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源流堂探偵事務所にようこそ  作者: 西渡島 勝之秀
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晴着の憂鬱 9

 晴香は良子を見送った後に、旅館の一室で用意してくれたお茶と茶菓子を頂く。

 ひとしきりしたところで、障子を開けてテラス側の展望席に移動する事にした。

 展望席から見える風景は見ごたえのある物だった。

 旅館のある場所は、山の中腹に位置していて、麓の町を見渡す事が出来た。

 

 インターネットでも紹介はされていたが、やはり実物と写真では迫力が違うと晴香は感じた。

 その景色を出版祝いに山岸から貰ったデジタル一眼レフカメラに収める。

 そのカメラはお洒落な作りで首からさげて持ち運べるコンパクトなものだった。


 「取材旅行とかで重宝しますよ。作家さんならカメラを持ち歩く癖をつけるといいですから」


 山岸が笑顔で渡してくれた光景を思い出し、今更ながら必要性を実感し感謝する。


 「山岸さん、ありがとうございます」


 晴香はここにはいない人物に礼を告げると、思い出した様に荷物をまさぐり始める。


 「旅行だからと、下着に気合を入れすぎたわね。見せる相手がいる訳でもないのに」


 呟きながらも、用意された浴衣とバスタオルを持って、晴香は温泉に入り旅の疲れを取る事にした。

  

 「調査で来てるといっても、折角なら楽しまないとね」


 誰に言うわけではないが、自分を納得させるように独り言を言うと、晴香は温泉に向かい歩き出した。

 晴香が宿泊する温泉は、伝統と美食に重点を置いた、ビギナー旅行者向けの宿だった。

 旅館内の内装も、宿泊客を楽しませる為の工夫が随所にされており、歩いているだけでも結構楽しめた。


 「室内庭園とか凄いなぁ、文章の描写とかに使えそうだ。やっぱりなんでも実際に体験しないとね」


 晴香はここぞとばかりに、取材もかねてくまなく館内を堪能する。

 

 「いやぁ、スタッフさんもいい人ばかりで楽しいなぁ。まさか全部の客室とか見せてくれると思わなかったよ」


 ご満悦の晴香は、旅館オススメの足湯を試してみる事にした。

 足湯は程よい温度に調整されていて、疲れを癒してくれた。

 旅行客が近くの山をハイキングする事を想定して用意しているのだろう。

 温度は熱くなく、温めでゆっくりとくつろげるように、大自然を堪能出来る露天タイプになっていた。


 「まさに、至れりつくせりだねぇ。これは鮫島さんに感謝しないとなぁ」


 晴香は、ほぅぅ、と、息を吐くと立ち上がる。


 「それじゃぁ、露天風呂を楽しみますかね」


 晴香は脱衣所に入ると着ていた浴衣と下着を素早く脱ぐ。

 胸のボリュームこそ控えめではあるが、白く細いその身体は十分に魅力のあるものだった。

 晴香は服を籠に入れると露天風呂に向かう。

 ドアを開け、景色を見て思わず感嘆の声をあげる。


 「この開放感は凄いなぁ、外から見えないか不安になるけど。綺麗だな」


 露天風呂は岩風呂形式のしっかりした作りだった。

 しかし、一番驚いたのは山沿いに作られている為に、目の前は全て山の景色、正面を覆う壁が一切無いのだ。

 晴香は湯船に浸かりながら景色を楽しみ、仕事を忘れ、役目を忘れ、全力で今を楽しむ。


 「後は豪華な夕食を堪能して、今回の取材は終了ね。必要な情報も得られた事だし文句無しね」


 その後晴香は、四季の野菜で色どろられた鍋や、旬の魚を使ったお刺身、そして、旅館の板前が心を込めて作った自慢の創作メニューなどの会席料理に舌鼓をうつのだった。


 「最初はどうなる事かと思ったけど、今回はいいことばかりね。此処までだと逆に不安になるわ」


 晴香はカーテンを開けて隣の旅館それとなくを見る。

 隣の旅館の庭先に、綺麗な着物を着た少女が立っていた。

 隣といっても、お互いに広大な敷地をもつために、それなりに距離は離れてはいる。

 

 晴香はカーテンを閉めると、床につくことにする。


 「本当、鮫島さんもくれば良かったのに」


 晴香は呟くと落ちるように眠りについた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 鮫島は、倉庫のような部屋で大野と向かい合うと隠すことなく盛大な溜息をつく。


 「いや、正直ないわ。マジですか? いくらなんでもこれは酷い」


 鮫島は大野に向けて、批難の声を浴びせる。

 どうやら大野は、覚悟を決めて最後まで話を聞くつもりらしい。


 「観光地ですよ? 旅館ですよ? 普通、調査と言いながらもなんやかんやで楽しむのがセオリーじゃない?」


 大野は、言いたい事は言いましたか? と、顔で確認する。

 鮫島が、言外にどうぞいう態度を取ったので口を開く。


 「いや、僕だってね。本来はそういった気持ちだってありましたよ? でもね、貴方が発見した上に、あんなに目立つからいけないんでしょうが! 僕だって、好き好んで幽霊の確認なんかしたくないよ!」


 そう、鮫島は多くの従業員が見守る中で、大音響を響かせて幽霊の原因を発表した。

 それからは、もう早かった。

 集まったスタッフ達が鮫島達をこの部屋に押し込むと、目撃情報を皆が語りだす。

 後は、お願いします。

 と、まるで霊能者でも来たかのように今に至ったのだ。


 「しかし、大野さん。気になる事があるんだが」


 「なんでしょうか? 言ってみて下さい」


 大野は鮫島の質問に答えようと促す。


 「これだけ騒ぐのに、お客さんとかに噂は流れていないのかい?」


 「そう、不思議なんですが、女性の従業員しか見た事がないんですよね」


 鮫島は頷くと、更にもう一つ質問をする。


 「先代は養子かな?」


 「いえ、直系ですよ。母が嫁いで来てますね」


 「お父さんの時には、こういった騒動はあったのかな?」


 「聞いてませんね。学生の時から熱愛で卒業後、即結婚したとか」


 鮫島は頷くと、大野にはっきりと言う。


 「大野さん、ハッキリした事が一つだけあるな」


 「それは、一体なんでしょうか?」


 大野は神妙な顔で鮫島に尋ねる。

 鮫島は、それに対してあっさりと言う。


 「捜査は振り出しに戻った。て、事だな」


 大野が理由を聞きたそうにしていたので、鮫島はそれに答える。


 「父親に前例が無い以上、この着物に何らかの思念はあるかも知れないが、今回の事件には関係ないだろうな。やはり、大野さん。あなた個人に、所縁がある事件だって事ですよ」


 鮫島と大野は暫く沈黙を続ける。

 秒針が一回りする程度の静寂の後に、大野は気になった事を鮫島に聞く。


 「それって、最初に聞けましたよね。ここに何しに来たんですか?」


 鮫島は気まずそうな、そして軽薄な笑みを見せた。

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