晴着の憂鬱 16
佐々木沙希は溜息を吐く。
前を歩く彼に声を掛けて、一緒に帰りたかった。
ただ、それだけだったのに。
「洋子ちゃんと付き合ってたんだね」
その日、沙希は一つの決意を胸にしていた。一年間の思いを告白するつもりだった。
沙希が彼に会ったのは入学式初日だった。内気で誰にも声をかけられずにいた沙希に声をかけてくれたのが大野歩だった。
当時の沙希は引っ込み思案で地味な少女だった。だからというか、当然と言うのか、友人といえる人間は殆どいなかったのだ。
目的を果たせなかった沙希はこれから如何しようかと考えていた。その時、後ろから声がした。
数少ない友人の真紀であった。
「沙希、何やってんの? ははぁ、さては歩むに振られたな? 良し! 来い、私が慰めてやる!」
来いと言いながら真紀は自分から沙希に抱きつき胸や尻や足などあらゆるところをまさぐり始める。
「あははは! ちょっと、真紀止めてよ。くすぐったいって」
「大丈夫だよ。あたしの事しか見えないようにして、忘れさせてあげるから」
真紀は本気を出したかのように、より艶かしく、よりねっとりと、沙希を責め始める。
沙希の声が笑いから違うものに変わろうというその時、真紀の後頭部にチョップが炸裂した。
真紀はその人物を睨みつけながら文句を言い始める。
「ちょっと! 西岡! 可憐な美少女に暴力とは、どんな仕打ちよ!」
西岡と呼ばれた少年は真紀を見ると鼻で笑って言う。
「はん! 可憐な美少女は無垢な少女を手篭めにしないし、鏡を見て言え」
西岡が言い終わる前に真紀の回し蹴りが彼を襲う。
左足を軸にした、パンツが見えることを一切気にしない見事な蹴りは、この状況なら空手の有段者すら吹き飛ばすだろう。
が、西岡はその蹴りを何事も無かったかの様に手で掴みパンツが見える状態でわざと固定する。
「いや! ちょ! やめなさいよ! 変態!」
真紀はどうにか逃れようとジタバタするが、綺麗に伸びきった状態でキャッチされたのでどうする事もできない。
西岡は大野の親友で、沙希にとって数少ない友人と呼べる男子である。彼は、口数が少なく怖い印象があるが、沙希に対しては優しかった。
「お前も懲りないな。ちょっと空手齧った程度の蹴りなんか当たんないよ」
西岡は真紀の足を払い転ばせると、真紀のパンツと胸をじっくり見た後に一言。
「身体は女性らしんだがなぁ。中身が、こう」
その後、西岡は沙希の胸をマジマジと見た後に言う。
「お前等の中身が逆だったら、究極の美少女だったかもな......」
その後に飛んできた二方向からの攻撃を、西岡はかわす事が出来なかった。
西岡は転んだ際に制服に付いた土を払うと沙希の手を強引に掴んで歩き出す。
「え? ちょっと。西岡君、何処にいくの?」
沙希の困惑の言葉を無視して西岡は歩き出す。真紀も、機嫌悪そうにその後に続いた。
強引に沙希の手を引く西岡に真紀が抗議する。
「ちょっと! 西岡! あんた沙希に何をするつもり? 犯罪はいかんぞ」
西岡は真紀を寒気がするほどの眼光で睨むと、ボソッと言う。
「なにもしねぇよ、俺が入る場所なんか、ねぇよ」
その後に、沙希に向かって言う。
「歩は、洋子と付き合ってないぞ。お前に、見せる物がある」
西岡に無理矢理連れてこられた場所は、地元の有名な温泉宿だった。
西岡はそこで初めて沙希の手を放し、付いて来るように言うと、中に入る。
そこには、待っていたかのように、大野が立っていた。
「番長、お帰り。今日は委員長と一緒だったのかい?」
西岡は機嫌悪そうに大野の顔を見ると、わざと大きな声で言う。
「お前の為に連れてきてやったんだよ! それと、番長って言うんじゃねぇ。後は、任せたぞ」
西岡はそれだけを言うと、その場を後にした。真紀は、西岡の後を追いかけていってしまった。
それを見た大野が、苦笑いしながら言う。
「真紀ちゃんも大変だね。もうちょっと、愛想がいい人に惚れればいいのに」
「ああ、やっぱそんな感じなんだ? 薄々、気付いてたけどね」
なんとも言いがたい空気の中、沙希は話をそらす。
「そういえば、西岡君。なんで此処に来たのかな?」
沙希の疑問に大野が答える。
「本人には教えたって言わないでね。此処は、僕の家なんだけど、西岡君は小学生の頃から住み込んでいるんだ。子供の頃に、うちに預けられてね」
「あ、ごめん。聞くような事じゃなかったね。西岡君が見せる物があるって言ったけど、なんだったんだろう?」
大野は沙希の言葉を聞いて顔が赤くなる。
「どちらかと言うと、見せたかったのは僕なんだよね」
沙希が、え? と、言う間に、大野は手を掴んで沙希を連れて歩いて行く。
そこは大きな広間だった。その奥には、煌びやかな着物が一つ、ガラスケースの中に展示されていた。
「綺麗」
沙希は、思わず声に出して感嘆する。
「この着物はね、僕が結婚する時に、お嫁さんに着てもらう予定なんだ」




