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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第三章【迷宮都市編】
113/276

第107話 答え合わせ2

今日は二話投稿しましたので、まだ読まれていない方は是非、第106話からお読みください。

 二人目の犯人について、全員が感情に付いていけずにいる中で、最初に意見を発したのはルンデックだった。


『二人目だと? 何処にそんな証拠がある?』

「良いだろう。なら、順序通り謎を紐解いていこうか」


 犯人の名前をここで出すつもりは無いのだが、それよりも犯人の行動について全て説明しておこう。

 こちらは本当は冒険者が知る必要の無い事実だからな。


「まず、俺達はここまで迷宮を探索しながらモンスターを倒してきた。そして手に入れた魔石がこれだ」


 アイテムポーチから一つの魔石を取り出した。

 微弱な呪詛を放っているが、これをよく見てみると内部に文字が配列されている。


「これは死霊術師ではなく、呪術師の仕業である事を示唆している。死霊術師の職業を持ってるお前には、こんな複雑な配列を刻む事はできない」


 呪術に関する遺物も無い訳ではないが、他の事も含めると呪術師が組み込んだと捉える方が辻褄が合う。

 それに呪術を使える魔導具を『呪具』と言うのだが、使用者に呪いが罹ったりするので、使える者は少ないし、使えば俺の魔眼が感知する。


「四十二階層で戦ったフレアレオの魔石をギルドに回してもらった。フランシスが言うには、人を襲う命令、それから死んだ場合に即座に死霊術師と繋がれるようにパスが築かれてたらしい。蘇った後は、死霊による自動操作だったそうだ」


 この魔石からも呪詛が見られるが、今回の事件はモンスターの魔石に仕込まれていた呪詛が原因だった。


「四十四階層から四十七階層までモンスターが現れなかったのは、ダンジョンが大穴の修復を優先しているのと、すでにポップしていたモンスターが上層へと逃げていた事が原因の一端だろう」

「何で逃げてたって分かるの?」

「モンスター全てに呪詛が仕組まれてた。そしてモンスターの大群が押し寄せてきたのは、階層喰い(フロアイーター)も呪詛を扱い、ソイツに喰われたくないって本能に従った結果なんだろう。しかしまぁ、これは俺の単なる予想でしかないがな」


 と、説明するが、本題はそこではない。


「行方不明者は全員顔が知れてる。それに階層喰い(フロアイーター)の身体に大量の顔が浮かび上がっていたところから、ルンデックの顔写真付きプロフィールを紛れ込ませたのも、フラッタ犯人説を信じ込ませるためでもあったんだろうな。その紙を仕込んだのも十中八九共犯者だ」

「そう言えば、フランシスも知らなそうだったわね」

「あぁ、呪術師の目的は知らんが、テメェ等は互いに協力して階層喰い(フロアイーター)の実験を繰り返し、呪術操作もできるようにした。その呪術操作、呪術師に関しては行方不明者リストに無かったものだ」


 だから共犯者の存在を知覚できた。

 本当は、リノ達とした『悪夢の七日間』から一つの可能性を見出だした訳だが。


「リノ達にした会話の中で、今回の事件に複数の犯人がいる可能性について気付いたのが最初だった。そこからは二人の犯人が潜んでると考えて、視点を切り替えた」

「な、何が何だかさっぱりね……」


 と、ここでプルミットが知恵熱を上げたらしい。

 混乱しているのだが、二人いると分かった途端に説明を始めたので、仕方ない。

 簡単に噛み砕いて説明していく。


「この地下世界は広大なマップだ。そんな中で階層喰い(フロアイーター)がピンポイントで冒険者を見つけて喰らうなんてできると思うか?」

「確かに……普通なら無理ね」

「ですが、探知能力も持ち合わせていたのでしょう?」

「オリーヴの言う通りだが、階層を跨いだ探知には限界がある。だが、呪詛で探知してたとしたら? 階層に大穴が空いてたのも立体探知できるようにして空けたものだったとしたら、どうだ?」


 呪術で探知できるのか、それは普通には無理だ。

 職業を知ってる者ならば無理であると即座に気付ける不可視の罠。


「姉さん、これって無理だよね」

「そうね、呪術師は普通の生体探知は不可能。呪詛で探知できるのは呪詛のみだからね」


 ナフォルジア姉妹の的確な指摘に、ルンデックが笑みを浮かべるが、それをバッサリ斬り捨てる。


「だが、それができるとしたらどうだ?」

「「「ッ!?」」」


 途端に三人の顔に変化が訪れる。

 俺はリノからギルドカードを借りて、それを提示する。


「これは……ギルドカードよね?」

「単なるギルドカードじゃない。そこには呪術が仕込まれてる」

「なっ――いつの間に仕込まれた? 俺ちゃん達は基本的に一緒だったろ?」


 俺達が一緒に旅してきて、呪術を仕込まれる隙なんて殆ど無かったはず。

 その事にダイガルトが意見する。

 しかしながら、リノのギルドカードには呪術があった。

 いつ、何処で、どうやって呪術を仕込まれたのかは予測がついてる。


「そうだな。それがいつかは分かってるが、それよりもどんな内容が仕込まれてるか、問題はそこだ」

「内容?」

未来予知の妨害(・・・・・・・)、それがリノに仕込まれたものだ。だから、この国に入ってから未来予知が作動しにくかったんだ」


 そして大穴近くで未来予知が作動した理由、それは魔力場が呪術と反作用を引き起こして一時的に使えるようになったのだと推察される。

 だがしかし強力な呪術であるため、一時的に未来が見えるようになったと言っても未来予知が中途半端に途切れていたという事だ。

 霊王眼で解析した結果でもある。

 呪術の文字の種類・配列によって効果が変わる、それは魔法と同じ原理だ。


「だからレイ殿はあの時について聞いたのだな?」

「そうだ」


 ギルドカードを見せてもらった時に彼女に聞きたい事を一つ聞いたのだ。

 だから、犯人も誰なのか特定できている。


「それで、このギルドカードが何だって言うのよ?」

「ギルド職員に紛れてるって言ったろ? つまり、冒険者のギルドカードに細工する事は簡単なんだよ」

「……そうか、だから階層喰い(フロアイーター)が冒険者の持ってる呪術を探知して見つけられたのね?」

「そうだ。そして冒険者の荷物が残されてた理由も、これで説明できる」


 階層喰い(フロアイーター)に冒険者を喰わせて、荷物を全て置いていった。

 それはギルドカードを荷物の中に紛れ込ませるためであり、同時に犯人が紛れ込ませたという事実をカモフラージュするためだ。

 ギルドカードを紛れ込ませたのは、冒険者の手で地上へと持っていってもらうため、そしてギルドカードが運び込まれるという事は、ギルドにいる共犯者が証拠を消すという一連の筋道を立てられる鍵となる。

 だから、必ず荷物がギルドに届くようになっていた。


「荷物の中にギルドカードを忍ばせて置いとくだけで、他の冒険者の手によって自動的にギルドに運び込まれる。自分で運ばずとも荷物に入れとくだけで、勝手に証拠を隠滅してくれる仲間に持ち込まれるんだ。犯人がお前一人だったら、こんな事する意味なんて無いんだよ。なぁルンデック、そうだろう?」

『……』


 感情を隠しきれていない犯人が、俯いたまま震えていた。

 確信へと近付いている。

 俺に犯人が突き止められるが怖いのか、それとも麻薬でも使用してる禁断症状か……

 犯人が二人いる事で、幾つもの可能性が芽生えた。

 迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)を引き起こしたのは何でなのかは知らないが、階層喰い(フロアイーター)にモンスターを喰わせるためだったら一応の筋は通る。

 それなら、直接的に呪術を付与するよりも瘴気を蓄積させられるだろう。

 他にも、迷宮の崩壊現象に偽装して大穴を空け、呪術探知についてから目を逸らす効果もあったかもしれない。


(四十四階層から下の階層にモンスターがいなかったのは、階層喰い(フロアイーター)が共喰いしたからか?)


 そして四十八階層で俺達の目の前に現れた。

 偶然だったのかもしれないが、それならば瘴気を大量に孕んでいたのにも説明が付くのだ。


「呪術によって冒険者の位置が特定され、喰われた冒険者のギルドカードを荷物に紛れ込ませ、それから地上で呪術の痕跡を消した、これが失踪事件の一つの絡繰りだな」


 これで基本的な説明は全てしたはずだ。

 まだ謎の部分も見受けられるのだが、そこは別に謎のままで良い。

 大事なのは、今回の事件の犯人が誰なのか、という点にあるのだから。


『いつからだ? いつから全てに気付いていた?』

「ギルドに戻った時だ。あの時に誰が犯人なのかも分かったし、麻薬を見つけた時とセラが香炉を手にしてた時、俺の中にあった疑問が全て解消された」


 事件の全貌としては、こんなところか。

 とにかく、これで奴が犯人である事は証明された訳なのだが、その前に一つ聞いておかなければならない。


「何よりテメェ自身、名前と職業がそもそもの証拠となる。だから、もう一度聞くぞ?」


 殺意を目の前にいるルンデックへと向ける。

 俺も万能ではないので、もしかしたら違っている可能性もある訳だ。

 そのため、俺は確証を得るために奴へと質問する。


「お前の本当の名前と、それから授かった職業を答えろ。それで全てが終わる」

『……』

「答えなかった場合も同じだ、それは肯定と捉えられ――」


 その瞬間、目の前で不可解な出来事が発生した。

 ルンデックの身体から蒸気が出てきているため、何かの予兆かと思ったのだが、ここで突如リノの未来予知が飛んでくる。


「ノア殿!! 犯人が溶けてくぞ!!」

「ッ……そういう事か」


 霊王眼で確認してみると、脳裏に呪詛が仕組まれていたらしい。

 それによって自分の正体がバレた時に死ぬようにプログラムされていたのだろうが、共犯者に裏切られてしまうとは、その共犯者に操られていたのかもしれないな。


(つまり犯人は二重に傀儡化してたって訳か)


 呪術師がルンデックを操り、そしてルンデックが死霊を操っていた。

 二重傀儡が目の前で起こっているのだが、そう考えている間にも全身の穴から血が噴き出していき、彼の身体が少しずつ溶け始める。

 そして俺達を見て目を見開いていた。


「な……な、ぜ…」


 掠れたような声がルンデックから聞こえてきた。

 という事は彼は共犯者ではなく命令されていた、そして呪術によって脅されていた?

 いや違う、呪術師が共犯者のフリをしてたのだろう。

 ルンデックを騙して犯人に仕立て上げ、実行犯に見立てたのか。


「『大氷角(ホーンベルク)』!!」


 地面へと手を着いて、氷の精霊術で犯人を凍らせる事にする。

 その氷棘がルンデックを襲い、完全に氷結化させる事ができたと思ったが、その氷結がルンデックに触れそうになるギリギリのところで弾かれる。

 呪術で弾いたのか?

 そう考えていたのだが、ルンデックは身体の熱によって全身焼かれた激痛に苛まれているように見え、どんどんと溶けていく。

 人間が溶ける様子を全員が見ている中で、彼は最後の一仕事をと考えたのか、一番側にいたリノへと目を向けた。

 嫌な予感がした。

 悪意を肌で感じ取った。

 そしてリノへ『逃げろ』と叫ぼうとする前に、ルンデックが何か注射器のようなものを手に持っており、彼女へと刺そうとする。


「リノ!!」


 俺よりも先に動いていたのは、第六感が働いたからであろうセラだった。

 彼女がリノを庇って抱き着き、背中を晒す。

 その背中に向かって注射器の中身を注射したルンデックは、涙を流しながら掠れた嗤い声を上げて狂気的な目で俺を見た。


『止めれるものなら止めてみろ。これが……お前等に対する復讐だ!!』

「復讐だと? 何を打ち込んだテメ――」


 胸倉を掴もうとしたが、それは叶わなかった。

 何故なら、ルンデックの身体が完全に溶けてしまい、服が地面へと落ちてしまったからだ。

 俺達に対する復讐?

 俺が犯人を暴いた事に対してなのだとしたら、俺に対する復讐なのは分かるが、俺以外も含まれている。


「セラさん!!」


 ユスティの声でハッとする。


「うぁ……」

「おいセラ、大丈夫か?」


 彼女へと近付こうとすると、突如として俺の第六感が働いた。

 隣にいたユスティがセラへと手を伸ばすが、しかし俺は彼女の手首を掴んで静止させる。

 駄目だ、近付くのは……


「『錬成アルター』」


 二刀を錬成する。

 冷や汗が頬を伝っていき、握る手が強張る。


「ご主人様……一体何を――」

「セラを殺す」


 このままだとセラによって全員が殺されてしまうのだという予感がした。

 何故そう思ったのか、それは次の行動で証明された。

 人影が動いて、俺は咄嗟に防御に徹する。


「あぁぁ!!!」

「グッ!?」


 セラが俺に向かって攻撃を仕掛けてくる。

 大振りのパンチを防いだ事で、俺は壁をぶち破って外へと飛ばされてしまう。

 予想以上の力で、手が痺れて短剣が握れない。

 地面へと短剣が突き刺さった。


「おいセラ……」


 返事は無く、ただ彼女は唸り声を上げ、咆哮する。


「うぅ……ガァァァァァ!!!」


 彼女の身体が膨張して、ボコボコと身体が変化していく。

 翼や尻尾、身体が光り輝いていき、閉じていた目を開けるとそこには、本物の龍が立っていた。

 赤いフォルムに、エメラルドグリーンの瞳、そして龍の角が特徴の大きな炎龍だった。


「セラ殿……」


 霊王眼は、セラの体内に何が埋め込まれたのかを教えてくれた。

 階層喰い(フロアイーター)の残り少ない細胞だ。

 注射器の中身を彼女へと注入して、そしてルンデックは共犯者の裏切りによって死んだ。


(殺すしか無いのか?)


 自我を失っているためなのか、彼女が壊れた瓦礫を大きな龍爪で攻撃しており、混乱しているような行動にどうすべきか思考を働かせる。

 無作為に攻撃している中でも、セラが未だに抵抗してるようにも見える。

 それは彼女が建物へ攻撃してないからだ。

 だからこそ助けるべきなのか、それとも殺すべきなのか迷ってしまい、気付けば彼女の名前を叫んでいた。


「セラ!!」

「……れ、ぃ……」


 まだ意識はある。

 それから彼女は今、身体のエネルギーを常時大量消費している状況であるため、しばらくすれば死ぬ。

 生命力をエネルギーに変えてる訳だから、一時間もすれば全生命力を使い切って消滅するだろう。


「お、ぉね…が、ぃ………ごろ……じ、て…」


 大粒の涙が零れ落ちる。

 それは懇願、大好きな人達を殺すならばと、そう願っての一言だった。

 だから俺は彼女の願い通り、痛みを感じさせずに殺す事を決意して、落ちていた二刀を拾って、その柄を強く握り締めた。


「あぁ、分かった……全て、俺に委ねろ」


 そこで彼女の意識は完全に途切れた。

 何の為に注射器を持っていたのかは知らないし、死んだ奴の事をあれこれ考えても仕方ない。

 今は目の前の女を殺す事だけを考えよう。


「ご主人様!!」

「ユスティ、ここは危険だから避難してろ」


 殺して欲しいと言ったのだから、彼女を殺す。

 そのためには他の奴等が邪魔だ。

 大量に放たれる炎弾を二刀で迎え撃ち、全てを斬り伏せた。


「お願いします! セラさんを……助けてください!!」


 すっかりと意気投合していた二人ならばこそ、ユスティは友人を殺されるという事実を受け止められないのかもしれない。

 自分の主人が友人を殺す、それが一番嫌だったのだろう。

 助けてください、というのは殺して楽にしてやる事ではなく、彼女を生かした状態で救ってくれ、という無理難題である。

 だが、彼女の言葉を聞き入れずに俺は二刀へと水を纏わせていく。


「『水纏刃アクアヴァルナー』」


 もう止められない。


「ご主人様!!」

「悪いが俺はアイツを殺す。時間は――」

「お願いします!!」


 セラという女と出会って、まだ一ヶ月経ってない。

 だが、彼女の為人は分かっているつもりだ。

 根っからの善人であるのは見ていたら分かる、リノを身体張って庇ったのもそうだ。

 だからこそ、俺が殺してやるのが道理だろう。

 彼女は俺と出会ってしまったから、このような結果に繋がったのだから、そう考えている俺とは違ってユスティは何が何でも助けたいらしく、俺に頭を下げている。


(本当にそれで良いのか、ノア?)


 そこで疑念が生まれる。

 彼女を殺す事が正しいのか、それとも間違っているのか、それが分からなくなっていた。

 いずれ彼女は死んでしまう。

 もし助けるとしたら、撃ち込まれた階層喰い(フロアイーター)の細胞片を取り除く必要があるが、できるかは一か八かに賭けるしかない。


(リスクが高いな)


 脳は少しダメージを負っているようだが、幸いな事に記憶領域は無傷であるのと、撃ち込まれた量が少なかった事、セラの身体が頑丈だった事も幸いして、もしかすると彼女の龍化を止める事ができるかもしれない。

 時間は無いな……

 本当に殺すべきなのかどうか、俺は迷いが生じてしまった事でセラに隙を与えてしまった。


「ガッ……」


 上からの重量攻撃を耐える。

 超重たい一撃を受け止めるが、本来この身体は何のスペックも持ち合わせていない普通の人族の身体であるため、幾ら契約によって身体強化したと言っても超えられない限界、つまり壁が存在する。

 身体がミシミシと音を立てている中で、強引に重量を跳ね返す。


「少し大人しくしてろ」

「ギャッ――」


 セラからの腕の振り下ろしを押し退けて、一気に跳躍してセラの顔面を躊躇なく殴り飛ばす。

 その巨体が地面へと横たわった。

 やはり硬いな、セラの龍化した状態の外殻は。

 異常に身体を成長させて一時的な龍化が行われているのだが、それには階層喰い(フロアイーター)の持つ何かの能力がセラを龍化させた。

 しかし霊王眼で見ても、他の奴の霊魂が存在していない。

 だとするなら、可能性は一つだけだ。


「ギャァァァァァァァァ!!!」

「うおっ!?」


 彼女の身体から瘴気が溢れ出ていた。

 つまり、さっきの注射器の中身は細胞片に呪詛が組み込まれていたものだったのだ。

 霊魂がセラ一人分しか無い理由も、呪詛による無茶な身体強化で龍化が引き起こされたためであり、もしも普通の人間に注射されてたなら、数分も待たずに身体が再起不能に陥る。

 セラの龍神族としての生命力と頑強さ故に龍化以上の成長ができないが、それでもエネルギー制御ができていないため、暴走状態だ。


(クソッ……時間無いってのに、無茶言いやがる)


 呪詛を無理やり引き剥がそうとすると、セラの身体が内部爆発するだろう。

 フランシスの言ってた言葉の意味がようやく分かった。

 元に戻せないかもしれない、と。

 しかし方法ならあるはずだと俺は考えを巡らせていくのだが、真面な方法で助けられる程、甘くない。


(考えろ考えろ考えろ。今ある手持ちのカードで、何とか呪詛と細胞を引き剥がす方法は……)


 無理やり呪詛を引き剥がすと爆発、それを防ぐための方法を一つしか思い付かない。

 霊王眼で弱点を解析しているのだが、芳しくない。


「やべっ」


 彼女の口元へと高エネルギーが収斂していく。

 彼女が自分の持つ技『竜火砲ドラグカノン』を撃つつもりだと分かり、しかも狙ってるのが俺ではなく俺達のいた建物だったから守らなければ、そうウォルニスが訴えてきたような気がして足を止める。

 助けるべきだよ、と……

 避けようと考えるも、それを押さえ付けるかのように建物とセラの間に立っていた。


「やってやるよ、ウォルニス……」


 建物の中にいた彼等がそれに気付いたが時すでに遅し、俺はそんな彼等の前に立っていた。

 レーザーが放たれた。

 守る必要無いじゃないか、何で助けようとするんだ、そう疑問を抱いてウォルニスへと問い掛けたくなるのだが、俺は精霊術を解除して腕輪へと戻したその右手を前にしてレーザーを受け止めていた。


「『分子解体セパレート』」


 右腕を犠牲に、光圧レーザーを粒子へと分解する。

 分解するスピードが追い付かず、右腕が次第に焼け焦げていき、骨までもが少し見えてしまう。

 階層喰い(フロアイーター)よりも強力な光線に、肌がチリチリと焼け焦げる。


「熱っ……」


 痛みは無いのだが、それは超回復が作用しているためではなく、熱量によるものだ。

 レーザーに焼かれて、神経がイカれてしまった。

 修復されていく手を見詰めながら、肩で息をする。


「ご主人様!!」

「しまっ――」


 龍化したセラが滑空してきて、大きな牙で俺の身体を食い千切ろうと顎門を閉じる。

 身体に幾つもの穴が空き、全身から血が滴り落ちる。

 そして上空へと舞い上がった彼女が旋回し、そのまま俺を殺そうとブレスを吐くために体内の『火竜器官』が熱を放っているのを肌で感じ取れた。

 そして同時に、ブレス攻撃が来るという事も。


「おいセラ、止め――ガハッ!?」


 言葉が途中で途切れ、俺は黒い炎に全身を焼かれて地面へと猛スピードで撃沈した。

 内臓が幾つか傷付く。

 同時に身体が黒い炎に包まれる。

 身体に刻まれた呪詛と共鳴して、心臓が握り潰されたかのような激痛が全身を巡っていく。


「……ハァ…ハァ……ゴホッ…」


 身体に空いた穴が中々塞がらず、血もどんどんと流れ出ていくため、意識が朦朧としていく。

 こちらが立ち上がる前に、再び彼女が接近してくる。

 まるで、殺してくれと言っているかのようだ。

 目尻に涙が溜まっているのが少し見えた気がしたが、その涙が一つの事実を教えてくれた。


(……よし、解析できた)


 階層喰い(フロアイーター)の細胞片に関しては、後で取り除けば良いだけだ。

 問題なのは呪詛の方だ。

 彼女の呪詛を無理に剥がすと当然彼女の身体が弾け飛んでしまうが、呪詛そのものを俺に定着させてから犯人を殺せば解除される。

 だから俺は接近してくる彼女へと向けて、絶影魔法を発動させる。


「『穢れ喰らう暗黒龍(グラフルーフ・ゼアン)』」


 影魔法の本質は『悪喰』であり、俺の創り出した槍も霊魂を喰らったまま、まだ解放してない。

 相手の力も、能力も、何でも喰らうのが本来の性質であるので、その原理からしたら彼女の呪詛も喰らう事ができるだろう。

 だったら、呪詛をそのまま俺に定着させれば良い。

 腕の周囲に纏わり付いている影が龍の形を模して、大きな顎門を開けて彼女を一気に飲み込んでいった。


(セラ、少し耐えろ……すぐ、終わるから)


 彼女から呪詛を喰らい続け、瘴気を俺へと定着させる事で力がどんどん流れ込んでくる。

 しかし同時に自分の身体に適応しないためなのか、激痛が体内で生まれており、悶絶しそうな程の苦痛が内部で暴れている。


「…………」


 長い時間、そうしていただろう。

 一気に剥がすと爆発してしまう危険性を孕んでいるため、少しずつ丁寧に剥がし続けていたが、ようやく終わりが見えた。

 影が全ての呪詛を喰らった事で、セラの龍化が解かれていた。


「ハァ……」


 セラに遠慮の無い噛み砕き攻撃をされたため、空いた穴から血が零れていく。

 近くに横たわるセラは、龍化によって服を失った状態で気絶してたので、俺は影から毛布を取り出して彼女へと被せておく。

 命に別状は無いようだが、階層喰い(フロアイーター)の細胞片を分離しておく。


「…ゴホッ……」


 犯人は死に、仲間がこんな状況になり、そして自分は大量の血を失ってしまい、回復速度が取り込んだ呪詛によって阻害されて温かな血に沈んだ。

 仰向けに倒れてしまう。

 肺が潰されてるのか、肺に酸素を送り込めない。

 右肺に穴が空いてるせいで呼吸ができず、呼吸困難に陥ってしまう。


(確か……外傷性気胸だったか)


 交通事故や刃物によって肺が外部から空いたのを、外傷性気胸と言うらしい。

 胸腔内に外部から入ってきた空気と肺に溜まった血液によって肺が圧迫され、呼吸ができなくなっていたため、かなり辛い。

 それに超回復が阻害されているせいか、普通ならすぐに治るのも治ってない。


(なら……『錬成アルター』)


 溜まった空気や血液を全て体外へと排出する。

 そして身体の傷を錬成で塞いでおく。

 

「ブハッ、ゲホッゴホッ……ゲフッ…」


 臓器が傷付いてたために血を大量に吐き散らす。

 右目を使ってないのでセラから呪詛を引き剥がすのに時間が掛かってしまったが、絶影魔法で喰らった力を自分のものにした。

 そのため、回復阻害という代償も背負う事になった。

 回復阻害されるとは予想外だった。

 しかし、しばらくすると次第に怪我による痛みは収まっていった。


「ご主人様!! セラさん!!」


 身体に空いた穴が次第に塞がっていく中、ユスティが回復ポーションを大量に俺へと振り掛けようとする。

 それを手で制して、俺は体内を錬成して内部に溜まった血を全て外へと排出してから、彼女が手にしていたポーションを飲み干した。

 それにより、ポーション効果で傷が塞がった。


「ご、ごめんなさい……」

「おいおい、何でお前が謝るんだよ?」


 急に頭を下げて謝られる。

 涙を流しているのだが、何故泣いているのかが全く理解できなかった。


「私がセラさんを止められれば良かったんですけど、ご主人様に押し付けてしまいました」

「気にする事じゃない。今のお前じゃ喰われてたさ」

「それは、そうですけど……」

「呪詛がセラの体内に仕込まれてたんだ。それを引き剥がすにはユスティの能力では少し難しい。光魔法には浄化能力もあるそうだから、できるようになるさ」


 まぁ、こんな事件は懲り懲りだが……


「他の奴等は?」

「無事だ。今回は流石にヒヤヒヤさせられたぞ、ノア殿」


 溜め息を吐きながら、リノはセラへと目を向けていた。

 未来予知があるのだから未来なんて知ってるだろうと考えたが、呪詛が仕込まれてるために途切れ途切れなため、そんな表現が出てきているようだ。

 今はまだ見えないか。


「もしかしたら躊躇してセラ殿に攻撃できないかと思ったのだが、杞憂だったようだな。仲間に容赦なく攻撃するのはどうかと思うが……」

「仕方ないだろ。もしかしたら付与魔法で超強化されてたかもしれないんだ、迷ってる時間は無かった」


 殺してくれ、そう彼女に懇願された事に対して俺は、本当は楽だと思っていた。

 生かすために労力を割くより殺して解決する方が、よっぽど楽だと思った。

 迷ってる時間は無かったと嘯く。

 迷う時間なんて必要無かったのだから。


「セラ殿には感謝だな。我が刺されていた可能性もあったのだから、地上に戻ったら労おう」


 ウォルニスという人格のせいだ。

 殺す、避ける、こんな簡単な事ができないのは、無意識下でブレーキを掛けていたから。


「ノア殿も少し休むと良い。流石に疲れたであろう?」

「そう、だな……」


 なら、少し休むとしよう。

 俺は目を閉じて地面へと背中から倒れ込み、身体を休ませる。

 ここに来てから何だか戦ってばかりだ。

 階層喰い(フロアイーター)やセラと戦って身体はボロボロ、こうして俺は地面に伏している。

 特にセラとは戦いにくかった。

 戦って殺すよりも、戦って生かす方が難しいのは重々承知だったが、ユスティの願いと無意識下での戦闘時の迷いが結果としてセラを助ける事になり、逆に俺の身体を犠牲にするという状況に繋がったのだ。

 これが正しかったのかどうかは俺には分からない。


(あ〜、マジで痛ぇな)


 呪詛が身体を蝕んでいき、もう動かせるだけの体力が残ってない。

 このまま眠りたいが、激痛によって眠れない。

 犯人が溶けてしまい、捕まえる事はできなかった。

 フランシスに頼まれてた事はできなかったが、残っていた謎ももう分かってるし、もう一人の犯人を……


「リノ、ユスティ、お前等でセラを部屋まで運んでやれ」

「承知した」

「わ、分かりました」


 二人がセラを運んで建物へと戻っていく。

 そんな彼女達を見守り、俺は一人静かに溜め息を漏らしていた。

 セラはリノを守り、ユスティはセラを殺さないでくれと懇願したが、逆に俺は一度セラを殺そうとした。


「……」


 立ち上がり、俺も建物へとゆったりとした歩幅で戻っていく。

 痛みが酷くて額に冷や汗が浮かんでいる。

 目眩もして、発熱のために倦怠感が襲ってくる。


(これは、アイツ等には見せられないな)


 心臓を握り潰されたような激痛が走るが、それを教えれば無駄に心配するだろうし、ポーカーフェイスを保つために一度深呼吸する。

 しばらくは真面に動けそうもないし、数日間は部屋で大人しく救助を待つとしよう。

 そのために俺は足を動かしていき時間を掛けて自室へと帰っていった。

 そう、事件の傷跡を残して……






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