第131話 小さな光と大きな闇
値段の交渉を終えて、フェスティーニは空間魔法のアイテムポーチへと部品を入れ、ホクホク顔でユグランド商会のホールにいた。
隣には妹、そして前には落ち込んだキースがいた。
「ま、まさかあれだけ値引きを要求されるとは……」
「いや〜、昔知り合いに値引き交渉のコツを聞いてね、お陰で役に立ったよ〜」
ハイエルフであり、神の血を引く彼女は、長年を旅して生きてきた。
そのため、顔が物凄く広い。
しかし時が経つに連れて世代交代していくのは世の常であり、彼女はただ一人取り残されていくが、その知識や思い出は全て彼女の胸の中にある。
「それにしたって、定価の半額以下まで値引きされるとは思いませんでしたよ」
どの部品も新品同然だったが、それを巧みな話術で半額以下まで金額を吊り下げた。
それは旅の途中で培った交渉術によるものが大きい。
彼女の一千年の歩みが今この時、実を結んでいる。
「お見それしました、私もまだ若輩者だったようですな」
「まぁ、これからも頑張ってね〜」
「ありがとうございます」
これでユグランド商会への用事が済んだ姉妹は、雨の世界へと再び舞い戻ろうと一歩を踏み出し――
「一つ宜しいですかな?」
「な、何かな〜?」
踏み出そうとした足が止まり、フェスティーニは振り返った。
「Sランク冒険者としての二つ名は、何ですか?」
Sランク冒険者達には、それぞれギルドから敬意を評して送られる『二つ名』というものがあり、それはその個人の特徴を体現している。
Sランク冒険者は人並外れた能力を有し、常識を超え、中には情報が全く出てこない者もいる。
このエルフがSランク冒険者であると知って、幾つかの二つ名は脳裏に浮かんでいるのだが、実際に彼女から聞いておきたかった。
「ボクの二つ名は……『花園』、だよ」
その名前を聞いたキースは、驚愕な事実を聞いてしまったと思って顎が外れるくらい口を開いて固まった。
Sランク冒険者『花園』、生物の全てを操り、周囲に花を咲かせる逸話級の人物で、解決してきた事件の数々はノアの解決してきた事件の難易度クエストばかりだった。
S級モンスター単独討伐、貧民街の再建、国王の護衛、暗殺者集団の滅殺、色々と伝説が残されている。
「じゃ、またね〜」
「は、はい、お待ちしております」
その唖然とした表情のまま、キースは二人の高貴な種族達を見送った。
足音が遠ざかって雨に消えていき、次第に姿も見えなくなった。
「不思議な方達ですなぁ……」
キースは、ふと青年を思い出す。
彼も不思議な人間であり、彼は彼女達の知り合いだったらしいと、そう先程の会話から推測し、その運命をも感じさせる巡り合わせに感謝したキースは仕事へと戻った。
雨が降る、ザーザーと。
雷が鳴る、ゴロゴロと。
風が吹く、ビュービューと。
その嵐とも呼べる外へと消えたフェスティーニ達へ、彼は祈りを捧げる。
(ノアさんに会えると良いですな、『花園』さん)
すっかり名前を訊きそびれてしまったなと今更ながらに気付いた。
だが、それは些細な事。
これも商人としての一期一会、また何処かで会えるのを楽しみにし、仕事を再開させた。
雨によって降水量が桁違いに増えて水位も上がっているため波も普段より高く、船着き場では本来働いているはずの人もおらず、転移で帰ろうとしていたフェスティーニだったが船着き場に明かりが灯っているのを見つけたため、好奇心に駆られて貿易港へとやってきた。
広い港では雷風雨の音だけが木霊する。
今まさに台風に見舞われているのではないかと、そう考えて海を見た。
(凄い竜巻だ)
沖に見えるのは海水を巻き上げた竜巻で、その規模はここまで風を飛ばすくらいに強い。
雷も竜巻に纏わり付いて、非常に明るい。
そして近くで巨大な雷が落ち、雷震が発生した。
「おっと……」
足元がフラつき、転びそうになったフェスティーニは妹の肩にしがみ付いた。
「ふぅ、危ない危ない」
「……」
雷震の発生率は一日に十回以上、しかも規模はここ一ヶ月で更に強くなっており、それを止める手立ては未だに見つかっていない。
それも、ここに来た学者が匙を投げたからだ。
その雷に身体を焼かれた者もいる。
雷が落ちて家屋が焼けた者もいる。
島の住民達はどうする事もできないと諦観しており、冒険者達の大半は島を出て行った。
残っているのは酔狂な人間か、それとも本気で島の問題を解決しようとしている正義感の強い人間か、未解決の事件に取り組む者がどれだけいるのかはフェスティーニ達は知らない。
「寒い……」
常夏の日輪島のはずが、この雨天のせいで気温も下がっている。
レインコートを着ているとは言え、肌寒いと感じる程に雨が降っているため、この寒さを凌ぐためにフィオレニーデは姉を置いて帰ろうかと思案する。
「ぁ……姉さん、あそこ」
と、そんな時、一つの倉庫から明かりが漏れているのを見つけた妹は、姉の肩を叩いて知らせる。
「ホントだ。ボクが見たのはあれだったのかな……とにかく行ってみよっか」
窓から光が漏れている。
そこに人がいるのを感じた二人は、その倉庫へと近付いていく。
そして倉庫の扉へと手を伸ばそうとしたところで、背後から大声を掛けられる。
「誰だお前等!?」
まだ第二次性徴期を迎えていない可愛らしい男子の声、二人は後ろへと身体を向けると、ローブに身を包んだ少年らしき子供がプルプルと短剣を握り締めて威嚇しているのを視界に捉えた。
大人の女性二人へと短剣を向ける姿は、屁っ放り腰で型も成っていない一瞬で素人と分かる構えだった。
どうしようかと二人顔を見合わせて考えていると、突然少年がフェスティーニへと斬り掛かり、彼女は軽々と攻撃を避けて足を引っ掛ける。
「うわっ――ブヘッ!?」
引っ掛けられた少年は転けまいと踏ん張ったが、扉へと頭を打つけて、悶えていた。
「自業自得」
そしてフィオレニーデが言葉で止めを刺す。
二対一、しかも大人vs子供という絵面で、子供が勝てる道理は無い。
職業を持っていない子供は、職業を持った大人にどう足掻いても勝てないのだ。
「えっと、君は誰かな〜?」
「うるさい誘拐犯! また友達を攫いに来たんだろ!!」
「いや、ボク達は誘拐犯じゃ――」
「友達を返せ!!」
落とした短剣を拾って特攻する少年は必死になって短剣を振り回していた。
しかし簡単に躱され、雨で滑って転んでしまう。
「やるな、お前……」
「いや、勝手に転んだだけでしょ?」
「ん、格好悪い」
図星を突かれて顔を真っ赤にした少年は罵倒してくる二人を睨んで再度突貫する。
その攻撃を避けて逃げようかと思っていると、その扉が開いて明かりが外へと溢れる。
漏れ出てくる先から一人の男が出てきた。
「ウルセェぞ坊主……って、こりゃどういう状況だ?」
「船長!」
船長と呼ばれた筋骨隆々の男が、その扉から現れる。
首にタオルを掛けており、半袖の作業着から覗く上腕二頭筋はプロのボディビルダー並みの太さを持っているのをフェスティーニは見た。
「あ? 何だオメェ等? ここに何か用か?」
「船長! コイツ等人攫いだ!!」
「成る程、確かにそのようだな……」
勘違いから勘違いが生まれて、船長と呼ばれた男は巨大な腕で背負っていた巨大なハンマーを振り下ろす。
「おっと、急に攻撃してくるなんて、野蛮だね〜」
「ウルセェ! サッサと部下と餓鬼を返しやがれ!!」
「だからボク達は誘拐犯じゃ……あぁそうですか〜、聞く耳持ってくれないのね」
連続して横に振るわれるハンマーを見切り、それ等の攻撃を全て避けきって飛び下がる。
「ほぅ、誘拐犯のくせにやるじゃねぇか!!」
「やっちゃえ船長!!」
話の通じない二人に辟易しながら、彼女は妹と目配せして自ら前へと出る。
妹は後ろへ下がり、フェスティーニは挑発する。
チョイチョイと指を動かして、掛かってこいとジェスチャーだけで示し、その安い挑発に彼等は武器を構えて彼女へと迫っていく。
「捕まえて居場所を吐かせてやらぁ!!」
大跳躍して、ハンマーの自重に全パワーを注いで振り下ろし、一瞬前まで彼女のいた場所へと衝撃を打ち込んだ。
そのハンマーの攻撃によって地面が罅割れて、同心円状に亀裂が広がっていく。
あの攻撃が当たれば、フェスティーニは自分が肉塊になってしまうと想像して、身震いし、自分も少しは本気で相手しなければと手を叩いた。
「なら、こっちも遠慮しないよ!!」
亀裂の入った地面から大量の蔦が生えてきて、船長と少年の二人の身体へと纏わり付いて二人の動きを封じようとするのだが、船長は持ち前の怪力でその場を脱出した。
頭上へと跳躍した彼に向かって、彼女はもう一度手を叩いて能力を発動する。
「『穿つ百合鉄砲』」
彼女の正面横一列、白いラッパ銃の花が大量に咲いた。
全ての花から銃身が出てきて、一斉に船長へと銃口が向けられた。
「『一斉砲火』!!」
その掛け声で、船長へと銃口から数多の弾丸が飛んでいった。
その弾丸は手加減された種子弾丸ではあるが、当たるとかなり痛く、それを船長はハンマーで周囲へと弾き、その種子が地面へと落ちるのだが、そこから芽が出て一気に成長して船長の身体へと絡み付いた。
「な、何じゃこりゃ!?」
「ボクの創った魔植物の種だよ。ボクの職業でね、品種改良できるから便利で面白いのが創れちゃうんだ〜」
その説明が示す通り、船長の身体に巻き付いていき、どんどん身動きが取れない状況となっていく。
その蔦には棘が付いており、身動きする度に肌に突き刺さっていく。
「『縛る鉄線蔦』、トゲトゲが付いてるから動く度に棘が神経に刺さるよう品種改良したんだ〜。凄いでしょ?」
「い、イカれ野郎め!!」
「乙女に向かって野郎は無いんじゃないかな〜」
「ぐっ――」
全ての植物を操っているのは彼女であるため、自由に束縛を強められる。
黒い棘蔦が肌に食い込んで血を吸い上げる。
そしてより太く力強くなっていく蔦に、船長は剛腕を無理矢理振り回して蔦を断ち切った。
「わおっ! 凄い怪力だね〜」
「サッサと仲間返しやがれ!!」
ハンマーをフルスイングで吹き飛ばそうとした船長だったが、それを一拍の行動のみで防いだ。
「『母なる弁慶草』」
周囲に強靭な蔦や緑色の綺麗な花々が現れ、ハンマーでの攻撃を完全に防いだ。
反動を喰らった船長は諦めずに連続で攻撃を加えていくのだが、ビクともしない頑丈な檻によって攻撃が一切届いていなかった。
次第に息切れを起こして、ハンマーを振るうだけの体力が無くなってしまった。
「ありゃ、もう終わりかな?」
「クソッ……」
一方は血塗れで疲れ果て、一方は息切れ一つ起こしていない。
職業を使いこなしている相手に勝ち目が無いと分かった船長だが、諦めるという訳ではなく、呼吸を整えて再び大鎚を握った。
仲間のため、友のため、自分へと突っ掛かってくる男に対してフェスティーニは、ハァ、と溜め息をついつい漏らしてしまった。
これは勘違いからの戦闘、彼女からしたら迷惑極まりないものであるのだ。
「ねぇ、まだやるの〜?」
「ったりめぇだ!! 仲間見捨てて船長名乗れるかってんだボケェ!!」
その生き様に感嘆の声を上げたフェスティーニは、ボロボロとなっている船長を敵だと認識し、武器も持たずに構えを取った。
何をする気なのか、それは分からない。
だが近距離の攻撃しか持たない彼は、彼女の間合いへと飛び込んでいくしかない。
それが危険すぎると分かっていたとしても、突っ込んでいかなければならない事情があった。
「ハァ!!」
威勢良く振り上げたハンマーを彼女へとお見舞いしようとする。
しかし、その大きな鎚を振るう前に真っ二つに斬れた。
有り得ない現象に、何が起こったのかと目線を上げると答えが見つかった。
「……は?」
彼女の腕に蟷螂のような黒い刃が生えていた。
それは鎌のように反り返っており、その黒刃で斬られたのだと認識する。
腕から直接生えている黒刃に魔力が宿り、全てを斬り裂こうと足に力を込めて飛び出し、そのスピードを目で捉えきれない船長は出鱈目にパンチを繰り出すが、全て空振りに終わった。
魔力によって身体強化をした肉体と、職業によって繰り出せる力が相乗効果を生み出し、全てを斬り裂く力までもを手にした。
「フッ!!」
繰り出した黒刃が船長の首を刈り取ろうと迫った時、突如として彼女は妹の後ろへと瞬間的に移動しており、海に向かって刃を振るった。
一際大きな波が押し寄せてきていたが、空振った斬撃がその波を横一文字に斬り裂き、波そのものを防いだ。
もしも船長へと攻撃が届いていた場合、首が宙を舞うだけに留まらず、その背後にあった倉庫そのものを斬り飛ばしていたであろう。
「もう、フィオちゃん、何で邪魔するのさ?」
何故そんな事をしたのかと、瞬間移動させた張本人へと問い掛ける。
「やりすぎ」
それが答えだった。
戦闘に没頭し、目的を忘れていた彼女を止める方法としては一番簡単だったから、彼女は姉をワープさせた。
ついでに高波も斬り裂いてくれるだろうと思ったため、ワザと海に向かって撃たせたのだ。
「い、今の……何だ?」
「フィオの能力」
「んなこたぁ分かってらぁ。そうじゃねぇ、そっちの嬢ちゃんの黒い刃のこった。腕から刃なんざ生やしやがって、絡繰り人間かオメェ?」
それに斬れ味も抜群で、そんな能力を自分に向けられていた恐怖を遅くなって理解した。
手が震え、死をも覚悟したくらいだ。
「『変幻自在な花弁』、改良に改良を重ねた花の花弁を利用したものだよ〜。武器、防具、何でもござれ、身体の細胞を少し弄って変化させてるから今では千変万化なんだよね〜」
「それが……オメェの職業か?」
「さぁ、どうだろうね〜」
生物学者の力は使い手次第でここまで変化するのだと、身を以って体感していた。
身体も変質しているが、いつでも元に戻せる。
この力を授かってから彼女は千年を生きて、ずっと力を伸ばしてきた。
並大抵の相手では勝てやしない。
「それより、ボクの事を誘拐犯と間違えてたけど……詳しく説明してもらえないかな?」
「お、お前が誘拐犯なんじゃ――」
「違うよ。ボクは船着き場付近で明かりを見つけたから来てみただけさ」
ただの好奇心で来たせいで変な事態に陥ってしまったと反省はするが、それでも後悔はしていない。
行動によって生じた全ては運命である。
そう彼女は考えていた。
運命という一本道を歩いており、その道の先は光に溢れているために誰にも見通せやしないのだと、ずっとそう思ってきた。
そして今回も同じ、レールの上にあった『戦闘』という与えられた舞台を演じたに過ぎない。
雨のせいでスポットライトは故障気味だが、その故障にも何かしらの理由があり、同じように別の因縁で固く繋がっている。
「まぁ良い、取り敢えず俺達の秘密基地に入れ。外では雨露を凌げん」
「けど船長、コイツ等信用でき――」
「どう足掻いても勝てやしねぇよ。なら、事情説明した上で協力を頼むしかねぇだろ坊主」
負けて、実力を認めて、だからこそ彼女達が誘拐犯ではないと確信した。
誘拐犯ならば堂々と姿を晒すような真似はしないだろうし、仮に姿がバレてしまったとしたら今頃自分達は口封じに殺されていたかもしれない、そう思考回路が働く。
実際に口封じのための処理、という場合も有り得る。
だから少年も武器を携えていたのである。
「ま、取り敢えず適当に座れや」
「座れ、って言われても……」
「ゴミ山」
そこ等が散らかりすぎて座る場所も無い。
だからこそゴミ山だとボソッと呟いたが、その言葉が聞こえていた船長は舌打ちしてゴミを足蹴にし、自身の座るスペースを確保して座った。
「ルセェ、なら外に出てやがれ」
「単細胞……外、雨降ってる、見れば分かる」
互いに睨み合うも、このままでは話が一向に進みそうもないため、フェスティーニが両手を叩いて蔦を操って椅子を形成する。
これに座れば良いのだと理解し、二人はソファと化した蔦草に座った。
蝋燭がユラユラと揺れて隙間風が少し寒く、タオルで髪を拭きながら話を始める。
「さて、聞かせてもらおうかな?」
今回日輪島で発生しているのは誘拐事件、そして先程少年がフェスティーニへと放った言葉から、身近に事件が発生しているのは猿でも分かる。
そして、その経緯を聞けば事件解決か、或いは何かの手掛かりが得られるのではと耳を傾ける。
「まず、俺はこの日輪島船着き場の管理者をしてる、バンレックスってんだ、好きに呼べ。んで、こっちのちっこいのが、漁業を学びに来てるクソ餓鬼だ」
「クソ餓鬼って何だよ船長! オイラだってロディっていう立派な名前があるんだ!」
「下の毛も生えてねぇ餓鬼が生言ってんじゃねぇよ。オメェなんざクソ餓鬼で充分だ」
大人と子供の喧嘩を止めようとしたが、ポカポカと殴り掛かるロディを笑いながら、船長であるバンレックスは話を再開させる。
「何処から話すべきか……まぁ始まったのは約半年前、突然の大雨が降り始めてなぁ、そっから一度も漁業に出れてねぇんだ。こんな嵐ん中で船出そうとした馬鹿を何人か見たが、奴等は俺の警告も聞かずに死んじまった」
「それは……さっきも見たけど、あの大きな竜巻に巻き込まれて、って事かな?」
「いんや、単に荒波に飲まれちまってなぁ、船は木っ端微塵、全部海の藻屑となっちまったのさ」
原因不明の誘拐事件と何か関係でもあるのかと疑問に思い、それが顔に出ていたのか、バンレックスは続きを話していく。
「ある日の事だ。夜中にちと作業があって船の修理を夜通し続けてたんだが、少し休憩と思って外に出て一服しようとしたんだ。その日は霧が濃くってよぉ、辺りは何も見えなかった」
「ちょっと待って、これって誘拐事件と何か関係が――」
「まぁ黙って聞きやがれ。霧深い中でな、一つの光がボンヤリ見えたんだ」
「……光?」
「あぁ、船の光だ。荒波なはずなのに、霧の向こうでは光がゆったりと水平に横切ってくんだぜ? スゲェだろ?」
何処が凄いのかサッパリ分からないとばかりにフィオレニーデが困惑していたところで、フェスティーニはその事実が可笑しいと気付いた。
何故そんな事実があるのかと、しかし答えを聞く前に更に話は続いていく。
「んで、翌日になって街では大騒ぎと来たもんだ。ホント不思議だぜ、その光の球見た翌日に子供が消えちまってんだからよぉ」
「なっ――」
「しかも餓鬼が消えたのは、絶対に光が横切ってから翌日と決まってんだ。まぁ、たまに空振りがあるがな」
「空振り?」
「そうだ。前に何度かあったんだが、騒ぎ出すはずの誘拐が発生してなかったって話だ」
一気に情報が出てきて、フェスティーニは混乱する。
霧が発生し、視界もかなり悪い中で見えた光球が自然と横切り、そして翌日には子供が誘拐されている。
この船着き場の位置は月海島と星夜島が丁度見える位置で真南、そこより西へと行くと街があり、東へ行くと領主館が存在しているが、今の説明ではどちら側から来たのかが分からない。
「勿論、右から左だ。つまり街から領主館方面に移動してったんだよ」
「ふ〜ん……」
だとしたら変だ、と彼女は思考する。
雨が半年程前から始まり、そして海が荒れ続けているのに水平移動する船は存在しない。
だから変だと感じた。
それ以前に状況的に、犯人側は何故誘拐するのか、今回は無差別に見えているために何か条件があるのか、彼女は悩み続ける。
「その光はゆったりとしたスピードで抜けてくんだが、何なんだろうなぁって思って、冒険者ギルドに依頼を出したんだが、そもそも冒険者がいねぇしな」
「あぁ、成る程ね〜」
「だからオメェに頼みたい、俺達に協力して欲しい」
地面に頭を着けて土下座する。
その誠意に応えるかどうかは置いといて、彼女は聞いていない情報を聞き出す。
「ボクを誘拐犯と間違えた理由は?」
「うっ、それは……」
しどろもどろになりながら、彼は言葉を紡いだ。
「オイラ、犯人の姿を見たんだ!」
「……でもそれってまさか、全身ローブ姿のを見たってだけでしょ〜?」
「ち、違うんだよ! エルフの人が友達を攫ってくのを見たんだ!!」
看過できない事実が新たに発覚し、少年へと詰め寄ったフェスティーニは揺さ振って問い詰める。
「誰!? 特徴は!? 身長は!? 体重は!? 歩き方とか髪の色とか何か特徴は――」
「落ち着いて」
「ふぎゃっ!?」
姉の行動を制限して、妹が姉の襟首を掴んで後ろへと引っ張った。
「ごめん、ね」
「う、うん……」
エルフが誘拐犯となれば、それは種族間問題となる可能性があるため、何としてもエルフである自分が解決しなければならないと思ったのだ。
それがエルフの巫女である彼女の役目だからだ。
しかしながら、過剰に反応して少年へと詰め寄ったために少年が怯えてしまった。
それを無理矢理引き剥がしたフィオレニーデは話の続きを聞く。
「誘拐犯の特徴、は?」
「わ、分からない……唯一分かってるのは、耳に小さなイヤリングをしてたって事くらいだよ」
イヤリングの特徴を聞いたが、雨によって見えなかったと言った。
誘拐されたのは彼の友人、そして孤児院の子供だったのをフェスティーニ達は聞いた。
「取り敢えず孤児院に行けば何か分かりそ――」
「止めとけぇ。オメェ等が行ったら余計に面倒な事になるだろうぜ」
「何でさ?」
何故そうなるのか、少し不思議そうな表情を繕った。
孤児院に行って事情を聞けば、孤児院側に何かしらの不都合でもあるのかと考える。
「ロディが言ってたろ、エルフが攫ったってなぁ」
「あぁ、成る程ね〜。ボク等が孤児院に押し寄せたら誘拐犯と間違われちゃうって訳だ」
エルフが誘拐した事実は箝口令が敷かれている。
それは国同士の外交問題にも相当するものであり、仮にエルフの誘拐犯が捕まった場合、エルフの国へと侵攻するための口実にされる可能性も孕んでいる。
それだけ異種族との関係は脆いものであると、彼女も領主達も知っている。
実際に箝口令を敷いたのが領主達だが、しかし情報というものは必然と何処かから漏れてしまう。
「でも、エルフが誘拐犯だって情報、結構広まってるんじゃないの?」
「広まってる訳無ぇだろ。精々孤児院の連中と俺達くらいだろうぜ。言えば操られるって分かってるからなぁ」
一度、誘拐だと騒いだ人物がいたが、その者は次の日には何事も無かったかのように生活し、そして次第に部屋に閉じ籠ってしまったとバンレックスは説明する。
その者が船乗りの一人だったから知っている、と言葉を零す。
「ソイツは家に閉じ籠もっちまって一向に出てこねぇ。それが三ヶ月前から続いてんだ。俺達じゃあ、何もできねぇんだよ」
「そう……」
何があったのか、謎だらけの日輪島で彼女は決起する。
エルフが今回の事件に関わりを持っている時点で、彼女の行動は決まっていた。
「今回の事件、ボクも協力するよ。こう見えてもボクはSランク冒険者『花園』、それに頼れる仲間が二人いるからね〜」
黄金色のギルドカードが光を帯びる。
「でも、何で操られてるって思ったの?」
「今回の事件、催眠術師の仕業だってらしいじゃねぇか。ギルドにも情報があるだろうからな」
ギルドで扱われている情報はランク制限されているものとされていないものが存在し、その情報で手に入れたものの中に『催眠術師』に関するものがあったのだ。
サンディオット諸島で麻薬の取引が行われている可能性がある、と。
(でも、催眠術師なのかな?)
少し腑に落ちないと思いながらも彼女は事件について考えようとしたのだが、フィオレニーデが肩を叩いて意識を現実へと引き戻される。
「油、売ってる」
「そうだね、そろそろお暇しよっか〜」
考えなければならない事項は色々とあるのだが、それでも領主館へと戻らなければならない事情もある。
だから彼女達は立ち上がって、フィオレニーデが鍵束から一つの鍵を取り出した。
「俺達は昼過ぎのこの時間帯にいつもここにいる。もし何かあれば倉庫に来い。他の奴等には話は通しておく」
「へぇ、おじさん口悪いのに良い人だね〜」
「う、ウルセェ! サッサと帰りやがれ!!」
恥ずかしそうにして男は外方を向いてしまったため、これ以上の挨拶は不要だろうと判断し、妹は鍵を空間へと差し込んだ。
そして鍵を捻って、一つの黒い円形の扉を開く。
「『開く異界の扉』」
繋がっているのは領主館の一階ロビー、彼女達は手をヒラヒラと振り戻っていく。
「バイバイ」
お別れの言葉を残して、扉は消えてしまった。
不思議な二人組の異種族が去って、バンレックスは安堵の息を吐いた。
「ヤベェ奴等だったなぁ……」
「そ、そうなんすか?」
「あぁ、強者にはより相手の実力が分かっちまうもんだが、どっちも相当な修羅場を潜ってきたようだな。あんな化け物、もし誘拐犯ならみみっちい真似なんざせずとも、堂々と誘拐できんだろ。それに今の転移能力がありゃ、オメェに見られたりもしねぇよ」
「そ、そっか」
それだけ二人が異質すぎた、とも言える。
しかし味方になれば鬼に金棒であると考えたため、ここに来れるように手配だけはしておく。
彼女達から持ち掛けた協力関係に応えるため、船長としての肩書きをフルに活かす。
「ロディ、テメェはヴェルゲイとグノー、フーシーに今のを伝えてこい。俺はギオハとシャルへミスに伝えてくる」
「わ、分かった!」
船乗りとしての意地、この島に生きる人間として、解決しなければと意気込む。
そして彼自身も重たい腰を上げて雨降る外へと出て行く。
もっと、仲間を集めなければならない、そのために彼等は動き出す。
それが最善だと信じて……
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