第113話 旅は空へ消えて
ご主人様達の会話を聞きたかったけど、セラさんに言われるがままに私達は治療院を後にした。
セラさんはご主人様と思考がよく似ている。
先程も、私としては一切疑問を抱かなかった事も気付いていたと言うし、私は本当にここにいても良いのだろうかと疑問に思い、不安になる。
「はぁ……」
思わず溜め息が漏れてしまい、それをセラさんに聞かれてしまった。
「溜め息吐いちゃって、どうしたのよ?」
彼女なら、人生経験も豊富そうだし聞いてみるのも良いかもしれない。
そう思って心の内側を曝け出した。
「いえ、私は今回ご主人様のお役に立てませんでした。護衛を務めるはずが、より深傷を負わせてしまいました。私はここにいても良いのかと、ふと思いまして……」
「まぁ、全部一人で解決されちゃあアタシ等は何も言えないわね」
私はご主人様のお役に立てなかった、それが私の存在価値を薄めていく。
偽善者、という暴言を吐かれた事に関してはもう悩んではいない。
けど、ご主人様の側にいる資格なんて無いのかも――
「アタシもね、最初っから強かった訳じゃないの」
「へ?」
「職業を授かって、自分を鍛えて、そして五百年以上もの研鑽を紡いでようやく今のレベルまで辿り着いた。けど、レイには敵わないわね。アイツはアタシの想像を超える程の才能と強さを持ってる。だからアイツに追い付きたいって思うけど、今回アタシは……」
彼女も憂いている。
「アイツに全部を押し付けた」
悔しそうに握り拳を作っている。
歯を食い縛って、堪えて、我慢する、これだけ苦しいものは無いだろう。
人は我慢する事ができないようにできている。
苦しみから逃げたいがために、人は楽な方へと逃げようとする。
けれど、セラさんは逃げようとはしない。
受け止めようとしている。
(凄い人だなぁ)
尊敬に値する人だと思った。
私は、暗い地獄から逃げ出したかったけど、ただ逃げ出す事ができなかっただけだ。
もう楽になりたいのだと半ば諦めてしまった事で、ずっと冷たい鉄格子の中で絶望して光を見失っていたのだ。
けど、セラさんは違った。
自分に責任があると、自身を責めて我慢している。
「今回は我も未来をハッキリと示せなかった。これでは案内人失格だ」
「結局、アタシ等はレイの足手纏いだった、って事かな」
「……そうかもしれないな」
リノさんも未来予知でしっかり示していれば、痛みを背負わせる事にはならなかったのだと後悔していた。
ギルドカードに仕組まれていたのだから、仕方ないとは思うけど、それでも二人は納得しないのだろう。
「まぁ、次に活かせばいっか」
「ハハッ、そうだな」
立ち直りも早い。
二人は大人だけど、私は子供のまま前へと進めていない、その違いを見せつけられた。
ここでは故郷とは全然勝手が違うけど、今までに出会ってきた人達の中でも二人は遥かに大人らしいと、そう思ったのだ。
凄い、こんな人達がいたんだ、と。
里を出ていなかったら、私は何も知らない無知な大人へとなっていたであろう。
(ここでは否応無く経験が積めるし、ご主人様のために私も頑張らなくちゃ)
そう、私ももっと強くならなくては駄目だ。
護衛として、奴隷として、一人の女として、二人には負けていられない。
だから私は追い掛ける、二人の背中を、そして一人の男の背中を……
「それで、リノの気になってる事って他にもあるの?」
「む? 何の事だ?」
「レイについて、気になってる事があるって言ってたじゃない。その時、『一つは』って言ってたから、他にもあるんじゃないの?」
リノさんの気になっていた事、それはご主人様が本名を隠していた事である。
彼はウォルニス、それを捨てたと言っていた。
それがどういう意味なのかは分からないけど、ご主人様は頑なに過去を語ろうとせず、そして何より私達の事もあまり信頼してないような気もする。
(それだけの凄惨な過去でもあったのかな?)
誰かと旅をしていたのは知ってるけど、その旅の仲間らしき人達を『クズ共』と罵っていた。
だから、仲が悪かったのかもしれない。
故郷もウォーレッド大陸だと言うし、いつかは向かってみたいものだ。
「確かにノア殿について、他にも気になった事は幾つかある。中でも、エレン殿がノア殿を知ってた事に驚きを感じている」
「まぁ、確かに」
「エレン殿は何も語ろうとはしなかったが、それでも何かを知ってるようだった」
聞けたら良いけど、今朝方ご主人様のところに来たエレンさんは、眠っていたご主人様へとただ謝って何処かへと去っていった。
その意図は分からないけど、その時は私しかいなかったから伝えるべきなのか……
「まぁ、話してくれない以上は我等も何もできない。今朝方ノア殿の本名に関してもギルドで調べてはみたが、犯罪者として登録されてはいなかった」
「調べてたのね……だから朝いなかったんだ」
「そうだ。ギルドの情報管理室でノア殿の犯罪経歴について調べたが、そこには情報が無かった。つまり、少なくともノア殿は犯罪者じゃないという事だ」
それを聞いて少し安堵していた自分がいる。
しかし、ご主人様とエレンさんとの会話の中で、容姿がかなり変わったという文言があったために、もしかしたら犯罪者情報を見間違えたのではないか、という不安もまだ残っている。
もしかすると本当に犯罪者なのかもしれない。
考えたくなくとも、そう考えてしまう。
「もう一つ気になる事がある。ノア殿の出自についてだ」
「どういう事?」
「グラットポートでも、そして今回も、貴族間のトラブルを避けるために報奨金を受け取るつもりが無いらしい。つまり我等と出会う前、彼は何処かの国に慕えていたのかもしれない」
つまり、ご主人様は何処かの国で士官とかの地位に就いていたという事なのだろうか。
だとしたら、ご主人様って貴族様か、それに近い地位なのかな?
ふ、不敬罪になったりしない、よね?
「人間が嫌いだとも言っていたし、ノア殿が人間嫌いなのも貴族間のトラブルが原因かもしれない」
「でも、レイが敬語使ってるとこなんて、全く想像できないわね。アハハ!」
「それ、酷くないですか?」
「良いじゃない。どうせ怒りはしないわよ」
確かに自分の隠していた名前を知った時も怒っていなかった。
詮索する事に対して怒っているけど、バレたら仕方ないと割り切っているのだろう。
「ただ、前にノア殿は孤児院出身だと言っていた。だから貴族の家柄ではないだろうな」
「そうなの? まぁでも、これで余計にレイの出自について知りたくなったわね。過去に何をしてたのか、どんな奴だったのか、全て知りたくなった」
「好奇心、ですか?」
「えぇ、強い奴は好きよ。それに九神龍の一角に認められたんだから、番になれば強い子供が生まれるだろうし」
「「へ?」」
「え? 何? アタシ変な事言った?」
子供……
え、ご主人様との間のこ、子供?
「だ、駄目ですよ!!」
「「……」」
つい対抗してしまった。
は、恥ずかしい……
「ユスティ、安心してちょうだい。抜け駆けするつもりは無いわ。それに一方的な愛よりは、レイに認められた上で合意の子作りがしたいからね」
「人の往来の真ん中で何の話をしているのだ、二人は?」
「え〜、別に良いじゃない」
「良くない。それは誰もいないところで二人ですれば良いだろう」
リノさんはご主人様がそこまで好きではないようだ。
いや、好き嫌いの埒外にいる、と言った方が良いのだろうか。
彼女の目的は聞いた。
精霊界へと行って、剣となった母を元に戻すのだとか。
母親が剣になって子供を助ける、というのは親の愛情がそうさせたのだろう。
「リノさんはご主人様がお嫌いなのですか?」
「いや、好みの容姿をしているのは確かだが……今の我には恋愛に感けている暇は残されていないのだ」
背中に背負った剣を横目に、彼女は悲しそうな目で前を見て歩いていく。
「我は、母を取り戻すという目的のためだけに、ノア殿を利用しているのだからな」
「リノ……」
「リノさん……」
今、彼女は何を考えているのやら、それはきっと自分の目的のために何をすべきなのか、であろう。
母親、それは私にも、セラさんにも、勿論ご主人様にもいただろう。
彼女の母を元に戻すまで、旅は終わらない。
しかし寿命があるため、時間もあまり残されていないのだとか。
(両親……そう言えば、ご主人様の両親って一体どんな人なんだろ?)
ご主人様に似ていたのだろうか、それとも似ていなかったのだろうか。
私は母親譲りの顔立ちをしていると前にお父様が教えてくれた。
目元や顔立ち、黄金の目の色も母に似ているとよく周囲から言われたものだ。
性格は両親から受け継がれた訳ではないだろう。
父は寡黙な性格だったけど、母は逆に気の強い女将さんのような人で、水と油のような二人だったのを今でも覚えているが、それでも結構仲は良かった。
(もう会えないのは分かってるけど……)
人は死ねば二度と会う事はできない。
それは世界のルール、だがしかし『職業』の力は例外である。
もしかしたら、未知なる能力を持っている人がいるかもしれない。
冥府の門番、みたいな職業もあるかもしれない。
可能性は限りなく低いだろうけど。
「ねぇ、リノの両親ってどんな人だったの?」
「どんな人……そうだな、まず父は厳格な半魔だった。規律を重んじ、自他共に厳しく接するところは流石父上だなと感心したものだ。強い人だった」
「じゃあ、リノさんのお母様は?」
「母は……母はとても優しい半精霊だった。いつもニコニコと笑みを浮かべていて、よく白い花畑の木陰に座って遠くを眺めていた」
白い花畑?
「『ホワイトエデン』という品種の白い花だ。その花畑で母に花冠を作ってあげて、それを渡したのが最後の思い出だった」
遠くを見るような目で、彼女は言った。
「その白い楽園を見る機会は二度と訪れないだろう。すでに故郷も滅び、我にはもう帰る場所は無いのだからな」
彼女の出自についても謎だらけだ。
何処に住んでいたのか、どういう暮らしをしていたのか、それ等は何も分からない。
「リノ」
「何だ?」
「お母さん、元に戻ると良いわね」
「……あぁ」
二人は先へと行く。
僅かな希望のために、前へと進んでいく力がある。
ご主人様がフランシスさんと何かを話している間、私達はしばらく辺りを散策するが、その間私はずっと、もう二度と会う事の無い両親へと思いを馳せていた。
俺はフランシスと対面してベッドの縁へと座っていた。
俺と話したい重大な事、そのためにリノ達を外へと追いやったのだから、本当に何かしらの情報を提供してくれるようだ。
「で、アンタは何しに来たんだ?」
「要件は全部で三つさね」
ほう、三つもあるのか。
面倒事にならなければ良いのだが、それは彼女の口から出る内容次第というもので、俺は彼女の要件を聞かなければならないだろう。
彼女の口から何が出るのやら……
「一つ目はこれだよ」
「これは……サンディオット諸島のマップか? 何でそんなものをここに?」
「まぁ、取り敢えず話を聞きな」
彼女が取り出してテーブルに置いたのは、サンディオット諸島の大きなデジタルマップだった。
しかも視点切り替えが可能な魔導具らしく、便利なものを見せられる。
「最近ジュラグーン霊魔海にできた巨大渦潮のせいで、このままじゃあ『龍栄祭』が開催中止になるらしいのさね」
俺も祭りの内容は知らないのだが、何か関係でもしているのだろうか。
まぁ、とにかく話は最後まで聞こう。
「それで?」
「もしサンディオット諸島に向かうんなら、霊魔海の調査依頼を頼みたいのさ」
今はゆっくり休みたい気分なのだが、サンディオット諸島に向かうなら依頼を受けろ、と。
強制でないのならば、断るところだ。
いや、そもそも俺はFランク冒険者であるため、強制ではないはずだ。
「残念だが断るよ。『龍栄祭』に参加したい気持ちもあったんだが、延期になるなら仕方ないし、そこには温泉もあるから、少しはゆっくりしたいもんだ」
それにサンディオットのギルド支部ならまだしも、何故フラバルド支部のフランシスが依頼を俺に押し付けるのかが分からず、理解に苦しむ。
俺はそこまでする義理は無い。
何か裏を感じるため、深掘りしないでおく。
「そうか……それなら仕方ないねぇ」
「案外あっさり身を引くんだな」
「まぁ、断られるって気もしてたからねぇ。ただ、サンディオットじゃあ最近きな臭い事になってるそうだから、気を付けな」
きな臭いって、何か怪しい事でもあったのだろうか。
「あぁ、いや……ちょっとね。まぁ、行けば分かるさね」
「一つ目の件は分かった。で、二つ目は?」
「二つ目は、ルドルフの使者が来てたんだよ、お前さんがグッスリ寝てる間にね」
つまり、今はこの近くにいるかもしれない、という事なのか。
(『衛星探査』)
フランシスに内緒で探査を開始し、この治療院らしき場所全体を探知していく。
(ん?)
一つだけ変な反応があったのだが、それは気にしないでおこう。
今は関係無いだろうから。
それよりも特徴を教えてもらわなければ、探しようが無いなと思った俺は、彼女にどんな奴が俺の元へと来たのか聞いてみた。
「特徴? 特徴って言われてもねぇ、仮面被ってるのが一番の特徴なんじゃないかい?」
「仮面……」
フラバルド入国前、ディファーナでルドルフの息の掛かった奴が来たが、ソイツが仮面を被ってたか分からない。
フードを目深に被ってたし、興味無かったし。
(あ、いたな)
部屋の真上から斜め横の部屋、そこで紅茶を飲みながら誰かと会話している様子が見られた。
ずっとそこにいたのか?
いや、そこは問題ではない。
問題なのは誰と会話しているか、考えずともルドルフだろうとは思うが、サンディオット諸島へと行く事が知れたら面倒だ。
「おい、その使者の要件は何だ?」
「アンタなら想像してるんじゃないかい? アンタの力を貸せ、だとさ」
「断る」
「言うだろうと思ったよ……」
つまり俺の正体がバレてるって事か。
まぁ、偽装措置に関してはルドルフ達を欺くという目的で頼んだ訳ではなかったので仕方ないのだが、良い加減しつこいな。
「アンタを渡せ、みたいな事を言ってたから強硬手段に出るかもしれないよ。一応、しばらくは目を覚まさないだろう、って言っといたけどね」
「そうか」
どう追っ払うのかが肝心だ。
フランシスも一枚噛んでる、いや巻き込まれていると言った方が良いのかもしれない。
疲れ果てた顔をしている。
「そもそも俺の所有権はルドルフには無いし、渡せっていう表現も変じゃないか?」
「アタイ達がお前さんを庇ってる、って思ってるらしい。正直、アタイもお前さんを操るのは無理だろうけどね。それにルドルフがノア個人を求めるには理由がある」
「理由だと?」
「アンタの持つその戦力さ。七帝は現在、均衡を保っているんだが、それが崩れたら立場を失うのさ」
なら、俺なんかに構ってる暇は無いのではないか、と思ったのだが、どうやら蘇生能力を何度も使える、みたいに考えているらしい。
まぁ、蘇生を使って今も生きてる訳だし、何度も使えると思うのは当然か。
だがしかし、俺には霊王眼がある。
それに人という生き物を信じてない。
だから奴に協力する気は皆無だ。
「逆に言えば、アンタを手に入れれば戦力は大幅に増強される。しかも三人の仲間付き、それぞれ未来予知、神の職業、そして龍神族、アンタ等を手に入れる事はメリットだらけなのさ」
「だがそれなら対応を改めるべきだろ。俺の力を貸せ、さもないとギルドカードを剥奪するぞ、みたいな脅しまでしやがった。だから俺は今後ルドルフに力を貸す気は無い」
この力は俺のためにある訳ではないが、他人に使って自分がリスクを背負うのは不公平だろう。
それに、誰かに利用されたりするのは二度と御免だ。
「なら上の部屋で待機させてる使者はどうする?」
「知ってたのかい?」
「あぁ、優雅に紅茶を飲んでるようだな」
誰かと通信してる事については……言わなくて良いか。
これ以上、自分の蒔いた種のせいで彼女に迷惑を掛ける訳にもいかない。
何言われるか分かったもんじゃないからな。
それにしても、冒険者連続失踪事件が終わりを迎えたのにも関わらず、ジュラグーン霊魔海について、ルドルフに関する問題、麻薬事件、俺は自分の望んだのとは真逆の道を進んでいるように思える。
「はぁ……」
「お前さんも大変だねぇ」
大変どころの話ではない。
まだ六月上旬、ダイガルトとの契約は後一ヶ月近く残っているのだが、この身体では探索もままならない。
聖水のお陰で少し楽になったとは言っても、まだまだ本調子からは程遠い。
「で、三つ目は何だ?」
「これさ」
俺は彼女から三つの手紙を貰った。
一つは薄く花柄が施されている可愛らしい薄ピンク色の手紙、一つは黒くて静謐とした貴族からの手紙、そして一つはギルドの封蝋のされた手紙、その三つの手紙を受け取ったのだが……
「一つは分かるが、残りの二つは?」
「一つって言うと、花柄のかい?」
「あぁ、これは師匠が好んで使うものだ。師匠らしいって言えばそうなんだろうが、それよりも残りの二つが気になった」
この黒い豪華な貴族の手紙とギルドの封蝋がされた手紙、二つを今すぐゴミ箱に捨てたい衝動に駆られる。
だが、思い留まった。
先に誰からのなのかを聞く必要がある。
「一つはギルド本部、しかもグリフォンに特別な意匠が凝らされら封蝋ってのは……冒険者ギルド本部統括、アレキサンドライト=ギルテバルド様のものだよ」
「マジか……何で?」
「そんなのアタイが知る訳ないさね。開けてみてのお楽しみって奴さ」
全然楽しくない。
「で、この黒いのは?」
「シグトゥーナ王国の中央に位置する王都から、国王謁見のための招待状さね」
報奨金とかそういったものはいらない。
ましてや、俺が王国の一番偉い奴に会うという気にもならない。
まぁ、行かなければ不敬罪だなんだで難癖付けられるのが普通なので、基本的には行かなければならない。
しかし、この身体で行くのは無理だ。
諦めてもらおう。
「よし、見なかった事にしよう」
「アンタ、肝座ってんねぇ。アタイ知らないよ」
「気にするな。こっちとしては、勝手に向こうの都合に合わせて行くのは御免なんでね」
こちとら自由を愛する冒険者、招待状なんかに従う理由も義理も無い。
俺はこの国の人間ではないからな。
行くのが面倒臭い。
「金にも褒美にも俺は興味無い。本来は国の体裁を保つために謁見すべきなんだろうが、そんなのは俺にとっては関係の無い事だ」
ギルド側が止めているという訳でもないし、俺一人の責任問題に発展するだけ。
ギルドとは無関係であるため、王国への謁見問題に関してはギルドに責任が及ぶ事は無いはずだ。
「後で二つの手紙を読むとするか」
「また返事書いてやりな」
「あぁ、そうするよ」
これで会話は終了、のはずなのにフランシスが戻ろうともせずに座ったままだった。
「まだ何かあるのか?」
「あぁ、もう一つあったのを忘れてたよ」
そう言って彼女は立ち上がる。
そして俺へと深く頭を下げていた。
「今回の事件、解決してくれて本当にありがとう」
感謝の気持ち、俺にはそれを受け取る資格は無い。
理由は幾つかあるが、最もな原因となるのは事件解決のために二人の犯人を追い詰めたのではなく、俺は俺の邪魔をしたから倒したのだ。
英雄みたいな善良的な行為に及んだのではない。
だから、感謝の気持ちを受け取るつもりは無かった。
「俺は俺のために行動しただけだ、ギルドのためにした訳じゃない」
「それでも、救われた命はある」
「それは結果論だ。感謝するなら、俺以外の掃討作戦に参加した奴等に言ってくれ」
一人では成し得なかった事だろう。
階層喰い、暴走したセラ、そしてタルトルテ、奴等と戦ってきて俺は何かを得たのだろうか。
この戦いに意味はあったのだろうか。
「なぁ、フランシス」
「うん?」
「俺達は、何のために事件を解決したんだろうな。一人は恋人を自分で殺して悪魔と化し、一人は最愛の姉の記憶を引き継いで復讐心に魅入られた」
多分、アイツも犯人達を知ってたんだろう。
それでも何も言わなかった。
「アタイは引退した身だからねぇ……それでも、ずっと笑顔を貼り付けたままタルトルテはここにいた。一緒に過ごした時間は多くなかったけど、あの子は優しい子だった」
「今となっちゃ考えられないな。人の皮を被った悪魔だったよ、アレは」
もしかしたら、事件を解決させない方が良かったのではないか、なんて考えたりもする。
復讐する資格は彼女達にはあった。
それを、何の関係も無い俺が事件を収拾へと導いた。
「後悔、してるのかい?」
「どうだろうな。そんな感情は特に持ってないが、アイツ等が何のために行動してたのかを知った時、気持ちを理解できたからな」
周囲を全て憎んだ。
俺も一歩間違えれば、彼女達と同じように復讐の業火に身を焼かれていたであろう。
俺が正しく生きられたのは、ある意味奇跡に近い。
だからこそ、人の道を外れた彼等を俺は責める事ができないのだ。
(俺には、その資格が無いからな)
いや、誰にも彼等を止める資格は無かったはずだ。
姉シェルーカがドルネに宛てた手紙を取り出して、それをフランシスへと渡す。
「これは?」
「シェルーカがドルネに宛てた最後の手紙だろう。ドルネのポケットにあったものだ。俺には必要の無いものだし、俺が手にすべきものじゃない」
彼女がその手紙を受け取り、そして静かに涙を流していた。
ありがとう、そう言うように……
「アンタがこの国に来てくれて良かったよ。これは責任持ってアタイがタルトルテに渡しておくよ」
「……そうしてくれ」
もういない彼女へとどう渡すのか、それを聞くのは野暮だろう。
仲間が復讐の片棒を担ぎ、そして死に、心にポッカリと穴が空いた事だろう。
それを癒す事は俺にはできない。
しばらくは悩み続ける事だろうが、いずれ立ち上がり、また前へと進んでいけるはずだ。
人間はそう、しぶとく、そして単純に創られてるものだから。
「今日は宴だ。夜六時くらいになったらギルドに来な」
「あ、あぁ……」
何の宴かは知らないが、それまでは好きにしても良いようだ。
なら、俺は全ての用事を済ませるとしよう。
それが事件に関わった者の責任、復讐を止めた者として残された謎……いや、自分を誤魔化すのは止めよう、ただ好奇心に魅せられて俺は最後の行動に出る。
「ギルドカードをEに上げとくから、貸しとくれ」
「あぁ、分かった」
俺はギルドカードを取り出して、フランシスへと渡しておく。
そして彼女は用事を終えたという事で出て行った。
一人になった治療院の個室で、俺はベッドへと寝転がった。
「はぁ……全部終わった、か」
いつまでも死人の事を考えても仕方ないとは思うが、それでもタルトルテの言葉が頭から離れない。
怒りを何処へとぶつければ良かったのか、もし俺が彼女の立場だったとしたら俺はどうしていただろうか、答えを探しても見つかりはしない。
だから、何故か考えてしまう。
彼女の旅は終着点へと辿り着いた。
いつか俺も辿り着いてしまうのだろう、それまでに自分が何者なのか見つけなければならない。
(なぁ、君はどう思う?)
名前も顔も思い出せない前世の友人である少女へと想いを馳せ、俺はベッドから立ち上がり、治療院を後にする。
青空の下で天を仰ぎ、まだ見えぬ星へと願う。
この願いが彼女へと届くと信じて、俺は街中へと消えていった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
『面白い!』『この小説良いな!』等と思って頂けましたら、下にある評価、ブックマーク、感想をよろしくお願い致します。
感想を下さった方、評価を下さった方、ブックマーク登録して下さった方、本当にありがとうございます、大変励みになります!




