表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
源流堂探偵事務所にようこそ  作者: 西渡島 勝之秀
60/92

晴着の憂鬱 18

 椿真紀はカフェテラスの一席の前で困り果てていた。

 彼女は若くして、カフェーチェーン店を経営するオーナーとなった。

 仕事において初心を忘れない為に自ら本店の店長を勤め、開業から約5年間、大きな問題もなくやってきた。


 「ちょっと~、おばさんが店長さん? このアクセどうしてくれんのよ~」


 彼氏と、その取り巻き男性4人を引き連れた一人の女子高生が真紀に因縁をつける。バイトの店員が彼女のアクセサリーにコーヒーをこぼしたのだ。


 「大変申し訳ございません。宜しければ此方で誠意を持って対応しますので、ご勘弁いただけませんか?」


 「弁償すればいいとか思ってる? これ、ダーリンから貰った一点ものだし~。お金じゃ買えない価値があんのよ~」


 普通ならば、この程度の事で困る事はないだろう。妥当な対応さえすれば、互いに妥協するものである。


 だが、彼女は棒読みで、受け流しにくいクレームを言う。明らかに、別の目的があるのだろう。


 「てかぁ、こんなドジ雇うからじゃない? クビにしたほうがいいって~。お姉さんの為にいってんだよ?」


 そう、ターゲットを決めた陰湿なものであった。

 しかも、彼女が着ている制服は真紀の母校のものだった。


 真紀が在学中の頃には、こんな事など無かった。

 無論、ガラの悪い連中もいたし、地域的に治安が良かったわけでもない。


 自分達の時代にはいたのだ。今の時代では、めっきり聞かなくなった単語ではあるが。

 そう、俗にいう、番長と呼ばれた人物が。もっとも、本人はそう呼ばれる事を好ましく思って無かったようだが。


 「おいおい、黙ってんじゃねぇよ! こっちは、迷惑かけられてんだよ? なんなら、兄貴よぶか?」


 「いえ、お兄様がどなたかは存じませんが、ここは穏便にお話しませんか?」


 「ば! 兄貴は兄弟じゃねぇよ! 兄貴は、この辺り仕切ってる川田さんにきまってんべ!」


 「威勢がよろしいのに、他人頼りですか? それは男らしくないかと?」


 真紀は、このやり取りを1時間以上続けていた。いよいよめんどくさくなってしまい口が滑る。

 

 「あぁ! もう、めんどくせぇ! お前等やっちまいな!」


 癇癪を起こした女子高生の彼氏の号令で連れの男達が立ち上がる。

 真紀は流石に失敗したとは思ったが、後の祭りである。

 仕方ない、殴られて済ませよう。ひどい目にあうんだろうな。

 と、真紀が心の中でそう考えていると、不意に背後から抱き寄せられる。


 「え? 何!」


 思わず叫ぶ真紀だが、引き寄せた相手は、気にせずに真紀をカフェの椅子に座らせる。


 突然現れたその男は、草臥れたスウェードのジャケットを着た、目の細い、黒髪の男だった。


 「おいおい、なんだ、てめぇは? 痛い目にあいたいのか?」


 取り巻きの一人が威嚇しながら襟を掴む。が、彼は、次の瞬間には、地面に倒れていた。


 「痛いめ、ねぇ? 出来るのかな?」


 男は細い目はそのままに、口元だけを上げて軽く笑うと、挑発するように言った。


 「くっそ! なめんなよ」


 馬鹿にされた取り巻きの残り二人が同時に襲い掛かる。一人は右から殴りかかり、もう一人は左からローキックをお見舞いしようとする。


 「なかなかのコンビネーションだけど、無理だろうなぁ」


 自身も空手の経験がある真紀は、彼らがそれなりに武道を嗜んでいる事が分かった。

 しかし、それ故に、つい呟いてしまったのだ。


 「悪くはないね。女性に手をあげるような下衆じゃなければ、優秀な空手家になれたかもね」


 男は、右から殴りかかった取り巻きの腕をそのまま後方に引き、体勢を崩した所に、後頭部に向けて素早く肘うちを入れる。

 素早く一人は倒したが、もう一人ローキックは左足にまともに決まる。


 「ぐ......」


 しかし、呻き声をあげたのは、蹴りを入れた方の男だった。

 履いているジーパンの上からでも分かるほどに盛り上がった、鍛えられた筋肉、それはまるで、丸太をけっているかの様な反動だった。

 細目の男は、蹴られた方の足と逆の足で、ローキックをお返しとばかりに食らわせる。取り巻きの男は、そのまま地面に投げられたかのように倒れた。


 「う、うううう」


 先に倒された3人が呻きながら、よろよろと立ち上がる。

 その光景に女子高生は彼氏の後ろに隠れ、その彼氏も怯えながら精一杯の虚勢を張る。


 「て、てめぇ。俺等のバックには、川田さんがいんだからな。調子こいてっと、怪我じゃすまねぇぞ」


 男はその虚勢を聞くと、何かを思い出すように、肩まで伸びた髪をポリポリとかき、向き直り、聞く。


 「西高出身の、川田省吾か? んじゃぁ、西岡が宜しくいってたと伝えてくれ」


 その台詞を聞いた彼氏だけが蒼白になる。

 どうやら、先輩とやらと面識があるのは彼だけのようだ。


 「に、西岡さん? 西岡さんって、元、西高番長の?」


 西岡の名前を聞くと、彼は明らかに取り乱し始める。


 「お前、川田の連れなんだろ? 旧友と語りあいながら、弟分殴った事、謝んないとな」


 「い、いえ。謝るとか。もう、結構なんで。すいません、勘弁して下さい」


 「そうか? じゃぁ、どうすればいいか分かってるよな?」


 「はい、ここにはもう来ませんし。従業員にも、二度と手は出しません」


 「よし! 分かったら、解散!」


 西岡の言葉で、彼らは蜘蛛の子を散らすように帰っていった。


 「ちょ! 西岡? 西岡なの? あんた、今までどこいってたのよ?」


 彼らが立ち去ると、真紀は西岡に駆け寄り、確認する。

 学生時代の彼に比べると、随分と軽薄な格好と言葉使いだが、間違えるような事はない。


 「久し振り。真紀さん、綺麗になったね。ちょっと、自立したくってね。県外で、彫金職人の修行をしてたんだよね」


 「そうなの? 連絡くらいしなさいよね!」


 「いや、携帯とか買う金なかったし......」


 「まったく、で、暫くは、こっちにいるの?」


 「ああ、こっちでやる事が出来てね。暫くは、こっちでアクセサリーの露天商でもしようかと思ってる」


 真紀は、久し振りに話す旧友に、若き日の面影を重ねる。

 少し、見た目は変わったようだが、男気溢れる性格と、海の様な包容力は、昔と変わらず、真紀が好きだった頃の彼そのものだった。


 「じゃぁさ! いる間は、ちょこちょこ遊びにきてよ」


 真紀はクールな自分を演じるを忘れ、まるで、少女の様にはしゃぐ、学生の頃に恋焦がれた硬派な番長。

 きっと、今でも彼は硬派なままだろう。


 「あ、それなんだけどさ。非常に頼みにくいんだけど。ちょっとの間、養ってもらえないかな? なんて、あははは」


 「へ?」


 自分の中の何かが、音を立てて崩れ去る。その言葉の意味を理解した真紀だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ