晴着の憂鬱 23
佐々木紗希はただひたすらに走った。
息はあがり、今にも倒れそうではあったが、それを気にする暇は無かった。
学生時代にやってしまったちょっとした遊び。まさか、それがこんな事になるとは思っていなかったのだ。
あれは卒業を控えた頃の事だった。
単位の心配も無く、毎日の様に遊び呆けていたあの頃。
鈍感な私は西岡君に呼び出された意味なんて全く考えていなかった。いや、考える頭がなかったのだろう。
あの日、彼は何時に無く落ち着きが無かった事を今なら思い出す事が出来た。
二人きりの駅での待ち合わせ、電車4駅程はなれた町にいき、ブラブラと歩き回った事を覚えている。
朝の10時に待ち合わせ、ちょっとはやいと愚痴をいった私に彼はこういった。
「ごめんな、一日だけだからさ。今日だけだから、付き合ってくれよ」
その笑顔はいつもの自信ありげなものでは無く、少し困った顔をしていた。
彼と大野君は学校ではちょっとした有名人で、1年生を中心に約30名ほどのファンクラブがあった。
今思えば、あれは不器用な彼なりのデートの誘いだったのだろう。
しかし、あの頃の自分にはからかい半分で遊ばれていたとしか思えなかったのだ。
女というものは情報通で、彼が卒業を前にして5人ほどの女性の告白を断っていた事は知っていた。
その女性達は誰もが自分より魅力がある女性ばかりだったし、何よりも他に本命がいると思っていたのだ。
そう、彼にとって自分は手のかかる妹のような存在だと思っていた。
いや、思いたかったのだろう。
今にして思えば、あの日は彼にとって、最大のトラウマだったかもしれない。
彼は映画に誘ったり、ゲームセンターに誘ったりしたが、自分は好きではないと断ったのだ。
結局、やった事といえば、アイスを買って食べながら話をして、ランチに洒落たイタリア料理を食べただけだった。
彼の境遇を思えばあれもかなりの無理だったのかもしれなかったが、自分は相手の気持ちに気がつかずに、いや、気がつかない不利をして一日を誤魔化して過ごしたのだ。
「やっぱり、余り楽しくなかったかな? 一度だけ、試して欲しかったんだよね」
あの笑顔を何故今まで忘れていたのだろうか、あの力ない笑顔を。
沙希の中で何かが音を立てながらビキビキとひび割れていく。
そう、あれは、間違いなくデートだった。
そして、不器用な彼の、最後の告白と叶わぬ願いを断ち切る儀式だったのかもしれない。
沙希の目から涙が流れ落ちる。
何故だ! 何故、もっと真剣に彼を見なかったのだろう、彼に対する答えは、変わる事は無かっただろう。
それ程に紗希は大野が好きだったか。しかし、結末だけは変わっていた筈なのだ。
紗希は汗と涙と鼻水で顔が汚れるのも気にせずに、最後の力を振り絞って、目的の階段を駆け上がり大野の家が経営する旅館の入り口付近にある、大きな木の根元にナイフを突き立てて何かを掘り起こした。
其処には、小さな手のひらサイズの丸い石があった。
「そうか、それが呪いの元って訳だな。モリオンか、本来なら、魔よけに使うものなんだけどなぁ」
紗希は当然の声に驚き、後ろを振り返る。
そこには、ちょっと草臥れているが、小洒落たスーツを着た怪しげな男が立っていた。
「しかし、成長すると本当に別人だねぇ。胸とか」
途轍もなく失礼な事をいっているが、沙希にはそれだけでその男が何者なのかわかった。
「大野君が雇った、霊能者さんですか? 私は、どうしたらよいでしょうか?」
「すると、貴方が大野さんの婚約者ですね。私は、鮫島と言う探偵です。残念ながら、霊能者ではありません」
あからさまに落胆の色を見せる沙希に、鮫島は朗らかに笑いながらいう。
「まぁ、安心して下さい。霊能者ではないですが、専門家ですので」




