第118話 地獄から外の世界へ
全てが一件落着となった現在、俺は彼等と迷宮へと潜っていた。
理由は簡単、エレンの階層到達記録を伸ばすのとユスティの訓練のため、基本その二つのために潜り続けているのだが、ここは五十九階層、物凄い暑い灼熱地獄にいる。
(あ、暑い……)
単に温暖な階層、という事ではなくて灼熱のマグマ地帯となっているのだ。
生態系が可笑しな事になっている。
有り得ない程に汗が噴き出ているが、止める間も無く突き進んでいる。
「良い加減降りろ、セラ……少しは自分で歩けよ」
「嫌よ、アタシ生命力削られたんだから」
何ならこっちはセラの暴走を止めるために呪詛を吸収して身体に蓄積させているのだが?
「それよりお腹空いたぁ!!」
「うおっ……バックパックの上で暴れんな」
今日も今日とてセラが俺の身体の様子関係無しに暴れまくっている。
荷物持ちとしての役割を果たしているだけなのだが、物凄く身体が重い。
やはり一昨日の霊魂解放が相当堪えたようだ。
身体に倦怠感が募っている。
「そうだね……急ぎの用事でもないし、取り敢えずは食事にしようか」
今回のパーティーではエレンがリーダーを務めている。
だからこそ彼女のリーダーとしての手腕が問われると思っていたのだが、そうでもなかったようで、ソロとして生きてきた経験が彼女を支えていた。
いつ昼食を取るのかとかは心得ているらしい。
そして仲間ができた事で、そういった事も経験してきたそうだ。
「それにしても本当に暑いな……」
「だが、レイ殿の着ている魔法衣は熱や寒さを防ぐものではなかったか?」
俺が現在着ている魔導師御用達の緑色の豪奢なコートは各種自然耐性に加えて防汚や体力持続回復、魔力持続回復、それに加えて隠蔽機能が編まれているそうだとか。
だから、フードを被って魔力を通せば完全にこの世から自身の存在を消せる。
金の刺繍が施されており、かなり大きなものだ。
結構気に入ってるし、耐刃性能も抜群である。
それに、まだ他にも性能があり、破れたり燃えたりしたとしても『イモータルシルクワーム』というモンスターの再生絹で編まれている。
だから、何度でも再生する。
これは魔導具店からの品であり、事件解決の時に贈られてきた品なのだ。
それからイメチェンとして、服の色を変えられると言っていた。
何の役に立つんだろうかは分からないが、普段は緑色となっている。
「これは自然熱、つまり炎に対する耐性があるだけで、気温上昇とかには影響が無いんだよ。まぁ、マグマとかには身体を守ってくれる」
それが難関問題である。
「冷感魔法薬なら体温を低くできるが、あれは持続時間と材料問題があるから今は作れないしなぁ……」
最高級シルクなのだが、流石に魔法を何個も編む事はできない。
そのため、冷暖房機能は無いらしい。
そして隠蔽能力に関しては編まれた魔法ではなく、魔法衣に使われた素材の元々の能力なのだそうで、これも異能の類いに入るらしい。
これを作った店主は、階層喰いから着想を得たと言っていた。
(ホント、使い勝手の良すぎるコートだよ)
まるでエルフの民族衣装にも似ているのだが、きっと偶然だろう。
「その冷感魔法薬って何ですか?」
「飲むと体温を一定温度下げてくれるものだ。熱を外に逃がす事で体温を下げる効果を持ってる。まぁ、今は材料が無いから作れないし、予備も持ってない」
こんなところに来るとは思ってなかったからだ。
それに魔境で自生していなかったため、作る事ができなかった。
「お腹空いた!!」
「分かった分かった……じゃあ、今回は火山地帯ならではの料理、溶岩焼きにしようか」
肉料理の中には『溶岩焼き』がある。
溶岩焼きというのは、熱された溶岩石の上で食材を焼いて食べるという調理方法だ。
熱した溶岩石は超高熱となるために強力な遠赤外線を放出し、食材を内部から加熱するので、肉は柔らかく野菜は甘く焼き上がる。
表面にある無数の小さな空気穴が余分な油を吸収してくれるし、溶岩に含まれてるミネラルには体内の毒素排出、血糖値、血圧の降下やコレステロール値、中性脂肪値の改善、便秘解消、美肌、ダイエット、透過防止サポートなどと言った様々な効果がある。
「だ、だいえっと?」
「あぁ、要は運動によって体脂肪を減らす事だ。料理って栄養バランス考えたりしないとブクブク太るしな。それに甘いお菓子や肉ばっか食ってると、身体に悪い。俺も溶岩焼きは食ってみた……おい、セラどうした?」
彼女は俺の話を聞いていくうちに食欲が無くなってしまったかのように、見るからに落ち込んでいる様子だった。
食いしん坊キャラである彼女が食欲が無くなったとは思いにくいので、先程の『太る』という言葉に反応したのだろう。
「安心しろ、龍神族の身体は高エネルギー代謝によって、戦闘中は常に燃費が悪い状態だ。だからこそ暴飲暴食が多く、エネルギーを肝臓に貯蔵しておく機能が高い。セラ達龍神族が太る事はまず無いから大丈夫だ」
「そ、そうなのね、なら安心だわ」
「安心と言われても肉だけってのは栄養が偏るから、野菜もしっかり食わなきゃな」
セラが嫌そうな顔をしていたが、野菜嫌いというのは克服してもらいたい。
この前もシチューに入れたニンジンを残していたし、肉野菜炒めも野菜を上手く避けて食わなかった。
「子供じゃあるまいし、野菜嫌いを直せ」
「うっ……」
食物アレルギーなら仕方ないが、俺の魔眼で確かめたところ彼女は健康体そのもの、アレルギーとかは一切無いのである。
それは彼女がただの野菜嫌いだという事だ。
だから野菜も健康のために食ってもらいたい。
そのためにハンバーグの肉ダネに微塵切りにした野菜を加えたり、野菜を生状態にしなかったり、料理を作る者として工夫が要求された。
戦ってもらうために、不健康でした、では話にならないからだ。
「まぁ今回は溶岩焼き、火山地帯に棲むお前等なら普通に食うだろ?」
「へ? アタシの故郷は峡谷なんだけど……」
峡谷……まさか、あそこか?
「お前の故郷って、カルナボルク大峡谷か?」
あの地には九神龍の一角が生まれたとされる場所、地動龍ウルの聖域ともされている峡谷だったはずだ。
そして、あそこには九神龍の魔力で成長した化け物のようなモンスターがウヨウヨ生息しているところでもあるために、龍神族の故郷としては一番の秘境だ。
まさか、そこ出身とは驚きだ。
彼女の強さは去る事ながら、その彼女を追い詰めるだけの戦力を携えている秘境なために、人族には絶対に入れないのだ。
「な、何で知ってんの?」
「歴史とかを学べば分かる。龍神族の中で峡谷とされるのは一箇所、そこには多様な龍神族が棲んでるってのは聞いた事がある」
「えぇ、そこに棲んでたの」
なら、溶岩焼きは食べられないか。
焔龍族だけの棲み処もあるが、あそこは火山地帯であるために溶岩焼きが食べられる。
因みに、そこでは『玄武焼き』という名称らしい。
何故亀なのかと思ったが、それも文献に書かれていたのを覚えている。
何だったか、溶岩の形が玄武のような甲羅で作ったのが最初だったから、のはずだ。
「セラさんの里、行ってみたいですね」
「あ〜えっと……アタシ、里抜けしてきた身だから、多分戻っても殺されるだけね」
「でしたら、ご主人様ならば大丈夫なのでは?」
「あぁ、コイツ一応は暗黒龍様の使徒だもんね。でも、あそこには頭の固いのがいるから、多分追い返されるか最悪殺されるでしょうね」
グデ〜ッとした様子で、会話に参加するセラの腹の虫が鳴り止まない。
早よ食わせろ、と言っているように聞こえる。
主張の強いお腹なのだが、早めに料理に入った方が良さそうだな。
「さて、サッサと肉焼くか」
とは言っても溶岩の上に肉を置いて焼いていき、調味料で味付けするだけの焼肉だが、お肉が柔らかくなり、更には旨味も口の中で溢れる事間違い無しだ。
「『錬成』」
溶岩は充分熱されているので、形を盛り上げてテーブルを囲うように細工する。
まるで焼肉店の席みたいだ。
溶岩はさながら鉄板のようである。
影から肉屋で買った肉を取り出していき、それをプレートと化した熱された岩へと焼いていく。
すると次第に肉の表面が薔薇色に焼けていった。
それにタレを漬けて食べるのが一番美味いのだが、米が無いので少し残念だ。
(米が食いたいな)
無性に米が食いたくなる時があるが、近隣では米を主食とする国は無い。
東大陸の上部に位置するメレーノ獣王国では、和食が基本となっているため、是非とも行きたい国個人ランキング上位に食い込んでいる。
米料理は沢山ある。
日本人としての記憶が、遺伝子が、米を求めている。
いや、遺伝子はウォルニスとしての身体だから、遺伝子レベルで米を求めているという事は無いのか?
(よし、そろそろ焼けたかな)
中まで火が通っているのを確認して、用意していた数種類のタレに付けてみて味見をする。
タレの味以上に、噛む度に肉汁が溢れてきて言葉にできないくらいの美味さが口一杯に広がっていき、頬が落ちると表現できる程のものだった。
旨味成分が肉にギッシリ詰まっている。
大量の肉を皿に置いて、全員で自由に食べられるようにと用意した。
「あ、ホントだ、美味しいわね」
「こんな料理があるんですね……」
こんな暑い中で食べる料理も美味しいものだが、セラだけは熱さに耐性でもあるのか、平気そうな顔をしていた。
「お前、肉も冷まさずに食ってるようだけど、舌は熱くないのか?」
「平気よ。炎を吐けるんだもの、舌が火傷するなんて事は無いわ」
身体が強靭なのは知ってたが、口の中も熱にかなり強いらしい。
何処までも高性能な種族だな。
全てにおいて完璧な存在として生まれてきたとしか思えないのだが、これで性格まで明るく、コミュニケーション能力も高い、コイツ完璧超人か?
それに四つの権能を持っていると言うではないか。
何処まで愛され、生まれてきたのだろう。
「それも龍神族の特徴なのか?」
「熱には耐性あるから、へっちゃらよ」
彼女は焼いた肉を頬張っていく。
熱されてジュッと聞こえてきそうな程の温度のはずなのだが、物ともせずに口に放り込んでいく。
旺盛な食欲である彼女は、生命力回復のために普段よりも数倍の量を食っている。
「生命力はどうだ?」
「う〜ん、ボチボチね。権能の封印が無かったら、すぐに回復したんだけど……」
彼女の言葉から察するに、権能の一つは彼女の持つ生命力に起因しているものだろう。
どんな能力を持っているのやら。
「アタシの持つ二つ目の権能は『解放せし幾星霜』、能力としては無限の生命力や体力、魔力とかを生み出すもの。後はその生命力を力に変えたり、或いは回復能力に転換したりできるの」
「それはまた……便利な権能だな」
年月の解放、それはつまり『寿命』という概念を吹き飛ばして無くす、という意味合いを持っている。
無限の生命力、それは凄まじい力だ。
生命力による操作ができれば、彼女の肉体をどれだけでも強くできる。
「権能って生まれつきなのか?」
「えぇ、そうよ。初めは権能に振り回されて大変だったけどね」
それもそうだろう、生まれたばかりの彼女に四つも権能が与えられたのだ。
それを制御するのは非常に難しいものだ。
しかし封印されたところを見るに、魔法的なもの、或いは職業的な能力を打ち消したりはできない。
「その権能って他にはどんな事ができるんだ?」
「基本的には無限に力を生み出せる能力、それで身体を強化したり、さっき言ったみたいに回復能力に転換する事もできる」
つまりエネルギー生成能力が主な力で、エネルギー操作は副産物だろう。
封印の枷を解く事ができるだろうが、それによる弊害も無いとも限らないために敢えて封印解除を見送っている。
それに今は必要無い能力だ。
生命力は自然に回復する。
それに調合したポーションも飲ませたので一応は身体的に問題は無いが、精神的に疲れているらしく、しかし封印を解いても彼女の精神は回復しないとか。
(俺の超回復と違うところは、精神が回復しないところと生命力を操作できるところか。俺の持ってるのは操作とかはできないしな……)
かなり便利だが、彼女の力は使い方次第で凶器と成り得るだろう。
武器として圧縮、身体の治癒力増強、肉体改造、思いのままだ。
彼女が言うには、生命力を籠手にしてパンチで攻撃していたと聞いたが、やはり近接的な付与魔法での戦闘スタイルか。
彼女らしい。
考え事をしていると、肉がかなり減っていた。
大量に用意してあった肉も全員の口の中へと消えていく。
「こうも贅沢できるとは……」
エレンの口から呟きが聞こえてきた。
確かに空間魔法とかを使えない場合、そこまで多くの荷物を持ち運ぶ事はできないし、迷宮内で美味しい飯を食う事もできない。
分厚い肉を食べて、頬をニヤけさせている。
これが俺の知っているエレン=スプライトというのか、有り得ない。
(まるで別人だな)
昔と打って変わって、丸くなった気がする。
いや、元々丸かったのを無理矢理押し込めていた、という事なのかもしれない。
しかし、化けの皮を被るのを止めたらしい。
「ん? 何かな?」
「いや、別に」
凝視していると変に思われるため、視線を切って肉へと移る。
しかし、もう殆ど肉が残っていなかった。
全員美味しそうに食べているので、俺一人食えなくとも大した問題にはならないが、ここまで食が進むというのもまた珍しい。
特にセラ、彼女の食べっぷりは群を抜いて凄まじい勢いである。
「アンタ殆ど食ってないじゃない、お腹空いてないの?」
「空いてない訳じゃないが、そこまでは食えんな」
セラが食った量は一般男性の五倍以上、俺は普通に食ってるだけでセラが異常すぎるだけだ。
女の子らしくないとは思うが、清々しくて逆に格好良いとすら思えてくる。
「ならアタシが貰ってあげる」
「ちょっ――」
そのまま残りの肉も食ってしまった。
「ほへひひへほ、ほへはんほひふ?」
「飲み込んでから喋れ」
何言ってるのかさっぱりだ。
せめて口の中のを飲み込んでからにしてほしい。
「これ、何の肉?」
「それは食う前に聞くもんだろ……色んな肉があったが、危険なものは入ってないから安心しろ。ホーンバイソンって種類の牛がメインだ。ヒレ、サーロイン、肩ロース、霜降りで焼き肉は――」
「待ってくれ! ホーンバイソンって、物凄く強いんじゃなかったかい?」
「あぁ、そうだったかな」
エレンはSランク冒険者、知識的に知っていても可笑しくない。
だが普通のモンスターではなく、魔境産のホーンバイソンであるため、美味くないはずがない。
栄養満点、肉汁たっぷり、旨味成分超配合、ハイブリットの肉と言えば良いのだろうが、一口食っただけで口の中で旨味が溢れ続ける。
それに体格も普通の数倍あったから、大量に肉を持っているのだ。
「その肉には凄い希少価値があったはず……今更だが、食べてよかったのかい?」
「大して問題無い。ダイトのおっさんに自慢話として教えてやれ」
「あ、あぁ……」
幾らするのか、そこまでは知らない。
だが金は腐る程持っているし、売ったりするよりかは食った方が幾ばくかマシというもの。
後悔は無い。
それに全員満足しているのか、普段よりも食っていた。
運動しなければ確実に太るが。
因みに肉だけでなく野菜をしっかりと摂取したのは二人、リノとユスティだった。
「ご馳走様だ、レイ殿」
「ご主人様、ご馳走様でした」
「お粗末様だ」
こっちとしては美味い肉を提供して、焼いてやっただけなのだが……
それに途中からは勝手に自分達で焼き始めたし、手持ちのパンとかも一緒に食ったりしていた。
今度は米を手に入れてから焼き肉をしよう。
「さて、そろそろ六十階層に進もうぜ、エレン」
「分かった、なら片付けを済ませたら一気にボス部屋まで行こうか」
六十階層を攻略したら、彼女との契約が終わる。
元々の依頼が六十階層攻略だったために、こうしてここまで来た。
火力的には過剰だが、それでも下層へと降りてきたのは良かった。
爆発的な成長が見込めた。
それにレアの素材を売ってギルドで換金してもらったりもした。
(これが終わったら『龍栄祭』について調べるか)
その前に三つの手紙、いや二つの手紙をまだ読んでなかったため、それを読んでからにしよう。
簡単に片付けを済ませて、バックパックへと仕舞うフリをして影へと仕舞う。
このバックパックも随分と使い古してしまったようで、かなりボロボロとなっていたのだが、新しいのに変えるかはまだ決めてない。
(親父から貰ったもんだったが、どうするか……)
親父、血の繋がっていない孤児院の院長をしていた人、彼から貰ったものを使い続けてきて、大分継ぎ接ぎとなっていた。
あまり多くの荷物は入らない。
この世界基準で考えると、魔法袋なら空間魔法とかでかなりの量が入る。
しかし、これには何の魔法も付与されてない。
だから、あまり入らない。
それでもセラが乗れるだけの大きさはある。
(そう言えば、親父は元気かな?)
あの人は俺の事をあまり好いてはくれなかったけど、それでも見送ってくれた。
平等を重んじる人間だった。
あの人に拾われてなかったら、死んでたかもしれない。
「どしたの、レイ?」
「いや、ちょっとな」
バックパックを背負って、そこにセラが飛び乗った。
重たいので退いてほしいのだが、それでも彼女は駄々を捏ねる。
溜め息を吐いて、俺は準備の終えていた仲間達の後を追い掛ける。
サッサとこんな暑い場所、おさらばしたいものだ。
六十階層の巨大な扉前にも少なからず人がいる。
俺達の他にも攻略に参加しにきた人間が何組か存在しており、流石にソロで活動している奴はいなかった。
それぞれが俺達を値踏みするように見てくるが、ギロッと睨んだように見えたのか、途端に視線を外される。
(そんなに強く睨んだ覚えはないんだが)
向こうがどう思っていようと、今はそんな事はどうだって良い。
それよりも暑い。
この熱量のせいで、全員がバテている。
「ユスティ、大丈夫か?」
「へ、平気です……」
雪国育ちの彼女にとって、この環境は非常に身体に負担を掛ける。
暑さに慣れていないからだ。
汗が噴き出ているため、辛そうに見えた。
しかし逆に、雪国育ちとは真逆の大峡谷育ちだと言っていたセラにとって、暑いとは口に出しているが平気そうだった。
「ねぇエレン、普通の冒険者ってどうやって暑さを防いでるのかしら?」
「あぁ、この暑さに耐えるしか無いな。特定の魔導具も最近までは国が閉鎖されてたから導入もされてないし、そこまで出回ってないんだ」
準備期間中に探したのだが、見つからなかった。
それに調合のための素材も無かったので、少し暑いくらいだから大丈夫だろう、なんて考えていたのだ。
少し見積もりが甘かったと痛感している。
異様な熱気に、身体から大量に汗が噴き出てきて、身体が熱を冷まそうとしている。
汗は水分のみならず塩分も放出する代わりに体内の熱を奪って気化するものであり、汗が体温を一定に維持しているのだ。
人間は恒温動物、体温が上がれば死に至る。
身体が上昇する熱に耐え切れないため、汗が吸熱して身体を冷ましていく。
「服が肌に張り付いて気持ち悪いですね……」
「ここをクリアしたら地上に戻って風呂だな、それまでは我慢しろ」
「うぅ……ベタベタです」
頭から水を被りたいが、この状況で水を被ったところで気化して余計に暑くなるだけ、だからこそ俺は我慢し続けている。
早くボスを倒して帰りたいものだ。
「次は私達の番だね」
他のパーティー達が消えていたため、それぞれのパーティーが門の向こう側へと挑んでいったようだ。
その門に誰かが入っていたところで別空間に繋がるだけであるため、ここで門を潜って鉢合わせする事が無い、これはダンジョンに入って体感した事だ。
全く、迷宮とは不思議な場所だな。
因みに門を一度入っていくパーティーに付いていき、閉まるまでに別の者が入っていった場合は同じ部屋で戦う事になる。
だから空間を移動させるためには、一度門を閉じなければならない。
(これも迷宮の機能なんだろうか?)
迷宮は文字通り奥が深い。
一番下に何があるのか気になっている者も多いようだが、最後まで攻略するつもりは無い。
そこまで最下層に興味を感じないのだ。
それよりも俺が興味を示すものは迷宮に潜ってみたかったという事実のみ、それにユスティも連続して潜る度に強くなっている。
もう目的は果たせたので、次の都市へと行ける。
それに、もうすぐで俺の……
「ご主人様、何処か具合でも悪いのですか?」
心配性の彼女は、より俺に対して過剰な心配を向ける。
また大切なものが失われるのを恐れて、また一人置いていかれるのを怖がって、また掌から零れ落ちていくのを嫌って、必死に『生』へとしがみ付く。
今の彼女は不安定だ。
宴会で懐かしい記憶を垣間見て、それから追悼式で儚い笑顔を見せていた。
誰よりも死を悼んでいたのは、きっとユーステティアという正義を司る少女だ。
「何処かなんて言わなくとも、身体が悪いってのは皆分かってるわよ。ただの痩せ我慢でしょ?」
「そう思ってんなら、今すぐバックパックから降りろ」
「ヤダ」
セラの体重が加わっているからだけではなく、身体に刻まれた呪詛、呪印のせいで足取りが重い。
呪詛は体内に蓄積すると生命力を著しく削っていく害あるものだが、呪印も紋章の一つ、付与された印の形や種類によって効果は変わる。
俺の場合はセラから呪詛、いや呪印を吸収した。
それによって、彼女の受けた呪いをそのまま俺が引き継いで蝕ばまれていった。
呪印の効果は主に身体の暴走なのだが、それには生命力を激しく削られて暴走するために身体が生命力へと超回復能力を回しているせいで、普通の傷とかの回復が阻害されてしまった。
なので治りが少しばかり遅くなっている。
「サッサと行きなさいよ、レイ」
「はいはい」
痛いものの運ぶ事自体はできるため、そのまま運ぶ。
扉を潜ってボス部屋へと入って挑戦する。
この階層で何がボスとして君臨するのかは知っているのだが、今の身体で何処までできるのかを確かめる良い機会だろう。
「エレン殿、この階層に出てくるのは何だ?」
「六十階層で出てくるのは怪鳥ルフだよ」
その言葉に全員が四十階層での出来事を思い出した。
あの時は迷宮の暴走によって、普段よりも強力なボスモンスターが出現するようになっていたが、今回もルフかと思って中央へと足を進める。
しかし、現れたのは別のモンスターだった。
真っ赤な巨体、爛々と妖しく輝く瞳、そして巨大な翼を持っている悪魔のような魔物、あれは……ガルーダというSランク以上のモンスターだ。
「じゃあ全員に支援付与を――」
「待て、セラ」
「レイ?」
自分の力で倒せるのか、それを確かめる。
錬成銃で倒すのは簡単だろうが、近接戦闘や身体の動きを確かめたかった。
ここまで来るのに仲間達に任せっきりだったからな。
「俺一人で倒す。テメェ等は手ぇ出すなよ」
「ご、ご主人様?」
「大丈夫なの?」
「あぁ、前回はセラ一人で倒してもらったからな、今度は俺の番って訳だ」
腕輪へと手を添えて、能力を発動する。
「『錬成』」
二刀を生み出して、駆け出していく。
全員の静止の声が後ろから聞こえてくるのだが、そんな事は聞き流して跳躍し、刃を振るう。
「フッ!!」
『グォォォォォォォ!!!』
雄叫びを身に浴びながらも、突っ込んでいく。
しかし相手も俺が攻撃してくると分かっていたようで、右へと避け、腕を薙いで爪が俺の身体を抉ってきた。
しかし爪の攻撃は俺の着ている魔法衣によって妨害、大した傷にはならない。
身体はまだ動く。
更に上へと打ち上げられた身体を回転させながら、上下反転した世界で俺は二刀を鎖に変換して、ジャラジャラと振り回し、遠心力を乗せた一撃を腹へとお見舞いする。
『グォッ!?』
「身体は痛いがまだ戦える……俺の糧となれ」
鎖を捨てて、素手で突っ込んでいく。
落ちる身体はそのままガルーダへと飛んでいき、一つの錬成を発動させる。
「『立体空間湾曲』」
モンスターの身体へと手を着いて、ゼロ距離による空間操作を行った。
ガルーダの体内が捻じ曲がり、不快な骨の砕ける音が聞こえてきて、ガルーダが断末魔を上げて地面へと墜落してしまった。
かなり強いが、人にやったら悲惨な事になりそうだ。
しかし使い慣れてない空間能力、未だに生きているガルーダを見て自分は未熟であると悟る。
空間を錬成する力、これはかなり危険だ。
(やっぱガルーダ程度じゃ、俺の戦闘相手は務まらないって訳――)
「ご主人様!!」
ユスティの声に意識がガルーダへと向いた。
彼女が何を危惧しているのかを理解したからであるが、往生際の悪いモンスターだ。
身体に乗ってる俺を殺すために、炎を吐こうとしているのを感知した。
「『分子解体』」
『グオ――』
足から能力を使い、モンスターを完全に分解する。
その力に抗う術を持たないガルーダは、何もできずにそのまま死滅した。
これで大体は分かった。
職業能力は普通に使え、痛みはあるが戦う事自体は可能らしい。
(これで一応は一人でもルドルフ勢と対峙できるな)
俺が一人で戦おうと考えた理由は主に三つ、一つ目は俺の身体が何処まで弱体化したのか確かめるため、二つ目はルドルフ達に対抗するための能力確認、三つ目は力量を測る機会について考えた結果だ。
一つ目と二つ目の理由は大体は同じ、三つ目は実力を測る機会が今後減るからだ。
(休養するつもりだったし、今のうちに確認しといて良かった……が、やはり身体は痛いな)
結果、思った以上に弱体化しているが、職業の力としては弱体化していないのが分かった。
これは大きな収穫、もしも呪詛が職業、つまり霊魂まで侵蝕していたとしたら俺の能力は弱体化しているはず、しかしそんな様子は無かったため、一応は能力は使える。
しかし身体が思ったより動かなかったな。
あの場合、跳躍後に避ける事もできたはず、しかし腹を抉られそうになった。
(魔法衣着といて良かった、耐刃性能が働いたようだ)
何処も異常は無い。
強いて言うなら呪印のせいで身体が痛いくらいで、それ以上でもそれ以下でもない。
これなら、日常的な生活は大丈夫そうだな。
「まさか一人で倒してしまうとは……随分と成長したようだね」
エレンが感心したかのように、ガルーダのドロップアイテムを見ている。
これで俺もエレンとの関係は終わりを迎えたのだ。
「これでも本来の実力の半分も出てない。かなり弱体化したらしい」
「それでも二年前とは比べ物にならないくらい強くなったと思うよ、レイ少年」
「……二年前と同じだ、俺は何も変わってない」
俺は弱いまま、人を信じられず、ただ流されてるだけの一般人でしかない。
俺は弱い人間である。
弱いまま、全てを見て見ぬフリをして、ここまで来てしまった人間、子供のまま成長してしまったのだ。
「帰るか」
契約は完了した。
奇妙な縁で俺達は出会い、こうしてダンジョン探索する事になったのだが、もう会う事も無いだろう。
「契約はここまでだ。後は六十一階層より下を探索するなり、この国を離れて何処かに行くなり、好きにすると良い」
「あ、あぁ……」
これで本来の旅に専念できる。
「行くぞ、テメェ等」
階層主のドロップアイテムを回収した俺は、そのまま出口へと向かっていった。
未来が何処へと向かうかは分からない。
暗闇は果てしなく、ゴールも見えぬまま俺は外の世界へと飛び出していく、自分が何者なのか探すために、俺の居場所を見つけるために……
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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