第129話 千年を生きたエルフ
三人はタオルで水気を取り、服を着替え、そしてフェスティーニの部屋でティーブレイクを挟んでいた。
姉妹で並んで座り、そして対面には龍女が紅茶へと魅入っていた。
「美味しいわね、この紅茶……何て銘柄?」
「銘柄じゃないよ。ハーブを数種類混ぜて沸かしたのを注いだだけなんだ〜。自家製だよ」
それでも身体に染み渡る美味しさであるため、ゆったりと味を堪能する。
「さてと、もっと詳しい状況を教えて欲しいな〜。ノア君が今どんな状態なのか、彼が何をしようとしているのか、詳しい事情については知らないから知りたいんだ〜」
「そんな事言われても……」
ノアという人物は自分について他人に話したりしない、そのためにセルヴィーネはノア本人の素性を全くと言って良い程知らない。
彼の本名がウォルニスという名前で、誰かに裏切られたという事情しか知らない。
何処で何をしていたのか、どんな生活をしてきたのか、そういった記憶をあまり深くは聞いたりしていない。
「う〜ん、なら今彼が何処にいるのかは知ってる?」
「多分だけど月海島ね」
実際に船着き場では出航不可となっているため、彼が未だ星夜島にいるという真実を彼女達は知らない、だから間違った推測を正す者はいない。
「なら彼に会いに行こうかな〜?」
それが名案だと言わんばかりに彼女は嬉しそうに紅茶を口に含む。
爽やかな味が口内に広がる。
温かな紅茶が身体へと仄かに熱を与えていく。
「……」
しかし、いざ会いに行こうと考えてみると、少し恐ろしく感じて身震いした。
会った時の一つの可能性、それを考えると怖くて堪らなかった。
だからフェスティーニは少しの間、固まっていた。
「どしたの、フェスティ?」
「うえっ!? い、いや、何だかノア君と会った時の事考えるとドキドキしちゃってね、アハハ〜」
咄嗟に誤魔化して、気にするなとばかりに苦笑いを浮かべたが、あまりにも下手くそな嘘にセルヴィーネ、フィオレニーデ両名は顔を見合わせて再び彼女を見る。
何かを隠している、そんな予感がした。
少しの間に何を考えていたのか、それは他人には理解し得ないものであるが、推測はできる。
「フェスティ、まさかレイに会うのが怖いの?」
「ッ……」
図星を突かれて肩が跳ねてしまった。
千年間待ち続けてきた人物と再会できる喜びが殆どだが、それでも不安の種は残る。
「も、もしかして、権能の力?」
「単なる直感よ。だからレイに会うのが怖いってのはどういう意味なのかよく分かんないわ」
「そ、そうなんだ……」
逆に直感だけでそれだけ分かってしまうセルヴィーネという存在を、彼女は不思議に思った。
「そうだよ、ボクは怖いんだ……ノア君と会うのが」
隠し通すのが難しそうだと思ったために、胸に抱いている感情を吐露する。
恐怖心が芽吹き、そして会いたい気持ちと会いたくない気持ちが鬩ぎ合っていると答える。
「会いに来たのに、何をそんなに怖がる必要があんのよ?」
「アハハ……確かにそうだね。でもねセラちゃん、大好きな人に会う嬉しさと同等の恐怖心は自然と芽生えるものなんだよ。それが人間なのさ」
「それ、どういう意味?」
「簡単に言えば、ボクの一方的な愛でしかないって意味さ」
その言葉によって、フェスティーニが何に怯えているのかをセルヴィーネはようやく気付く。
笑みを浮かべてはいるが、心音が少し速いのを権能で聞いた。
それは緊張、不安、恐怖から。
感情の種は芽生え、彼女の心に蔦を這わせて雁字搦めに縛っている。
「勿論ノア君には会いたい、会って沢山お話ししたい、一緒に美味しいものを食べたい、この世界を一緒に見たい、そう思ってるよ。けど、会った時にその願いが全て崩れたらどうしようって不安が込み上げてくるんだ」
「フェスティ……」
「たまに見るんだ、ノア君がボクから遠ざかってく夢を」
怖いよ、小さく呟いた言葉は聞き手の二人に届く前に雷雨の音によって掻き消された。
悩んで苦しんでを繰り返し、彼女は青年に会う決意を固められずにいた。
「レイは他人を無碍にするような人間じゃないはずだけど?」
「それは分かってるよ」
しかし、会ってみないと分からない。
もしかしたら拒絶されてしまうかもしれない。
「何をそんなに怯えてんのよ?」
「それは……」
言葉にすれば、それが現実となってしまいそうで、だからこそ言語として表せなかった。
しかし、特化した権能の力が察知した。
彼女が怯えている理由を。
「間違ってたら悪いんだけど、いや間違ってなくても悪いんだけど、レイに忘れられてるのが怖いんじゃないの?」
「……流石だね、セラちゃん」
それが正解だと、告白する。
「ノア君がボクを忘れてるんじゃないかって、そう思ったら怖くなって会いに行くのを躊躇っちゃうんだよ。きっと向こうはボクを覚えてない」
「そ、そんな事――」
「あるんだよ……ボクは、名前を捨てちゃったから」
何を言ってるのだ、と意味深な発言に関して理解できなかったセルヴィーネは、更に追及しようとしたが、タイミング悪くドアがノックされる。
そして一人の秀麗なメイドが入室した。
ゆったりとしたヴィクトリアン風メイド服にレースの入ったキャップを身に着け、流麗で慇懃な所作と人形と見間違う程の容貌を兼ね備えている。
薄い金色の髪はアップに纏めていて、メイドとしての風格が滲み出ている。
まさに完璧家政婦、それがセルヴィーネの感じた第一印象だった。
「フェスティーニ様、フィオレニーデ様、昼食のご用意が……そちらの方は?」
「彼女はセルヴィーネ、ボクの旧友だよ。こんな雷雨の中ワザワザ来てくれたんだ」
「呼んだ、のではなく?」
「うん、彼女は探知能力に優れてるからね」
メイドと目が合う。
品定めされていると感じた頃には、もう視線は切られていた。
「丁度良かったよ、ニーベルさん。セラちゃんの部屋を一つ用意してくれないかな〜?」
「ハァ……私めにご報告くだされば、先んじてご用意させていただいたのですが、まぁ良いでしょう」
溜め息一つ、ニーベルと呼ばれたメイドは恭しくお辞儀した。
「畏まりました、昼食のご用意ができておりますので、お部屋へは後程ご案内させていただきます。お三人方、食堂へどうぞ」
「アタシも良いの?」
「お客様ですから。それに食事は余分に作ってありますので、即座にご用意できますよ」
笑顔で答えるニーベルは、そのままお辞儀をして部屋を後にする。
「ねぇ、さっきの人、誰?」
「あぁ、この領主館でメイド長をしてるニーベルさん、美味しい料理を作ってくれるんだ〜」
うっとりとさせる表情にセルヴィーネも涎を垂らしそうになるが、何処か不思議な雰囲気を持っていたため、本当は何者なのかと気になっていた。
只者ではない雰囲気、それを権能が感じ取った。
そして身体の至る所に武器を隠し持っているのも、権能が察知していた。
「いや、そうじゃなくて――」
「……姉さん」
「うん、そうだね〜」
そしてセルヴィーネを他所に、二人は意思疎通しているかのように立ち上がり、部屋を後にする。
「ほら、セラちゃんも行くよ〜」
「う、うん……」
兎にも角にも、先程の言葉や気になる事柄が増えてしまったため、一度整理するためにもフェスティーニを追い掛けていく。
ご飯を食べて考えを改めよう、と考えた。
部屋から廊下へと出たところで小さな振動を感知し、屋敷全体が揺れた。
「な、何これ!?」
「最近よく起こる『雷震』なんだ〜。大きな雷が地面に落ちて発生する地震だよ。一応は気を付けて食堂に移動しよっか」
「え、えぇ……そうね」
落ち着いた表情で、金のエルフは前を歩いていく。
しかしそんな時、屋敷で発生していた電気が全て消え失せて、停電した。
「こ、今度は何よ!?」
「駄龍、うるさい」
「なっ――」
褐色のエルフが溜め息混じりに文句を垂れ、廊下の天井に備え付けられている魔導灯へと目を向ける。
同じくフェスティーニも魔導灯を見て、それから屋敷の外を窓から覗いた。
「多分、魔力貯蔵タンクに異常が出たかな? さっきの雷が原因だろうね〜」
「直しに、行く?」
「そうだね、停電……この場合、停魔かな? したままじゃ日常生活に差し支えてくるから、ボクはニーベルさんと一緒に直してくるよ。二人は食堂で先に食べてて良いから〜」
「あ、ちょっ――」
そのままフェスティーニはニーベルを探しに何処かへと行ってしまった。
「アタシも行った方が良いのかしら……」
「邪魔になるだけ、行くだけ無駄」
スッパリと言葉で心を抉るフィオレニーデは、姉とは真逆の方向へと歩いていく。
銀髪と黒いスカートを翻して、食堂へと向かう。
表情を繕わず姉に関心無く食堂へと向かう妹を、龍女は静かに見送った。
雨が更に強く降っている中、フェスティーニは渡り廊下を歩いて小さな別館の扉を開けた。
その後ろを歩いているのは、メイド長を務めているニーベルであり、大きな工具箱を手にしていた。
「フェスティーニ様、私めが修理しますので、お食事なされては――」
「ボクも手伝うよ。流石に泊めてもらってばかりじゃ悪いし、一人じゃ何かと大変だろうしね〜?」
「しかし、お客様に仕事を手伝っていただく訳には……」
メイドとして、客人に仕事を手伝わせるのは常識的に考えて、駄目なのではないかと思った。
それに自分よりもかなり年配の方だと知っているため、申し訳なく思っていた。
しかし断るのも失礼に値する。
そのため、好意に甘えようと考えて、感謝の意を表した。
「お、お心遣い、感謝致します」
「良いって良いって〜。それより早速作業しようか」
別館の地下へと降りていくと、大仰な機械が電撃を迸らせながら置かれていた。
内部の電圧が上がった事によって壊れたせいで魔力回路がイカれたのだと即座に見抜いた二人は、一緒に中身の修繕へと入った。
「やはり、魔力回路がイカれてましたか……」
「あ〜、基盤の回路も新しいのに変えなきゃ駄目だね〜。新しいのはあるかな?」
「はい、予備がありますので、問題ありません」
操作盤の四隅の螺子を外して、蓋を開けた。
魔力回路専用の魔導基盤が中に入っており、そこに繋がっている端子を全て外してニーベルへと手渡し、奥にある導線が何本か切れていたため、そこを修理する。
雷によってタンク内部が加圧され、異常な魔力量が逆流したために導線が切れ、同時に魔導基盤が壊れてしまったと推測するフェスティーニは、工具を取り出して作業に当たる。
その手慣れた手付きを見たニーベルは、彼女の手際に注目した。
「手慣れていますね」
「ん〜? まぁ、千年も生きてたら色んなものに手を出すし、基本的な技術は極めたかな〜。それに、ずっと前までは身体が弱くて病院で本ばかり読んでたから無駄に知識は豊富だしね」
「そう、なんですか?」
「うん。けど、この強靭で健康的な身体を貰ってからは、世界が広く見えたね〜」
その言葉に何処か疑問を抱いたが、他人の事情に触れないのが一流のメイド、だからニーベルはフェスティーニに何も聞かなかった。
「予備を持ってきます」
「は〜い、じゃあボクは残りの導線直しとくから〜」
奥の部屋へと入っていき、そこから予備の魔導基盤を手にして、戻ってきた。
フェスティーニは導線の焼けた部分をペンチで切り落とし、残った部分同士を捻って繋ぎ合わせる。
焼けた部分を切り落として届かなくなった導線に関しては、工具箱に入っていた予備の導線の端同士を捻って応急処置を施しておく。
また、内圧の上がった魔力タンクと電極も使い物にならなくなっていて交換しなければならないため、その予備をニーベルに確認したが、市場まで買いに行かなければならないと言われた。
(この雨の中で買い物は……うん、フィオちゃんに頼もっかな〜)
他にも導線全体、そして端子や接続部品、他にも部品が幾つも老朽化していたため、取り換えるべきだとニーベルへと伝えておく。
取り換えねば、また修繕しなければならない。
それを防ぐ為に今のうちに換えておくべきなのだ。
「部品に感じては鍛冶屋か魔導具店、或いはユグランド商会に行けば在庫が揃っているはずです。電極は向こうの部屋に在庫が残っておりましたので、それだけは買わずとも問題ありません」
「分かった、探してみるよ」
「申し訳ございません。金額は後程お支払いしますので、どうかよろしくお願い致します」
慇懃な態度でのお願いをされた彼女は二つ返事で了承したが、実際に動くのは本人ではなく、その妹であるフィオレニーデだ。
勝手に約束している事実を、彼女はまだ知らない。
後で怒られるのを覚悟に、彼女は空笑いする。
作業を一段落終えたフェスティーニは、作業を止めて凝り固まった背筋を伸ばすために、グイッと腕を上げて伸びをした。
「先に食事になさいますか?」
「う〜ん、後で良いよ。フィオちゃんも今頃食べ終わってるだろうし、早速買いに行こうかなってね〜」
科学文明が中途半端に発達しているせいで、自転車や自動車は存在しない。
飛行船や船は異世界から齎された技術ではあるが、車は使われない。
その理由はモンスターがいるからだ。
馬車なら車よりも製法が簡単であり、壊れても作り直すための手間も金も掛からない上、運転技術も車よりは覚えやすい。
(転移魔法は希少だし、車があれば楽なのにな〜)
しかし、それはこの世界には無い。
それを知っているからこそ高望みはできず、逆に個人が有する『職業』という力で空間を一瞬で移動できるため、文明発達が遅れている要因だなと納得する。
しかし近年では魔導文明の発達が著しく伸びており、蒸気機関車や飛行船、移動手段の確立が成されているのだ。
主にミルシュヴァーナで魔導文明が発達している。
開発課の『技王』と呼ばれているディージー=リングレア=シーノッグ、エルフの同胞が主導となっているのをフェスティーニは知っていた。
「一つ、お聞きしても宜しいですか?」
「ん〜? 何かな〜?」
側に置かれていたテーブルに、必要なものをメモしていると後ろから質問の声が掛けられる。
それに振り返った彼女は意外な質問を受けた。
「貴方は何を目的にこの島へやって来たのですか? ただ単に想い人に逢いたいから、という理由だけではないのでしょう?」
「盗み聞きとは趣味が悪いね。更に嫌なところはボク達の感知網を掻い潜る気配遮断を持ってるってとこかな?」
暗い地下で、二人は向き合った。
「……急にそんな質問して意味なんてあるのかい?」
「はい、私めにはございます。仮にも領主様のメイドですので、主人に害が無いとも限りませんから。丁度機会がございましたので、お聞きしております」
妖しく輝く青色の瞳が残光を描き、フェスティーニへと睨みを利かせていた。
「隠し持った武器でボクを攻撃するかい?」
「気付いておられたのですね」
「まぁ、そうだね〜。でも、ボクに攻撃しても届かないと思うよ〜?」
そう笑みを相手へと向けるが、この状況で繕った笑みが恐怖心を纏わせて威圧してくるようだと、そうニーベルは感じていた。
その美麗な笑みは、暗い影を落していた。
その常緑色の綺麗な瞳は、まるで闇を知らないように光を携えているが、その光が少し揺れている。
「それよりボクの目的だったね。勿論、ただノア君に会いに来ただけじゃないさ」
「ノア……まさか、あのグラットポートの英雄ですか?」
「えっ? そ、そうだね、多分」
グラットポートの英雄、そう呼ばれている事実に少し笑ってしまいそうだった。
(ちゅ、厨二病だ、これ……)
そう呼ぶと本人が怒りそうだと思いながらも、フェスティーニは本題へと軌道修正する。
「フィオちゃんの個人的な問題、それから聖樹国で起こってる問題、その二つを解決するために彼の職業の力が必要なんだよ」
「職業の力?」
「うん、彼の力があれば両方解決できると思ったんだ〜。本当は問題云々じゃなくてボク自身、彼との約束を果たしたいってのが一番だけどね〜」
その交わした約束を果たすためだけに、千年を生きてきたのだと目が語っていた。
「長くて、短い千年だったよ」
「せ、千年、ですか……」
「うん。ボク、長生きでしょ?」
その長生きのレベルを超えているが、ハイエルフの中ではまだまだ若輩者の域を出ていないのだとフェスティーニは知っている。
三千年を生きるハイエルフや、特殊な力を持つハイエルフもいると言われている。
長い時を生きるエルフ達にとって、その年月は退屈そのものだ。
そのため各自で『人生の目標』を決めて、そのテーマに従って生涯を生きるのを信条としている。
魔導全般の研究、古代遺跡の発掘、世界最強の剣豪、そういったものを研究して、生涯掛けて貫き通し、そしてテーマの先にあるゴールが何なのか、それを見るのがエルフにとって誉れとなる。
「では、貴方の『人生の目標』は何ですか?」
「……」
他人へと目標を伝えても伝えずとも決まりは無いため、本来ならここで口に出しても構わなかった。
しかし、フェスティーニにとってエルフの持つテーマには興味が無かった。
「生憎と、ボクは他の子とは少し考え方が違うようでね、そういったものは無いんだ〜」
人は千差万別、中にはフェスティーニのように特定の目標を持たずに生きている者もいるため、テーマを持っていない者達は数こそ少ないのだが、それでも何かしらの人生を歩んでいる。
だが、事ここに至っては彼女の人生は特殊すぎた。
それは彼女が一番よく理解しているため、自分の手を見つめて言葉を返した。
「この手じゃ、一生涯の『人生の目標』を掲げるには小さすぎるからね。大切な人を守るためだけに、一生を捧げるつもりだよ」
哀愁漂う瞳が閉じられ、再び開かれた時には憂いは消えていた。
「ボクは特別なエルフだからね〜」
そう惚けたような笑みを浮かべて、地下の階段を登っていくフェスティーニを、ニーベルは静かに見守る。
その背中に背負っているものは何か、それを彼女が知る必要は無かった。
だからソッと目を逸らして追い掛ける。
それが、一流のメイドとしての最低限の線引きなのだと思ったからだった。
「姉さん」
「ありゃりゃ、フィオちゃん何でここに?」
別館を出たところで待ち構えていたのは、銀の髪を靡かせる褐色のエルフだった。
「姉さん……何か頼み事あるって、駄龍が言ってた」
「成る程ね。ところでセラちゃんは?」
「食べすぎ、寝てる」
「アハハ……じゃあ二人で市場に行こっか。部品が幾つか必要だからね〜」
市場へと行くために自分に頼み事をするという意図を即座に汲んだ彼女は、鍵束から一つの鍵を取り出して空間へと差し込んだ。
そして鍵を捻り、一つの扉が開く。
「『開く異界の扉』」
その扉を潜れば市場へと出て行くだろう。
それだけの力を秘めている妹の頭を撫でて、フェスティーニは彼女を連れて異界の門を潜った。
(やっぱり静かだね……)
雷雨の降る日輪島では、街全体が活気を失ったかのようであり、冒険者も日輪島以外の島にいるのが多い。
だから閑古鳥が鳴いている。
雨と雷、風の音だけが街を駆け抜けていき、森人の姉妹は静かな街を歩く。
大きなレインコートによって雷雨を凌げるが、しかし向かい風はかなり強く吹いており、身体が吹き飛ばされそうになってしまう。
「何買う、の?」
「うん、幾つかの部品なんだけど……はい、これ。ボクは頭に入ってるから、フィオちゃんが持ってて」
そう言って手渡されたのは、彼女が書いた買い物リストである。
何を買うのかを知らない妹のために書き記したメモだ。
それを受け取り、内容を全て記憶した彼女はメモをポケットへと仕舞った。
「強い風雨だね……辺りも真っ暗だし、お店って開いてるかな〜?」
「知らない。サッサと行く」
「も〜、フィオちゃんったら冷たいな〜」
そう言いながらも横並びに一緒に歩く姿は、周囲から見たら仲の良い姉妹、そう見えただろう。
ここには誰もいないが。
そして種族の壁を越えた姉妹というものはこの世界では奇妙に見える、それがエルフ、そしてダークエルフならば尚更奇怪に映る。
「それで……何処から、行くの?」
「そうだね、最初は鍛冶屋にでも行ってみようか。その後は魔導具店に寄って、最後はユグランド商会だね〜」
三つの島全てに同じ店がある訳ではない。
理由としては、冒険者や観光客にサンディオット諸島へと金を落とさせるためだ。
例えば星夜島に冒険者がいるとする。
武器屋は日輪島にしかなく、手入れや新装備を購入したいと思って武器屋へと赴くためには、船での海越えが必要となる。
つまり武器新調等の理由で行くためには、星夜島で金を払った上で船に乗り、そして日輪島へと行かなければならないのだ。
これも観光事業によるもので、しかも乗船金額は平民でも手が届く安い値段と設定されている。
「商魂逞しいなぁ」
そうフェスティーニは感じ取った。
しかし今回のような状況では裏目に出るため、見直しが必要だとも思っていた。
「……何か言った?」
「ううん、何も言ってないよ〜」
荒れた天候のせいで周囲に音が届く前に掻き消されてしまう。
だからフェスティーニの声もギリギリ届かなかった。
人も殆ど出歩いておらず、傘を差そうものなら吹き飛ばされるのは必至だ。
(ノア君に会いに行こうか、それとも日輪島にいようか、どうしようか?)
彼女には幾つもの選択肢があり、それは彼女が自由だからである故、どれを選ぼうかと贅沢に悩める。
しかし時は待ってはくれない。
その選択肢がいつ無くなってしまうのか、それは彼女には見通せない。
(うん、やっぱりノア君に会いに行かなきゃ)
折角ここまで来たのだ、と決意を胸に彼女は妹を追い掛ける。
確かに会うのが怖い、会えば拒絶されてしまうのではないか、と思ったりもする。
彼が離れていく様を夢でも見た。
しかし、それでも抑え切れない渇望がある。
(月海島にいるんだっけ? 後でフィオちゃんに連れてってもらおうかな)
今は船が出ていないため、月海島には普通の方法では行けない。
「姉さん?」
「あぁうん、何でもな〜い」
彼女の最愛の青年がしばらく諸島にいるのだとセルヴィーネから聞いていたため、彼女は問題を解決してから会おうと、改めて思った。
だから明るい世界を目指して彼女は走り出す、青年に会うために……
それが千年を生き抜いてきた神の血を引くエルフの戦士の姿であり、そして長い年月を恋い焦がれてきた一人の少女の姿でもあった。
雨が彼女のレインコートを弾いていく。
キラキラと雨粒を地面へと落として、フェスティーニは目的地へと向かっていった。
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