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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第三章【迷宮都市編】
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第95話 道標を探して

 掃討作戦決行まで、後一日となった。

 顔合わせの時間は聞いているので、それまでに戻れば大丈夫だった事もあり、俺は朝早くから荷物を持ち、フランシスに呼ばれて現在はギルマスの執務室にいた。

 Fランク冒険者がホイホイと行くような場所でも無いのだが……


(そう言えばラナさんの時もアダマンドのおっさんの時も、執務室に入ったな。手紙の事も忘れてたし、この事件が一段落着いたら書かなきゃな)


 そろそろ師匠に手紙を書こう。

 また死んだと思われても困るし、彼女から推薦状を貰えるように便宜を図ってもらえるやもしれない。


「待たせたね。って、あの子達はどうしたのさね?」

「リノはこのギルドホーム一階で掲示板付近に、ユスティとセラの二人は食べ歩きだとさ」


 ユスティは半ば強引に連れてかれたのだが、セラのお目付役として頑張ってくれ……


「それで、要件は?」

「要件の前に、少し聞いときたくてね」


 一体俺から何を聞き出そうと言うのか?


「勝てる見込みはあるかい?」


 聞かれる事の内容は意外なものだった。

 いや、意外でもないのか、この事件の根本的な解決のためだもんな。

 勝てる見込み、あの怪物と戦って勝てる可能性は恐らくだが七割を超えるのではないだろうか。

 しかし、嫌な予感がする。


「俺の予想で良いか?」

「構わないさね」


 なら、有りのままを伝えよう。


「可能性として階層喰い(フロアイーター)自体は倒せるだろう。だが、その裏で操ってるであろう奴が厄介だ」


 犯人が死霊術師なのはほぼ百%《パーセント》ではあるのだが、決め付けるのはまだ早い。

 可能性は限りなく低いが、もしかしたら古代の遺物(アーティファクト)とやらで死霊そのものを操っている場合や、モンスターの脳を弄ってる場合、召喚術や呪術によるモンスターの暴走、あらゆる方法がある。

 だが、その前に例のモンスターは人間を喰らい、職業を直に取り込んでいる。

 魔神は正確には霊魂を取り込んで進化の素材にすると同時に、媒体となる八人の生け贄の持つ異能や権能を使っていた。

 だが、今回は職業だ。

 全て扱えたのなら空間魔導師とかも喰われていたため、ワザワザ透明化ステルスを使わなくとも食えたはず、なのに何故か使ってこなかった。


「俺は職業に詳しくないからな、どんな能力を持ってるのか、どんな力を秘めてるのか、それが分からない以上は後手に回っちまう」

「だが、お前さんは錬金術師だろ?」

「……何が言いたい?」

「いや、錬金術師のお前さんがどうやって魔神なんてものを倒したのか、少し不安でねぇ」


 彼女の言いたい事は分かる。

 錬金術師は常識の埒外にあるのだが、その能力の情報統制は教会の人間によって行われ、今では錬金術師は不遇職となった。

 フランシスも、半信半疑となっている。

 当たり前だが、もしも俺が錬金術師の真髄を知らなければ同じ事を考えていただろう。


「職業以外の力、例えば異能とか使って勝ったんじゃないかって思うのさ」


 そう思考回路が働くのは当然だが、蘇生能力を知っていたなら分かるだろうに。

 敢えて俺に言わせたいらしい。


「アンタ、性格悪いな」


 そう思ったから、つい言葉が出てきてしまった。

 しかし、キョトンとしたフランシスは、次には大声で笑っていた。


「アッハッハッハ! そんな事言われたの初めてだよ!! アタイ、そんなに性格悪いかい?」

「俺から見たら、な」


 何処に面白いと思わせるツボがあったのだろうか、全く以って理解不能だな。

 他の奴等からは普通に良い人を演じているのだろうが、俺から見たら性格悪いように見える。


「で、そんな事を話すために俺を呼んだのか?」


 重要な案件だと思ったから来たのだが、下らない話に耳を貸すつもりはない。


「いんや、違うよ。ちょっと聞きたい事があってね」

「さっきのじゃないのか?」

「別件さ」


 顔付きが変わり、俺もしっかりと聞く体勢へと入った。

 どうやら、こっちとしても真剣に聞かねばならないらしいので、脳を切り替えて彼女の話に耳を傾ける。


「お前さん、犯人見つけたらどうするつもりだい?」


 正直まだ定まってない。

 今後のために殺すべきか、或いは放置すべきなのか、どっちにしても首を掻っ切れば終わり、とは限らない。

 犯人がもしも死霊術師ならば、死んだ後で自らを操るという能力があったはずだ。


(何だったか。確か『死者ノ円舞曲(エンデワルツ)』みたいな名前だったような……)


 死霊術師という職業の厄介なところは死霊を傀儡化する事だけでなく、幽体離脱や憑依、他にも死霊的能力を多数持ち合わせているというところで、一番最悪な展開は犯人が階層喰い(フロアイーター)の中に入って操る事だ。

 錬金術師は物質に、死霊術師は死骸に干渉する。

 俺達は『術』師だからこそ、干渉し、掌握し、そして操るのだ。


「アタイは、できれば生け捕りにして欲しい」

「捕縛か。殺すより難しいぞ」


 殺す場合は本気で戦うだけで充分だろうが、捕縛する場合は相手のレベルに合わせて戦う必要があり、更に捕縛後も抵抗される可能性もある。

 もしかしてアドラー大監獄へと移送する気なのか?

 そこに送られた者は基本、大悪党や大犯罪者であり、俺は一度も訪れた事は無い……いや、そもそもSランクでも特級のコネや実力が無ければ近付く事さえ不可能な、脱走不可能な要塞だ。


「アンタ、シールはあるのか?」

「シール? 何の話だい?」

「生け捕りにした後の話だ。アドラー大監獄に移送するんだろ?」


 そこへは普通の方法では行けない。

 理由は主に三つ、一つは絶海の孤島にあるという点、一つは海のモンスターが凶暴すぎて船が出ていない点、そして一つは物理結界で阻まれている点、だ。

 あそこは大きな鳥籠なのだ。

 だから、あそこに犯罪者を移送するためには、転移シールというアイテムが必要になる。

 シールを犯罪者の身体に貼って魔力を流せば送れるように設計されており、ギルドには必ず数枚は用意されているはずだが、彼女の顔を見て察しが付いた。


「いや、生憎と手持ちが一枚も無くてねぇ」

「マジか」


 それだと生け捕りにした後、どうするのだろうか。

 誰かが殺すという事になろうが、絶対に口を割らないだろう事は大いに予想できる。


「ちゃんと王国に申請書出したのか?」

「アハハ……ここんところ失踪事件のせいでてんやわんやしててねぇ、結局は出せずじまいで……」


 どうすんだよと思考を働かせるが、あまり良い方法が浮かばない。

 だが、瞬時に脳裏に展開された方法は二つある。

 一つは殺して影に収納してから、ここで蘇生する。

 一つは全身の手足を斬り落として持ってくる。


「アンタ、顔に似合わず物騒だねぇ」

「人を大量に殺してる奴だ、それくらいの罰があっても良いんじゃないか?」


 まず、そちらが申請書類を提出しなかった事が原因の一端であるのを理解しろと思う。

 過ぎた事は過ぎた事として、次どうするかを考える。


「冒険者達には言ったのか?」

「言えるはずないだろう。彼等は必死に生きている、そんな中で椅子に踏ん反り返ってるだけのアタイに上から言われたくないだろうさ」

「言い分は理解できるが……なら、生け捕りにした場合、報酬を上乗せするとか検討してみたらどうだ?」


 これならギルドとしても体裁を保てるだろうし、彼女が願っていた通りの展開にはしやすくなっただろう。


「確かにねぇ……よし! なら後で書類作るから顔合わせの時にでも見せてやってくれないかい?」

「それは構わんが、俺はFランク冒険者だ。十中八九トラブルに発展するぞ?」


 Sランク冒険者ならば実力を見極める事ができるはずなのだが、Aランクの場合はどうだろうか。

 俺の実力を把握しきれずに喧嘩になりそうだ。

 喧嘩する程に俺は馬鹿ではないので軽くいなせるのだが、問題なのはユスティとセラの二人、俺が馬鹿にされたりすると怒りを相手へと向けてしまうため、釘を刺しておく必要がある。

 余計な戦闘は避けるべきだ。


「前々から思ってたんだが、何でFなんだい?」

「何でって言われても……」


 FはFだから仕方ないだろう。

 ランクを上げるのは殆どの冒険者の目標だろうが、俺はしがらみとかに縛られるのは嫌なので、コツコツとランクを上げていきたかった。

 そんなすぐに上げると悪目立ちしそうで、もしかしたら勇者達に目を付けられるかもしれない。

 のんびりと、ランクを上げていけば良いと思っていた。

 それにランクで実力を測る奴がいたら、ソイツはその程度なのだと分かるし。


「魔神を倒した程の実力者なら、アダマンドがCとかBとかにしても可笑しくないと思うんだがねぇ」

「あ、それ断ったわ」

「……はい?」

「だから断ったんだよ。Cまで上げてやれるがどうするかって聞かれたから、止めとくって言って断った」


 今はFかEくらいで充分だ。

 成り行きで戦う事になっていたが、そもそも療養するつもりだったし、ランクは一つ上の依頼まで受けられる設定となっている。

 だから、Eランクまでなら受けられるのだ。

 それにダンジョンに潜る際にはランクは自由だから、俺としては低ランクで下まで潜れる事が、好都合だと思った所以なのだ。


「はぁ……勿体無い」

「上級冒険者にでもなると、嫌でも貴族との交流が増えるからな。できるだけゆっくりが良いんだ」

「そんなに貴族様が嫌いなのかい?」

「別に好きでも嫌いでもないが、交流を持つのが面倒なのさ」


 一々断るにも体裁、つまり貴族と交流を持たないに値するだけの理由を伝えたりしなければならない行為が必要となり、それがマジ面倒臭いのだ。

 しかしながら、一応貴族のマナーは一通り知っている。

 食事から礼儀作法、帝王学や経済といった財政関連の勉強にも手を染めた事がある。


「仮に誘われたとしても行くの面倒だし、俺達の事をゴミだと思って蔑んでる奴等ばっかだし、関わったところでメリットよりデメリットの方が圧倒的に大きいし」

「……」

「もし国から報酬でも貰ってみろ、その国に縛られる可能性が高い」


 貴族の所作一つ一つに裏の意味が存在している。

 例えば食事でフォークやスプーンを使うにしても大きさや手順によって意味が変わったりする事もあるし、遠回しな表現で婚姻関係を結ぼうとしたりする場合も断ったりしたら即処刑、なんてザラだ。

 だから、向こうの気分次第だ。

 触らぬ神に祟りなしとは良く言ったもんだ、非常に面倒なのだ。


「そんなに力説されてもねぇ」

「別に力説してないが……まぁ、つまり俺は貴族と交流持ちたくないから、今はまだFのままなんだよ」


 それに試験受かったの二ヶ月半前だし、普通はそんなに早くランクが上がる事もない。

 上げようと思えば俺達はいつでも上げられるため、依頼受注期限内に一つ受けてるだけだ。

 魔神騒動に関する国からの報酬とかもあったのだが、受け取る気も無ければ向かうつもりも無かったし、面倒という理由で断った。

 貴族との交流を持ちたくない、という理由も少なからず含まれてはいる。


「変な坊やだよ、お前さん。国からの報奨金は莫大なものさね、余程物欲が無けりゃ突っ撥ねたりなんざしないんだがねぇ」

「生憎、俺は大して金には興味が無いんでね」


 それでも金銭を要求する矛盾を抱えているのだが、そもそもウォルニスとしての人格と貸し借りを無くしたいという考えも含まれている。

 これで貸した分はチャラだぞ、と。

 別に相手に金を吹っ掛けてる訳でもないし、埒外な金額を要求する事は滅多に無い。

 その物に合った金額を要求している。


「あるとするなら……そうだな、武器かな?」

「武器?」

「あぁ、例えば聖剣や魔剣、そういった類いの武器とか、或いは魔導具だな。そういうのには一定の興味がある」


 鍛冶や魔導具造り、今は魔法にも一定の興味を示しているだろう。

 自分の強さのために、興味がある。

 もしかしたら聖剣や魔剣を錬金術で創れるのではないかと思ったりもしている。


「やっぱり、お前さんも冒険者なようだね」

「当たり前だろ」


 ちゃんと資格取ったしな。


「ま、俺が本当に興味を示すのは『冒険』、ただ一つだ。未知を体験し、そこにあるものに触れ、そして経験を得て次の場所へと旅立つ。それが好きなんだ」

「何言ってんだい、言葉とは裏腹に顔には何一つ書かれちゃいないよ。もっと笑顔を繕いな」


 できるなら、とっくに笑ってる。

 昔なら馬鹿みたいに笑えたはずだが、今となっては楽しいという感情は無いに等しく、冒険しているという事も楽しめている気がしない。

 驚きや知識的欲求、そこに触れたいという好奇心はあるのだが、そこに喜びを感じれなくなった。

 昔よりも状況が改善されたが、前の方が自由だったような気もする。


「じゃあ、事件が解決したらフラバルドを出てくのかい?」

「いや、六月の終わりまでダイガルト達と一緒に迷宮攻略するって決めたからな。それが終わったら出てくよ」


 サンディオット諸島の『龍栄祭』に参加するためではあるのだが、火山も近くにあるから温泉もあるそうで、そこでゆっくり身体を癒すのも良いかなと考えていた。 

 龍栄祭五割、温泉三割、観光二割ってとこだろうか。


「まぁ良いさね。それより、もう一つ聞きたい事があったんだよ」

「何だよ?」

「アンタ、エレンと知り合いなのかい?」


 急な話の展開に疑問を抱く。

 まずエレンと知り合いという事を何故知っているのかと疑問に思うのだが、その前に何故その質問がやってきたのだろうか?


「あぁいや、あの子とはちょくちょく連絡取り合ってるんだけど、急に掃討作戦に参加する旨を伝えてきてね。お前さんの話も出てたから、知り合いなのかなって気になっちまったのさ」

「成る程……まぁ、知り合いだと思う」

「曖昧な答えが返ってきたね……」


 俺だって、彼女との関係がどういうものなのか分からないのだ。

 だから曖昧な返答しかできない。

 『悪夢の七日間』で出会い、俺の作った低級ポーションを振り払って罵倒した女、そんな印象しか無いのだが、これで知り合いと言えるのなら、そうなのだろう。


「彼女、参加する気は無いって言ってたんだけど、何か心境の変化でもあったのかねぇ」


 何処か嬉しそうに語るフランシスを横目に、俺はテーブルに置かれた紅茶を頂く。

 うん、相変わらず芳醇な香りが口中に広がっている。

 流石はギルド、高級な茶葉だな。

 前は師匠ラナとお茶会と称して、魔境で採れたグリーンローズを使ったが、これは淡いピンク色をしている。

 前に飲んだ事のある紅茶だ。


「紅茶、美味しいかい?」

「あぁ……これ、パールエデンだろ?」


 大昔の聖女が愛したとされる、高級茶葉だ。

 口当たりの良い美味しさがあり、お茶を温めたり冷ましたりすると味が変化するのだ。

 淡いピンク色で、パールのような煌びやかさを誇り、楽園に誘われるような味わいを持つから、と名付けられた。


「ほぅ、やるねぇ」

「美味いな」

「そりゃ良かったよ。ラナって女から貰ったのさ」


 ここで俺は意外な名前を聞いて、高級茶を吹き出しそうになって咽せてしまった。

 紅茶が気管支に入っていった……ゲホッ。

 やはり師匠の紅茶好きには敵わないな、こんなところにまで顔が広がっているとは。


「だ、大丈夫かい!?」

「あぁ、意外な名前が聞こえたんでな」

「意外な名前?」


 あの人どんだけ顔が広いのだろうか、まさかここで意外な繋がりがあるとは予想外……いや、有り得るか。

 あの人、人脈作りが上手だったし、世渡りのメッチャ上手い人だったからな。


「俺の師匠だ」

「ラナが?」

「俺もジルフリード流魔力制御術が使える。あの人には昔世話になったもんでな」


 同時に迷惑も掛けた。

 久し振りに会った彼女は変わってはいなかった。

 変わったのは俺、初めはウォルニスの兄という架空の人物と間違われた。

 もう二ヶ月が過ぎたので、そろそろ近況報告を書く必要があり、この都市はグラットポートと違って破壊されてないので、郵便が使えるだろう。


「あの子、寂しがってたよ」

「ん? どういう事だ?」


 寂しがってたとは一体……


「アタイ達はマブダチでね、稀に通信で話したりするのさ。けど、失踪事件のせいで通信できずにいたんだけど、急に連絡してきてね、ついこの間、愛弟子が生きてたって嬉しそうに連絡してきたのさ」


 師匠、そんな事してたのか。


「名前がノアってのも今思い出したよ。そうか、お前さんだったのかい」


 慈愛に満ちたような顔付きとなって、フランシスは俺を見てきた。

 何か言いたそうだ。


「ずっと彼女は孤独だった。それを、アンタが救ってくれたんだねぇ……アタイの親友を救ってくれて、本当にありがとう」


 今回だけは素直に受け取っておこう。

 相手は師匠の親友マブダチらしいし、俺も彼女ラナに世話になりっぱなしだったからな。


「だから、ちゃんと帰って手紙でも書いてやんな」

「……あぁ」


 紅茶を飲み、素っ気無い返事だけを返しておく。

 世界から嫌われていた俺に手を差し伸べてくれた数少ない人物、ラナ=ジルフリード、彼女のお陰で俺は強くなれたのだと、そう思えた。


『ご主人様〜? いらっしゃいますか〜?』


 外からユスティの声が聞こえてきて、俺は廊下に繋がる扉へと目を向ける。

 許可無く二階へと上がってくる事はできないはずだが、勝手に上がってきたのか?


「アタイは書類作ってくるから、少し待ってな。狼の子を入れても良いよ」

「わ、分かった」


 そう言って出て行ったフランシスと入れ違いに、白くて綺麗な尻尾を揺らしながら、ユスティが入ってきた。


「こちらにいたんですね、ご主人様」

「どうした? 何かあったか?」

「いえ、特に何かあった訳ではないのですが……」


 用事でもあるのかと思ったが、単にここに来たかったらしい。

 大きなソファに一人で座っていたので、席を空けて彼女に隣に座るように目で語り掛けると、礼儀正しくお辞儀してから彼女は腰を下ろし、こちらに寄り掛かってくる。


「こうしていると何だか落ち着きますね」

「そりゃ良かった」


 紅茶を一口頂き、俺は師匠ラナの事を頭に思い浮かべていた。

 手紙についてどうしようか、と。


「ご主人様、女性の事を考えてます?」

「お前……エスパーかよ」

「女の勘というやつです。ここに飛びっきりの美少女がいるのに、誰の事を考えてたのですか?」


 コイツ、今サラッと自画自賛したな。

 小さく頬を膨らませて怒ってますよアピールをしているようだが、彼女にどう説明しようか。

 まぁ、こんなとこで嘘なんて吐く必要も無いし、大して俺の情報を与えないだろうと考えた結果、首に掛かっているペンダントを外へと引っ張り出して彼女に見せ、教える事にした。

 綺麗な銀色に輝くペンダントは、師匠がワザワザ採ってきてくれたものだ。


「それは……ご主人様の持ってたペンダントですね」

「あぁ、俺の師匠に貰ったんだ。昔世話になった人でな、その人に手紙を書こうと思ってるんだ。その事を考えてただけだ」

「ホントですか?」


 疑り深いな。


「ホントだよ、俺の命の恩人なんだ」


 そう、ずっと命を救ってきた。

 昔も、今も、彼女の教えてくれた技術が俺を守ってくれている。

 だから俺は師匠には頭が上がらない。


「でしたら、一緒にプレゼントを郵便で輸送してもらえばどうでしょうか?」

「プレゼントか……なら、アレだな」


 すぐに彼女に渡したいプレゼントは決まった。

 プレゼントという発想は無かったのだが、この迷宮都市特産のがあれば探してみよう。


「それよりリノとセラは?」

「お二人は一階の掲示板のところで楽しそうにお話ししてましたよ」


 何となく想像できるのだが、敢えて触れないでおこうと考えた。

 嫌な予感がする。

 セラが暴走しないようにリノがお目付け役を果たしているのだろうが、彼女が自由奔放な龍神族を止められるかは怪しいところだ。


「何を話されていたのですか?」

「基本、他愛無い話だったな。半分相談みたいな事になってたけど、とにかく掃討作戦を終えたら一段落着くであろう事は確かだな」

「犯人が見つかるからですよね?」

「ご名答。多分、犯人は掃討作戦に加わるだろうよ」

「そうなのですか?」

「俺が犯人ならそうするってだけで、百パーそうとは限らないけどな」


 顔の見えない相手に、俺は翻弄されている。

 今日、そして明日で決着となれば御の字だが、そうは問屋が卸さないのが世の常。

 きっと、のらりくらりと逃げるに違いない。

 二重三重にトラップを仕掛けてくる相手だ、油断してはいけない。


「犯人を捕まえれば報酬が上乗せされるらしい」

「では、ご主人様は捕まえるのですか?」

「……どうだろうな。その時次第だと思う」


 捕まえるにしろ殺すにしろ、どっちも同じ結果に行き着くはずだ。

 それに俺以外に捕まえる奴が現れるかもしれない。


「ま、何とかなるだろ」

「楽観的ですね……」


 苦笑するユスティを尻目に、俺はフランシスの作製する書類を待った。

 掃討作戦の顔合わせは午後三時からとなっている。

 今はまだ朝早い時間帯であるため、五十一階層の転移部屋へと飛べば充分間に合う。

 果たして誰が掃討作戦に参加するのか、どんな猛者がモンスター討伐のために集まるのか、紅茶の香りと味を堪能しながら、先の事を考えていく。


(ラナさん、ちゃんと帰ってくるよ)


 窓の外を見ると、一羽の小さな鳥が自由に空を翔けていった。

 その鳥が何処へ飛んでゆくのか、その鳥と同じく自分は何処へ行くつもりなのか、そう考えながら残りの紅茶を嗜み、喉奥へと流し込んだ。






本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。

『面白い!』『この小説良いな!』等と思って頂けましたら、下にある評価、ブックマーク、感想をよろしくお願い致します。


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