モテる男(雄)は大変だ 2
本当に久しぶりの投稿になります(汗
カラスにエサをやってはいけません(滝汗
驚いたことだが、『カラス』という名の鳥は存在しないらしい。どんなカラスにも『カラス』の前にはハシブトやハシボソといった種族名がつく。
我々人間も学術的に見るとホモサピエンスだったり、その中でモンゴロイドやコーカソイドと言われるのだから、単純に『人間』とひとくくりにするのは面白味にかけるだろう。
人間だって得意・不得意、身体の大小、性格の違いといった個性があるし、それはハシブトガラスの黒江君も例外ではない。
そして、厳しいことにハシブトガラスは二十羽いたとして、相方を見つけて再び雛が生まれるのはそのうちの一羽ほどしかいない。
つまり、残りの19羽は独身のまま生涯を終えることになる。
自然の無情とは恐ろしい。
そんな無情を乗り越えて黒江君は奥さんと家庭を築けたのだから本当にすごいと思う。
同じ雄としては羨ましい限りだ。
しかし、不運だったのは、そんな彼が私の勤め先であるホテルの立体駐車場、そのすぐ近くの木に自身の居を構えたことである。
私の嫉妬と羨ましさが混じる視線を受けつつ、黒江君は忙しそうにクチバシを電線に擦り付けている。
「すいませーん、遅れました」
ふいに女性の声がしたので私は振り向いた。
駐車場アルバイトの仁岡さんであった。
「相変わらずあのカラスは嫌ですねぇ」
「向こうも子育てで、大変なんですよ」
と、私。
「わかります。うちも娘が幼稚園から小学校に上がるところなんです。旦那もバタバタして、それこそ大変で…」
当時、私は設備管理と駐車場誘導員を兼務していた。
急遽市内に立ち上げた店舗へ突然、行けと辞令があったからである。
後から人伝に聞いた所では、この立体駐車場は本店や他の店に不向きとされた人間の送り先として作られた店らしい。
私もこの店舗が別名「離れ小島」というのを聞いたことがある。
そんな離れ小島に仁岡さんが配属されたのは不運という他ない。
なんでも昔はうちの駐車場を利用しており、たまたま再開した統括部長にこの駐車場で働く事を勧められたらしい。
当時、20代の私にとって40代の彼女ははじめての後輩だった。
だが話してみると40代の年齢を感じさせない柔らかい表情や話題、気配り上手などですぐに親しむ事ができた。
しかし困ったことがあった。
「カァッ」
「あ、だーめ。もうあげないよー」
黒江君からの評判も良いことであった。
彼女がアルバイトとして、この現場に来た当時黒江君の苛立ちは実に凄まじいものだった。
少しでも巣に近づこうものなら、誰彼見境なく飛んできて、追い払おうと暴れる。
そんな彼の野蛮に誰もが参っていた。
それがふいに止んだのは仁岡さんがこの現場に入ってからである。
「お弁当の人参は食べないのにお肉は食べるんです。カラスってグルメですね」
仁岡さんの餌付けにより、黒江君の苛立ちも少しは収まりつつあるらしい。
もちろん、この餌付けはすぐ止めさせた。
それによる八つ当たりが怖かったが、数日も立たないうちに今度はホテルの宿泊客が面白がって食べ物を与えることとなる。
注意しても、次から次に止むことはない彼の食糧供給に私は複雑な思いだった。
そんなある日のこと。
「カァ……カァ……」
駐車場で仕事をしていた私は、カラスの悲しげな鳴き声を聞いた。
いつもカラスの鳴き声は聞いているだけに、ただ事でないのがわかる。
「なんだ?」
鳴き声はホテル裏手にあるゴミ捨て場から聞こえてきた。
行ってみると、一羽のカラスが捨てられたハムのネットに足が絡まり、ゴミボックスから宙吊りになっている。
黒江君の憐れな姿だった。
「大丈夫かい?」
私に気づいた彼は必死に羽を動かすが、まったく役に立たずぶらんと元通りになる。
私は胸ポケットから小さいハサミを取り出すと素早くネットを切った。
こうしてみるとカラスは大きい鳥である。
私が鳥をまじまじと見るのは、札幌地下街オーロラタウン、その小鳥の広場にいるセキセイインコくらいしかない。
「ほら、切ってあげたよ」
ゆっくりと彼を地面に下ろしてあげた。
すぐ飛び立つものと思ったが、彼は数メートルほど距離を取ったまま、じっとこちらを見つめてきた。
「ああ、これね」
お目当てのハム(賞味期限が少し切れているようだった)をゴミボックスから引っ張り出すとそのまま、地面に置く。
…本当はいけない事だが、このままなにもせず彼を帰すのも気が引ける。
用心深い彼はすぐに飛び付くような事はせずしかし、ハムを凝視しながら、カァッと鳴く。
私は回れ右をして小屋へ戻る。数分後、黒江君はハムと共に消えていた。
今晩の夕食は少し豪華なものになっただろう。
また、長くなりそうなのでカットしました。
次で多分、黒江君の話は終わりです。




