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冬の災難(上)

さむーい冬の夜に起こった水のトラブルです。

札幌は冬さえなければ、暮らしやすい街ですが、慣れない人には中々大変です。

特に築年数五十年が経過した建物は、寒さや雪で様々な不具合が出てきます。


そして、札幌は一九七二年にオリンピックがあり、それに合わせて発展した都市です。

当然、その年に建設された建物も多数ある訳で……。

 札幌市は全国的に見て、いや世界的に見ても珍しい地形らしい。

 周囲を数々の山々で囲まれ、それは丁度すり鉢の底に札幌市があるようだと何かの文献で読んだことがある。

 そのおかげで、市民は毎年振り続ける大雪に悩まされ、市の予算は除雪費に二百十億円以上、実に総予算の四割を持っていかれるという有様だった。

 青森県に比べると、積雪量は少ないらしいが何の慰めにもならない。

 氷点下二度や三度なら可愛いものだが、氷点下十度ともなると仕事どころか、家から出ることすら嫌になる。


 そんなある明け方のことだった。

 「……あい」

 『今日は何時に出勤できる?』

 外は極寒だが布団の中は暖かく、優しい春の陽気である。

 毎日の除雪で眠りこけていた私に電話してきたのは、社長の冨田氏であった。

 時刻は午前四時。

 「ふぁにがあったんですぅ?」

 寝起きの頭では呂律も回らない。

 『中央赤地ビルのL-ライブなんだか、床下から水漏れして水浸しになっている』

 それを聞いた私の気持ちを想像してほしい。

 

 何時に来れると尋ねているが、早い話トラブルが発生したからすぐに来てくれ、ということだろう。

 用意でき次第、すぐに行きますと言って、私は寝床をはい出した。

 札幌の夜明けはまだ遠い。

 私の目覚めもまだ遠い。


 冬の日の出前、ススキノに限った話ではないが、札幌はどこも極寒である。

 私の眠気もタクシーを拾って、現場へ行く車中で完全に覚めていた。

 現場となったL-ライブはススキノの月寒通りに面した場所にあるが、現場の想像をすると気が重くなる。

 中央赤地ビルはうちの会社が管理を受託いる物件の中で一際規模の大きいビルだった。

 以前に紹介した、七号館ビルは地上九階、地下一階建てのビルであるが、それに対し本件の赤地ビル(正式には中央六十四赤地ビル)は地上八階建て、地下三階建てとなっている。

 一階は飲食店、二階は不動産を扱う店舗と飲食店、四階から上はカプセルホテルが入っている。

 対し、地下一階と三階はクラブが、地下二階と地上三階はテナントが入っておらず空きとなっていた。


水があふれたという事は下水が使えないかもしれない。

 そうなるとカプセルホテルからの苦情も対応しないと。

 

 そもそも地下一階のテナントで床下から水漏れということは、地下三階はどうなっているんだろう。

 そもそも明日、お店は開店できるんだろうか。

 お店の人から文句を言われたらどうしよう。

 疑問と不安を抱え、私は現場に向かった。


 「あぁ、ごめんな」

 スーツの上着を脱いだ冨田氏は、長靴をはいた状態で私を出迎えた。

 長靴は多分、その辺のお店で調達してきたのだろう。

 現場には冨田氏の他、顔の知っているうちの駐車場スタッフとこのテナントの従業員数人がおり、モップとバケツを持っている。

 

 結論を言うと、私の心配事はだいたい当たっていた。

 

 一部から水漏れと思っていたが、床全体が水浸しだった。

 長靴がないとすぐに靴が濡れてしまう。


 「何が原因なんです?」

 私も彼ら彼女らに混じって、モップを走らせながら、冨田氏に尋ねた。

 「わからんが、別の階でも浸水しているらしい。さっき業者へ連絡したから、もう少しで来てくれるそうだ」

 後年、こういった状態では持ち運びが可能な排水ポンプが有効だと知った。

 しかし、この当時はそんな便利な機材がうちの会社にある訳なかったし、そんな知識さえ私は持っていなかった。

 同業者が知れば、卒倒するかもしれないが、本当の話である。


 結局、私は誰もやりたくなかった、集めた水をゴミバケツで地上の排水溝まで捨てるという運搬係を命ぜられた。

 エレベーターは設置されているが、フロアーの出入口は塞がれ、しかも箱内にある操作パネルでも行けないように設定されている。

 前の管理者がクラブの騒音や酔っ払いを上の階へ行かないようにする措置だという。

 おかげで私は水の入って重いゴミバケツを地下から地上へ運ぶ作業を何度も、何度も繰り返した。

 「……しんどい」


 「わかったんですか?」 

 排水のため人力ポンプの役目を果たし、精魂尽きた私は同じように顔色の悪い冨田氏へ聞いた。

 周囲には、到着したばかりの配管業者がウロウロしている。

 バインダーに紙の束を挟め、カリカリとそれに記入していた彼は

 「本管が詰まったんだって」

 そういって、書類へ目を落とし、またカリカリを続けた。

 もう少し詳細を聞きたかったが電話をかけ始めたのでその場を離れる。

 「本管が詰まって、そこからオーバーフローしたんですよ」

 私と冨田氏のやり取りを聞いていたのか、近くにいたらしい配管業者の方が教えてくれた。

 「オーバーフロー?」

 聞きなれない単語に、あふれ出るって意味です、と業者の方が助け舟を出す。

 つまり、こういうことらしい。

長いので上下に分けました。

下の部分もすぐに投稿します!

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