記念すべき第一号の入居者
二時間後。
「小河さんですか?」
「はい、そおです」
私はスモール・ヒルの玄関で二人を出迎えた。
一人は、今返事をした五十代と思われる女性。
こちらはショートヘアーに分厚いレンズのメガネをしている。
もう一人も同じく女性で年齢が二十代程と若い。
どちらも共通するのは身長が140センチ代とかなり小柄であり、“読書が趣味のおとなしそうな人物”という印象の持ち主だった。
私は部屋のある四階へ二人を案内しつつ、SNSで冨川社長に二人と合流した旨を伝えた。
「お母さん、今度の部屋はどうなるの?」
「今行くから待ちなさい」
四階に続く階段を登りながら二人はそんなことを話していた。
やっぱり親子か、と納得しつつ私は色々と考えを巡らせる。
(訳アリなんだろうか?)
頭に沸いた疑問を瞬時にかき消す。
笑顔を意識して、口角を上げつつ
「こちらになります」
ドアを解錠して、二人を室内にいれる。
スモール・ヒルは全室単身者向けとなっており、間取りはすべて1DKとなっている。
今二人を案内した403号室は入ってすぐ左側にトイレがあり、そこを背にして6.5帖の居間と洋室が続く。
居間の方には右側へバスルームが、洋室には押し入れとそれぞれある。
「中は結構きれいですねぇ」
小河さん母は、室内を見回しながら呟く。
「お母さん、広いねここ」
娘さんもスリッパでペトペト床を歩きながら口にした。
はその様子を見ながら、質問された時にどう答えるか頭の中で思い浮かべてきた。
初めて案内したお客様なのだ。
訳有りの臭いもするが出来ることなら、この場をスムーズに答えて切り抜けたい。
しかし、次に小河さん母から出てきたのは
「契約したいですけど、書類を下さい」
という、予想とはかけ離れた言葉だった。
部屋に入って五分もしないうちに、入居決定。
いいのかなぁ、こんなんで。
かくして私の記念すべき入居見学者第一号は、このようにあっけなく賃貸契約を結んだのだった。