第114話 真実の裏側で
俺が最初に向かったのは、ナイラのところだった。
彼女に一つだけ聞いておきたい事があったので、そのためにギルドへと立ち寄る事にしたのだ。
ギルドへと足を運ぶと、多くの冒険者が依頼を見ていたり、提携する酒場で飲んだくれてたり、とまぁ、様々な冒険者達が迷宮にも潜ろうともせずに羽休めのようにギルドにいた。
暇人か、コイツ等?
「ナイラは――」
何処にいるのだろうと思って見回すと、何故か全員がこちらへと視線を向けてきていた。
カウンターへと向かっていくのだが、その間もずっと俺に視線が突き刺さってきて、何でこんなにも注目されているのかが分からなかった。
(いたが……)
明らかに落ち込んでいるようで、仕事にも集中できていない様子だった。
抱えていた書類を落としたり、棚にぶつかってアイテムを落としたり、完全に上の空となっていた。
「ナイラ、少し良いか?」
「ぁ……レイさん、はい……良いですよ」
その言葉に冒険者達が反応を示した。
この国の失踪事件を解決へと導いた英雄、そう周囲から聞こえてきた。
まぁ、今は別に良いや。
「奥の客室に案内します……」
「あ、あぁ」
俺達は奥の通路へと向かっていき、そして小さな個室へと入る。
茶が出てくる事は無いのだが、少しだけ話しておきたい事があったために、このような個室へと入れたのは僥倖だった。
「な、何か用ですか?」
「あぁ、一つ聞きたい事があったからギルドに来たんだ」
さて、どう切り出せば良いのやら。
こういった話をするのはあまり好きではないため、俺は単刀直入に聞く事にした。
「お前、犯人知ってたんだろ?」
「ッ……ど、どうしてそう思ったのです?」
彼女は被害者にも関わらず、ギルドに睡眠薬が盗まれたという事実を隠し、犯人のばら撒いた紙についても何も言おうとはしなかった。
そこが気になっていた。
しかし、言わなかったのではなく、言えなかったのだとしたら?
「まぁ、何となくだ。でも、アンタのさっきの様子から察するに、何かしら後悔してたんじゃないか?」
「……タルトルテさんの言う通り、何でもお見通しなのですね。はい、後悔してますよ」
ポロポロと涙を零し始めてしまった。
俺が泣かせた訳ではないのだが、二人しかいないものだから気不味いものだ。
それでも、彼女は何かを後悔している。
もしかしたらタルトルテの愚行を知っていたのだろう。
「『蒼月』の集団失踪の前に、シェルーカさんが死ぬ二日前に少しお話ししたんです」
「何だと……それで、何を話したんだ?」
「タルトルテさんをよろしく、と……そして彼女は死にました」
まさか、タルトルテが犯人だと分かっていたからこそ、敢えて話さなかったのか。
脅されていた、とかではなく?
犯人がタルトルテだと誰かに伝えれなかったから後悔していたのかと思ったのだが、そうではなく、タルトルテの復讐を止められなかった事に後悔していた、という事なのだろう。
「私達は……『蒼月』の麻薬取引に気付く事ができませんでした」
「それは仕方ない。地下深く、しかも四十八、四十九階層ではなく、その上の四十七階層で取引が行われていた。つまり人目に付かない場所として、四十九階層から二つも上の場所を選んでたんだろう」
麻薬取引としては、四十九階層に寝泊まりしていた者達が時間差で四十七階層へと向かっていき、そして取引が行われるようになっていたはず。
だからこそ、ギルドでも気付きにくかった。
それ程巧妙に隠された場所で行われていたに違いないのだが、そこを知ってる者は、取引現場を見ていた事になる。
「シェルーカさんが死んでから、タルトルテさんは変わりました。休みの日はいつも何処かに行ってるようで、プライベートは私も知りませんでした」
「だが、タルトルテが犯人だと知って、休日何処にいたのかが分かったんだな?」
「はい……ダンジョンにいたんですよね」
それがダンジョン内に呪詛モンスター達がいた理由なのだろうな。
フードを被ったりしていても、冒険者達にとっては別に日常茶飯事な光景であるため、そこまで気にされたりはしないだろう。
そして休日が終わる頃に、転移部屋へと赴いて戻ってこれば良いだけだ。
ギルドカードをくすねて使えば、そのままダンジョン内に入れるだろうし、職員なら権限行使で自由に出入りできるだろう。
(方法なんざ幾らでもあるしな……)
犯人が死んだ以上、情報はもう手に入らない。
彼女も、随分と落ち込んでいる。
「タルトルテさんは、私が受付嬢として新人だった頃、とても良くしてもらったんです。憧れの人でした。女の冒険者さんから守ってくれた時は、あぁやっぱり彼女は犯人じゃないんだって、そう思いました」
「だが、あれは自作自演だ」
「はい……ミシェーラさんがナイフを取り出した時、タルトルテさんは異常に怯えていました。だから私も犯人だと分かってしまったんです」
悲しみを必死で抱えて、そして彼女は溢れそうな悲しみを抱えきれなくなっていた。
震えるような声で彼女は内側を曝け出していく。
秘めたる思いを受け止められるのは今は俺だけのようだし、ゆっくりと話す彼女の言葉を聞き逃さずに、ただ相槌を打ちながら聞いていく。
「先端恐怖症だとは知りませんでしたが、冒険者を短剣で殺さなかった事と結び付いた時、この人が犯人だという事を理解し、同時に私では止められないのだと知りました」
「そうか……」
「どんな選択が正しかったんでしょうか? 止めるべきだったんでしょうか? それとも他の人達に任せたのが正解だったんでしょうか? ずっと悩んで、悩み続けて、何もできない自分に苛立ちを感じたんです」
憤り、苛立ち、そして自身の無力さを憎み、苦しみ続ける少女の姿は、とても儚くて小さく見えた。
人は小さな切っ掛けで変わる生き物である。
その小さな歪みが、彼女達の関係を変えてしまった。
世間から見たらナイラは悪くない、寧ろ止めようとした立場にいるのと犯人に濡れ衣を着せられてしまったという事を合わせると、彼女は被害者側の人間だ。
それでも、ナイラは大粒の涙を目尻に溢れさせて、膝に置いた拳をギュッと握り締める。
「今回、私は何もできなかった。逆に貴方ははぼ一人で事件を解決したのだと聞きました」
「まぁ、そうだな」
「私にも貴方のような力があれば、タルトルテさんを助けられたのでしょうか?」
そこはハッキリ言えないところだ。
「正直に言っても良いか?」
「……お願いします」
「残念ながら、お前がこの力を持っていたとしても助けられたかは分からない。アイツの怒りを受け止める事ができる奴はいなかったろうし、その怒りを内側に仕舞って自分一人で成し遂げようとしたのは多分、お前達を巻き込まないようにしたからじゃないかな」
これはただの詭弁である。
アイツはただ怒りを復讐として奴等へと返したかっただけなのかもしれないし、ナイラを犯人に仕立て上げようとしたのは丁度良かったから、かもしれない。
だが、無理矢理にでも正当化させなければ、ナイラの心は保たない。
「俺がナイラ犯人説を完全に否定した理由、実は他にもあったんだ」
「へ?」
「この紙を見てみろ」
俺はナイラ犯人説を唱えた紙を取り出した。
それを見た彼女は、不思議そうに俺を見てくるのだが、俺は何故彼女が犯人ではないのかを説明した。
「ここに書かれている内容について、もし本人が犯人だと明言したければ、受付嬢である『私』ナイラだ、って書かなきゃならない。だが、これは二人称、つまり他人によって書かれた文になっている」
「ほ、ホントだ……」
「『彼女は』ではなく『私は』ならナイラが犯人だと分かるが、この文章を見る限りでは一人称は何処にも書かれていなかった。だからお前が犯人じゃないって即座に気付けたんだよ」
それに、もし彼女が犯人だとしたら、自分の犯行をバラすという行為を自らが行なっているという事になり、捕まりやすくなる。
邪魔されずに復讐を遂げるために、彼女は利用されたのである。
しかし、その説明では彼女の心は晴れないだろう、そう思った俺は付け加えてタルトルテの想いを言葉にした。
「ここからは完全な推測になるが、もしかしたらタルトルテはお前を守ろうとしたんじゃないかな?」
「わ、私を、ですか?」
「そうだ。お前が犯人じゃないってのは、頭の良い奴ならすぐ気付けるはずだ。それにこの文章を見てると、タルトルテは誰かに知ってほしかったんじゃないか、自分の犯行を止めて欲しかったんじゃないか、そう思うんだ」
しかし、現実は非情なものだ。
姉を義理の兄となろう者に殺され、復讐心に駆り立てられて事を起こしたが、彼女の心が報われるという事は無かっただろう。
心が摩耗して、疲弊して、そして誰かに見つけてほしかったからこそ、この紙をばら撒くというリスクを冒した。
だが、あくまでも単なる想像、いや妄想でしかない事は自分が一番分かっている。
「結局、俺はタルトルテを殺してしまった。お前から恨まれるのは覚悟している。それでもアンタには伝えなければと思ったから、一番にここに来た」
「……」
恨み、恨まれ、復讐は連鎖する。
だがしかし、いつか、誰かが、復讐という境界線を踏み留まらなければならない時が来る。
そうしなければ、いつまでもタルトルテの悲痛な想いは報われない。
「貴方が……レイさんが、と、止めてくれて……良かった」
「恨まないのか?」
「私は助けられた身ですから、恨むのは筋違いというものです。それに……いえ、何でもありません」
何かを言い掛けたが俺に言わないという事は、言えない事なのか、それとも言う必要の無い事なのか、どちらにせよ彼女の顔にはもう憂いは無かった。
まだ迷いはあるだろう、苦しみも残っているだろう、穴の空いた心を埋めるには時間が掛かるだろう。
しかし、いつの間にか彼女の涙は止まっていた。
吹っ切れたような顔をしており、ナイラも踏ん切りが着いたようだ。
「レイさん、本当にありがとうございました」
「……あぁ」
これで彼女はもう大丈夫だろう。
同じ痛みが分かる者として、俺はただそれっぽい理屈を並べたに過ぎない。
嘘も方便、もしかしたら俺の言った事が全て間違っていたかもしれない。
だがそれで良い。
大事なのは何が正しくて何が間違っているかではない、その正しい内容や間違った内容が何なのか、そしてその嘘が彼女の心をどう癒すのかである。
(これで全ての借りは返したぞ、フランシス)
俺はフランシスから幾つか借りを作っていた。
聖水の件もそうだし、ルドルフの件もそうだ、対価に見合う働きはした。
後は彼女が立ち上がれるかだが、どうやら心配はいらないようだ。
「さて、話に付き合ってもらって悪い、そろそろお暇させてもらうとするよ」
「あ、はい、今日は本当にありがとうございました」
「気にするなとは言わないが、もしできるなら、タルトルテが姉シェルーカに会える事を祈っててやれ」
俺は部屋のドアノブへと手を掛ける。
痛み、苦しみ、そして悲しみ、気持ちを客観的に理解する事はできるが、俺にはそういった感情を抱く事はもう無い。
だから、ナイラは恵まれている。
それ等を全て克服して強く成長していけるのだから。
「じゃあな」
「はい」
扉を開けて、俺は出て行った。
彼女も少ししたら、扉を開け放って閉じ籠っていた迷宮から抜け出せるはず。
答えは自分の胸の内にしか無いのだと、いずれ気付く。
苦しみを乗り越えるのか、それとも悲しみを引き摺っていくのかは本人次第、その答えが出た時、彼女はまた一つ成長する。
屋台を巡り歩いていると、怪しげな二人組を発見した。
大量に荷物を抱え込んでいるのは、俺の探していたもう一人の人物であるダイガルト、そして憂さ晴らしでもするかのようなショッピングを楽しむエレン、その二人が並んで歩いている。
エレンに誘われてショッピングに行ったは良いが、まさか荷物持ちをする羽目になるとは……
(みたいな感じか)
迷宮王なら前が見えていなくとも探知能力に秀でているだろうから、普通に歩けてるようだ。
道行く人とぶつからないように避けてる。
見えてないのに、凄い回避能力を発揮している。
「よう、お二人さん。大人のデートか?」
少し揶揄ってみたのだが、本当だったようだ。
現に口を噤んで俯いてるエレンを見れば、大体の反応は分かる。
「「……」」
「え、マジ?」
この二人がデートするとは、何か気味が悪くて仕方ないなと思ったのは内緒だ。
エレンが顔を真っ赤にしてるのだが、ダイガルトは荷物が邪魔で見えない。
「意外だなぁ……てっきりエレンは、こんなチャランポランなおっさんよりも、几帳面で堅物そうな奴とかを選ぶもんだと思ったんだが――」
「失礼だなお前! って、それより奇遇だな、怪我はもう良いのか?」
まぁ怪我ではないのだが、ダイガルトを運良く見つけられて良かった。
「あぁ、問題無い。それより、ちょっとダイトのおっさんに用があって探してたんだ」
「俺ちゃんに用?」
「あぁ、事件について聞いときたい事があったんだ」
コイツに関してはまだまだ謎だらけであるのは確かだ。
二十四階層での密会について、『蒼月』との関係性を聞いていた事について、そして四十七階層で俺と戦うために案内した空間について、コイツの行動には怪しいところが幾つもあるのだ。
「ここで話すのもなんだし、一緒に食事でもしないか?」
「俺ちゃんは良いが……」
「私も同席させてもらおうかな」
構わないとは思うが、聞いてもショッキングなものしかないぞ?
いや、無粋だな。
こっちがデートの邪魔をしたのだから、同席するしないはそちらの権利だ。
俺が何かを言う事でもない。
俺達は適当なレストランに入る事にして、そこでダイガルトとエレンは隣同士、俺はテーブルの向かい側に座って注文を済ませる。
「さて、俺がテメェに聞きたい事は一つだ」
「答えれるか分かんねぇぜ?」
「大丈夫だ。お前なら答えられるさ」
一呼吸置いて、俺はダイガルトへと質問を繰り出した。
「お前……犯人知ってたろ?」
今回の事件、ナイラ以外にも知ってた奴がいるだろう事は予想していた。
しかし、ダイガルトに関しては謎だ。
胡散臭いってのが今俺が彼に向けている印象、俺の創る未来を見たいだとか、時代の変革についてだとか、意味不明な事をほざいている。
「なっ――ま、待ってくれ! ダイトが犯人を知ってるってのはどういう事だい!?」
「正確に言うなら、麻薬売買人の事を知ってたんじゃないかって事だ」
「……何でそう思った?」
可能性の根拠となるものは二つある。
その二つを説明しようとしたが、その前に一つ確認しておかなければならない事がある。
「お前等、『蒼月』について知ってるか?」
「い、一応は……」
「悪い噂だらけだってのは聞いた事あるぜ。基本、俺ちゃんは有名な冒険者達の情報を全て持っている。Sランクだからな。それがどうしたんだよ?」
成る程、そういう認識なのか。
「お前が犯人知ってるって思った理由は二つ、一つは四十七階層で俺と戦った場所、あそこは野営地点からかなり離れていたし、俺を案内したところを見るに、前々から知ってたようだった。それだけじゃ理由としては薄いだろうが、もう一つの理由を合わせると可能性として見えてくるものがある。それが、お前が犯人と喋ってた時の発言だな」
「発言?」
「そ、『お前……『蒼月』ってパーティーと、どういう関係だったんだ?』って発言が疑問だった」
二人は不思議そうな顔をしている。
だが、あの状況と、過去の『蒼月』について、それから仮面の下がドルネという『蒼月』のメンバーだった事実について、それ等を加味すると、発言に違和感が生じる。
二人が不思議そうにしていたので、俺は説明を付け加えて行く。
「『紅髑髏』という実力者の仮面の下は誰か分からない。しかし入れ替わり現場を見ていたダイガルトなら、顔を見ていたはずだ。それなのに『蒼月』メンバー本人に蒼月との関係性を聞いた。つまりあの時、お前はドルネをルンデックと思い込んでいたか、或いは入れ替わったという事実から犯人が『紅髑髏』だと知っていただけ。その事実から、お前は顔を見ていない事になる。そしてルンデックは『蒼月』メンバーじゃない。仮面の下が『蒼月』メンバーでないと思ってたなら、どういう関係だったのかという質問は妥当だが、中身が『蒼月』メンバーだった場合、話は変わってくる」
「つ、つまり?」
「『蒼月』メンバーに、そのパーティーと『どんな関係だったんだ?』とは聞かない。特にお前はさっき有名冒険者の情報は全て持ってると言った。つまり聞くとしたら、本当は『元メンバーがどうしてこんな事を?』とかだ。なのに目的ではなく関係性を聞いたって事は、少なからず『蒼月』のメンバーの事を詳しく知ってたが顔だけは知らなかったって事だ。今までの説明を合わせると、あの空間で秘密裏に麻薬取引が行われてた事も勘付いてたんじゃないか? 例えば、取引では互いにフードとかを被って身バレしないようにしていた、とかな」
と、ここで二人を見ると唖然とした表情を馬鹿みたいに晒していた。
話を聞いてたのだろうか。
いや、聞いてなかったのかもしれない。
(……どっちだ?)
霊王眼で逐一彼等との会話を見ているが、特に変な部分は見られない。
代わりに、困惑した感情が身体から滲み出てきている。
霊王眼を駆使し続けているお陰なのか、更に他人の感情を見切れるようにはなっていた。
「で、合ってんの? 間違ってんの?」
俺の言葉を聞いて、ハッとしたダイガルトが震えた言葉で答えた。
「だ、脱帽だぜ、ノア……まさか、その二つでバレちまうとは思わんかったぜ」
「つまり、認めるんだな?」
「あぁ、ある程度の事は知ってたさ。だから関係性について確認するために聞いたんだ」
要するに麻薬関連だとは思っていたが、明確な証拠を掴めずにいたからこそ聞いた、という事か?
「今回の事件、犯人が二人いる事は知らなかった。シェルーカという女に妹がいる事は知らなかったから、片方は見抜けなかった。だが、地下での犯行については、麻薬絡みだと初期から気付いてたさ」
「だったら何故名乗り出なかった?」
「麻薬を売り捌いてた奴の事を覚えてないのさ」
そうか、催眠術……
「辛うじて覚えてたのは四十七階層での麻薬取引現場、それから犯人が『蒼月』と取引してた事だけだ」
朧げに覚えているという状況は少し不可解だが、その少ない手掛かりから麻薬売買人がダンジョンにいるのだと思ったようだ。
それなら半年間も迷宮都市を離れていた理由も不明、コイツの行動はチグハグだ。
「思い出したのはつい最近だ。催眠術師の能力は時間経過と共に薄れてくし解けやすくなる。だから少しずつ思い出していったんだろうけど、それでも分からない事だらけだったんだ」
「俺をここに誘ったの偶然だったのか?」
「まぁ、そうだな。腕が治った事をエレンに伝えたら攻略手伝えって言ったから連れてきた。単なる思い付きだったんだが、今回は功を奏したようだ」
釈然としないのだが、それはまぁ良しとしよう。
「何で俺を現場に連れてった?」
「お前さんなら、何か見せてくれるかもしれないと踏んだのさ」
「……」
それだけで俺を現場に連れてったのか?
ハッキリ言って異常だ。
得体の知れない奴を信じて、事件の渦中にいる迷宮都市へと連れて行く、か。
「有り得ないな。そんな程度の理由で危険地帯に連れてくるような馬鹿じゃないだろ、アンタ」
「それは過大評価だぜ、ノア」
「そうだな。テメェが隠し事をしてる限り、俺はテメェを過大評価しなくちゃならねぇな」
溜め息を吐いて、先に届いたコーヒーカップを取って、口を付ける。
芳醇な香りと味が口内を広がっていく。
少し喉を潤して、カップを置いてから濃密な殺気を放って威圧し、組んだ手の上に顎を置いて彼等へと今一度目を向けた。
「いつまで隠し続けるつもりだ?」
「「ッ!?」」
「これ以上、口を噤むなら俺も対応を変えざるを得ない。俺に話すか、それとも死ぬか、どっちを望む?」
殺気は使い方次第では戦闘の未来を見せ、相手を牽制し、時には命すら刈り取る。
戦士の極意、これは会話でも有利に立てるものであるために、意外にも重宝している。
「俺をここに連れてきた理由は何だ?」
これだけは知らなければならない。
コイツが犯人を知っていたところで、それは麻薬売買人の話であり、そしてソイツに関してはサンディオット諸島に行ったそうなので、今となってはどうでも良い。
俺を連れてきた理由、一歩間違えれば大変な事になっていたであろうからこそ、聞く必要がある。
「……悪りぃ、言えねぇ」
「何故?」
「それも……言えねぇ」
気不味そうに目を逸らしているが、理由を言えないというのはつまり、何か重大な意味があったのやもしれない。
予知を使った?
いや、ダイガルトは予知能力者ではない。
言えないのは何故かと聞いても、それについても言えないらしい。
口を噤む必要のある理由としては、誰かに口止めされているから、と考えるのが妥当なのだが、とても荒唐無稽な話である。
(無理矢理聞き出すのも面倒だし、これ以上は話しても無駄か)
ならば、次の話へ移行する。
「まぁ良いや、俺の聞きたい事は終わったし、次の話をしよう」
「次の? 何を話すんだ?」
「契約について、この身体になっちまったから探索は難しいんだ。だからしばらくは地上で過ごすつもりなんだが、そうするとダイトのおっさんとの探索契約を見直す必要がある」
基本、二ヶ月が期限となっていた。
しかし現状では、そうも言ってられない事態にまで発展してしまい、そして結果として俺の身体にはタルトルテの呪詛……いや、呪印が刻まれてる。
身体を思うように動かせない。
聖水で少しは楽になったとは言え、それは焼け石に水レベルのものであり、本来ならベッドから出るのも不可能な程の痛みが走ってる。
だが、いつまでもベッドで寝ている訳にもいかないため、こうして出てきた。
「ならどうすんだ? 探索を止めるのか?」
「いや、俺抜きで探索を行ってもらう。俺は荷物持ちとして同行、できれば精霊術で応戦する。基本的に戦うのはユスティだが、リノとセラの二人に関しては個々人に聞いてくれ。こんなところか」
「それは良いが……大丈夫なのか?」
「問題無い。それから探索階層は確か六十階層を目指してるんだったか、そこまでで良いのか?」
「う、うん」
「なら決まりだ」
ユスティを育てるための一つの訓練だと思えば良いだけだし、いざとなれば影や精霊術を使って遠距離から攻撃すれば一応はモンスター相手に渡り合えるだろう。
いや、新しい遠距離武器でも創ろうか。
例えば銃火器、構造自体は把握しているが、ここは魔法世界であるために構造を少し弄る必要はある。
「お、美味そうだな……いただきます」
注文してた料理が届いたので、早速頂く。
神に祈るのがこの世界での常識だが、それはこの世界の住人達のもの、俺はこの世界にとっては異物であるため、神に祈らない。
祈ってもどうせ何もしてくれないって分かってるから。
それが十八年掛けて知った残酷な現実だ。
加護も無ければ、誇れるような職業でもない。
身分も下の下、平民ですらないのだから、本当に不思議な人生を送ってると思う。
「お、そうだ……フランシスが宴やるから六時くらいにギルドに来いってさ。アンタ等も行くのか?」
「あぁ、呼ばれてたな。お前は行かねぇのかよ?」
「正直行きたくないってのが本音だ。何の宴かは知らないけど、騒がしいのはあんま好きじゃないからな」
まぁ、行かなければフランシスに何言われるか分からないし、ギルドカードも返してもらうために向かわねばなるまい。
トンズラ……は、できないな。
「ノアは今日、これからどうすんだ? 六時まで暇だろ?」
暇だし何もする事は無いのだが、さっき思い浮かんだ銃火器の作製に入ろうかと思う。
そのために素材も買い集める必要があるが、しばらくは都市をブラブラと巡り歩いてる事だろう。
「適当にフラバルド内を練り歩くさ」
「へ〜」
興味無さげだが、それよりも温かい料理が冷めないように食を口へと運ぶ。
お昼時、一人の時間を過ごすのも悪くはないだろう、最近は一人になる時間も少なかったし、久し振りにゆっくりするか。
聞きたい事は全て聞けたし、次の旅のための準備でもするとしよう。
次はサンディオット諸島、どんな旅になるのやら……
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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