第108話 答え合わせ3
俺達はその後、六日間を同じ屋根の下で過ごした。
セラは肉体的ダメージによって未だ眠りに着いており、俺は俺で呪詛が身体を蝕み続けているせいで六日間殆ど眠れない状況が続いていた。
ユスティ達も俺の様子に気付いてるのか気付いてないのかは知らないけど、目の下に隈ができてる事を指摘された。
「はぁ……まだ来ないのかよ?」
『悪かったねぇ、アタイ達が、む・の・う・で!!』
現在、俺は部屋で一人、ギルドカードを用いてフランシスと会話していた。
今回の事件について、一から説明しておくためだ。
そのためにワザワザ時間を取っておいて、部屋からリノとユスティの二人を退室させて、こうやって話に勤しんでいる訳だ。
「そう邪険にするな。それよりアンタに頼んでた例の、どうだった?」
六日振りに連絡したのは、単に殆どを寝て過ごしていたからだ。
身体をあまり動かせない以上、完全に回復するまで六日掛かってしまった。
苦痛は残っているが、呪術師が死ねば解決する問題だ。
だがフランシス達としては、ギルド内部に裏切り者がいるという事に憤りを感じているはずで、それを話して良いものかと迷っていた時間でもある。
六日前、セラと戦った後に俺はフランシスと少しだけ話して、それから頼み事を一つしていた。
『そうさねぇ……正直、信じたくない結果が幾つか出てきちまったよ』
「ほぅ、なら教えてくれるんだよな?」
『あぁ、お前さんのお陰で事件の半分は解決できたんだ。話してやるさ』
半分、聞こえは良いが、裏を返すと半分まだ解決できてないだろって事だ。
悲しいがここに閉じ込められているために今は休養中であり、錬成を使えば地上に戻る事ができるのだが、もう少しこのままでいる事を決めていた。
一つはセラが未だに目を覚さないためだ。
それからルンデック……いや違うな、ドルネの持っていた物が関係している。
(これ、どうすっかなぁ……)
テーブルに置かれている二つの代物を見て、俺は考え始める。
これを地上に持っていくかどうか、未だに迷っている。
テーブルに置かれている二つの代物、片方はルンデックの持っていた大量の麻薬瓶、そしてもう一つが誰かがドルネに宛てた手紙だ。
内ポケットから見つけたのを拝借し、読んだ。
『ドルネ君へ
君がこの手紙を見てる頃、私はもうこの世にはいないでしょう。私だって君達と一緒にいたかったんだけど、彼等のせいでもう時間が無いから……だから最後にこれだけは言っておきたかったの。ドルネ君、ごめんね。それから――』
最後の方が水に濡れたかのように、ふやけてしまっているため読めなかった。
いや、その前にミミズが這ったような字体だったので、読みにくかったが何とか解析できた。
急いで書いたと伝わってくる。
だが、これがドルネの動機になるのではないかと思ってフランシスに至急調べて欲しいと頼み、一つ確認してもらったのだ。
『最初に、そのドルネって奴は元『蒼月』のメンバーだったよ。パーティー申請書類に名前が書いてあったんだ』
「そうか」
『驚かないんだねぇ。知ってたのかい?』
「いや初耳だ、俺が知ってる訳ないだろ。それより続きを教えてくれ」
俺が知りたい事は二つあるが、動機になったなら可能性としては……
『全部アンタの言う通りだったよ。八ヶ月前に『蒼月』の中で一人だけ、失踪者が出てたよ』
「ソイツの身元は?」
『シェルーカ=ダウナー、確かにギルド職員の一人と血縁関係にあったよ』
失踪者というのはもしかすると誰かに殺されたのか、或いは何か事件に巻き込まれたのか、十中八九前者なのだろうけど、その人物のために復讐する事になったのだとしたら、『蒼月』を喰らったという事も頷ける。
ダイガルトもこれを知ってたのか?
いや、知ってたなら何で言わなかったのだ?
失踪事件の最初の被害は上層で起こっているため、その事を含めると最初に『蒼月』を狙ってないというのは、準備期間のために使ったのだろう。
そして犯行に及び、更に麻薬によって歯止めが利かなくなった。
「失踪者って話だが、それって本当に失踪だったのか?」
『失踪届けが衛兵詰め所に提出されてたのさね。だから正直言って犯人の動機が分かんないのさ』
「そうか……」
失踪の謎、そのシェルーカという女が事件の動機となる部分だと思うのだが、その彼女が事件とどのように関連しているのかは知らない。
失踪している事から、話を聞けない。
是非とも話を聞きたかったが、どうやらまだ見つかってないらしく、それはもうこの世にはいないという事なのだろう。
(『蒼月』絡みか……それぞれの思惑が交錯してるってのはマジ面倒だな)
それぞれがそれぞれの考えの元、行動している。
だから何があったのか、どうしてそんな行動に出たのか、何を目的にしているのか、等が様々であるために俺は困惑している。
今回の事件は『悪夢の七日間』のような分かりきった動機ではなく、複雑な過去が絡み合って形成されたものだ。
『それからもう一つ、こっちでも気になった事があったもんだからさ、調べたんだよ』
「調べた? 一体何を?」
『プルミットから聞いてるよ。麻薬についてさね。今はお前さんが持ってんだろ?』
隠してたのに暴露したのか、あの女……
本当なら国に申請書を出したりして初めて所持できるような危険物であるのだが、特例とかの特殊条件が許されている訳ではないので、本当は犯罪に手を染めている真っ最中なのだ。
『安心しな、すでに国に事情を説明して許可は取ってあるさね』
「そうか……で、何か分かったのか?」
『麻薬売買の取引の人物がいる事と、麻薬の運び込まれた経路だよ』
密輸経路が分かったのか?
それは凄いお手柄だな。
ネット社会とは違って、この世界は魔法が発展した魔法社会と言っても過言ではないため、追跡魔法のような能力を駆使して見つけたと推測した。
「取引の人物って事はやはり、犯人達と売買した奴がいたんだな」
『あぁ、いたさ。けど……』
歯切れ悪そうに、彼女は言葉を失っていた。
逃げられた、そう即座に推測できたのだが俺から聞く事でもない。
そのため、彼女の言葉待ちだ。
ギルドの失態は即ち、ギルドマスターとしての責任に繋がるだけでなく、冒険者の質やギルドという存在価値が揺らぐだけでは済まない大事なのである。
だから、逃げられた失態を冒した、これを一般市民である俺に伝える事に抵抗を感じたのだろう。
一向に話そうとしないため、俺の方から口を開く。
「んで、犯人の特徴とか、何か情報は無いのか?」
『一つだけあるよ。その犯人の行き先がサンディオット諸島だったのさ』
「……そういう事か」
海洋貿易国として栄えている諸島は、麻薬の密輸がしやすい場所なのだ。
それに密猟や領空侵犯、そういった問題もあると聞く。
そこで網を張ってれば、もしかしたら引っ掛かるかもしれないと思っているようだ。
(また厄介事に首突っ込んだみたいだな、俺……)
見つけなければ良かったと、溜め息を漏らした。
悩みの種が新たに芽吹いてしまった。
麻薬売買に関する法律とかは国が決めているのでギルドの仕事でもないだろうし、国からの指名依頼があったとしたらSランク冒険者くらいでないと受けられないだろう。
『その売買人は全身をローブで隠してたから、犯人に繋がる手掛かりは無いだろうねぇ』
「そうか」
犯人の特徴は何も外見だけではない。
足跡の大きさや歩き方、癖、歩幅、足音、それ等を総合すると相手の身長とか体格とかもある程度推測できる。
そこまでは調べてなさそうだな。
まぁ今は呪術師に関する事と、それから動機について調べなければならないため、麻薬売買人に関しては今は放置する他ない。
(後は犯人に聞くしかないか)
水平思考ゲームでは少ない情報からストーリーを推測する謂わば連想ゲームだが、こちらが考えても証拠そのものが手に入らないのだから、今持ち得る少ない手掛かりからストーリーを考えられるかと問われれば、ハッキリ言ってほぼ不可能だと理解してしまう。
正解も不正解も言ってくれる人間がいない。
それに俺から質問できるのは、今のところフランシスのみだ。
「フランシス」
『ん? 何だい?』
「下手に動くなよ。尻尾掴まれたら斬り捨ててでも逃げるようなクズだ。確たる証拠は無いから、悟られればその時点で俺達の負けが確定する」
この会話が盗聴されていないとも限らない、そう考えた俺は因果を操作して盗聴できないように細工した。
フランシスのギルドカードにも呪術が仕込まれていた場合を考えての措置だ。
(いや、プルミットと会話したって言ってたし、ギルドマスターは誰かにギルドカードを手渡したりしないはずだ。それは無いか)
念の為と考えておこう。
『じゃあどうするのさね?』
「俺に考えがある。証拠が無ければ向こうから出させれば良い。だからアンタは救援に向かってる冒険者と連絡取って早めに救助を頼みたい」
『現在は四十二階層にいるらしいから、もう少し待ってて欲しいねぇ』
結構な速さで攻略しているようだ。
『大穴が空いてるせいなんだろうねぇ、全然モンスターが出ないって連絡だよ』
緊急で閉じ込められた四十九階層とは違って、上の階層では穴がゆっくり閉じ続けているそうで、かなり探索が楽なのだとか。
もしかしたら俺達を閉じ込めるために、一時的に穴の修復作業を遅らせた可能性もある。
(ホント、ダンジョンって不思議だよなぁ)
明日には救援が到着するだろうが、迷宮壁を解除できるのは今のところ俺だけだろう。
セラは眠り続けてるし、快復したところで彼女の竜火砲では壁を壊すってだけだから階段を作ったりとかはできないはずだ。
こういったのは、非戦闘職である錬金術師の役割だな。
「じゃあ、明日にはそっちに行けるのか?」
『それはダンジョン次第だねぇ』
それもそうだな。
転移ポータルが回復していれば、こんなにも救助が遅くなる事も無かったし、俺だって万全の状態からは程遠い。
だからセラの身体を休ませるため、という体裁の元、俺はこうして休んでいる。
「とにかく分かった。まぁ、少しの間待っててくれ。呪術師に関しては俺が対処する」
『……そうしてくれると助かるよ』
何処か憔悴しきったかのような声色だったので、きっと彼女の方でも苦労の絶えない何かがあったのだろう。
身体に呪詛が溜まっているせいで動くのもかなりキツいため、一度殺してから蘇生させて、それから話を聞くのが一番手っ取り早い。
蘇生させる時、椅子にでも縛り付けておけば拷問しやすいだろうな。
「俺の蘇生能力は知ってるな? 俺は犯人の悪足掻きでセラに埋め込まれた呪詛を引き剥がして自分に定着させたから、身体が回復を阻害してるんだ。それでだ、身体に刻まれた呪詛を消すために呪術師を殺すつもりでいるが、それでも良いか?」
もしも拷問しても呪詛が消えなかった場合、俺は彼女を殺さなくてはならない。
(……日本じゃ完全にアウトだな)
人を殺すという行為は、人の持つ尊厳、人の歩んでいたであろう未来、人の存在する全てを奪う事である。
この世界では命は軽い。
だからこそ、俺の殺人に対する感覚が麻痺しているのかもしれない。
人を殺しても何も感じない。
それに、すでに何人も殺してる。
俺の手は真っ赤を通り越して、真っ黒に染まってしまっている。
『……後で生き返るのかい?』
「あぁ、ちゃんと蘇生させる。とは言っても、先に犯人かどうかを確かめる可能性とか、不測の事態もあるから確実に殺すかと聞かれたら微妙なところだがな」
順序良く事が運ぶとも限らないため、呪術師を殺す事ができないかもしれない。
殺して捕まえる、それを第一目標とし、逃げられず、更に欲を言えば何もできない状況に追い込むのが一番安全となる。
呪術師の能力は未知数だ。
俺も数える程しか見た事が無いので、どんな能力を持っているかは殆ど知らないのだ。
(知ってる事と言えば、呪術探知は呪術にしか反応しないってところか)
呪術師は呪いを操る職業であり、例えば生命反応を探知する事はできない。
操るってだけで呪術以外を探知している訳だから、無反応となる。
それを解消したのが、呪術付与によるギルドカードの利用、ギルドカードに刻まれた呪術を探知して見つけ出せるというものであり、それを解除できるのも掛けた本人だけだろう。
だから、ワザワザ地上にまで持ってかせる。
『じゃあ、また明日連絡するさね』
「おぅ」
そして、今日の通信は終了した。
明日には救援が到着するという事実が本当なら、俺も準備しておかなければならないかもしれないな。
この迷宮の壁は普通では壊せないはずだからだ。
「はぁ……」
溜め息が吐き出される。
仕事がどんどんと増えていく気がするが、最早考えても無駄なのは分かりきっているので、俺はポケットに仕舞ってベッドから這い出る。
身体に激痛が生じて苦悶の表情を浮かべるが、誰かがドアをノックする。
「入ってくれて構わない。誰だ?」
『我だ、リィズノインだ』
リノが俺に何の用だろうか?
とにかく部屋に入ってもらい、同じくセラの心配によって目の下に隈ができてるリノを丸椅子に座らせた。
「ノア殿、今回の事件で疑問に思った事があってな、三つ程聞いても良いだろうか?」
「まぁ、答えられるなら答えるけど……」
身体に残る激痛を勘付かれないように、平静を繕ってリノの質問に耳を傾けた。
しかし、ここまで事件について聞きたがるとは、どうしてかと疑問はあるが、ここは気にせずに彼女の質問に答えようと決めた。
「最初に、何故犯人は急に溶けたりしたのだ?」
傍目から見たら、俺が名前を聞いてから急に溶け始めたようにしか見えなかった。
だから、その質問に簡単に答えておく。
「呪術師の仕業だ……多分、バレた時のために保険を掛けてたんだろうな。それも奴に気付かれずに」
それに、奴の最後の言葉も気に掛かる。
お前等に対する復讐だと、奴は言っていた。
俺個人に対する復讐ならまだしも、俺達十四人に対する復讐と捉えると違和感が拭い切れない。
「で、二つ目は?」
「あぁ、犯人は一体何がしたかったのだ?」
動機の部分か。
それは分からないが、一つ言える事は『蒼月』というパーティーと関係しているのは確かだが……
奴が何をしたかったのかは謎だが、麻薬を服用していた事や、さっきの手紙も関係してくるのかと思い、思考を巡らせる。
そして一つの可能性に行き着いた。
(そうか、麻薬を服用していたなら幻覚とかが見えてても可笑しくない。摂取後六時間が経過してから、幻覚作用も発作として起こるなら、溶け始めの時に言った『何故』という言葉は、共犯者に裏切られた意味を理解できないがために口に出たのではなく、俺達が『蒼月』に見えたために出た言葉だったのか)
ならば、『蒼月』というパーティーの行動を調べれば見えてくる事もあるはずだ。
まぁ、どうせ痕跡を揉み消した跡があるだろうが、調べないよりはマシというものだ。
「で、三つ目は?」
「うむ。オリーヴ殿も言ってたように、どうやって階層喰いを殺したのか、それが疑問なのだ」
普通には殺せない、それは奴に魔石が無いからだ。
つまり何処かに心臓部があるはずだと思ったのだが、そこで新しく割り込んできた男が一人。
「奴に心臓なんて無ぇよ。あれは迷宮が生み出したモンスターだ、動力源とかが無くても生きられるようになってんだ」
部屋にいつの間にか入ってきて、そして会話にしれっと参加しているこの男、ダイガルトもモンスターについての知識は持ち合わせている。
流石はSランク、大したものだ。
そしてダイガルトの説明で、何となくだが殺した方法が分かった気がした。
奴ならばできるのではないか?
「俺の推測でしかないんだが、死霊術師の仕業じゃなくて呪術師が呪いを掛けて殺したんじゃないか? そして死霊術師が呪い殺されたモンスターを操っていた」
だからモンスターから、呪詛が大量に溢れていたのだと思った。
倒し方は俺のような完全分解や、呪いを自在に操れる呪術師ならではだろう。
少なくとも死霊術師には無理だ。
あれは死霊を操る事に長けた職業だ。
つまりは、呪術師という職業が必要不可欠となり、もしかしたら仕事していない休日を利用してダンジョンへと潜ったりしてたはずだ。
「他には何かあるか?」
「いや……我はもう大丈夫だ」
じゃあ、飯を食いに行こうかと思っていると、後ろからダイガルトに質問を投げ掛けられる。
「なら、俺ちゃんから良いか?」
今度はダイガルトか。
何を聞かれるのかと思っていると、質問されたのは俺の身体についてだった。
「ノア、身体は平気か?」
その言葉で意図が伝わってきた。
「いつから気付いてた?」
「セラの嬢ちゃんと戦った後だな。偶然お前の部屋の前を通った時に苦しそうな声がドア越しから聞こえてきて、少しだけ覗いたんだよ」
痛みと格闘している最中は能力を全て切っているので、襲われる心配も無いだろうしと安心しきっていた。
まさか見られているとは、不覚だ。
いや、もしかしたらダイガルトは初めから気付いてたのかもしれない。
「どういう事なのだ?」
「セラの嬢ちゃんから呪詛を引き剥がして自分の身体に定着させたんだよ、コイツは。つまり身体に相当な激痛が生じているはずで、痩せ我慢してんだよ」
どうやらダイガルトに隠し事はできなかったらしい。
それでも今はようやく、一応動けるようにはなっているのだ。
問題無いはずだ。
「な、何て無茶を……何故教えてくれなかったのだ?」
「別に、我慢すれば良いだけの話だから、ワザワザ言う必要が無かったってだけだ」
「それは……セラ殿にも同じ事が言えるのか?」
セラなら、呪詛に侵されていたから苦痛を感じていた事だろうし、その痛みも理解している。
殺してくれ、そう彼女は言ったのに対して俺はセラから呪詛を引き剥がして激痛を背負ったのだ。
当然そんな事、言えるはずもない。
六日間も、四六時中ずっと同じ苦痛が続いている。
セラに言えば当然ながらに心配したり、或いは罪悪感とかも芽生えるのではないだろうか、そう考えたら説明する気は失せた。
「セラには言うな。勿論、他の奴等にもだ」
「承知した、約束しよう」
「分かったよ、俺ちゃんも黙っとく」
それでも腑に落ちないと二人の顔に書いてある。
どうせ最終的には治るだろうし、結局は痛いだけ、自分の身体を犠牲にしただけだから何も問題無いし、誰にも迷惑を掛けたりしない。
それなら良いではないか。
「そういう問題では無かろう。ユスティ殿も言わないだけで察しは付いてる。もう少し自分の身体を労われ」
「そうだぜ、自殺行為だ」
「あの時は、ああするしか方法は無かった。最初は殺すつもりだったが、それができなかった」
自分の心に迷いが生じている。
ウォルニスという人格が人を助けるための『善』とするのならば、ノアという人格は人を殺めるための『悪』という事になる。
だが、全てを助けられるだけの力を有していない。
不完全な善、不完全な悪、それが今の俺であり人間の限界でもある。
「なぁリノ、ダイトのおっさん……俺って一体、何なんだろうな?」
その顔にはきっと、表情なんて貼り付いてないのだろう。
俺がこの世界に産み落とされた事に意味があるのか、それを探し続ける。
それが俺の旅、終わり無き道である。
傷付きながら歩いていく俺は、一体何処へと向かっていくのだろうか……
翌日となり、ダンジョンに閉じ込められてから九日目となった。
昼間に救助が来たのだが、そこからが大変だった。
五十階層の後の五十一階層に転移ポータルが無かったために俺達は地上へと登っていく事になった。
救助に来たのは有名な冒険者達であり、殆どがA、Sランクだったのだが、中には一度逃げた奴も何人か見受けられて口論となったりしていた。
口論というのは参加したメンバーのうちのナフォルジア姉妹、それからフィンガー姉弟、そして『獣王の館』メンバー達であり、口喧嘩がよりヒートアップしている中で、俺はセラの部屋にいた。
「下が騒がしいわね……」
「そうだな」
セラは救助が来る直前、目を覚ました。
そして明らかに落ち込んでいた。
「途中から何も覚えてないんだけど、何があったの?」
「犯人が、近くにいたリノへと注射器で階層喰いの細胞片と呪詛を注入しようとしたところ、お前が間に入って攻撃を代わりに受けたんだ」
そして巨大な龍へと変化して、俺は何度も死の淵を彷徨う羽目になった。
彼女のブレスを真正面から受け止めるのは流石に骨が折れるところだったため、二度とあんな無茶振りは御免被りたいと思っていた。
実際には、こんがりと骨まで焼けた、が正しいけど。
階層喰いの光線よりも強力だったので、油断してたら俺の身体に大きな穴が空いていた事だろう。
「安心しろ、お前の身体に定着してた呪詛は俺が解呪しておいたし、細胞片も完全に分離したから、お前の身体には何の影響も無い」
「そ、そう……」
落ち込んでいるのだが、それは彼女が悪い訳ではない。
だから落ち込むな、と言いたいところなのだが、龍神族としてのプライドが邪魔をする。
最強の種族として彼女達は負ける事が何よりも悔しいのだろう。
「迷惑掛けたわね、レイ」
「まぁ、気にするなとは言わないが、今回はリノを庇った結果なんだ。だからもう忘れろ」
その方が悩まずに済む。
後は俺の身体だけ、リノには口止めしてあるのでセラに気付かれないようにしよう。
立ち上がって俺も一階に向かおうとしていると、毛布を鼻辺りまで引っ張ったセラが俺の方をジッと見てくるため、その視線に気付いた。
振り返ると、彼女は瞳を潤ませて何かを言いたそうにしている。
「れ、レイ」
「何だ?」
身体が衰弱しているから、気持ち的に気弱になっているのかもしれない。
だから俺にここに残ってほしい、とでも言うかと思っていた。
「そ、その、ね……あ、ありがとね」
まさか感謝されるとは思ってなかった。
ユスティに頼まれて、自分でも殺すか迷った結果でしかないのだから、その感謝の気持ちを受け取れない。
だから俺は彼女の気持ちを背に受けて、何も言わずにそのまま扉を開けて出て行った。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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