晴着の憂鬱 20
夕暮れ時のカフェテラスにたたずむ一人の男がいた。
その男は皮製のトランクからアンティーク調のナイフを取り出す。
朴の木で作られた柄には、花の彫刻があしらわれ、彫刻の部分には銀が流しこまれていた。
その刀身を覆う黒い毛皮の鞘も艶があり、そのナイフは美術品としてすばらしい物だったが、その真の美しさは、その刀身にあった。
薄い半透明の黒色がまるで、水晶の様に輝いていた。
西岡は、その黒曜石で出来た刀身をうっとりしながら見つめる。
「たまらないな、なんて綺麗なんだろう」
西岡は一頻り眺めた後に、そのナイフを鹿の皮で包むと、いつの間にか背後に立っていた真紀に話しかける。
「真紀、親友がちょっとばかり危険なようなんだ。沙希の所に連れて行ってくれないか?」
「沙希に会う必要はないんじゃない? 直接、大野の所にいきましょう」
真紀は隠すことなく、あからさまに不機嫌な態度をとる。
そんな真紀を見た西岡は、細い目はそのままに、口元だけを微かに上げて微笑むと、ジーンズのポケットから何かを取り出して真紀に渡す。
それは、銀細工で作られた椿の指輪だった。
一枚一枚丁寧に彫金された花びらは、まるで本物のような精巧さだった。
「椿の花には、気取らない優雅さという意味があるんだ。きみにピッタリな指輪だろ?」
「これを、私に?」
真紀は呆けた顔で西岡を見る。
西岡は返事をせずに指輪の説明を続ける。
「中央にあしらった宝石は、アメジスト。その昔は、そのクラスの品質の物は、パープルサファイアと呼ばれる貴重なものだったんだよ」
話を一区切りつけた西岡は、真紀の左手薬指にその指輪をはめる。
「この指輪は材料を全て自分で採掘して、自分で彫金した。世界に一つだけの椿の指輪だよ。それでね、アメジストのもつ宝石の意味って知ってるかい?」
真紀は、顔を赤くしながら首を横に振る。
「真実の愛って意味があるんだよ。一番大事なのは何か、気付くのに7年かかったよ」
真紀は見た目のクールさから恋愛に疎く見られるが、これが何を意味するかが分からない程鈍感ではない。
寧ろ、こんな日が来る事を夢見て追いかけ続けていた男が西岡だった。
思わず真紀は失神しそうになる。冷静に考えれば、突然7年ぶりに現れて、これは頭がおかしいとしか思えない。
「私、頑張って貴方を養うわ!」
しかし、おかしくなっていたのは真紀も同じだった。




