大型特殊免許を取った話
誰しも小さな自慢はあると思うが、私にもある。
当時私は20代の中頃に差し掛かっており、大いに焦っている時期だった。
なぜか。
大学を卒業した以外に人へ誇れるものが何もなかったからである。
そんな自分に大きなコンプレックスを抱いていた。
「はい、ゆっくり曲がってー 」
のんびりした教官の声で我にかえる。
目の前には少し視線の高くなった自動車教習所の光景が広がっていた。
ここは札幌、中之島にある某自動車学校である。
「これ、仕事で使うのかい?」
「ええ……」
教官の問い掛けに言葉を濁して答える。
私は今、黄色く塗装された中型のホイールローダーに乗っていた。
「ホイールローダーのハンドルってずいぶん大きいめですね…」
と、私。
「そりゃあ、重機だからね」
あっさり答える教官。
私が握るハンドルは、中華鍋ほどもあった。
「お前さー、大特とれよ」
「そうそう、除雪できんぞ」
数日前の飲み会(強制参加)で社長と統括部長に言われた事を思いだし、早くも私は後悔していた。
その飲み会に参加した時、私は不覚にも自分のコンプレックスを語ってしまったのだ。
すると彼らはそれを肴に盛り上がり、赤ら顔で前述の言葉をいったのである。
当時の私は純粋であった。
どうしようもない、純粋であった。
その証拠に、それをそのまま受け取った私は数日後、近所にある自動車学校へ大型特殊自動車免許を取得するため、乗り込んだのである。
―大型特殊免許。
私は男である。
故に『大型』とか『特殊』なんて単語にはめっぽう弱い。
これには同調する男性も多いのではないだろうか。
その免許を取得することで、あの巨大な乗り物に乗れるようになるなんて、まさに自分が何かの主人公になった気分である。
しかし、現実はうまく行かない。
「ずいぶん大きいですね、これ」
第一回目の、それも教習前。
私は目の前に停車しているホイールローダーを見上げながら呟く。
「いや、標準サイズですよ」
と、教官。
目の前に黄色く塗装されたソレは私がイメージする町の駐車場でのんびりと除雪をやる型のものではない。
山奥の工事現場や採石場などで使う本格的やものだった。
しかし、ここまで大きくても中型の部類らしい。
「じゃあ、ここに足掛けて登ってください」
「あ、はい」
私はタラップに足を掛けそのまま、上がる。
後ろから教官も続いた。
人生初めて座ったホイールローダーの運転席は感動よりも痛みが勝った。
「よし、じゃ早速……」
教官は言いかけて私を見る。
「体調悪いんですか ?」
「 いえ、腕がつったんです」
情けないことに、日頃の運動不足が祟り、腕が簡単につってしまったのである。
かくして、大型自動車教習はこんな感じでスタートした。
まず驚いたのは、ホイールローダーは普通の車と違い速度をあげれば揺れる。
またオートマチックギアなので、クラッチの様な切替操作もいらず、しかも
「クリープ利用して前に進んでね」
運転免許をお持ちの方なら、クリープとは何か聞いたことがあるかもしれない。
クリープとはオートマチック車の構造上、ギアを入れると自然に車が動いてしまう現象である。
だから、ギアを入れている時は、前進・後進に関わらずブレーキを踏んでいなければならないのだ。
ペーパードライバーの私はそういったことに戸惑いつつも、一抹の面白さを感じた。
特にホイールローダーは内輪差が普通車と違ってないのでカーブは曲がりやすい。
視線も高いので、運転もしやすいと感じた。
慣れてくると大いに楽しい。
もちろん、楽しい事と上手く出来ることは別である。
十数回の教習のあとはいよいよ卒業試験となった。
ありがたいことに、大型特殊免許は場内のみの試験であり場外はない。
ただし、
「…たぶん落ちたな」
試験では、1発アウトこそなかったものの、
ウインカーの消し忘れ・出し忘れ、急ブレーキなどあらゆる減点項目に引っ掛かったと思う。
再試験はいつか、休みをどう調整するか考えていた時
『合格者――38』
モニターに私の受験番号が表示された。
私の運転免許に大型特殊(略して大特)が追加された瞬間だった。
この後すぐ手稲区にある運転免許試験センターへ向かう。が、当時私は原付バイクしかなく、中の島から運転免許試験センターまで約20kmほどある。
季節は4月。
冬の終わりかけとは言え、風はまだ(猛烈に)冷たい。
そんな中、20kmも原付でいくか。
行った。
みんな馬鹿だと思うかもしれないが、これを書いている当人も思う。
でも行った。
ルートは覚えてないが、近くなるにつれて小樽湾と風車郡、そして骨に染みいるあの寒風は今も覚えている。
そして、苦心の末私の運転免許は大特の項が追加された。
あれから10年以上たつ。
未だに大型特殊免許が陽の目をみる時はない。
しかし、いつかその日が来ると信じて今回のお話しは終わりである。
皆様、読んでくれてありがとう。




