第125話 悪と予知の夢
夢を見た、かつての忘れていた記憶だ。
俺はただ一人、そこに馬鹿みたいに突っ立っていた。
目の前にはかつての院長とその妻、俺の父親代わりだった者と母親代わりだった者がいた。
そして背後には孤児院があった。
(また……焼けてるのか)
燃え盛る炎が、孤児院全てを焼き尽くしていく。
二人との間には大きな溝があり、そちら側へと向かう事はできない。
見えない壁があるようで、手を伸ばしても届かずに俺は佇んで成り行きを見守るしかできず、その二人へと呼び掛けるだけが今の俺に許された行為だった。
しかし、言葉が出てこない。
掠れて声を上げられない。
(何だ?)
二人が何かを口にしている、それが見えた。
口元だけを見ても何を言ってるのかが分からず、二人の目元へと視線を移す。
そこには、静かに泣いている二人がいた。
俺に対しても優しかった両親、しかし最後には結局裏切られてしまう運命にあった。
『悪魔の子め!!』
『お前のせいで私達は死んだのよ!!』
その言葉だけが何故か聞き取れたような気がした。
俺が悪いのか、俺のせいなのか、この教会が燃えてしまった理由は?
(違うんだよ二人共、俺は……)
ただ、貴方達のために何かできないかと思ったから、ああしただけなんだよ。
それは結局、俺自身を縛る事になってしまった。
だから貴方達の元を離れる結果となってしまった、それが正しいのだと信じて。
(父さん、母さん……ごめん)
次第に孤児院の炎が二人を蝕んでいき、二人の姿は焼け溶けていく。
手を伸ばす、その小さな手を。
しかしながら何にも届かずに、俺は前へと進む事ができずにいた。
(俺は間違いだらけだ……間違って、傷付いて、今でもそうだ。間違った道を進んで……いや、何処にも進めずにいるんだ)
俺は心体共に前へと進めていないと気付いていた、この先何処まで暦が捲られようとも、月日が巡ろうとも、俺はこの呪縛からは逃れられないのだと。
自由を生きようとしても、自由に縛られる。
自由だからこそ、俺はその呪縛となった記憶に囚われてしまう。
(なっ――鎖が……動けない)
二人が燃えていく様をただ見続けさせるためなのか、何処かから生えてきた影鎖が無数に身体へと纏わり付いてきて、ピクリとも動かせない。
痛み、苦しみ、それを残して全て燃えていく。
ずっと苦しみ続けて、忘れて、それでも心底に燻っていたものが再燃して呼び覚ます。
『『お前のせいで――』』
全てが崩れ落ちていく様を見て、俺は静かに涙した。
温かな感触が、頬を伝って地面へと小さな雫となって落ちていく。
地面に落ちて、暗闇に波紋が生まれる。
地面を見れば、水溜まりのように闇が広がっており、そこには生気の無い自分の小さな、子供の頃の自分の顔が映し出されていた。
(子供の姿……)
その場に跪いた状態で、俺は溝の向こう側の光景を目に焼き付ける。
パチパチと火の粉が舞い上がり、激しく焼けていく。
孤児院から叫び声が聞こえてきて、そこに住んでいた奴等も全員が灰となって、天へと昇っていく霊魂を左眼が見ていた。
怨みだけを残して、皆、消えていった。
(ガッ――)
身体に呪縛の印が現れた。
(た、タルトルテ……)
包み込むように彼女の姿を象った怨嗟が俺へと入り込んできて、心臓部を中心に幾何学な紋章が身体を黒く染め上げていった。
いつの間にか身体が成長しており、今の姿となっている。
心臓部を蝕んでいる呪印は右脇腹から左肩まで広がっていたのだが、背中や左眼にまで侵蝕率が上がっているようで、もうじき左腕と右足を喰らい始める。
左眼に激痛が走って、一度目を閉じてしまった。
次に目を開けた時には、そこにはもう闇以外何も残されていなかった。
『よぉ、半身』
と、背後から一人の青年が声を掛けてきた。
俺と瓜二つの顔、身体、声、そして醜悪な嗤い顔を繕っている性格、俺とは全く違う人間が前へと回ってきて、その姿を晒す。
「ヴィル……」
声を出せたが、それはどうでも良い。
目の前に俺の半身がいるという意味、つまり俺を鎖で縛っているのもコイツが影を操ったからだろうか。
『お前は言ったな、俺の生き様を見ていろ、と』
そう彼は口火を切った。
一番近くで見ていてくれと、俺は願った。
そう言ったも同然だ。
『その結果はどうだ? 残り数ヶ月の命となったぞ』
「黙れ……」
『裏切られ、傷付き、そしてお前は惨めに這いつくばっている。誰の助けも借りず身体を蝕まれ続け、挙げ句の果てに間抜けにも自分で命を縮めやがった』
下らない、そう一蹴する。
両眼が赤く染まっており、奴の身体に影が霧となって漂っている。
『お前は自分の命を削ってまで何がしたい?』
「……」
『その旅の果てに待ってるのは破滅だ。それはノア、お前も分かってるだろ?』
そうだ、分かってるさ。
身体を蝕むものは怨念の塊で、それが俺の行動を制限するのもセラを助けたからこそだ。
彼女を蝕んだ呪詛を全て俺が奪って全て自分の身体に引き継いだ。
それで俺は寿命を常に削り続けている。
『お前を友だと言っていたダイガルトも、仲の良かったはずの勇者共も、お前を裏切ったんだ。何度も裏切られて、傷付いて、まだ気付かないのか?』
いつか身を滅ぼすであろうと、そう言いたいのだろう。
確かにダイガルトも俺の情報を売り渡していたし、勇者共もクズの集まりだったし、俺は簡単に裏切られてしまったのを今でも覚えている。
何度も繰り返してきて、気付いている。
人はいつか裏切るものなのだと。
『それに裏切られるのを承知でお前は、案内人に錬金術を使おうとして呪印の侵蝕率を上げたな。使い続ければ、いずれ限界が来る』
俺の命も後どれくらい保つかは不明だが、しかし俺にはまだ目的がある。
やり残したものが残っている。
そのためなら、何度だって使ってやる。
『愚かだな、ノア』
罵倒の言葉を浴びせ、ウォルニスは俺を蔑む。
『いずれ忌み子だと知られ、仲間達はお前の元を去っていくだろう。そしてお前はまた孤独を味わうんだ』
「うるせぇ……」
『今一度聞くぞ、ノア』
その赤い瞳が、俺の蒼い双眸を映し出す。
『お前はこのサンディオット諸島で何を得る? この旅の果てに何を見つけるつもりだ?』
それは、見えない希望だ。
何を得るか、そんなものは俺にだって謎なのだ、分かるはずも無かろう。
この旅の果てに、俺は一体何を得るのか。
この道の先には、何が待ち受けているのか。
「んなもん、俺が知るかよ」
『……』
「だが、あの日、俺は正しいと思った選択を選び続けるって決めたんだ」
その道の果てに得られる幸福、或いは絶望が何なのかは旅の終着点にしか置かれていない。
それを見つけたとして、俺は何かを得られるのか。
生きる意味を見つけられるのだろうかと、延々と悩み続けている自分の問いが俺を見ていた。
『また……過ちを犯すのか?』
瞬間、記憶が蘇る。
『また……その手で全てを壊すのか?』
うるさい、黙れ、喋るな。
『また……命を無駄にするのか?』
止めてくれ、もう聞きたくない。
『また……愛した者をその手で殺すのか?』
違う、正しい事をしようとしただけだ。
『また……選択を誤るのか?』
その言葉の数々は胸へと突き刺さってきて、身体が闇へと取り込まれていく。
赤い瞳が俺の心を射抜いた。
もう修復不可能であろう俺の心が身体と同じように呪縛に囚われて蝕まれていく、それが必然だったかのように、俺の心が闇へ消えていく。
『お前はずっと……十字架を背負って生きていく運命にあるんだよ、罪人としてな』
最後に見えた瞳は悲しみに揺れているように見えた。
違うんだよ、俺は正しいと思った事をしただけで、あんな風になるとは思ってなかったんだ。
そう言おうとしたが、何故だか言葉にできなかった。
『見せてもらおう、この島でお前が何をするのか、何を成し遂げるのか、そして何を得るのか……』
沈み続ける闇に動けずに、身体が取り込まれた。
足から胴体、そして腕、首、顔、最後に蒼い双眸が闇に消えていった。
『また会おう、我が半身……いや、自らの手で孤児院を焼いた咎人よ』
「ヴィル――」
手を伸ばそうとしても、やはり届かない。
俺は何も手に入れられず、ただ失っていくばかりで、自分ではどうにもできないと知っている。
それでも……俺は正しい道を模索するのだ。
そして俺はその暗闇の世界から、現実という名の地獄へと戻っていった。
飛行船内アナウンスによって、俺は寝覚の悪い朝を迎える事となった。
正しいと思った行動を取ったために、俺は一生涯十字架を背負い続けなければならなくなった。
『乗客の皆様、おはようございます。朝食のご用意ができましたので、食堂へとお越しくださいませ。繰り返します。乗客の――』
「もう、朝か……」
嫌な夢だ、たまに見る悪夢が俺の空っぽな心を黒く染めていく。
汗は特に掻いてないが、呪印が首元まで来ているのに気付いて溜め息を漏らす。
(後数ヶ月の命、か)
夢の中で語り合った言葉が鮮明に思い出され、窓の外へと視線を向けた。
快晴の空ではあるが海は荒れに荒れているようで、昼頃にはサンディオット諸島に辿り着けるだろうと、妙に冴えた頭が考える。
昨日は一日、リノの看病に時間を充てた。
そして今日、サンディオット諸島に上陸する。
(錬金術を使えば、また呪印が広がるのか……後何回使えるかだな)
本当に不味い状況となってきているが、それでも俺は前へと進まなければならない。
「ご主人様、おはようございます」
「ユスティか、おはよう」
挨拶を交わすが、何故かユスティの表情が優れない。
何かあったのかと思うが、そうではなかった。
「ご主人様、ずっと魘されていましたけど、本当に大丈夫なんですか?」
「あ、あぁ……」
大丈夫、ではあるが、その前に一つ疑問がある。
「お前、何でここに?」
「い、一緒に寝ようかと思いまして……」
「で、そのまま寝たと?」
「……アハハ」
いつも一緒に寝ようとベッドへと忍び込んでくるのだが、まさか魘されてるところを見られるとは迂闊だった。
さっきの夢については口を噤む。
俺の問題なのだから、この記憶は再び封じておく。
「朝飯、食いに行くか」
「はい」
疲れたせいで、このまま寝てしまったらしい。
服を着替えもせず、そのまま廊下へと出る。
朝食はビュッフェ形式なので、俺達は何故かここにいないセラを起こしに部屋へと向かった。
「おい、セラ」
ドアを叩いて起こしに来たが、中から出てこない。
何でだろうかと思って再度ドアをノックしてみたが、それでも反応が無い。
そもそも彼女はユスティと同じように毎日ベッドに潜ってくるはずなのだが、今日はいなかった。
(昨日はいたのにな……)
昨日はセラとユスティが両挟みで俺を抱き枕にしてきたのだが、今日の朝目を覚ました時にはユスティしかいなかったため、もしかしてと考える。
だから俺は彼女の部屋の扉を開けようとドアノブを捻ろうとした。
しかし鍵が掛かっているみたいで、中に入れないならばと思ってドアへと左手を着いた。
そして錬金術を発動させる。
「『完全空間掌握』」
その部屋の内部を完全探知してみたが、蛻の殻となっていた。
他にはテーブルに手紙があるだけで、後は何も無い。
それが脳裏に映し出された。
「グッ――」
「ご主人様!?」
左腕にまで侵蝕が始まったらしい。
肩に激痛が迸り、耐えれず地面に膝を着いてしまった。
腕が痺れているため、これ以上連続して錬金術を使うのは止そう。
「セラがいない。鍵を掛けてるようだが、どうやら窓から外に出たようだ」
「そ、それは――」
「日輪島に飛んでったんだろう」
勝手しやがる。
セラなら龍神族の身体能力、それに加えて飛翔能力があるから死にはしない。
だが、何で待たずに窓から逃げたのか、それが謎だ。
もしかして権能で何か感じたのか?
「ハァ……取り敢えず中に入るか」
「ですが、鍵が掛かってますよね?」
「んなのピッキングで開けるに決まってんだろ」
影を動かして、ピッキングを開始する。
この鍵は魔法陣とかを使っている訳ではないので、簡単に開けられる。
「よし、開いた」
「手慣れてますね……」
苦笑いを浮かべるユスティを放置して、俺は中へと入ってみた。
セラの痕跡が全く無い。
荷物も何処にも置いてないし、何より彼女が何処にもおらず、窓が全開となっている。
「ご主人様、手紙がありました」
「あぁ、そうだな」
彼女が持っていた手紙を受け取って、そこに書かれている内容を読んだ。
筆跡は前に見たセラの文字そのものである。
これが本物であるのは間違いない、攫われたとかの可能性は無いと分かった。
「えっと……『少し日輪島まで出掛けてきます。数日後には帰るから、探さないでください』、か」
まるで家出した子供みたいな文章だな。
居ても立っても居られずに行動に出たのだろう、彼女らしい性格ではあるが……
「ご主人様の読みが当たりましたね」
「そうだな」
情報収集もせずに日輪島に向かうとは、本当に何を考えているのだろうか。
手紙を握り潰して、悩みの種が増えたなと息を吐いた。
追いもしないし、探しもしない。
彼女については今は放置して、朝食を食ったら着陸のための準備をしよう、セラについて考えるのは一先ず後回しにする。
「リノの様子も見に――」
次いでリノがどんな調子なのか見に行こうとして、その彼女の部屋から物音が聞こえてきた。
ドサッと何かが落ちるような音が聞こえてきて、ユスティが無遠慮に部屋へと入る。
「リノさん!?」
「起きたのか、リノ?」
そこには、ベッドから這いずり出たリノが地面に倒れている姿があった。
身体に負担が掛かっている時に、無理に出ようとしたらしい。
「の、ノア殿……す、済まない……」
「謝るな、それより今は休んでいろ、体力が保たないぞ」
「そ、そうでは…ない」
震える手が魔法衣の襟を掴んでくる。
恐怖に見舞われた顔を晒し、涙を流していた。
朦朧とする意識の中で、彼女は虚ろな表情で何かを口にする。
「に…逃げ、ろ……の、ノアど、のでも……か…てな……」
「リノ!!」
訳の分からない言葉を放って、そのまま彼女は気絶してしまった。
身体が物凄く熱く火照っている。
身体の熱によって徐々に体力を消耗している。
(不味いな、意識が錯乱してるのか)
治療院とかで見せた方が良いのか?
いや、あの島には何かある、何かあるからこそ信用できない。
「とにかくリノを休ませるか」
「は、はい」
そうして俺達はリノをベッドへと戻す。
彼女は震えていたし顔面も蒼白となっていたため、何かしらの未来を予知してしまったというところか、さっきの言葉の意味は分かりかねるが、飛行船は飛び続けている。
つまり、もう逃げられない。
このサンディオットという諸島の運命から、雁字搦めに縛られる。
「それよりユスティ」
「はい、何ですか?」
「セラと何を話した?」
ビクッと肩が震え、急にしどろもどろとなった。
分かりやすい反応だな。
とにかく、二人の間に何かあったのは確かだろう、昨日のうちに何かを話していたのは、今の反応で確認できた。
「な、何の事ですか?」
「シラを切るのは別に構わんが、誤魔化すならもっと上手く誤魔化せ」
「すみません……」
セラは毎日のようにベッドに潜ってくるのだが、それをユスティが知らない訳がない。
しかし今日はセラがいなかった。
それをユスティが気付かないはずもないし、少しばかり心音も速く、霊王眼からは彼女の動揺が有り有りと映し出されている。
それを指摘するつもりは無かったのだが、リノが未来を予知してしまった以上、聞かねばなるまい。
(まさか予知夢を見るとは……)
案内人は導き手であるがために、色んな形で予知を見られる。
そもそも未来予知には幾つか種類が存在している。
予知した未来を行動次第で簡単に変化させられる未来選択による予知、予知した未来を回避するために画策して別要因の結果が誘導されて見た未来と同じになる未来固定による予知、景色ではなく言葉や特定の文字記号等による予言による予知、寝ている時に夢として未来の光景が見られる睡眠による予知、考え得る未来視には幾つものパターンがあり、案内人なら使い分けられる。
リノの『案内人』という力は未知数だ。
戦闘事には一、二秒先の未来を見て行動している。
それは行動次第で変化する未来、つまり当たりそうな攻撃も一秒先の未来とは別の行動を取れば当たらないというものだ。
しかし案内人は誰かを導くための存在であるが故に、睡眠時にも稀に予知が働いてしまう。
そして案内人の予知夢は特別な意味を持つ。
制限は幾つかあると聞くが、予知夢として見た未来は彼女が選択できない一つの事実となる。
(つまり、リノの見た予知夢は何があっても変化させられない……)
俺に逃げろと言ったのは、見た未来が変えられないものであると予め知っていた、そして俺が逃げなければ死んでしまうかもしれないと理解していたからだろう。
そして彼女の予知夢は本来変えられない。
いずれ、俺はサンディオット諸島で『何か』と戦い、死んでしまうのだろう。
「時間を食ったな……さ、行くぞ」
「あ、はい」
我慢できずに飛び立ったセラについては今は放置していても構わないだろう。
懐かしい気配というものがあるため、日輪島にも誰かがいるはずだ。
「ご主人様、一つ聞き忘れていたのですが、よろしいでしょうか?」
「ん? あ、あぁ、何だ?」
一瞬、悪寒がしたが……
「昨日、誰かとお会いになりましたか?」
「……どういう意味だ?」
「いえ、少し香水の匂いがご主人様の服から感じられましたので何だろうか、と」
後ろを振り向けない。
香水とは、恐らく魔導師の女とすれ違った時に付着したものだ。
「別に、展望デッキですれ違った奴の香水じゃないか?」
「そ、そうでしたか……良かったぁ」
何が良かったのだろう?
胸を撫で下ろしている様子をチラッと見たのだが、俺に近寄る知らない女に対して警戒心が芽生えた、といったところか。
女の感情、いや、人間の感情の大部分を理解できない。
理解できなくなってしまっている。
「どうされましたか?」
「いや……何でもない」
彼女と目が合い、咄嗟に目を逸らした。
人の気持ちを知識として理解はしているが、理性的本能的な感情の理解はできない。
それを悟られないように、俺は彼女から目線を切った。
知識では理解はできているために適切な受け答えは可能となるが、本能や理性では理解不能な彼女の気持ちに俺は応えられない。
人間の恋愛感情は不可思議なものである。
ユスティの場合は依存を恋愛だと錯覚しているようなので少し違うし、セラの場合は本能的な従属にも似ている。
(昔が懐かしいな)
前世では自由に語り合ったし、楽しい日々を過ごせた。
それも名も知らぬ彼女がいたからこそ、俺の人生に花が咲いたのだ。
「あぁ!!」
何処からともなく、大きな声が響いてきた。
そちらを向くと、俺を指差してプルプルと震えていた古代魔導師の女がいた。
名前は……ルミナだったな。
「やっぱりノアじゃない! 何が『俺はクルーディオ』、よ! 私に嘘吐いたわね!?」
耳障りだな、マジで。
飛行船内に逃げ場は無いため、このまま関わらないようにしても向こうから迫ってくる。
ホント鬱陶しい女だ。
「ご主人様、お知り合――」
「見るな話すな関わるな、あれは厄災を呼ぶ魔女だ。絶対に近付くなよ」
「ちょっ――何、偏見吹き込んでんのよ!?」
あんまし関わり合いになりたくないのだが、ユスティを食堂へと押していこうとすると、透かさずルミナが俺の服を引っ張ってくる。
離せ、伸びる伸びる。
「待ちなさいよ! 逃げるつもり!?」
「いや、別に逃げるどうのじゃない気がするんだが」
コイツ、何か面倒臭い。
「うるさい! ちょっと活躍したからって調子乗ってんじゃないわよ!!」
「……はぁ?」
「グラットポートでちょっと活躍したからって調子乗んなって言ってんの!」
意味が分からん。
調子になんて乗れるはずも無かろうに、相手するだけ無駄だなと思った俺はユスティの背中を押して食堂へと逃げようと思って行動へと移す。
「あ! 逃げるつもりね! 待ちなさ――フギャッ!?」
俺達が彼女に背中を晒していた時、何かが潰れたような断末魔が聞こえてきた。
振り向くと、そこには汚物を見るような目でルミナを見ていた一人の男が立っていた。
灰色の髪に左右非対称の色を持つ魔眼持ち、整った顔立ちに高身長の特徴、その男は俺と同期の冒険者資格取得者のニックだ。
まさか二人で旅してるとは思わなかった。
ニックはルミナの首根っこを掴んでいるのだが、どうやら首筋に手刀を当てて気絶させたようだ。
「アホ女が迷惑掛けた」
「あ、あぁ……」
希薄そうな感情は俺と似ていて、コイツも表情をあまり面に出さない。
あまり面識は無いのだが、何だか境遇が似ているように思えるのだ。
「随分と活躍しているようだな」
「別に成り行きでそうなっちまっただけだ。俺としては巻き込まれるのは御免だがな」
平穏な旅をしたいものだ。
しかし、何故か毎回毎回事件に巻き込まれる。
いや、フラバルドの時は自分から首を突っ込んだな。
「なら何故サンディオット諸島に行く? サンディオットの事件、ノアも知ってるんだろ?」
知っている。
事件だけでなく、ここに麻薬売買人もいるらしいとも情報を得ている。
「ノアって呼ぶな。ここでは『クルーディオ』って名乗ってんだ、俺を呼ぶならクルーディオ、或いはディオとでも呼べ」
「なら……ディオ、この島に来たって事はお前も事件の調査なのか?」
「いや、単なる休養だ。別にそこに住む奴等がどうなったとしても俺には関係の無い話だからな。お前等はどうしてこの飛行船に?」
俺がガルクブールを出た時、彼等はまだその都市にいたはずで、それから何処に行ったのかは知らなかったのだが、まさかこんなところで会えるとは。
何の目的でコイツ等は諸島に行くつもりなのだろう。
もしかして俺と同じように休暇目的で諸島へ……とは考えにくい。
「島の領主に伝があるから、そのために呼ばれたんだ。ルミナは付き添いだ」
「そうか……因みに、どの島だ?」
「星夜島だ」
成る程、なら俺達とは別ルートか。
俺は一日を星夜島で過ごしたら、次の日には月海島へと移動する。
星夜島で何が起こるかは未知数だが、俯瞰していよう。
これから諸島がどうなっていくのかは誰にも想像が付かないのだが、それを確かめるために、セラからの忠告についてニック達に伝えはしなかった。
「引き止めて済まない。俺達はこれで失礼する」
「……あぁ」
スタスタと去っていくのは良いのだが、ルミナを引き摺っているのを見るに、非常にシュールな光景だった。
何だったんだ、アイツ等?
「ご主人様、あの方達は?」
「冒険者試験に合格した同期、単なる知り合いだ」
「向こうは凄まじい剣幕でしたけど……」
それは俺に聞かないでもらいたい。
何故あんなに怒っているのかは知らないので忘れるとしよう、女性にはイライラしてしまう時期が巡ってやってくるものだ。
うん、気にしないでおこう。
それに、寝覚の悪い朝に余計な事をしたくないし、考えたくもない。
(前途多難だな)
ズキッと、頭に軽い痛みが響く。
この頭痛は治まらず、ただただ不快感が募っていくばかりで、妙な胸騒ぎが燻っていた。
身体も限界近いらしい。
これ以上は無理せずに過ごすとするが、リノの予知夢の件もあるし、これからの行動次第でどのようにも状況は変化し続けるはずだ。
だから、その時になったら無理してでも能力を使う。
能力が無くとも持ち前の身体能力である程度は動けるし、大抵の人間相手なら格闘術で何とかなる。
しかし錬金術師の能力は、それを遥かに超える力を秘めている。
(予知夢の未来を回避するためには必要だしな)
何と戦うにしても、やはり万全でなければならない。
呪印に苦しむ今、誰と戦っても勝てやしない。
だから予知夢と同じように俺が死んでしまうのだろうと思ったが、それは変だ。
俺には暗黒龍との契約で手に入れた超回復能力があるのだが、それが阻害されていたとしても完全に使えなくなった訳ではない。
つまり死ねない身体なのだ。
しかしリノの見た予知夢は百発百中、外す確率はゼロに等しい。
「ご主人様、やはりお疲れなのでは?」
ユスティが俺の身を案じるように頬へと触れてきた。
悪夢と呪印によって心身共に疲れ果てているのだが、甘えてはいられない。
身体が不調だろうと精神が沈んでいようとも、それは隙となる。
「大丈夫だ、心配掛けて済まない」
「いえ……ですが、もしお辛いようでしたら、私がご主人様のサポートをしますので、遠慮なさらずに」
「あぁ」
よくできた奴隷だな。
彼女を信用できるかはまた別なのだが彼女の力を借りるまでもなく、痛みは我慢するだけ、そして心の傷は自己解決するだけ、何も問題ない。
思考を一度停止させて、俺達は朝食のために食堂へと向かったのだった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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