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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
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第132話 フェスティーニの秘密

 屋敷に帰ってきたフェスティーニは、メイド長のニーベルと一緒に魔力貯蔵タンクの修理を行い、完璧に直した頃にはもう夕方から夜に差し迫っていた。

 制御パネルに手を伸ばして起動させると、上手く電源が付いて魔導灯が復旧した。


「ふぅ、どうやら直ったらしいね〜」

「ここまで手伝っていただき、誠に有り難うございます」


 誠意が伝わってきて、彼女も感謝の気持ちを受け取った。

 これで後は実地調査を残すだけとなった。

 彼女達がすべき作業は特段決まってはいないのだが、幾つかの手掛かりが先程の会話から引き出せたため、それを紙に纏めていく。

 一つは謎の光について、一つは子供の失踪、一つは船乗りの仲間の閉じ籠もり、全てが一つの事件に繋がっているのかを確かめなければならない。

 そして犯人の手掛かりとして『耳に小さなイヤリングを付けたエルフ』という少ない事実、これ等を全て一人で調べるのは骨の折れる作業であり、少なくとも何人かと一緒に行動すべきだと考えていた。

 一番手っ取り早いのは、船乗りに協力してもらうという方法だ。

 彼等には土地勘があり、そして何より『船長』という肩書きがある。


(何だか大変な事態になってきちゃったかな〜)


 これでは本来の目的であったノアに会うという話は保留にしなければならない。

 現在、人間とエルフは共存している。

 実際に現世代では敵対関係には無いのだが、それは現状で『魔王』という存在が北の大陸を制圧しているせいでもあった。

 種族同士で敵対している場合ではない。

 しかしながら、人間にもエルフにも強欲に身を包まれた人間は何人も存在する。

 この一件が発覚した場合、どうなるかは想像できない。

 だからこそ巫女たるフェスティーニが事件解決に乗り出す必要があった。

 つまり『種族間の問題を自国民(エルフ)が解決した』という体裁が必要となるのだ。


(だから今回は、できればノア君にも手出しして欲しくはないかな〜)


 ユグランド商会で聞いた話だと、結局は事件に首を突っ込んでノアが単独解決してしまった、と聞かされたフェスティーニとしては、今回の事件ももしかしたらノアが介入してくる可能性があると考えた。

 その証拠に、セルヴィーネがここに来ている。

 そして彼女がノアを知っていたため、そしてフラバルドでも解決に導いたと聞かされたため、手を出さないで欲しいと思った。


「この後はどうされますでしょうか?」

「う〜ん、取り敢えずお風呂に入ってこようかな。ドッと疲れちゃったからね〜」


 考えなければならない事態、そしてエルフの関与している事実が伏せられている現状、彼女ができる行動には大きく制限が掛けられる。

 彼女はエルフの代表としてここにいる事になるからだ。

 もしも間違った行動を取ってしまえば、それは即刻問題となってしまう。

 それだけは避けなければならない。

 疲れて冷え切った身体を引き摺って、フェスティーニは一度部屋に戻ってから、自分の着替えを持って風呂場へと向かった。





 領主館の脱衣所の扉を開けると、そこでは二人の人物が先に辿り着いて服を脱ごうとしていた。

 片方は傷一つ無い綺麗な褐色肌を晒す彼女の妹であるフィオレニーデ、そしてもう片方は日焼けのしていないハリのある肌を持つ龍神族セルヴィーネ、彼女がドアを開けたところで二人と目が合った。


「あらフェスティ、奇遇ね」

「さっきまで買い物してて、外寒かったからね。だから疲れを癒すために来たんだ〜」


 区分けされた棚に置かれていた網籠へと着替えを入れ、服へと手を掛ける。

 スカートのベルトを外し、ブラウスのボタンを一つずつ取っていき、白磁色の綺麗な肌を外気へと晒す。

 入浴の準備が完了し、いざ風呂場へ。

 浴室前に置かれていたタオルを手に取り、エルフの特徴たるスレンダーな身体へと巻いたフェスティーニは、湯気の立ち込める風呂場へと進んだ。


(う〜ん、やっぱり広いねぇ。こういう豪華なのってやっぱり慣れないな〜)


 意外にも庶民派な彼女にとって、高級感溢れる領主館の風呂は慣れないものだった。

 部屋のベッドは最高級素材によりフカフカでグッスリ眠れるが、流石に風呂場まで高級だと落ち着かない。

 椅子に座り、高級感溢れるノブを捻ろうとする。


(いや、でもこういうのが良いってノア君が言ったらどうしよう? ってそもそも一緒に住んでくれるかな? 拒絶されたりしないよね?)


 勝手に新居やノアとの生活について妄想し始めるフェスティーニを他所に、セルヴィーネとフィオレニーデはシャワーで身体を綺麗に洗っていく。

 魔導文明の発達した現代では、蛇口を捻ればお湯や水が出てくる。

 これ等は全て異世界より伝わったものだったりする。

 文明の進化という恩恵に肖り、彼女達は湯船に浸かるためにゴシゴシと身体を洗っていく。


「フェスティ、ボーッとして一体どうしたのよ?」

「へ? あぁいや、何でもないよ」


 大丈夫だと言って蛇口を捻り、温かなシャワーで身を清めていく。

 雨とは違い、身体も心も温まる。

 この島で起こっている事件に関与しなければならないが、それでも今はゆったりと英気を養おうと念入りに身を清める。


「ねぇ、そう言えばフラバルドでの事件については聞いたけど、迷宮探索について詳しく聞けてなかったよね〜。どんな感じだったか教えてよ」

「別に構わないわよ、何から話そうかしら」


 セルヴィーネはフェスティーニへはフラバルドで発生した事件についてを説明して、第一階層から第六十階層までの探索記録に関して説明していなかった。

 冒険が大好きな少女は、友達の冒険譚へと傾聴した。


「最初の階層はアタシにとっては簡単だったわね。スライムとかゴブリンとかコボルトとか、とにかく雑魚ばかりだったわ。レイは全然戦ってなかったけど」

「そうなの?」

「えぇ、ユスティ……えっと、グラットポートで落札した奴隷の子がレイの代わりに戦ってたの。要するにレイは荷物持ちね」


 冒険の話を聞こうとしていたが、その前に気になる言葉が出てきた。

 最愛の人物が奴隷を購入していた事実は、フェスティーニにとっては悲しい事実だった。


「ど、奴隷の子? ノア君何で奴隷の子供なんて買ったんだろ……え、まさか女の子?」

「えぇ、何か問題なの?」

「問題だらけだよ。奴隷ってあれでしょ? 男の子が性欲の捌け口にするために買うっていうあの?」

「偏見と妄想も強ち間違いじゃないけど、多分それは無いわね。あの朴念仁に性欲があるとは思えないし、それにユスティは戦闘奴隷、性奴隷じゃないわよ」

「で、でも――」

「だってアイツ、アタシ達に欲情しないし、ムスッとした表情で何だかつまんなそうなんだもん。感情がどんどん無くなってるそうだし、そのせいかもね」


 今のノアは精神をギリギリ保てている状態だとユーステティアから聞いていたセルヴィーネ、『正』の感情はすでに消失し、現在は『負』の感情も希薄と化している。

 事実、彼の感性はまだ糸で繋がれてはいるが、いつ消えても可笑しくない。

 それが残り僅かな命と同じであるのを、彼自身が知っている。


「ど、どうして……」


 どうして彼がそうなってしまったのか、彼女には知る由もない。

 原因を知っているのは本人のみで、誰かに伝えたりはしていない。

 伝える必要性を感じないと考えているためだ。

 感情が希薄化している、それはつまり感受性や思考能力にも影響を与え、そして全てにおいて脳裏が鈍化してしまうのである。

 それは人間としての行動の抑制に繋がり、集中力や持続力の低下、意欲減退、コミュニケーションにおける支障にも関係してくる。

 そしてフェスティーニは、そのような人間を千年の間に何人も見てきた。


「リノとユスティに聞かなきゃ分かんないわね。でもまぁ、アイツ普段から表情を動かしたりしないから、何考えてんのか謎なのよね」

「……それが本当なら、感情を戻す方法を考えなきゃ」

「そんな都合の良い方法なんてあるのかしら?」

「思い付く限りでも方法は幾つかあるかな。でも崩れた精神を元に戻すのは、そう簡単じゃないからね〜」


 簡単ではない、ハッキリ言って難しい、だがそれがどうした、と思えるくらい彼女の愛は熱く激しく燃えている。


「ねぇ」

「ん〜?」


 事実を知り、落ち込むかに見えたフェスティーニは、逆に燃えていた。

 ノアのために頑張らなくては、といった姿勢を見せる彼女について、一つの疑問を聞きそびれていたのをセルヴィーネは思い出していた。


「フェスティ、昼間アタシがした質問に答えてないわよね?」

「えっと〜、どういう事かな?」


 昼間にした質問、それは彼女達がノアについて話していた時の内容を指す。

 怒濤の一日の疲れをシャワーで洗い流している最中、まだ洗い切れていない問題を彼女は提示した。


「何でアンタがレイを知ってるか、って事よ」

「ッ……お、覚えてたんだ」

「当たり前よ。やっぱり聞いときたいし、レイを知る上で必要性を感じたから」


 好きな人の素性を知る者が眼前にいるため、そのチャンスは逃さない。

 しかし目を泳がせて、蛇に睨まれる蛙のように固まってしまった。

 話すべきか、それとも話さぬべきか……

 それは彼女の様子から簡単に決まっていた。


「ノア君は君に何も話してないんでしょ? だったら、ボクから話せる事は無いかな〜」

「……フィオも、知りたい」


 話せない、そう言ったにも関わらず、近くでシャンプーを泡立てていた妹が半眼を彼女へと向ける。


「彼、駄龍より、強い」

「アタシには、セルヴィーネっていう立派な名前があるんだけど!?」

「駄龍で充分」

「駄龍じゃないわよ、このマナ板女!!」

「あれ? それボクも貶してる?」

「ん、フィオ、姉さんと違う。少しは胸ある」

「ボクも胸あるけど!?」


 即座に両側で口喧嘩を始める二人に挟まれ、そして同時に悪口が飛び火して、フェスティーニのメンタルを少しずつ削っていく。

 自分の薄い胸へと手を持っていき、隣にいる龍女と比較して絶望する。


「セラちゃん、発育良いね……」

「へ? えぇ、龍神族はエネルギーを胸元の『火竜器官』に貯蓄してるし、燃費の悪い身体だから基本的に太らないしね」

「前より大きくなってない?」

「そう? 大して変わんないと思うけど……って違う! 論点ズレてるわよ!!」

「駄龍のせい」

「元々アンタのせいでしょ半眼女!」


 フェスティーニは途中から話を聞いてはいなかった。

 この中で一番胸が小さいというコンプレックスを抱えながらも、彼女は二人のより激しさの増していく口喧嘩を仲裁する。


「はいは〜い! ストップスト〜ップ!! 風呂場で喧嘩は止めようか二人共〜?」

「それはアンタの妹に言って」

「いや、駄龍に言うべき」


 止めようとしても止まらない二人の口喧嘩は睨み合いに発展して、両サイドにて見える睥睨の顔に辟易した。


「良い加減にしないとボクも怒るよ?」


 笑顔を繕うものの、その笑顔は暗く影を落としていた。

 同じく声も低くなり、怒りが前面に出ていると表現していたのを二人は感じ取った。


「「す、すみませんでした……」」

「うんうん、さて、身体も洗い終わったし、湯船に浸かって疲れを癒そうじゃないか〜」

「そ、そうね」

「ん、賛成」


 出会って、戦って、今日一日で彼女達は疲労が溜まっていた。

 それを癒すべく、湯船へとゆっくり足を入れていく。

 お淑やかな所作でフェスティーニは入湯し、仄かな熱を味わった。


「はふ〜、やっぱり疲れた身体にはお風呂だよね〜」

「確かにフェスティの言う通りね……」

「ん、お風呂、最高」


 湯気が辺りを白く染めていき、この広い風呂場の壁を見えなくする。

 そして風呂場にいる人間はたったの三人だけ、つまりセルヴィーネにとっては絶好のチャンスだったりする訳で、何としてでも聞き出したいと考えていた。


「それでフェスティ、何でレイを知ってるのか聞いてないわよ。もう逃げても仕方ないでしょ?」

「でも……」

「アタシも秘密を無理矢理聞き出すのには少し抵抗あるんだけど、今回は権能が聞き出すべきだって言ってるの。だからお願い!!」


 懇願する程にまで青年が好きなのだと表現する。

 権能の力も侮れず、いずれ気付かれてしまうだろうと考えた彼女は迷いに迷った挙げ句、ならばこの際話してしまおうかと諦めた。

 諦めなければ四六時中問い掛けられるのは目に見えていたからだ。

 昔一緒に旅をしていたからこそ、友人の性格を知っているフェスティーニは諦めざるを得なかった。


「このままボクが答えなかったら、セラちゃんずっと聞いてきそうだし、君は口が堅いもんね。だから特別に教えてあげる。でも、この事は誰にも秘密だよ?」

「良いけど……秘密にする程の内容なの?」

「ボクとノア君にとっては秘密にしたい内容、ってところかな〜」


 ゴクリ、と生唾を飲み込んで耳を澄ませる。


「フィオちゃんも絶対に他言無用だよ?」

「ん、了解」


 妹にすら秘密にしていた内容、その内容が如何に重要であるのか、如何に貴重な価値を持っているのかをセルヴィーネは想像できなかった。

 つまり、それだけの共通の秘密をフェスティーニとノアが抱えているという。

 早く知りたいと欲求が暴れ出す。

 早く教えてくれと心が騒めく。

 セルヴィーネ、フィオレニーデ両名はフェスティーニの唇へと目を向け、一言一句聞き逃さないようにするために心を落ち着かせながら言葉を待った。

 少し間を置いてから、フェスティーニは二人へと真実を述べた。


「ボクとノア君はね……この世界の人間(・・・・・・・)じゃないんだよ(・・・・・・・)


 哀愁を宿らせた瞳は遠くを見ていた。

 この世界の人間ではない、その言葉の意味を二人は理解できずに微妙な顔をした。


「正確には、ボク達の霊魂はこの世界の外側からやって来たって意味だよ」

「余計に分からなくなったわ……」

「ん、理解不能」


 言語の壁は存在せずとも、認識の壁が邪魔をする。

 噛み砕いて説明して欲しいと考える二人に、フェスティーニは自嘲を含めた笑みを向けて、簡潔に言葉にする。


「要するにボクも、それからノア君も、違う世界で死んでからこの異世界(クラフティア)で輪廻転生を果たした、謂わば転生者ってやつだよ」

「そ、それホントなの?」

「ボクが嘘を吐いてるかどうか、それは権能で分かるんでしょ?」


 急に現実感の無くなった話が、彼女の耳に残る。

 転生者、それが彼の隠していた秘密なのかと、胸にスッと入ってはこなかった。

 それが口を噤んでいた秘密なのだとしたら、何故隠す必要があったのかと、その思惑に疑念が生まれる。


「別に隠してるつもりは無いんだけど、あまり大事にすると面倒だし、この世界にとっては異物だから。でも彼が頑なに話そうとしない理由は別にあるんじゃないかな?」


 言葉が耳から耳へと通り過ぎていくようで、まるで聞こえていなかった。


(そんなにノア君が転生者だって意外だったのかな? ボクも千年会ってないし、彼はボクより長い年月彷徨ってたって聞いたし、その影響なのかな……)


 人は成長し、そして変わり続けていく。

 肉体的にも、精神的にも、それは人の進化を意味し、その進化の過程で彼が何を考えて生きているのか、フェスティーニは知らない。

 人の心はその人にしか分かり得ない個々の基準で、その基準に従って生きている彼は他人との距離を自ら作り出しているのだが、基準は今までの彼の歩みから形成されているものであるため、その十八年間の道のりを知らない彼女には到底理解できないものだった。

 ノアが何を思っているのか、何故転生について龍女に話さなかったのか。


「フィオちゃんはそこまで驚いてないようだね〜」

「ん、納得」

「順応が早い、流石はボクの妹だ」


 一方でノアと一度も会話した事の無いフィオレニーデは、ノアが転生者であるという真実に対して眉一つ動かさずに、普通に受け入れていた。


「でも……姉さんも転生者、初耳」

「そりゃ、ボク達はこの世界からしたらイレギュラー的な存在だし、ボク等の知識とかを狙う輩も今後出ないとも限らないしね〜」


 だから妹にすら言わなかったのだと説明するが、妹には姉が嘘を吐いていると即座に勘付いた。


「嘘吐き」


 それはつまり、まだ仮面を被っているのと同義で、妹からしたら信用されていないと捉えられるものだった。

 だから彼女は新たに仮面を被るのではなく、今着けている面へと手を伸ばして、正直に話す。


「……やっぱりフィオちゃんにはお見通しか〜。そうだね、ボクとしても周囲に言えば遠巻きに何か言われるんじゃないかとか、世間体を気にしてたし、フィオちゃんに何を言われるのか、どう見られるのか、どう思われるのかが怖かったってのもあるね」

「小心者?」

「そうだね〜、昔から弱虫だったボクを助けてくれたのがノア君だったね。臆病で、ドジなボクをいつも手を引っ張って助けてくれた」


 それが今この手に感触として残っていると伝えた。

 違う身体となってしまったが、しかしながら精神は変わらないのだと、この気持ちは変わりないのだと、そう再認識した。

 その言葉を聞き、現実へと戻ってきたセルヴィーネが確認する。


「じ、じゃあアンタ達は前世ってやつ? で、どういう関係だったのよ?」

「簡単に言えばボク達は幼馴染みだったんだよ。何が好きで何が嫌いなのか、どういう生活基準でどういった夢を持っているのか、誕生日や趣味嗜好、身長、体重、視力、顔の特徴……まぁ色々と、だからボクはノア君を知ってる。そして彼はようやくこの世界に誕生した」


 この時フィオレニーデは、この姉はストーカーなのかと残念な目で見た。


「ストーカーなのか、って思ってるようだけど違うからね? ボクと同じくらいの身長だったし、趣味とかは家に遊びに行った時に教えてく――何でジト目?」

「姉さんに男、有り得ない」

「それって……ボクがモテないって意味?」

「違う、浮ついた話、聞かないから」


 告白され、それを断り続けていたため、次第に男が寄り付かなくなったエルフの巫女、それが彼女。

 それを近くで見ていた妹は、姉の謎が解明されて心がスッキリした。


「でも、理解した」


 妹として、姉を嫌いにはならない。


「……ありがとう、フィオちゃん」

「ん」


 それが姉妹のあるべき姿、しかし瓜二つではあるが種族が違うために違和感でしかない。

 そこに常識は存在しなかった。


「フェスティは千年間、ずっとアイツが好きだったの?」

「うん、ずっと……この気持ちだけは変わらないんだ」

「でも、レイは忘れてるんでしょ?」


 昼間に話した事実を加味すると、青年は彼女を忘れてしまっている。

 その原因が何であれ、それを知っていて尚、彼女はノアという一人の男に恋い焦がれている。

 並の精神ではない。

 鋼、いやそれ以上の心の持ち主だとセルヴィーネは感じていた。


「そうだね……でも、忘れてるだろうって予測は不確かだから、もしかしたら覚えてるって希望的観測も有り得るんだよ。とは言ってもそんな可能性、あったとしても記憶はバグだらけのはずだから」

「ばぐ?」

「えっと、彼の記憶領域にボクに関する記憶があったとしても、それは多分、ギリギリで修復されたものだから、ノイズが走ってたり断片的なものしかないはずなんだよ」


 淡々と話す彼女は、その可能性を前から考えていた。

 きっと覚えていないであろう、それでも奇跡を信じたいのだと言った。


「フラッシュバックして記憶が全部元通りになるかもしれないけど、それは今の段階だと無理だろうね〜。ま、とにかくボクと彼は前世からの付き合いって訳さ」

「へ? あ、うん……」

「セラちゃんはどう思ったかな? 彼が転生者だって知って、気持ち悪いとか、得体の知れない奴だとか、そう思った?」

「ち、違う!」


 フェスティーニは敢えてセルヴィーネを挑発し、彼女の真意を確かめた。

 それが一番効率的だったからだ。

 そして本音を聞きたかったからだ。


「確かにレイが転生者なのはビックリしたし、アタシ達とは見てる世界が違うんだなって思ったりもしたけど……それでもアタシはレイを嫌いになったりしない。アイツとの付き合いはまだ浅いけど、でも運命だって思った。出会って分かった、彼こそがアタシを導いてくれる人なんだ、って。だから……これから、沢山知っていきたい! アイツの事、もっと知りたい!!」


 気持ちの吐露は勇気がいるが、その一歩先にある勇気を手にした彼女は、また一つ成長した。

 そう、フェスティーニには見えた。


「……そっか」


 否定も肯定もしない曖昧な返事は、これ以上の口出しは無しだと暗示していた。


「怒ったりしないの? アンタのずっと好きだった人を好きになったのよ?」

「まぁ、複雑な気持ちはあるんだけど……一夫多妻制の世界だし、もうこの世界には慣れちゃったからね。人は慣れ、成長し続ける生き物だからね〜」


 それが人なのだと言って笑った。


「他に聞きたい事はあるかな?」

「フィオ、一つ聞きたい」


 ここで妹が会話に参入し、彼女は一つ質問する。


「姉さん、レイレイについて、誰に聞いた?」

「どういう事よ?」

「駄龍、考えれば分かる。レイレイのバグ、姉さん知ってた。そして未だに会えてない。つまり、誰かから聞いた以外、有り得ない」


 何故この世界にノアが誕生したのか、どうしてノアについて色々と知っていたのか、何処で情報を得たのか、それを妹は知らない。

 しかし、知らないから質問する。


「流石はフィオちゃんだ〜。でも、言っても分かんないと思うよ?」

「良い、教えて」

「うん。ボクに色々と教えてくれたのは、―――だよ」


 その名前だけが、二人の耳からはノイズが走ったようにしか聞こえなかった。

 妨害されているのだと、脳裏が判断した。

 つまり、彼女にも何かしらの制約が掛けられているのである。


「やっぱり聞こえなかったか〜」

「な、何で?」

「契約だからね、他人には聞こえないように細工されてるのさ。因みに文字や念話、暗号化した方法とか記憶でも全てにおいて契約で縛られてるから、何をしても無駄だよ」

「そう、なの……」


 少し残念そうにフィオレニーデは湯船から出て、脱衣所へと向かう。


「もう出るの〜?」

「充分、あったまった」


 それだけを伝えて脱衣所の扉を開いて、妹は浴室を後にした。


「アタシからも一つ良いかしら?」

「うん、何かな?」


 深緑色の眼差しは、常緑色の瞳を捉える。


「転生した理由を聞いても良い?」

「えっと……」


 その言葉の意味、質問の意図が全く不透明だった。

 それを理解する前にセルヴィーネから簡単に説明された。


「死んだ人間はごまんといるのに、アンタとレイの二人が偶然にも幼馴染みで、偶然にも同じ世界に転生して、そして何故かレイを知っていた。これってホントに全部偶然なのかしら?」

「そ、それは――」

「まだ何かを隠してる。そうでしょ?」


 権能が彼女の心を徐々に剥がしていくが、それを話すにはもう少し先にある勇気へと手を伸ばさなくてはならなかった。

 そこまで踏み込めない。

 だから彼女は何も話さず、苦笑いだけして湯船から上がった。


「ごめん、たとえ親友にでも言えないよ……これはボクの過ちだからね」


 セルヴィーネが見た親友の笑顔は何処か辛そうで、苦しそうで、助けて欲しいと叫んでいるように映った。

 それは昔の自分と同じ顔をしているようだと、そう思った。


「じゃ、ボクも出るよ」

「え、えぇ」


 これ以上何かを話す気にならないフェスティーニと、これ以上何も聞けそうにないと考えていたセルヴィーネは、互いに背を向けて会話が終了した。

 それぞれが秘密を抱えている。

 他人が踏み込む領域に無いものばかりで、セルヴィーネは彼女の過ちについて考えながら身体と心を癒した。


「過ち、か……」


 小さく呟いた声は、そのまま静かに掻き消える。

 彼女は何を間違えてしまったのか、辿り着けない答えを探して思考の渦中を漂いながら風呂を堪能し、満喫したところでセルヴィーネは風呂場を出て行った。






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