表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第三章【迷宮都市編】
116/276

第110話 答え合わせ5

 フラバルドが寝静まる夜中の二時頃、とある影がギルドホームの中を移動していた。

 目指すはギルドカードが保管されている一階、鑑定室である。

 そこには行方不明となった冒険者のギルドカードが保管されており、そこには呪詛が仕込まれたカードも混じっている。

 その影は、それが狙いだった。

 そして影は部屋の扉を開けて、中へと入る。

 薬草やモンスター素材の鑑定等に使われる部屋にアタッシュケースが暗闇の中で無造作に置かれており、犯人は何の疑問も抱かずに鍵をパチッと開いて、中から一枚のギルドカードを取り出した。


「よぉ、待ってたぜ」

「ッ!?」


 俺は背後から犯人へと声を掛ける。

 暗闇の中であるためにシルエットしか見えないだろうと思ったのか、逃げようと一目散に出入り口へと向かっていった。

 途中、何かにぶつかったりもしていたが、出口から差す僅かな光が道標となったかのか、脱兎の如く逃げ出す。

 だが、逃走は途中で阻まれた。


「『隔離された小部屋(バスチルパレス)』」


 指を鳴らすと、途端に部屋全体に何等かの効果が現れたようで、ドアを開けた犯人だったが、そのドアの向こう側には誰一人として超えられないように隔離されていたため、犯人も立ち往生する事となった。

 ドアの向こうは真っ暗闇が広がっており、まさかこんな能力を持った奴がいるとは思ってなかった。


「それ以上に、まさかお前が来るとは思ってなかったよ、ローラン」


 リューゼンが遣わしてくれたのは、最初に俺のギルドカードに偽装措置を施したギルド職員、ローランだった。

 青髪の好青年である彼は、頭を掻きながら驚いたかのように言葉を放つ。


「話を聞いた時、自分もビックリしました。まさかあの人が犯人だなんて未だに信じられませんし、自分の能力が役に立つとは思ってもいませんでしたから」

「能力なんて使い方次第だからな、リューゼンのおっさんの審美眼には脱帽するよ」


 これで犯人はこの空間内から逃げられなくなった。


「それにしても、実際にこの目で見るまで信じたくなかったんだけどねぇ……」

「それでも信じるしか無いわよ。アタシ達はコイツに散々苦しめられたんだから」


 フランシスとセラが拳を構えていた。

 この空間の中にいるのは、俺とローラン、セラ、リノとユスティ、それからダイガルトとエレン、そしてフランシスとナイラ、計九人である。

 それから犯人。

 この空間内で犯人はもう逃げられないからこそ殺すのを後回しにして、先に犯人を暴く。


「さて、呪術師さん。アンタの正体もすでに分かってるからさぁ、もう止めにしないか? その手に持ってる武器を捨てて投降しろ」

「ッ!!」

「……愚かだな」


 俺達を殺せば脱出できる、そう思ったのか暗闇の中で俺に向かって攻撃を仕掛けてくる。

 手に持っていた布か何かで俺の首を締めようとしたところで、犯人の背後から二人の人物が取り押さえに掛かり、見事捕縛に成功した。


「大人しくしてもらおうか!!」

「ご主人様を傷付ける事は許しません!!」


 リノとユスティの二人が捕縛を買って出たので、そのために作戦を立てた。

 ローランの能力で配置に着いた俺達を別次元となる隔離部屋に隠し、そして能力を一斉解除して外へと出てきて、犯人の後ろに位置していた二人が犯人を取り押さえる。


「さて、事件を振り返りながら、お前の正体を暴こうか」


 彼女は冒険者失踪事件の直接的な犯人であるドルネと協力関係にあった。

 そして自分の呪術師という能力を最大限利用して、死霊術師をサポートした。


「まず、お前は受付を担当して依頼を受注する冒険者からギルドカードを受け取り、バレないようにギルドカードに細工したんだろう。そして冒険者達は罠を抱えてる事にも気付かずに階層喰い(フロアイーター)に襲われ、その糧となった。残されたカードは、もう一人の犯人だったドルネが荷物に紛れ込ませ、そして冒険者達の手で戻ってきたら、そこからはお前の仕事だ」


 冒険者のギルドカードに仕組んだ呪術を消去してしまうという事だ。

 だが、アタッシュケースには痕跡が残っていないものしか入ってなかった。

 それは何故か?

 すでに犯人の手によって消去された後だからだ。


「あの時、フランシスに見せてもらって何も痕跡が見つからなかったけど、敢えてそれが俺の推論を証明する形となった。お前がここに保管されてるギルドカードの呪詛を隠滅したんじゃないか、それはつまり、犯人が実は二人いるんじゃないかってな」


 本当はセラ達と話した『悪夢の七日間』によって、偶然にも複数犯いると思った訳だが、犯人二人説だと幾つもの謎を解明できる。

 それを全て説明していく。

 フランシスやナイラにはちゃんと説明してなかったし、ここにいるエレンとダイガルトの二人にも勿論、聞く権利はある。


「戻ってきたギルドカードに呪詛があるかを探知して、反応があれば証拠隠滅を、無ければそのまま通常の業務を熟せば良いだけだ。しかし、保護された冒険者が偶然にもお前の証拠隠滅の現場を目撃したから殺したってとこかな」


 そうでなければ冒険者を殺す理由が無い。

 失踪事件と関係しているなら、何処かに隠せば良いだけの話である。

 しかし、それをしなかったという事は、隠す事ができないと判断したからだろう。

 そして俺はこの部屋の明かりを付け、その人物の顔を覗き込んだ。


「そうだろ、タルトルテ=ダウナー?」


 青髪の可愛らしい受付嬢、花柄のスカーフがトレードマークである彼女は、俺の口にした名前を聞いて驚愕しているように見えた。

 瞳を僅かに泳がせているが、それは犯人とバレた事に対するものではなかった。


「な、何で私の家名を……」


 どうやら、自分の隠していた家名を知られて驚いているようだが、それはフランシスの手腕だ。

 彼女がいなければ分からなかった。


「フランシスに調べてもらってな、偶然にも血縁関係にある事が分かったんだよ」


 キッ、とフランシスを睨む受付嬢タルトルテ、今回の一連の失踪事件に関与していた主犯二人のうち一人、それが彼女だ。

 しかしながら、彼女は表情を繕って営業スマイルに切り替える。


「わ、私はただ忘れ物を取りに来ただけで――」

「ポケットに忍ばせたギルドカード、それ、リノのだぞ?」

「ッ!?」


 タルトルテの表情がピクリと動いたが、しかし彼女は諦めない。


「そ、そこに置かれてたのを気になって手に取っただけですよ」

「アタッシュケースの中に入れといたはずなんだがなぁ」

「ッ……そ、それじゃあ、この待遇は何なのでしょうか?」

「じゃあ、何で逃げ出そうとしたんだ? それから何で俺を襲ったんだ?」

「そ、それは……誰か分からず怖くなって……」


 苦し紛れの嘘を吐いてるのは霊王眼を使わずとも分かるのだが、それが本当の可能性を秘めているとフランシス達が思って俺を見てきている以上、外堀から埋めなければならないらしい。

 目には目を、歯には歯を、そして論理には論理を、だ。

 何処から説明すべきなのか、こうした順序立てて説明するってのは俺の性分には合わない。


「まぁ、その苦し紛れが本当だったとしよう。だが、もうすでにお前が犯人だって分かってんだ。それを今から証明してやる」

「し、証明、ですか……」

「あぁ、何故お前が殺した冒険者を自殺に見立てなければならなかったのか、今ので分かったし、最初から簡単に振り返ろう」


 今回の事件の肝は犯人が二人いるという事、そして二つの事件を切り離して考えると、冒険者自殺偽装事件に関してはコイツ一人で行った事になる。

 まず、時期はいつか分からないが、冒険者が一人ギルドによって保護された。

 ソイツは錯乱状態に陥っており、会話が殆ど成り立たないくらいにまで追い詰められていた。


「まず、その冒険者だが、俺は地下でこんなものを見つけたんだ」

「そ、それは……『天の霧(ヘブンズパウダー)』ですね」


 俺がルンデックの持っていたボロボロのアイテムポーチを手にして、その中から一つの薬瓶を取り出した。

 そして犯人に濡れ衣を着せられたナイラが、薬瓶の中身に反応する。


「流石はギルド職員、知ってて当然か。実はフランシス達が保護した冒険者はこの麻薬ドラッグによって薬漬けにされてたんだよ」


 そのせいで冒険者には数多くの症状が発症していた。

 それも自殺したくなったという原因の一端、に見せ掛けられると踏んでの行動だったのかもしれない。


「自殺するには照明にロープを結び付けたり、物置きから椅子とロープを持ってこなければならないが、自殺したはずの冒険者には無理があった」


 その原因は幾つかある。


「まず第一に奴には物置きの場所が分からなかった。第二に薬漬けにされて二日も摂取してないって事は、重度の幻覚作用や痙攣等の症状によってロープなんてキツく結べないんだよ。第三に奴は死亡時に短剣を装備していたため、自殺にしては不自然だ」

「第一と第二は分かるけど、第三が何で不自然なんだい?」


 フランシスは頭を悩ませているようだった。

 それに対して俺は、逆に質問を繰り出す。


「フランシス、もしアンタが短剣を持ってて、今すぐに自殺したいって思ったら、どうする?」

「まぁ、アタイは手元にある剣とかで……確かに、錯乱状態だし、幻聴や幻覚を見ていたりした場合、その地獄から抜け出したい気持ちもある、かもしれない」


 だが、それでは自殺する理由にはならない。

 動機としては薄いのだ。

 それならば何が原因なのだろうか、恐らく関係しているのは麻薬によって見えた『幻覚』だ。


「単に痛いのが嫌だったんじゃないですか?」


 ここでタルトルテが不貞腐れたように答えた。

 安楽死を望みたいのなら、最も簡単な方法があったが、それは犯人も、それから死んだ冒険者も持っていないものだったのだ。

 それが服毒による死、だ。

 毒を飲んで自殺すれば、何よりも簡単に天国へと召されるだろう。


「麻薬を服用してたんだ。それも超危険な『天の霧(ヘブンズパウダー)』、六時間経過で個人差はあれども神経麻痺を引き起こす。その後も後遺症として残る奴も結構多い。だから、短剣で心臓を貫いたところで痛みなんて無いんだよ」

「だ、だったら肉体的に衰弱してたからではないのでしょうか?」

「それは考えたが、それなら自殺そのものが不可能になっちまう。あるとするなら服毒死だが、体内から検出されたのは遅効性の睡眠薬だけだ」


 昼間に考えてた『冒険者が寝てから殺した』という推理はどうも考え難いのだ。

 冒険者が寝るまでに誰かに情報を伝えたとなると、その時点で犯人はゲームオーバーとなる。

 それに暗闇に乗じて襲ったはずだ。

 そもそもの考えが噛み合わないため、無理な論争だと斬り捨てる。


「貴方は馬鹿なんですか?」

「ほぅ、それはどういう意味だ?」

「貴方、先程仰ったじゃありませんか、『体内から検出されたのは遅効性の睡眠薬だけだ』と。それなら、麻薬を服用してる事自体が間違いになりませんか?」


 確かに、普通の麻薬とかなら、身体に異常が見られるだろう。

 しかしながら、彼女は薬の特性を知っているはずだ。

 いや、少なくともコイツは症状を知っていた。


「この麻薬の特徴は、霧のように体内からも麻薬の痕跡が消え失せる効果もある。つまり、服用した患者を解剖したところで見つかる事は無いんだよ」

「な、なら何で冒険者が麻薬を服用したと分かるんですか? 貴方は一度もお会いした事は無いはずですよね?」

「そうだな。だが、錯乱してた事、それから今回の事件に関係してるなら服用してても可笑しくない」


 いや、十中八九服用していたに違いない。

 今思えば、ドルネの持っていた手紙もミミズの這ったような字体だったし、時間が無いと書いてあった事から、自分がもう命の危機に瀕していて、麻薬に侵されていると分かっていたから、手紙なんてものを残したのかもしれない。


「それに、俺は肉体的衰弱の事は何も言ってないぞ。初めから麻薬の中毒性について知ってたんだろう?」

「いや、それは……」

「それからさっきの暗闇での攻撃で、お前がどうやって冒険者を殺したのかが分かった」


 俺は奴を見下ろして、抑えている二人に目配せして兼ねてより計画していた拘束錬成を発動させる。


「な、何を――」

「黙れ。お前の手にしてるものが何よりの証拠なんだよ、タルトルテ」


 彼女が手にしている布には見覚えがある。

 いや、身に覚えではなく、それは彼女がずっと身に付けていたものだ。


「その手にしている長いスカーフ、それで冒険者を襲って気絶させたか、或いは殺したんだろ?」

「だ、だがスカーフで首を絞めたとしても跡が残ったりするんじゃないのかい?」

「多分、背後から首を絞めて気絶させるに留めたんじゃないか? それから照明にロープを引っ掛けて、引っ張り上げたってとこか。だから自殺にしか見えなかった」

「そうか、ノア殿が昼間に考えてたのはソレだったのだな?」


 リノの言う通り、直接手で首を絞められた時に、直接という言葉が気に掛かった。

 突発的な行動とは言え、首を絞めれば手痕が残るはずだと考えた。

 だが、その痕は残されていなかった。

 だから不思議に思ったのだ。

 そしてタオルや布、そういったものを考えて首へと手を持っていったところで、犯人の特徴が浮かび、スカーフで首を絞めたのではないかと、そう考えたのだ。


「違うんなら反論したらどうだ?」

「……」


 彼女は先程の表情から一変して、表情を動かさなくなっていた。

 まるで、もう死んでも良いと思っているような……

 だが、それでも自分には偶然だと主張するという、俺達を掻き乱す事ができてしまう。

 何故なら、証拠が無いのだから。


「私はただ襲われるのを防ぐために先制攻撃を加えようとしただけですよ。これも証拠にはなりませんよね?」

「そうだな……可能性がある、というだけだ」


 これでは彼女を完全に捕らえる事ができないのだ。

 理論構築では、相手が完全に屈服させる事は非常に難しいものだ。

 だから小説やアニメで見たりするミステリーの主人公達には、いつも感服させられた。

 改めて、この事件に介入して、それを思い知った。


「フフッ、でしたら――」

「だが、お前が犯人であるという理由は他にも幾つかあるんだよ」

「ど、どういう事ですか?」


 まだシラを切るつもりか。

 ならば、そっちが折れるまで続けてやろう。


「少し逸れたが、冒険者とお前の行動を一から振り返ってみると見えてくる」


 最初は冒険者が外に出てきた理由からだ。


「それは恐らく麻薬の依存症、つまりその冒険者は麻薬欲しさに外に出ちまったんだろう」

「だがレイ、その冒険者って確か情報提供者なんだろ? それなら麻薬を飲んでる事と矛盾しないか?」


 ダイガルトの意見には賛同したいところだが、残念ながらそれには穴がある。

 保護された冒険者について、仮に麻薬を摂取した時間が助かる時間までの十時間以内だったとしたら、話す事はまだできる。

 ギリギリの時間に助けられたから、中途半端に情報を提供してしまったんだろう。


「六時間が経過するまでなら、一応は普通に話せるさ。だが、それでもハイテンションによって、思考回路も鈍ったんだろうな、辛うじて喋れたのが『二本角のシルエット』についてだったって事だ。六時間が経過して徐々に喋れなくなり、十時間が経過すると廃人の完成だ。だから情報提供者であるって事が、イコール麻薬服用者じゃない、って訳にはならないのさ」

「じゃあ、救出された時にはもう身体が麻薬に侵されてたって訳ですか……何とも度し難いですね」


 ローランが呟いたが、軽くスルーして次に冒険者が何をしたのかという事を話す。


「さて、冒険者が麻薬を求めて外へと出た後だが、偶然にも麻薬を発見してしまったんだ」

「なっ――ここにも麻薬があったってのかい!?」

「いや、そうじゃない。実際には、麻薬に見えてしまっ(・・・・・・・・・)()って事だ」

「ど、どういう事なのですか?」


 フランシスとナイラの二人がこちらを見て催促しているような気がした。


「あ、その麻薬の幻覚作用ですよね?」

「正解だ、ユスティ」


 麻薬に含まれる幻覚作用が、恐らくそうさせたのだ。


「ナイラ、もう一度睡眠薬入りの瓶を見せてくれないか?」

「は、はい……どうぞ」


 彼女から受け取り、それを見る。

 やはり、限りなく瓶の形とかが似ているし、中身が違うのは色のお陰で分かるのだが、ラベルも何も貼ってないために見間違える可能性もある。


「さて、まず全員に聞こう、どっちが睡眠薬の瓶だ?」

「右手に持ってる方でしょ?」


 すかさずセラが答える。

 合ってる、正解だ。


「おいおい、俺ちゃん達を馬鹿にしてんのか?」

「いや、馬鹿にはしてないさ」


 ダイガルトの文句に軽く否定して、次の質問へと移る。

 だが、その前に俺はローランへと指示を出した。


「ローラン、電気消してくれ」

「は、はい」


 部屋の明かりが消えて、全員の顔が見えなくなった。

 魔眼を起動させれば嫌でも見えるが、呪術師にはそれができない。

 俺は作業台に二つの瓶を置いて、全員に問う。


「さて問題、この二つの瓶のうち、どっちが睡眠薬入りの瓶でしょう?」

「ど、どっちも同じに見える……」


 誰かが呟いて、実際に俺も見てみる。

 どっちの瓶に睡眠薬が入っていて、どっちの瓶に麻薬が入っているのか、一目見ただけでは分かりやしない。

 それが証明されたが、証明の裏付けのために何人かに聞いてみる。


「フランシス、アンタはどっちだと思う?」

「み、右の瓶、かい?」

「ならエレン、アンタに聞こう。どっちだと思う?」

「わ、私は左かな?」


 二人の意見が分かれたので、ここで種明かしをする。

 ローランが電気を付けて、俺達は答えを知った。


「み、右……でも、アタイも当てずっぽうだったから、分かんなかったさね」

「そう。犯人が犯行を行っている間、このギルドは暗闇だったんだよ。冒険者も錯乱してた上に幻覚症状に侵されていたとなれば、暗闇の中では麻薬瓶なのか睡眠薬入りの瓶なのかが分からなかった。だから間違えて飲んで、体内からは睡眠薬が検出されたって訳さ」

「成る程ねぇ、確かにそれなら納得だよ。けど、犯行時に何で暗闇だって分かったんだい?」


 そこは説明しなくても分かると思うんだが……

 まぁ、明らかにしとく方が良いか。


「じゃあフランシス、アンタが隠れて証拠を消す時、電気付けてやるか?」

「や、やらないだろうね」

「見つかる危険性を冒してまで証拠隠滅するってのは変だ。見つけてくださいって言ってるようなもんだしな。それに犯人が部屋に入ってきた時、部屋を明るくしなかったろ? だから呪詛を消去しようとしてる時、部屋は完全に暗かったって分かったんだ」


 部屋が暗い中で証拠隠滅に勤しんでいたのだ、周囲を見る事ができないはずだ。

 さっき逃げようとした時も、何処かにぶつかっていた。

 だから殺した相手も見えてなかったと思われる。


「話を戻すが、暗闇の中で冒険者は強烈な依存性によって麻薬を探したんだろう。そして暗闇の中で瓶らしきシルエットを見つけた。それが睡眠薬入りの瓶とも知らずに飲んだはずだ」

「そ、そして犯人は見られたって思った訳ですか?」

「そうだな。犯人の視点から見ると、睡眠薬入りの瓶を取りに来たって思ったんじゃないか? 麻薬をポンと置いとく可能性は限りなく低いだろうから、ナイラが置き忘れた薬を取りに来たって勘違いしたはずだ」

「でも、暗闇の中だし、だったら身を隠せば良かったんじゃないのかい?」


 エレンの説明は、普通ならば正解だろう。

 だが、ナイラに見られたとなると、少し話は変わってくるのだ。


「確かナイラは斥候職だったな。探索の魔法とかも使えるだろ?」

「は、はい……範囲は狭いですが、一応は」


 ダイガルトが前に探知していたのを見たし、斥候職なら足音や物音にも気付く可能性は大いにあった。

 この一室くらいなら索敵に引っ掛からないという事は絶対に有り得ない。


「そうなると見つかる可能性が高くなる。そう判断したであろう犯人は、自分の首に巻いたスカーフを解いて、それをナイラへと巻き付けて絞め、気絶させた。しかしナイラではなかった事に気付いた犯人は、自殺に見せ掛けようとしたんだろう」

「どっかに隠しゃ良かったじゃねぇか」

「いや、もしも犯人と同じ事になったら、俺も自殺に見せ掛ける。冒険者が睡眠薬を飲んだ事で、殺しやすくなったのは確かだからな、口封じのために殺すのは造作無いし、疑いを向けられるのは少なからず避けたいと思う」


 それに首に巻いて気絶させるだけでもかなりの力がいるだろうし、首に付いた痕跡を上書きする形で、自殺に見せ掛けると、一通り説明できる。

 だが、自殺にした理由の最大のところは、実は別にあると俺は思っていた。


「短剣で刺した方が良かったんじゃないのかい?」

「まぁ、アンタの言う通りだよ、フランシス。だが、それをしなかったのには理由があると思った」


 一度タルトルテを見るが、彼女は目を逸らして俺達を見ようとはしていなかった。

 だが、もう彼女の犯行は明るみに出たも同然だ。


「しなかった理由、ですか。私が犯人なら、短剣で心臓を刺しますけどね」

「いや、お前は短剣を使って心臓を刺す事なんざできなかったはずだ」


 あの時の事、そして事件の状況を思い出しながら、彼女に言い放つ。

 これで言い逃れはできない。


「だってお前……先端恐怖症だろ(・・・・・・・)?」


 その言葉で、全員が俺とタルトルテの顔を交互に見て、納得したり、逆に分からず首を傾げてたりしていた。


「な、何で……わ、私は普通に羽ペンとかで文字を書いたりもできますし、先端恐怖症だなんて――」


 そう言うと思った。


「『錬成アルター』」


 短剣を創り出して彼女の目の前に持っていくと、彼女は縛られたままで顔面蒼白となり、逃げようとジタバタし始めていた。

 涙を流して、彼女は懇願する。


「…ぃゃ……来ないでぇぇぇ!!!」


 全員が驚愕の顔に満ちている。

 それも仕方のない事、これも心的外傷トラウマの一種であるからこそ彼女は震えているのだ。


「先端恐怖症? 何だいそれは?」

「針とかの細いものを見た瞬間に精神的動揺が起こり、拒絶するトラウマみたいなものだ。彼女は短剣等の鋭利で尖ったものに過剰な反応を示していた。だから、短剣で刺殺する事ができなかったのさ」


 彼女は自分の症状を知っていた。

 それはつまり、彼女が先端恐怖症であると言ってるようなものだ。

 まぁ、今の反応を見れば分かる通り、彼女は針とかと言うよりは『短剣』に過剰反応を示しているように思えてならない。

 恐らくだが、幼少期に短剣で身体を滅多刺しにでもされた光景を見た、とかだろう。


「な、何で彼女が先端恐怖症だって分かったんです?」

「逆に聞くが、同僚のお前は知らなかったのか?」

「は、はい……初めて知りました」


 だとするなら、ずっと隠してきたのだろうな。

 だが、彼女は恐怖に陥っているため、短剣を腕輪へと戻して説明を続ける。


「犯人が二人いるって気付いた時、俺は地上で確かめたい事があってギルドに戻った。ミシェーラだったか、その女が受付嬢に殴り掛かってる時、タルトルテは自ら前に出ていたのを覚えている。しかし女が短剣を取り出した瞬間にコイツは尻餅着いて、ずっと異常な程震えていた。だからもしかしたらって考えたのさ」


 今も震えが止まらず、涙も流して、荒い息を漏らしているのだ。

 こんなトラウマを抱えているとは、難儀なものだな。

 短剣も手にできない程の苦しみを心に宿している訳だ。


「こ、怖いだけ、で……わ、私が犯人とは……」

「もう一つ、リノのギルドカードについてだ」

「ど……どういう、事……ですか?」

「リノはギルドで依頼を受けちゃいない。つまり盗んだりしなければ、お前にはギルドカードに触れる事すらできないんだよ」

「な、なら……私には、不可能ですね。私のポケットを見たら分かるでしょう」


 俺はタルトルテの職員服のポケットから、ギルドカードを取り出した。

 そこには呪術が掛かってなかった。

 やはり話を聞いてる間に消したようだ。


「そ、それには呪術は掛かっていません……ただ手に取っただけで――」

「馬鹿かお前、よく見ろ、リノのカードはこっちだ」


 俺は左手をポケットに突っ込んで、ギルドカードを取り出した。

 そこには本物のリノのギルドカードがあった。

 何故か分からない、と言ったように彼女は困惑した顔を晒していた。


「な、ならさっきのカードは――」

階層喰い(フロアイーター)に喰われた冒険者の荷物から拝借したものだ。最初っからリノのカードはケースに入れてない」


 四十九階層の壊れた宿からは、幾つかの冒険者の荷物が見つかった。

 その中の一つに呪詛付きのがあったのだ。

 それを拝借して、アタッシュケースに忍ばせておいたのである。


「リノのカードには微弱だが、未来予知を阻害する呪術が編まれている。だが、リノは一度もギルドでカードを出してない。そうだな?」

「あ、あぁ、ノア殿の言う通りだ」

「な、ならやっぱり、私には無理じゃない、ですか……」


 そう、彼女にはリノのギルドカードに触れる事はできないのだ。

 ただ一度を除いて。


「いや、一度だけギルドカードに触れる機会があったんじゃないか?」

「それはいつの事だい?」


 フランシスには分からないようだ。

 まぁ、普通に考えてダイガルトと俺が気付く事は無いのだが、ユスティやセラ達も分からなかったようだ。

 全員の視線が突き刺さる。

 答えろ、そう言ってるように見えたため、素直に回答しておく。


「ローラン達もいた関所さ」


 そう、もしもリノのギルドカードに触れられるとしたら、そこしかない。

 ちゃんとリノに言質取ってある。

 そこではタルトルテと、それからナイラが担当していたと言っていた。


「じ、自分達のいた? どういう事です?」

「入国時、関所で身体検査を受けた俺達は、荷物をローランに渡して透過装置か何かで検査してもらった。俺は偽装措置によって先にギルドカードを調べられ、ダイガルトはそもそもSランクで有名だった事と、リューゼン達にギルドカードを見せていたが、呪詛は掛けられてなかった」

「まぁ、確かにそうだったな」

「だが、女性陣はどうだ?」


 俺達は彼女達がそこで何をしていたのかを知らない。

 だからこそ、俺達は殆ど最後まで気付く事ができなかったのだ。


「確かに、ギルドカードを提示しました」

「我もだ。それから荷物は透過装置に掛けられ、セラ殿は入国のために仮身分証の発行をしていたな。その間は待たされたのを覚えているぞ」


 その間に隙があったのだ。

 そしてギルドカードには俺達の個人情報が入っているために、彼女達のギルドカードにも細工したんだろう。


「ユスティは狩猟神、セラは魔法付与師、二つ共犯人に繋がるような職業じゃないが、リノは案内人、未来予知者だからこそ、見えないように細工したんだ」

「関所で……成る程、自分も気付きませんでした」

「仕方ない。多分、偶然だったんだろう」


 その偶然が、彼女達には幸運だったはずだ。

 何故なら、ごく自然にギルドカードを拝借して、呪詛を仕込む事ができるのだから。

 だが残念、証拠はここに残っている。

 そして当直記録等を見れば、そこでしか呪詛を仕掛ける事ができなかったのだと、分かるはずだ。


「お前の授かった職業を教えろ。それで全てが分かる」


 もうこんな事は終わらせよう。

 彼女が犯人なのだと誰もが思っているし、リノのギルドカードが証拠品となる。

 全てが演技、良い人を演じていた彼女の化けの皮が剥がれた瞬間だった。


「……そうよ、貴方の言う通り、呪術師よ」

「なら、自分が犯人だと認めるんだな?」

「えぇ、もう繕ったところで意味は無さそうだし、ね」


 呆気無く、彼女は虚ろな瞳で自嘲の笑みを浮かべながら涙を流していた。

 何があったのだろうかとは思うが、それは俺には関係の無い事……いや、この女がどうして奇行へと走ったのか、知る事で何かが分かるかもしれないと、そう思った。


「なら最初に一つ質問に答えろ。何でワザワザこんな紙をばら撒いたんだ?」


 俺が出したのは、噂として出回っていた紙である。


『冒険者に睡眠薬を飲ませたのはギルドの受付嬢であるナイラだ。彼女は冒険者に薬を飲ませて眠らせてから、その場で冒険者の首を縄で絞め殺し、そして首を吊らせて無惨に晒したのだ。そして同じように、冒険者達を攫ったのは彼女である』


 こんな紙をばら撒いた理由を知りたかった。

 これによって首吊りではなく絞殺したという事、冒険者の首を絞め殺してから首吊りに見せ掛けた、という一連の筋道を教えるヒントとなった事、ここからは数多くの情報が眠っていた。

 こんな事をしなくても事件には辿り着けたであろうが、これをした事で更に疑いは彼女へと向けられた。

 目撃情報もあり、背丈は女性だと分かった時、やはりタルトルテが犯人だったのだなと、そう思えた。


「ナイラを犯人に見せる事で私が犯人じゃないって思わせようとしただけ……ただ、それだけよ」


 霊王眼は彼女の発言が正しいのだと感知したが、俺にはそれが本意には聞こえなかった。

 気持ちを隠しているような、そんな気がしたのだ。


「どうせ捕まるんだし、私を見破ったから特別に教えてあげる」


 彼女は唐突にそう言って自分の事情を、何故こんな行動に出たのかを話し始めた。

 それは聞くに堪えないものであると、俺達は後で知る事となる。






本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。

『面白い!』『この小説良いな!』等と思って頂けましたら、下にある評価、ブックマーク、感想をよろしくお願い致します。


感想を下さった方、評価を下さった方、ブックマーク登録して下さった方、本当にありがとうございます、大変励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ