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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
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第136話 雨天の朝のギルドにて 後編

 ギルドの執務室では異様な光景となっていた。

 一人は優雅にソーサーを持って紅茶を呷り、一人は酒を酒瓶に口を付けて呷る、このエルフ二人の対極さは最早水と油だった。


(いえ、水と油ってよりは……うん、水と泥くらいの違いがあるわね)


 親友である彼女は華があり、一方で酒を呷っているギルドマスターには品が無い。

 本当にエルフなのだろうかと疑う気概でいなければならない程の情けなさがソファの上にあるため、あれは油や泥と言い表すのではなく、完全に粗大ゴミであろうと思えるくらい酷い有り様だった。

 話す気があるのか、それとも無いのか、黙って待っていても一向に情報が出てきやしない。

 カチャリと小さく音を立ててソーサーを置いたフェスティーニは、コホンと咳払いをして、フィオレニーデがそれに反応して後ろ手に鍵を空間へと差し込む。


(『静寂な森の家(トランクィルム)』)


 特殊結界を誰にも気付かれずに形成して、この話し合いの情報を外へと漏れないようにしておいた。

 それが咳払い一つで行われる姉妹の行動は、まるで阿吽の呼吸のようであった。

 意図せずに感知したセルヴィーネにも理解できた。

 この化け物二人が何かしたのだな、と。


「さて、話を始めようか」

「ん? あぁ、そうだったな」


 すっかり忘れてた、と言わんばかりの台詞に不安が押し寄せる。

 しかし、今は目の前のリンダ以外に話せる人間がいない。

 ギルドで活動している人間も少なく、受付嬢と職員が数人いるだけで冒険者が実質いなかったため、ここに来る人間がゼロという状態なのは見れば理解できる。

 閑古鳥が鳴いている。

 鳴いているのではなく、本当の意味で泣いているかもしれない。

 島の事件を解決するために必要な人手がいない、これで泣かなくて何なのだと半ば自棄酒となっているのを、リンダは涙ながらに説明する。


「ホントにアンタ等が来てくれて良かった。今回私は出れなくてね、殆どギルドに拘留されてる状態だ」

「つまりリンダさんは、事件の犯人がエルフだって知ってるんだね?」

「まぁな、情報通舐めんなよ」


 胸を張り、誇らしげになったのも束の間、途端にガッカリしたような表情を繕った。


「事件が起こったのは約半年前、一月が始まってからだ。ある日からずっと雨が降っててなぁ、雷震は起こるし、数ヶ月前から誘拐事件まで発生してるしと来たもんだ。冒険者達は雨のせいで稼ぎが減ったと言って島を早々と出て行っちまったんだ。それから物流はストップして、船も殆ど出てないのさ」

「半年前って、正確な日程とかは分かる?」

「一月六日からでな、もうすぐで丁度半年を迎えるのさ」


 一月六日から、特に気にならないはずのその言葉が、何故だか気になってしまっていた。

 だから無意識に言葉が出ていた。


「一月七日、じゃないの?」


 自分が話していると気付いたのは、言葉を発した数秒後だった。


「あ、あれ?」

「何でセラちゃんが驚いてるのさ」

「ご、ごめん……」


 謝るも、何故そう発言したのだろうかと口元に手を当ててしまった。

 権能が発言すらも支配しているのか、そう思考がズレそうになるが、その意識は隣に座っていたエルフによって戻される。


「それで、何でそう思ったの?」

「だって龍栄祭は七月七日だし、それなら揃えたりとかしないのなぁって考えたんだと思う」

「そんな几帳面な犯人は流石にいないだろ。それに、七日だったら何か違うのか?」

「それは分かんないけど……」


 権能は稀に運命に作用する。

 それは本人の至らない場所で、至らない世界で、至るであろう運命へと干渉する。

 権能の本質的部分へと作用しているのを彼女は気付いていないだけで、実際に何度も危機的状況を乗り越えてきたため、今回も運命に則った結果が表れている。

 それが口頭となった。

 しかし権能の奥深い本質は彼女自身に預かり知らぬものであるため、それを発したとて彼女が気付くはずもない。


「変な奴だな」

「アンタにだけは言われたくないわよ」


 権能は周囲から見れば異端であり、それは周囲からは浮いた存在である。

 だから彼女は変人だと思われる。

 しかし、セルヴィーネからしたら酒瓶を呷って話し合いに参加しているエルフの気が知れず、こんなのしかいないのかと隣に座る友人エルフを横目にする。

 それはそれは優美で無駄の無い動作で、紅茶を音も立てず啜る彼女は話を続ける。


「さて、そこだけを深掘りする訳にはいかないから、もう少し詳しい状況を説明してくれないかな?」

「ん? あぁ、そうだったな。最近物忘れが激しいから手帳に記録してたはずなんだが……ありゃ、何処行ったんだっけ?」

「それをボクに聞かれてもね〜」

「えっと、ちょっと待てよ……っと、あったあった」


 作業机に乗っていた大量の書類等の中から、黒い手帳を見つけてソファにどっかり座った。

 中に書かれている内容を彼女達に教えるために、パラパラと捲っていく。


「っと、これだ。え〜っと、この手帳によると半年前から始まった豪雨は六ヶ月間ずっと降り続けてるそうだ。雷が地面に落ちて地震が発生していて、数ヶ月前から気付けば誘拐事件も多発していた、と」

「その手帳何よ?」

「これは私の必需品なんだよ」

「必需品の割には、さっき書類の山から発掘されてなかった?」

「き、気のせいだろ」


 すぐに話が脱線してしまう二人を見ながら脳裏で聞きたい内容をリスト化して、フェスティーニは会話を軌道修正させる。

 Sランク冒険者として、彼女には内容の全てを知る権利を持っているため、一つ一つ消化していく。


「さて、まず一つ聞きたいんだけど、誘拐事件の詳しい発生日時、分かるかい?」

「さぁ? 半年前に大雨になってから、最初に誘拐が発覚したのは攫われた子がいると街中で騒いでる奴がいたからであって、こっちも情報不足なんだよ」

「それって、船乗りの一人かい?」

「お、よく分かったな。まぁけど、三ヶ月前から閉じ籠もっちまってギルドも接触できない上、バンレックスがここに来て依頼を出してきたから、そろそろ強引な手段に出ようか考えてた時、アンタ等がやって来たって訳だ」


 つまり話を整理すると、騒いでいた男は三ヶ月より前から誘拐について知っており、そして同じく誘拐に関しては正確な日時が不明。

 もしかしたら孤児院や街の人に聞けば分かるのではないかと思い、フェスティーニは行動パターンを熟考していく。

 今はエルフの身体である彼女は、このまま真っ直ぐ孤児院の門戸を叩けば追い返される。

 しかも街は結構な広さと入り組んだ道が多く、土地勘を持ったガイドでもいなければ即座に迷う。


「因みにだが、街の人から誘拐された子供については全部聞いてる。行方不明になったのは五ヶ月前からだそうだ」

「じゃあ、大雨になって一ヶ月後にはもう行方不明者が発生してたんだね?」

「あぁ」


 少なくとも五ヶ月前から始まっていた、と説明される。

 よく少ない人員でそこまで知れたなと顔に出ていたセルヴィーネへ目線を送り、それが伝わったのか、酒を飲む手を止めて説明を付け足した。


「それから、大きな地震が半年前から始まってたのも掴んでんだろ?」

「まぁ、そうね」

「その巨大地震は一月七日だ。島全体が揺れたし、ギルドでもかなり被害が出やがった。他の島も同じ日に地震が起こったんだとよ。大波の心配は無かったが、それでも物流が止まっちまうのは少し手痛いな。島全体が機能しなくなる」

「じゃあさ、この島の北東エリアの森で何か異変とかは無かったかい?」

「森? 何で?」


 それを説明するにはセルヴィーネの権能を説明しなければならないため、チラッと隣を見て合図を送る。

 それを受け取った龍女は、自分で説明する事に決めた。


「アタシの権能よ。感知系、特に第六感が異常に働くってものなのよ」

「そうなのか?」

「うん、セラちゃんの権能は稀にボク等の関係無いところを示すから、新しい情報源にもなるのさ。それで昨夜にマップを見てた時なんだけど、この島の森と、後この無人島が怪しいんだってさ」


 昨日の夜に書き込んだパンフレットのマップを見せて、島の中央より北東の位置と、同じく星夜島とを繋ぐ幾つかの無人島の一つに印が付けられていた。

 それは昨晩セルヴィーネの権能が微弱ながらに察知した箇所であり、そこが事件と関与している可能性があるのだと言った。

 それを聞いたリンダは、セルヴィーネを凝視する。

 何を思っているのか、数秒間蛇に睨まれた蛙のように動けず、フッと視線を切ったところで、リンダの頭の中では疑念は一つ晴れていた。


「半年前から灯台で幾つか報告があってな。島の北西辺りで度々密輸船か何かがあるって聞いてたんだが、もしかしたら事件に関係あるかもしんねぇぜ?」

「それホント? いつの出来事だったの?」

「それが発見されてるのは月末だ。月を跨ぐと同時に動き出してんのは知ってるが、潮流とか雨、雷のせいで捕まえられねぇんだよ。まるで意思を持ってるみたいに襲ってくるらしい。んで、担当してた冒険者が匙投げて行方不明ってこった」


 その冒険者はもうすでに攫われてしまったのか、或いはすでに死んでいるのでは?

 と、彼女達は口に出しはしなかったが、何が起こっているのか疑問だけが増え続けていく。

 何一つ解決すらしていないのに増える謎に処理が追い付かなくなってきたセルヴィーネを横に、フェスティーニは事件をメモしていく。

 何が起こったのか、脳裏での整理に留めるのではなく、視覚的観点からでも見れるように備えている。


「あ、それから一つ変な報告が上がったんだが……」

「変な報告? そんなのあったのかい?」

「あぁ、日輪島の灯台からの連絡で、誰かが忍び込んだって情報が入ったんだ。何でもソイツ、ずぶ濡れだったようで床がビッチャビチャだったってよ」


 その報告に心当たりのあったセルヴィーネは、バレないように目を伏せる。

 が、その心音を欺くのは無理があった。


「セラちゃん、どうしたのかな?」

「へ? あ、いや……」


 フェスティーニは感情が読める訳ではないが、それでも身体的な特徴や表情、仕草や癖の類いに至るまで細部に渡って調べられる審美眼を持ち合わせている。

 そのため、彼女はセルヴィーネの様子に逸早く気付けた。


(はは〜ん、そういう事ね〜)


 これで灯台での一件については分かってしまった。

 絶対この子が犯人だと。

 大方、バレないように何処かに隠れたのだろうと予想しており、実質的中している。


「その報告は良いや、それより密輸船についてもう少し詳しく聞きたいね〜」

「あ? そうか。密輸船についてなんだが、最初に発見されたのは一月三十日の夜、小さな光が海上にあったから気になって一ヶ月間毎日調べようとしたが、この雷雨で調べられない。そして次に報告が上がったのが二月三十日の夜、そして次が三月三十日、それが続いたのさ」

「つまり六月末まで今日を含めて後六日だけど、それの正体を突き止めろって事かな?」

「察しが良いな、その通りだ」


 謎の光と、灯台から見えた無人島への光、その二つが一緒なのか全くの別物なのか、調べる上で必要な手掛かりがそこにあるような気がしていた。

 そして、その手掛かりが訪れるのが六日後の六月三十日であると理解して、使いっ走りにされそうだと乾いた笑みが浮かんでしまう。


「一回失敗すると次は一ヶ月後だと?」

「それもその通りだな」


 つまり情報不足のまま六日後に挑んだ場合、その六日を棒に振るい、犯人に一ヶ月の猶予を与えてしまう。


「でも、ここには三人もの異種族が存在してるだろ? 万が一があったとしても、この依頼を失敗するようには見えないけどな」

「それは過大評価がすぎるね〜」

「過大評価なんざしてないけどな。そんだけの実力があるんだ、できるだろ?」


 途轍もなく楽観的であるリンダの思考回路に、気が抜けてしまう。

 だから言っておかねばならない。

 その認識は危険であるからだ。


「あのねぇリンダさん、人間に絶対なんて無いんだよ。誰にだって失敗はあるし、誰にだって間違いはある。それが人間って生き物なんだよ」

「うっ……」

「人間はそういった摂理に則って生きている。君も、ボクの妹も、ボクの親友も、そしてボク自身もね」


 それが人間の本来あるべき姿なのだと言った。


「ボク達がただの人間である限り、必ずしも成功するとは限らない。とは言ってもボクも『花園』としての役割はキチンと果たす、それだけは約束するよ」

「そりゃ良かった」


 仮に断られでもしたら、もう解決できる人間がいない、それはギルドマスターとしての立場を失ってしまう事態にも繋がり得る。

 国の問題を解決するのにギルドは大きく関わっている。

 その事件を解決に導けなかったとしたら、ギルドマスターの手腕問題にも発展してしまう。

 これは千載一遇の好機であると同時に、背水の陣、つまり後に引けない案件でもある。


「誘拐された人の情報について、もう少し詳しく教えて欲しいな〜」

「んなの知ってどうすんだ?」

「念のための参考にと思ってね。六日間、ボク達はただボーッとしてる訳にもいかないでしょ?」

「まぁ、そうだな」


 少しでも情報を集めておき、入手したものの中から有益な情報を精査していくのが冒険者としてのフェスティーニの仕事である、とリンダは認識して、書類の山からプロフィールを取り出して渡した。

 そこに書かれていたものは、全てギルドや冒険者が調査した誘拐された子供の情報だった。


「ふむふむ……年齢的に幼い子供ばかりだけど、どうやら大人も攫われてるようだね〜」


 外に広がっていたのは孤児行方不明事件、たったそれだけであるが、実際には大人も何人も攫われているのが書類上に記されていた。


「あれ、でも箝口令が敷かれてたわよね? 何で孤児行方不明事件って広まってんの? 逆に何で大人が誘拐されたのは広まってないの?」


 現在、島より外に情報が行き渡っているのは、孤児行方不明事件である。

 そもそも誘拐だとは広まっていない。

 同じく大人が攫われた事に関して、一切の情報が伏せられている。

 情報の錯綜により、誘拐事件、行方不明事件、と飛び交っている状態なのだが、それに対してギルドは沈黙を決め込んでいる。

 外部との連絡でも、詳しい情報はギルド総本山の上層部にしか知らされていない。


「セラちゃんの疑問は尤もだね。多分だけど、初期に攫われたのが子供だけで、大人が攫われる事態に発展したのは箝口令が敷かれる直前か、それか後だったんだよ。そうなんでしょ?」

「相変わらずの洞察力だな、フェスティーニ」

「ありがと。それからもう一つ、何で誘拐じゃなくて行方不明事件って世間に広まってたのか。これはボクの想像でしかないんだけど、犯人がエルフかもしれないって出たからじゃないかな?」


 説明されても意味を理解できなかったと、セルヴィーネの顔に書いてあったのを見たため、もう少し噛み砕いて説明を加えていく。


「ボク達エルフが人族を攫っていると分かったら、これは種族間の問題に発展する。まぁ勿論逆も然りなんだけど……まだ捜査線上に浮上してきただけだから、断定できない上に即座に情報に蓋をしなければならなかった現状を鑑みると、どうやら領主のお爺ちゃんも配慮してくれたらしいね〜」

「ホント恐ろしいエルフだな、アンタ」

「エルフが犯人だって情報が外に漏れた場合、偏見を持つ人も現れるかもしれない。実際、リンダさんは外に出られてないようだしね。どうかな?」

「あぁ、全部正解だよ」


 それが事実であると理解したセルヴィーネは、まるでノアを見ているようだと感じていた。

 似た者同士、同じ転生者、異世界から来た人間は皆こうなのだろうかと脳裏に浮かんだ彼女だったが、今はそのエルフ犯人説の真相を解き明かす必要がある。


「こっちで手に入ってる情報も高が知れてる。だから、ギルドでもあんま役に立てないんだ。アンタに頼っちまうのは姉貴分としては情けない話だが……」

「気にしなくても良いよ」


 彼女達の関係は普通の巫女と普通のエルフではなく、まるで姉妹のような距離感だった。

 リンダが姉で、フェスティーニが妹、それが昔からの付き合いで形成されていた絆でもあった。

 フェスティーニは巫女であり、リンダのような一般のエルフが会話するのも烏滸がましいものだと常識的に考えれば敬わなければならない状況でも彼女はそうしない、それがフェスティーニの願いでもあり、堅苦しいのを嫌う異端のエルフであるからだ。

 だからフェスティーニは、リンダを尊敬する。

 姉貴分のリンダは、対等に会話できる数少ない友人であるから。


「人間、適材適所だからね〜」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 酒瓶に口を付けて一気に呷る。


「そろそろお酒は止めたら? 健康に悪いし、君もそろそろ限界じゃないのかい?」

「私の唯一の楽しみを奪うなよ。嫌なもんは全部これが解決してくれるんだ。私にとっちゃ薬なんだよ」

「まぁ、確かにお酒って百薬の長って言うし、嗜むのも悪いとは言わないけど、薬も飲みすぎれば毒になる。一升瓶を片手に歩くエルフは多分、君くらいしかいないんじゃないかな〜?」

「良いだろ別に、誰にも迷惑掛けてねぇんだから」

「そういう問題じゃないんだけど……」

「フェスティーニも飲むか?」

「飲まないよ。この身体じゃどうせ酔えないし、健康には気を遣ってるからね」


 酒は身体に悪いものだと知っている。

 そして彼女の瞳が映すのは、リンダの身体に巣食う病魔だった。


「昔のようには……なりたくないからね」


 それはどういう意味だと聞こうとしたリンダだったが、聞くのを止めてしまう。

 彼女は何者なのか、同じ種族であるはずのリンダでさえ不明だと思わせる何かが彼女にはあるのだと、本人は感じていた。

 それが転生者だと知っているのは、隣に座る龍女と後ろに立っている妹だけ。

 聞こうとしても、知らぬが仏である事柄も数多く存在するため、長年の勘で口を閉ざした。


「で、逆に聞きたいんだけど、巫女であるアンタが何でこの島に? さっき言ってた野暮用ってやつか?」

「そうだよ、この島……と言うより、このサンディオット諸島に用があってね」


 この島にいるエルフは二人、犯人を含めると三人しかいないはずで、同族に会いに来た訳ではないならば、何の用件で彼女はこの島を訪れたのか、同族としてだけでなく、姉貴分としても気になってしまった。

 彼女がこの島にいるのは偶然である。

 しかし、それを知らないリンダは日輪島に用事があるのかと想像していた。


「用ってのは?」

「えっと、こんな事を同族の人に言うのは恥ずかしいんだけど……ボクはね、ボクの愛してる人がここにいるって聞いたから、逢いに来たんだよ」


 寝耳に水だったため、男の影も見せないような清廉潔白な彼女の言葉は意外すぎた。


「千年間ずっと独り身だったアンタに男……妄想じゃないよな?」

「違うよ、本当に好きな人がいるんだ」

「今までで一番の驚きだな、また酔いが覚めちまったぞ」


 ここにエルシード聖樹国の巫女がいる驚きよりも、遥かに勝る驚きが彼女の口から出てきていた。


「今までアンタに告ってた奴等全員断ってまで、ソイツを愛してるのか?」

「うん、千年前からずっと、ね」


 千年間もの冷めやらぬ愛情が、彼女の言葉や行動に現れている。


「へぇ、そんな奴いたんだな。千年間ずっと一途に想ってたんなら、とっくに婚礼の儀を挙げてても可笑しくないだろ。子供がいても変じゃないだろうしな。で、どんなエルフなんだ?」

「へ? 何でエルフだって思ったの?」

「いや、普通そうだろ。千年間好きだったんなら千年前からソイツが存在しなきゃ可笑しいし、そんな長寿な人間はエルフ、龍神族、精霊族、魔族、そして天使族くらいなもんだろ? 天使族は絶滅したし、魔族とは折り合いが悪い。精霊族は行方知れずだし、残るは龍神族かエルフの二種族に絞られる。可能性としてはエルフだろうし、そうかなぁと思って聞いたんだ」

「残念だけど、彼はエルフじゃないね」

「じゃあ、そっちの嬢ちゃんみたく龍神族か?」

「龍神族でもないね」


 彼女が愛するのは人族の身体に宿った転生者、人族だと説明すれば絶対に反対されてしまう。

 また、疑問も残る。

 何故千年間もいない人間を愛せたのか、と疑問が芽生えてしまうのだ。


「私が言うのも何だけど、巫女であるアンタが他種族と結ばれたら不味いんじゃないか?」

「それはボクの自由だし、元老院のお爺ちゃん達が何かを言ってきたところで関係無いしね。人間は誰かに束縛されるべきじゃないんだよ」


 エルフに生まれたからと言って同種の人間と結ばれなければならない、そう元老院達に言われたとしても、それは単なる押し付けである。

 だから彼女は従わない。

 巫女という役割も、その身体に転生してしまったからでしかないのだから。


「で、その人族は冒険者なのか?」

「うん、そうだね。名前はノア、多分ギルドでそう設定したんじゃないかな?」

「ノア……あの英雄ノアか?」

「う、うん、多分そのノアだね」


 グラットポートの英雄の名は世界に広まりつつある。

 敵は世界を滅ぼそうとした悪魔で、それを単独討伐した功労者である彼は謂わば世界を救った人間、周囲が放っとくはずもない。

 そんな人間を愛していたのかと知り、やはり不思議なエルフだなとリンダは感じた。


「ソイツ、人族なんだろう? 何で千年前から知ってたんだよ?」

「えと、ま、まぁ……予言かな〜?」


 普通なら誤魔化せるはずもない台詞だが、しかしここは異世界で、しかも職業という力がある。


「成る程、そうか」


 だから少し不自然であっても騙せてしまう。

 それがクラフティアという異世界だ。


「話が大分逸れちまったが、また何か分かったり分かんなかったりしたらギルドに来な。受付には話を通しとくよ」

「うん、ありがとね〜、リンダさん」


 事件の状況的に進んでいない、むしろ後退すらしているのではないかと思って溜め息が零れ落ちる。

 六日後までに何ができるのか、どんな情報が得られるのかと考えながら、紅茶を飲み干した。


「ん?」


 リンダが何かに気付いたようで、扉へと顔を向けた。


「いきなりどうしたのよ、この女?」

「ボクに聞きれても……」


 扉を凝視して沈黙してしまった彼女は、冷や汗を掻いて壁に立て掛けてあった装飾された大弓を手にして、扉へと構える。

 矢も番えずに、彼女は息を呑む。

 一方で物怖じせずに紅茶を注ぎ足そうとしていたフェスティーニは、誰にも気付かれずに探知を開始、一階に誰かがいるのを把握し、見えていないはずが一瞬睨まれた。


(へぇ、かなり第六感の働く犬のようだ……)


 壁によって姿形が見えていないはずが、探知されていると感じ取ったようで、フェスティーニへと威嚇する者が一人いた。

 強者の気配が階段を登って近付いてくる。

 豪快な足音が部屋の前で止まり、次の瞬間ドアが蹴破られた。


「オラァ!! 英雄ノアってのは何処のどいつだ!? 出てきやがれチキン野郎!!」


 大剣を片手に不敵な笑みを浮かべるのは、ボサボサな赤髪に琥珀色の瞳を宿した獅王族の少女、尻尾を揺らして猛々しく威圧する彼女は執務室全体を見渡した。

 そして、弓を構えるリンダへと視線を送った。


「おい、ノアって男は何処だ?」

「そ、そんなの私が知る訳――」

「ルドルフの命令、そう言えば分かんだろ? なぁ?」


 彼女の一言はつまり誰がギルドマスターなのかを知っているという証拠であるのと同時に、ルドルフという勢力による力が働いていると取られるため、変に騙しはできなかった。

 だから弓を下ろして頷いた。


「私がここのギルマスをして――」

「んな事ぁどうでも良い。オレ様が聞きてぇのは英雄ノアが何処にいるのか、だ。サッサと教えろ」


 好戦的で射殺すような瞳が、全体を映し出す。

 一歩前へ出ようとしたところで、フェスティーニがカチャリと大きな音を立ててソーサーを置いた。

 相手がノアを探す理由を知るために、可能ならば排除するために彼女はソファから重い腰を上げ、殺気を漏らす。


「ねぇ、ボクからも二つ、聞いて良いかな?」

「あ?」

「まず一つ、君は一体何者かな? ボクはフェスティーニ、ノア君の居場所ならボクが知ってるから教えてあげても良いけど……」


 言葉を止め、視線と視線が合った。


「オレ様はデイトナ、ルドルフの命令でノアって奴を連れてかなきゃならねぇんだが、正直興味無ぇ。オレ様の目的はただ一つ」


 身の丈程ある大剣を肩に担いで、彼女は八重歯を見せるくらいの笑みを浮かべる。

 獣のような牙、獣としての膂力、戦闘における闘争心、その全てが彼女たる証明、一つの目的のためにデイトナはここにいる。


「ノアって奴と殺し合うためにオレ様はここに来た!!」


 それが全て、生きるか死ぬかの戦いのために彼女はノアを探している。

 悪魔を討ち滅ぼした暗黒龍の使徒、彼を探している。

 自分の高みの証明のため、彼女はフェスティーニへと剣の切っ先を突き付ける。


「もう一度だけ聞く。ノアの居場所を教えろ」

「そう……もう一つ質問しようとしたけど、聞く必要無くなっちゃったね〜」


 彼女の二つ目の質問は、『ノア君をどうするつもりなのか?』というものであり、それは先にデイトナが答えを出してしまった。

 殺し合うのだ、と。

 そのために巫女のエルフは、獅子の王へと殺気をぶつけて牽制し、相手からの挑戦状を受け取った。


「そんなに彼の居場所を知りたいなら教えてあげる。ただしボクに勝てたらね」


 漏れていた殺気を全てデイトナへと向ける。

 その尋常でない殺気を受けた本人は、逃げろと警戒心が叫んでいたが、それを抑えて無理矢理に笑みを繕った。


「ノア君の邪魔はさせない、確実に潰してあげる」

「上等だ!! 返り討ちにしてやらぁ!!」


 大剣を振り下ろしたデイトナの攻撃を、腕から生やしたブレードで受け止め、その火花と金属音を合図に熾烈を極める戦闘が始まった。






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