第116.5話 百薬の長、それは酒の魅せる魔法
俺達が下へと戻って、再び宴に参加しようとしていたのだが、肩をガシッと掴まれてしまった。
一体誰なんだと思っていると、深緑色の長髪を揺らしている魔導師の女の子だと分かり、最初に助けたパーティーの魔導師であるホルンが俺の肩を掴んでいるようだと気付いた。
彼女は最初に出会った『黄昏の光』の一人で、腕相撲しているライオットは、そのパーティーのリーダーだ。
できれば逃げ出したいところなのだが、どうやら無理らしい。
無言で俺の肩を引っ張ってくる。
そして、一つの席へと座らされてしまった。
「あ、あの――」
「レイグルスって、どういう事かしら?」
気の強いホルンが俺へと詰め寄ってくるのだが、何だか酒臭い。
「やぁ、久し振りだね、ノアさん」
「今はレイグルスで通っている。だからノア呼びじゃなくてレイ呼びで頼むよ、クルト」
対面には魔弓術師の少年クルトが果実水を飲みながら、こちらへと挨拶する。
神官のミゼルカはここにはいないのだが、一体何処に行ったんだと思っていると、突然背後からヘッドロックを決められる。
「お、おい何しやがる……」
「いえいえ、こちらに挨拶もせずに勝手に英雄となっている事に対して別に何も思っておりませんよ、えぇ、何も思っておりませんとも、オホホホ」
首を絞めてくるのは、ミゼルカだった。
何処行ったのかと思っていたが、背後に移動して俺に攻撃してこようとは、案外図太いな。
何故に攻撃されているのだろうかは分からないが、痛いので止めてもらいたい。
「で、俺に何の用だ?」
「ホルンから聞きましたよ。迷宮の前で助けて頂いたのが貴方だとか」
「そ、そうだったかな……」
あの時は変に絡まれるのを嫌って黙ってたのだが、この酒の席では無礼講となっている。
(変に目立ちたくなかったんだがなぁ……)
彼女達とは一度出会っているため、俺の顔が知れてる。
そのため、さっきのように演説紛いな事をさせられると知り合いに簡単にバレる。
俺の名前を知ってるのは、ガルクブールにいた奴等やグラットポートにいた奴等で、この国で出会った奴等は俺の名前をレイグルスだと思い込んでいる。
なので、ここでノアだと暴露されるのは非常に困る。
「それで、一ヶ月半前に魔神を倒した、というのは本当なのですか?」
「耳が早いな……単に成り行きでそうなっただけだ」
「成り行きで魔神と戦うって何なのよ、それ……」
そんなの巻き込まれて戦ったってだけだ。
元々は逃げようとしたのに、魔族の一人ウルックが突然襲ってきたのを返り討ちにして、更にユスティが媒体となってしまったので魔神を倒すに至った。
それを説明すると、何故だか彼女達が不思議そうにしていた。
「そのユスティってのは?」
「あぁ、あそこにいる白髪の子だ、ユーステティアが今の名前になる」
俺が目を向けると、その視線に気付いた彼女が微笑みながら手を振ってきた。
そして俺を凝視してくる。
「あの子が?」
「グラットポートの巨大オークションで落札した戦闘奴隷なんだ。ああ見えて、かなり強いぞ」
少なくとも彼女達では太刀打ちできないだろう。
それだけの天才的な潜在能力と戦闘能力を持っているために、『黄昏の光』では何をしても勝てない。
ユスティの第六感はセラよりも精度は落ちるが、それでも人族よりは圧倒的に高い。
だから死角からの攻撃とかにも逸早く気付ける。
それから戦闘における成長スピードがかなり早いが、今回は邪魔が入ったので、これから潜る事になるダンジョンで成長の機会が訪れるはずだ。
「幾らで落札したのよ?」
「八十三億ノルド」
「「「は、八十三億!?」」」
大声で騒いだせいで全員の視線がこちらへと向いたが、俺は後ろを向いてるので背中に視線が集まっていく。
俺はジロッと彼等を睨むと、ミゼルカが頭を下げた。
そしてすぐに周囲の視線はバラけて俺達に集中する事は無くなった。
「不用意な注目を集めるな、アホ共」
「いや、だって八十三億でしょ? そんな大金、奴隷購入のためだけに使ったの?」
「あぁ、とある商会が粘りに粘ったが、俺の方が所持金は多かったから競り落とせた」
少し遠くからでも分かりやすい髪色をしている。
雪のように真っ白であり、こちらを気に掛けているようだな。
「予想の斜め上を行くよね、レイさんって」
「別に、全部成り行きだ。そっちはどうだ? あれから少しは敵に当たるようになったのかよ?」
「……ひ、百発百中だよ」
何処か後ろめたさがあるのか、目を逸らして答えた。
完全に嘘を吐いているのが分かるため、百発百中ではないのだろう。
ならばどれだけの精度か。
「今は七割ね。十回に七回は当たるわ」
「成る程、つまり三回も外すって訳か」
「ちょっ――七回も当たるんだから良いじゃないか」
ホルンの答えを裏返すと、すかさず言い返してくるが、それは普通の状況でだ。
本来なら百発百中でないと不味い。
「もしホルンがモンスターに食われそうになって、お前が助ける以外に方法が無かったとする。それで矢を外してみろ、一生の仲間を失うぞ」
「うっ……」
「常に最悪の状況を考えて弓を引け。言い訳は、百発百中の精度を得てから言うんだな」
動きながらでも百発百中になれば、一流の魔弓術師という事だが、今のクルトでは無理だ。
「レイさんは精霊術師でしょ? どうやって魔神を倒したのさ?」
「企業秘密だ」
コイツ等は影の能力を知らないために、倒し方は秘匿する必要がある。
途中で会ったBランク冒険者パーティー『風魔』にも、俺は影の能力を使っていないはずだ。
使ったのは錬金術と精霊術の二つのみ。
影の能力は最悪、俺と暗黒龍の繋がりを看破される恐れがある。
それだけは避けたい。
(何処に黒龍協会の手の者がいるか分からねぇしな)
いや、一人は分かっている。
何故ならソイツは俺の情報をギルドに売り、更には俺の事を高く買っているからだ。
「それにしてもライオットのやつ、かなり酔っ払ってんな」
「事件も解決したし、アイツは宴好きだからね」
「そうなのか」
「それに、この前Bランクに上がったのよ」
「へぇ」
それは凄いな。
Bランクになれる人間は限られてくるし、その中でBランクになれたという事は、それだけの実力が認められたという事でもある。
「じゃあ、アイツに二つ名とか付いたのか?」
「えぇ、物凄い恥ずかしい二つ名だったけどね〜」
恥ずかしい二つ名?
ある意味気になりはするが、そこまで聞きたい訳でもないため、聞こうとはしなかった。
だが、その恥ずかしい名前を広めたいらしく、ホルンは笑いながら俺に教えてきた。
「アイツ、そんなに強かったのか?」
「アンタに触発されて強くなろうって毎日頑張ってモンスター倒してたわ。その鍛錬に付き合わされたから、私達も必然と強くなった」
モンスターを倒すと、倒れたモンスターから放出される魔力の一部を体内の魔力袋へと吸収し、自身が少しずつ強くなっていく。
だが、それは微々たるもの。
つまり、千体のモンスターを倒したところで大して強くはなれない。
こればかりは経験や才能が物を言う。
手っ取り早く強くなれる方法もあるにはあるが、彼等の身体が耐えられず、下手すると冒険者生命を断ち切る行為にも繋がる。
「そんでアイツは剣使わずに肉体ばっか鍛えてたから、皆から『鉄人』って呼ばれてんのよ」
て、鉄人……
アイツの職業は重騎士だったはずで、間違ってはいないだろう。
ホルンには馬鹿ウケだったらしい。
メッチャ笑ってるのだが、別に悪くはない二つ名だと俺は思ったため、ホルンの笑いのツボを一切理解する事ができない。
「別に良いんじゃないか? 重騎士としては普通に賞賛に値するもんだろ」
「動じないわね、アンタ……」
「レイさんの二つ名もグラットポートで出回ってたらしいですよ。ライオットさんと比べると月と鼈です」
言い過ぎだが、ミゼルカが気になる事を言っていた。
グラットポートで俺の二つ名が出回ってるという情報を何処で手に入れたのやら。
「情報管理室に、魔神殺しに関する情報がギルドより出回っております。その中にノアという名前、それから彼の二つ名が記されていました」
「そうなの? 私も初耳なんだけど」
「ホルンには言ってませんでしたね。『黎明』、夜明けを意味する二つ名ですね」
『鉄人』と比べたら確かにミゼルカの言う通り、月と鼈だ。
『鉄人』ではなく『甲羅』だったら本当に諺通りとなっていたであろう。
まぁ、何にせよ二つ名は個人を特定させるものである。
俺の場合、この黒髪や影の能力が二つ名に関係しているのかもしれない。
「カッコいい二つ名ね、私等の団長とは大違い」
「いつか僕も二つ名が欲しいなぁ」
「弓を生業とする二つ名持ち冒険者も何人かいたな。特に有名なのは『空弓』、それから『鷹狩り』だな」
前者は矢を放たずに相手を攻撃できる能力の持ち主、そして後者は空の獲物を決して逃さない弓の精度の持ち主なのだ。
ソイツ等はSランクだが、近距離戦は不得意である。
だからパーティーに所属していると聞いたが、それは一年前の話で、今どうなのかは知らない。
もしかしたら死んでいるかもしれないし、以前のダイガルトのように引退している場合もある。
「ソイツ等は別格だ。あんま参考にしない方が良い」
「え、どうして?」
「奴等は変態級の強さや独自の技を持ってるから、普通の魔弓術師の場合はそういった強い奴以外を参考にすべきだ。魔力の矢を生み出して更に属性を付与できれば、それだけ戦闘の幅は広くなるし、強い奴等は大抵そうしてる」
魔力属性に偏るのだが、火や水、風や土の属性矢を使い分けたりする事で、より戦闘を有利に進める事ができたりする。
面白い事に、混合属性の矢を創り出す変態も存在する。
才能の塊は何処にでもいる。
クルトがどれだけ天才達の世界へと踏み込んでいけるかが今後の強さの分かれ目となろう。
「レイさんもそうしてきたの?」
「いんや、俺は凡人だからな、何度も反復練習して力を身に付けたんだ。大抵は経験値、どれだけ練習を繰り返して自分のものにできるかが問われる。それが職業の力というものだ」
そして、職業の一つの鍵となるのが『覚醒』という摩訶不思議な力だ。
今回の事件ではタルトルテが覚醒していた。
それによって、普通では有り得ないくらいの呪詛能力が発揮されていたのだが、復讐が覚醒条件、とはちょっと考えにくい。
何故か、それは今回の復讐はタルトルテ一人だけではなかったからだ。
(もし復讐が条件ならドルネも同じように覚醒しているはずだが、そんな兆候も様子も見られなかったし、他にも条件があるとしたら何なのかを考える必要がある)
分かっているのは、タルトルテの中で何かが変化したために覚醒したという事実だけ。
「ま、焦って強くなる事はないだろう。焦ったところで上手くなる訳でもない」
「で、でも、もっと貴方みたいに強くなるためにはどうしたら――」
「焦りは禁物だ。焦ったところで得られる物は少ない。強さってのは日々の研鑽が大いに関わってくるもので、俺は強くなるために知識を蓄えた」
知識は強さを後押ししてくれるものだ。
そして知識はどれだけ背負っても重さはゼロであるからこそ、どれだけ詰め込んでも重荷にならない。
そして使い方次第では武器にもなる。
「お前等のパーティーには荷物持ちの役割を果たす奴がいないな。マッピングや旅でのサポート、仲間の健康管理や武器の手入れ、モンスターの知識を持っていれば戦闘面ではかなり役立つ」
クルトのみに話しているつもりが、いつの間にか三人が座って真剣に話を聞いていた。
冒険者は傲慢であり、そしてプライドの高い奴が結構多いのだが、その中で貪欲に力を求める奴は上へと登っていけるだろう。
ミゼルカなんかは俺の話をメモしてるし……
「全員が分担して行うのも良いが少しでも他よりも知識を持っていれば、いざという時に何かの役に立ってくれる。薬草の知識、モンスターの生態、職業について、色んな分野に精通していると、例えば盗賊相手に先手を取れたり、モンスター戦とかで有利に戦えたりする」
かつての俺がそうだったように、知識は武器にも成り得るものだと知っている。
「それに職業だけが戦闘の道具じゃない」
「どういう事よ?」
「例えば魔弓術師、弓での攻撃とかを生業としているが、短剣とかの近距離武器で攻撃したりできる。つまり、戦い方を職業に絞らずに技術のみでも戦えるって訳だ」
これはかなりの利点となる。
対人戦闘で仮にクルトが狙われたとして、近接の弱い奴を近接から狙うのは普通だ。
しかし短剣術を使えていたら、格闘術を覚えていたら、クルトは近接遠距離と死角が無くなるのだ。
「俺は精霊術師で基本遠距離だったが、鉱物操作で短剣を形成して、短剣術を中心に戦っている。このように、職業そのものを似せて、相手に誤認させたりもできるのさ。戦い方は千差万別、自分なりの戦法を見つけたら良い」
「まさに熟練戦士の助言ですね、参考になります」
「そこまで参考にされても困るが……」
単なる経験談でしかないので、そこまで参考にされても彼女達が力を手に入れられるかは不明瞭であり、それは彼女達の今後の努力次第となる。
知識を身に付け、世界を巡り歩き、そしてSランク冒険者となっていく。
大体の奴はそんなものだが、一部は例外も存在する。
天才的な戦闘センスを持った奴等や、俺なんかでは比にならないくらいの非の打ち所がない人間、そういった奴等も上へと登っていく。
(そういう世界だもんな)
選ばれた人間、そして選ばれなかった人間、その差は何だろうか。
神から何も与えられなかった俺が唯一手にしたのは錬金術師という職業であり、この力に導かれてなのか、暗黒龍と出会い、精霊と出会い、強くなった。
もしも出会っていなければ、俺は魔境のモンスターの餌として身体を食い千切られて死んでたであろう、それだけは確かだ。
「そういや、お前等って何処まで潜ったんだ? 迷宮内では見掛けなかったが……」
途端にホルンとミゼルカの二人が目を逸らしていた。
俺達が四十九階層にいたという事実はギルド内に完全に広まっているそうで、それよりも上にいる事実を知られたくないようだった。
その気持ちも分からないでもない。
俺は冒険者登録したばかりの新人、それが彼等の現状到達不可能な未到達階層に進出したのだ。
と、そんな事を考えていたのだが、そうではないとホルンが事情を説明した。
「実際に私達のパーティーは、ライオットがB、私がC、ミゼルカがD、それからクルトがEなのよ」
「成る程、つまり低階層で鍛錬を積んでた、と?」
「いや、えっと……」
ガルクブールで別れてから三ヶ月余りが経過している。
その間に少しでも鍛錬を積んでいたのかと聞いてみたのだが、何故かホルンが唸っていた。
「私達も失踪事件の調査に参加してたのよ」
「へぇ、そうだったのか」
「それで三十階層より上の二十六階層辺りから調べてたんだけど……ちょっと、ね」
俺達がBランクパーティーと出会ったのは二十四階層で、俺とセラだけが迷宮壁の向こう側へと行ってしまったので、鉢合わせる事が無かったようだ。
もしも、俺がそのまま下へと行ってれば会えたかもしれない。
「それで、何があったんだよ?」
「ライオットが鍛錬って言ってモンスターハウスに入ってったのよ。依頼そっちのけでね!」
中央で騒いでいるライオットを睨み付けるホルンの瞳には殺意が芽生えているように見えた。
それだけモンスターハウスが脅威だったのだろう。
モンスターハウスというのは、迷宮内の至るところにあるモンスターの大量発生する室内を表す。
一度入ると、入った人間が死ぬかモンスターを全滅させるかしないと出入り口が開かない仕組みとなっており、非常に危険なのだ。
「災難だったようだな」
「災難? 違うわ、最悪よ!!」
苛立たしげにしているのだが、こちらに怒りの矛先が向けられているので、それをライオットへと向けてもらいたいものだ。
自由に怒りを発散しても構わんが、俺を巻き込まないでほしい。
「本当に疲れたわ……」
意気消沈して、酒をチビチビと飲み始めた。
表情がコロコロ変わるのだが、どうやら最初っから酔っていたようで、彼女の場合絡み酒なのだなと察した。
「レイ〜、こんなとこで何してんのよ〜?」
俺も自分の席に戻ろうかと思っていたところで、背後から誰かに腕を回され、抱き締められて後頭部に胸を押し付けられた。
聞き覚えのある声から、誰かすぐ分かった。
「酒臭いぞ、セラ……どんだけ飲ん――いや、どんだけ浴びたんだ?」
「アハハハ! 楽しいわねぇ!」
酒癖がここまで悪いとは思ってなかったのだが、ちゃんと俺を認識できているようで、だから俺がここにいるのも見つけられたのだろう。
鬱陶しいし、酒臭い。
酒の飲み過ぎだ。
「ちょっ――レイ、何なのよこの人……え、龍神族?」
龍神族は数自体少ない上に、こんな都市にいる事が珍しいのだろう、彼女の角や尻尾を見て驚いていた。
「アタシ、セルヴィーネで〜す! レイのお嫁さんしてま〜す!」
「「「はぁ!?」」」
「お前……コイツ等に嘘吹き込むな」
「えぇ? 良いじゃない、似たようなもんでしょ?」
コイツの認識はどうなってんだ?
顔を真っ赤にする三人が俺とセラの顔を交互に見てきて、更に向こうにいるユスティへと視線を向けて、クルトがボヤいた。
「三ヶ月で二人も手籠めに?」
「おい、誤解を生む表現止めろ、別に暴力振るった覚えは無いし、手を出すつもりも無いぞ」
「レイだったらいつでも大歓迎よ?」
「何でそっちはウェルカム状態なんだよ……」
セラと出会って一ヶ月が経過したが、そこまで好感度が上がる機会なんて無かったはずだ。
しかし、信頼度が何故か高い。
不思議に思っていると、ホルンが目を輝かせながら彼女を座らせて、更にはいつの間にか移動していたミゼルカがユスティを連れてきていた。
「ご、ご主人様、この人達は一体……」
「知り合いだ」
急に連れてこられて理解が追い付かないまま、俺の隣に座らされたユスティは、何が始まるのかと不思議そうにしていた。
「その魔導師がホルン、神官がミゼルカ、んで少年がクルトってんだ」
「魔弓術師です、よろし――」
「そんな事よりお話ししましょうよ! 人数は多い方が盛り上がるわ!」
ホルンが何を話すのか察したので、俺は一足先に退散させてもらう。
と、その前に二人に言わなければならない事があったので耳打する形で囁いた。
「俺の職業、奴等は精霊術師って思い込んでるから、適当にフォローしといとくれ」
「お、お任せください」
「了解したわ。お姉さんに任せなさい」
多分、俺の職業が出てくる事は無いだろうが、それでも念の為に伝えておく。
人の恋バナを聞く気は無い。
女子会、みたいなのをする気でいるようだったので、俺はいない方が良いだろう、そう思ったために俺は一人自分の席へと戻った。
(ホント、賑やかだなぁ……)
ギルド内ではいつも以上に騒ぎまくっている。
すでに酔い潰れて寝てる奴もいれば、食事を楽しんでいる者、騒いで賭け事に勤しんでる者もいる。
「レイ、ちょっと来な」
「フランシス……」
と、ここでフランシスが俺を手招きして、呼び寄せる。
少し切羽詰まったような顔をしているのだが、何かあったのか?
「宴会中に何の用だよ?」
「それが、アンタのギルドランクをEにするって報告したら七帝が全員反対してねぇ……説得は無理そうでね、一応報告しとこうかと」
「じゃあ、俺は何ランクになるんだ?」
「ルドルフの旦那はAランクにしろ、と」
何処まで俺を邪魔してくるんだろうか、あの野郎……
ならば俺も手段を選んではいられないだろう。
「ここに来る前、ルドルフの使者が俺達を襲ってきた。それをグランドマスターに伝えろ、俺の事が分かってるなら話は早い」
「どういう事だい?」
「まぁ、色々ある」
向こうは俺の事をすでに暗黒龍の使徒、だと思い込んでいるだろう。
つまり、俺は彼等よりも上の立場にいる訳で、勝手な行動をしたルドルフの悪行を知れば、牽制してくれるだろうと踏んだのだ。
「証拠はあるのかい?」
「さっき襲われた時に一人を返り討ちにして、死体は回収した。後で蘇らせるつもりだ」
「わ、分かったさね」
「それで今回の件をネタに、俺をAランクにするなと圧力を掛けろ。こちらは被害を被ったんだ、それくらいの要求はできるだろ」
いきなりAランクに上げられても困る。
俺を取り込もうと画策しているのが目に見えているが、俺は思い通りに動くつもりは無い。
「済まないね、アタイは支部のギルドマスターでしかないから、彼等には逆らえないのさ」
「別に構わない。そうなるとは予想してた」
ルドルフという男は、欲しい物は何でも手に入れる性格であるため、予想はしていた。
こちらに圧力を掛けてくるのも、襲ってくるのも、全ては蘇生能力が欲しいからこそだが、ここまで悪辣になるとは予想以上だ。
「七帝にクズが紛れ込んでたか」
「大丈夫なのかい?」
「問題無いさ。奴も人間、相手が賢い人間程行動を読みやすいもんだ」
だからこそ、対策が取れる。
しかしAランクにするつもりとは、行動が少しずつあからさまになってきている。
最初は交渉、次は俺の捕縛、それで今度は何をするのやら……
「さぁ! 次の挑戦者はいないか!」
俺が考え込んでいると、『鉄人』がテーブルに飛び乗ってウィニングポーズを取っていた。
向こうはお気楽なもんだ。
かなり調子に乗ってるらしい。
「アイツ、よくBになれたな」
「未開拓領域のモンスターハウスで大量にレア素材をゲットしたから、Bにしたのさね」
「そうなのか?」
「あぁ、だから結構潤ってるよ」
ギルドとしては未開拓領域の発掘に加えて、大量の素材獲得は多くの資金となる。
それは今だけでなく、将来にも繋がるものだ。
「腕相撲が強いのは初めて知ったがねぇ、知り合いかい?」
「ガルクブールに行く道中でな。アイツ等にも調査の依頼したんだろ?」
「事件には直接関係無かったけど、良かったさね。試しに挑んできたらどうだい?」
腕相撲に挑む……ふむ、良いかもしれない。
上半身を見る限り、かなり鍛えていたようで前よりも筋力が増しているのは表面的にも分かるが、何処まで強くなったのかは直接対峙する事で気付けるはずだ。
(Bランクになったらしいし、少し試してみるか)
どれだけ強くなったのか、腕試しだ。
俺達が呑気に会話に花を咲かせていた頃にライオットは三十七連勝していたようで、その連勝記録に終止符を打ち、現実を見せてやろう。
フランシスは仕事が途中だと言って、二階へと引っ込んでいった。
なので、俺は直接ライオットの前まで進んだ。
「お、何だ? お前が俺の相手か?」
「あぁ、腕には自信があるんでね」
「ガハハ! 良いぞ! この『鉄人』と謳われた俺を止めたくば全力で掛かってこい!!」
連続でマッスルポーズをして、非常に暑苦しい。
完全に油断しているのだが、こちらとしては早く始めたいところだ。
「魔力強化や魔法無しの単純な腕相撲対決だ!!」
「あぁ」
俺達は一つのテーブルに肘を置いて右手を取り、互いに構える。
左手でテーブルの端を掴んで腰を落とし、審判の合図を待つ。
って、誰が審判してるんだ?
「双方、準備は良いか?」
審判してたのは、『風魔』のリーダーを務めてるジェイドだった。
右手に酒を持ち、左手を振り上げて試合が始まる。
そして左手を振り下ろすと共に試合の合図が周囲へと伝播する。
「じゃあ……試合開始!!」
その言葉を聞いた瞬間に、ライオットの身体に力が入るのが分かった。
だが、俺はそこまで力を入れていない。
しかしそれでも中央から腕が動く事は無かった。
(前よりは強くなってるようだが……)
思いっきり叩き付けると彼の手が壊れるのだが、それは今の俺にはできない。
「うおっ!? ぐっ……」
踏ん張っているが、それでも少しずつ腕が傾き始める。
俺が本調子で本気を出せば一瞬で終わるだろう。
だが、今は身体に痛みが生じているため、こうしてゆっくり押し込んでいくに留めている。
そして遠くないうちに終わりを迎えた。
「ま、負けた……俺が…負けた?」
「前よりは強くなってるようだな、ライオット」
フードを被ってるため、ライオットは俺の事に気付けていない。
「前よりは?」
「まぁ、モンスターハウスに突っ込むなんて馬鹿だけは止めておけ。命が幾つあっても足りねぇからな」
「その声、まさか――」
「今はレイグルスとしてここにいる。できるならレイって呼んでくれよ」
手を差し伸べて、座り込んでいたライオットを立ち上がらせる。
「わ、分かった……久し振りだな、レイ」
「あぁ、互いにな」
随分と無茶振りをしたようだ。
身体に幾つもの傷跡が見られるが、それは努力の賜物だと証明している。
「よし、俺と飲もうぜ!!」
肩を組んで、俺をさっきの場所へと戻される。
ホルン達は会話を楽しんでいるようだったが、黒一点であるクルトは何処にもいなかった。
「ホルン、クルトはどうした?」
「一足先に部屋に戻ったわよ。疲れたんですって」
彼等はこのギルド提携の酒場の二階より上、宿泊施設の一室へと引っ込んでいったらしい。
原因は男一人という状況のせいだろう。
女達がする会話の中に入っていくのには勇気がいるだろうし、彼はまだ十五歳の餓鬼であるため、怖気づくのも仕方あるまい。
「この嬢ちゃん達は?」
「レイさんの婚約者だそうです」
また嘘を吹き込んだらしく、二人は目を逸らして冷や汗を掻いていた。
ある事無い事話したようだ。
何を話したのかは気になるところだが、地雷を踏みそうなので聞かない事にした。
「さっきの見てたわよ。ライオット、アンタ鍛錬の成果無いじゃない」
「う、うるせぇ、たまたまだ!」
酒の席に座ったのだが、ユスティの隣空席一つ分横に何故かリノがいて、そして疲れたように眠っていた。
いつの間にここに来たのやら……
俺はリノ達の間に座って、こちらで飯を食う事になった。
「まぁ、何にせよ、元気でやってたようね。今日は沢山飲むわよ!! ウェイターさ〜ん! ビール追加ね〜!!」
全員、かなり顔が赤くなっており、更に酔いが凄まじいのが一人いる。
「す、すみませんご主人様……」
「酒の席、今日は無礼講だ。どうせ次の日には何も覚えてないだろうしな」
これだけ酒を飲んでいれば忘れ、二日酔いに見舞われる事だろう。
何を話したのか聞くつもりは無いので、そのまま宴会の喧騒へと浸る。
水を飲んで身体を冷やしていると、隣に座っているユスティの表情が曇っていたため、何か精神的に変化があったらしいため、声を掛ける。
「ユスティ、大丈夫か?」
「……はい」
「元気が無いようだが、何かあったのか?」
不安や不快感、そういった感情ではなく、寂寞、寂しい感情が伝わってきた。
「家族が恋しいか?」
「ッ……す、すみません」
まだ十六の子供、俺も二歳違いでしかないが、彼女は前世の記憶も無ければ家族を失った悲しい過去、記憶が根付いている。
ましてや愛されていたのなら、精神的ショックはより深いだろう。
「この雰囲気が何処か懐かしくて……」
「そうか」
この騒がしい景色、その風景を過去と重ね合わせているために寂寥感が込み上げてきた、か。
俺にはどうする事もできない。
だから彼女の頭に手を置いて優しく撫で、気休めの言葉を掛ける。
「なら今日は楽しめ。お前の両親もきっと、それを望んでいるはずだ」
「……はい!」
慰めたりする事はできない、俺はそれ程までに彼女を知らないからだ。
出会ってまだ一ヶ月半、いずれ気持ちの整理が付くだろうが、それまでは迷いに迷い続けて、道を踏み外したりするかもしれない。
だからこそ、今はただ何も考えず楽しむ事を優先させる。
(お前は強いよ、ユスティ)
親の顔も知らず、手掛かりは自分の苗字だけという俺とは全く違う人生を送ってきたのだろう。
それ等を失っても、彼女の輝きは衰えない。
賑やかな宴会は夜通し続いた。
俺達は酒を飲み、全てを忘れるくらいまで酔い、そして次の朝を迎えるまで飲み明かした。
喧騒という一つの思い出を胸に、そして脳裏へと刻み付ける、酒は万能薬、酒は百薬の長、心を癒す一つの魔法である。
「楽しいか、ユスティ?」
「えぇ、勿論です!」
宴に酔い痴れる者達は、踊り、歌い、騒ぐ。
夢から覚めるまで、このギルドで起こった大宴会は留まる事を知らなかった。
たまには、こういう日も良いもんだ……
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
『面白い!』『この小説良いな!』等と思って頂けましたら、下にある評価、ブックマーク、感想をよろしくお願い致します。
感想を下さった方、評価を下さった方、ブックマーク登録して下さった方、本当にありがとうございます、大変励みになります!




