ご主人様、リノさんを先に寝かせた方が良いのでは?」

「あ、あぁ、そうだな」


 リノがぐったりしているので、彼女を安全に休める場所へと早く案内してもらおうと思っていると、受付の女性が意外な一言を発した。


その方も昏睡者ですか(・・・・・・・・・・)?」


 その方『も』と言ったが、それは事件について知っているという意味に該当される。

 そうだ、と答えるべきか、それとも信用せずに違うと嘘を吐いておくべきか、悩ましいところだ。

 探りを入れられてはいないはずだが、ここは事件の渦中だ。

 迂闊な発言でいつゲームオーバーとなるか。

 リノの予知夢の件もあるし、俺はその言葉を無視した。


「部屋に案内してくれないか?」

「も、申し訳ございませんでした。すぐに部屋へご案内させて頂きます」


 気になる言葉なのは分かってはいるが、ずっとリノとバックパックを背負ったままという訳にもいかないので、早速案内してもらった。

 どうやらサンディオット諸島全体で事件が発生しているから、ホテル経営も右肩下がりとなっているそうだ。

 日輪島では孤児失踪事件、月海島では天然の牢獄、そしてここ星夜島では集団昏睡事件、か。


「ご主人様、リノさんをここに置いていくんですよね?」

「まぁ、そうだな」


 ユスティはリノを気遣っているため残ると言いそうなのだが、彼女は戦力として必要であり、リノの場合は今は狙われる理由とかは存在しないから置いていっても問題にはならない。

 ただ、彼女が寝ている間の世話は誰がするのだという話であり、それを受付の人達に任せても良いのだが、そこまでサービスしてくれるかどうか。


「病院に連れて行った方が良いのでは?」

「確かにそうなんだが……」


 それは少し考えさせてもらいたい。

 リノを治療院へと連れてった場合、もしも犯人が病院側の人間だったら一発アウトだ。

 犯人が何処に潜んでるかも分からない以上は、こうして独自で置いておく方が賢明だろう。

 まだ情報も手に入れてないしな。

 前回はギルド職員が事件を引き起こしていたため、もしかして病院内で働く誰かが昏睡事件を引き起こした犯人なのかと疑ってしまう。

 可能性の話だが、不安要素はなるべく排除したい。


「リノの身体を左目で見たが、少しずつしか生命力を吸い取られてないから、今すぐどうにかなるって訳じゃない。ただ、解決策は早めに入手しておく必要がある」

「……分かりました」


 だからギルドに赴く必要性が出てくる。

 あそこは情報が沢山詰まっている宝の山だ。


「こちらがお部屋となります」


 案内されて開かれた扉の先では、豪華絢爛な内装の大部屋が待っていた。

 ここは五階、海の景色がよく見える。

 一面窓ガラスで荒れた海の様子が映し出されている。

 ソファやテーブル、家具は一通り揃っている中、何故か紅茶セットやワゴンとかもあり、一瞬師匠とのお茶会を思い出していた。

 清潔に整えられている。

 フランシスも良い場所を教えてくれたものだ、かなり快適に過ごせるだろう。

 リノを部屋の中央にある大きなベッドへと寝かせて、毛布を掛けてやる。


「何か御用がございましたら、受付にお申し付けくださいませ。食事に関しましては一階の食堂でバイキング形式となっております。入浴はそちらのお部屋にございますので、ご自由にどうぞ」

「了解した」


 風呂はこの部屋にあったか。

 中を覗いてみると金を掛けた豪華設計らしく、魔導具によって無限にお湯を沸かせられるようで、十万ノルド以上の価値があるだろう。

 ユスティが子供のようにキラキラと目を輝かせて興奮しているのだが、彼女を放置して受付の女性と会話する。


「お客様は冒険者の方ですよね?」

「あぁ、そうだが……何で分かったんだ?」

「この島に来られる方に一般客はおりませんよ」


 彼女の言う通りだ。

 周囲に事件について広まっているし、そもそも一般客の場合はこの宿に泊まれない。

 それだけの金額が必要になるからだ。

 それなら俺達は貴族か?

 服装や装備から見れば俺達が貴族でないのは明白、ならば俺達が冒険者であると推理するのは簡単、だからそう思ったらしい。


「現在ギルドでは地質調査のための冒険者を募っておられます。もし宜しければ、ご参加なさってみては如何ですか?」

「地質調査?」

「はい。何でも、集団昏睡事件と同時に作物が育たない異常が発生してるそうで、そのために星夜島の地質を調べるのだそうです」


 そういうアプローチもあるのか、考えもしなかったな。

 いや違う、そもそもの話、俺の中では情報が全くと言って良い程に存在していないから、そんな調査方法があるとは考え付かなかった。

 俺が持ってるのは師匠の手紙に書かれた数少ない情報のみである。


「昏睡者についても私はそこまで詳しくは知りません。ですので治療院か、或いはギルドでお聞きになられた方が宜しいですよ」

「そうか……分かった」

「はい。では、ごゆるりとお寛ぎくださいませ」


 最後まで営業スマイルを貫いた受付の人が、部屋を後にした。

 俺は荷物を置いて、ソファに座った。


「はぁ……」


 これからどうしようか。

 地質調査へと同行するという選択肢が増えたが、まだ何も決めてないな。


「ご主人様、早速ギルドに向かいますか?」

「それより先に昼食を済ませよう」


 そう言った途端、彼女のお腹が可愛らしくキュルルルと鳴り響いた。

 恥ずかしそうにして腹を押さえる彼女は赤面顔で、こちらをチラッと見てくる。

 物凄い恥ずかしかったらしい。


「す、すみません……」

「身体は正直だったようだな」


 今思ったんだが、リノは飯を食ってない。

 水も飲んでない。

 そんな状態で三日間過ごすのは人間なら無理に近いだろうし、栄養や水分の補給のためには点滴が必要になる。

 介護等では自宅で経静脈栄養という静脈血管に栄養剤を投与する方法があるため、この部屋で休ませられる。


(錬金術師の力を使わなくとも薬剤を作れるし、リノの身体は健康体そのもの……)


 ただ、彼女の身体の半分が亜人の血であるからこそ栄養剤が適応しないかもしれないし、彼女には精霊の血も流れているために、本来なら発達した自己治癒能力による栄養循環が備わってるはずである。

 とどのつまり、食べずとも最低二週間は生きていける。

 しかし、半分は人族の血である。

 だから長期の栄養循環も微妙なところだ。

 精霊族の身体は不思議なもので、現在は姿を消してしまったから生態はあまり分からないが、栄養循環ができるらしいのは何かの本で読んだ。

 その血を持っていれば、少なからず数日間は飲まず食わずでも生活可能だ。


(まぁ、何日もここを離れる訳でもないし、一日二日放置しても問題は無いか)


 仮に死んでしまったとしても、俺が激痛に耐えれば蘇生能力は使える。

 それに他にも方法はある。

 例えば精霊術で彼女を仮死状態にして氷漬けにしておくとかだが、強引な方法でもあるため、それは最終手段として頭の片隅に置いておく。


「ご主人様、どうかされましたか?」

「いや、何でもない」


 腹が減ったために昼飯を食おうかと思っていた。

 自由に食べたり食べなかったりが可能となっているが、食べたら一人当たり一万円支払う必要がある。

 つまり俺とユスティの二人を合わせると二万円だ。

 こんなにも高いのだが、ここで扱われる食材が高級なものばかりだからこそ金額が一万円、一万ノルドと設定されている。

 食べなければ損、である。


「それより受付の人の仰られた、ばいきんぐ、とは何なのでしょうか?」


 ユスティは雪国出身であるため、バイキングといった言葉を聞き慣れないのかもしれない。

 この形式も異世界から来た勇者が適当に広めたものだろうとは思うが、バイキングなんて言葉は恐らくこの世界には無かったものだろう。

 もう一つにビュッフェとあるが、こっちは立ち食いの形式であり、バイキングとは意味合いが異なる。

 今や貴族ではビュッフェが主流となっている。

 このホテルもそれに似せた形だろう。


「バイキングってのは一つの食事形式を表してる。簡単に言えば食べ放題の食事なんだよ」


 ケーキバイキングとか、焼肉バイキングとか、そういったバイキングは一定料金支払った上での食べ放題を指しているため、今回も同様だ。

 ホテルバイキング、と言ったか。


「もう一つ、ビュッフェって言葉があるんだが、こっちは少し意味合いが異なる。バイキングが一定金額での食べ放題に対して、ビュッフェは食べた分の金額を支払わなければならないんだ」

「そうなのですね。流石はご主人様、博識ですね」

「貴族のパーティーとかだと座っての食事は無いから、立食形式を採用してる。それがビュッフェだ。まぁでも、今となっちゃ貴族のパーティーで金をせびる奴はいないだろうがな」


 懐かしいな、勇者パーティー時代は勇者が凱旋する度に俺も礼服を身に纏って、陰で食事を嗜んでいたものだ。

 忌み嫌われてたが、そこまで干渉はされなかった。

 今となっては嫌な思い出だ。


「ご主人様は貴族のパーティーに出た事があるのですか?」

「……何故そう思った?」

「何だか詳しいなと思いまして」


 彼女はセラ程鋭くはないのだが、女の勘とでも言うべきか、たまに的確に突いてくる時がある。


「ご主人様は、貴族様なのですか?」

「……はい?」

「前にリノさんとセラさんとお話ししたんですけど、ご主人様は国からの報酬を頑なに受け取らないので、もしかして貴族とのトラブルがあったのではないか、という意見が出てきまして」


 どうしてそうなったのかはさて置き、俺が勇者パーティーにいたとは思ってないようだ。

 俺が何者なのかは多分誰にもバレてないはずだ。

 特に知られたくないのは忌み子としての過去、勇者パーティーにいたという事実、それから転生者である事の三つだろうか。


「貴族とのトラブル、か。当たらずも遠からず、ってところだな」

「それはどういう――」

「ここだな、食堂ってのは」


 あまり探られても対応に困るだけなので、これ以上の話を遮って食堂の扉を開けた。


(殆ど人がいないのか)


 それでもチラホラと人間がいる。

 扉の音で全員がこちらを向いたが、興味はすぐに後ろの少女へと注がれる。

 綺麗な佇まいに、端正な顔立ち、白い髪はシルクのようだと思っているようで、その場にいる者達を自然と魅了していた。

 流石はユスティである。

 が、本人は辟易としている様子だった。


「人の視線がこうも不快だとは……」

「まぁ、そのうち収まるだろ」


 一番注目を集めるのは彼女の容姿とかではなく、いやそれもあるんだろうが、彼女の左右非対称の瞳が起因しているのだろう。

 右目は明るい翡翠色、左目は同じく明るい青色をしているのだ。

 人工の魔眼を創り出し、それを彼女に埋めた。

 奴隷として購入した時は目元全体が火傷で、皮膚が爛れて目の機能全般が完全に失われていたため、錬金術師の力で魔眼を創り、埋め込んだのだ。

 だから左右非対称の色合いになっている。

 両方の魔眼こそが、今の彼女を目立たせる要因の一つとなっている。


「それよりバイキング形式だからな、好きなのを好きなだけ取ってトレーに乗せるんだ。トングの使い方とかは分かるか?」

「た、多分……」

「まぁ良い、俺が先に料理を取ってくから、俺の動きを見て自分で好きなの取れ」


 彼女の料理も全て俺がよそるのは面倒だし、そこまで面倒を見るつもりも無い。

 だから彼女には慣れてもらう。

 俺は貴族のパーティーとかに何度か顔を出してるし、作法とかは必死になって覚えた。

 ここでは肩肘を張る必要は皆無であるのは唯一の救いだろうか。


(適当に食うか)


 腹が減っては戦はできぬとは言うが、そこに味とかは関係しない。

 何を食べても腹が満たされれば良いのだから。

 そう思って、俺はパスタや魚料理、野菜とかを手当たり次第に取っていき、用意されていたトレーに盛っていく。

 どれも高級食材らしいな。

 スープ類もあるようで、コーンスープを貰う。

 他にも幾つもパンの種類があったり、キッシュやデザートまでも用意されている。


「ど、どれにしようかな……」


 小さな声でユスティが楽しそうに、食べたいものを選んでいた。

 グラットポート、そしてフラバルドでは普通のグレードの宿に泊まっていたため、今回の高級感溢れるホテルは慣れていない様子だが、それでも新鮮だと感じているらしく笑顔が絶えない。


(よく笑顔を絶やさないな)


 俺とは正反対だ。

 表情筋一つ動かさず、彼女が光だとしたら俺は影の存在である。

 いや、文字通りか。

 彼女の魔法適性は氷と『光』、俺は無属性ではあるが暗黒龍の『影』を使うのだから。


「って、それ全部食うのか?」

「はい」


 彼女のトレーには、数多くの食材が置かれている。

 女子が食べる量を遥かに超えているのだが、彼女は美味しそうだと言って涎を垂らしていて、それに対して俺から文句は言わない。


「さて、ここで良いか」


 二人席を見つけて、そこで俺達は食べるための祈りを捧げるために両手を合わせる。

 俺も、彼女も、神には祈らない。

 祈るのは生命に携わった者達へ、この命へ、命を取ってくれた漁師や作物を育ててくれた農業者へ、そして美味しく仕立ててくれた料理人へだ。

 他にもこの生命へと携わった多くの関係者へと感謝を込めて、俺達は感謝の言葉を発した。


「「いただきます」」


 周囲から見たら異端ではあるが周囲は周囲、自分達は自分達、ここにアルテシア教会の人間がいたら、激昂するかもしれないのだが、変える気は無い。

 それだけ前世と現世の世界観が異なっているのだ。

 世界観の違いについて脳裏で考えて料理を口に運んで咀嚼してみるが、違和感があった。


「凄い美味しいですね、ご主人様」

「あ、あぁ」


 咀嚼し、飲み込む、この動作には何の異常も見られないのだが、一つだけ違和感が舌に残る。


(味がしない)


 何故だろうかと疑問を抱く必要すら感じられなかった。

 もう、そこまで俺の身体は限界に来ているのだと、知っていたから。

 いつ消えても可笑しくない。

 いつ死んでも不思議じゃない。

 だが、それでもまだ、俺はみっともなく、情けなく、ずっと足掻き続けていかなければならないのだと、そう心の中に一つの『使命』が現れていた。

 死ぬのは怖くない。

 死んだとしても、次があるのだから……


(……次がある? 何を世迷い言を――)


 何故次があるだなどと思ったのだろうか?

 駄目だ、最近休めていないようだ。

 自分がバグっていくような感覚、自分が自分でなくなってしまいそうな感覚、考えを止めるとふと思考がある一点へと向かっていく。

 俺は誰なのだ、と。


「ご主人様、早く食べないと冷めてしまいますよ?」

「そう、だな」


 思考を割かれ、彼女の言葉通りに味のしない温かな昼食を無言で味わった。

 味がしない、まるで固形の水を食ってるみたいだ。

 ハッキリ言って美味しくないが、腹が満たされれば食事は何でも良い。

 泥水啜ってた頃よりはマシなのだから。





 昼食後現在午後三時前、俺達は情報集めのためにギルドへと向かっていた。

 正直何かをするとは考えてない。

 さっきの受付の人から聞いた地質調査について、Eランク冒険者でも参加可能かどうか、が問題として上がる。


「ご主人様と二人きり、何だか珍しいですね」

「ん? あぁ、まぁそうかもな」


 基本セラとセットでいるし、その彼女がいないために今回はリノとユスティの二人となるが、本人もホテルで寝込んでるしな。

 とは言っても右手甲の精霊紋の中で精霊が眠っているので、二人きりとは思えない。

 森に飛ばされてから精霊ステラと二人だったし、何だか新鮮ではあるが、そこまで珍しい事もない。


「それにしても本当に広いですよね、この星夜島。少し遠くに火山も見えますし、ここって温泉街なんですよね?」

「あぁ、観光名所の一つだな。西陽を見ながら入る温泉は最高なんだとか」


 それにサンディオット諸島では、トコヤシの実から作られる美酒が美味いと、ダイガルトが言っていたのをふと思い出した。

 あの裏切り者のせいで、俺の情報がルドルフに漏れてるのは知ってる。

 二十四階層で俺の情報は売られた。

 ま、いずれバレるだろうから仕方ないと割り切ってはいるのだが、友となれるのではないかと思った俺が馬鹿を見ただけの話、だから俺は誰も信じられずにいる。

 裏切られ慣れてるせいもあり、今となってはどうでも良いと思ってしまい、まるで関心が無い。


「温泉に浸かりながら、ゆったりと過ごしたいもんだ」

「では、リノさんが回復したらセラさんも呼んで皆で温泉に入りませんか?」


 まるで俺が女性三人と入らされるような口振りだが、俺は断固拒否する。

 女性と風呂なんて落ち着かない。

 いや、他の男性と一緒に入るのも嫌だな。

 入るなら一人で、それも静かに身体を休められるところがベストだ。


「温泉とは言っても、それぞれに効能が違うだろうし、温泉巡りも良いかもな」


 ここは魔力のある世界、温泉に浸かって身体を完全に癒せるものもきっとある。

 呪印もここで洗い落としていきたい。

 そんな効能の温泉があるかは知らないけど。


「温泉巡り……」


 俺の提案に、彼女は歩きながら真剣に考える。

 足元が覚束なくなっているが、それだけ楽しみが増えたと思っているようだ。


(ま、温泉巡りをするまでに俺が生きてる可能性はゼロに近いだろうがな)


 それを彼女には言わない、きっと言えば戸惑うから。

 それに言ったところで彼女にはどうしようもない事案だからだ。

 リノの予知夢もあるから、きっと逃げられない。

 また、運命に縛られる。


「ユスティ」

「はい、何ですか?」


 彼女の純粋な左右非対称の双眸(オッドアイ)が、俺の濁りきった蒼い瞳(ブルーアイズ)と交差する。


「……いや、何でもない」


 何を言えば良いのか頭の中で整理しきれずに、俺は口を閉じた。

 きっと何を言ったところで無意味だ。

 これは俺個人の問題、それを他人に背負わせたりなんかしないし、背負ってもらいたいとも思っていない。


「あ、見えてきましたよ、ご主人様」


 彼女が指差して、俺達は少し離れた位置に建っている冒険者ギルドを見た。

 石垣に沿って歩いているが、段差ある坂の上から見下ろす景色はとても爽快で、海が太陽の光を浴びて輝きを放っている。

 冒険者ギルドは目立つ色合いをしているためにすぐ見つけられた。

 曲がりくねった階段を降りていく。

 風が心地良いために過ごしやすい常夏の島だと感じさせるが、残念ながら往来は少ない。

 こんな良い島に人が殆どいないのは、冒険者ギルドの目と鼻の先にある大きな治療院に人が押し寄せているから、そこから多数の反応が見られた。


(あそこにも行ってみるか)


 情報はあるに越した事はないので、後で治療院にも立ち寄るとしよう。

 そこでリノの症状改善の糸口が見つかるやもしれない。

 そのためにはギルドに行って、地質調査についての依頼を受けるのも有りだ。

 今は彼女が必要なのだ、目覚めてもらわねば困る。

 だから案内人を回復させるために、道案内も無しに俺達はギルドへと一直線に駆け出した。






本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。

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