ブレーカーの場所とランプ不点灯の原因
お読みいただき、ありがとうございます。
三話目です。
今回は、どうしてランプが不点灯だったのか、そしてブレーカー盤の場所がどこにあったのかを書いています。
「多分、あれですね」
多分と言いつつ、確信をもった声で三田村電設保安事務所の三田村さんはいう。
社長のお達しがあってちょうど一週間。
私は通常業務を終えてから、ブレーカーの捜索を続けていた。
社長と同様、私もビル管理の経験はまったくない。
元々この会社が主業務で運営している駐車場の誘導員として入社したからだ。
しかし、履歴書の欄に“整理整頓が日課です”と書いたことが社長の目に留まり、急遽新設された管理部へ引き抜かれたのである。
「落ちないでくださいね」
“電気で困ったことがあれば三田村さんへ電話しろ。ただしすぐ来てくれる訳じゃない”と言われていた通り、ようやく来てくれた電気監理技術者の三田村さんは、腰元まである雪を掻き分けながらずんずん前進していく。
結局、看板のブレーカー盤が設置された場所を、私は彼に指摘されるまでわからなかった。
当然だと思う。
目的のブレーカー盤はペントハウスの上にあった。
ペントハウス(塔屋)の上とは、ビルの屋上にある建物のさらにその上部をさしている用語で通常なら高置水槽やキュービクルが設置された場所である。
高置水槽とは、地下の受水槽からポンプで上げられた水道水を蓄える槽をいい、キュービクルは高電圧を降圧する設備のことだ。
そんな場所、知らされたこともなかったし、仕事が終わって雪が降りしきる中、登山用のヘッドライトを着けて確認しに行こうと思うほど私は仕事熱心でもない。
ましてや、こんな場所、絶対嫌だ。
「ちょっと待ってください。三田村さんは、ここへ来たことがあるんですか?」
外壁に設置された階段の手すりを両手で押さえながら、私は震え始めた膝を必死に落ち着かせる。
「ええ、何度か」
中年というには、少し若い見かけの彼はそう言って、奥にある錆びたブレーカーボックスへ向かっていく。
ペントハウスの上は、一般の人が立ち入るということを想定されていない。
そのため、転落防止用の柵などなく、端の方は雪や雨がそのまま落ちないよう直角となっているが、それでも高さは30cmほどしかない。
しかも連日の大雪により、それも埋まっていた。面積だって屋上の八分の一しかない上、太いパイプや高置き水槽により、人が移動できるスペースはかなり狭くなっている。
そして私の二メートル先は五十メートルを有に越える絶壁となっていた。背後に屋上はあるが、そこまでの高さも10メートルはある。
しかも雪がせりだしているので、空中と地面との境界がわからない。
私も彼に続こうと一歩踏み出すが、雪に埋もれる。腰まで沈んだが、足は地面に付かなかった。
「・・・・・・」
そこから、どうしても進む気になれない。
誤って足を滑らせれば、落ちて死ぬ。
仕方なく、下の屋上の床に放置されていたスコップを使って雪をかきはじめた。
数メートル下の屋上へ雪を落としながら、三田村さんの方を見ると、彼はブレーカーボックスの蓋を開けて考え込んでいる。
三十分ほど時間が経過し、辺りは薄暗くなってきた。
もう少し暗くなれば私の頭につけたキャップライトも点灯する。そうすれば、彼のためにできる補助が増えるだろう。
私は高所による怖さと、彼のために役立てる嬉しさの両方を感じた。
除雪もある程度進み、私は高置水槽に寄り掛かりながら、冨川社長にSNSで現状を報告していく。作業の様子、と言っても三田村さんの後ろ姿を撮り写真も送信した。
さらにまた時間が経過していく。
ガタンっという音がした。
「なんです、今の音?」
私が尋ねた。
「タイマースイッチと言って、時間になればオンになるブレーカーが動いたんです」
そう言って、彼が道路側を指差す。
恐怖もあったが好奇心もあった私は腹這いになりながら、そこへ近づき眼下を覗き込む。
夜のススキノを象徴する多様な電光看板が点っていた。
しかし、未点灯の箇所もある。
「そのまま下見てもらってもいいですか」
三田村さんはそう言ってブレーカーを操作する。
一ヶ所電光看板が消灯した。
消灯の有無を私に尋ねながら、何度な同じやり取りを繰り返した。
「もしかすると」
彼はブレーカーに取り付けた電気計測器具を見たまま
「玉切れかもしれません」
そういった。
「玉切れ?」
「ええ。見たところ、全部のブレーカーが上がっていて、電気も一次側には来てます。もし、二次側の配線に異常があれば、ブレーカーは落ちていると思うんですけど」
私は困惑した。
「電灯が複数箇所が切れているのに気がつかないことなんてあるんですか?」
「一ヶ所だけなら割りと気づかない事が多いんです。そのうち、時間がたってどんどん切れてきて、判明することがほとんどですね」
私は、この一週間の事を思いだし、どっと疲れた。
私の勤務時間はもっぱら朝から夕方までだ。そのあとは冨川社長がやることになっている。
「そうですか・・・・・・」
私は脱力する。
そのままSNSで社長に現状を報告した。原因が判明したので、今後どうするかは社長の領域だ。
三田村さんは電気の保安業務が担当なので、こういった大がかりな交換作業は請け負っていない。
「冨川さんには私からも状況を伝えておきますね」
彼の言葉を聞きながら、私は体を後ろへ下がる。
立ち上がってから顔をあげた。
光輝くススキノの夜が眼前に広がっている。
散々な一週間だったが、これを見ることができたのは嬉しい。
徒労に悩む私のビル管理業務だが、時としてこんな素敵な光景を目にすることもある。
だから、この仕事はやめられない。
私は小さなため息をついた。
苦い思い出ですが、ラストにあるススキノの綺麗な夜景を見られたことは大きいと思っています。
二度とあのペントハウスには行きたくありませんが(汗