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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
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第124話 仄暗き星空のその先に

 リノの症状が落ち着いた頃、すでに夜となっていた。

 時間帯としては夕食が提供される時間帯とでも言えば良いのか、俺達はスイートルームにいるために勝手に食事を持ってきてもらえる。

 それを受け取って、全員でリノの部屋で夜食を頂く。

 リノの分もあるのだが、彼女が目を覚ましていない以上は保存しておくしかない。


「リノさん、目を覚ましませんね……」

「そうだな」


 原因は分かっていても原因の排除が必須条件に入っているため、今はまだ眠ったままとなっている。


「錬金術師なら何とかできんじゃないの?」

「そうは言ってもなぁ」


 この能力は俺も完璧には把握し切れていない。

 大抵の事ができる、そういう認識だ。

 そうだ、前に錬金術について詳しく書かれた書物をグラットポートでゲットしたんだった。


「それは?」

「戦利品ってやつだ。大昔にいた錬金術師の書き残した手記だな」


 影から一つの本を取り出したところで、セラが興味を示した。

 グラットポートで手に入れた書物の一つ、著者レイデリック=S=パルマー、宮廷錬金術師である彼の書いた錬金術書だ。

 分厚い書物ではあるが、使えるかどうか分からないとは言っても見ない事には始まらないだろう。


「さてと……」


 書物を捲って、どんどんと視界に入れていく。

 情報が頭へと入っていくのだが、目新しいものは殆ど無かった。

 俺の知っているものばかりだ。

 物質操作を基本とし、外法に手を染めたものもかなり多く書き記されている。

 期待外れだな。


「ねぇ、これは?」

「ん?」


 パラパラ捲っていると、一つの能力について書き記されているのにセラが気付いた。

 書かれていた能力は無から有を生み出すもの、生命力を補う手っ取り早い方法であり、かつ禁術と同等の内容である技だった。

 生命力を生み出し、それをリノへと付与する。

 それができれば確かに原因を排除する前に解決するのだろうが、この能力にはリスク、つまり反動がある。


(一定時間後に霊魂も残さずに死滅するとは、反動がデカすぎるな)


 蘇生よりタチ悪いな、この能力。

 しかし反動を喰らうのは生命力を生み出した者、いや、もっと正確に言うなれば生命力を生み出す媒体となる人である。

 この書物から察するに、生命力は無から有ではなく、有を別の物質へと変換する、という仕組みだ。

 この場合、霊魂か。

 霊魂から生命力を捻り出し、延命する。

 そのせいで一定時間後には霊魂が不安定となり、死滅してしまうという訳なのだ。


「これは使えないな」

「何でよ?」

「何でって……この書物の内容から察するに、生命力は霊魂から生み出されるようだ。使えば最後には媒体となった者が死滅する。それに俺の生命力はそこまで多い訳でもないし、分け与えるなんて自殺行為だ」


 だから生み出した生命力を分け与える事はできない。

 霊魂が消滅するという事は、要するに自身の蘇生ができないという意味合いとなる。

 この力は反動がデカすぎるため、自分の霊魂を媒体に生命力を生み出すのは不可能だ。

 いや、因果を書き換えれば可能性はあるだろう。

 例えば蘇生能力を先んじて己の身体に付与しておき、霊魂の消滅時に因果を断ち切って無かった事にすれば、蘇生能力だけが働いて生き返りはするだろう。

 だが俺も試した事が無いし、成功するかも不明だ。

 リスクが大きすぎるのと、今は身体の呪印について解決しなければならないため、何もできない。


「なら、アタシの権能使う? レイの力で生命力を繋げば問題ないでしょ?」


 名案だ、と言いたいところだが、彼女が持つ四つの権能のうち三つが封印されているために、使うもクソもない。

 彼女から聞いた能力は二つ、一つは『蒼穹へ響く波動エターナル・エア・クロシェット』という感知系権能で、もう一つは生命力等を生み出す回復系権能だ。

 確か『解放せし幾星霜インフィニテッド・コア』だったか、その能力があれば、リノへとパスを繋いで一定距離を空けなければ問題は解決するはずだと思ったが、それは違う。

 恐らく無理だ。

 だから封印の枷を解くのを俺は躊躇った。


「使えないだろ、封印されてるの忘れたのか?」

「あ、そうだった……」


 封印の解除については、影の暴食能力か因果錬成のどちらかを駆使すれば、理論上は可能だ。

 彼女の権能を解放するための条件は出揃っている。

 だから仮に片方が失敗しても、チャンスはある。

 それに左眼を駆使すれば封印について詳しく解析できるのだが、すでに解析は完了しているために、俺の能力を駆使して封印の枷を外せる。

 しかし、それは最終手段である。

 彼女に施された封印術式は、非常に厄介なものだと知っているからだ。


「仮に権能が使えたとしても二人の間で生命力を繋いじまえば、リノから生命力が垂れ流されてくから結局は無駄じゃないか? いや、より厄介な事になるぞ」


 実際に繋げたとしてもセラの生み出した生命力は何処かへと抜けていくのだから、セラにも負担が掛かるし、セラから生命力が抜けているのと同じだ。

 リノが途中で挟まってるだけなのだから。

 結局は無駄だろうし、その案は採用できない。


「やっぱり駄目かぁ……」

「そう落ち込むな。原因を取り去れば目覚める」


 と、簡単に口にはできるが、口にできる程に優しい問題でもないのは俺が一番良く理解している。

 俺の場合は超回復があるだけで、生命力を無限に生み出せる訳ではない。

 生命力は謂わば寿命、それを分け与えるという事は分け与えられた者は別に問題ないのだが、逆に生命力を与える者はそれ相応の反動を喰らう。

 だったら問題の排除、と行きたいところだが、そもそも原因が分かってない。

 だから動く事ができないし、情報収集から始めなければならないため、どうしても後手に回ってしまう。


「とにかく諸島に着くまでは何もしない方が賢明だ。何をしても無駄だが……いや、生命力を閉じれば良いのか。何で気付かなかったんだろうか? まぁ良い、取り敢えず試してみるか」


 生命力が抜けているならば閉じてしまえば良いではないか、と考えたので早速試してみる。

 俺はリノの腹へと手を乗せて、錬成を発動させた。


「『錬成アルター』」


 バチバチと生命力へと干渉して吸われているところを閉じようとしたが、急に弾かれてしまった。


「イダッ……」


 バチッと掌に電撃が走ったかのような感触が残った。

 何かに守られているようで、それに干渉する事ができなかった。

 錬金術師の本質は『干渉』であり、今までに干渉できなかった物質なんて存在しなかったはずなのだが、何故だか能力を受け付けない。

 掌には焼け焦げたような跡が残り、リノの生命力に干渉できない事だけが分かった。


「こりゃ、どうしようもないな。そもそも干渉すらできないし、リノには悪いが……しばらく放置だな」


 干渉する前に不可視の何かに阻まれてしまい、結局は弾かれる。

 高位の何かに妨害されてるようだ。

 確認のためにもう一度だけ錬金術を駆使しようとしたところで、身体に激痛が走った。


「ウグッ!?」


 耐え難い苦しみが一気に襲い掛かってくるようで、怨念が感じられた。

 グラットポートで発生していた事件の犯人タルトルテの怨念が、俺の身体を蝕んでいく。

 お前も苦しめ、そう言ってるように思えた。

 身体が非常に熱く、頭痛もより酷くなっていた。


(クソッタレ……とばっちりも良いところだな、全く)


 影から薬草鞄を取り出して、そこに入っていた瓶を一つ手にして中から掌へ一粒、その錠剤を口に含んで水と一緒に飲み込んだ。

 鎮痛剤、これで少しは症状が改善するだろう。

 いや、してもらわなければ俺が困る。

 いつまでも激痛の中で生活するのは息が詰まる思いであるため、この苦痛からはできるだけ早く解放されたい。


「レイ? 顔色悪いようだけど、大丈夫?」

「……あぁ」


 不安そうな表情でセラが俺の身体を気遣う。

 痛みで感覚が鈍ってるせいか、肩に手を置かれてる事も気付けなかった。


(痛覚以外感じなくなってやがる)


 症状が悪化しているが、彼女達に悟られてはならない。

 気絶してしまっていたので、そろそろ限界が近いというのは薄々勘付かれているようだが、気遣っているのかどうかは知らないが何も聞いてこない。

 大丈夫か、と聞いてくるだけ。

 こっちとしては有り難いものだが、身体が動かなくなるというのは流石にキツい。


「取り敢えず、飛行船着陸後の方針を決めておこう。リノがこうなった以上、何もしない訳にもいかないしな」

「方針って、どうせギルドに行くんでしょ?」

「それはそうだが、その後の事だ。ある程度は決めといても大丈夫だろ」


 今後の予定としては、基本的には情報収集がメインとなるだろう。

 事件の調査と言っても良い。

 あまり深く関わるつもりもないのだが、リノがこうなった原因がサンディオットでの事件と深く繋がっているような気がするため、何処まで調べるかを考える。


(調べる程度にもよるが……さて、どうしようか)


 正直言うと、今回の事件にはあまり関わりたくない。

 理由としては俺の身体が正常に機能しないため、次に全力で戦えばどうなるかが分からないという事だ。

 もし仮に強大な敵が現れたとして、俺が対処できるのかが不透明な以上、事件に関わらずに見て見ぬフリをしているべきなのだ。

 ミルシュヴァーナには行きたいし、俺にはやるべき事があるのだ、死んでる場合ではない。


(できれば、今回は何もせずに素通りしたいところだな)


 ガルクブールから始まって、もう三度目だ。

 次で四度目、サンディオット諸島で四度目の事件と遭遇する事になる。

 いや、まだ遭遇すると決まった訳ではないか。

 リノを横目に俺は軽い頭痛に苛まれた。


「まず俺達が何処の島に滞在するか、だ」

「え、月海島じゃないの?」


 サンディオット諸島には三つの大きな島が存在し、それぞれに役割があると言われている。

 三日月の形をした『月海島ツグミジマ』、太陽の形の『日輪島ヒノワジマ』、そして星のようにギザギザな『星夜島ホシヨジマ』、と分かれている。

 月海島が左下、日輪島が中央寄りの右斜め上、そして星夜島が右斜め下、という位置となって地図に載っている。

 三つの島を囲う中央にも小さな島があり、そこが儀式に用いる祭壇のある場所らしい。


(そこには確か神殿があったな。その中に『暦ノ祭壇』があるって聞いた事あったっけ)


 その祭壇に三つの神器を納める事で儀式が完了し、三神龍と再び一年間の契約が為されるそうだ。

 その祭壇に何があるのかは、それぞれの島の当主のみが知っている。

 つまり中止というのは本来有り得ない事だ。

 しかし中止せざるを得ない理由の一つが事件の一つである潮流であり、船を漕いで中央の島まで行って執り行う儀式としては、潮の流れが速かったりすると船が海の藻屑となる可能性があるため、かなり危ない。


「この飛行船は星夜島に着陸する事になってんだ。だから島に留まるか、或いは別の島へと移動するか、二人の意見を聞こうと思ってな」


 この状況でどうするかは未だ決まっていないが、まだ時間は一日ある。

 サンディオット諸島へと入島する前の準備だ。

 幾つか意見を取り入れた上で考える。

 三人寄れば何とやら、一人では浮かばなかった考えも三人いれば意外な答えも出てくると思って聞いてみたが、何故か二人がこちらを見てくる。


「アンタはどうなのよ?」

「幾つか方針は練ってあるが、基本お前等次第だ」


 俺としては他の島へと移動するプラン、それから島に残って情報収集に徹するプラン、その二つに分かれている。

 結局のところ、情報を集めるという目的を遂行するのだから場所は何処だって構わない訳で、三つの島の状況によっては移るかもしれない。

 転移魔法とかを覚えていれば、ワザワザ考える必要は無いのだが、このパーティーの中で転移魔法や転移系統の異能権能を持ってる奴はいない。


「私は移動しない方が良いかと思います。リノさんの負担になるでしょうし……」


 ユスティの言う通りかもしれない。

 実際にリノを担いで移動する事になるだろうし、移動しないに越した事はない。


「アタシは移動するに一票ね。アタシの勘が働いてる、そこにいるべきじゃないってね」

「具体的には、どういう事だ?」

「そこまでは流石に分かんないわよ。でも、星夜島に何かあるのは確かね」


 そうでなかったらセラが移動に一票、なんて言い出さなかっただろう。

 星夜島、そこにはセラが近付きたくないと思うような何かがある、という事の裏返しに聞こえたが、逆にセラには悪いが留まって正体を突き止めたりするのも有りだ。

 そうでなければ手掛かりを得られるチャンスを棒に振るう事になる。


(いや、手掛かりが得られるかはその時次第か……本当にどうすべきか)


 一度は星夜島を見てみたい気持ちもある。

 そもそも星夜島でも何かしらの事件が起こっているからこそセラの権能にも反応があるのだろうし、龍神族である彼女が移動したいと言っているくらいなのだ、それだけ危険性があるというものだ。

 だから逆に危険に身を置く、それが解決になる可能性だってある。

 荒療治にはなるが、それでも幾つも不安を残してしまうのが今回の事件だ。

 今回はフラバルドの時と違って情報統制されてたためなのか箝口令でも敷かれてるのか、事前に調べる事ができなかったし、何が起こるか分からないのだが何もするなって訳でもなく、今回の事件には慎重にならざるを得ない事情というものがある。


(最悪なケースは、俺達全員がリノのように気絶して意識を取り戻せない場合だ)


 いや、もっと最悪なのは事件を引き起こした犯人が俺達に牙を剥く事態だ。


「レイ、できるなら日輪島か月海島に行く事をオススメするわ。日輪島には懐かしい気配を感じるし」

「懐かしい気配……龍神族か?」

「それも分かんない。アタシの権能はそこまで万能じゃないからね」


 いや、充分すぎる。

 懐かしい気配、彼女が日輪島へと向かおうと言っているのも、何かしらの気配を感じ取ったからだ。

 その権能は善悪も判別できる。

 そのために助っ人の役割を果たすであろう人物へと会いに行く選択肢も増えたのだが、助っ人を俺が信用できるかは別の話だ。

 俺はまだ何も知らない。

 すでに後手に回ってしまっているため、方針も絞られてしまう。


「レイ、お願いがあるの」

「何だ?」


 一ヶ月半の短い付き合いではあるが、彼女から頼み事をされる事は多々あった。

 今回はどうやら深刻そうだが……

 表情筋、身体の強張り、言動の抑揚、魔力の流れ、視線の動き、発汗量、震え、瞳孔の開き具合、心拍数、頬や耳の赤み具合、癖や無意識下での所作、全てが左眼を介して脳裏で独自解釈される。

 情報量を一気に見たせいか、少し痛みが走ってピクリと目元の筋肉が動いた。


(……霊王眼の力が強まってるのか?)


 脳と直接的に繋がっているような、そんな感覚が左眼に残っている。

 左眼の『霊王眼』は、日に日に扱いに慣れてきているようなのだが、同時に呪印が左の魔眼にまで侵蝕を始めているらしく、違和感を感じられた。


「日輪島に行かせてほしいの、アタシ一人で」


 自ら事件の渦中へと赴くと彼女は言った。

 普通に考えてみれば、そんな事を許可なんてできないのだが、俺が彼女を制限する権利を持ってないため、一つだけ確認しておく。


「危険だぞ?」

「今はまだ危険を感じないし、アタシの権能なら事件発生前に気付けるから平気よ」


 彼女を行かせるべきなのだが、この何とも言えぬ不安や胸騒ぎがどうも気掛かりであり、彼女を引き留めるべきだと訴えてくる。

 しかし、それでも何かしらの進展のためならと、俺は彼女の行動を利用する。


「一つ聞かせろ、何故一人で行く事に決めた?」


 そこが分からない。

 先程はオススメとして月海島か日輪島へと行くように進言していたはずなのに、急に一人で行きたいと言い出した事に胸の引っ掛かりを覚えた。

 だから聞いてみたのだ。

 少し間が空いて、次第に彼女の口から一つの事実が述べられる。


「アタシね、昔、旅をしてた頃にサンディオット諸島に来た事があんのよ」


 それは初耳だったが、俺も俺で彼女の旅の話とかはあまり聞こうとはしなかったので、そこは仕方ない。


「日輪島には思い出があるの。だから、お願い!!」

「セラさん……」


 ユスティにも話していない思い出があるらしく、その何処か心憂いている表情から察するに、一人で行かせた方が良いのかもしれない。

 他人の心に踏み込むつもりがないからこそ、俺は彼女に何も聞かない。


「分かった。ならユスティは――」

「私も行きます」


 やっぱり、その答えに行き着くだろうとは思っていた。

 彼女は仲間意識が強く、セラが一人で行く事に抵抗を覚えたのだろう。

 だから自分も行くと言い出した。

 彼女なら奴隷紋で俺と繋がっているために通信できるのだが、距離の実験とかしてなかった。


「セラさん一人で行かせる訳にはいきませんから」


 まぁ、仲間意識の強い彼女にとっては、それが最適解なのだろう。

 しかしセラはそんなユスティに謝罪の言葉を放った。


「ごめんね、今回は一人で行かせて欲しいの」

「わ、私では足手纏いだから、ですか?」

「そうじゃないの。だけど、今回だけは一人で……」


 彼女が何を考えているのかは知らないし、大して興味もない。

 だが、一人で行く事に拘っている。

 それはユスティを危険な目に合わせないようにするため、そして同時に一人で行かなければならない理由が存在しているからだ。


「ユスティ、一人で行かせてやれ。それだけの想いと考えがあるんだろ?」

「……ありがと、レイ」


 ここからは別行動を取る事になろうが、一日だけは星夜島にいてもらう。


「着陸するのは明後日の昼、その日だけは星夜島にいろ」

「う、うん」

「一日情報収集に充てて、それから別行動とする。その方がお前も動きやすいだろ」


 今回も俯瞰的な立場にいるのか、それとも積極的に関わっていくべきなのか、どちらを選べば良いのかと迷ってしまっている。

 後手に回っている理由の一つもそこにある。

 俺が迷っているせいだな。


「後は俺がリノを見ておくから、二人はもう休め」

「ですが、ご主人様の身体はもう――」

「良いから休め」


 リノの様子を見ていても意味はないのだが一人になりたいため、ここに残る。

 考えを纏めたい。

 サンディオット諸島についてだけではなく他にも考えねばならない事柄が多々あるため、今は膨らんだ思考を整理するためにも一人になりたい。


「分かった、なら先に寝るわね」

「……何かあれば言ってください、お力になりますから」

「あぁ」


 個室をそれぞれに与えられているため、二人は自分の部屋へと戻っていった。

 一人になったところで改めて情報を整理する事にし、俺は目を閉じて思考を回転させていく。


「……」


 しかし激痛によって思考は止まってしまう。

 身体の震えや発汗、心拍数、そして体温、そのどれもが異常値となっている。

 薬ではどうにもできない類いのもの、治し方は幾通りかあろうが、今は後回しにせねばなるまい。

 次第に痛みが引いたところで、不意に風に当たりたくなった。


(少し気晴らしにでも歩くか)


 この飛行船はかなりの大きさを誇っているが、これは正式には大陸間横断用巨大魔導飛行船第七番機体、というものらしい。

 飛行船のプロペラやフレームに、この世界の文字で大きく『七』と書かれている。

 このタイプの魔導飛行船は全国で十三機あるそうだ。

 その十三機全てが同じ構造をしているそうで、その構造には展望デッキなる場所があるため、俺はそこへと向かうために寝てるリノを残して、部屋を後にした。





 展望デッキは浮遊魔法のエレベーターによって上がっていけた。

 夜深く静かな時間帯となったところで、何人かが展望デッキに設置されたベンチに座っていたり、或いは手摺りに身体を預けて星空を見上げていたりしていた。


(広いな)


 最初に浮かんだ感想は、風情もへったくれもないものだった。

 ここに何人かいるのだが、全員が全員、ただジッと動かずに夜空を見上げている。


(成る程、確かに息を飲む程の美しさだ)


 夜空の星々は、まるで宝石箱をひっくり返したかのような煌びやかさを放っており、俺達乗客を魅了する。

 鏤められた美麗さは人の心を掴む。

 俺も例外ではない。

 綺麗、そんな感想が浮かぶだけで特段何かしらの感情が動いたりする事は無いのだが、その光景は一つの記憶を蘇らせた。


『ノア君』


 誰かがそう呼んだ……気がした。

 後ろを振り返っても誰もおらず、俺は今聞こえた声が幻聴だったと思おうとしたが、それができなかった。

 かつての幼馴染みの声、前世で仲の良かった少女の声だったからだ。


(やはり、名前を思い出せない)


 顔も、名前も、自分の持つ記憶から消えているせいで、何も思い出せない。

 笑っている姿は、口元だけしか見えない。

 何故思い出せないのか、それが謎だった。


『ねぇ、ノア君……私の事、見つけてくれる?』


 ふと、そんな言葉が俺の脳裏に蘇ってきた。

 笑顔は見えず、その言葉だけが俺の胸を締め付けてくるようで、それでもここは異世界なのだと改めて認識する。

 もう二度と会えないのだと、もう彼女とは会えないのだと分かっている。


(それでも……俺は君に会いたい)


 前世の失われた記憶、この世界での俺の出生、謎だらけの自分という存在は今後どうなっていくのだろうかと、俺は未来を想像する。

 自分が何者かを見つけ、生まれた意味を見つけたのか。

 それとも自分は何者でもなく、何の意味も持たない存在だったのか。


「……」


 この世界に俺は転生した。

 それが何を意味するのか、それを探す旅の途中でサンディオット諸島へと立ち寄る事になったが、そこで俺が生きている意味が見つかるだろうか。

 生きる意味を……見つけられるだろうか。

 果てしなく長く険しい道のりとなるだろう、それでも俺は強大な力を持った人間として前へと進み続けなければならない。

 いつか果てしなき道の先に見える光へと辿り着いた時、俺はどうするのだろうか。


(誰か教えてくれ)


 俺は一体……誰なんだ?

 俺は一体……何のために生まれたのだろうか?

 何も分からないままに、俺は今回の事件へと巻き込まれていく事になる。


「あ」


 夜空を見ていると、不意に誰かの声が後ろから聞こえてきて振り返った。

 紫色のショートボブの髪、濃い紫紺の瞳、魔導師のようなローブととんがり帽子を被った一人の美少女、何処かで見た事があるような無いような……


「誰だ?」

「ルミナよ!! アンタと同じ冒険者試験受けた天才魔導師のルミナ=リーファルヴァントよ!!」


 あぁそうだった、灰色の髪の青年と一緒にいた古代魔導師の女だ。

 勇者パーティーに誘われたが、蹴ったと聞いた。

 まさかこんなところで出会うとは思ってなかった。


「何を言ってるのかは知らんが、俺はクルーディオ、アンタとは初対面だろう」

「へ? あ、ご、ごめんなさい……」


 ここでノアと連呼されては困るので適当に誤魔化してみたのだが、この暗がりでは夜目が利かないらしく、俺だとバレてはいないようだ。

 同じ飛行船に乗ってるとは、何たる偶然か。

 着陸する時はバレないようにしなければならない。

 勇者パーティーにいるシーラとも知り合いらしいし、触らぬ魔導師に祟りなし、今はサンディオット諸島の事件について調べる必要が出てきたし、話す気は無い。


(戻るか)


 星空の仄暗さは心地良く、しかし知り合いがいる今は居心地が悪い。

 厄介事が増える一方だ。

 溜め息をその場に残した俺は、踵を返して展望デッキから立ち去り、自室へと戻った。






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