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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
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第130話 不思議な姉妹

 鍛冶屋、そして魔導具店へと赴いたが、物資の輸入が低下していたせいで部品の受注も、部品作製もできないと判明した。

 そのため、フェスティーニ達は最後の頼みとしてユグランド商会へと足を運んだ。


「へぇ、ユグランド商会って初めて入るけど……結構なデカさだね〜」

「ん、大きい」


 世界的に有名な商会、ユグランド商会はサンディオット諸島にも進出していた。

 そして日輪島は世界でも貿易が盛んとなっているため、その島に居を構えるのは当然の判断でもあり、ユグランド商会は島が近い星夜島にも存在している。

 今は定期便が一日に一回のみとなっているため、情報が手に入りにくくなっている。


「お邪魔しま〜……す?」


 受付一階では、作業に暮れる職員でバタバタとしているせいか、二人に全く気付いていなかった。

 それだけ仕事が大変なのだと証明しており、どうすべきなのかとフェスティーニは戸惑いを見せていた。


「ど、どうしよっか?」

「ん、任せて」


 姉のピンチに妹が出る。

 何をしようとしていたのかを理解して、手を伸ばした時にはすでに遅かった。

 鍵束から一つの鍵を取り出して、それを天へと掲げる。


「『霊郷還す弔鐘(フューネラべル)』」


 その頭上の空間へと差し込み、ゴツゴツとした小さな鍵を捻って回した。

 すると、その鍵穴を中心に波動が広がっていき、人々は大きな鐘の音を聞いた。

 その音は全てを癒す音、その波動は人々の霊魂さえも天へと誘う程に魅力的なものであり、鍵から発せられる弔鐘によって全員がその場に倒れてしまった。


「止められなかった……もう! その力は使っちゃ駄目だって言ったでしょ〜!!」

「ん、でも、手加減した」

「いや、そういう問題じゃないから。下手したら全員魂抜けて植物状態になっちゃうから」


 自重しない妹に呆れ果てる姉だったが、数秒後には心が浄化されたかのような晴々とした職員達の顔が浮かんでいた。


「こ、これは……」

「ん、フィオの能力」


 職員の一人が身体の軽さを体感しているところに、躊躇なく話し掛ける。

 彼女に気付いた職員が、荷物を下ろして作業を一時中断して対応する。

 得体の知れないダークエルフの少女が、後ろにいるエルフの少女と一緒にいる光景を意味深に見て、そして再度少女へと視線を移す。


「えっと、貴方は?」

「客」


 その少女達が怪しすぎると思った職員は、憲兵隊へと連絡しようとしたが、その前にフェスティーニは先手を打つために一つのカードを取り出した。

 そのカードに魔力を通して起動させ、本人確認も済ませる。

 黄金色に彩られたカードの起動するところを見た職員一同は、彼女を出迎えるための準備に奔走する。


「し、少々お待ちください!!」

「は〜い」


 無名と冒険者の待遇の差は歴然としている。

 それは千年前と今と何も変わりはしないのだが、千年以上前にはギルドというものは存在せず、自らの力を誇示しなければならなかった。

 だが、今ではカード一枚で自らを象徴できるという利点があるため、利用できるものは何でも利用してきた。


「姉さん……」

「やっぱり取っといて良かったね〜、ギルドカード」


 それはギルドに所属する冒険者の証、そして金色のカードは最高峰のS級を意味する。


「暇潰しで取ったカードも役に立つ時は立つもんだね〜」

「いつ、取ったの?」

「フィオちゃんが旅に出てた時だから……百年くらい前だね〜」


 ギルドカードをアイテムポーチへと仕舞い、近くに設置されていたベンチへと座る。

 フィオレニーデは、鼻歌混じりにプラプラと足を揺らして待つ姉を横目に、周囲も観察する。

 忙しない人間が多く、積み荷を運んだり、資料を確認したり、アイテムの点検や情報統制、色々と飛び交っているのを凝視していた。

 やがて、数分が経過して一人の小太りの男が階段より下へと降りてきた。


「おやおや珍しいですな、エルフとダークエルフの方々がお客様とは……それで、何か御用なのですかな?」

「これ」


 無愛想に、ただメモを渡して一言放った。

 これを読め、と。


「へ? あ、あぁ、はい……これなら全て揃っておりますので即座にご用意させて頂きます」


 突然手渡されたメモよりも、その言動と表情に驚いてしまった男は即座に部下にメモを手渡して用意させる。

 そしてSランク冒険者と名高い少女へと目を向けた。

 その小さな少女がSランクなのかと疑わしく思ってしまうが、部下の言葉を信じてお辞儀をして対応する。


「本日は我がユグランド商会をご利用頂き、誠にありがとうございます」

「あぁうん、別に大した事でもないから気にしなくても良いよ〜」


 手を振って、お辞儀を止めろとジェスチャーで伝える。

 しかし伝わらず、遠回しな発言さえもSランク冒険者という肩書きによって上下関係が決まってしまう。


(はぁ……面倒だなぁ)


 人のしがらみは何処にでも存在する。


「私はユグランド商会会長をしております、キース=ユグランドと申しますです、はい」

「へぇ、商会長様がこんなとこにいるなんてね〜。グラットポートにいたんじゃなかったっけ?」


 その情報を何処で手に入れたのかと疑問以前に、グラットポートについてどれだけ知っているのかと、途端に目の前の少女が怖くなった。

 商会長であるキースの目の前にいるのは、実力が計り知れないSランク冒険者である。

 どれだけ力があるのか、どれだけの情報網を持っているのか、彼女が何者で何を求めているのか、商人としての目でさえも見通せはしなかった。


「な、何故それ、を……あ、貴方確かあの時の!?」


 突然フィオレニーデへと指差して後退りした。

 何故ここにいるのかが分からないとばかりに戦慄していたため、妹へと確認を取る。


「あれ、フィオちゃん知り合い?」

「オークションにいた人」

「オークション? お金持ってたの?」

「違う、奴隷になって参加した」

「え、何で奴隷に?」


 キースの知らない事実が新しく情報として出てくる。

 そして彼女が奴隷になって参加していた理由も少し知りたくなった。

 それは商人としての勘だった。


「ん、捕まってた同胞の子(ダークエルフ)と入れ替わった」

「成る程ね。まぁ、フィオちゃんの職業なら簡単に奴隷紋とかも解除できるだろうし、そもそも奴隷紋も意味を成さないしね〜」


 ワザワザ命懸けで入れ替わった事実に、キースは少女としか見えない彼女を見た。

 得体の知れない存在、そう彼の瞳に映る。

 それにフェスティーニの言葉が本当だとしたら、目の前の少女は隷属の首輪を嵌められたとしても、簡単に抜け出せるという訳であり、それだけの職業を持っていると言ってるも同然だった。


(何者でしょう、この人達?)


 この雨天なのに突然現れた異種族の二人に警戒するのは当然の反応だが、それ以前にエルフとダークエルフが同伴でやってくる事態が訳分からなかった。

 彼女達に常識が通じないものだと理解したキースは考えを改める。

 彼が商人として生き残ってきたのは、何も商才があるからだけではなく、見抜く目を持っているからであるが、しかしながら目の前の二人は自分では測れない。


「ボク達を品定めかい?」

「ッ!?」


 座って笑顔を浮かべているエルフ、そして立ってはいるが一切の油断も隙も無いダークエルフ、二人から迸る殺気が尋常ではなかった。

 動けば死ぬ、そう思った。

 心臓の鼓動が速まり、言葉すら発せられない。

 魔神戦での経験以上の恐怖がそこにはあり、もしも動けば容赦無く殺されてしまうのだと理解する前に本能で察してしまった。


「殺す?」

「駄目だよフィオちゃん、殺したら何も買えなくなっちゃうからさ〜」


 そう二人は会話するが、それが如何に恐ろしいものか、その場で動けず固まっている全員が分かっていた。


「ねぇ、グラットポートにいたんならさ〜、もしかしてグラットポートの英雄について何か知ってるかな〜?」

「ぁ……」

「ごめんね〜、殺気漏れちゃってたね」


 殺気を解いた姉のフェスティーニとは違い、フィオレニーデは殺気を解かずに鍵束から一つの鍵を手にしていた。


「フィオちゃん?」

「ッ……ご、ごめんなさい」


 一声掛けるだけで、化け物のような殺気を飛ばしていた妹を沈めた。

 流石はSランク冒険者だと認め、深々と謝罪する。


「先程は失礼な態度を取ってしまい、本当にすみませんでした!! グラットポートの英雄について知っている情報は全てお話しさせて頂きます!!」

「それは良かった、手間が省けたね〜」


 その手間か何を意味するのか、想像に難くない。

 一言間違えていれば、自分はこの世にいなかっただろうと安堵する。

 殺気が解けたため何人かは緊張の糸が切れたようで、地面へと倒れてしまった。


「……脆い」


 見下した瞳を浮かべる妹は、キースへと視線を移す。

 キースの瞳は、真っ赤な瞳から目を離せずにいた。


「何か、聞きたそう」

「えっと……では一つ。何故、蘇生から目を覚まして即座にいなくなったのでしょうか? ずっと、それが気になっていたのです」


 魔神戦以降、いの一番に姿を眩ましたのは生け贄として捧げられていたフィオレニーデだった。

 そして、その情報も得ているキースにとって、ずっと気になっていた事柄である。


「答えても良い。けど……」

「けど?」

「グラットポートの英雄、知ってる事、全て話して」


 それが交換条件だと伝える。

 情報は命であると、キースも、フィオレニーデも、互いに分かっていた。

 長年生きてきた商人の勘がこう言っている。

 二人に全ての情報を伝えるべきだ、それは目の前の人間達は自分よりも遥かに修羅場を潜り抜けてきて、そして自分よりも経験に富んでいるからだ、と。

 経験の差で、キースは圧倒的に不利な状況に立たされている。

 エルフにとって年齢と容姿が合致しないのは常識、対面にいる女の子が何歳なのか、どれだけの歳月を生きてきたか、見た目では判断できない。


「因みに嘘を吐いても構わないんだけど、その時どうなるかは……実力を測ったなら、一々言わなくても分かってるよね?」

「は、はい」


 自分が値踏みし、そして利用しようとしていたのを逆手に取られてしまった。

 実力を見誤ってしまったと後悔する。

 しかし挽回のチャンスがあるのだと諦めない。

 商人が図太いのは自分が一番良く知っているから、Sランクとのパイプを繋いでおくのも有りかと考え直す。


「まぁ今はノア君よりも買い物かな? 領主様をいつまでも待たせる訳にもいかないしね〜」

「す、すぐにご用意致します!!」


 ワザと領主の名を口に出して、キースの反応を楽しむフェスティーニを見て、妹は呆れてしまった。

 キースは奥へと消えて、フィオレニーデも一緒に座る。


「何で、嘘を?」

「だってあのおじさん、コロコロ表情変えるんだもん。人間って本当に面白いよね〜」


 フェスティーニの発言を曲解したキース、彼は彼女がSランク冒険者であると分かっていたからこそ、その言葉から彼女が領主に雇われたボディーガードなのだろうと考えたのだ。

 しかし実質、彼女達は客人として招かれているため、ボディーガードではない。

 フィオレニーデは、千年生きてきたエルフの道楽に付き合わされるキースへと同情する。


「それよりさっきの、聞かせてよ」

「……さっき?」


 彼女が同情している中で、フェスティーニの興味はもう他へと移っていた。

 気になっていた事柄については聞かずにはいられない。

 それが妹についてならば尚更聞くべきだと、そう考えたのである。


「奴隷になったってやつだよ。奴隷になってた子と入れ替わったんでしょ?」

「ん」

「その入れ替わった子はどうしたの?」

「ん、ミスティアに送った」


 ダークエルフの住まう土地、それは『白霧の大森林(ミスティア)』という一寸先が霧となっている森を示し、フェスティーニは脳裏に地図を浮かべる。

 現在では、エルシード聖樹国との間で領土問題が多発している。

 ここは元々はダークエルフの領土だった、いやいやエルフが数千年の時を以ってして復活させたのだ、といった具合に互いに譲ろうとはしない。


「そっか。なら良かったよ〜」


 エルフであるにも関わらず、彼女はエルフの忌み嫌っているはずのダークエルフの身を案じた。

 それが何処か可笑しくて、妹は姉に対してこう思った。


「……変人」


 誰に対しても物怖じせずに、彼女は本心を語る。

 エルフなのに分け隔てなく一律に平等に接する姉を前々から変人だと思っていたのだと伝えた。


「あ、姉に向かっていきなり変人って……急に辛辣だね、フィオちゃん」

「昔から言ってる。事実」

「酷くない!?」


 変人という自覚が一切無かった彼女は、妹の言葉を脳裏で反芻させようとするが、上手く噛み切れずに飲み込めないでいた。

 姉としての威厳が無いような気がした彼女は、妹に確認を取る。


「え、お姉ちゃん常識人だよね?」

「変わり者」

「ひ、酷い言われ様……」

「普通」


 冷淡な妹、温厚な姉、その真逆な二人の姿は水と油のはずが、何故だか周囲にいる職員達には彼女達が仲良さげに見えた。

 それが有り得ない光景であろうとも。

 二人はまごう事なき姉妹だ。

 瓜二つの顔をしているが、二人の中身はまるで異なり、しかし程良く水と油が混ざり合っている。


「って、何でお姉ちゃんであるボクが妹に罵倒されてるんだろうか? ただボクは、ミスティアの話を聞きたかっただけなんだけど……」

「長老に会った」


 ミスティアに棲むダークエルフの長老、エルフの国にいる元老院と同等の強さを持っている上位種、世間ではシャドウエルフと呼ばれる個体が何人もいる。

 そして、その更に上位互換のイビルエルフとして君臨するフィオレニーデの力は、ダークエルフ達にとって希望そのものだった。

 だから、何度か勧誘されたのを姉も知っている。

 そして神と悪魔のエルフ達は世界にとって、特に森人達にとっては重要視される存在なのだ。


「へぇ、また勧誘された?」

「ん、けど……最終的に、断った」

「アハハ、懲りないな〜」


 ダークエルフは、暗殺に長けた種族である。

 そしてフィオレニーデの転移能力は直接上層部の棲み処へと繋げられるため、仲間に引き込めば一気にエルフの国を瓦解させられる。


「姉さんと一緒」

「うん、そうだね、色々とフィオちゃんと状況が似てるって意味では一緒だね〜」

「……」


 種族や性格、職業が違うが、二人は状況的に何もかもが似ている。

 領土問題で中立的な立場を維持している。

 しかし、それぞれに事情があり、どちらかに肩入れしたりはしない。


「エルシードがどうなろうとボクには関係ないけど、知り合いも多いし、見捨てるなんてできないしね」

「……どう、するの?」


 フィオレニーデは、姉の意見に従おうと思った。

 それがベストだと知っているからだ。


「う〜ん、どうしよっか?」


 しかし何も考えていない表情を見た彼女は、姉の威厳の無さを嘆いた。

 見捨てるなんてできないと言ったのに対し、姉の脳内計画図は白紙、期待していた眼差しは消えて、一気に好感度が地面へと減り込む程下がった。

 しかし、それが我が姉なのだなと納得もしていた。

 馬鹿だと思いながらも、やはり姉は姉だと思っていた。


「あ、あれー? 何だかフィオちゃんが汚物を見るような目をしてる気が……」

「姉さん、バカ」

「なっ――ボク、賢いよ?」

「病院、行くべき」

「そこまで!?」

「ん、何なら、探してくる」

「恥ずかしいから止めて!?」


 と、姉を揶揄いながら待っていると、キースが足早に戻ってきた。

 息を切らしており、それは運動不足の弛んだ身体が物語っているのをフィオレニーデは横目に、それから姉へと再度視線を向ける。


「お、お待たせ致しました。メモの部品を全てご用意させていただきましたので、まずはこちらへ」


 冷や汗を掻いたキースが案内し、二人はその後ろを歩いて階段を登った。

 階段より見える窓の外の景色、見える海は大きな波を創っていた。


「まさか、日輪島にSランク冒険者様がいらっしゃるとは驚きですな。この島へは調査にですかな?」

「まぁ、そうだね〜。それとノア君に会いに来たんだよ」

「おや、ノアさんとお知り合いだったのですか?」

「まぁね〜」

「そうですか……」


 キースが何を考えているのかは分からないが、言葉の後に続いた沈黙は少し気掛かりだった。


「彼もこの島に?」

「日輪島にはいないってさ〜」


 それはつまり、他の二つの大きな島の何処かにいると暗示させる一言だった。


「こちらは私の執務室です。グラットポートで何があったのか、私の知っている範囲でお話し致しましょう」


 執務室へと入り、二人はキースの対面へと座る。

 と、そこに一人の獣人のメイドが入室し、尻尾をパタパタさせながら紅茶を瞬く間に入れていき、あっという間に粗茶が出される。


「粗茶になります」

「あ、どうも〜」


 温かな紅茶を飲み、チラッとメイドへと視線を向ける。

 青色の髪を短く切り揃えており、柔和な笑みが印象的だった。


「彼女が気になりますか?」

「へ? あぁ、いや――」

「ノアさんに言われましてな、メイド兼護衛として知り合いの奴隷商から買ったのですよ。元々は買うつもりはありませんでしたが、最近は物騒ですからな」


 ノアが進言したのは、護衛でも雇ったらどうだ、というものである。

 そしてグラットポートでの一件より、奴隷を購入する決意をして、ノアが去ってから買ったのである。


「お客様に挨拶を」

「はい、私は霊犬族、ファファンと申します。よろしくお願いします、お客様」


 霊犬族、それは霊を操る犬人族であり、彼等は青色の髪と青色の瞳が特徴の種族である。

 普通の獣人種と同等の身体能力があり、自身の霊魂を霊犬の形にして操れる。

 その能力は未知数と言われている。


「さて、では簡単にお話ししましょう」


 キースは事の発端から話し始める。

 魔神を倒した英雄ノア、その武勇伝は今では世界中に広まっているのだが、その詳しい事情まで知っている者は案外と少ない。

 情報を入手している商人や冒険者ギルド、各国の要人達はノアを知っているが、その彼の偉業に関する情報は広く出回っていない。

 それは、発端が勇者であるためだ。

 人間との和平を目指していた魔族十二将星の一角『シド』が不意打ちで勇者に惨殺され、その復讐としてグラットポートで魔族の襲撃が勃発した。

 それを世界に伝えれば、勇者の行動に疑いが出てくる。

 そして、それがより魔族を刺激するのは目に見えていたため、詳細は殆ど伝えられてないが、商人として目の前の少女達へと知り得る詳細を全て伝えた。


「えぇ、ですから私はノアさんに何度も命を救われたのですよ。感謝しても全然足りませんよ」

「ふ〜ん……そっか、そんな風になってたんだね〜」


 紅茶を啜りながら、グラットポートでの詳細について聞いた二人は、ノアという一人の青年が何を成し遂げたのかを改めて知った。

 魔神と戦い、国を守り、世界を救った。

 傷だらけになりながら、血を何度も流しながら、彼は一振りの剣を片手に勇猛果敢に立ち向かった。

 その代償として五日間も眠り続けていた英雄は、次第に感情が希薄となっていき、そして今に至るのだが、それを彼女達は知らない。


「彼曰く、自分の前に立ち塞がった障害を取り除いたまでだそうです。人類を救ったという事実に対して歯牙にも掛けていませんでした。彼は恐らく、世界を救ったと微塵も思ってないのでしょう」


 それがノアという男なのだと、誇らしげにキースは語る。


「そのエーヴェウ……何とかって、何なのさ?」

「『星喰らう歪んだ悪魔エーヴェウグル・ディーヴァ・ジーレ』、盲目の七体の化け物ですよ。ザインの黄金杯を使って生け贄の魂を喰らい、それを核として成長進化を繰り返す化け物、かつての魔王が創造したと言い伝えられている伝説級のモンスターなのです、はい」


 その化け物がグラットポートに六体現れ、数千人以上もの死者を生み出した。

 それだけでは留まらず分裂した怪物が融合して、不完全ながらも魔神が形成され、都市全体が壊滅状態とまでなってしまった。

 それを真正面から止めたのが、グラットポートの英雄と世間に伝わっているノアである。


「その怪物が六体ってのは?」

「本来は火、水、土、風、雷、氷、光、そして闇、その属性を主体とする八つの異種族の霊魂と血液をザインの黄金杯に注いで媒体とし、生け贄を捧げる事で生まれる七体の魔物なのですが、何故か生まれたのは六体でした」


 ノアが最後の奴隷を落札したために計画が少し狂い、先に集まった七体の種族の娘達を媒体に扉を開き、そこからモンスターを召喚した。

 そして生まれたのは一つの怪物で、四体に分裂した。

 その少し後に魔狼族の少女(ユーステティア)が媒体に加わって生まれたのが六体の怪物だった。


「そして、それを魔法で融合させた魔族の仕業によって、魔物から逸話の魔神が現世に顕現したのですよ」

「へぇ……魔界の化け物か〜。それが七体じゃなくて六体、一体の差が謎って訳だ」

「えぇ、その通りでございます」


 その召喚術の名は『八種族属性別儀式召喚』という、それぞれの自然的属性を持つ奴隷達の霊魂と血液を使った特殊な術である。

 八つの属性は、キースの口にした八つの魔法属性と合致しており、火属性『妖狐族』、水属性『海人族』、土属性『ドワーフ』、風属性『天狗族』、雷属性『龍神族』、氷属性『魔狼族』、光属性『ライトエルフ』、闇属性『ダークエルフ』、その八人の種族の娘達が生け贄として捧げられ、最終的にノアが八人の生け贄を蘇生させた。

 その事実を全て聞いたフェスティーニは、ノアの諸行に対して驚きもしなかった。


「アハハッ、流石ノア君だね〜」


 ただ、自分と同じ力を持っている事実が少しばかり嬉しかった。

 同時に彼を称賛する。

 それだけの能力を、たった十八年余りで身に付けたのだから。


「さて、ボクは取り敢えず満足したし……フィオちゃん、さっきのキースさんの質問に答えてくれるかな?」

「ん」


 キースの質問は、蘇生されてから一番最初に姿を眩ましたのは何故か、というものだった。

 姉である彼女さえも知らない事実、それを眉一つ崩さずに答えた。


「『白霧の大森林(ミスティア)』に用事。入れ替わった時、勧誘されて、時間貰った、から……長老に拒否の返事しに、戻った」


 辿々しく言葉を紡いで、その時の情景を思い出す。

 断った時の相手の顔、罵倒の数々、非難の雨、それ等を体感したが、しかしフィオレニーデ自身は何も感じていなかった。

 時間を貰ったのも、どうするのが正解なのかを自分で考えたかったから。

 オークションが始まる前に捕まっていたダークエルフの奴隷と入れ替わり、奴隷の子を故郷へと送った時に勧誘を受け、保留にし、そして蘇生後に保留にしたままの答えを伝えに行った。

 その答えとして、拒絶を決めた。

 ダークエルフとしてではなく、フェスティーニの妹(・・・・・・・・・)として(・・・)生きる道を選んだのだ。


「その、ダークエルフの里について私はあまり詳しい事情を知らないので、どういう意味なのか……」

「簡単に言うとフィオちゃんの力が欲しいって訳さ。でもフィオちゃんは自分の意思で断ったんだ、凄い進歩だよ!」

「ん、ブイ」


 キースの質問に簡単に答えてピースサインを作ったが、それでもキースの持ち得ない情報は、彼の脳内の不足分を埋めるには至らなかった。

 彼は商人である。

 商人は不確かな情報を売ったりはしない、値打ちが大幅に下がり、信用にも傷が付くからだ。

 商人は時間を大切にする、だから無益な思考を一度リセットし、商人モードに切り替えて咳払いした。


「コホン、お話はこれくらいにしておきましょう。ファファン、メモの部品が隣の部屋に置いてありますから、全て持ってきてください」

「はい、畏まりました」


 ずっと話を聞いていたファファンが、キースの命令で部屋を退室する。


「さて、ここからは値段について交渉するとしましょう。宜しいですかな?」

「そうだね、始めようか〜」


 二人は金額の交渉のために気持ちを切り替え、本題へと入った。

 金額をどれくらいに設定するのか、どうやって交渉するのか、フィオレニーデは二人のやり取りを静かに見守りながら紅茶を啜った。






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