第121話 動き出す者達 前編
星都ミルシュヴァーナにて、私、ラナ=ジルフリードはモンスターとの戦いを終えて、自室へと戻ってきていた。
相変わらず何も無い寮の個室で、明日も仕事があると思うと辟易してしまう。
「ラナちゃん、いるかしら〜?」
「そう言いながら、もう入ってきてるではないですか、シアさん」
私の部屋にノックもせずに入ってきたのは、膨よかな体型をしている料理上手な寮長さん、トラーシア=グルミックさんだ。
少し明るい茶髪に割烹着という格好をしているのだが、これでも『美食者』の二つ名を持つ有名なSランク冒険者でもあった。
今では食の探求だけでなく、ギルドの依頼として寮長務めをしてくれている。
「はい、貴方宛てにお手紙よ」
「手紙ですか、珍しいですね」
自分からはよく手紙を送ったりするものだが、他人から貰ったりはあまりしない。
誰からの贈り物なのかと思って受け取るが、名前が書かれていない。
しかし封蝋を見るに、誰のかが分かった。
(ヴィル……)
そう言えば、間違えてヴィルと書いてしまっていた。
今は『ノア』と名乗っている私の愛弟子、彼からであると一目で分かった。
何故なら彼は暗黒龍に見染められた子、その子が洒落て封蝋にデザインを施していたのだから。
「それ、誰からの?」
「私の弟子からですよ。死んでしまったと思ってたんですけど、生きてたので手紙を送ったんです。自慢の弟子ですよ」
そう言うと、何故かシアさんがニヤニヤとしていた。
何故だろうか?
「私はお邪魔なようだし、仕事に戻るわね。手紙ができたら私の部屋に来てくれれば送るから」
「分かりました、いつもありがとうございます」
「いえいえ、ゆっくり休んでね」
パタン、そう音が聞こえてきたが、私の意識はすでに一通の手紙へと向いていた。
これから七月へと入ろうというところで送られてきた手紙にはアサガオの模様が描かれており、お洒落な性格が手紙に現れているようだった。
中身も小洒落ており、何枚かの便箋も同じように端っこにアサガオが描かれていた。
『師匠、お手紙ありがとうございます。お元気でしょうか? ノア……いえ、クルーディオです。できればノア、或いはディオとでも呼んでください』
私のアイデアが採用されてるとは、半分冗談のつもりだったのに驚いた。
しかし彼の性格や勇者との関係から、彼が生きている事を知られないようにするため、敢えて提示してみたけど、気に入ってくれたようだ。
『師匠から頂いた名前と中間名、精霊印字、それから家名、使わせてもらいます。ありがとうございます』
精霊印字に関しては、元々持っていた印であるが、今となっては養子として引き取られて使わなくなってしまったものだ。
できるならば、このまま使ってもらいたい。
たとえ偽名であったとしても、私の代わりに家族と一緒に世界を見て回って欲しい。
『俺は迷宮都市で一段落着いたので、これからサンディオット諸島へと赴くつもりです』
やはり私の予想は当たっていたようだ。
七月には『龍栄祭』が行われるはずで、中止となっていたとしても彼は関係無く向かうだろうとは思っていた。
それにサンディオットは、ミルシュヴァーナへと行く道の途中でもある。
『迷宮攻略の最中に巻き込まれた事件を解決するに当たり、身体に呪印を刻まれてしまったので休養目的で向かいます。実際には島そのもので幾つもの事件が発生している状況なので、ゆっくりできるかは分かりませんが……』
フラバルドにいる親友に頼んで先んじて情報を得ていたのだが、手紙を送った後で呪印について聞かされた。
彼が事件を解決したのは知っていた。
しかし詳しい情報を得るために奔走していたため、その時間がロスとなったようだ。
『サンディオット諸島では温泉が有名だと聞いたので、龍栄祭のあるはずだった七月上旬までは、そこで過ごすつもりです』
七月七日が本来の龍栄祭の日となるが、異世界からの伝統行事『たなばた』が伝わって、それが龍栄祭へと変化していったらしい。
しかも、その日は九神龍がサンディオット諸島を創った日でもあるそうだ。
七日から十三日までが特殊な夜空の見られる時期らしく、その時期に合わせて龍栄祭が開催される。
催しは沢山あって、そのための準備とかが行われるはずだったのだが、今の諸島では幾つか問題が起こっているのである。
(あれ、確かその日はヴィルの……)
七月七日、もしもできるならヴィルのところに行きたいものだ。
しかし私にはギルドとしての任務がある。
残念だが、星都から離れる事は叶わないだろう。
『今はリノと、グラットポートのオークションで落札したユーステティアって魔狼族、そしてグラットポートを出た船に流れ着いたセルヴィーネって龍神族、その三人と旅をしていて、近々フラバルドを出発するつもりです』
そう言えば、彼がグラットポートへと向かった理由はオークションだった。
奴隷を落札するために行ってくる、なんて言って本当にグラットポートに行ってしまった。
文章を見る限り、落札できたようだ。
しかし、確かカタログには最低価格が書かれており、十億くらいしたはずだ。
『因みに、オークションでは八十三億でユーステティアを落札できました』
「は、八じゅ――ぇ、ホントに……」
それだけの金額を出す程にまで、その子に魅力的に感じたのだろうか?
それとも、そうなる運命だったのだろうか?
『セルヴィーネに至っては四つも権能があるそうで、遺跡の罠とかで一つしか使えてなかったけど、その力は今回の事件に大いに役立ってくれたんです』
権能を手に入れられる人間はそもそもそんなにいない。
その上、一つだけでも物凄い高倍率なはずなのに、それを四つも手にしている事実は、信じ難いものだった。
嘘を吐いている……訳でもなさそうだ。
『それにリノの未来予知が迷宮に入ってから使えなかったんですけど、逆にそのお陰で事件解決まで行きました。彼女とはお知り合い、なんですよね?』
そうだ、ヴィルの言う通りである。
リノちゃんとは知り合いなのだが、正確には彼女の両親と仲が良かったために小さい頃の彼女を知っている、という訳だ。
その縁もあって、ガルクブールに彼女は来た。
案内人の能力をフル稼働させて、私の居場所を突き止めたのだろう。
『今回の事件は気が滅入るものでした。正直、やるせない気持ちだと思っている人も多いはずです。自分としては、これで本当に正しかったのだろうかと考え、今では納得しています』
彼が犯人を永遠の眠りへと導いたのは知っている。
まだ十八歳の青年に、その十字架を負わせるというのは師匠としては心苦しいが、それでも彼は前を向こうとしている。
今回の事件と向き合おうとしている。
そう手紙からは感じられた。
今では納得している、それはつまり前までは納得できなかったという事の裏返しに聞こえた。
『事件の詳細についてご存知かと思いますが、これから向かうサンディオット諸島に、事件の発端となった麻薬売買人がいるそうです』
今後どう結末を迎えるのか、それは未来予知を持つリノちゃんにでも分かりはしない。
無数にある未来から最適解を選んだとしても、それが本当に最適なのかはその人次第であり、今回の事件を聞く限りでは、何人もの犠牲者を出した。
結果として半年以上にも渡る時間、誰も解決できなかったのだ。
『クズ共と袂を別った時から俺は自由になった、そう思ってました。けど今回の事件を振り返って、俺は自由という鎖に縛られていると気付きました』
昔から、彼は事件に巻き込まれていた。
それが神の決めた運命なのかもしれないし、それとも本当に巻き込まれる体質なのかもしれないが、彼は持ち得る悪運で今まで生き残ってきた。
今回も、そして次も生き残るだろう。
自由の中に生かされている状況で、連続して試練が彼には待ち受けている。
それを今回、自覚したらしい。
(悲しい運命ですね……)
その運命からは逃れられない、それを私は知っている。
もっと苦労を体験するだろうが、私は彼の側にはいられない。
『忌み子として生まれ、憎しみを背負って生きてきた十八年に意味があったのか、今はそれを探しています。自分探しの旅です』
今まで彼は運命に縛られていた。
自分を探す余裕すら無かったはずだ。
しかし現在の彼は生き生きとしており、前みたいに笑顔を見せなくなったけれども、彼は自分が何者なのかを探し続けている。
『自分が何者なのか、それを知る手掛かりがミルシュヴァーナにあると分かりましたので、また近いうちに会えるかと思います』
ミルシュヴァーナに手掛かりがあると知ったという事はつまり、アレクが手紙でも送ったのだろう。
『手紙では書ききれない事も沢山あります。この三ヶ月間は今までで一番濃いものでした。だから、また会ってお茶会ができる日を楽しみにしています』
小さな手紙に書かれていた文章は、私の楽しみを増やしてくれる。
便箋は三枚あるのだが、一枚目には三ヶ月間の基本的な内容が、二枚目にはフランシスから聞いた話以上に彼が見聞きした事件の内容が記載されており、三枚目には予想外なものが書かれていた。
『今は魔獣討伐に忙しい時期ではあると思いますが、二つだけ依頼させてください。報酬は後で支払いますし、受けなくとも構いません』
そう三枚目の初めに書かれていた。
依頼を二つ、それが何なのかは次の行から書かれていたのだが、それを見た私は迷った。
『一つ目の依頼は、ヴァルシュナークという家名についてです。グランドマスターからの手紙には、ヴァルシュナークという家名がウォーレッド大陸の北東に存在していたと書かれてましたので、できれば詳しく調べて欲しいです』
彼は生まれた時から孤児だったはずだが、家名があるのだから、何処かで生まれたのは間違いない。
しかし何でアレクは知ってたのだろうか?
『二つ目の依頼は――』
二つ目の依頼、そこに書かれていた内容は彼にとっては常軌を逸しているであろうものだった。
何でこの依頼を私に出してきたのかは分からないし、彼の意図も汲み取れない。
(どうして……)
何故、彼はこんな事を聞いてきたのだろうか。
何を意図しての事か、まるで分からない。
『勇者パーティーと対戦した『幻惑』のビーレットについて調べてもらいたいです。性格や職業、種族や身体的特徴、弱点、どういった立場なのか、どういう生活をしているのか、その魔族から得られる情報全てを知りたい』
何故、関係ないヴィルが危険へと飛び込もうとするのだろうか。
ワザワザ偽名を使う理由は、勇者達にウォルニスという存在を知られないようにするためのはずだが、下手すれば急接近する事になる。
何を考えているのか、全く分からない。
『クズ共が負けたという事は、被害が他に飛び火するかもしれない、その対策と思ってください。それからシドという魔族十二将星について一悶着あったのがグラットポートでの事件でした。だから関係性が一番知りたいです』
シドという人物を勇者達が倒し、それに対する魔族の反乱がグラットポートで行われた。
その理由は人間に対する魔族の報復、勇者パーティーのせいで起こった飛び火、ヴィルはそれが自分に降り掛かるかもしれないと危惧しているようだ。
もしかしてリノちゃんの未来予知だろうか?
『恐らく魔族側にも俺の情報が伝わってるでしょうし、そのためにも知っておいて損は無いかと思いました。まぁ、二つ目の依頼に関しては調べずとも問題は無いのですが、一つ目の依頼はお願いします』
何者でもないヴィルが、自分の存在理由を知りたがっている。
それを断れば師匠として面目が立たない。
だからこそ私はこの依頼を引き受ける事に決めたが、今は時間と余裕が無い。
(龍栄祭の時期が終わればミルシュヴァーナへと来るでしょうし、それまでには調べておきたいですね……)
私は魔獣討伐に忙しいため、知り合いに頼んでおこうと思った。
実際に報酬は私から払っておけば良いだろうし、有能な人材は沢山いる。
『追伸、もし手紙を書く場合はギルド宛てで、クルーディオとしてください』
早速偽名を利用しているけど、確かにノア宛てと書いたら偽名の意味が無い。
いや、ノアも偽名だ。
偽名に偽名を重ねるって何だか変だけども、彼には彼の考えがあるので、私はただそれに従う。
(成長してくれて嬉しいですよ、ヴィル)
ディオ、そう呼んでくれと書いてあったけど、やっぱりヴィルという愛称が一番似合うと思う。
成長しても、弟子には変わりない。
だから私は今後も、彼の成長を見守り続ける。
開けてあった窓から風が入り込んできて、涼しい風が身体を冷やしていく。
「また会いましょう、ヴィル」
近いうちに会えるのを楽しみにしながら、私は手紙を大事に仕舞った。
私の大切なもの、運命がきっと私達を再び引き合わせてくれるはず、そう信じている。
だから…もう寂しくはない。
だから私は魔獣討伐に力を注ぎ込む。
できればヴィルにも手伝ってもらいたいところだけど、呪印に蝕まれている状態であると同時に、弟子に助けられては師匠としては恥だ。
気を付けなさいヴィル、サンディオットの脅威は貴方のすぐ側にいるでしょう。
一方で、とある神聖なる教会にて、一人の妙齢な修道女が祈りを捧げていた。
白髪が修道服から見え、身体はかなりの大きさを誇っており、誰もが羨む程の美貌とプロポーションを携えて、祈りを捧げている。
目の前には巨大な龍の形を模した黒い像が奉られており、ステンドグラスから差し込んでくる光が彼女を包み込んでいた。
手を顔の前で組み、何かを祈り続ける。
祈禱を続ける彼女の部屋に、一人の若々しい修道士が水晶玉を携えて入ってきた。
「おや、こんなところに入ってくるとは珍しい事もあるものですね」
振り返った先には牧師のような格好をした美男子が佇んでいた。
青に近い水色の髪を短く切り揃え、ワインレッドの瞳を持つ彼は、一歩前へと出て堂々と切り返す。
「それは私の自由ですよ、教祖様」
「そうですね」
落ち着いた返事をするも、当たり障りのない答えが返ってくる。
二人の顔は笑顔ではあるが、互いに牽制しているような雰囲気が流れている。
「それより教祖様、ダイガルトさんから通信です」
「ありがとうリィズノッド、繋いで頂戴」
「はい」
水晶玉を台座に置いてから魔力を通すと、その水晶玉が輝きを帯びて光が前へと飛び出していく。
その光がスクリーンとして空中に投影され、そこには黒髪の草臥れた男が映っていた。
『お、繋がったな……教祖様、聞こえてるか?』
「えぇ、聞こえていますよ、ダイガルト。それより何の御用でしょうか?」
『黒龍神様の使徒が次に何処の都市に向かうか分かったから連絡をと思ってな』
その言葉に二人は反応する。
我等が信仰する暗黒龍、そしてその龍に見染められた使徒が何処へと行くのか、二人は早く答えろ、そんな気持ちを持っていた。
「早く教えなさい」
『まぁまぁ、そう慌てなさんな。アイツが向かうのは多分、サンディオット諸島だろ――』
「待ちなさい!」
そこで待ったを掛けたのは、リィズノッドだった。
『んだよリィズノッド、俺ちゃんが嘘を吐いてるとでも言いたいのかよ?』
「そうは言ってませんよ。貴方が嘘を吐くメリットはありませんから。それより何故サンディオット諸島なのですか? あそこは半年前から幾つか事件が勃発していたはずですし、そこに行く理由が無いでしょう」
『そんなの俺ちゃんが知るかよ。アイツは事件解決と同時に呪印を背負ったのさ。だから休養のためだろうよ』
サンディオット諸島は温泉地帯でもあり、観光地としては世界的に有名な場所である。
最も観光客が増えるのは、実は七月から八月に掛けてであり、その時期は龍栄祭だけでなく、ビーチでの海水浴がよく行われている。
年中晴れであるために、そんな毎日が光景として見れるはずなのだが、今年は海が荒れ、人は眠り、そして孤児が消えていく。
『俺ちゃんはミルシュヴァーナに呼ばれてるから、アイツには付いてはいけないんだ。だから他の奴を向かわせてくれ。特に探知能力に長けた奴な』
「分かりました、では手配しておきましょう」
彼等は暗黒龍を崇める宗教団体、黒龍協会である。
その教祖の名はレティスフィアナ=シェルドゥーユ、天性のカリスマによって世界最大の宗教であるアルテシア教と肩を並べる程にまで力を蓄えた。
暗黒龍を崇め、その龍が世界を最初に創造したと謳っている。
「それにしても、まさか貴方が最初に彼を見つけるとは思いませんでしたよ」
『俺ちゃんもビックリだぜ。まぁ、黒龍神様の使徒って知ったのはグラットポートの事件後、だけどな』
魔神と戦うためにノアは暗黒龍の力をフルに使っていたため、暗黒龍の使徒であると分かる人間には分かってしまうのだ。
だから現在、少しずつノアの存在が認知されてきている。
彼の場合は名前を変えているために普通に過ごしていれば露呈する事はないが、協会の教祖達は今し方ダイガルトから行き先を聞いた。
しかし諸島は三つあり、かなり広大だ。
探すのは一苦労であるため、ダイガルトはワザワザ探知能力に長けた人間を送るよう進言した。
「他に何か変わった事はありませんか?」
『変わった事か……一つ変わった事と言やぁ、誰かに監視されてたってとこか。シグトゥーナ王国から使節団が来てよぉ、俺ちゃんも探知範囲ギリギリのとこから見てたんだが、時計塔のとこでダークエルフの女がレイの部屋を見てたんだ』
ダークエルフは不吉の象徴とされている。
だからこそ、そんな希少な種族がノアへと注目している事に違和感を感じていた。
まさか殺すつもりなのか?
そう、教祖は考える。
「分かりました。では、あの二人を向かわせなさい。もしも使徒様を邪魔する者がいるなら、殺しても構わないともお伝えなさい」
「『ッ……』」
ダイガルト、そして教祖の付き人であるリィズノッド、二人は教祖の思考が読めなかった。
あの二人、彼女の言う二人を向かわせれば最悪、国が滅びる可能性があるからだ。
「お、お待ちください! あの二人はまだ――」
「私に盾突くのかしら?」
その真っ赤な瞳には、悪意が宿る。
暗黒龍と使徒以外は死んでも構わない、そう思っている人間が黒龍協会には多く存在する。
それを知っているからこそ、ノアは黒龍協会を嫌っているのだ。
「い、いえ……」
「では、貴方も向かいなさい。貴方の懐かしい知人も、そこにいますよ」
「……」
何を知っているのか、何処まで未来が見えているのか、リィズノッドには分からなかった。
真っ赤な瞳は未来を映す。
深紅の双眸は闇を捉える。
彼女は、だからこそ暗黒龍へと祈りを捧げる。
(全く、恐ろしい方だな)
近くにいるからこそ、彼にとって教祖の実力や思考は理解し難いものだった。
彼が入った理由も、黒龍協会によって救われたからだ。
洗脳されている事を理解していても、救われた事実は変わらない。
だから彼は命令に従う。
「できれば使徒様を我等の下へ連れてきなさい」
「畏まりました。では即座に準備を済ませ、サンディオット諸島へと向かいます」
そう言って闇へと消えた。
『なぁ、アンタは何を考えてんだ?』
「フフッ、我等が救われるための計画ですよ。勿論、貴方もね」
醜悪な笑みが浮かび上がる。
救われる、その言葉が何を意味しているのか、ダイガルトには分からなかった。
言葉は人それぞれ受け取り方が異なっている。
その言葉、その認識が教祖とダイガルトの二人の間でズレている事を、まだ誰も知らない。
『では、俺ちゃんミルシュヴァーナに行きますので』
「はい。あ、そうだ、一つ言伝をお願いできますか?」
『言伝? 誰に?』
教祖から言伝を賜るという事は滅多に無い、いや、そもそも彼女が誰かに言伝をするという行為そのものが有り得ない、そう思っていた。
だが、実際に誰かに伝えなければならない。
その相手がミルシュヴァーナにいる、らしいとダイガルトは考えた。
「相手はアレクサンドライト=ギルテバルド、ギルド総本山のグランドマスターです。彼にこう伝えなさい」
そして彼女は伝言を言葉へと残した。
「『今年でもう、五十年ですね』と私の名前と共にお伝えください。それだけで、彼には伝わりますから」
『は、はぁ……』
五十年、その年月を知っているという事はつまり、教祖も同じ年月を過ごしたのか、そう疑問が湧いた。
しかしダイガルトにとっては然程興味の無かった事でもあるため、彼はそのままお辞儀して通信を切った。
「アレク、貴方の正義が正しいのか、それとも私の正義が正しいのか、使徒様が夜明けへと導く世界がどうなっているのかが楽しみですね」
目指す未来が異なれど、その想いだけは同じなのだと、そう彼女は思った。
胸に付けた二つのペンダント、片方は黒い龍を象ったものであり、もう一つは元の形が円形だったであろう一枚のコインの半分だった。
そのコインが少し歪に割れており、そのコインには何かの意匠が凝らされている。
「もうすぐですよ、ティアラ。もうすぐで貴方の願いが叶います」
片割れのコインを握り締めて、彼女は再び光差す暗黒龍の像へと祈りを再開する。
自分の目的のために、彼女は祈り続ける。
夜明けが来る事を、新たな時代を切り開く事を……
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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