白石区にあるアパート
ビルメンテナンスという仕事は基本的にその建物に備わっている設備の管理をするお仕事です。
基本としては、巡視や点検・小修理・トラブルが起きた時の中継役などをやっていました。
ただ現場によって差はあります。
ただ一つ、共通していることは「給料が安い」ということです(泣
さて。
以前にも説明した通り、私は設備管理を生業にしている。
資格もノウハウもない私がやる主な業務は清掃と建物の巡回、後は月一で行う水道や電気メーター検針だった。たまに業者が来た時、鍵開けの立ち会いなどを行うが、これは時期によりまちまち。
しかし、まったくイレギュラーな業務も入り込むことがある。
「これで、300件目」
私はバインダーに挟み拡大コピーした地図を見ながら呟く。
なんだか郵便配達になった気分だ。
イレギュラーな業務、ポスティングをしながら、私は吹き出る汗をタオルで吹いた。
「チラシを配ってくれ」
私より十歳年上の冨田社長はそういうと、後ろにある白い塊を指差した。
身長が私より二十センチほど低い彼の声は、小柄な体形とは裏腹に鋭い。
最近はその声を聞けば、反射的に背筋をただすようになった。
彼が指差した先には、三十センチを越える束ねられたチラシが来客用のテーブル(といっても、七号館ビルに入ったテナントが捨てたもの)を占領している。視線を下げると乗せきれないものが十個以上床へ置かれていた。
「このチラシはお前が今掃除にいっているスモール・ヒルの物だ。今いくつか空き部屋があるんで、入居者を増やすようできるだけ広い範囲に配布してほしい」
スモール・ヒルとは、最近になってうちの会社が新しく管理し始めたあの白石区の一角のアパートである。私のカレー熱を呼び起こしたあのカレー屋も入っている。築三十年の単身者向けアパートであり、家賃も三万前後と手頃。管理は常駐ではなく巡回で週に二度、清掃と巡視のために通う程度だった。
「配布枚数に定めはないが、必ず一日配った枚数を報告するように」
そう言うと、私にチラシを渡す。B四サイズのチラシでも二百枚に束ねられるとかなりの重量がある。 それが四つも重なると相当な重さとなった。
当時、ポスティングの経験がなかった私は特に深く考えることもなくそのまま首肯する。
しかし、これがとんでもない間違いとその後の苦難の始まりだった。
「暑・・・・・・」
本州に比べれば、北海道の夏は比較的涼しい、はずだ。
設備管理業務の傍ら、私は駐車場で車の誘導業務をしているが本州から来るお客さんからは「最近北海道も暑いねぇ」なんて言葉をよく聞くようになった。
本州に行く用事がない私にとっては定かではない。
しかし炎天下、徒歩でやるポスティングのキツさは予想以上だった。
会社から三十分かけて、重いチラシをリュックへ入れ、地下鉄東西線で駅に到着。
そこから更に歩いてようやくアパートへくる。
四階からの一階、そして駐車場の清掃を終わらせた後、私はリュックにチラシの束を、手には配布範囲を記録するため地図を持ってポスティングに望んだ。
設備管理部のスタッフは私と社長だけであり、それ以外はみんな他部門にいる。当然、会社の優先順位もそちらへ行き、こちらには配布に使う自転車どころか人員を増やしてくれる兆しもなかった。思えば地図を挟んでいるこのバインダーだって自前である。
配布するよう言われたスモール・ヒル周辺を南郷一丁目から南郷二十丁目まで、何ヵ月もかけてチラシのポスティングに奔走した。
たかだか、ポスティング。されどポスティング。
やり始めた時は、せいぜい三ヶ月やって終わりだろうと高を括っていたが、半年経ってもまだ終わりの兆しは見えない。配り終えれば、新しい分のチラシを渡され、また延々とポスティングの繰り返し。
増刷に次ぐ増刷。
気がつけば、チラシも会社に宅急便で届いた物を私が受け取り、そのままポスティングに行くという流れに変化していた。
そのまま直射日光の厳しい夏が終わり、短い秋が来て、豪雪に悩まされる冬、到来。
私は雪の中、傘を指しながらポスティングを続けていた。
それは春の兆しが見え始めた(道路の雪が溶け、びしゃびしゃになった)ある日の事。
『今日、スモール・ヒルを見たいって人がくるから、案内を頼む』
唐突に社長から言われた。
面と向かってではなく、ストーンヒルで清掃をしている最中、それも電話越しの話だった。
「今日の何時からですか?」
『十七時。小河さんという人が一番上の階の部屋を見たいといっているから、403号室を案内して』
何か質問されたらその場で俺に電話しろと言い、そのまま電話はきれた。
私は不安になった。
もっと早くいえよ、と悪態をつきそうになったが、社長がお客様の都合に合わせて調整した結果だろうと思い直すことにした。
十七時といえば、私の業務終了時間を軽く上回ってる。ちなみに、うちの会社は残業代はでない。
今思えば、明らかにおかしい点が多々あるが、当時はこれが当たり前だと思っていたし、それを私の中で美徳と考えていた。己の無知が悔やまれる。
残業が出ないのは実話です。
よく働いていたよなあ・・・。