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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第三章【迷宮都市編】
122/276

第116話 賑やかな宴会は星空の下で

 十五分遅刻して辿り着いたギルドでは、すでに宴が開催されていた。

 やはり待てなかったか。

 俺達が中へと入ったところで、賑やかな笑い声が俺の耳に入ってきて、その声に聞き覚えがあったからこそ頭が痛くなった。


「アハハハハ!! レイ〜!! 楽しんでゆ〜!?」


 セラが何人かと肩を組んで酒を飲んでいた。

 絡み上戸かアイツは?

 すでに顔が真っ赤となっており、酔っ払っているのが見て取れる。


「大丈夫か、お前?」

「らいじょ〜ぶらいじょ〜ぶ〜!」


 呂律が回っていない程に飲んだらしいのだが、リノは何処だと周囲を見回してみると隅っこの方でテーブルに突っ伏していた。

 酒に弱かったようだ。

 俺とユスティの二人はリノのいる大テーブルへと移動して椅子に座った。


「リノ、大丈夫か?」

「むぅ? おぉレイ殿、遅かったではないか」


 流石にここは人前であるため、ノア呼びは避けてもらっている。

 顔はそこまで赤くないが、何だか疲れているような……


「セラ殿……手が付けられん程にまで出来上がってるぞ。さっきも腕相撲二十回連続勝利を収めたり、酒豪対決と称して何杯も酒をお代わりしたりして我も巻き込まれた……何とかしてくれると助かる」

「大変な役を押し付けたようだ。悪かった」

「お疲れ様です、リノさん」


 二人でリノを労るが、早速飯を食おうかと思っていると誰かに首根っこを掴まれた。

 振り向くと怖い顔をしたフランシスがいた。

 な、何か僕に御用でしょうか?


「ようやく来たねぇ、レイ」

「よ、よぉフランシス、何で俺の首掴んでんだよ?」

「ちょっとこっち来な」


 有無を言わさず、彼女は俺を引っ張って二階へと上がっていく。


「な、何すんだテメ――」

「聞きな野郎共!!」


 吹き抜けとなっている二階から顔を出したフランシスが一階で騒いでいる冒険者全員へと大声で呼び掛ける。

 そして、一瞬で静まり返った彼等を見回した彼女は、俺を全員に見える形で俺を前へと押し出し、肩を組んで口上を述べた。


「冒険者の諸君! 今回は事件解決に尽力してくれた事、ギルドマスターとして感謝するよ!! よくやってくれた、ありがとう!!」


 その言葉が彼等に勇気を与え、誇らしげな表情を繕う者達で一杯となっていたが逃げた奴等も沢山いた訳で、その感謝を受け取る資格は無いように思える。

 逃げるも勇気、その事に関しては正直仕方ないし、いたらいたで邪魔になるだけだと分かっている。

 しかし、まさか殆どの人間が逃げるとは思ってなかったのだが、結果として被害は最小限に抑えられたとも捉えられるので、終わり良ければ何とやら、だ。


「そしてコイツは、今回の冒険者連続失踪事件を解決してくれた一番の功労者であるレイグルスだ!!」


 俺が出てきた途端にザワザワと冒険者達が騒ぎ始め、何かコソコソと話しているのが見える。


「コイツは突然変異で超凶暴化した階層喰い(フロアイーター)を倒し、更には地上で溢れそうになってた呪詛を身体張って防いでくれた立役者だ!! 他にも一人の受付嬢に掛かっていた疑いも晴らしてくれた上、謝礼も今回の宴に使ってくれと言ってくれた!!」


 いや、言ってないんだが……


(まぁ、嘘も方便とはよく言ったもんだな)


 今のフランシスの言葉は解釈すると、今回の宴は俺が持つからタダで飲み放題だ、という事になる。

 俺は払うつもりは一切無い。

 そもそも約束してないし、それを聞く義理は無い。


「コイツに感謝して今日は沢山飲みな!! 無礼講さね!!」

「「「うぉぉぉぉぉ!!!」」」


 全員が歓喜の声を上げる。

 そこまで嬉しいとは、やはり冒険者らしい。

 男も女も、老若男女問わず、誰もが喜びを分かち合い、そして料理や酒に舌鼓を打つ光景は、外からでしか見た事の無かったものだった。

 そして気が付けば、全員が静かになり、視線は俺一点へと注がれる。


「ほれ、何ボサッとしてんだい? アンタも何か喋りな」

「無茶振り言うな……まぁ、分かった」


 こんな大勢の前で話す事なんて何も無いのに急に振ってくるため、ついつい溜め息を漏らしてしまう。

 でも、俺が何かを言わなければならないらしい。

 周囲から期待の眼差しが向けられているが肌で感じられるのだが、そこまで長話は逆効果なので、簡潔に伝えようと思った。


「紹介に預かったレイグルスだ! 今回は俺だけの力ではなく冒険者達全員の弛まぬ調査のお陰で解決に導く事ができたと思っている! だから、今日は沢山飲み明かしていってくれ!!」


 いつの間にか背後にユスティがおり、俺と自分用なのか二つの木製ジョッキを持っていた。

 キラキラと羨望を向けられている。

 こういったノリが好きらしく、彼女も俺の勇姿を見たいとばかりにジョッキを手渡してくる。


『頑張ってください、ご主人様』


 誇らしげに笑みを浮かべる彼女を見て、俺は最後の言葉を思い付いた。

 そしてジョッキを片手に前へと掲げ、最後の言葉を言った。


「事件解決と冒険者の繁栄に……乾杯!!」

「「「乾杯!!!」」」


 全員の声がギルド全体を揺らす程に大きく、そして痺れるくらいの威勢の良さだった。

 そして宴会の本番がスタートする。

 沢山の料理が運ばれてきて、多くの者が食べて飲んで談笑して、楽しい時を過ごす事となったが、力自慢達による腕相撲が開催される事となり、それを上から眺める。

 俺も、注がれているビールか酒かを飲んでみる。

 アルコール度数がかなり強く、普通なら一杯か二杯くらいで目を回しそうだ。


「アハハハハ、さっきの演説良かったよ、レイ」

「うるせぇ、何の説明も無しに呼び出された上に、急に何か喋れって無茶振ってくんなよ」


 フランシスへと文句を垂れるが、酒の力なのか弾かれてしまった。


「はぁ……で、何で俺を呼び出した?」

「ん? 別に深い意味は無いさね。呼び出さなかったら来なかったろ、お前さん?」

「あぁ、そうだな」


 確かに来なかったかもしれない。

 それに、ばっくれようとも考えた訳だし、誰かと飲むという行事には不慣れである。

 こういう時、どうするのが一番なのか分からないのだ。


「ま、楽しんできな。今日は無礼講、誰もが自由に楽しめる宴会さ」


 そう言って、フランシスは執務室へと戻って行ってしまった。

 まだ仕事が残っているらしい。

 冒険者連続失踪事件の調書を纏める仕事も終わってないそうなので、ギルマスは大変そうだと思いながら手摺りに身体を預けて一階で行われている試合を観戦する。


「……あぁ、そのようだな」


 白熱した腕相撲の試合が行われていた。

 片方は身体の大きな男で誰かは知らないが、もう片方は俺の知り合いだった。


(ライオットか、懐かしい)


 俺が旅の初めに出会った『黄昏の光』パーティーのリーダーである男だ。

 バンダナがトレードマークの彼が二回りも大きな体格をしている相手に対して互角以上の力を見せていた。


「ご主人様……楽しくない、ですか?」


 遠慮がちに聞いてきたユスティの方を振り向くと、不安そうな顔をしていた。

 笑みを浮かべない俺に、楽しんでもらいたいらしい。

 それが不可能であるのを俺はしっかり理解しているため、彼女の頭を撫でて嘘を伝えておく。


「安心しろ、楽しいよ」

「よ、良かったです」


 嘘八百を並べても三人を傷付けないものならば、俺は彼女達に嘘を吐き続ける。

 一階へと降りていき、リノのいるテーブル席に着いて食事に有り付いた。


「今日は無礼講、俺の事なんか気にしなくても良い。お前も行ってきたらどうだ?」


 彼女の身体能力ならかなり良い線行くと思うんだが、首を横に振って恥ずかしそうにこちらを見てくる。


「いえ、私はご主人様といたいです」

「……そうか」


 ならばユスティの自由にさせておこう。

 リノは開始早々から突っ伏しているのだが、単に疲れただけであるようだ。

 さっきよりもジョッキの中身が減っていた。

 つまり、チビチビと飲んでいるようだ。


「そう言やユスティ、お前酒に詳しくないとか言ってたな。今回も度数の低いワインとかにするか?」

「はい、お願いします」


 葡萄酒ワインも良いが、林檎酒シードル蜂蜜酒ミード檸檬酒サワー、色々と楽しむためのものも用意してある。

 まぁ、俺はあまり飲まないが。

 そしてとっておきのが、ユグランド商会に頼んで手に入れた梅から作った特殊な梅酒である。


「梅酒、ですか?」

「あぁ、俺しか味見役がいなかったから、丁度良い。今回も飲んでみてくれ」


 影に仕舞ってあった綺麗なグラスを取り出して、そこに氷と梅酒を入れてユスティへと渡した。


「い、いただきます……」


 小さな口でゆっくりと梅酒を飲んでいく側で、俺は自分の持つジョッキをただ見つめていた。

 酒の水面に見える自分の顔はつまらなさそうだ。

 さっきユスティが聞いてきたのも、この顔のせいか。


「お、美味しいですね、この梅酒というのは」

「……」


 周囲では賑やかな程に全員が笑顔を見せているが、俺だけが場違いな気がしていた。

 ここにいても良いものか、そんな考えが過った。

 今日は無礼講、身分も立場も関係無く楽しめる場所であり、その中に俺はいる、それが何よりの違和感だと自分で思ってしまう。


「ご主人様?」

「ん? あ、あぁ……そうだな」


 端っこの方で中央の対戦を見守る。

 さっきの試合ではライオットがギリギリ勝ち、そして次の対戦者と戦っている最中だ。

 セラは酒を浴びる程飲んでいるが、それでも元気一杯に笑っていた。


「レイ殿、大丈夫か?」

「……あぁ、問題無い」


 逆にリノの方こそ大丈夫かと聞きたいものだが、彼女はいつの間にか食事へと移っていた。


「今日の主役はレイ殿だ。楽しめば良いだろう」

「そう言われても宴なんて初めてだからなぁ、俺がここにいて良いのかさえ疑わしいもんだ」

「何言ってる、フランシス殿も言ってたではないか、今回の一番の功労者は貴殿だ、と」

「功労者、か……」


 一番の功労者、それは本当に正しい表現なのだろうか。

 俺は一人を見殺しにし、もう一人を手に掛けた。

 フランシスにとっては俺を憎んでも可笑しくないし、功労者と呼べる存在ではないだろうと、そう思ってしまっていたのだ。

 自分でも踏ん切りの付かないモヤモヤに、意識が持ってかれる。

 溜め息が漏れそうになった時、両頬に温かくて柔らかな何かが触れたのを感じた。


「ユスティ?」


 彼女が手を伸ばして、俺の両頬に触れていた。

 優しい手から、仄かな熱を感じ取れた。


「あ、あの、えっと、その……ご主人様は正しい事をされました。結果としてタルトルテさんを殺してしまった事実は変わりません。ですが、これで良かったんだと思います。そのお陰で、ここに沢山の笑顔があるんですから」


 微笑んだユスティの笑顔は、とても綺麗だった。

 純粋で、無垢で、真っ白い存在が目の前にある、彼女の言葉の通りかもしれない。

 まさか奴隷に励まされるとは、俺もまだまだだな。


「俺はこういった宴は外からしか見た事が無かった。いつも誰かが笑っているのを、俺は外から眺めてた」

「ご主人様……」

「俺はこの場に相応しくないのだと、そう思った日も沢山あった。手を伸ばしても届かない場所に憧れて、それでも自分は分不相応だと分かっていたから、俺はただ一人雨に濡れたんだ」


 俺という存在は他の奴等からしたら異物、悪であったのだろう。

 忌み子である俺は、周囲から嫌われていたのだから。

 少しでも俺は皆の役に立つために努力を惜しまなかった。

 けれども、いつも雨に濡れるのは俺だけ。

 他の奴等は家の中で騒ぎ合い、笑い合い、楽しんでいたものだが、そこに立ち入る事は許されなかった。


「俺は……本当にここにいても良いんだろうか?」


 きっと俺はここにいるべきではない。

 忌み子だと知ったら全員どう思うのか、そんなのは一目瞭然、掌を返すに決まってる。


「良いに決まってます、ご主人様はいつも頑張っておられますから。私、ちゃんと見てるんですよ?」

「そ、そうか……」


 ユスティの励ましの言葉は反応に困る。

 いつも見られているのか、俺?

 不思議そうな表情でもしていたのか、俺の顔を見た途端に彼女の顔から湯気が出てきて、両手で顔を隠して身悶えていた。


(今の言葉、よっぽど恥ずかしかったんだな)


 いつも頑張っている、そんな風に言われたのは初めてかもしれない。

 少しは彼女の評価を改める必要があるようだ。

 俺はユスティへと手を伸ばして、頭を撫でてやる。


「わふっ!?」

「ありがとな、ユスティ」


 少し救われた、と思う。

 楽しむ事はできないけど、それでもいつか……思い出となる事を信じて今日は飲むとしよう。


「さぁ!! 次の挑戦者は誰だ!?」


 ライオットが次の挑戦者を探している。

 かなり酔っ払っているようだが、ライオットはノアを知っているため、身に纏っているローブに付いたフードを被って顔を隠しておく。


(遅れてきたのは正解だったな)


 魔法衣とかがあったが、それは影に仕舞ってある。

 このローブは旅のための必需品であり、今回はそれを使って顔を隠す。

 使い古しているものだが、かなり需要がある。


「あの、ずっと聞きそびれていたんですけど、良いでしょうか?」

「聞きそびれてた事?」

「はい。あの、タルトルテさんのお姉さんの職業って何なのかなと思いまして」


 あぁ、それか。


「これは予想なんだが、『記録者』って職業なんじゃないかな」

「えっと……」

「かなり珍しい職業だから知らないのも無理は無い。自分の見聞きした体験や経験を全て記憶として記録し、それを他者に植え付けたり、或いは記憶を改変したり、覚醒してたらかなり強い職業になってただろうな」


 だが、記録は記録でしかなく、彼女は妹へと記録を譲渡する事しかできなかった。

 それがメッセージ、それが始まりだった。

 記録の始まりは綴られて、そして終わりへ紡がれ、次の物語を描いていく。


「物語はもう終わったんだ。俺が……終わらせたんだ」


 この手で最後のページを捲って、一つの悲劇の物語は結末を迎え、全ての記録は綴じられた。


「では、何でお姉さんはいなかったんでしょうか?」

「ん?」

「あの、ルンデックさん……いえ、ドルネさんは死霊術師だったんですよね? でしたら、シェルーカさんの死骸を操っていたと思ったんですけど……」


 それは俺も考えたのだが、タルトルテは遺体を捨てられたと言った。

 そして二つの考えが俺の脳裏を過った。


「死霊の数や質によって操れる数が決まってたんじゃないかな。どの職業にも制限はある」

「ご主人様のにもですか?」

「勿論。俺の場合は蘇生や人智を超えた能力に制限があるんだが、それは暗黒龍ゼアンとの契約によって幾らか軽減されてる」


 職業には必ず何かしらの制限が存在する。

 例えば剣士には自分の持てる剣の数が制限となっているのだ。

 三本、四本、五本、剣を持てないがために手数も決まってくる。

 更には強力な力には体力や魔力を大幅に消費して、命や霊魂を削る技も存在する。

 そして記録者の制限を俺は知っている。


「それからユスティの質問には、もう一つの可能性がある」

「それは一体……」


 これは予測でしかない。

 そして、そうあってほしいと思うものだ。


「ドルネの残された良心が、そうさせたんじゃないか?」

「それは、どういう事でしょうか?」

「麻薬に侵される中でも、彼は手紙を大事に持っていた。そして彼女の顔は階層喰い(フロアイーター)には無かった。それは多分シェルーカを弔ったから、死霊にまでして操りたくなかったから、って考えられる」


 残された僅かな良心によって、彼は恋人を死骸にまでして操ろうとはしなかった。


(捨てられた死骸が喰われたりして死霊にできなかった、ってオチもあるが……)


 それは伝えずとも良いものだ。

 心の内に仕舞っておこう。


「聞きたい事はそれだけか?」

「は、はい……ありがとうございました」


 悲しそうな顔をしているのは、彼女が加害者だった二人の犯人の気持ちを理解したからだろう。

 それが、彼女の優しさだ。

 優しいからこそ他人の痛みを理解でき、そして彼女は他人のために涙を流せる。


「悲しい結末だな……我等は職業という便利な力があるからこそ、止める力も、殺める力も秘めている。それが今回の教訓となった」

「あぁ、そうだな」


 今回程、職業という力が反映された事件は無いだろう。

 死霊術師に記録者、そして覚醒した呪印師、対抗する形で錬金術師という因果の職業が立ちはだかった。

 これも、一つの運命だったのかもしれない。


(なぁ、ゼアン……この運命は、何処まで仕組まれてたんだろうな?)


 ジョッキに注がれた酒を一気に飲み干した。

 身体が火照り、肝臓がアルコールを毒素として分解して無害なものへとしていくのが感じられた。

 少し夜風に当たろう。


「少し夜風に当たってくる」

「はい、分かりました」


 少し夜風に当たって考えを纏めるとしよう。

 そうすれば、この心に残った靄も消え去るだろう。





 ギルドの屋根へと登り、そこに腰掛けて夜空を見上げてみる。

 タルトルテを止めた時と同じような綺麗な夜空だ。

 満天の星空に浮かぶ大きな月が、この夜の世界を照らしていき、涼しい夜風が肌を冷ましていく。


「何の用だ、セラ?」

「あらら、バレちゃった」


 寝転がった俺の隣に彼女は立っていた。

 そして腰掛けて、俺と同じように夜空を仰ぐ。


「さっきアンタが出てくのが見えたから、ちょっと気になっちゃってね」

「酔いは良いのか?」

「龍神族を舐めないでよね、それくらい大丈夫よ」


 流石は龍神族、酒なんかには屈しないという。


「それで、浮かない顔してどうしたのよ?」

「いや、それは……」

「少しくらい、アタシ達を頼りなさいよ。何でもかんでも一人で背負い込む事は無いでしょ。アンタは一人じゃないんだから」


 一人じゃない、か。


「今回の事件、俺の選んだ選択が正しかったのか、それがまだ心残りなんだ。俺には奴等の気持ちを理解できてしまったから」

「それは……正しかったって思うしかないんじゃない?」

「そうだな。だが、簡単に割り切る事はできない」


 別に苦しいとか、辛いとか、そういう感情を持っている訳ではない。

 ただ、俺は今回の事件に深入りしすぎた。

 彼等の気持ちを知り、そして痛みを知った。


「俺も自分が何でこんなに悩んでるのかは分からん。だが、ふと考えると思考が止まらない。この選択は正しかったのか、ってな」

「……じゃあ、今回のアンタの選んだ道は間違ってたの?」

「どうだろう。あれ以上の選択肢は無かった、そう思ったんだ」


 それでも、何処か心に引っ掛かっている。

 彼等が前世の俺に似ていたから、だろうか?


「だが、今回の事件を振り返ると、もっと早くに気付けたんじゃないか、もっと違う道があったんじゃないかって、考えちまうのさ」


 それに、終わった物語には続編がある。

 復讐に魅入られた主人公と、そのパートナーの二人が死んだ事で、次の物語にはその二人は出てこない。

 出てくるのは、裏のボスと別の主人公だ。


「仮にだけどさ、最初っから全部気付いてたらレイはどうしてたの?」

「放置してたな」

「そ、即答するのね」


 害が及ばなければ手出しするつもりは無かったが、しかし俺達は初めから事件に関与していた。

 国に入った時から、俺達は目を付けられていた。


「アンタ、そんなに人間が嫌いなの?」

「あぁ、人間が醜い生き物ってのを十七年ずっと体感してきたからな」


 悪意に晒され続けてきた。

 だから俺は他より人間の醜さに敏感となっている。


「でもアタシ達と一緒にいても、何も言わないわよね?」

「そりゃ、お前等といても特に不快感とかは無いし、今回の事件もお前等がいたから解決できたようなもんだからな、何も言わないさ」

「そ、そう……」


 リノとは利用関係にあり、ユスティは俺の護衛として買った奴隷、セラの権能は物凄い役に立つため、文句とか言ったりする訳がない。

 それに文句を言ったところで付いてこようとするだろう事は目に見えているため、口を閉ざしたのだ。


「レイ、アンタにまだ伝えてなかったわね」

「ん?」


 伝えてない事、それは何だろうかと考えたが、全く以って分からずに彼女を見る。

 月明かりに輝く彼女の姿に、少し見惚れてしまった。


「レイ……その、助けてくれて、ありがと」


 照れ臭そうにして、頬を掻きながら彼女は感謝の言葉を口にした。

 それが何を意味しているのかを俺は知らない。

 最初に助けた時か、それとも暴走を止めた時か、何にせよ感謝された言葉を受け取った俺は、再び夜空へと視線を移した。


「気にするな」


 その言葉は夜風に乗って消えていく。

 下では宴会を楽しむ者達が騒ぎに騒ぎまくっているのが聞こえてくる。

 それから俺達はしばらくの間、無窮の夜空を眺めながら互いに一言も話さずに時を過ごした。

 数十分が経過して、俺はセラへと声を掛ける。


「セラ、お前に聞きたい事があったんだ」

「何かしら?」


 さっきのプルミット達のやり取りで気になった事があったので、近くにいた知り合いへと聞く。

 それがセラだ。


「フェスティーニとやらについて聞きたい」

「フェスティ? どういう事?」

「ソイツは俺の次の行き先について聞いてこいって、あのエルフ姉妹に伝えてたそうだ。だから、多分サンディオット諸島で遭遇すると思う」


 予想に過ぎないと思う事勿れ、彼女は俺が現れる事をどういう訳か知っていた。

 だから行き先を聞いて、その都市へと来るだろう。

 それなら何か聞いてないかと思って、記憶力の良いらしいセラに質問する。


「大分前だから覚えてない、そうお前は言ったが、俺の能力を使って記憶の共有を行えば、思い出せない記憶も見る事ができる」

「そ、そんな事までできるのね……」

「あぁ、だがお前が嫌なら止めておく。大した支障にはならないはずだからな」


 エルフ達は俺と敵対するつもりは無いらしいので、害にはならないだろうが、それでも警戒はしておかなければならない。

 自分を守るために、だ。

 後はセラの判断に委ねる。


「良いわよ、アンタを信じる」

「ッ……分かった」


 簡単に俺なんかを信じ切ってやがる。

 ならばこそ俺は彼女の額へと手を当てて、錬金術を使用する。


「『記憶干渉サイコメトリー』」


 彼女の記憶へと入り込んでいく。

 色々な思い出や記憶、彼女の全てが俺の記憶へと入り込んでくるようで、圧倒的な情報量によって脳の処理速度が少しずつ追い付かなくなっていった。

 そして、脳処理がギリギリなところで、一人の人物の顔が見えた。


(コイツは……)


 エルフの美女が、セラの記憶の中から見つかった。

 ブロンドに近い落ち着いたロングの金髪が特徴的で、網のようなカチューシャや、横髪を三つ編みにして胸元まで垂らしており、所作にも無駄が無い。

 エルフの民族衣装なのか、黄緑色を基調とした金の蔦が刺繍された服装だ。

 瞳は完全な緑色をしており、神々しい姿だと分かる。

 その優しい笑顔は何処となく誰かに似ている気がして、俺は記憶の底にいる彼女に魅入っていた。


(まさか――)


 疑問が尽きない、そしてそれ以上に彼女に会ってみたいと思ってしまっていた。


「レイ、何か分かった?」

「あ、あぁ……何も分からなかった事が分かった」

「収穫は無かったのね」


 収穫はあったと思う。

 まず、誰が俺に近付いてくるのかが分かっただけでも有益な情報であった。

 しかし彼女は、エルフが信仰する三神の一柱を担う『グリーエルテ』の中間名ミドルネームを冠しているため、普通は外に出る事も難しいはずだ。

 俺達の行き先を伝えたところで無意味なはずだが……


「それで、これからどうするの?」

「やる事は変わらん。『龍栄祭』に参加するだけだ」


 その祭りも中止になるかもしれないようだが、サンディオット諸島に行けるだけでも良しとする。


「また波乱万丈な旅になりそうね」

「確かにな」


 休養のために観光に訪れた先で事件とか、それもう呪われてるだろ。

 いや、身体に呪詛があるせいで現実味を帯びてきたな。


「「……」」


 互いに何も言えなくなった。

 この祭りは暗黒龍ゼアンに関する何かを知るチャンスだと考えている。

 もしかしたら、何かしらの手掛かりが得られるのではないかと思った。

 だから参加するつもりでいる。

 だが、まだちゃんと祭りについて知らないため、また後で調べようと決めて立ち上がった。


「さて、そろそろ戻ろうか」

「そうね。酔いも覚めちゃったし、食べて飲んで今日は飲み明かすわよ!!」

「って、まだ飲むのかよ」


 嬉しそうにしながら、セラは一気に飛び降りていった。

 俺もそれに続こうとして、流れ星が一つ、キラリと何処かへと消えていくのを見た。

 この空の彼方で、星は巡る。

 天に昇っていった三人の魂は果たして、巡り会う事はできたのだろうか……


(良い景色だ)


 俺も屋根から飛び降りて、宴会へと戻っていく。

 この星空が明るくなるまで飲み明かし、楽しみ合い、そして日が昇る頃、俺達冒険者は疲れを癒すかのようにグッスリと眠り、静寂を招き入れる。

 自由を生きる冒険者達の宴は、こうして静かに幕を降ろしたのだった。






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