第100話 天然の牢獄の中で
重たい瞼を開くと、二人の顔が見えた。
涙を流しているのはユスティで、心配そうにしているのはセラだ。
知らない天井、知らない部屋、何が起こったのかが分からず俺は身体を起こした。
「ご主人様!!」
「うおっ!?」
ユスティが抱き着いてきて、全身に衝撃が走った。
激痛による衝撃が身体を突き抜けて、物凄い痺れを感じ取った。
身体に包帯が巻かれているのだが、下手くそだ。
誰がやったのかは置いといて、それよりも驚くべき事は身体に刻まれた呪詛が広がっているという事だ。
(これのせいで身体が熱かったのか……)
今回は死なずに済んだようだが、身体に力が入らない。
魔神戦で死んでも良いと思った事で全力を出し尽くしたため、こうして後先考えない結果が皺寄せで来た。
まぁ、身から出た錆、甘んじて受け入れよう。
「それで、俺はどれだけ寝てたんだ?」
「六時間ね。階層喰いは弱体化したからアタシ達で駆除したわ。ここは四十九階層の建物の中、壊されてないのがあったから、そこに運んだの」
セラに説明してもらい、現状を把握できた。
「それから、メイルガストが死んだわ」
「……は?」
「アンタ待ちって事。フレーナが、アンタに蘇生を頼みたいってさ」
一度しか使えないって言ったはずなんだがなぁ……
やはり人とは他人より身内を優先するものだが、別にそれは良い。
問題なのは、一時間以内と言ったにも関わらず何故か待っているという事だ。
「俺の蘇生能力について、条件喋ったのか?」
「す、すみません……私が話しました」
ユスティが俺の持つ蘇生能力の七つの特殊条件を全て話したらしい。
しかし、今は因果錬成を使えるために、恐らくは俺の蘇生能力も成長、進化を遂げる事ができるだろう。
「全員に話したか?」
「いえ……フレーナさんにだけ」
「分かった」
今回は対価無しで治そうかと思っていたのだが、階層喰いが死んだのなら、別に蘇生させる必要も無いか。
そう考えたが、二人からの視線が……
「おい、何だよ?」
「流石に子供くらい治してやりなさいよ」
「ですです!」
俺の思考が読まれてしまったようだ。
しかし犯人もまだ捕まってないし、蘇生させて……
いや、三日ギリギリまで粘ってから蘇生させた方が、犯人を一網打尽にできるかもしれない。
(まぁ、大体犯人も予想できてるしな……)
だが、あのフラッタとかいう男も不憫だな、操られるためだけに殺されたのだとしたら無駄死にだ。
「なぁ、メイルガストが死んだって、それはつまり誰かに殺されたのか?」
「えぇ、後ろから心臓一突きだってさ。えげつない事するわよねぇ」
俺を襲った奴と手口は一緒か。
「他の子達も近くにいたそうだけど、残念ながら見逃したらしいわ」
「何でだよ?」
「さぁ、一瞬の出来事だったそうよ。気付いたら倒れてたって」
何か一気に話が胡散臭くなったのだが、セラが嘘を吐いてないのは分かる。
だが、犯人の目星は付いてる。
「それと、もう一つ残念なお知らせがあるんだけど……聞きたい?」
「聞かせてくれ」
言いにくそうにして、セラは目を逸らしていた。
残念なお知らせと言うのだから、余程の事が起こったのだろう。
しかし何か言えない事情でもあるのだろうか?
「アタシ等、この階層から出られなくなっちった……」
つまり、上にも下にも行けなくなってしまった、という事か。
階段がどうなったのかを聞いてみると、何故か階段が消えており、脱出する事ができなくなってしまったらしく、更に天井も塞がれたそうで飛翔も不可能。
要するに、階層が自然の牢獄となった訳だ。
(ダンジョンの緊急機能か)
ダンジョンには、階層の破壊が尽くされた場合、その冒険者を閉じ込める機能があると聞いた事がある。
そのせいだろう。
死んでも尚、階層喰いは俺達を翻弄させてくれるな。
「それで、応援は呼んだのか?」
「えぇ、ダイトとエレンが、事の仔細を伝えて救助隊を編成したとこまではよかったんだけど……」
「何か問題があったか?」
「いえ、どうやらダンジョンがまた機能停止したらしくて、それで時間が掛かるんだって」
俺が魔力を流した意味が無くなったか。
まぁ、予想の範疇内だったので、気にするだけ無駄か。
「リノは?」
「今後の対策のために会議に出席してもらってる」
会議なんて必要無いだろうに、と思ったんだが、今回の事で犯人が露呈したために犯人探しに躍起になっているそうだ。
しかもフレーナがおちゃらけた態度を取らずに、犯人を殺すつもりでいるらしい。
「それでお前等が俺の看病か」
「それもあるけど……」
「ご主人様の衣服、心臓部に穴が空いてました。犯人に刺されたのでは?」
気付いてたか。
「何かどんどんきな臭くなってんなぁ。それで、犯人見つかったのか?」
「いえ、まだ……だけど、プルミットが犯人なんじゃないかって意見が出て、それで彼女が必死に抵抗してるわ。今はフレーナと掴み合い引っ張り合いで、大変な事になってるわね」
修羅場だな。
このまましばらく眠っていたいところだが、プルミットには聞きたい事があったので、俺はベッドから出ようとしてユスティに止められる。
「寝てなきゃ駄目ですよ!」
「そうよ。アンタ病み上がりなんだから」
もうしばらく安静にしてた方が良さそうだ。
しかし、セラがジッと俺の上半身を凝視してくる。
男の裸なんて見て何が楽しいのかは知らないが、見られて減るものでもないので、特段注意したりはしない。
「ってか、アンタのその身体、どうしたのよ?」
「これか? 前に影魔法を限界まで使って、こうなっちまって――」
「そっちじゃないわよ」
大量に刻まれている古傷の方か、とすぐに気付いた。
俺の古傷見ると、大抵の人は驚くのだがセラにはこれと言って驚きは無さそうに見えた。
「えぇ、もう驚いてないわよ」
「最初は凄い驚いてましたけどね」
「ちょっ――ユスティ!?」
仲睦まじい事で……
「アンタの服、ボロボロだったから捨てちゃったけど、ダメだった?」
「いや、駄目も何も、捨てたんだろ?」
「え、えぇ」
「だったら気にする必要は無い」
昔使っていた魔法衣だったのだが、そこまでの効果は無かったし別に捨てても大した出費でもないし、思い出もそこまである訳ではない。
使い物にならないのなら捨てても構わないが、一言言ってからにして欲しかった。
いや、爪撃を二、三度浴びた事で血塗れになってしまっていたし、斬り裂かれてボロ雑巾のようになってしまっていたであろうし、捨てられても怒りはしない。
「代わりの服、持ってる?」
「あぁ、予備の服はあるが……」
新しいコートやパーカー、ジャンパー、上に羽織るものが欲しいな。
包帯を取って、シャツを着る。
(地上に出たら買うか)
どうせ何を着たところで変わりはしないだろうし、適当に選ぶか。
俺にはファッションセンスの才能は無い。
だから、適当に選んで実用性を重視している。
「話の続きなんだが、そもそも四十九階層に残ってんのって何人だ?」
「アタシ等十五人……いや、十四人ね」
「メイルガストを除いた、って事で良いのか?」
「えぇ」
つまり、ここには十四人の冒険者、掃討作戦のメンバーのみという事らしい。
「他は?」
「全員逃げたそうです」
あの化け物に喰われたくなかったら戦うか逃げるかの二択に迫られるのは普通だ。
しかし、迷わず逃げの一手を選ぶとは潔い。
その方が間違えて殺したりもしないで済むし、周囲を気にせずに戦えるのは大きな利点だ。
「ま、実力に見合わなけりゃ、そりゃ逃げたくもなるわな。あれ、だったらオリーヴは?」
「それが、後ろから誰かに殴られたって言ってたわ」
「成る程、それで来なかったのか」
誰かに殴られたというのは少々嘘に聞こえる。
獣人は耳が良いから、後ろから誰かが迫ってきたら知覚できるはずだ。
それができなかったとは思えない。
何故オリーヴが殴られなければならなかったのか、そこが気になるポイントだな。
「このままだと魔女裁判に発展しそうだな」
「魔女……」
「裁判……何それ?」
「大昔に『魔女』と呼ばれる異端の力を持つ者が存在していた。普通の人からすると、魔術という未知なる力は国の脅威となると思い、魔女という存在を見つけるたびに弾圧していったんだ。特に教会による異端審問主導で、魔女狩りが行われ、一時期では数百万人の犠牲者が出たんだと」
それが魔女裁判、魔女狩りという存在だ。
今回は魔女が潜んでおり、『お前が魔女だ!』と言って斬り捨てたりする事態にまで発展したら収拾つかなくなるだろう。
まぁ、この場合は魔女裁判というよりは、人狼に近いのだろうが。
「人狼?」
「ユスティの事?」
「違う違う。人狼ゲーム、これは村人側と人狼側という役職に分かれ、人間に扮装して村人を滅ぼそうとする人狼を会話によって推理し、人狼を処刑するゲームの事さ。そういったのが俺の国の遊びにあったんだよ」
今回は隠れている人狼(犯人)を見つけ出すゲームなのかもしれない。
そして、簡単に説明したら二人が興味を持った。
この世界に伝わってないゲームの一つだが、ある意味職業を授かるこの世界と密接な関係にあるのかもしれないと思った。
「面白そうね。でも、それだと村人側が圧倒的に不利じゃない?」
「いや、公平さを保つために市民側には役職、つまり職業が与えられるんだ」
それぞれ一人ずつ役職が与えられる。
人数によって役職の数が増えたりするのだが、基本的にはゲームマスター、村人、占い師、霊媒師、狩人(騎士)、狂人、人狼、と分かれる。
数が増えてくと新しい役職が与えられたりする事もあるのだが、大抵は村人の数が増える。
「狩人……何だか、ご主人様と私みたいですね」
「まぁ、確かにな」
神様も、そういう意図があって俺達にそれぞれ役職を与えたのだとしたら、何をして欲しいのだろう。
「狩人は毎晩一人のプレイヤーを守れる役職だが、自分自身を守れないのと、隠れて守りに徹するから、人狼と間違われやすい」
「へぇ……他の役職は?」
「村人は普通の村人だな。特殊な能力を持たないから推理が重要になる。占い師は毎晩一人プレイヤーを選んで人か人狼かを占える。霊媒師は人狼の人数、それから前日に処刑されたプレイヤーが人狼だったのかどうかを把握できる。それから……狂人は基本村人と同じだが人狼側の人間で、人狼に協力的な役職だったはずだ。まぁ、要するに裏切り者だな」
この中に狂人がいるとしたら、プルミットが一番怪しげなのだが、彼女が俺達を殺すとは思えない。
逆にフレーナ、彼女は弟を殺されたために人狼とは言い切れない……いや、魔帝は賢者で姉として弟に嫉妬や劣等感を持っていたとしたら、殺す動機には成り得るが、少し強引だ。
「ゲームの一日の流れは、朝・昼・夕方・夜、それが繰り返されるんだ。最初に役職を決めて、夜の時間が来る」
夜時間は、人狼側が村人側を襲ったり、逆に村人側の能力者達が動き出す時間帯。
昼時間は、全員で議論を通して、人狼を見つける時間。
夕時間は、ゲームマスター進行の元、処刑するプレイヤーを一人選ぶ。
「あれ、朝は?」
「朝は、夜に殺された奴の確認だ。狩人が村人を守って助かる場合もあるがな」
人狼ゲームの醍醐味は推理バトルにある。
誰が人間に扮装した人狼なのか、それを見極めるために議論を積極的に進める事が重要なのだ。
「まぁ、今回は仮想ではない現実だからこそ厄介なんだがな」
と、部屋を出て廊下を通っていくと、突き当たりの部屋から話し声が聞こえてくる。
話し声というよりは、怒鳴り声に近い感じだな。
時折ハープの音が聞こえてくるので、精神を宥めているのだろう。
「入りたくないんだが……」
「アタシ等が止めようとしても止まんないのよ。アンタが頼りよ!」
人任せではあるが、確かに喧嘩を収める事ができるのは俺一人しかいないだろう。
だが、弟を殺されて黙っていられるような性格ではないだろうから、言葉選びが重要となる。
「……今気になったんだが、何でメイルガストは職業持ってんだ?」
「どういう事です?」
「アイツは十四歳、まだ成人してない餓鬼だ。ソイツが職業選別の儀式を行ったようには思えなくてな」
本当に今更だが、奴は賢者という職業を持っている。
それに関して別に気にならなかったのだが、今思うと何で成人してない子供が職業を授かれたのだろうか。
まさか先代から受け継いだ、とか?
いやいや、そんな話は聞いた事が無い。
仮に職業の移植ができたなら、俺にもできないかなと考えたのだ。
(いや、錬金術師なんて職業を持ってるし、無理か)
職業は一人につき一つ、そう決まっている。
二つ以上持ってる奴がいたら、ソイツはきっと化け物以上の強者だろう。
ドアノブを握り締め、それを捻って中へと入った。
そこは……修羅場だった。
「アンタがメイ君を殺したんだ!!」
「私はやってないわよ……」
プルミットにフレーナが掴み掛かる。
互いに一歩も譲らない状況となっており、二人は武器を構えていたので非常に不味い状況だ。
このまま殺し合いでも始まるのか?
そんなのは御免だな。
「『錬成』」
「ちょっ――な、何これ!?」
「少し拘束しただけだ。落ち着け『焔姫』」
建物の地面を錬成して作った木材でできてる拘束具なので、燃やせば彼女も燃える。
だから、職業能力や異能を同時に封じさせてもらった。
「落ち着いてなんかいられないんだよ!!」
「気持ちは分からんが、暴れたところで事態が好転する訳でもないし、今は状況の把握が大事だ」
後で彼女の弟を腐らないよう、凍らせておくか。
それよりも、ここに大半が集まっているのは丁度良いと思った。
「さて、俺もさっき起きたばっかだから、誰か詳しい状況を説明してくれないか?」
「アタシの話、信じてくれないの?」
「そうじゃない、情報の錯綜を避けるためだ。何人か話を聞いといた方が良い」
詳しい状況、それからオリーヴには何があったのかの説明も聞いときたかった。
「なら私から説明するわ」
と、名乗りを上げたのはプルミットだった。
怪我は良いのかと思うが、回復薬を持ってるのだろうと勝手に推測して話を遮らずに耳を傾けた。
「貴方が気絶してから、私達は全員で辺りを散策したわ」
「それで、何か見つかったのか?」
「いえ、その逆よ」
つまり何も見つからなかった、という事か。
小さな街とは言っても何かがあるはずだ。
「いえ、何も無かった……と言うよりも食糧とか備蓄品が潰されてたわ」
「この階層に閉じ込められたんだろ?」
「えぇ、階段に繋がる通路も塞がれてたし、かなり不味い状況ね」
俺の能力なら干渉して外へと出られるだろうが、もしも犯人がこの中にいるとしたら、今はまだ黙っておく方が良いはずだ。
もしも使えるはずだと知られてしまったところで、使えないとアピールしておくのが得策だ。
俺が殺したフラッタとやらの事も気になるし、辺りを調べてみてから、今後の方針を決めた方が良さそうだ。
「ヴァンクスとミューレスはどうした?」
「それが……」
「ヴァンクスは右腕を失い、ワタクシの職業で眠らせておりますわ」
香水瓶を手に、オリーヴが苦虫を噛み潰したかのような顔で言い放った。
「そうか。ミューレスは?」
『彼女は階層喰いの見えざる斬撃によって胸を斬られ、重傷だ』
ルンデックの言った『見えざる斬撃』は、俺も受けた揺らいで見えた斬撃の事だろう。
「つまり二人眠ってるのか……なら、エレンもか?」
ここにはいない。
彼女も何処か怪我して倒れているのかと、口にしようとしたところをダイガルトによって遮られた。
「アイツは、ずっと黙ったまま部屋の隅で座ってるよ」
「何で?」
「敵を倒した気持ちと、仲間が戻ってこない気持ちがぶつかってるんだろうな」
精神的なショックを受けた、といったところか。
悲しいものだが、死んだ人間は本来戻ってこない。
俺が戻せるのは三日まで、いや、もしかしたら……と、ここで考える事を止めた。
「アンタは良いのか?」
「俺ちゃんか? 俺ちゃんは平気だぜ……と言いたいとこだが、流石に今回は堪えたな。まだ犯人が捕まってない、いや、外に逃げちまったからな」
あぁ、ここに犯人がいないだろう、なんて俺が言ったから外に逃げたって思ってるようだ。
ここには俺達以外いないらしく、他の奴等は全員逃げたのだろう。
「ほーこくほーこくー」
俺達の入ってきたドアの向こうから、緊急事態だとエンジュが入ってきた。
棒読みのせいで緊急事態だと伝わらないがな。
「ヤバい状況が発覚しましたー。『魔を嫌う聖なる花』を誰かによって摘み取られた模様、どうしやすか親分?」
その花のお陰で、ここが休息地となっていたのに、それが摘み取られたとなるとモンスターが湧き出る可能性が浮上する。
このままだと全滅してしまうかもしれない。
早急に対策を考えねばなるまい。
「って、親分って何だよ?」
「じゃあ兄貴?」
「何で疑問系だよ」
「じゃあ、やっぱり旦那で」
掴み所の無い子だが彼女の事を気にしても仕方ないため、俺は対策となるアイテムを取り出した。
「レイ君、これは?」
「魔物忌避剤、モンスター避けだな。これを香炉で焚いて周囲に置いとく。そんだけだ」
本当は固形状のものを中に入れるのだが、俺の作った特製香炉は液体でも使えるものであり、液体を入れておくだけで内部の温度上昇に伴って煙となって出てくるよう、設計した。
綺麗な金色の香炉の蓋を開けて、そこへと魔物忌避剤を入れていく。
しばらくすると、そこから煙が出てきた。
人間には害の無いものであるため、これを外に置いとけばモンスターが出現しても問題ないだろう。
(この建物の中にも置いとこうか)
内部に魔法を組み込んである。
そのため、普通よりも広く煙が届くようになっているのだが、数に問題がある。
これは五基しか持ってないので新たに作ろうかと考えたが、面倒臭いので四つを東西南北に設置してから、この部屋に一つ置いとけば基本ここが襲われる事は無いはずだ。
犯人が邪魔しなければ、の話だが……
「言っとくが、壊したりすんなよ。壊したら面倒な事になるからな」
そう、壊したら非常に面倒な事になる。
だから壊すなと、そう念を押しておくのだ。
「ほぼ無味無臭だからな、魔物以外は基本匂いは分からないんだ」
これで一先ずは四十九階層のモンスター発生に関しては大丈夫だろう。
しかし問題点は山程ある。
食糧問題、部屋割り、犯人の特定、ギルドへの報告、現状把握、暴れている女の対処、数えるだけでも六つ、七つとある。
それ等全て俺がする訳ではないのだが、作業工程が遅くなるなら、全て俺一人でやった方が早い。
「とにかくフレーナ、お前は落ち着くまで牢屋に入れる。良いな?」
「な、何で!?」
「そうやって暴れてるからだ」
今にも拘束具を破ろうと藻掻いている。
プルミットを睨みつけているのだが、外した瞬間に掴み掛かるだろう事は目に見えている。
だから別の建物を牢屋に改造して建物同士を繋ぎ、そこに閉じ込めておくのが得策だと判断した。
「少しは頭を冷やせ」
「……分かった」
物分かりが良くて助かる。
さて、ならば牢屋を作ろうではないか、と思った俺は部屋の壁へと手を着いて錬成を発動させる。
「『錬成』」
壁が動き始め、一瞬で牢屋とそこに繋がる渡り廊下を形成した。
地下施設を作る場合は迷宮の一部を改造する事になる。
だが、それはつまり、この四十九階層という自然の牢屋から出られる事を意味しているため、地下ではなく廊下を通じて牢屋を形成した。
(煙の効果範囲を考えると、地下に牢屋を作るよりは断然こっちの方が良いな)
しばらくは様子見だろう。
渡り廊下を通って彼女を連行し、俺はフレーナを落ち着かせるために鉄格子の向こう側へと入れ、牢屋の扉に鍵を閉めた。
因みに、ベッドやトイレといった必要最低限のものは設置してあるし、プライバシーが遵守された設計となっている。
「三度、朝昼晩と様子を見に来るから、落ち着いたら言ってくれ」
「う、うん……」
落ち込んでいるが、こればかりはどうする事もできないだろう。
復讐、返報、会稽……
彼女に渦巻いてるのは、そういった憎悪に塗れた負の感情だろうが、これはもう仇討ちだの何だのと言ってる場合ではない。
(一歩間違えてたら俺も……)
こうなってたかもしれない。
いや、今でも心の奥底では復讐心という悪意が燻っているやもしれないと思い、胸辺りに手をやるが、何も感じなかった。
どれが本当の自分なのかは、今は考える必要は無いだろうな。
「ユスティから蘇生能力の条件、聞いたな?」
「聞いたよ。でも……」
「俺の予想では、三日以内に一つの出来事が片付いてるだろうと思う。もし、お前が本当に心を入れ替えるなら、弟を蘇生してやるよ。それまでは大人しくしてろ」
俺は隔離部屋の出口扉を開いて出ていく。
扉を閉める時、ふと見えた彼女の顔は憎悪と弟の心配が混ざり合ったような、そんな顔をしていた。
俺には分かる、この目がある限り。
彼女が大人しくなったら蘇生を、心を入れ替えなかったら蘇生しない、そう言った。
(さて、香炉を焚いて設置するとしよう)
まだ犯人が潜んでいるのだ。
悪を滅ぼすために、錬金術師という職業をフルに活用させてもらうとしよう。
これは……そのための力だ。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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