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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第一章【冒険者編】
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第11話 ギルド試験2

 二時間くらいリノの物資調達を手伝って、そして一時間使って北西のウーゼ森林へと辿り着いた。

 一度は宿屋に舞い戻り、試験に向かう旨を伝えてから、俺は部屋にあるバックパックを背負って彼女と共に一時間も歩いて、北西にある森林前へと到着した。

 一応は三日間、何事も起きなければ大丈夫だ。

 リノの背中には俺と似たような大きさのバックパックが背負われており、結構な重量のはずだが、まるで軽々と背負っている。

 これは『案内人』という特殊な職業が影響しており、人導くための荷物持ち、そんな意味合いも持っているため、背負った荷物が軽くなるような、補助的補正が掛かっていると解釈されている。

 実際に案内人の職業を授かる者が世界で少ないせいで、事例は殆ど皆無に等しいが、何はともあれ、彼女の物資が揃って助かった。

 しかし、そのために二時間使ってしまうとは、結構な労働だった。


「おぅ、遅かったなテメェ等〜」

「ナフィ殿……」


 森林前に到達した俺達を出迎えたのは、新人登録の受付をしていた自称Aランク冒険者、ナフィだった。

 彼女は岩場に腰を据え、参加者の点呼を取っている様子だった。

 手にはバインダーと紙が用意され、名簿か何かに記入する仕事を与えられていた。

 北西へと辿り着いた時点で、六十人近くの冒険者希望の人間が集合しており、武器の手入れをしたり、仲間同士で対策を練ったり、大きな荷物の物資点検を遂行したり、或いは荷物を一切持たずに金管楽器(フルート)を吹いてる奴なんかもいた。

 試験に余裕があるらしい。

 荷物を持ってないのは、異空間収納の魔法か、それに準じた魔導具を保持しているからだと推測する。

 ナフィの腰を下ろしている岩場の陰にも巨大なバックパックがあったが、どうやら彼女もサバイバル試験に参加するようで、大岩の上で胡座を掻いて俺達へと手を振っていたので、彼女の下へと接近した。

 一次試験の時は三十人程度だと思っていた。

 犇めき合う様を外側から眺めるが、お互いが敵同士だと睨みを利かせている。

 まさか、こんなにも人数がいるとは……


「こんなに人数いたか?」


 教室の中には三十人程度しか見なかったはずなのに現在では約二倍にまで膨れ上がっているため、ウーゼ森林で何度かすれ違ったり、もしくは条件次第では会敵したりするかもしれない。

 その場合、有利となるのは職業か。

 索敵能力や隠密、密林での使用できる能力次第で、そして仲間との連携次第で否応にも戦況は移ろう。


「一次試験の会場は一つじゃないしな」

「ふ〜ん……で、アンタも今回のサバイバル試験に参加すんのか?」

「あぁ、そうだ。オレは試験官の一人だからな」


 彼女の言葉により、試験官は彼女以外にもいると知る事ができた。

 今回の実技試験内容の説明を一切受けてないので、俺としては今聞いておくべきだろうと思って剛腕へと詰め寄り、無理やりにでも目と目を合わせる。

 両頬を手で挟み、彼女の顔をこちらに向けさせる。

 俺の意図を即座に読み取ったのか、彼女は強引に目を逸らそうとする。

 だが、逃しはしない。


「なぁ剛腕の女、テメェ受付の時に試験の説明しなかったよな? そりゃ、どういう了見だ?」

「いや、それは……」


 目を逸らしているが、説明を全く受けてない俺からしたら途轍もない不利ハンデだ。

 もしも説明を受けていたとしたら誰か別の人と組んだのかと考えたが、知人や気兼ねしない友人が一人もいないために、結局リノと組んだと思われる。

 それでも心の準備というのもあるし、受付嬢の義務だろうに、職務怠慢も良いところだ。

 そもそも何故に彼女が受付してたのか。

 引退でもしたのか?


「良い加減な仕事してんじゃねぇよ、Aランク」

「わ、悪かったって」


 目下に深々と隈ができているので、相変わらず寝てないのだろう。

 それか、染み付いて取れなくなってしまったか、眠たそうな表情をしている。

 睡眠を欲する表情を繕ってるのに試験官の一人として森に入ってサバイバルするなんて、幾らAランク冒険者と雖も自殺行為だ。

 まぁ、彼女が生きてようと死んでしまおうと、どちらにしても俺は関与しないし、ただ厳粛に試験を判断して欲しいだけなので何も言わない。

 それに腐ってもAランク、簡単に死にはしない。

 が、良い加減な評価だけは勘弁願いたい。

 すでに被害を被っている人間がここにいるのだから、するなら厳正に評価して貰いたい。


「これで全員か〜」


 そして一次試験終了時刻より三時間が経過して、点呼も終わりに近付いた。

 キョロキョロと受験者を見回して、ナフィは全員揃ったのか確認を取る。

 遠くから走ってくる二人組が見えたが、もうすぐで刻限となるので、時間に間に合うかどうかは非常に微妙なところではある。

 全力疾走している二人組を遠目に眺め、ギリギリ間に合うかと予想していると、唐突に隣で座る少女から辛辣な言葉が漏れ出ていた。


「あの二人組はアウトだな」


 ナフィが見捨てるような台詞を吐き捨てたが、それはどうだろうか。

 二人の魔力が高まっていくのが見えて、何かしらの魔法なり職業なりを使うと思った時にはすでに、俺達のいる試験会場へと到着していた。

 魔法陣が足元から消えて、二人組が眼前に転移して、そこに立っていたのだ。

 つまり片方は魔法職、魔法を主体として戦闘する職業持ちであろうが、もう片方は先程まで全力で疾駆していたはずが、飄々とした態度で息も切らしていなかった。

 何かしらの身体的補助が掛かっている、のか。

 見た目だけでは判別は無理だった。


(転移魔法か……珍しいな)


 転移魔法に良い思い出が無い俺にとって、その魔法で移動してくる少女達に怪訝な瞳を寄越すが、それに気付いてか、男の方と一瞬だけ目線が交差した。

 一人は背が高くて周囲をキョロキョロと見回している灰髪の凛々しい青年、もう一人は魔導師っぽい格好をした紫色のショートボブの少女だ。

 しかし、その少女の方がギラギラした目で青年の方を睨んでいた。

 そして胸倉を強引に掴み、前後ろへと凄まじい勢いで揺さぶり始めた。


「ニック! アンタのせいで私達、試験に遅れちゃったじゃないのよ!!」

「お前が転移魔法使えば行けるって言ったんだろ……」

「はぁ!? 私のせいだって言いたい訳!?」


 転移してきたかと思えば何故か喧嘩してる。

 状況的に考えれば、転移魔法を使える私に任せなさい、といった約束でもしたのだろうが、そして転移魔法に頼った結果、こうして全力で草原を駆け抜けるという災難に巻き込まれた、と。

 息を切らして、怒って、試験が始まる前に体力を半分以上使い果たしている様子だ。

 恐らく、転移魔法の飛距離的問題、あそこまで走ってこなければ試験開始時刻に間に合わず、夢と散っていたであろうとは予想に難くない。

 転移魔法は古代魔法に分類される空間魔法の一種、殆ど使い手がいないため、こんな新人が使えるというのは紛れもない天才だろう。

 しかし転移魔法は距離と魔力に比例するため、試験前に使っても良かったのだろうか?


(転移魔法か……シーラみたいだな)


 勇者パーティーにいる賢者の女、アイツは転移魔法を二種類使うので、戦いは結構厄介なものだ。

 一つは対象を指定した座標へと飛ばすランダム転移の魔法『ランダムジャンプ』、もう一つは自身を近くへと飛ばす短距離移動の魔法『テレポート』だ。

 錬金術師ならば、魔法陣そのものに干渉すれば分解が可能なので、魔法陣を秘匿されなければ何とでもなるが、油断ならない相手だ。

 暴力的な女もシーラのような気の強い性格なので、嫌でも思い出させられる。


「何よこっちジロジロ見て!?」

「い、いや……」


 気が強いどころじゃないな、少し様子を眺めてただけなのに掴み掛かってくるのだから、ちゃんとリードを引いといて欲しいものだ。

 そう思って隣に立っていたニックとやらに視線を向けるが、目線を逸らされてしまった。

 飼い犬の躾くらいしておけ、そういった意図を込めたが、理解した上で無理だと拒まれたようだ。

 怒りに任せて唸っている。

 周囲の冒険者登録した受験者も、彼女達から多少の距離を取っている。


「おいおい、喧嘩は後にしてくれよな。それより時間だ、試験始めるぞ〜」


 気怠そうに語尾を伸ばしながら、彼女は試験の説明を開始した。


「試験内容はこれだ」


 彼女が手に持っていたのは一枚の羊皮紙、それから袋だった。

 羊皮紙を上へと投げ飛ばすと、その封緘していた紐が解けて一気に巨大なスクリーンのように広がり、全員が見られるよう浮遊して内容が表示されているのだが、そこには大量に文字が記されていた。

 書かれているのは番号、それから番号の横にモンスターやら薬草類やら錬金素材、色々な素材が書かれていたが、全て希少な素材ばかり。

 正しい知識が無ければ採れないものも複数記載されているので、比較的簡単なのが当たって欲しいものだ。


「今から、この袋からバッジを取り出してもらう。引いた番号ごとに手に入れられる素材が違うから、運が良い奴はすぐに、運が悪かった奴は三日掛けても手に入らねぇ」


 要するに素材を取ってこれば良いだけ、簡単すぎて妙だと思ってしまう。

 しかし、運要素も絡んでるのは、果たして試験として成立するのだろうか、そんな疑惑も浮かぶが、説明を最後まで聞いてから判断すべきだ。


「引いた番号は後ろの羊皮紙と対応してるから、バッジを取ったら自分の目的となる素材を確認して待機しろ。勝手に森に入るなよ、入ったら失格にすっからな」


 かなり強引な説明なのだが、彼女は気にせずに袋を前に出して一列に並ばせた。

 袋に入っているのは百個のバッジ、一番から百番まで、どれを取るのが最善かを試行錯誤しても、結局は運任せとなってしまう。

 運が良ければ数時間で見つかり、悪ければ一週間掛けて見つかる貴重素材も多い。

 それぞれがバッジを取っていく中で、俺達はほぼ最後の方へと並ぶ事になってしまった。


「結局、素材を取りに行くだけなんだよな?」

「いや、ウーゼ森林は結構な面積を誇っている。迷う者も続出するくらいだ」

「詳しいんだな」

「一度だけ潜ってみたのだが、奥は鬱蒼としていた」


 レーダーのように指向性を持たせて探知してみたが、確かに魔境よりは圧倒的に狭いものの、結構な広さを持ってるのは本当らしい。

 モンスターの数も結構多く、新人冒険者には手に負えないモンスターも何体かいた。


「ほれ、サッサとバッジ取って確認しろ」

「ぇ、おぉ……」


 ナフィに袋を押し付けられて、俺とリノ、それぞれが一つずつバッジを取り出した。

 番号は一人一人違うようで、人数よりも多くの番号があったので、運が良ければ一日も掛からずに採取できるのだろうが、運が悪いと即座に詰んでしまう。

 しかし、ギルドがそんな運任せの試験をするとは思えないので、何か裏がありそうだ。

 自分の番号の横に書いてある素材名を見ようと思って番号と照らし合わせると、俺の番号は七十八番であり、合格のための素材は……


「お〜し、全員バッジ取って確認したな〜。なら簡単に説明するから、こっちに注目〜」


 各々で話し合っていたのを一喝して、全員がAランク冒険者へと注目する。


「さて、取ったバッジに書かれた番号のを持ってくるんだが、中には取れないのもあるだろう。だから、特別ルールを用意した」


 特別ルールと聞いて、一つの可能性が思い浮かんでしまった。

 ただ採取するだけが試験ではない。

 そういう意図が含まれている。

 もしかして、と思って俺はバッジを見たのだが、そのまさかが的中した。


「このバッジ、自分を含めて四枚集めた者も合格とする。つまり、受験者を襲うのもアリってルールだ」


 的中してしまった答えに周囲が騒然として、更には困惑していたのだが、受験者を襲うルールがある事自体に納得のいってない者も大勢いた。

 それは他者を攻撃しろ、という意味だから。

 盗賊や蛮族、殺人鬼、ギルドで受注できる依頼が必ずしもモンスター討伐のみという訳でもなく、その野蛮な連中達と戦闘して殺す、今回はそれも考慮した上での一つの試練でもあるようだ。

 だが否定する人は多い。

 しかし、時間が迫るにつれて魔が差してしまうだろう、それが卑しい人間の性だ。


「ただし、もしも奇襲を仕掛けるんなら二人で合格しなければならない。襲うんなら最低六人分のバッジは必要だ。あ、先に言っとくが、過剰攻撃、殺人、性的行為、他人の物資略奪とかは絶対に駄目だぞ〜」


 受験者を煽るような言い方に、何処か得も言えぬ悪意を感じるのだが、濃密な悪意はまた別のところからも感じて冒険者達の方を向いた。

 だがしかし、人が多いせいで悪意が掻き消え、一瞬の出来事で誰かが何かを企んでるのは分かったが、その『誰』が企んでるのかという部分を見つけられなかった。

 何を、の部分は単純にバッジを奪おうとしている、と普通なら思うんだが……

 今の殺意を感じて、とてもバッジを奪うに留めるとは思えなかった。

 まるで針で全身を突き刺すような殺意が、何処からか迸っていた。


(何だったんだ、今の悪意?)


 背筋が凍るような、尋常じゃない悪意だった。

 今ならば悪意に敏感になれる、それ以上に悪意を見分けられるはずなのだが、それができない。

 この左目の心晶眼は、人の性質そのものを見分けられるものなのだが、悪意が周囲に満ちているせいで心晶眼そのものが機能していない。

 こんな状態は初めてだな。

 この悪意が無作為に広がっているから、それを追い掛けられない。

 この左眼は結構抜け穴がある。


「騒ぐな騒ぐな。三日後の試験終了時刻、午後三時までに自分のバッジを胸に付けている、そして目的の素材、或いは合計四枚のバッジを持っていたら合格だ」


 結構シンプルなのだが、一番のポイントは人を襲っても襲われても文句を言えないところだ。

 奇襲作戦によってバッジを四枚集めるか、素材を採取して森の何処かに身を隠すか、それは正確な知識、豪運、状況判断、臨機応変な対応力が求められる。

 それに純粋な戦闘能力、これが一番重要だろう。

 合格基準がやや高めなのは、やはり人数を絞るため、なのだろうか。


「因みに、こういった監視があるから、下手な事すると失格にするから注意しろよ〜」


 そう言って、彼女は掌に乗っている小さな機械のようなものを見せてきた。

 球体の監視カメラみたいなもののようだが、何処かにモニターがあるに違いない。

 彼女が機械に魔力を流すと、その機械が宙へと浮かび上がって森の中へと入ってしまったので、それを見送って再び彼女へと視線を向けた。


「あの機械、壊すなよ?」


 壊したら失格にするぞ、と脅していた。

 まぁ、考えずとも分かる内容だろうし、壊そうとする奴がいたら壊される前に監視カメラが犯人の映る映像を捉えるはずだ。

 壊しても意味が無いどころか、逆に失格や罰金さえも有り得る。

 それにあの魔導具には幾つもの魔法が詰め込まれていたので、そうそう壊されないのだと理解していても、世界には不思議な力が幾つもある。

 職業能力や魔法、呪法や精霊力、発展して異能や進化版の権能まで、壊す方法等は無数に考え付く。

 何事も無ければ良いのだが……


「さて、え〜っと、もう全部伝えたっけな? まぁ良っか、じゃ、試験を始めるぜ〜」


 ニヤッと笑みを浮かべたナフィの手には、一つの巻き物が握られていた。

 あれは魔法を封じ込めてある使い捨ての魔法スクロールだが、まさかと思った時にはすでに準備が完了し、いつの間にか彼女は魔力を流し終えていた。

 何をする気か、決まっている。

 試験が始まるのだ。

 なら何のために魔法スクロールへ魔力を流し込んだのか、それは俺がかつて経験したのと同じだ。

 そして魔法陣が発動して、全員を包み込むように地面に巨大な魔法陣が出現した。


「お、おいそれ――」

「安心しろ、チーム同士は同じ場所に転移してくれる。それから試験終了の時にはここに集まっててもらうぜ〜」


 地面から白い光が溢れてくる。

 途端に一年前の惨状が脳裏に浮かんでしまい、それを防ぐために本気で殺すつもりで彼女へと静かに近付き、自然と手には一本のナイフが握られていた。

 考えるよりも早く、俺は防衛本能に従って腕輪を錬成して殺そうとしたのだ。

 しかし時すでに遅く、転移魔法が発動してしまった。


「『ランダムジャンプ』!!」


 その言葉を最後に、俺とリノを含めた計六十五人の人間がウーゼ森林の何処かに転移させられてしまった。









 視界が晴れた時には、もう誰の姿も見られなかった。

 いや、リノだけが隣に立っていたが、受験者全員の姿が消えたのではなく俺達が転移したと理解するのに、数秒と要らなかった。

 ウーゼ森林、木漏れ日が木の葉の隙間を縫って、光を届けてくる。

 鬱蒼としているが、何処か空気が美味かった。

 魔境と比べれば威圧感も放たれてないし、強力なモンスターは大して発生していないはず、森の中というのは何故だか懐かしい気配を感じさせる。

 清涼吹き抜けて、そよ風は何度も背中を後押しするように奥へと誘い込もうとする。

 だが、急に転移させられるとは、一年前と状況が変わらないではないか。


「ノア殿、何故短剣を手に? と言うか、何処から剣を取り出したのだ?」

「……」


 手には錬成した短剣が握られており、それを腕輪へと戻して周囲を見渡してみる。

 鬱蒼としていると彼女は言ったが、魔境よりも普通の森のように見える。

 やはり魔境が特殊すぎたようだ。

 木漏れ日が目元に当たり、少しだけ眩しかった。


「俺は錬金術師だ。腕輪を錬成する事くらい造作ない」


 トラウマが蘇ってしまったせいで誤って殺すところだったため、身体が今でも震えている。

 ほぼ無意識で攻撃しようとしていたが、このまま転移していなければ彼女の首を刎ねていた可能性も有り得るので、やはりこの力は恐ろしい。

 森に再び飛ばされるとは、何とも複雑な気持ちになってしまった。

 だが前回と違うのは、不意打ちされたりもせず、ましてや生存確率が低い場所への転移ではない、という精神的負担の軽減であろう。

 俺は錬金術師、物質に干渉して、操る者。

 これくらいの森林なら、魔境で歩き慣れている。

 だから拠点探しへと即座に移行する。


「リノ、まずは拠点を見つけよう」

「そ、そうだな……」


 留まり続けるのは得策ではないので、森を探知しながら敵を迎えるための最適な安息地を捜索する。

 今回の試験、説明してない事項が幾つかあるのだが、検証すべきだろう。

 今回の試験ルール、大まかに六つに分けられる。


・試験は三日間(三日後の午後三時まで)

二人組(ペア)での合格

・バッジの番号に相当する素材の回収orペア合わせて三枚と片方の素材、或いは六枚のバッジが必要

・試験終了時に自分の胸にバッジを付けている

・機械の破壊等の禁止

・過剰攻撃、殺人、性的行為、物資略奪等の禁止


 まず気になる部分としては、森の外に出ても良いのかという条件である。

 森林の外に出られるならばバッジを奪われる心配も無くなるのだが、結界が張られてる可能性が高いので、恐らくは無理だろう。

 次に気になるのは俺達が死んだ時や、不足の事態が発生した時だ。

 モンスターの攻撃を受けて死んだ場合や、バッジを奪われた上に動けなくなった時だ。

 位置情報を示す魔法がバッジに施されてるので、バッジを付けてる時は試験官達に位置情報が届くだろうが、奪われた時はどうするのか……


(あぁそうか、この仮カードか)


 受付で受験カードを受け取っていたが、これに魔法が仕込まれてるのを感じ取れた。


「ノア殿、いきなりカードを取り出してどうしたのだ?」

「いや、何でもない」


 確認のためにカードを取り出したが、それが不自然に見えたようで、アイテムポーチに仕舞い直して、俺達は先を進んでいく。

 この受験カードは奪われる心配が無いため、こちらにも位置情報のための魔法が掛けられている。

 バッジを奪われた時のためだろう。

 まるでGPSのようだなと思ったのだが、こんなものが開発されていようとは、まさか何処かの国で異世界人でも現れたのか。

 魔法付与に関して、魔法という存在を俺は門外漢なために知らないが、この影も魔法の一種らしい。

 魔法は魔法で知らないが、より不思議なのは職業、一つで大きな力を扱える存在が不思議でならない。


(仮に異世界人だとしても、召喚された理由が不明すぎる。もう勇者はいるし……有り得ない)


 勇者は世界に一人しかいないため、勇者が召喚される条件には当て嵌まらない。

 魔王一人、勇者一人、毎回そうだったように、今回も魔王一人で勇者一人となる。

 それか俺のように転生した者がいるのかもしれないが、まぁGPSは便利なので有り難い。


「ノア殿、それよりも説明してくれ。先程短剣を生成していたのは何故だ?」


 考え事しながら歩いてると、後ろを付いてきてた彼女から質問が飛んできた。


「……お前には関係の無い話だ」


 ステラにだって数ヶ月間何も話さなかったのだから、出会って一日も経ってない奴に教えたりはしない。

 それに俺の事を教えるのならば、彼女についても教えてもらいたいものだ。

 リノが精霊という内容について、ペアを組む以上は知る必要があると思っていたが、興味無いので別に知りたいとは思わないし、話す気が無かった彼女の意を汲んで俺は聞いたりしなかった。

 が、彼女としては、他人の領域には土足で侵入を試みるような性格をしているらしい。

 話したら何かしら導いてくれるのかもしれない、しかしそれでは駄目だ。


「俺はお前の事情を聞かない。だから、俺の事情に首を突っ込むな」


 この女とは試験で一緒になっただけ、弱みを見せたら付け込まれるに違いない。

 だから、俺の心は常に周囲に注意していなければならない。


「で、そんな事より今は試験だ。リノは何番だった?」

「我は四十一番、目的の素材は――」

「『ドスフロッグの毒袋』だな」

「ど、どうして知ってるのだ?」

「全部覚えた」

「覚えただと? あの百ある素材をか?」

「あぁ」


 暗黒龍による影響、ではなく自身の脳を少し弄って記憶を大量に詰め込めれるようにした。

 錬金術師の能力で魔改造はお手の物、容易い。

 錬金術師の本分は干渉による物質の構築と分解、暗黒龍の力で錬金術師としての知識と技能を得たため、こうした改造も可能となった。

 なので、一から百までの全てを覚えている。

 長期記憶というよりも、写真のように完全に記憶しているのだ。


「その素材は他のより比較的手に入りやすいが、冷凍処理しないとすぐに酸化反応で腐敗するから氷系統の職業か、氷魔法が必要だ。使えるか?」

「いや、残念だが使えない……」

「分かった。なら捕まえたら俺に言え、精霊術で冷凍処理してやる」


 ドスフロッグの毒袋は薬師にとっては万能薬になる特殊なものだ。

 だから薬師の間では『医師の妙薬』とも言われている錬金素材の一つだ。

 ドスフロッグは魔境のような過酷な環境では生きられないために、比較的安全な場所に生息しているが、ウーゼ森林にいるという事実は、本当に安全な森なのだろうと知らせてくれる幸運の蛙、と言える。

 その魔物蛙がいれば、周辺の森が安全地帯だと証明してくれる。

 だから重宝されるし、乱獲は御法度であるのは冒険者間の不文律だったはずだ。


「『医師の蛙あるところ、宝の山あり』という諺がある。薬師にとっては、この森は宝庫らしい」

「そう、なのか?」

「ドスフロッグは弱い生き物だからな、安全な森にしかいないんだ」


 二代前の異世界の勇者が名付けた蛙の『ドス』、意味は確か医師の英語ドクターを略したものだったはずだ。

 ならば『ドク』の方が良かったのでは?

 と思うのだが、名付けたのは誰か……

 毒袋の『毒』と、医師の『doc』を掛けた『ドクフロッグ』の方が良い気がしたが、ネーミングセンスや価値観は人それぞれだし、今やそれが定着してるので個体を特定できれば何でも良い。


「それで、ノア殿の素材は何だったのだ?」

「あ〜、それが……」


 今回の素材探索は、多分俺のは三日では見つからない。

 有名だが、素材採取が激ムズなアイテムを引き当てて、だから俺の場合は彼女と違って同業者になろうという奴等からバッジを三枚奪う必要が出てきてしまった。

 自分の引いた目的素材を口にしたら、彼女は呆れたとばかりに肩を落とし、大きな溜め息を落としていた。


「我でも知ってる素材だが、この森にいるかすら怪しいモンスターだぞ?」

「だよなぁ」


 俺の目的とする素材は希少も希少、この森にいるのかすら怪しいものだ。

 彼女の引き当てた目的素材に関しては三日も掛からずに採取可能で、拠点近くに水場でもあれば、蛙達が寄ってきて試験の半分は達成できる。

 だからまずは俺の素材を見つけるよりも、拠点を見つけなければならない。


「とにかく当面の目標は拠点の確保、それから周囲の探索だ。ドスフロッグは探せば見つかるだろうし、まずはその二つを熟していこう」

「了解した」


 俺の素材は見つからない可能性が九割以上なので、他の受験者を探してバッジを奪った方が早い。

 それに加えて、少し前に感じた異様な気配、あの気配が妙に胸騒ぎを覚えさせるため、自衛のためにも生活拠点は必須案件として最優先される。

 正直こんな試験は早めに終わらせるに限る。

 何処かで試験官達が俺達を監視してるかもしれないし。

 なので先に拠点探しを始めるために、俺達は道無き道を掻き分けて突き進んでいった。






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