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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
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第127話 朋友との再会

 朝、降り注ぐ雨の中、一際大きな雷の音で目が覚めた。

 何処に落ちたのかは知り得ないが、それでも地響きを感じ取れるくらいには大きかった。


「ふぁぁ……そうだった、昨日は疲れて寝ちゃったんだったわね」


 昔泊まった宿が現存していたため、そこに泊まれたのだが、かなり大きな宿泊場となっていた。

 その名は『宿泊施設・日光』、料理も美味い、宿の個室も広い、そして従業員は家族経営で回っているのだと、女将が説明してくれた。

 濡れていた服は洗濯し、部屋干ししているそうだ。

 外を見れば今日も雨、いや雷雨、そんな中で外に出るのはちょっと憂鬱だ。


「お腹空いたわね」


 朝食を頂くために三階の自分の泊まっている部屋から廊下へと出て、そのまま階段を降りていく。

 レイがいないと少し寂しい。

 前までは一人旅が当たり前だったからそこまで気落ちしたりはしなかったのだが、今は何故かレイが足りないと思っている。

 レイが……レイ成分が不足している……

 やっぱ無理矢理にでも連れてきた方が良かったのかもしれない。


(ここ、温泉地だし)


 雷雨のせいで観光客がメッキリ減っている。

 それでも宿の人達は仕事をしなければならないから、本当に大変だ。

 しかし宿の飯は美味しいし、今は宿泊客も満員ではないけれど、それでも結構な人達がいるのだ。


「あら、こんなところに龍の神様なんて珍しいわねぇ」


 階段を降りきったところで、誰かが後ろから声を掛けてきた。

 振り向くと、そこには一人の人族の女がいた。

 煌びやかでゆったりとしたドレス、少し高いハイヒール、そして極め付けは手に持った少し豪華な煙管キセル、そこから噴き出す煙が彼女を妖しく見せる。

 肌は白く、金色のロングヘアは美しく、そして柔和な笑みは何処か安らぎを与えるものだ。


「えっと、アンタは?」

「あらら、自己紹介してなかったわねぇ。私はバーバラ、この日輪島で娼婦をしてるの」


 おっとりとした娼婦は、糸目の隙間から覗かせる青色の瞳をこちらへと向けてくる。

 品定めされている。

 彼女から見てアタシは一体どれ程の価値を持つのか、少し聞いてみたくなった。


「貴方、娼館で働かない?」

「……は?」


 と思っていたら、いきなりの勧誘にビックリして固まってしまった。

 けれど、その答えは決まっている。


「お断りするわ。アタシにはすでに決まった人がいるから」

「そう、残念ねぇ」


 全くそう思ってなさそうな表情と声色に、不思議な気持ちとなった。

 それに権能が全く反応していない。

 彼女を警戒しなくとも大丈夫だろう。


(しかし……)


 圧倒的な胸の大きさに驚く。

 アタシ達龍神族は胸部にエネルギーを蓄える器官があるから胸が大きいが、人族であれだけの胸を持つとは、暴力的だと思った。

 他の客達もバーバラを見て鼻の下を伸ばしている。

 それだけ妖艶な魅力があるのだ、女性だったとしても彼女の美しさには見惚れてしまう。


「それで、貴方は日輪島に観光に来たのかしらぁ?」

「さぁ、どうかしらね」


 他人に話すつもりはない。

 それに本来ならレイに付いてきただけであるのと、偶然にも懐かしい人間がこの島にいるのを感知したから、ここに来ただけ。

 他人に話すようなものでもないし、権能についても他人にあまり吹聴しない。


「こんな雨が続いてるから、最近は客足が少なくてねぇ。どうにかなんないものか……」

「この異常現象について何か知ってんの?」

「そうねぇ、朝ご飯食べながら話しましょうか」


 そう言ったバーバラとアタシは、何故か一緒に朝食を頂く事となった。

 席に座り、料理を注文して、それを待つ。

 トントン拍子で事が進んでいく。

 昨日バーバラがいなかった理由は働いてたから、そして今いる理由は夜中に仕事を終えて帰ってきたからだろう、そう考えながら対面に座っている彼女へと視線を向ける。

 その視線に気付いた彼女はニッコリと笑みを浮かべ、話を切り出した。


「えっと、何から聞きたいのかしらぁ?」

「……じゃあ、何でずっと雷雨となってるのか、教えくれない?」

「えぇ、良いわよぉ」


 ゆったりとした話し方に少しイラッとするが、ここは我慢だ。

 と思っていると、何故か水晶玉が出てきた。

 それをテーブルに置いて、魔力を送り始める。


「それは?」

「私は『調教師』の職業を授かってるの。だから島全体で何が起こってるのかが分かるのよぉ。情勢が見えるって言ったら分かるかしらぁ?」

「す、凄い力だけど……」

「何だって分かるわよぉ。ただし、過去とか未来とか、そういったものは分かんないから、あんまり期待しないでねぇ」


 未来ならリノが……いや、あの子は今寝てるから、未来を知る術を持ち合わせていない。

 今は誰も頼れないため、警戒が必要ないとは言っても目の前の女を信用するかどうかは別問題だ。


「いつからこの島にいんのよ?」

「そうねぇ……半年以上前から、かしら?」


 なら、ここ半年で起こっているらしい事件の数々について知ってるかもしれない。

 だから幾つか知りたい内容を聞こうかと考えていた。

 レイも星夜島で調べ物をしているだろうし、アタシはアタシで必要な行動を取って次に備える。


「半年前くらいから、この異常気象は始まったわねぇ」

「正確な日は分かる?」

「半年くらい前ってのは分かるけど……そこまで正確には答えられないわねぇ」


 約半年前から異常気象が発生している、と。

 そして彼女の職業は調教師であるため、動物とかを使役すればきっと島で何が起こってるのかを全て把握できるはずだ。


「残念だけど、貴方の考えてるように全部見えるとは言っても自由に見れる訳じゃないわよぉ?」

「それ……どういう意味?」

「私の『調教師』って職業はね、この水晶に登録したモンスターの力を借りてるの。契約したモンスターの視覚を水晶玉に同調させてるだけで、自由に島全体を見渡せる訳じゃないのよねぇ」


 いや、仮に鳥類系モンスターと契約した場合、空から自由に島全体を見渡せるはず。

 嘘を吐いている?

 いや、そうは思えない。

 だとしたら何かしらの制限があるのか。


「鳥ちゃんを飛ばせたら良いんだけどねぇ、雷のせいで飛ばせないのよ」

「な、成る程……」


 アタシには権能があるから雷に打たれはしなかったが、普通なら避けるのは不可能であり、もしも鳥を飛ばせたのなら十秒もせず雷撃に遭う。

 そして敢えなく撃沈するだろう。

 だから空へと飛ばせない、だから島全体を見渡せない。


「だから今は猫ちゃん達が私の目を担ってるの」

「へ、へぇ。なら今、この島で何が起こってるのかも知ってんでしょ?」

「あぁ、最近噂になってる孤児誘拐事件ね」

「誘拐? 失踪じゃなくて?」

「……あれは失踪と言うより、誘拐と言った方が正しいのかもしれないわねぇ」


 実際に失踪なのか、それとも誘拐なのか、その表現は情報として錯綜しているようで結構曖昧なのだとか。

 レイは失踪事件だと言ってたけど、アタシも多分失踪だと思う。

 しかしバーバラは、その場面を目撃したような口振りで話しているため、それについて再度聞き返そうとしたところで朝食が届いた。


「お待たせしました。バーバラさんはモーニングセット、セルヴィーネさんは肉厚ジューシーステーキ定食ね」


 この宿で働いている看板娘、ミィアが料理を持ってきてくれた。

 昔泊まった時の店主と顔がそっくりである。

 子孫繁栄とはよく言ったものだが、何だか不思議な気分であり、彼女の円な青色の瞳は綺麗だ。

 彼女達の現在の家族構成は、父と母、上に兄と姉、そして妹であるミィアと妹、そして祖父は漁師をしていると教えてくれた。

 今は海が荒れてるせいで漁獲量が低下してるとボヤいていたそうだが、それも島の異変だ。


「あ、貴方……それを朝から食べるの?」

「お腹空いちゃって」


 バーバラとは違ってアタシは大食漢であるため、これくらいは軽く平らげれる。

 それに龍神族は基本太らない体質なため、幾ら食べても平気だ。


(何のステーキだろ?)


 この国では魚料理がかなり美味しいけど、やはりここで出される肉料理も捨て難い。

 アタシは意外とグルメなのだ。

 ジューシーな肉をナイフで切って、フォークを突き刺して口へと運ぶ。

 噛めば噛む程肉汁が口の中で溢れてきて味が爆発しているのだが、とても美味しい以上に懐かしい味が再び味わえて本当に嬉しかった。

 流石に知り合いは他界していたので、少し悲しかったのだが、この味に巡り会えたのは幸いだった。


(美味しいわね)


 忘れられない味が小さな皿に乗っている。

 世代を経て、改良を重ねて、こうして伝えられてきたようだが、根本的なところは一切変わっていなかった。

 けど今は舌鼓を打ってる場合ではない。

 アタシは話を再開させた。


「それで、誘拐ってどういう事よ?」

「一つ言えるのは、私達には手に負えないってとこかしらねぇ」


 要領を得ない話し方をしているため、頭に一つも入ってこない。

 どういう意味なのかが理解できず、混乱してしまう。


「手に負えないって?」

「今回の事件は誰にも解決できないって意味よ。原因究明のためにギルド所属の学者さんが何人かそれぞれの島にいるけど……全員調査に行き詰まってるって話なのよぉ」


 考古学なのか地質学なのか、そこら辺はレイが詳しそうだけど、今は別行動中なので何とも言えない。


(でも、学者がギルドに登録できるのかしら?)


 ギルドの組織構図についてはあまり詳しく知らない。

 アタシはただのEランク、レイも本当ならSランクになってても可笑しくない功績を挙げてるのに、何故かEランクに拘っていた。

 目立ちたくないのか、それとも目立ちたいのか、全く以って分からない。

 何処から仕入れてくるのか、知識は豊富で、時には大胆な行動を取り、そして他人を顧みない変人だ。


(今度聞いてみよ)


 分からないものは考えない。

 考える必要が無い。

 それよりも、行き詰まった学者達がどうしたのかを聞いておこう。


「今はホテルとかに滞在してるけどぉ……肩身が狭いようねぇ」


 それもそうだろう、意気揚々と事件解決に乗り出して、結局できませんでしたと言ってるようなものだからだ。

 それは肩身が狭くなるのも必然か。

 しかし、どのように調査してどうして失敗したのか、そこまではバーバラも知らないらしいので、後は自分で調べるしかない。

 チラッと窓の外を見た。

 今も何度か雷光が宿へと入ってきている。

 音もかなり大きいので、気配を探すのも非常に面倒臭いような気がする。


(月海島にも行ってみようかな)


 さっきバーバラは『それぞれの島にいる』と言った。

 それはつまり日輪島以外にも学者がいるという意味で、そして日輪島以外にいるからと言って、必ずしも日輪島を調べてないとも限らない。

 逆に学者ならサンディオット諸島全体を調べていても可笑しくないはずだ。


「でも……二人だけはずっと調査しててぇ、残りの一人は冒険者さんを募ってるそうよぉ?」

「冒険者? それ、何処で?」

「星夜島のようねぇ」


 レイのいる島だ。

 いや、一日経過したからレイ達は月海島に行ったはず、今は知り合いは誰もいないはずだ。

 けど、この胸騒ぎは何だろう?


「それにミルシュヴァーナから、Sランクパーティーが一組やってきてるって情報もあるわよぉ」

「Sランクパーティー?」

「そう、確か名前は……『青薔薇』、だったわねぇ」

「……聞いた事ないわね」


 知らない単語がまた出てきた。

 世間に疎い訳ではないのだが、冒険者達の事情というのはまだ初心者レベルである。

 だからアタシとしてはSランクパーティーにどんなのがいるのかは知らない。


「青い薔薇がトレードマークで、実力の半分も出してないって専らの噂ねぇ。実際に新進気鋭らしいわよぉ?」

「へぇ」


 さして興味は無かった。

 強いのかどうかは実際に会ってみないと分かんないし、悪名高いパーティーかもしれないため、気を付けねばなるまいと思う。


「あぁ……うちに来てくれないかしらぁ?」

「い、行かないんじゃない? 仕事で来てんでしょ?」


 娼館で一休み、なんてしてる場合ではないだろうし、その『青薔薇』に関しても事件解決に役立つのか、そもそもそこが疑問だ。

 事件解決に役立たないのなら、今はどうしてるのか。

 もしかして、この島にいるのかな?


「何言ってるのよ、『青薔薇』のパーティーメンバーは全員女性よぉ?」

「あ、そう……」


 そういう意味で言ったのか、と気付いた。

 娼館に寄ってってほしい、ではなく、従業員として来てくれないかなぁ、という願望だったらしい。

 この女、見境無く誘おうとしてるような気もする。

 思い付きで行動するタイプのようだ。


「話が逸れちゃったわねぇ。雷雨が続いている理由、だったかしらぁ?」

「えぇ」

「それについては教えられるんだけどぉ、正しいのかは分かんないなら話半分に聞いてねぇ」


 彼女は半年程前の出来事を軽く説明してくれた。


「半年前のある日、大きな地震が発生したのよねぇ」

「地震?」

「そう、大きな地震だったのを覚えてるわぁ。そして地震が発生した後……何か不思議な声が聞こえたような気がしたのよぉ」


 彼女の話は要領を得ない。

 地震発生によって幻聴を聞いた、と言われても、どう納得すれば良いのやら……


「その声が一つだけ言葉を残して消えちゃったんだけどぉ、その言葉が『しど』だったのねぇ」

「何その言葉?」

「さぁ、ノイズが走ってて聞き取りにくかったから、必ずしもこうじゃなかったって可能性もあるんだけど、とにかく声が消えたところで雨が降り始めたのねぇ」


 しど?

 誰かの名前だったりして?


「それで終わり?」

「えぇ、終わりよぉ」


 何でずっと雷雨なのか、という質問に対する答えになってない。

 しかし地震と声の二つが原因で雷雨が発生したのだとしたら、彼女達の知らない場所で一体何が起こっていたのか、本当に謎だ。

 謎すぎて頭がパンクしそう。


「あぁそ〜そ〜、もう一つ面白い情報があったのよぉ」

「面白い情報? 今度は一体何よ?」


 ウフフ、と笑みを浮かべながら、バーバラは水晶玉に一つの光景を浮かべて見せてきた。

 そこには一つの映像が映し出されている。

 何処かの屋敷の一室?

 二人の人物が映し出されているのだが、その二人からかなり離れた位置で監視しているのか近付こうとはしていなかったため、妙に感じた。


「これは?」

「日輪島のとある場所の映像なの。そこに二人の森の民達がいるんだけどねぇ……面白いのは、何故かエルフとダークエルフの二人が仲良くお喋りしてるってところよぉ。知り合いにエルフの子がいるんだけどねぇ、ダークエルフはエルフにとって厄災の象ちょ――」

「ここ何処!?」


 遠くからでも分かる存在感、その姿形、そして彼女の優雅に本を読む動作、忘れるはずもない……いや、アタシの探してた人だ。

 かつての旅仲間であり、そして神の血を引くエルフ、フェスティーニその人だった。

 もう一人は分からないけど顔が瓜二つ。

 でも、何でここに?

 いや、錬金術師について話してくれたし、レイを探しに来たのならば理解できるけど、でも彼との関係性が不透明であるため微妙なところだ。


「そ、そんな迫らなくても……何か事情でもあるのかしらねぇ?」


 ニヤニヤとしながら、彼女が探りを入れてくる。

 情報が金になると知っている目だ。

 情報を渡したり情報を得たりして、客達を選んでいるのだろう。

 しかし、それは悪手だ。


「アタシを探るのは別に構わないけど、世の中知らない方が良い事もあるわよ」

「ひっ……」


 人族というのは何と脆いものかと思う。

 少し殺気を漏らしただけで震え上がっているのだから、こんなにも脆弱とはビックリだ。

 レイはアタシの殺気すら受け止める。

 受け止めるに留まらず、逆に殺気を放って相殺、支配してしまうのがレイだ。

 一度心を落ち着かせて、水晶玉に映ってる場所について聞いてみた。


「そこに映ってる場所は何処?」

「……領主館、そこに行けば分かるわよぉ」

「分かった、ありがと」


 ポーチから一枚の金貨を取り出して、それをチップとして置いていく。


「ちょっ――これは多すぎるわよぉ!?」

「いえ、それはアタシからの謝礼よ。その情報の価値はアタシにとっては何倍にも跳ね上がるもの。じゃあね」


 丁度朝食も食べ終わったため、早速出掛ける準備をしようと部屋へと戻る。

 呑気に話をしている場合ではない。

 だから、早る気持ちを行動に表して階段を駆け上がっていった。





 部屋の扉がノックされ、一人の女性が部屋へと入った。

 褐色の肌を持ち、真っ赤な瞳と銀色の髪を揺らす少女がワゴンを押して入室する。

 その台には紅茶ポットやケーキスタンド等が乗っており、ソファに座って本を読んでいる一人のエルフへと声を掛ける。


「……姉さん」

「ん〜? あぁ、持って来てくれたんだね〜、ありがとフィオちゃん」

「ん」


 本からワゴンへと視線を移した彼女は、本を閉じて立ち上がってワゴンをテーブルへと寄せる。

 二人の森の民である彼女達は、それぞれ菓子類とティーセットをテーブルへと移動させ、ティーブレイクの準備をして再びソファに座る。

 紅茶をティーカップへと注ぎ、口を付ける。

 仄かな香りが鼻腔を突き抜けて、高価な味が喉を通っていく。


「……美味しい」

「そりゃボクが入れたんだもん、当然だよ〜」


 誇らしげに妹へと胸を張る彼女は、窓の外へと視線を向けた。

 外は雷雨が鳴り響き、雷光が迸る。

 空は暗雲立ち込めており、横殴りの雨と風が窓を何度も叩いていた。


「折角領主館に招待されたのに、領主のお爺ちゃんも何処かに行っちゃうし、この島の異変について調べようにもこの雷雨じゃ――」

「無理」


 フィオレニーデは彼女の言動を言葉で切り捨てる。

 実際に日輪島にいる学者でも雨のせいで調べられないと言い、匙を投げたと聞いていた。

 だから彼女が調べようと乗り出た。

 しかしながら、この雨天に外に出るのを億劫に感じているのも事実だった。


「ズバッと言い過ぎじゃない?」

「普通」

「う、うん……」


 言葉数少なめにフェスティーニへと事実を述べる彼女は表情を変えず、何かを感じ取ったのか顔を窓の外ではなく、その逆側のドアの方へと向けた。

 手にはいつの間にか半透明の短剣が握られており、敵意を剥き出しにする。


「どしたの、フィオちゃん?」

「門の前……誰かいる」


 誰かいる、その言葉に彼女も理解した。

 探知能力は妹の方が強く、僅差でフェスティーニも門前にいる存在を感知した。


「この領主館にフィオちゃんが警戒するような人が……もしかしてノア君!?」

「……違う」


 キラキラと無邪気な瞳を宿した少女の言葉を否定する。

 そして呆れたような、そして『これが姉なのか』と残念そうな瞳を向けて、フィオレニーデは溜め息を吐き捨てた。


「え〜? じゃあ誰なのさ?」

「多分だけど、龍神族」

「あぁ、成る程ねぇ」


 その言葉にフェスティーニの脳裏には一人の龍神族の友の顔が浮かんだ。

 まさか彼女なのかと、そう思って部屋を出る。

 しかし金のエルフの行く手を阻む者が一人いた。


「退いて、フィオちゃん」


 両手を広げて通路を阻むのは、妹だった。

 たとえ知り合いだとしても姉の身に何かあれば自分の存在意義を失ってしまう、そう思ったフィオレニーデは彼女に恨まれようとも行動に移した。

 そして言葉によって強制しようと言霊を放つ。


「『止まって』」


 言霊に魔力が宿り、それがフェスティーニの脳裏を刺激する。

 しかし彼女は止まらない。

 フィオレニーデの能力を無理矢理解除して、フェスティーニはそのまま妹の横を抜けていく。


「ごめんね、それでも行かなきゃ」


 姉の行動を制限できるはずもない、そう考えた彼女は両手を静かに降ろして、フェスティーニの後ろ姿を黙って追い掛ける。

 足音だけが廊下に響く。

 言霊を操る彼女にとって天敵とも言える姉に従うのが自分の責務であり、彼女の行動を束縛できないのは百も承知であるため、彼女は後ろ姿へと手を伸ばすが、しかしその手を掴めない。


「やっぱり、そうだ。セラちゃんだ……でも何で?」


 龍神族の友人が何故ここにいるのかを知らないフェスティーニにとって、それは不思議に思えるものだ。

 権能が感じたから来た、ただそれだけである。

 しかし彼女には龍女の行動の意味を知る術は無い。


「まぁ良いや、直接聞こ〜っと!!」


 中央ロビーの階段の手摺りを一気に滑り降りて、タタタッとロビーの玄関扉へと手を掛ける。

 その扉を引いて、友人の姿を目にする。

 しかしそこにいたのは、蔦や木々に絡まれて身動きの取れなくなっている龍神族、元気一杯なはずのセルヴィーネだった。

 彼女の身体は蔦によって動きを封じられ、簀巻きにされているように地面に転がっている。


「ひ、久し振り……」

「んな事言ってないで蔦解きなさいよぉぉぉ!!」


 これがフェスティーニの仕業だと知っていたセルヴィーネが怒りを爆発させながらジタバタと動いている。

 口から高温の煙が出ていたため、速攻で蔦縄を解除してセルヴィーネを助けた。


「ハァ……全く、酷い目に遭ったわ」


 身体に付いた草木を払って、二人は向き合った。


「領主館は一応、ボクが守ってるからね〜。そこら中にトラップ仕込んでるから、迂闊に敷地内に入ると作動しちゃうんだよね、アハハ〜」

「アハハじゃない!!」

「ごめんって、そんなに怒んないでよ〜」


 雨に打たれて、びしょ濡れとなった彼女を領主館へと招き入れる。

 常緑色の瞳と真紅色の瞳が淡く輝く。

 その審美眼が、友人が本物であると確かめられた。


(幻影魔法や変身魔法みたいなのもあるし、ちゃんと見とかないとね〜)


 目の前の存在が本物のセルヴィーネであると確認したフェスティーニ達は、龍女を中へ入れる。


「久し振りだね、セラちゃん」

「そうね……久し振り、フェスティ」


 二人は握手を交わし、再会を喜び合う。

 それを蚊帳の外でただ一人、フィオレニーデはジッと眺めていた。

 あれが旧知の間柄なのか、あれが朋友というものなのか、彼女の興味は尽きなかった。


「立ち話もなんだし、取り敢えずは紅茶でも飲みながらゆったりとお話しでもしよっか」

「えぇ、そうね」


 チラッとフィオレニーデを横目に見て、セルヴィーネはウキウキと歩いていくフェスティーニの後を追い、階段を登っていく。

 そして二人は部屋でティーブレイクとして、互いの状況について話し合った。

 里を飛び出た事、とある青年と出会った事、フラバルドで事件に巻き込まれた事、そして青年の療養のためにサンディオット諸島へとやってきた事、セルヴィーネはそれ等を簡単に話した。

 一方でフェスティーニは、森の外れに棲んでいた事、その里から飛び出してきた事、成り行きで領主館の領主に依頼されて警備に当たっている事、この島で何が起こってるのか調査している事、それ等を伝えた。

 しかし森を出た目的について、セルヴィーネは自身の持つ権能で嘘だと見抜いた。


「フェスティ、アンタ何企んでんのよ?」

「も〜酷いなセラちゃん。企んでる、なんて言い方しなくても良いのにさ〜」


 紅茶を喉へと流し込み、セルヴィーネは掴み所の無い銀色の少女へと目をやる。

 ただエルフの後ろに立っている。

 それが用心棒のような存在に見えた。


「で、フェスティと瓜二つのその人は?」

「あぁ、ボクの妹だよ。名はフィオレニーデ、フィオちゃんって呼んであげてね〜」

「……どうも」

「ど、どうも」


 感情の希薄なフィオレニーデを、何処かノアに似ていると思ったセルヴィーネ。

 実質、ノア+フェスティーニを半分に割ったような存在では無かろうかと、本気で考えたりもした。

 それくらい、二人に似ていた。

 感情面ではノアに、容姿面ではフェスティーニに、それぞれが酷似しているのだが、そこで問題となるのが種族についてである。

 エルフとダークエルフが姉妹という事実も有り得なくはないが、それは二人の母親が違うという意味を持ち、普通ならエルフに忌み嫌われるダークエルフが妹という時点で姉であるフェスティーニが嫌悪感を一切抱かないのは、この世界にとっては異常でしかない。

 そして妹がいると知らなかったセルヴィーネにとっては、瓜二つの顔を持つ二人に対し、少し不気味に見えた。


「それで、さっきの質問に答えてもらってないけど?」

「別に企んではいないよ〜。そうだね、強いて言うならだけど、千年前からずっと機会を待ってたんだ」


 妖しく瞳が揺れて、神のエルフはただ一言、自分の目的を朋友へと伝えた。

 そこに浮かぶ笑みを、その彼女の放った言葉の意味を、セルヴィーネは全く以って理解できなかった。


「ボクはね……愛しのノア君に(・・・・・・・)逢いに来たんだよ(・・・・・・・・)






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