第133話 長い一日が終わりを告げる
「さてさて、第一回日輪島児童誘拐事件対策会議を始めたいと思いま〜す! 司会は私、エルフの巫女たるフェスティーニがお送りさせて頂きます! よろしくね〜」
「……は?」
セルヴィーネが部屋で休んでいると、突然扉が開いてフェスティーニとフィオレニーデが寝間着姿で現れた。
ラフな格好をして、枕も持ってきている。
ここで夜を明かすつもりなのかと分かり、同時に深夜のハイテンションとなっている彼女の気分と、その開口一番に述べた言葉に、間抜けにも唖然としてしまった。
「駄龍、ノリ悪い」
「いや、いきなり扉開けて変なノリぶっ込まれたら誰だってこうなるわよ。ってか、ノリ悪いって言っときながらアンタも冷めてるじゃない、フィオ」
「冷めてない、ノリノリ」
「え……あ、そう」
乗っているのか、それともそうではないのかは表情や動作から全く読み取れなかったため、彼女がノリノリだと言ったのに対して、本当かと疑った。
しかし本題はそこではないため、セルヴィーネ自らが軌道を修正する。
「で、児童誘拐事件の作戦会議って何よ?」
「昼過ぎにユグランド商会に行ってきてね、その帰り道の最中に船乗りのおじさん達と仲良くなったんだ〜」
「船乗りのおじさん?」
「そ、日輪島の事件に関わってる人達だよ」
フェスティーニは事件のあらまし、今日の昼過ぎに聞いた船乗り達の話をセルヴィーネへと話した。
謎の光について、その光の翌日に発生する誘拐について、そして犯人の唯一の特徴について。
「エルフが犯人……それホントなの?」
「嘘を吐いてるようには見えなかったし、心音に変化は無かったから本当なんだろうね〜」
フェスティーニには、生命魔法を駆使して相手の身体を診断できる。
それは心音や脳波、心拍数や血圧、電気信号といった生体反応全てを手に取るように看破できてしまう上、それが無詠唱かつ魔法陣の秘匿化に成功しているため、誰もが魔法を発動しているかどうかを見破れず、目元に浮かぶ六芒星の陣は完璧に消えている。
そして相手に会った時からずっと、魔力を消費する代わりに観察していた。
「ただ、その証言だけで全てが決まる訳じゃないのが厄介なんだよね〜」
「どういう事?」
「例えば犯人がエルフと人族の戦争を望んでた場合、エルフに扮装すれば良いだけだし、職業には相手を惑わすもの、己の姿を変化させるもの、認識そのものを変えるもの、色々とあるんだよ」
人間の限界を超えた力、それが職業である。
職業は未だに未知であり、能力の幅に限界は存在しないからこそ、未知なる職業で変装している可能性も無いとは言い切れない。
それに普通の職業でも使い方次第では、変装さえもできてしまうかもしれない。
だから今の段階では無限の可能性を否定してはならないと説明した。
「何だかフラバルドの事件と似てるわね……職業の可能性は無限大、ね。確かに厄介だわ」
「それに手掛かりが少ない上に、もしかするとその手掛かりそのものが『嘘』かもしれない。つまりボク達には信頼できる手掛かりが手元に無い状態に等しいのだよ、セルヴィーネ君」
「何その口調?」
探偵気分となっていた彼女だったが、ただ恥ずかしい思いをしたために二度とこの口調は使うものかと思い、咳払いをして今後の対策について考えを表した。
「ボクとしては候補は三つ、孤児院、閉じ籠もった船乗りの家、それから謎の光、どれかから着手するべきだね」
「どれにするの?」
「そうだね……孤児院からが一番良いかな。けど、エルフが犯人かもしれないって思われてる以上、どうしようかなってね」
自分がエルフである以上、孤児院に近付けば石を投げられる。
犯人だと勘違いされて抵抗されてしまう。
それを防ぐところから考えねばならない。
「吹聴したら操られるかもしれないって言ってたらしいけど、本当に犯人は催眠術師なのかしら?」
孤児院の話をしていたが、セルヴィーネは別視点から考えを始めた。
先程の職業の可能性について、本当に犯人がエルフだったのかが分からず、同時に催眠術師だったのかと疑問が浮かび上がっている。
事件を見詰め直すためには、まずは全ての可能性を模索して、それから多角的な判断をしなければならず、今のところは八方塞がりな状態となっている。
「ねぇ、フェスティの国の子達に催眠術師っていた?」
「う〜ん、どうだろ。ボクも国民全員の名前とか職業とか覚えてる訳じゃないし、催眠術はボク達には効かないから気にしてなかったし、覚えてないね〜」
「催眠術が効かないって……魔法で防いでる、とか?」
「ボクは生物学者だから自分の身体については自分が一番よく分かってるのさ。それにフィオちゃんは鍵を使って催眠術とか職業に影響が出ないように細工してるし、だからボク達は催眠術が効かないんだよ」
目には目を、歯には歯を、職業には職業が一番効率的である。
「もしかしたらエルシード以外、ブレスヴァン王国とリングレア森林国、どっちかにいたかもしれないし、いなかったかもしれない」
「曖昧ね」
「ボクはエルシードの巫女だから、他の土地についてはあまり知らないんだよね〜」
それぞれの土地に一人ずつ巫女が存在するが、その巫女同士での会話や連絡は殆ど無く、面識もあまり無い状態であるため、他国がどのような状況となっているのかは把握できていない。
稀に三つのエルフの国が会議を行ったりもし、その時に顔を合わせたりもするが、お互いに話したりはしない。
「それに、ボクはエルシードの外れに棲んでるから、近年のエルシード内の状況もあまり分かんないけどね〜」
「アンタ、今まで何してたのよ……」
「領土問題、侵攻止めてた」
彼女がエルフとダークエルフの境界線付近に棲む事で、互いの牽制になる。
それはフェスティーニだけでなく、フィオレニーデも一緒に棲んでいるためであり、そのためにエルフ達はフィオレニーデを、ダークエルフ達はフェスティーニを警戒して境界線を越えようとはしない。
越えようとすれば迎撃され、必ず負けてしまう戦いを何度も体験しているからだ。
「エルフの人達はフィオちゃんを恐れてるし、ボクはダークエルフの人達に恐れられてるから、国外れに棲んでるのが一番なんだよ」
「そ、そうだったのね」
「エルフ達はダークエルフの土地も奪おうとしてるし、一方でダークエルフの人達はエルフの土地を奪還しようと計画を練ってる。それをどうにかしようと説得なり交渉なりしても聞き耳持ってくれないし、武力行使だとより溝を深めちゃうし……」
目の下に隈を作ってしまうくらい大変なんだよと、本題からかなりズレて愚痴を漏らすフェスティーニは、昔を思い出して空笑いを浮かべていた。
疲れた顔から一転、真剣な表情へと変化させる。
現状では、過去ではなく未来の話をしなければならないのだから。
「さて、大分ズレちゃったから話を戻そうか。えっと、何処まで話したんだっけ?」
「ん、孤児院に行く話」
「あぁ、そうだったね〜」
本題から逸れてしまうと本題が何処にあるのかが分からなくなってしまう時があり、ベッドでごろごろとしていたフィオレニーデが会話を思い出して教える。
孤児院への行き方についての議論を始めたばかりだと思い出した彼女は、セルヴィーネと討論する。
「でもさ、何で孤児院の子供を誘拐する必要があったのかしら?」
「犯人の動機か〜……誘拐して奴隷として売り捌く、或いは臓器を別の国に密輸する、ボクが考えられるのはそれくらいかな?」
闇取引される奴隷は足が付かないものが良い、そのために孤児だけを攫うならば納得できるが、今回は街の子供も攫われてしまっている。
前回は冒険者が、今回は民間人が、犯人の目的が何なのか不明である今、動かなければ手掛かりすら得られない。
「ここには孤児院が一つしか無いらしいけど、さっきニーベルさんに場所を聞いたから、明日にでも行ってみようと思うんだ〜」
「でも、まともに話してくれるとは思えないけど……」
「そこは大丈夫、僕にアイデアがあるから」
そのアイデアが何なのか聞こうとしたところで、再び地鳴りが発生した。
「ねぇ、この……えっと、雷震だっけ? これも何とかしなきゃ駄目なんじゃないの?」
「まぁ、そうなんだけど……こっちも原因が今一不明なんだ。多分だけど陽光龍ジアの加護が切れたせいで天候がかなり荒れてるんだろうけど、その原因が一切分かってないんだよね〜」
この日輪島を象徴とするのは陽光龍ジア、日輪島の名の通り、陽光の加護が切れたために今は雷雲が空を覆い尽くしている。
だから日中暗い。
そして犯罪率も増している。
半年もの時間続いているせいで、島の住民達も鬱憤が溜まっている。
そしてギルドではミルシュヴァーナにあるギルド総本山に連絡して、有力な冒険者パーティー『青薔薇』を派遣しているが、この日輪島ではなく、星夜島へと派遣しているために自分達が解決しなければならない。
「でも、そっち方面なら手掛かりがあるかもしれない」
「手掛かりってどんな?」
「龍栄祭の儀式に使われる『神器』だよ」
どういう事なのだ、と視線で語り掛ける。
「詳しくは知らないけど、神器に何か問題があるかもしれないって領主のお爺ちゃんが言っててね、それで何処かに行っちゃったんだ〜」
「行き先は?」
「さぁ、ここを訪ねたのとすれ違う形で何処かに行っちゃったから、行き先を聞けなかったね」
「ニーベルなら知ってんじゃないの?」
「いや、聞いたけど誰にも行き先を伝えずに行ってしまったんだってさ。随分と逼迫した状況だったらしいから、相当な用事があったんだろうね〜」
何処から持ってきたのか、ティーカップを持って紅茶を優雅に飲むフェスティーニは、音を立てずにカップを置いてから話を続けた。
「セラちゃんは龍栄祭がどんな祭りか知ってる?」
「詳しくは知らないけど……三つの島の領主が神器を中央の暦の祭壇に持ってって、それを捧げるのよね」
「まぁ、当たらずも遠からず、ってところかな〜」
実際の儀式を知っているフェスティーニは、フィオに頼んで紙とペン、そしてパンフレットを別室から持ってきてもらっていた。
それをテーブルに広げて、儀式の説明を始める。
「神器を暦の祭壇に持ってって奉納するってのは合ってるんだけど……まずは三つの島の灯台の位置と祭壇のある島への位置を確認しよっか」
「日輪島の灯台はここでしょ?」
セルヴィーネの指差した場所は円形をした日輪島の灯台であり、そしてパンフレットの右下に星夜島、更に左下には月海島が位置している。
三つの島の灯台へと印付け、それを隣り合う灯台へと直線で結んだ。
それが丁度、正三角形になっているのに気付いた。
それから、フェスティーニは中央の島の祭壇と各灯台を直線で結ぶ。
「この線は灯台の光が通る道だね。奉納する神器は領主館に大事に保管されてるんだけど、その神器を中央の祭壇にある台座に奉納すれば、特殊な魔力回路が起動して祭壇から光が島の灯台へと一直線に向かって、それが三つの島で連携して繋がり、結界になるって仕組みなんだ。だから灯台には特殊な魔導具が設置されてるはずだよ」
灯台の位置は、丁度正三角形の各頂点となるように設計されている。
書かれた線の通りに光が進んだ場合、塔同士を結んで結界が作動する仕掛けとなっており、そして島全体、この海全体を包み込む程の巨大な結界が完成する。
それだけのエネルギーが何処から湧いているのかと疑問に思いながらも、説明を聞く。
「けど、ここで問題なのが祭壇に入るための条件だね。まぁ、祭壇なんて名ばかりの塔なんだけど、それには鍵が必要なんだ」
「鍵?」
「そ、領主達の持ってる鍵……いや、指輪だね。それが塔の内部に入れる通行許可証なんだよ」
許可証を使い、神器を奉納すれば結界が張られる。
しかし神器を奉納するのではなく、実際には台座に嵌め込んで巨大な魔導具を起動させるというものだった。
「だから、もしかしたら塔の魔導具に不具合が発生してるかもしれないんだよ。もしそうなら、魔工技師が必要になるだろうね〜」
「え、この島にいんの?」
「少なくとも一人はすでにセラちゃんも会ってるよ」
その発言に、誰だろうかと頭を悩ませるが、思い浮かばない。
「ニーベルさんだよ、彼女は魔工技師なんだ〜」
「へぇ……だから、アンタ達二人で魔導灯を復旧させられたって訳ね」
だが、それだけで今回の異常気象となっているとは到底考えにくい。
何故なら、これが陽光龍ジアの加護切れによるものだとしたら、魔導具の不具合とは一切関係無いのだ。
だから疑念が募り続けていく。
「セラちゃんの疑問は分かるけど、暦の祭壇については三神龍が創り出したって言われてるんだ。つまり普通の魔力回路のみじゃなくて、御神体も置かれている訳さ」
「御神体って……何?」
「所謂、三神龍の依り代ってところかな? つまり魔導具の媒体さ。これはただ魔力の光を通すだけだから、依り代が無かったら普通にピカピカ光るだけだよ」
その依り代は、三神龍が年に一度の儀式で使う仮初の身体である。
その依り代へと憑依し、儀式のために力を分け与える。
それが光に沿って加護が島全体へと行き渡り、儀式が為されるのだとフェスティーニは説明した。
「何で知ってんの?」
「前に一度訪れた時、色々調べたからね〜」
だから暦の祭壇についても、この島や他の島についても知っていたのかと納得し、同時に暦の祭壇について更に知りたくなった。
知的好奇心が彼女の中に芽生える。
だから今回の龍栄祭が中止になってしまったため、彼女は少しガッカリしていた。
「ねぇ、儀式ができなかったら島の加護はどうなるのよ?」
「う〜ん、今まで一度も途切れたなんて話は聞かなかったし、今回が異例中の異例だろうね。だからボクも中止になって島にどんな影響が発生するのかは知らないんだ〜」
加護が与えられないというだけで、島にどれだけの被害が出るかは予想できない。
今まで一度たりとも途絶えたりしなかった伝統的な儀式だが、今回が初めての中止となるかもしれない。
まだ未来は不確定だが、もう龍栄祭は目前である。
悠長に構えていられる時間はあまり残されていない。
「龍栄祭は七夕と同じ七月七日、そこから一週間掛けて行われるけど初日に儀式があるから、その日までに事件を解決しなくちゃならない。手掛かりはゼロ、無理ゲーだね」
「むりげー、が何かは分かんないけど、手掛かりが無いってのは大きな痛手ね」
どうすべきかは決まっている、動くしかない。
しかし効率的に動かなければ数日間を無駄にしてしまうだろうと考え、全体マップを見る。
「今回は日輪島だけじゃなく、他の島の事件も一緒に解決しなくちゃならない。まぁ、月海島の場合はノア君がやってくれると願って……問題は星夜島だね〜」
「何かあるの?」
「あそこでは集団昏睡事件が発生してるんだけど、どうもそれだけじゃないらしくてね」
しかし詳しくは知らないと苦笑いしながら、フェスティーニはパンフレットの一部へと目をやる。
「ま、とにかく今は日輪島だね〜。謎の光については夜、空を飛べるセラちゃんに任せようかな? それから船乗りの家には明日か明後日か……できるだけ近いうちに行かなきゃね〜」
急ぐ理由は幾つかあり、何処から訪ねるかを脳裏で整理していく。
「さっき言ってた三つね?」
「そうだね。雷震とか異常気象に関しては日輪島に原因があるとは思えないし、その三つかな〜」
だから彼女は、孤児院、船乗りの家、それから謎の光へと順序立てて調べていくつもりでいた。
それでも、謎の光に関しては毎日現れるとも限らない。
そしてもう現れないかもしれないために、制限時間付きで杜撰な計画だと自傷的な気分となったフェスティーニ、しかし目的のために解決する、そう決めてパンフレットへと印を付けていく。
「孤児院も船乗りの家も、繁華街にあるんだって」
「へぇ……船着き場と結構近いのね」
島の半分を森が占めており、更に東側には星夜島から続く無人島地帯がある。
セルヴィーネはパンフレットを見ながら、森と無人島地帯へと目線を送り、権能が弱くも反応する。
「森と、この無人島かな、何だか怪しいって思うわね」
「権能かい?」
「えぇ」
「凄いね、感知系の権能なんて普通に珍しいのに、それ以上に手掛かり一つ無い状態から勘だけで怪しいって思えるんだもんな〜」
探知ではなく感知であるが故に、探知にはできない事ができてしまう。
(セラちゃんがいれば百人力だけど……これは予想外)
まさかこのようなタイミングでセルヴィーネと会えるとは思っていなかったフェスティーニは、これも運命なのかと思った。
運命が引き寄せ合い、この島で再会を果たした。
「じゃあ、森と無人島については三つの謎を解いたら行かない?」
「分かったわ」
「フィオちゃんもそれで――って、寝てるし」
いつの間にかセルヴィーネのベッドを占領して、フィオレニーデが就寝していた。
「……」
「途中から会話に入ってきてないって思ったら、やっぱり寝てたね〜」
会話に興味が無かった妹が寝ていたが、それを咎めたりする姉ではない。
興味の無いものには見向きさえせず、こうして寝たりするのは予想していたからだ。
「それより一つ確認しときたいんだけど、どしたのセラちゃん?」
「い、いえ、何でもないわ……」
窓の外へと顔を向けて、彼女は途端に黙りこくってしまった。
権能が何かを感じ取った。
が、権能で感じ取れるのは大まかな事象のみで、その事象の詳細は見えないため、彼女の中で渦巻いている権能の予兆が意味するのは何か、そこまでは分からず窓外へと目が離せなかった。
「セラちゃん!!」
「うぇ、な、何よ大声出して」
「何よじゃないよ〜。ボーッとしちゃって、もしかしてセラちゃんもお眠りの時間かな〜?」
「そうね、少し眠くなってきちゃったわね」
もう夜中の十一時過ぎ、明日から行動を開始するために早く寝ておくべきだろうと考えて、作戦会議は一旦終了となった。
「フェスティ、犯人を捕まえたらどうするの?」
「どうするって……」
「エルフが犯人なんでしょ? 生け捕りにするのか、それともその場で殺しちゃうのか、それか大監獄にでも送るのかしら?」
「そう言えば考えてなかった」
生け捕りなり、殺すなり、犯人をただ捕まえておくだけでは意味が無い。
彼女達の目的は日輪島の原因の排除であるが、エルフが関わっている以上は巫女としての責務を果たさなければならない。
それも代表としての行動になる。
同族殺しとなるが、それはフェスティーニにとってはあまり関係無い。
理由は彼女が転生者であるため、思考回路はエルフ寄りではなく、人族寄りであるためだ。
「ま、捕まえてから考えるよ。覚悟は千年前から決めてるから、殺すって選択になっても安心してね」
「そ、そう」
この世界では前世よりも命の軽い世界であるのは千年を生きる中で嫌程教えられてきたため、覚悟はすでに決まっていた。
だから殺しに抵抗は無い。
いつでも殺せるように職業を千年間ずっと鍛え、今や彼女には赤子を捻るような感覚でしかない。
「慣れってのは怖いね〜」
ボソッと呟いた言葉はセルヴィーネには聞こえなかった。
雷震によって屋敷全体が揺れ、魔導灯がチカチカと点滅を繰り返す。
「おろろ、揺れが強くなってる……」
「これって日輪島だけなのよね?」
「他の島には行ってないんだけど、ギルドで……そうだ、明日ギルドに行ってみようよ! そこでなら色んな情報を取り扱ってるから、この島で何が起こってるのか分かるかもしれない」
急な変更が為されるが、それでも支障は無い。
ギルドに行き、孤児院に行き、船乗りの家へ、明日の予定はそれで行こうと脳裏に思い描く。
「はぁ、ワクワクするな〜、久し振りに味わえるスリルの予感……楽しみだね〜」
フェスティーニは自分の妹へと優しく毛布を掛けて、彼女は一人用ソファへと腰掛けて寛ぐ。
「でも今回の事件、きっと一筋縄じゃ行かないだろうし、それに不穏な気配が島に幾つか感じられるしで、本当に大変だよね〜」
「不穏な気配って?」
「ノア君を付け狙う不穏分子共、かな〜」
物騒な言葉が聞こえたが、セルヴィーネは目を逸らして聞かなかった事にした。
しかし彼を付け狙う者がいる、そう言葉にしたフェスティーニだったが、それは今のノアにとって邪魔でしかないのをセルヴィーネは知っている。
そして、彼の敵に成り得る存在がこの島にいる事実が、少し不思議に思えた。
「でも、日輪島に来る人なんていんの?」
「う〜ん、いるとすればギルドの人間かな〜。七帝の中に知り合いがいるんだけど、その子と連絡取ってルド何ちゃらって人がノア君を手に入れようと画策してるってのを聞いてね〜」
「知り合い?」
「うん、魔工技師で、魔導具開発の第一人者なんだよ。その子もエルフでね、幾つか前世で培った知識を授けたりもしたんだ〜」
そのため、現代の魔導具関連は発達しているのだと意外な事実が発覚した。
その凄い人物が目の前にいる。
「でも、その子はリングレア出身だから、最初の頃は面識が無かったし、そこまで仲良くなかったんだよ?」
「へぇ、顔の広いフェスティでもすぐに仲良くなれたりはしないのね」
「ボク、そこまで全能じゃないからね〜」
エルシードとリングレアの関係は良好でもなければ険悪でもない。
寧ろフェスティーニの対話能力が異常なだけなのだと、エルフ達にとっては常識と化している。
「それで、レイを付け狙う奴等って?」
「二人組かな、敵意を撒き散らしてるね〜」
殺気を飛ばして無理矢理ノアを引き摺り出そうと考えている者はいるが、彼はこの島にはいない。
しかも方法が荒っぽく、お粗末すぎるとフェスティーニは思う。
(もしかしてノア君、戦闘狂と思われてる?)
ノアの手掛かりはあまり多いとは言えない。
調べても彼の『ノア』という名前はこの世界では本名ではない上、彼がギルドに登録した時の情報もルドルフが掴んではいるが、そこに書かれている情報はあまりにも少なすぎる。
しかも彼は職業を『精霊術師』だと書いて提出してギルドカードに登録しているため、そもそも本人確認すらできない。
足取りを辿ろうにも彼は魔境へと転移させられた身で、しかも大陸を跨いでいるため、足取りを追い掛けるのも不可能。
更にノアの知り合い達も彼について殆ど知らないため、情報の少ない彼の性格を分析した結果、毎度毎度モンスターや危険へと自ら飛び込んでいく『戦闘狂』だとルドルフ達は勝手に判断した。
それが異常な行動であるが故に、ルドルフ等の非戦闘要員はそう思ってしまう。
或いはノアが巻き込まれ体質な人間なのかと勘繰るが、その推論は馬鹿馬鹿しいと排除、結局は事件に首を突っ込む異常者だと断定するに至った。
「とにかく明日は朝早くからギルドに行くから、今日はもう寝よっか。ボクも流石に眠たくなってきちゃったし」
「えぇ、そうね」
欠伸を漏らし、フェスティーニは眠っている妹の隣に枕を置いて寝る準備を終え、食器を片付けて一旦部屋を出て行く。
歯を磨き、再び戻ってきたところでベッドへと入った。
姉妹で眠る仲睦まじい様子を横目にセルヴィーネは部屋の明かりを消した。
「セラちゃん、お休み〜」
「自分の部屋で寝て欲しいんだけど……まぁ良いわ、お休みフェスティ」
セルヴィーネは、フェスティーニに背を向けてフカフカのベッドへと身体を埋めた。
心地良い安らぎを与えるベッドが少し物寂しい。
普段から一人で寝ていたりしたが、最近ではノアのベッドへと忍び込んでいたため、温もりを恋しく感じていた。
そして別の事を考えて気持ちを紛らす。
第一に浮かんだのは先刻のフェスティーニの顔。
先程ワクワクすると言った時の背中越しにチラッと見えた神のエルフの恍惚とした表情は、悍ましく感じてしまう程のものであり、その笑顔は狂気を孕んでいるようにしか見えなかった。
親友が何を考えているか分からないため、その恐怖が暗闇と共にジワジワとセルヴィーネを襲っていく。
(権能は反応してないし、大丈夫よね?)
恐怖に襲われるが、それでも権能からは何の反応もしないために自分の感情ではなく、長年使い続けてきた権能を信じて大丈夫だと自分に言い聞かせた。
明日から行動を開始、何が起こるのか半分楽しみに半分不安になりながらも、彼女は静かに目を閉じる。
少しずつ睡魔が彼女を夢の世界へと連れていく。
安寧の地、微睡みの中へと意識が引き摺り込まれていくのを感じながら、彼女は幸せな夢を望み、意識を手放したのだった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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