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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第三章【迷宮都市編】
117/275

第111話 答え合わせ6

 呪術師タルトルテは語った。

 過去に何があったのかを、ポツリポツリと俺達へと零していく。


「私のお姉ちゃんは冒険者だった」


 それが冒頭だった。

 彼女に一人の姉がいたとフランシスから聞いているのだが、その話が出るという事はつまり、姉が彼女の動機と成り得るものだ。


「それが、シェルーカ=ダウナーだな?」

「……えぇ、『蒼月』に入ってた。いえ、新しく入団したって方が正しいのかしら」


 明るい女性だったそうだ。

 いつも元気一杯で、周囲の人からも尊敬されるような、そんな輝かしい女性だったと彼女は語る。

 胸元から一つのロケットを取り出して、それを開く。

 そこには一人の女性の顔写真が入っていた。


「『蒼月』ってどんなパーティーだと思う?」

「悪名高いというのは聞いた事があるな」


 それが俺の聞いた『蒼月』というパーティーの基本的な評価である。

 俺個人としてはどんなパーティーであっても関係無い。

 俺の知らないところで死んだ奴等に興味なんて湧くはずもないからだ。


「えぇ、黒い噂が絶えないところだった。けど、それは大分後になって知ったわ。そんなパーティーに、ドルネさんに誘われて、お姉ちゃんは実力を認められたんだって事で私に何の相談も無く入ったわ」


 階層喰い(フロアイーター)を操って冒険者を襲っていた主犯も出てくるとは、やはりあの手紙も関係しているのだろう。

 それが、シェルーカがドルネへと宛てた手紙だ。

 ミミズが這ったような字体、姉も、ドルネも、麻薬中毒者だったはずだ。


「けど、そこにいたドルネさんだけはね、お姉ちゃんにも私にも物凄く優しかった。家族になれるんだって、兄になるんだって思ってギルドの受付嬢として頑張ってきた。彼等はAランクパーティーだもの、実力だけは確かだった」


 あのドルネが?

 いや、麻薬服用によって人格そのものが変わった、なんてザラだ。

 俺は過去のドルネという男について何も知らないからこそ、彼女の話を聞いても想像する事ができないように、今のドルネが印象的すぎて考えられない。

 あのドルネが優しかった、それは本当らしい。

 霊王眼には何の反応も無い。


「お姉ちゃんはソロだったけど、ドルネさんと出会ってから、二人は本当に楽しそうだった。いつも一緒で、どんなピンチも二人で乗り越えてきたんだって、いつも私に自慢してたわ」


 それが妹の持つ楽しい思い出の一つだったそうだ。

 しかし、その関係も長くは続かなかった。


「けど一年前、事件は起こった」

「事件? それって麻薬絡みか?」

「……貴方は未来師なのかしら? 確かに貴方の言う通り、麻薬が原因を創り出した」


 麻薬が全てを狂わせたのだと、彼女は語り始める。


「麻薬売買が何処で行われてたか知ってる?」

「……四十七階層か」

「流石ね。そうよ、そこで何度も麻薬取引が行われてた。まぁ、後で知ったけどね」


 彼女は麻薬を服用していないようだ。

 だから姉の手紙とかで知ったのだと予測した。


「ある日、『蒼月』の一人が麻薬の取引を行ってたのをお姉ちゃんが偶然目撃したんだって。仲間に問い詰めたら、その人は『筋力増強剤』だって言ってたそうよ」

「その時に姉も?」

「いえ、それはもう少し後の話」


 強力な依存症によって、『蒼月』というパーティーの人格はどんどんと荒々しくなり、そして黒い噂が耳に入るようになったそうだ。

 タルトルテは、次第に不安が募っていった。

 そして、それから金使いが荒くなったり、気が立っていたり、中には犯罪紛いな事をするようになった者もいたそうで、それもこれも全て麻薬によって引き起こされたものだと彼女は語る。

 つまり、昔『蒼月』は善良なパーティーだった?


「麻薬について私は色々と調べたわ。『天の霧(ヘブンズパウダー)』というものが存在してる事も、初期症状から依存症について、かなり知識を蓄えた」

「成る程、だから肉体の衰弱についても知ってたんだな」

「えぇ、お姉ちゃん以外の人は麻薬を服用してた。当然、ドルネさんも」


 シェルーカが入団した時には、もう麻薬が彼等の中で浸透していたそうだ。

 しかし彼女を入団させた理由は……


「お姉ちゃんは『蒼月』の体裁を保つための看板娘的な役割を果たしてたわ」


 善良な人間が一人入るだけでも、ギルド内での好感度みたいなものが保たれる事も普通にある。

 中には、善良な子供を騙して裏で取引してる、なんてのもよくあるのだ。

 だからギルドで監査があったりもする。

 外面を良くして、中は腐っていた、という事だろう。

 全く、人とは醜いものだ。


「外面だけは良かった腐ったパーティー、黒い噂は所詮噂でしかないの。証拠が無いから、私達ギルドでも何もできなかった」

「姉とやり取りしてたんだろ? だったら何で証拠が出なかったんだ?」

「出るはずも無いわ。だってお姉ちゃんは知らなかったんだもの……いえ、知らないよう誘導されてたってのが正しいのかしら」


 どういう事だ?


「催眠術師が軽い暗示を掛けて、特定の文言を唱えると忘れるようにされてたのよ」

「その文言って?」

「『麻薬』よ」


 成る程、麻薬だと聞いた瞬間に忘れてしまうのだから、麻薬に関する証拠が出ないのも当たり前か。

 前後の記憶が無いのだから、それも致し方無しというものだ。


「だから、お姉ちゃんは何も知らされなかった。けど、お姉ちゃんには特殊な力があった」


 特殊な力、ここで言うと毒素分解みたいな異能、或いは権能だろうか。


「いえ、そうじゃないわ。お姉ちゃんは記憶を読み取る力があるの」

「記憶を?」

「そう。それでドルネさんの記憶を読み取った」


 それで麻薬について、それから彼女自身に暗示が掛けられているという事について、そしてドルネ達が麻薬に侵されている真実までもを知ってしまった。

 しかし騙されやすいお人好しではあったが、彼女は賢かった。

 だからこそ、急に不審な行動を起こしてはならないと思ったために、彼女はしばらく『蒼月』というパーティーで過ごしていたそうだ。


(それも、ドルネに対する『愛』だとでも言うのか?)


 その気持ちを、誰かを愛するという感情を、俺は理解できなかった。

 シェルーカがドルネを愛する気持ちは、そのまま行動に表れたようだ。

 どちらが好きになったのか、どういう風に進展したのか、タルトルテから一切説明される事は無かったが、今回の事件と手紙、そして二人の行動は、全て純粋な愛から起こったものだという理屈だけは分かった。


「二人は元々麻薬なんてものに手を出す人達じゃなかったのを私は知ってる。けど、『蒼月』内で二人を疎ましく思ったパーティーの団長リーダーが、二人の料理に麻薬を盛ったの」


 少し変だと思った事がある。

 タルトルテは、まるで見てきたかのような口振りであるために、俺は少し気になってしまった。

 呪術による遠隔透視とかは無いはずだ。

 どうして知っているのだろうか?


(まさか手紙?)


 手紙による通信はかなり危険だ。

 証拠として手紙が残ってしまうからだ。

 だったら、もしかすると通信魔導具で秘密裏に情報交換していたのかもしれない。

 しかし通信も傍受される可能性も孕んでおり、真相は闇ならぬタルトルテの中だ。


「二人は次第に麻薬に身体を侵されていったわ。一度服用してしまえば、その依存性によって新しく欲するようになってしまう。治す方法は無い。だから二人も麻薬に取り憑かれていった」

「……」


 悲愴感がヒシヒシと伝わってくるのだが、食事に麻薬混入していたら見抜くのは難しい。

 俺のように魔眼を持っていない二人だったから、食べてしまったようだ。

 そして、麻薬を取り込んでしまった。

 二人を消すために、邪魔者を排除するために……

 人間の業、自分の地位を奪われるという恐怖に陥ったがための行動だったのだろう、その醜悪な感情こそが今回の事件へと発展した。


「連続服用していても、彼等は冒険者としての活動をしていたわ。流石はAランク、魔力で肉体の衰弱を遅らせていたのだから、ビックリよ」

「だが、次第に身体が言う事を聞かなくなっていったんじゃないか?」

「そうよ。そして麻薬はかなり高額だった。手に入るのは数少ないからこそ……凄惨な殺し合いに発展したわ」


 それはまた、凄まじいな。


「何人かが失踪に見せ掛けて殺されたわ。お姉ちゃんもその一人だった」

「だが、姉シェルーカは失踪届けが出されてた。それはどうしてだ?」

「ドルネさんが秘密裏に出したのよ。それから私に報告しに来た、よりにもよって……」


 何かを言い淀んでいたが、彼女の握り締めた手は震えていた。

 爪が肌に食い込んで、血が滴り落ちる。

 それだけ彼女の精神を抉るような出来事があったのかもしれない。


「ドルネさんは泣いてたわ。赦しを乞うていたのを今でもハッキリ覚えてる」


 目を閉じると、そこには昨日のように有り有りと浮かんでくるようだと、彼女は冷たい瞳を見せた。


「お姉ちゃんは記憶を読み取る力だけでなく、見た景色や記憶を遠距離からでも他人へと譲渡する力を持ってた」


 そうか、彼女の職業は――


「そして私はお姉ちゃんの記憶を譲渡された。何度も杖や短剣で身体を滅多刺しにされる記憶を受け取った時、私は生々しいその記憶に一日中吐いたわ」


 凄惨な殺し合い、彼女の見た記憶が死んだ瞬間に譲渡されてタルトルテが受け取る事になってしまった。

 それが結末、それが真実……それが全貌。

 殺し合いによって姉は殺されてしまった、そのために復讐を実行に移したのかと思ったが、まだ続きがあった。


「連中は、麻薬犯罪の全ての罪をお姉ちゃんに擦りつけたのよ。そしてお姉ちゃんは全冒険者から煙たがられる事になった。取引を知ってた人も、事情を知ってた人も、全員が見て見ぬフリをしたわ。だからドルネさんも復讐する事にしたのよ」

「それでお前も復讐の協力を?」

「……違うわ」


 それが動機でも充分説明できると思うのだが、どうやら違うらしい。

 では、彼女の行動の根源にあるのは何だったのか。


「杖や短剣で滅多刺しにされたって言ったわよね?」

「そうだな……おい、まさか――」

「察しが良いわね」


 杖や短剣、その装備をしているのは奴しかいない。


「ドルネさんがお姉ちゃんを殺したのよ!!」


 短剣を装備しているというのは、恐らく素材採取用のサバイバルナイフ、俺の短剣もそれくらいの大きさであり、女性冒険者が襲い掛かった時も小さな短剣だった。

 つまり大切な姉を、その義理の兄となろうとしていた男によって無惨に殺されてしまったという事だ。

 俺を除いた全員が驚愕の真相を知ってしまった、というような顔をしているのだが、さっき彼女は『記憶を譲渡された』と言った。


(その記憶が先端恐怖症の発端だった訳か)


 トラウマが記憶として急に入ってきたのだから、あまりにも理不尽なものだ。

 姉の失踪届けが出される前に、もうすでに記憶の受け取りは済んでいたのだろう。

 目の前には仇がいる、そう思ったはずだ。

 だが彼女は、姉を唆して邪魔者扱いして、それから排除しようとした冒険者達全員に対して、復讐を誓う事になったのか。


「いえ、お姉ちゃんを殺した事も復讐心を駆り立てる原因だったわ。けど、それだけじゃない」


 聞くに堪えない話だが、想像してた事でもある。

 麻薬が絡んでいたら、どうせ碌な事にはならなかっただろうと読んではいた。

 しかし聞いていくうちに、彼女の怒りが伝わってくる。


「催眠術師によって『蒼月』全体が操られてたのよ。そして邪魔者扱いされていたドルネさんと、お姉ちゃんは殺し合う事になった」

「ひ、酷い……」

「ユーステティアさん、だったかしら。貴方なら復讐するかしら?」


 自然と出てしまったユスティの言葉を、タルトルテは聞き逃さなかった。

 復讐するのか、それともしないのか、俺も興味が湧いてきた。

 好奇心が彼女の答えを求めている。

 心優しき少女が復讐心に魅入られる事になるのか、それとも慈愛の精神で復讐しないと踏み切るのか、どちらなのだと彼女へと視線を向けると目が合った。

 そして目が逸らされた。


「わ、私も両親を精霊使いさんに奪われました。この両目も一度は暗闇しか見えなくなった時もあります」


 彼女の過去、両親と自分の両目をサラマンダーを操る精霊使いによって奪われた。

 その理不尽な出来事を引き起こした人物に対して、彼女は何を思うのか……


「ですが、それでも私は……どうしたいのか、それが分からない」

「優柔不断ね」

「はい、そう罵られても仕方ないと思っています。けど、復讐は何も生み出さない、それだけは分かります」


 彼女の瞳は綺麗に輝いているように見えた。

 希望に満ちたような、その眼差しはタルトルテの濁りきった瞳と交差する。

 交わる善意と悪意がぶつかり合う。


「甘いわね、貴方」

「ッ……」

「もしもご主人君が死んだとしても、貴方はその復讐をしないんでしょ? どうせ他人だから(・・・・・・・・)


 彼女は冷め切った言葉を吐き捨てる。

 そう、俺達は赤の他人だった、彼女の精神に突き刺さる言葉だ。


「ですが、シェルーカさんは……貴方の復讐を望んでたのでしょうか?」

「何ですって?」

「私にはそうは思えません。ドルネさんの懐にあった手紙には、少なくとも復讐してほしい、なんていう文言は一言もありませんでした」

「手紙? 何の話を――」


 俺は無言で彼女へと手紙を渡す。

 すでに俺が読んでしまったのだが、彼女は震える手で掴み、中身を心の中で読んでいった。

 そして紙を握り潰す。


「巫山戯るな!! こんな汚い字がお姉ちゃんな訳――」

「麻薬を常時服用させられてたんだ、字が書けなくなるのは普通だ」

「黙れ!!」


 現実を受け入れたくないがために彼女は虚勢を張り、そして今まで犯した事実に打ち拉がれている。


「アイツ等はお姉ちゃんを散々利用した!! 挙げ句、使い物にならなくなったらゴミだと罵り、踏み付け、無造作に遺体を捨てたのよ!? 許せる訳ないじゃない!!」


 怒りが爆発する。

 しかし、すぐに元通りの冷徹な感情へと戻った。


「怒りが私を憎悪へと導いた。私が何故呪術師なんて職業を授かったのかが、その時になってようやく分かった気がしたわ」

 

 復讐するため、そのための力を手にしたのだと悟ってしまった。

 彼女の歯車が狂った瞬間だったろう。

 全てを失った喪失感に襲われて、次第に芽生えたのが復讐という業火、瞋恚の炎に身を焦がされた事で彼女は悪魔に売り渡してしまったのだ、自らの心までもを。


「神から貰った職業も、この身体も、血も、精神も、そして霊魂さえも全て悪魔に捧げたわ。狂おしい程に私の怒りと憎しみは、人を、化け物を、ゴミを掃除するかのように簡単に殺せる程にまで成長した」


 そして、彼女は『覚醒』を果たした。

 職業が覚醒する事で、高次元の職業へと進化する現象なのだが、まさかこの目で見られるとは思ってなかった。

 呪術師という職業の上位互換、多分だが呪詛の付与特性から察するに……


「呪印師、って職業か?」

「……本当に何でも知ってるようね」


 彼女は怒りによって昇華した。

 身体から発せられる瘴気の量が尋常でないくらい内包されている。

 職業に魅入られし者、俺達冒険者の間ではこう呼ばれている。


「『覚醒者』か?」

「えぇ、そうね……冒険者でもない私がここまでになってしまったのは、全部冒険者のせいよ」


 何たる皮肉か。

 職業に魅入られた者が冒険者ではなく犯罪者だとは、予想外に予想外だった。

 彼女の力は並の冒険者よりも強いものとなってしまったのだ。


「お姉ちゃんが復讐を望んでいない? そんな事、最初っから分かってたわよ」

「なら何で――」

「じゃあ、この怒りを何処にぶつけろと言うのよ!! ただの偽善だけで物事を語らないで!! 反吐が出るわ、この偽善者!!」


 ユスティへと怒りと憎しみを向ける。

 復讐の憎悪は計り知れない、それは見て分かる。

 一方でユスティは、自分の言葉が偽善であると他人から言われて、初めてその事に気付いた。

 ショックを受けたような顔をしている。


「最大の誤算は貴方がこの国に来た事、貴方のせいで私の計画がメチャクチャよ」

「お前の計画? それは『蒼月』だけの話だろ。ドルネを殺した今、お前は復讐を果たしたはずだ、違うか?」


 いや待て、復讐がこれで完了したならば何故彼女は罪を着せるような面倒な事をしたのだ?

 それに、彼女は最初からドルネを殺すつもりだったのだろうが、それならどうして彼女は……


「まさか、まだ復讐は完了してない?」

「本当に鬱陶しいわね。けど、正解よ。腐った奴等は他にもいるわ。腐った連中全員を根絶やしにするまで、私は止まらない!!」


 彼女は大きな魔石に手をしていた。


「私の計画を邪魔した貴方だけは……私の手で殺してやる!!」


 何をするかが分かってしまった。

 だから、俺はローランへと即座に指示を出す。


「ローラン! 空間を解除しろ!!」

「は、はい!!」


 呪いが魔石から溢れ出す。

 魔石の中から大量の呪詛が放出されていき、このままでは空間全てが破壊されてしまうと直感した俺は、ローランに能力を解除してもらった。

 覚醒した職業を持つ人物を閉じ込めたところで、出てこられるのは分かり切っていた。

 同じ剣神でも、覚醒するしないで強さは変わる。

 覚醒した冒険者は一皮剥けた状態、つまり普通の呪印師の強さの数倍は強いと考えるべきだ。


「『呪印解放リベレイト』!!」


 手にしていた魔石には見覚えがある。

 俺が倒したフレアレオの魔石を彼女は手にしていたのだが、ギルドからちょろまかしたようで、それを胸元へと持っていった。


「そんな事して良いのか……戻れなくなるぞ?」

「このまま捕まるくらいなら……私は鬼にでも悪魔にでもモンスターにでもなってやる!! 私の邪魔をした貴方を殺すために!!」


 死ぬと分かっていての、覚悟した答えだ。

 それは俺達とは違い、復讐に燃えて自分の目的のためだけに進み続けた者の末路だった。

 フレアレオの魔石を媒体に、タルトルテの身体は呪詛に包まれていき、彼女の身体がモンスターへと変貌してしまっていた。

 そして同時に、威圧感が増した。

 無意識のうちに危険だと判断して、俺は二刀を創り出していた。


「全員建物から出ろ!! グダグダするな!!」


 彼女が危険なのだと、俺の危機感知が警鐘を鳴らし続けているため、敢えて大声を上げて危機感を相手へと伝える素振りを見せる。

 同時にセラも分かったようで、俺の指示に即座に従ってドアを蹴破った。

 その音が起因して、全員が外へと逃げる。

 しかしながら、俺だけはこの場に残って二刀へと電撃を纏わせていく。


「『纏威電マトイヅチ』」


 今は電力が十全に溜まっているため、いつでも強力な技を出せる。

 全員が部屋を後にして建物から出ていったのを、探知で確認していた。


「……正直これ以上は身体が保たないし、こっちの方が考えなくて済む。相手してやるぜ化け物、どっからでも掛かってきな」

『グォォォォォォォ!!!』


 すでに彼女の身体は変貌してしまった。

 外見はフレアレオのような感じだが半透明となっており、ほぼ黒く沈んだような色合いをしている。

 威圧感が増し、攻撃力とかも大幅に強化されたようだ。

 二刀を握り締めて攻撃しようとするが、腕を横に振られてしまい、回避に専念した。

 そしてギルドホームが大破する。

 穴の空いた壁を越えて後ろへと逃げるが、それをタルトルテが追い掛けてきた。


「チッ……」


 逃げながらも相手から迫ってくる呪詛を斬り伏せて、触れないように注意する。

 呪術、つまり呪いは受ければ掛かる。

 まぁ、当たり前なのだが、その呪詛に含まれる効果が問題である。


(死の呪いか、この目で見るのは初めてだな)


 死を持つ呪いは普通のよりもドス黒く、警戒心がビンビンに反応している。

 受ければ一溜まりもないのだと、そう思ってしまっているのだ。

 自我も失ってしまったらしい。

 俺の挑発も意に返さないようだ。

 今も咆哮で威嚇してきており、建物を破壊し尽くしているのだから、フランシスの気苦労は堪えないものとなろうが仕方ない。

 こんな事になるとは思ってなかったのだから。


「フッ!!」


 フレアレオの数倍大きくなっていた化け物へと刃を振るうのだが、スカッと空を斬るような手応えの無さだった。

 どうやら物理攻撃透過、みたいな回避能力を持ってるようだ。


(……本体は呪詛で形成されてるせいで、物理で攻撃しても無駄なのか)


 まるで憎悪を解放するかのように天に向かって慟哭し、自我を失くした彼女は吠えた。

 ビリビリと鼓膜を振るわせてくる咆哮を受けながら、俺は彼女に狙いを定めるのだが、その前に化け物が壁を体当たりで突き破って外へと出てしまった。


(どういう事だ? 物理は効かないんじゃないのか?)


 その特性がよく分からないが、それでも俺の錬金術師の分解能力なら倒せるだろう。

 この能力は覚醒云々であったとしても、関係無しに攻撃が通じる。

 だが、殺した後の蘇生は不可能だ。

 何故なら、彼女の身体がフレアレオの身体、つまりモンスターの身体へと変化してしまったからこそ、人間本来の肉体が無い以上、蘇生のリスクはかなり高まる。


「フランシス、コイツを殺すが恐らく再構築してももう元には戻せん。それでも良いか?」


 近くにいたフランシスへと確認を取る。

 少なくとも今はまだギルド職員である、それはフランシスの決める事だ。

 彼女が殺すな、と言えば殺しはしないが国がメチャメチャになるのだが、それでも構わない。

 この国が滅びようとも関係無いのだから。


「ぎ、ギルドマスターとして、命ずる……タルトルテを……彼女を殺してやってくれ!!」


 身を切るような悲痛な表情で、彼女は言葉にする。

 もう苦しまないように、安らかに眠れるように、彼女の命を止めてほしいとフランシスは涙を零しながら俺へと命じてきた。


「分かった」


 斬るのは無理だと判断して、俺は腕輪へと戻した。

 攻撃できると思ったが、残念ながら普通の攻撃では無理らしい。

 残されているのは、直接錬金術で影響を与える能力だ。

 この手で人を殺す事に躊躇いは無いのだが、今は身体が思うように動かないので、三人に頼む。


「リノとユスティは怪物の足止め、セラは俺に付与魔法を一つ頼む」

「無茶だノア殿、貴殿の身体はもう――」

「頼む、今はお前等が頼りだ」


 タルトルテが呪印解放と唱えた事で、俺の身体に定着した呪詛が溢れそうになっている。

 抑えてはいるが、身体が凄い熱を持っており、身体機能が低下しているのは確かだ。

 今の体温は、五十八度前後くらいだろうな。

 普通の人間なら死んでるだろうが、強靭な肉体によって死ねない。

 だが、その分身体に負荷が掛かっているため、熱による身体機能の低下は否めない。


「うっ……」

「ど、どどど、どうされたのですか!?」


 身体が重たく、心臓も縛られているみたいだ。

 いつも体感している痛みとは別、身体そのものが重たく倦怠感が身体に纏わり付いている。

 その上、化け物へと昇華した彼女の能力が遠隔系統にまで成長していた事で、俺に定着していた呪詛が解放される。

 発汗や痙攣も引き起こしており、やはり身体が相当ヤバいらしい。


「時間は無い、頼む」

「わ、分かりました……」


 納得のいってないような顔をしているのだが、ユスティは俺の奴隷という立場上、命令には従わなければならない。

 しかし、実際には頼んでいる状況だ。

 命令できる事でもないし、無理な命令は奴隷紋が反応しないようになっている。


「ねぇリノ」

「な、何だ、セラ殿?」

「さっきの言葉、『ノアの身体はもう』ってどういう意味かしら?」


 本当に勘の鋭い女だが、俺は目配せして教えるなとリノへと伝える。

 リノも目を逸らして、セラに対して口を噤む。


「今はそんな事言ってる場合じゃない……早く行け」

「わ、分かった」


 身体が思うように動かないとは、情けない話だ。

 震える身体を鞭打って立ち上がり、息を吸い込んで思いっきり叫んだ。


「タルトルテ!! 俺はこっちだ!!」

『グァ!!』


 俺の大声に気付いたタルトルテが、雄叫びを上げながら突っ込んでくる。

 もう考える事さえできないようだ。

 獣と化した怪物を殺すために躊躇う必要は無い、ただ時間を掛けるのは俺が不利になるから、速攻で殺すしかないと判断した。


「『抜刀・霊氷斬』!!」

「『オーシャンフリーズ』!!」


 二人が氷の攻撃によって足止めをする。

 凍てついた攻撃がモンスターの動きを鈍らせていき、最終的には殆ど動けない状態にまで陥っていた。

 寒い、吐く息が真っ白に凍える。


「『魔法付与エンチャント・フリーズ』」


 身体の熱を冷ますように氷の状態異常を付与されて、俺の身体は多少なりとも動くようになった。

 だが早くしないと凍傷となってしまうため、即行動へと移す。

 俺は目標へと向かって駆け出した。

 氷漬けにされて身動きが取れなくなった化け物へと突貫していき、腕をフレアレオの身体へと突っ込んだ。


「これで……終わりだ」


 最後は意外と呆気ないものだ。

 物理攻撃の一切が通用しないために俺の腕はフレアレオを透過してしまうが、俺は触れている呪詛に向かって錬成を発動させた。


「『灰燼焼滅インシネレイト』」


 因果を焼き尽くす能力、彼女の身体にある魔石へと干渉して、その魔石の存在そのものの原因を排除する。

 これにより、彼女の身体は亀裂を生じさせ、少しずつ消えていった。

 化け物へと成長を果たしても辿り着けない職業の境地、今回の敵は俺にとって相性が良かったとしか言いようがないものだ。

 相手にとって俺は天敵、聖なる力以外での攻撃の通じる敵である。


「……」


 復讐のために授かった力、それを彼女は己の心のみで昇華させた。

 覚醒条件は分かっていない。

 だが、それでも彼女を見て錬金術師にも可能性はあるのではないかと思えた。


『ぁぁ……やっぱり、貴方は…唯一の……ご、さ………』


 タルトルテのモンスターの身体が青白くなっていき、次第に光の粒子として天へと昇っていく。

 夜だからか、幻想的な光景が目の前に広がっている。

 消え行く姿を目に焼き付けていると、その怪物が涙を流しているのを見た。

 まるで幻覚を見ているかのような、そんな驚いた表情をしていた。


『お、ねぇ……ちゃ……………』


 姉の残像を最後に、彼女は息絶えてこの世から肉体が空へと昇ってゆく。

 空へと粒子が消えていく。


(救えない話だな)


 騙し騙されを繰り返してゆき、最愛の姉をゴミのように殺されて、復讐の鬼へと化した。

 そして彼女は遂には化け物にまでなってしまった。

 突然心に空いてしまった穴を埋めたのが復讐以外だったら、もしかしたら今回のような事件へと繋がる事も無かっただろうと思ったのだが、それはもう後の祭り、全てが終わった後なのだから考えても無駄だ。

 覆水盆に返らず、というやつだ。

 結局、俺は彼女を殺して復讐を止めはしたが、それによって救われた者は誰一人としていなかった。


(身体の呪詛も消えず、か)


 死して尚、怨念が身体から離れていかない。

 身体は冷え切ったが、それでも再び熱が込み上げてくるようで、力が抜けてしまったかのように地面へと仰向けに倒れてしまった。


「ご主人様!?」


 三人が駆け寄ってくるが、俺の視界には夜空だけが映し出されていた。

 大きな三日月に満天の星空、キラリと落ちてゆく流星群を見ながら、俺は黄金色の星へと手を伸ばす。


(こんなにも綺麗だったんだな)


 星となった姉を最後に見て消えていったタルトルテという少女も、姉を追い掛けていったのだろうと思って、俺は静かに瞼を閉じた。

 一ヶ月振りに見た星の姿は、前世で見た田舎での光景と酷似していた。

 彼女と見た最後の光景……

 名前も顔も未だ思い出せないかつての幼馴染みを心に浮かべ、俺はそのまま微睡みへと溶けていく。

 睡魔が襲い、俺は一週間振りの安眠を手にする事ができたような気がした。


「寝ちゃったわね」

「そう、だな」


 二人の声が聞こえた気がしたが、反応さえできない。

 下ろされた右手が誰かによって握られる。

 温かな、そして柔らかな手を軽く握り返して、意識を手放した。


「ご主人様……ゆっくり、お休みください」


 涼しげな夜風が吹き抜けていき、身体の熱を少しずつ冷ましていく。

 何だか今日は、グッスリと眠れそうだ。

 頭上では一つの流れ星が煌めいて、何かを探すかのように何処かへと駆けていった。

 こうして、超巨大迷宮都市フラバルドで起こっていた約七ヶ月にも及ぶ冒険者連続失踪事件は、二人の犯人の死によって幕を下ろす事となった。






本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。

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