第102話 ウォルニスとエレン
一つ気掛かりというか何というか、煮え切らない思考を解消したいと思ってたので、俺は階段を登って一つの部屋の前に辿り着く。
そしてドアを四回叩いた。
日本では慣習はあまり無いのだが、プロコトールマナー、つまり国際儀礼のルールでは四回ノックするのが礼儀なのだそうだ。
魔力探知から、まだエレンが起きてる事は知っている。
もう十一時過ぎなのだが、そろそろ寝た方が良い。
寝不足は肉体面でも精神面でも消耗するため、ずっと隅っこで座っているのは明日に影響する。
「エレン、少し話がしたい。ここを開けてくれないか?」
返事は無い。
眠っている……という訳でもない。
(気付いてるが話す気は無い、か)
なら、強引にでも開けてやろうかと考えるが、彼女の内部状況が分からないために、先に内部状況の把握から始めようか。
「『完全空間掌握』」
内部状況を分析、これによって彼女がただ膝を抱えて座っているというのを理解した。
正確に、目の前の部屋だけを掌握する。
指定した部分の空間を完全把握し、それを脳内処理するものだが、脳にかなりの負担を掛けるものであり、自身を中央に空間把握区域を指定すると、三百六十度全方位の死角を無くせる。
ただ、対象範囲が極端に狭いのが玉に瑕だ。
「チッ、無視しやがって」
無理に入る事もできるのだが、それをした場合、剣で斬り伏せられるかもしれない。
まぁ、その場合は防ぐのだが……
しかしながら、反応を示さないので何もできない。
「アル――いや、止めとくか」
錬成を駆使しようとしたのだが、それは無粋だ。
他人のパーソナルスペースに侵入する気は無いし、他人に侵入されるのが嫌なのは理解できるために扉から手を離して部屋へと戻る事にした。
起きたばかりなので眠気は無い。
だから今俺にできる事をしようと思ったのだが、後ろから扉の開く音が聞こえてきたので、そちらを向いた。
「エレン?」
そこには、顔の優れない髪の乱れたエレン=スプライトの姿があった。
疲れ果てたような顔だ。
「少し……時間を貰っても良いだろうか、ヴィル少年?」
その名前を呼ばれてしまえば、断る訳にはいかない。
断って翌日に『ヴィル君』だなんて言われた暁には、ユスティやセラに質問攻めにされてしまうのは目に見えているので、断れない。
俺が偽名を使っている事に気を遣ってくれたようだ。
しかし何処で聞かれてるか分からないので、エレンの使っている部屋に入らせてもらう。
静かな部屋、明かりも付けずに迷宮の淡く輝く鉱石からの燐光のみ、窓から入ってきている。
「おもてなしできず済まないね」
「気にするな、この状況でそれを求める事はしない」
彼女はベッドの縁へ、俺は側に置かれていた椅子へと座って向かい合った。
彼女が俺を思い出したのだろうが、多分は俺が『前は渡そうとしたポーションを拒まれたが、今回は全くの逆とは、つくづく運命ってのは悪戯好きなようだ』なんて言ったからだろうな。
ある意味では、彼女の記憶を呼び覚ます起爆剤の役割を果たしたのだろう。
「それで、何の用だ?」
「いや……そっちからで良いよ。話してくれないかい?」
つまり、話すのに尻込みしてるから先に喋れ、と?
随分と都合の良い考え方だが、こちらとしても先に要件を済ませるのが最適だと思った。
まぁ、半分はメンタルケアが目的の会話だが、こうしたサポートは本来俺の役目ではなく、ダイガルトがするべき事だろう。
俺に義務は存在しない。
それでも今、俺は真逆の事をしようとしている。
「なら単刀直入に聞く。元気が無いが、どうした?」
大方予想はできるが、残念ながら俺はエスパーではないので完璧に他人の心を読み取る事は不可能だ。
精々、他人の感情を読み取ったり、或いは嘘を検知したりするくらいかしかできない。
「私は……これからどうすれば良いんだろう?」
「どうすればって言われても、アンタの自由だろ。何が不満だ?」
いや、言葉にしなくとも分かっている。
しかし言葉にする事で今後の指標の再確認、そして精神的安定を図れる。
口に出す事で脳を整理できるが彼女は孤高の戦士、プライドがそれを許さないのだろう。
だからダイガルトにも心の靄を話さなかった。
プライドは時にはプラスになる事もあるのだが、大抵はマイナスとなり、現に今も彼女は誰にも悩み、苦悩を話せずに苦しんでいる。
「実際に階層喰いを倒したのは君だ。私じゃない」
「つまり、復讐を果たせずにモヤモヤしてるって事か?」
「それもあるけど……いや、それが痼りとなって残ってるのは明白だ。君の言う通りだよ」
あるけど、と言ったからには他にも何かしらの原因が眠っているに違いない。
それを引き摺り出す事にする。
「他にも原因あんだろ? 昔の好みって事で特別に聞いてやるよ」
「……私が、私だけが生き残ってしまって本当に良かったんだろうかって、そう考えてしまう時があるんだ」
生き残った者の代償、本当に自分が生き残るべきだったのかと不安が包み込んでいく。
俺も味わったものだから気持ちは理解できる。
自分が生き残った意味なんてあるのか、何故他人を犠牲にしてまで自分達が生き残ってしまったのだろうかと、そう考えてしまう時も俺にだってある。
「フランクリン、ウッド、トルチャ、パフ……皆、私の目の前から消えていったんだ」
震えた声が静かな部屋に響く。
彼女が口にした名前は全て、彼女とパーティーを組んでいたであろう冒険者の名前なのだろうが、勇気を振り絞って聞くには重すぎるため、俺は口を噤んだ。
それに、そこのところを聞いても意味は無い。
「皆、気前の良い奴等だったよ。ソロで活動していた私の数少ない心許せる仲間だった」
「けど、彼等はもういない」
敢えて、彼女に事実を突き付ける。
ソイツ等はもう何処にもいないのだと、もう二度と会う事ができないのだと。
「ッ……そうだ、君の言う通りだよ。もう私には仲間は誰一人として残っていない」
復讐相手を倒すために心を犠牲にしてきたようだが、そのせいで彼女は迷宮に縛られて、そして対象がいなくなったから心に大きな穴が空いてるのだ。
それを全て埋める事は俺にはできない。
俺は彼女にとっての救世主には成り得ないのだから。
「ずっと、一人で生きてきた。今回だってパーティーを組んだが、ネロ少女以外の二人は喰われてしまった。私は無力だと、そう何度も自己嫌悪に陥ったんだよ」
「……で、結局何が言いたい?」
自分は無力だからもう何もせずにいたい、とか?
ただ単にのんびりと第二の人生を送りたい?
「私は……生きる意味を失ってしまったんだ」
何のために生きるか、それは人間として必要な気持ちの核となる部分だ。
人間には必ず何処かに生きる意味を持っている。
それを失った奴の次の行動は自殺、きっとエレンもこの世界に魅力なんてもう無いのだろう。
「このまま生き存えて、私は彼等に顔向けができるのかと思った瞬間、足元が崩れたような気がしたんだ」
ゆっくりと、彼女は語っていく。
「足掻いて、藻掻いて、私は強くなったと思っていた。けれど、私は何度も大切な人達を守れなかった……」
キラリ、と雫が淡く光ったように錯覚した。
涙が溢れて止まらない、何度も目元を拭っても裾が濡れていくだけ。
そうか、彼女は俺と同じで、小さい頃のまま時間が止まってしまったのか。
(子供の頃のまま、大人になっちまったんだな)
彼女は十五歳で剣神という職業を授かって、周囲からの期待や羨望といった気持ちを一身に受け、仲間を作り、認め合い、そして唐突に失ってしまったんだ。
その精神的支柱を失う辛さは俺にはよく分からないが、それだけ彼女の精神にダメージを与えたのだ。
ショックだったろう、苦しかったろう、そう言葉で優しく包み込んでやるのは簡単だが、それで彼女は納得しないだろうし、ましてや先程俺が言ったように仲間が生き返って笑い合える、なんて事は無い。
(所詮は絵空事、叶う事の無い儚い現実だ)
それが俺達の生きている世界なのだ。
時には受け入れられない事もあるだろう、時には信じられない事もあるだろう、けれども絶対に事実が変わったりはしない。
何故なら、それが現実の法則だからだ。
「もう戦いたくない、誰かが傷付くのは見たくない、二度と家族や仲間を失った悲しみを味わいたくない!」
矜持という枷が外れていき、どんどんと彼女の口から吐露されていく。
膝を抱え、身体が震え、彼女は思った事を全部口にしていく。
俺はそれを黙って聞いていた。
それは、彼女が剣神から普通の女の子へと戻った瞬間でもあったのだと、俺は直感した。
「最初は剣神という職業を手に入れられて、本当に嬉しかった。周囲から認められて強くなった気がして、当時は家族に自慢したんだ。父さんは喜んでくれた、母さんは頭を撫でてくれた、兄弟姉妹は皆……私に憧れてくれたんだ」
嬉しそうに家族の話をする彼女は、至って普通の子供のように見えた。
まるで買ってもらった玩具を自慢するかの如く。
しかし、そんな彼女の笑顔はたった一言放っただけで消えてしまった。
「けどね、その年に村にモンスターの大群が襲ってきて、家族皆……死んだんだ」
小さな村だったらしい。
その村で偶然にも多くのモンスターが現れて、有能な職業を持たない大人達が喰われて、死んで、駆逐されていったのだと彼女は言った。
目の前で死の惨状を見たのだと、震える声で俺に教えてくれた。
「私は誰も守る事ができなかった。剣神という凄い職業を持っているにも関わらず、私はただ逃げる事しかできなかったんだ」
「……」
「だから、そんな思いをしたくなくてソロ冒険者として活動してた。けど、このダンジョンに来て、色んな人と出会って、仲間ができたんだ」
最初は彼女も彼等と交流を持つつもりなんて無かったのだと思うが、日数を重ねる毎に徐々に心境の変化が訪れたそうだ。
それがさっき言ってた、フランクリン達、心許せる仲間達という。
素っ気無い態度を繕っていたそうなのだが、突然仲間が彼女の元を去ってしまい、心の中には大きな穴が空いてしまった感覚と、それを埋めるための醜い憎悪があったのだとか。
「辛うじて階層喰いを封じ込める事に成功したけど、その代償はあまりにも大きくて、高くて、私はその日に沢山泣いた」
実際に話を聞いているが、彼女が泣いている姿を想像する事はできない、俺には昔の彼女の記憶しか脳裏に無いのだから。
泣いて、涙が枯れた頃に、復讐してやるという気持ちが芽吹いたと彼女は暴露する。
復讐をしても得られるものは達成感と、後から来る虚無感だけだ。
しかし彼女もそれを分かった上で、半年間ずっと追い掛け続けてきて、そして今日、俺の目の前で枯れたはずの涙が流れていた。
「その時、気付いたよ。あぁ、私は何て無力なんだろうかって」
彼女の瞳に映っているのは諦観、仲間すら守れなかった自分には価値が無いのだと、そう思っているようだ。
右目にしている眼帯を外して、目を開く。
しかしそこには、目玉が無かった。
代わりに義眼が埋め込まれているのが分かり、それで眼帯してるのかと納得した。
「ユスティ少女の目を治したそうだね」
「あぁ」
「君は昔とは比べ物にならない程に成長している。私とは大違いだよ」
やはり俺の正体に気付いてるのか。
「私はね、この目を戒めとして残してるんだ。ダイトから目を治せる奴がいるって知らされてたけど、必要無いって思った。この目を治したら、あの時の事全てが無かった事になりそうで、とても怖いんだ」
もしも目を治したら、階層喰いに襲われた事実が幻で、仲間が迎えに来てくれるのではないかと期待したくなるから、だそうだ。
人は死んだら生き返らない。
誰が何と言おうと、還ってきやしないのだ。
それが自然の摂理であり、人とモンスターが生きる世界での自然淘汰の一つの形なのだと、彼女も俺も理解しているのだ。
「けど、君の能力を聞いた時、正直羨ましいと思った。私が君の職業を持ってあそこに立ってたら、誰か一人を治せたかもしれないんだからね。正直、欲しいと思った」
彼女の勘違いには甚だガッカリさせられてしまった。
彼女は自分の言ってる事の意味を深く理解してないようだったので、少し口を割らせてもらう。
「お前、仲間仲間言ってるけど、薄情だな」
「なっ――それはどういう意味だ!?」
どういう意味だ、か。
できれば俺が言わずとも理解して欲しかったのだが、言わなければ分からないなら教えてやろう。
「確かに俺の職業をお前が持ってて、一人蘇生させられるって事は分かる。だが、お前はその言葉をちゃんと理解して言ってんのか?」
「な、何言って――」
「一人蘇生させられる、それは裏を返せば命の序列をテメェが決めるって事だぜ?」
彼女は驚愕に満ちた表情を晒していた。
蘇生能力の本質を見ていない、表面的な事しか見えていない発言だった。
俺の超回復に蘇生能力が加われば無理すれば何人か連続で蘇生させられるだろうが、そうではなく仮に一人しか蘇生できなかったとしたら、それが真実だったとしたら彼女は選ばなければならない。
そう、誰を生き返らせるのかを選別する必要が出てくるのだ。
そこには命の序列、優先順位が存在している事になる。
「仮にお前の仲間の四人、フランクリン、ウッド、トルチャ、それからパフ、全員が死んでたとしよう。蘇生させられるのは一人だけ、全員仲良しなんだろうなぁ、そんな彼等のうちの一人だけしか蘇生できないが、一体お前は誰を生き返らせるんだ?」
「そ、それは……」
「そう、命の価値について深く考えなければならない。お前の勝手で生かし、そして見殺しにする事の意味が分かったろ?」
過ぎた力を望んだところで、彼女には蘇生させた人と蘇生させなかった人を同時に選んでしまったという重責に耐え切れず、潰れてしまう。
俺は命の優先順位を決めてあるので仮に一度しか使えなかったとして、ユスティ達が三人同時に死んだ場合、俺は迷わず一人を選ぶ。
だがエレンは言い淀んでしまった、それは蘇生させるために他を切り捨てなければならない事に躊躇した結果だ。
(ま、普通の人間に蘇生なんて力は無いから仕方ないんだろうけど……)
人間の価値は何で決まるか、一人しか蘇生できない場合は命の価値を自らが設定しなければならない。
悲しい事に、全員が平等という訳にはいかない。
「化け物に仲間が喰われて消えていく中でアンタは生き残った。いや違うな、生き残ったんじゃない、仲間に生かされたんだよ」
「ッ!!」
「それなのに『私だけが生き残って良かったのか』だぁ? 寝惚けてんじゃねぇよ。生き残ったんなら仲間の分も精一杯生きろ、生きる意味が無いなら必死こいて探せ。そして最後まで全力で生き抜いた果てに、アンタの望んだ本当の答えってのが見つかるんじゃないのか?」
その道すがらには後悔や苦悩が待ってるだろう。
しかし彼女の歩んだ道の先できっと、仲間達が待っているはずだ。
「ま、一度深く考えてみるこったな」
「……うん」
素直に頷いていたが、その表情にはすでに迷いや戸惑いの感情は消え失せていた。
彼女は家族を失った、仲間を失った、だからこそ戦えない俺が戦場に立っていた事で、敢えて彼女は俺に対して冷徹な発言をしたのだと、ようやく分かった気がした。
これが本当の彼女の姿なのだと、そう見えてしまった。
「俺的には基本的な会話は終わった。ダイトのおっさんからカウンセリングを頼まれたからな」
「そう、だったのか……」
「はぁ、こっちとしては慈善事業みたいでメッチャ嫌だったんだが、うじうじしたアンタ見るのも嫌だったしな。これで少しは気が晴れたかよ?」
「あぁ」
慈善事業とは言ったが、彼女のお陰で死霊術師が背後にいるのが分かったし、戦闘中に助けられてしまったし、借りを返したと思えば良いか。
だが、まだ話は終わってない。
今度はエレンの方から話があるのだ。
ギシギシと床の軋む音が聞こえてきて、それを歯切りに彼女が一つ聞いてきた。
「ヴィル少年は何故、こんなところにいるんだ?」
それは、俺が勇者パーティーの一員として、ここにいるのだと思っているらしい。
が、俺はそんな事を軽々と言う男ではない。
「んなもん、俺の自由だろうが」
「そうだね。けど、名前まで偽名にして更に偽名に偽名を重ねているのはどういうつもりかな?」
「……偽名も何も、俺は『レイグルス=クラウディア』なんだが――」
「それは偽名でしょ? 勿論、英雄『ノア』も偽名だ」
知ってたのか……ってダイガルトから聞いたのか。
口が軽いのも厄介なものだが、俺の名前はノアであって偽名ではなく本名なのだが。
「ウォルニス、いや、ヴィル少年。死んだって聞いてたけど、まさか生きてたなんてね」
いや、その表現は正しくない。
「ウォルニスは死んだ。俺はもうウォルニスって名前じゃない。あのクズ共も別の大陸にいるだろうな。だから俺は自由に旅してるって訳だ」
「何があったのかな? 昔とは様相が大分違ってるし、考え方も、職業の力も大幅に変わってる。何があればそこまで変わるのかな?」
「別に、大した事じゃないさ」
偶然にも暗黒龍と出会い、ステラと出会い、魔境で戦闘に明け暮れて、今のように強くなれた。
「俺は昔から変わらない。ウォルニスであり、ノアであり、レイグルスであり……俺は昔から変われないんだ」
一歩も進まないまま、大人になってしまった。
正直、二十歳から大人という日本の知識がある今は、まだ大人になってない……いや、精神年齢的に考えれば俺はすでに大人だ。
だが、老人を見捨てた日から、俺は一歩たりとも進めていないのではないかと思っている。
「だから、俺は名前を捨てた。過去と決別するために、弱い自分を捨てるために」
「それで君は、ノア、レイグルスと名乗っているという事かい?」
それだけが理由じゃないんだが、ヴィルという名前を思い出したようで、勇者達と行動していたのも会話から分かった。
だから、ある程度の説明は必要だと思った。
しかし全てを説明する気は無い。
「あぁ、俺はもうレイグルスだからな、二度とウォルニスやヴィルなんて呼ぶな」
「……何故隠す?」
「別に、ただ俺は自分の過去をひけらかしたりするのが嫌なだけだ」
ひけらかすのは嫌だが、それ以上に彼女達に俺の正体が知られるのは不味い。
人は変わりやすい。
忌み子だと知ったら、きっと軽蔑し、俺を避け、裏切るだろう。
だから俺は何も話さない。
それが正しい事だと分かっているから。
「なら、君の仲間にも伝えてないのかい?」
「伝える必要は無いだろ」
俺とエレンでは考え方が違う。
だから、エレンが仲間に伝えるべきだと言ってる事も理解できなくはないが、それを聞き入れる事はしないし、それをする必要も無い。
それにだ、人には大なり小なり秘密を抱えて生きているため、秘密を隠す事も人間として当然の行動であり、秘密を話す気にはならない。
(それに……)
出入り口の方へと視線を向ける。
さっき気付いたが、二人廊下にいる。
伝えずとも、どうせ耳を澄ませて聞いてる奴が二人もいるし、これ以上は話す事はしない。
聞いてる奴がいるとは思ってなかったので、迂闊だった。
「さて、夜も遅いし俺も寝るとしよう。邪魔したな」
「あ、うん……」
俺は席を立ち、部屋の外へと出て行こうとする。
しかし、ドアノブを握った瞬間、その背中に一つの質問が投げ付けられた。
「あの、ヴィ――いや、レイ少年、君は何のために戦っているんだい?」
彼女に答える必要の無い質問であるのだが、戦う理由を無くした戦士への餞別として、一言だけ伝えておく。
「自分を……俺が何者なのか、それを知るためだ」
戦う事を目的としている訳ではないが、それでも仮に戦わざるを得ない時は、俺は自分のために戦う。
俺が何者なのか、見つけるために。
それまでは何があったとしても、何を失ったとしても俺は死ねないから。
「じゃあな」
「お、おやすみ……」
その言葉が聞こえて、部屋の扉を閉めた。
これで少しは立ち直れただろうが、後は自分次第だ。
心の回復は自分にしかできないため、枷を外してやる事くらいが関の山だった。
それに俺の事を思い出していたので、変な事を口走らないか心配だったのだが、こちらに関しては恐らく大丈夫だろう。
(奴は口が堅いし、何も話しはしないだろう)
薄暗い廊下を歩きながら、俺は溜め息を漏らす。
こんな事する必要無かったろうに、何故エレンに肩入れしてしまったのだろうか?
(とにかく懸念事項が解消されたと考えるか)
思考をマイナスからプラスに変えて、後は迷宮で発生している事件について意識を集中させるとしよう。
階層喰いを倒したからと言って、まだ犯人が俺達の中にいるのだから。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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