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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第三章【迷宮都市編】
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第104話 氷解の昼

 ヴァンクスとミューレスを除いた十一人全員が朝食を食べる事ができた。

 フレーナに関しては、しばらくはここにいたいとの要望もあったので、檻に閉じ込めたままだ。


「はぁ……やっぱ一日経ってるせいなのか、証拠らしい証拠も無くなってたか」


 フラッタが喰われた場所にやってきたのだが、踏み壊したモノクルも、階層喰い(フロアイーター)の死骸も跡形も無く消え去っていた。

 分かってはいた。

 多分、俺が寝てる間にもうすでに証拠らしき証拠は持ち去られた後なのだろう。


(何か分かればって思ったんだが……)


 今は昼前となっている。

 当番制という事で昼は別の奴が作るために俺はこうして一人自由行動しているという訳だが、一日経過しているせいなのか、証拠らしき証拠が落ちてなかった。

 辺りを散策してから現場まで来たが、特に怪しい物は無かった。


「はぁ……ん、何だこれ?」


 屋根の上には何も残ってないので降りようかと思っていると、小さな違和感に気付いた。

 屋上の縁に、小さな赤い付着物があった。

 血かと思ったのだが、そうではなく何かの粉らしきものが付いていた。


(これは……)


 手触り的にはサラサラとしており、匂いを嗅いでみると何も匂わない。

 少し勇気を振り絞って舐めてみるが、粉が舌に触れた瞬間、即座に吐き出して水の精霊術で舌を綺麗に洗い落とし、念の為に手に付いた粉も水で落としておく。

 これが何なのか舐めてすぐ分かった。

 近くに透明なカプセルも落ちているので、最早明らかとなったのだが、何でこんなものがここにあるのだろうか?


(だが、これのお陰で地上で殺された冒険者が何で部屋から出たのか、何で冒険者が睡眠薬入りの瓶を盗んだのかが分かった)


 カプセルと粉を回収して、一応それを瓶の中に保存しておく。

 と、屋上の縁から下が見えた。

 特に何も無さそうだったのだが、キラッと何かが光るのが見えて気になったので、一気に飛び降りて光る物が何なのかを確かめる事にした。

 華麗に着地すると、その振動によって瓦礫の山が崩れ去り、フラッタとやらが持っていたであろうアイテムポーチが落ちてるのが見えた。

 それを手に取ってみるが、ボロボロだった。


(何で奴のポーチがこんなとこに……)


 中身を見てみると、そこには最悪なものが入っていた。

 見なけりゃ良かったが、見てしまえば放置しておく事はできない。


「マジか、これ」


 このポーチの中身を全部売った場合、時価数百億ノルドにもなる宝石以上の価値を持つだろう、それだけの価値がポーチの中にある。

 闇市で売り捌いたら、もっとするだろう。

 これは……麻薬だった。

 それもかなり危険な薬物、闇市でも取り扱いには厳重な注意がされる程の超危険麻薬、服用すれば一時的に天国へと誘わられるものだ。


「『天の霧(ヘブンズパウダー)』、まさかこんなとこでお目に掛かれるとはな」


 中毒性が非常に強く、一度使えばどんな奴でも病みつきになって、今尚治療薬が無いとされてる猛毒、だからこそ何故こんなところにあるのかが分からなかった。

 麻薬にも数多くの種類があり、色んな言い方も存在しており、どれも症状が多岐に渡る。

 今回の事件に関係しているであろう『天の霧(ヘブンズパウダー)』は、飲み込んだ初期症状は一時間から六時間で多幸感や高揚感、興奮、感覚鋭敏となる。

 六時間以降は、幻覚や幻聴、不眠、記憶障害、嘔吐や錯乱(・・)といった様々な症状に見舞われる。

 更に服用後十時間以上が経過すると、次第に依存症が発症し、麻薬が欲しくなるという欲求が芽生える。


「何てこった……」


 しかし、この劇薬が事件の一つの謎を解いてくれた。


(殺された冒険者は薬漬けにされてたって訳か……酷い事しやがる)


 しかも、これには一つの特徴があり、服用したとしても身体には薬品成分が残らないという、非常に厄介な性質を持っている。

 だから、冒険者の身体からは睡眠薬しか検出されなかったのだ。

 これの使用者を何度か見た事がある。

 使えずに苦しみ、自分の手首を噛み千切って死んだ奴、人肉を求めて喰らっていた奴、大量に人を殺してまで薬を手に入れようとした奴までいたくらいだ。


「……」


 無言で、手元にある赤い粉末入りカプセルを見る。

 カプセル錠となっているため、中にある粉末を体内に取り込まなければ大した症状にはならない。

 だが屋上で見たものは多分、瓶が割れて犯人が回収し忘れた証拠物品だったのだろう。


「ん? まだ何か入ってるし」


 取り出してみると、それは俺達が必ず持っているべきものだった。


「職業鑑定書か……しかも死霊術師のエンブレムが描かれてやがるとは」


 つまりフラッタが死霊術師であり、奴が犯人だったのかと思った。

 奴の腰に巻かれていたポーチの中から出てきたのだが、妙だな。

 まぁ、奴の本当の職業が分かっただけでも収穫だ。

 職業鑑定書は嘘を吐かないからこそ、この男が死霊術師で間違いないのだと、そう思いかけていたところで、後ろから声が掛かる。


「ノ……レイ殿、こんなところで何してるのだ?」

「リノか。お前、何しにここへ?」

「レイ殿が何処かに向かって歩いてるのが見えたから、少し気になってな」


 それでここに来たのか。


「それで、職業鑑定書と……それは何なのだ?」

「あ、あぁ。まぁ、ちょっとした毒だな、気にするな」


 階層喰い(フロアイーター)にフラッタを喰わせたのは、多分証拠を処分しようとしたのだと思う。

 この麻薬は再生能力を持つモンスターには効かないものだろうしな。

 この麻薬は脳を侵すもので、俺は超回復があるから麻薬が効かないのは分かっているが、それでもかなり危険だと知っている。

 だが、どうやら失敗したらしい。

 上半身を喰い千切られたのは見たが、このアイテムポーチのベルトを見るに、途中で喰い千切られた箇所が見受けられた。


「それより、リノにお願いしたい事、それと聞きたい事が一つずつあったんだ。良いか?」

「うむ、役に立てるなら何でも言ってくれ。協力しよう」


 それは良かった。


「なら、最初に一つ頼みたい事がある。お前のギルドカードを見せてくれないか?」

「う、うむ、それは構わないが……」


 リノがポケットに手を突っ込んで、ギルドカードを取り出した。

 それを受け取り、霊王眼を駆使して見る。

 すると、彼女のギルドカードに黒い靄のようなものが微量ながら出ているのが見えた。


「やっぱりか」

「やっぱり、とは?」


 リノには見えてないらしいが、可視化される程に放出されてる訳ではないので仕方ない。

 ましてやポケットに入れてあるのだ。

 俺でも目元に近付けないと気付かないくらいの微量な靄が放たれている。


「これ、呪術が仕組まれてるぞ」

「な、何だと!?」

「恐らくはあの時だろうけど……」


 俺は簡単に事情を説明して、質問を繰り出す。


「あの時、あそこには誰がいた?」

「そ、それは、タルトルテ殿と……ナイラ殿だったぞ」


 彼女から二人の人物の名前を聞いた。

 やはり、か。

 俺は彼女から聞いた答えを脳裏に組み込んで、一から事件の筋道を立てていく。

 そして、俺の予測は確信へと変わり、殆どの謎が解明された。


「残りは三つか」


 残る謎は三つ、一つはナイラ自身薬を盗まれた事をギルドに伝えなかった理由について、一つは花が摘み取られていた件、そして一つは何故顔合わせの時に全員の名前と職業に嘘が無かったか、だ。

 その三つのうちの一つ、ナイラに関しては別に分からなくとも犯人の特定とはほぼ無関係だろう。

 花を摘み取った理由は予想できるが、顔合わせ時の嘘が無かった事についてが一番の謎だと思った。


(犯人はそもそも誰なんだろうか……)


 誰が嘘を吐いているのか、そう考えていたのだが、全員が自分の職業を言っていた。

 フラッタの時のような巧妙な言い回しではなく、全員が本当の事を言ってたと思うのだが、霊王眼に抜け穴があったせいで、考え直す必要が出てきた。

 全員の自己紹介の場面を思い出してみる。


『僕はメイルガスト=ファン=フィンガー、賢者の職業を持ってる。そして、こっちが僕の姉の……』

『はいは〜い! フレーナで〜す! 職業は炎舞師、踊り子だよ〜!』

『ミューレス、武器屋』

『私はエルシード聖樹国発祥、プルミット=エルシード=ナフォルジア、裁縫師を生業としている者よ』

『私もエルシード聖樹国発祥、ユーミット=エルシード=ナフォルジア、私は音楽師だよ』

『自分はルンデック、自分は闇魔導師、召喚術や降霊術、そういったものが得意である』

『……俺様はヴァンクス=イーガー、双剣王だ』

『はーい、エンジュでーす。エンジュは発掘家なのですよー』

『我はリィズノイン、案内人だ』

『アタシはセルヴィーネ=エルガー=ラスティヴェイド、魔法付与師よ』

『私はユーステティアと申します。えっと、職業は狩猟師です』

『俺ちゃんはダイガルト=コナー、特攻探索師って職業だ、よろしくな!』

『エレン=スプライト、職業は剣神だ、よろしく頼む』


 この中で俺の目を欺けたのは多分四人、フレーナ、ミューレス、エンジュ、そしてエレンだ。

 その四人は一人称を省いているため、職業も嘘だと思ってしまう。

 つまり、自分の本当の職業を名乗ってない可能性があったという事になり、もしかしたら俺は何かを見落としているのかもしれない。


(何が違う……一人だけ仲間外れがいるのか?)


 仲間外れが誰かは分からないが、その四人以外で一番気になるのはプルミットの言い回し、『生業としている』という表現も何だか妙だと思った。

 普通に裁縫師だと言えば良いのに、そんな表現を使った事が、全員と比べると違って見える。


「誰が正しい事を話し、誰が嘘を話したのか、それが分かんなきゃ事件もまだ解決しないんだよなぁ」

「そうなのか?」

「あれ……また口に出てたか、俺?」

「あぁ、ハッキリとな」


 最近意図していないのに、言葉や考えている事が口に出てしまう時がある。

 彼女達に話さないように、と思っていても勝手に口から飛び出てしまうのは、もうどうしようもない。


「レイ殿の役に立つかは分からんが、我の知恵なら幾らでも貸そう」

「あぁ……そうだな。たまにはリノの知恵も借りるか」

「含みのある言い方だが、まぁ良いだろう。それで、先程から何に悩んでいるのだ?」


 残っている謎について、三つとも説明した。


「成る程……済まない、分からん」

「清々しい程の手の平返しだな」


 リノに聞いた俺が馬鹿だった。

 ともあれ、その三つの謎について知る事こそが、事件解明に繋がるのだと確信している。


「花が摘み取られていた件については、一人だけ心当たりがある」

「ホントか?」

「あぁ、ダイト殿が摘み取っていたのを偶然見たぞ」


 仮に本当の事だとしたら犯人はダイガルトという事になってしまう。

 だが、奴は半年前から続いている冒険者失踪事件には無関係であるというのは俺達が証明している。

 ダイガルトは、ガルクブールにいて、そしてグラットポートに来たのだから。


「ダイトのおっさんが? 何で?」

「我に聞くな」


 リノの言う通りだな、彼女に聞いても意味が無い。

 だがしかし、逆にそうすると一つ疑念が浮上する。


(二十四階層でリノが見たっていう、怪しい人物との密会についてはどうなんだ?)


 もしも、その密会相手の奴が犯人だとするなら、ダイガルトは共犯者となる。

 だが、それなら矛盾する点が幾つも露呈する。

 例えばダイガルトと戦った時、誘い込まれた後の経緯で奴は一つも嘘を吐いてなかった。

 他にも奴の言葉には嘘が殆ど無かった。

 だから、ダイガルトは犯人じゃないように思える。


(だが、奴にも何か隠し事があるようだな)


 それを聞くつもりはないし、奴が俺の邪魔に成り得るならば殺すしか方法は無い。

 俺には考えを覆す事も、その資格も持ち合わせていない。


「レイ〜!!」


 遠くからセラが何かを持ってきていた。

 凝視すると彼女の手には香炉があり、その香炉の排出口からは煙が出ていなかった。


「これ〜! 何か急に出なくなっちゃったんだけど〜!!」


 遠くからなので、叫ばないと聞こえないらしい。

 東西南北等間隔に置いてある四つの香炉に関しても、もうそろそろ中身が尽きるはずだ。


「何故出なくなったのだ? 故障か?」

「いや、単に仲間の魔物忌避剤が全て蒸発したんだろう。中身を入れ替えてやらんと……あぁ、そうか」


 中身を入れ替える、そうだ、何で気付かなかったんだろうか。

 だとしたら、フラッタの身体を調べられないように喰わせたのも、何故顔合わせ時に奴が嘘を吐かなかったのかも、これで説明できる。

 いつ、それが行われたのかも分かった。

 そして、もしも今までの推測が合ってるなら、さっき手に入れた職業鑑定書も偽造されていたという事になり、だからこそ今まで気付かなかった事に対して、俺は自己嫌悪に陥ってしまった。


「はぁ……俺ってマジで馬鹿だなぁ。ホント、何でこの可能性を除外してたんだろ?」

「き、急にどうしたのだ?」

「いや、何でもない」


 全部、ではないのだが、ナイラの事以外は基本全て解けたと思う。

 見落としてる部分が無ければ、俺の推測通りなら犯人はアイツしかいないはずだ。


「さてと、後は時が来るのを待つだけだな。リノ、もう一つ頼みたい事があったんだが、良いか?」

「う、うむ、構わないぞ」

「ならお前のギルドカード、後で俺に貸してくれ」

「良いのだが……何に使うのだ?」

「まぁ、ちょっとな」


 これで犯人を釣るのだが、それはまだ今使うものでもないので、彼女に返却する。


「レイ〜!!」

「分かったよ!! ちょっと待ってろ!!」


 俺はセラの元へと向かう。

 事件も終盤まで迫っているのだ、ここで俺も犯人をどうするのかを決めておいた方が良いだろうな。

 生かすのか、それとも殺すのか、それ次第では今後の展開もかなり変わってくるように思える。


(いや、後にしよう)


 犯人の動機を聞いてからでも遅くはない、そう思い、俺は軽くなった足取りで彼女の元へと辿り着いた。

 ま、聞いたところで何が変わる訳でもないんだが、それでも俺は俺のために、犯人も自分のために、互いの命をも賭けて戦う。

 この職業に誓って、俺の進むべき道を……





 皆が寝静まる少し前、俺は鉄格子部屋へとやってきた。

 ここに入れるのは俺一人だけ、鍵も俺しか持っていないのだが、そこへとやってくる。

 先にやっておくべき事があるからな。


「何か用かな?」

「あぁ、恐らくは今日明日で多分全部終わるだろうから、先にこっちの用事を済ませておこうって思ってな」


 影から氷漬けとなった死骸を取り出す。

 それはメイルガストの遺体であり、それを凍らせて保存しておいたのだ。

 霊王眼で見てみると、まだ霊魂が身体に定着している。

 だから蘇生は可能だな。

 後遺症を残さないように、しっかりと錬成できれば良いのだから。


「ユスティから聞いたんだろ、俺の蘇生条件。だから蘇生させてやるよ」

「な、何で……」

「理由としては、俺が気絶してる間に蘇生時間を超過する可能性があるからだ」


 犯人が抵抗して俺が全力を出すかもしれないから、そして気絶して蘇生時間をオーバーしてしまうかもしれないからこそ、先に約束を守っただけだ。

 コイツ等に興味なんて無いし、別に蘇生させる必要もすでに無くなったのだが、残念ながら彼女を落ち着かせるために約束してしまった。


「俺は義理堅い性格なんでな」


 だから蘇生させる前に、先に彼女に鍵を手渡しておく。

 これで、気絶すると分かっていても蘇生できる。


「『人体蘇生リバイバル』」


 祈り、唱え、そして叶える。

 この蘇生の力によって、彼女の弟の身体が燐光を纏い始めて心臓部の修復からスタートし、全身への酸素供給、心肺の完全起動、血液循環補助、全てを脳処理して動かしていく。

 脳の負担が大きすぎて、身体に異常が発生する。


「ブハッ……」

「ちょっ――大丈夫なの!?」

「大丈夫な訳無ぇだろ、少し黙ってろ」


 集中して蘇生していくが、肉体の腐敗が少し進んでいたためなのと、肉体硬直も起こっていたため、それも全て修復していく。

 腐敗日数が進むと、より負担が掛かる。

 こちらとしても、細胞全てを取り替えなければならない上に、機能不全を起こしている臓器の変換、腐敗した神経の繋ぎ直し、折れている骨や詰まった血管の修復、どれもが俺の脳負担を大きくする。


(キツいな……)


 血の味以外何もしないな。

 心臓や胃、肺が物凄い苦しくて、激痛が生じているようだが、それでも蘇生を止める訳にはいかない。

 そして即座に超回復で身体の痛みが修復されていく。

 地獄のような苦しみなら何度も味わったので、耐える事はできる。


「よし、終わった。すぐには起きないが、しばらくすれば目を覚ます」


 寝息が聞こえてきて、霊王眼で確認しても特に異常は見られなかった。

 しっかりと蘇生できたようだ。

 床に撒き散らした血も水で綺麗に洗い流して、自分の部屋へと戻る事にする。


「あ、ありが――」

「じゃあ後は好きにしろ、部屋の中央と外に香炉が置いてあるから、絶対に壊すなよ……じゃあな」


 フラフラとした足取りで自分の部屋へと戻ろうとしたのだが、身体に力が入らない。

 思った以上にメイルガストの内部損傷が激しかったため、脳処理が追い付かなかった。

 もう少し速度を上げれるように脳を弄るか。

 錬金術師という職業は、やはり人の身体には適応しないのだろう、だからこんなにも身体がボロボロになったりするのだ。

 本当なら死んでた。

 それを超回復という厄介な能力のせいで、死ぬ事は許されない。


(地獄を味わわせて俺をどうしたいんだよ、ゼアン)


 ただ痛くて苦しいだけ、それが全て。

 手摺りを伝って二階へと上がる階段を登り、自分の部屋へと入った。

 誰もいないベッド、そこへと身体を投げる。

 ボフッと音が聞こえてきて、俺はすぐに眠る事ができそうだと感じていた。


「はぁ……」


 錬成速度や威力、能力が大幅に強化されているが、残念な事に人体蘇生にスピードは関係無い。

 逆に正確さが物を言う能力であるため、処理速度や脳への負担を軽減してようやく使えるレベルなのだ。

 もっと改善できないだろうかとは思う。


「疲れたな」


 暗い部屋の天井をボーッと見上げる。

 もう寝るつもりだったし、このまま目を閉じて夢の世界へとダイブしようじゃないか。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈……何でユスティがここにいるんだよ」

「ご主人様の護衛ですから」


 屈託無い笑顔で枕を抱いている姿は可愛らしいのだが、またここで寝るつもりなのかと理解した。


「お前、俺と寝るのに何の抵抗も感じないのか?」

「はい。別に感じませんよ。むしろご主人様の側は何処か落ち着くんです。まるでお日様の匂いがして、私は好きですよ?」


 普通、男女で寝るという事には大なり小なり抵抗感というものがあるはずなのだが、どういう訳か、彼女にはそれが無いようだ。

 別に一緒に寝ようが別で寝ようが、俺を害さなければ何でもいい。

 そんな事よりも、もうすぐで完全に瞼が閉じそうだ。

 眠気が襲ってくる。

 睡魔に襲われて、このまま寝るというのも案外悪くないと思っている。


(自由だな……)


 縛られて生きていた頃とは違うのだ。

 好きな時間に起きて、好きな事をして、そして好きな時間に寝る。

 これが冒険者の醍醐味なのだろう。

 夢へと旅立つまで、俺はユスティの話し相手になって色んな事を話した。

 ダンジョンの事、狩りの仕方、どのような生活をしてきたのか、ユスティから沢山の事を聞き、いつの間にかユスティが先に微睡みの中へと飛び込んでいた。


「お休み、ユスティ」


 スヤスヤと眠る彼女の姿は、とても安らかだった。

 狭まる視界に映った彼女を見ながら、俺も次第に意識を手放していき、互いに向き合うような形で眠る事に――


(……動き出したか)


 身体はすでに回復している。

 このまま起こすのも忍びないと思ったため、俺は足音を消して廊下へと出る。

 この建物に限定して、俺は空間掌握能力を駆使し、誰がいつ動くのかを見ていたのだ。

 そして探知に引っ掛かる。

 一階へと降りて行った一人の人物が、一階に設置してある香炉へと手を伸ばし、それから何かをしてから外へと出て行った。


(なぁ、何でアンタなんだよ……何でアンタが香炉を壊そうとするんだよ?)


 その人物に対して、愚痴を心の中に漏らした。

 何で奴がそんな事をするのか、それがまるで分からなかったから。


(なぁ……ダイガルト)


 信じたくない自分がいる一方で、納得する自分もいる。

 何を目的としているのかは知らないが、それでも俺は選ばなければならない。

 そうしなければ、殺されるのは俺の方なのだから……






本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。

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