第137話 花は華麗に踊り咲く
ギルドマスターの執務室で始まった戦闘により、書類が風圧で舞い上がり、棚が倒れ、テーブルが四つに割れ、ソファが破けて綿が溢れていた。
壁が大剣で傷付き、作業机が細切れとなり、天井の照明の魔導具も壊れている。
しかし、フェスティーニとデイトナの二人は状況の悪くなる部屋を気にも留めず、重い大剣と花弁の刃が連続して音を鳴らしていく。
「ちょっ――そういう勝負は外でやりなさいよ!!」
「んだ龍神族!! テメェもオレ様と戦いてぇのか!?」
「出てけって話よ!!」
戦う気が無かったセルヴィーネは二人の戦闘から逃げるために扉へと向かおうとするが、戦闘が激しさを増していくために出られずにいた。
丁度、弾かれた大剣が彼女の頭目掛けてクルクルと飛んできたため、間一髪で頭を屈めて回避する。
権能が無ければ頭に突き刺さっていたコースだったため、肝が冷えたセルヴィーネだった。
頭の代わりに壁に刺さった大剣の柄を握って、横薙ぎに振るったデイトナの攻撃は、一帯を吹き飛ばす程の威力があった。
しかし音が外へと漏れていない。
まだフィオレニーデの使った鍵の効力が効いているが、そのせいで執務室で何かが起こっているとは誰も気付いていない。
「おいおい、ここ私の部屋なんだがなぁ……こんなとこでおっぱじめやが――うおっ!?」
溜め息を零してリンダは斬撃を紙一重で躱して、ソファの陰へと滑り込んだ。
隣にはいつの間にかソファの陰に隠れていたフィオレニーデの姿があり、彼女も姉と戦闘狂の戦いを止めようともせずに放置していた。
「お前の姉だろ? 止めてくれよ」
「面倒」
「即答かよ……」
ソファの裏側で激しく争っている二人を追い出したいと思うものの、それができるとは思えず、妹の力ならばと話し掛けるが面倒だと言われる。
いずれ収まるのだから放置しても構わないだろうとの考えである。
それに加え、姉は負けないと彼女は知っている。
強さを追い求め続けて、生物学者という可能性を突き詰め続けて、ようやく彼女は一つの器として完成した。
「姉さん、楽しそう」
「まさかの巫女様戦闘狂説……って、このままだとギルドホームが壊れちまうんだよ! 戦うなら人のいない場所でやってくれ!」
どんどんと部屋が壊れていく様に頭を抱えながら見ていたリンダは、後でルドルフに請求してやろうと決めて、一瞬の隙を突いて廊下へと出ようとした。
しかし、扉が拉げていたため出られない。
その様子を見ながら、セルヴィーネは二人の激しい攻防を止めようと掌を二人へと向けて、咄嗟に権能を発動させようとした。
だが彼女は感知以外の権能を封じられている。
昔の癖が出てしまったと思い、途端に使えない苛立ちが歯痒く心内に現れる。
(今使えないのは知ってるのに……)
自分の弱体化のせいで何もできない。
強引に止められるが、被害は甚大となる可能性が極めて高い。
どうすれば良いのかと考える間に、フェスティーニは宙で身体を回転させて、デイトナへと蹴りをお見舞いする。
腕でガードしようとしたが、足にブレードが生えていたのに気付き、咄嗟に防御行動に移り、不利な体勢のまま壁を打ち破って外へと躍り出た。
ギルドの壁に大穴を開けた張本人も、雨降る外へと飛び出していった。
「心配、いらない」
「へ?」
「姉さん、手加減してる」
「あれで手加減してんの?」
「ん」
屋根の上で飛んで跳ねてを繰り返し、繁華街の中心で戦闘が継続していき、大剣と花弁刃が烈火の如く火花を散らして周囲に音が伝播した。
雨で視界が塞がれる中で頼りになるのは、聴覚や嗅覚、そして探知能力である。
獣人に備わる五感のうち発達しているのは主に三感、視覚、嗅覚、そして聴覚だが、記録的大雨によって嗅覚は殆ど機能せず、聴覚も雨音が強いがために反響する中で探し当てるのは不可能に近かった。
逆に探知能力に優れた生物学者のフェスティーニは、相手の生命反応を目を瞑ってでも探知できる。
「クソがっ!! 何処だエルフ女!?」
雨が邪魔をする。
「ボクはここだよ〜」
「ッ!?」
後ろから声が聞こえてきて、そちらへと大剣を振るったデイトナだったが、手応えが皆無だった。
斬ったのは、宙を浮いていた青色の金魚、を模した何かだった。
「『お喋りな金魚草』、脳裏で念じた言葉をボクの草花が発するんだよ、凄いでしょ? さてさて、ボクの居場所が分かるかな〜?」
大きな金魚の形を模した色取り取りの花が屋根の上に咲いて、果実が落ちるようにして花の部分が切り離され、沢山の金魚草が空を飛んでいた。
まるで自我が存在しているかのように。
黄、赤、橙、緑、空、青、紫、と七色の金魚草がヒラヒラと宙を移動する。
屋根に生える花から無限に生み出される自律稼働する金魚草がデイトナを認識して、周囲をウロウロする。
宙を漂う金魚草が聴覚を邪魔していき、口々に言葉を発していった。
「君は確かに強いね〜」
「うんうん、それは見れば分かるよ」
「でも、まだ未熟だね」
「それに早計、ちゃんと相手の能力を知ってからにしなきゃ駄目じゃないか」
「ふむふむ、君は面白い権能を持ってるようだね〜」
「職業は重剣に携わる職業……重剣王なんだね」
口々に話すフェスティーニの金魚達は彼女の能力で生み出された草花であり、全て彼女が操っている訳ではないものの、ある程度は操作可能となっている。
そして話す内容は彼女が全部選べる。
攻撃能力は皆無であるが、精神操作にも似た作用も含まれるために使い手次第では物凄い悪用方法を思い付いたりしてしまう。
簡単に言えば精神破壊、会話によって深層心理へと入り込んで意識付けをする。
「知ってるかい? 催眠って沢山の方法や種類があるんだよ。運動系、感覚系、記憶系、幻覚系等々……さて問題です、この金魚草は何系統に分類されるでしょ〜か?」
「催眠だと!? クソッ!! 正々堂々戦いやがれ!!」
「ブッブ〜、ハズレ〜」
「なら全部吹き飛ばしてやらぁ!!」
フェスティーニの何処までも対戦相手をおちょくる態度と行動に腹が立っていたデイトナは、重剣へと魔力を大量に流し込んでいく。
何をするのかが分かったフェスティーニは手を叩き合わせて、草花で自身を覆い隠す。
「『母なる弁慶草』」
雨の中に微かに聞こえた音が、デイトナにフェスティーニの居場所を伝える。
集中すれば僅かに聞こえる音も逃さず、溜めた技を発動させるために跳躍した。
「『獅子大火燐』」
防御に徹したフェスティーニの上空へと一瞬で到達し、その真っ赤に染まった巨大な剣を振り下ろして、強靭な草繭を叩き落とした。
威力の高すぎる火炎攻撃によって、焼け落とされた繭は地面に大きく亀裂を作る。
街を破壊していくという自覚の無いデイトナは、まだ倒れていない敵へと向かって走る。
だが、その行動をキャンセルせざるを得ない状況となり、即断して後ろへと飛び退いて地面から現れた大きな顎門を避けた。
「チッ!! んだコイツ!?」
「アハハ、その個体はボクの能力から生み出した魔導植物なんだ〜」
巨大な顎門が閉じられて、石の地面より這い出てきたのは緑色をした大蛇だった。
真っ赤な双眸を持つ緑色の巨大蛇が、デイトナを喰らおうと大口を開けて迫っていった。
「『悪魔喰らう蛇苺』」
頭には黄色い花が一輪咲いており、基本は光合成によって無限の生命力を持つのだが、この環境下では充分な力を発揮できない。
しかし、それでも強靭な木の身体、鋭利な顎門、俊敏な動きは隙が無かった。
大剣で斬ろうとするが、鈍い手応えが手に残るだけで蛇の身体が斬れない。
(硬ぇな)
まるでダイヤモンド並みだと思ったデイトナは、再び屋根へと登って上へと跳躍し、大剣を両手に持ち、縦に回転していく。
遠心力と自重によって加えられる一撃が物凄く高いであろうと予測したフェスティーニは、蛇の身体に手を当てて魔力を流し込む。
どちらが強いかの戦いで、デイトナは負ける訳にはいかないために本気で対応している。
しかし、それ以上に勝てない相手が存在するのだと理解もしており、全力で何処まで戦えるのだろうかと胸が躍っていた。
「行くぞオラァ!!」
荒々しく吠えるデイトナの攻撃が炸裂する。
回転に加えて魔法により生み出した雷を大剣へと付与して、その雷剣を蛇へと叩き付けた。
「『獅子雷墜』!!」
まさに雷落ちるが如く、フェスティーニの蛇の頭へと直撃した攻撃は身体の内部にまで達して、地面へと衝撃が伝わっていく。
攻撃を受けた蛇は衝撃によって罅が入り、そのまま崩れてしまった。
「へぇ、まさか魔力で強化した個体を倒しちゃうなんて、凄いね〜」
「テメェ……ぶっ殺す!!」
大剣を手に、彼女は一気にフェスティーニへと斬り掛かった。
それをブレードで受け止めて、弾き飛ばす。
飛ばされても尚デイトナはフェスティーニへと果敢に攻め込んでいき、視界の悪い中での攻防は連続して何度も続いていた。
大剣を器用に振り回して武器に使ったり、地面に突き刺してポールの役割にしたり、或いは投擲物として投げ付けたりもしていたが、対するフェスティーニはデイトナの攻撃を避けたり受け流したりしながら、隙を突いて攻撃を加えたりして反撃の隙を窺っている。
フェスティーニは、攻撃の手数が減ってきていた。
それはデイトナが原因であり、彼女の動きがどんどん俊敏と化しているためだ。
(参ったなぁ……スロースターターだったのか、この子)
花弁で形成した刃で受けるも、かなりの衝撃が腕に響いてきており、受けきれなくなるのも時間の問題だと悟った彼女は一度後ろへと大きく後退した。
「んだテメェ逃げる気か!?」
「逃げるつもりは無いさ。流石に遊びすぎたなぁって思ったから、ほんのちょっぴり本気で相手させてもらうよ」
パンッ、と両手を一度叩き合わせて、職業の真髄へと踏み込んだ。
生物学者として、自身の霊魂を分け与えた生命を新たに生み出すために、フェスティーニは能力を発動させて地面を踏み鳴らした。
そして地面より出ずるは新芽、その新芽を頭に乗せた一体の小さな鼠が石の地面より出てきた。
アーモンド色をした魔導の生き物が、フェスティーニの身体を登って掌まで辿り着く。
「これは『生命齧る発芽鼠』って言ってね。素早さは音速をも超えるボクのオリジナルの生き物なんだ〜」
「な、何だそりゃ?」
「避けれるかな〜? 行けっ」
アーモンド色の鼠が掌から飛び出して、目で追えない速度でデイトナへと襲い掛かった。
大剣では防ぎ切れないが、何もしなければ相手に負けてしまう。
「こんの豆粒が――イテッ!?」
だから大剣を振るおうとしたが、その前に鼠が建物をゴムボールのように跳ねまくり、彼女の腕へと張り付いて皮膚を力強く噛んだ。
その行動一つで、大剣を纏っていた魔力が霧散する。
大剣使いである彼女の強みは腕力と大剣を振るう腕前、そして大剣に宿す魔力であるが、一度齧られでもしてしまえばフェスティーニの思い通りとなる。
「何しやがったテメェ!?」
「一時的なものだから安心すると良い。これは職業に干渉するものでね〜、一度齧られたら職業能力が数時間使えなくなるんだよ。それに魔力も練れなくなる。生命の源である霊魂を齧って職業の使用権限をボクに移行する、謂わば裏技みたいなものかな〜」
有り得ない、そうデイトナは思った。
その者の職業を使えなくする職業があるという事態そのものが不可能であるだろうと思っていたが、そのような常識はここでは通用しなかった。
自分の力を全て出し切ったところで、この者には絶対に勝てないであろうと理解してしまった。
何をしても無駄だと、殺し合う事すらさせてもらえない圧倒的な実力差が存在しているのだと、彼女はここで大剣を手放した。
「あ、遊んでやがった、のか……」
「別に遊んでるつもりは無いよ。言ったでしょ、確実に潰すって。完全に手を抜いてたのは謝るけど、これでも本気の一割にまで抑えたんだよ?」
自分は力をあまり温存せず戦っていたのに、手加減されてしまった、と。
それも一割未満の力で自分と対等以上の実力を示していた彼女のポテンシャル、そして舐められている現状はデイトナを打ちのめした。
強さの次元が違いすぎる。
幾ら戦っても無駄だと分かってしまったから。
そして手加減されていたという事はつまり、これ以上戦えば殺すぞ、と自分に対して警告しているのだと無理にでも理解させられ、歯を食い縛って拳を震わせた。
「は、ハハ……んだよ、オレ様の今までは一体、何だったんだよ……」
自分が否定されたように思えた。
戦って勝たなければ、勝利を手にしなければ、自分に価値が無いのだと証明してしまう。
だから、彼女は胸に掛けていた十字架のペンダントを取り出して、そこに魔力を流していく。
「まだ……まだ終わってない……」
ギロッとフェスティーニを睥睨し、終わっていない、そう呟きながら魔導具を起動させた。
瞬間、十字架に埋め込まれた魔石から大量の魔力がデイトナ本人の身体へと逆流する。
「まだダァァァァァ!!!」
赤黒い魔力が、デイトナを中心に渦となって空へと舞い上がる。
明らかに過剰、見れば分かる程の魔力量、長時間の活用で身体が壊れてしまっても構わないと考えている人が使う代物であると、フェスティーニは溜め息を漏らす。
これ以上戦っても無駄なのに、こっちは時間が無いのに、そう愚痴るが雨音によって掻き消される。
「ふぅ……仕方ない、ボクも潰すと言ってしまった手前、引く訳にはいかないからね〜」
限界を超える力は身を滅ぼす、それを何度も見てきたフェスティーニには分かる。
戦いの終わりは近いのだと。
そしてデイトナの身体は禍々しい魔力によって、壊れようとしている。
攻撃をガードし続ければ勝てる。
しかしそれでは駄目だと彼女は考え、大剣を手にして唸る少女と向き合っていた。
「さぁ、君の全力、見せてもらおうか」
「ウルァァァァァ!!!」
自我が完全に失われているため、彼女の声は届いていなかった。
止める方法は幾つか存在する。
説得、捕縛、破壊、殺害、彼女が選んだのは『破壊』だった。
両手を合わせて能力を発動させる。
と、同時にデイトナの更に発達した聴覚が手を叩いた音を聞き逃さずに、地面を一気に駆けてフェスティーニへと向かっていく。
残っていないはずの自我に存在する本能が、首を狙えと囁いて、刃を首筋へと振り下ろした。
「『神樹龍の晩餐』」
しかし、刃が彼女の首を横切りはしなかった。
地面から出てきた大きな樹木でできた龍が、顎門を閉じてデイトナを噛み砕いていったからだ。
身動き一つ取れず、樹木の牙が彼女の身体を貫こうとしている。
「アァァァァァ!!!」
膂力を振り絞ったデイトナが彼女の創り出した樹木の龍を破壊して、本人へと大剣を振るう。
「おっと、危ない危ない」
「ガァァ!!」
大剣ごと回転して、連続してフェスティーニの首や心臓目掛けて暴力の嵐が迫っていくが、それをヒラヒラと花びらが地面へと落ちていくように軽々と避けていく。
まるで彼女自身が花のように、軽快なステップで躱していった。
紙一重の回避に徹する。
そして何度も避け続けていった結果、建物や地面が斬撃痕だらけとなってしまっていた。
彼女の能力によって魔力も練れないが、魔導具から供給される膨大な魔力が身体に強制的に巡っているため、強い負荷が掛かる代わりに筋力が増強されており、その影響が斬撃として反映されている。
だから一発でも当たれば彼女は天国へと召される。
それが分かっているからこそ、無闇に攻撃しようとはしない。
「う〜ん、このままじゃジリ貧だし……あれ使おうかな」
アイテムポーチから一つの種が入った透明の瓶を取り出して、そこに魔力を流してから地面へと落とした。
小瓶が割れ、種が輝きを放つ。
種から芽が生え、その新芽が一気に成長して一体の巨大な翼竜が創られた。
「『創られた木翼竜』、目の前の敵を殲滅して」
『アギャァァ!!』
まるで意思疎通できているかのように吼えた樹木でできた翼竜は上空へと飛び上がっていき、体内に凄まじい熱量を生み出していった。
その熱量は地上にいる彼女達にまで届いていた。
雨も蒸発して濃い霧を発生させており、地上に放たれれば周囲が全て消し飛ぶくらいの危険を直感で感じ取ったデイトナは、上空を見上げて一気に跳躍する。
「アァァァ!!」
獣人の脚力による跳躍で、木翼竜へと迫る。
重量のある大剣を後ろに引いて斬りの構えへ、強制的に巡っていた魔力が大剣へと集まっていく。
しかし次第にスピードは落ちていき、木翼竜へと届く頃には失速して、自重により落ち始めていく。
それがフェスティーニにとって好機となった。
「『咆哮炎』」
言葉が合図となり、デイトナが剣を振るう前に白く輝くブレスが放たれる。
赤黒い魔力がデイトナを包んで攻撃から身を守るが、それでも衝撃が強く、また地面へと撃ち放たれたソレは彼女を地面へと叩き付けて蒸発させていった。
「ガッ――」
ギリギリ大剣でガードしたが、熱に耐えられるはずもなく、その大剣はドロドロに溶解してしまった。
そして地面へと放たれた熱光線が周囲に広がろうとしていたため、フェスティーニは両手を叩き、その光線の外側を円形に野太い蔦が囲う。
「『防衛せし橘擬』」
編み込まれていく巨大な防壁によって衝撃を建物に行き渡らないようにした彼女だったが、抉れて融解したために地面ではガラスが形成されていた。
木翼竜は攻撃を止め、防壁の上へと着地する。
同じくフェスティーニも、木翼竜の隣へと飛び移って中心地を覗いてみた。
そこには身体が少し焼けた状態の獣人族が一人、気絶している。
(魔力が切れちゃったようだけど……まさか耐えられちゃうとは、まだまだ改良が必要らしいね)
地面は焦土と化している。
しかし、その猛攻をも防いで命を繋いだ彼女を甘くみていたと反省し、竜を撫でる。
「姉さん」
と、いつの間にやらフェスティーニのすぐ隣には、妹のフィオレニーデが立っていた。
雨や雷震によって住民も慣れてしまったのか、外へと出てくる気配が全く無いため、この状況を知っているのは現場にいる彼女達だけとなる。
不思議に感じながらも、彼女は妹の方へと振り向いた。
「お疲れ様」
労いの言葉を掛けられ、彼女は笑みを浮かべて返事した。
「うん、お疲れ」
雨によって朝から濡れてしまったと、フェスティーニは調査を前にして風呂に入ろうかと考えていると、斬撃がデイトナの方向から飛んできた。
それをフィオレニーデが鍵の能力で防ぐ。
鍵に斬撃が触れた瞬間、その斬撃が一瞬にして掻き消えてしまった。
「うわっ、まだ起き上がって……あれ、いないね」
「ん、あそこ」
デイトナが攻撃してきたのかと思った彼女だったが爆心地には誰もおらず、妹の指差す方向へと目線を変えると、そこに一人の男が焦げた少女を肩に担いで立ち尽くしていた。
腰には一振りの鞘、手には一つの銀色の刀、和服がローブから見え、何処か侍を彷彿とさせる装いにフェスティーニは懐かしむ。
「昔の日本みたいだね〜、東国の人かな?」
その言葉は雨に消されてしまい、届きはしなかった。
その男は顔をフードで隠しているため、全く見えない。
謎の人物だと思っていたが、その男は彼女達の目の前で姿を消して、何処かへと逃げていってしまった。
「……変な人達」
「まぁまぁ、ノア君を付け狙う敵なんだと思うよ、きっと。ルド何ちゃらって人の刺客だろうね〜」
「ノアって人、危ない?」
「どうかな、身体がボロボロだってセラちゃんから聞いたけど、大丈夫な気がするんだ〜。ま、今は事件に集中しなきゃだね〜」
防壁を解除して、次第に地面へと下がっていき、残されたのは戦闘の余波だけだった。
「その竜は、前の?」
「うん、前に討伐したワイバーンの特殊個体いたでしょ? その遺伝子情報を、世界樹の種と掛け合わせて創ったオリジナルの種だよ。硬い、速い、強い、三拍子揃った一品だね」
生物学者として、彼女の力を駆使すれば造作ないのだと説明する。
手を翳すと、そこに竜が手を置いて光り輝いた。
光が収まると、彼女の手には一つの拳大の種が残されているだけだった。
「戻った……」
「予備を含めて三つしか持ってないから、使い捨てできないのさ」
新しい空き瓶に入れて、アイテムポーチへと仕舞う。
逃げられてしまったが、これで一応は撃退できただろうと考え、フードを被り直す。
「それで、セラちゃん達は?」
「ん、無事」
「そっか、良かった」
とは言ったものの、ギルドを大々的に壊してしまった負い目を少し感じていた。
「怒られるかな?」
「ん、大丈夫。フィオが、直した」
鍵束を見せて、それがフェスティーニには理解できた。
何をしたのかが分かってホッと安堵の息を零すが、危険に晒したから怒っているのではないかと不安が拭えずに心に存在する。
後で謝ろう。
そう脳裏を整理させて、彼女はギルドへと戻る。
「フィオちゃん?」
「ここ、直しとく」
「そっか、じゃあよろしくね〜」
「ん、了解」
姉の後始末にその場に残るフィオレニーデを置いて、先にギルドへと戻っていくフェスティーニは、ふと雨空を仰ぎ見た。
戦闘が終われば余韻は次第に身体から抜けていく。
身体は暖かく、しかし心は冷えていた。
まるでこの雷雨のように、心は曇っていた。
「酷い有り様……」
背を向けて歩いていく姉を見送り、妹は姉の戦闘がここまでのものだったのかと思い、周囲の様子を見渡した。
地面は割れ、溶け、焼けていた。
建物も焦げていたりしたが奇跡的に誰にも戦闘だと気付かれてはいない、それはこの雷震が半年程降り続けている今、それは最早日常と化していたからだ。
一つの鍵を束から切り離して、その空間へと差し込む。
先程まで続いていた激しい攻防を、一つの鍵で無かった事にするため、鍵を捻った。
「『逆らう時辰儀』」
淡く輝き、鍵が光の粒子となって消失する。
鍵穴より先では、鍵の効果が表れており、それをただ一人の観測者が見守っている。
戦闘の余波は粒子となって上空へと舞い上がっていく。
雨が降る中で昇っていく光粒は、とても幻想的であり、神秘的であり、しかしフィオレニーデの感情は機能せず、何も感じなかった。
「ん、巻き戻った」
踵を返して、彼女は姉を追躡する。
その背後では戦闘が行われたという事実だけが消えて、まるで時を遡ったかのように綺麗さっぱり、何も残りはしなかった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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