晴着の憂鬱 7
晴香は、依頼者のメモを元に大野の元彼女達から情報を得る為に活動を開始した。
先ずは6ヶ月前に婚約を解消された女性からあたる事にした。
「えっと、前回のお相手は大野家の旅館に働いていた佐藤良子さんね。婚約破棄後は社長の引止めを断り退社。現在はお隣の旅館に勤務していると」
晴香はメモを確認すると、目的の旅館に向かう事にした。
晴香は性に会わない高級車に乗り込むと、1時間以上運転する事に嫌気を覚えながらもエンジンをかける。
「この車、目立つから嫌なんだよなぁ......」
晴香は出版の祝いに父からプレゼントされた車が若干気に入らなかった。
本来であれば羨ましがられる類の車種だが、晴香はまずスポーツーカーがそもそも好きではない。
町乗りにスピードなどあっても意味などないと思う、更に言うならば、高級車は目を引くので目立つ。
自分が著名人とは言わないが、名が売れる仕事の人間は、極力目立つべきではないと言うのが彼女の考えだ。
「とはいえ、好きじゃないなんて、言えないのが娘の辛い所よね」
などと言いながらも晴香は軽快に走り出す。
目的地は温泉街だ、どうせなら楽しもうと考えたからである。
予定より若干早く晴香は目的地着く事が出来た。
県内の観光地ではあるが、近場の観光地は足を運ばないもので、きてみれば意外と新鮮さがあった。
温泉街には観光で何度か足を運んだ事があり、賑わいがある風景を想像していたが、この辺りの温泉街は想像していたよりは閑散としていた。
旅行シーズンであれば、もっと賑わいがある筈なのだろうと思いながら先を行く。
「えっと、大野さんの旅館があれだから。隣のこの旅館ね」
大野家の旅館はビル型で非常に高く、屋上の露天風呂が売りらしい。
晴香がこれから入る隣の宿は、どちらかと言うと料理がメインらしい。
経費は鮫島もちという事なので、思い切って一番良いプランを選んだ。
「役得だなぁ。鮫島さんもくれば良かったのに。でも、来た時から思ってたんだけど、この蛙はなんなのだろう?」
晴香は町のあちこちにある蛙のオブジェクトが旅館のエントランスにもある事を不思議に思いながら、ぺたぺた触る。
そんな晴香に向かって一人の女性スタッフが話しかけて来た。
「いらっしゃいませ。本日は、当館にお越しいただき、誠に有難うございます」
声をかけて来たスタッフは控えめな感じの女性だった。
接客業という事もあるのだろうが、化粧は控えめで、柔和な笑顔が特徴的だった。
声をかけられた晴香は、己の怪しさを自覚し、誤魔化し紛れに予約した事を伝える事にした。
「すいません。予約を入れた竹内ですが」
スタッフは少々お待ち下さいと言うとフロントのPCに予約状況を確認しにいく。
スタッフは登録情報を確認した後に、晴香の顔を二度見した後、遂には三度見をして驚いた声で確認する。
「あの。もしかして、古銭の誘いの作者の竹内晴香様ですか?」
晴香は、そういえば書籍の最後に写真が載っていたことを思い出す。
(だから、写真は嫌だって言ったのに......)
晴香は精一杯の笑顔を作ると、少し考えた後に無難な返答をする事にした。
「ええ、そうです。私みたいな、新人の顔を覚えて下さり有難うございます」
晴香は礼を言いながらスタッフの名札をそれと無しに確認する。
名札には佐藤良子と書かれている。
どうやら、目的の人物だったらしい。
良子はテンションが上がったらしく、部屋に案内するまでの間に少し話をさせて貰えないかと請われ、晴香は承諾した。
「いえね、先生の作品はホラーフィクションの筈なのに妙にリアルで。私、直ぐにファンになりました。次回作は何時頃なんですか?」
晴香はどのように情報を得ようかと考えたが遭えて踏み込んだ方法をとる事にした。
「すいません。次回作はまだ取材段階でして、まだわかないんです。後、分かっても教えちゃいけない事になってますんで」
晴香は愛嬌良く答えると会話を続ける。
「佐藤さんは、私の作品がリアルだと仰いましたね?」
「はい、描写が細かくて、フィクション部分が細部まで表現されてて、なんというか、まるで、見てきたようだなって」
会話をしているうちに二人は客室の前にたどり着く。
晴香は客室に入り良子を見て真顔で言う。
「誰も信じないでしょうけど、本当に見てきたのよ。なんていったら、貴方は信じてくれますか?」
晴香の表情が冗談ではない事を悟った良子は、緊張した顔で搾り出すように言った。
「せ、先生は、幽霊を見た事があるんですか?」
良子は、明らかに動揺していた。
晴香は、良子の態度から不穏なものを感じた。
そう、それは、数ヶ月前に体験したあの事件を彷彿させるような感覚だった。
「ええ、体験してしまった事を信じないことは出来ませんから、貴方も見たんですね? この世ならざる存在を」
晴香は良子を部屋に入るように促すと、客室の座椅子に座る。
良子は、恐る恐ると言った感じで話し始める。
「実は私、最近。幽霊を見たんです。その幽霊は私の事を」
良子はガタガタと震えながら着物の袖を捲り腕を晴香に見せる。
そこには、少し薄くはなっていたが、ハッキリと人の手形が残っていた。
晴香は思わず呻き声を上げそうになるのを堪え、良子に話を続けるように促す。
「私は、隣の旅館に勤めてました。社長の息子様に見初められて、婚約までしたんですが。その頃からあれが現れました。今でも、あそこの前を通ると、あれが睨んでくるんです」
取り乱した良子を抱きしめて、晴香は背中を叩きながら落ち着かせる。
「もう、大丈夫ですよ。きっと、あの人が助けてくれますから。私達を助けてくれたように」
晴香は鮫島の顔を思い浮かべながら、ハッキリと自信をもっていう。
晴香のその態度に、少し落ち着きを取り戻した良子が聞いてくる。
「では、先生の作品は本当に実体験なんですか?」
晴香は良子の問いかけに微笑みながら答える。
「ええ、そうですよ。だから、この世界にはいるんですよ。人知を超えた存在が。そして、そんな奴等から私達を助けてくれる。ちょっと、無責任で、それでいて、本当は誰よりも優しい。ちょっとふざけた本物の英雄が」
ゆっくりと、そしてしっかりと伝えた言葉には、迷いも、誤魔化しも、そして、不安さえも無かった。
なぜならば、晴香は知っているからだ。
この町には、怪奇、奇怪な現象を解決できる探偵がいる事を。




