晴着の憂鬱 5
佐々木沙希は、運命を感じずにはいられなかった。
高校時代に思いをよせていた人物と再開できたからだ。
つい先日再開した大野は、沙希の初恋の相手であった。
初恋を引きずるのもナンセンスな話ではあるが、沙希は、どうしても忘れる事が出なかったのだ。
大野の家の花嫁衣裳を見て、それを着る自分を妄想した回数は数え切れない。
沙希は、着替えながら、この後の事を考えて期待に胸を躍らせていた。
「今度は、逃がさないようにしなきゃ」
決意を胸に、鏡の中の自分を見つめながら、客観的に自分を観察する。
暗く見える長い髪は、活発に見えるようにショートボブにした。
野暮ったく見える眼鏡は、コンタクトに変え、化粧も、ナチュラルな程度には、するようになった。
胸も昔とは違い、十分に男性を喜ばせる事が出来るレベルには成長している。
昔の自分と照らし合わせ、十分に自信を持てることを確信し、沙希は満足げに微笑む。
「自分でいうのもなんだけど。私は、美人さんになりましたね」
沙希は、鏡の前でピストルを突きつける様なポーズを取ると、片目をつむり、ウィンクをしながら鏡に向かって微笑みながら言う。
「貴方のハート、打ち抜きます! 覚悟せよ!」
アニメの女の子のように、可愛く決めてみる沙希。
すると、ガチャリとドアが開く。
沙希は、ドアの方を見て顔をひくつかかせる。
「あ、あはは......」
そこには、カフェのオーナー権、店長である、敏腕女社長の真紀が立っていた。
真紀は、まるで動画の巻き戻しの様に、自然な動きでで立ち去ろうとする。
沙希は、そんな真紀に対して必死で弁明をする。
「ちょ、まって! 違うの! いや、何も違ちがわないんだけれども。あぅぅ」
真紀は、痛々しい娘を見る目で沙希を見る。
「人の趣味はそれぞれよ。大丈夫、心にしまっておくから。ただ、私以外に見られないように気をつけることね」
それだけを言うと、真紀は素早くドアを閉め、かみ殺した笑い声を出しながら去っていった。
「あぁぁぁ! どうしよぅ、明日、顔合わせるの気まずいよぅ」
沙希は泣きながら着替えを終えると、ロッカーを閉じる。
「でも、気を取り直さないと! うん、大丈夫。今の私なら、彼に釣り合うんだから!」
沙希は気合を入れると、カフェテラスに向かっていく。
恋焦がれ続けた彼に会う為に。
カフェテラスで沙希を待つ大野は、期待に満ちていた。
婚約を破棄されたのは手痛い事実ではあったが、それ以上に良い事があったからだ。
こんな事を言えば下衆と言われるかもしれないが、これはかなりの幸運であった。
前の彼女は婚期を焦り妥協した感があったが、今日、再開した沙希は違う。
学生時代に、密かに抱いた恋心、甘くて酸っぱい思い出が込み上げて来た。
「沙希か、ちょっと見た目変わったけど、更に可愛くなってたな」
大野は、うっとりと空を見上げながら、先ほど見た彼女の下着を思い出し余韻に耽る。
「いけそう、だよな? いや、いくんだよ!」
大野は覚悟を持って決断する、軽く見られようとも構わない。
今日の夕食時に、交際を申し込むと。
大野は、スーツの着崩れと髪型を直しながら、カフェの入り口をジッと見据える。
程なくして沙希は出て来た。
活発なイメージを思わせるショートボブは、ふわりと柔らかく整えられ、先ほど見た時よりも、より大人な印象をあたえた。
服装も、白を基調としたワンピースは幼さが感じられるデザインだったが、逆に、沙希の豊かな胸が服の印象とアンバラスで、不思議なエロチズムを漂よわせる。
それを見た大野は、思わずゴクリと息を飲む。
沙希は、少し微笑むと、大野に向かって歩いて来る。
沙希と大野の距離が触れられる程に近づいた時、そよ風が沙希の髪とワンピースをなびかせる。
風の抜けた方向をそれとなく見る沙希。
その姿は、まるで、映画のワンシーンを切り取ったかの様に美しかった。
鼻をくすぐる柔なかな柑橘系の香りに、大野は、まるで電気でも走ったかの様に痺れてしまった。
沙希は、呆けている大野を覗き込むように見ると可愛らしく微笑む。
「ごめん、お待たせしました」
沙希の言葉に、大野は、やや慌てながらも冷静を装う。
「ああ、大丈夫だよ。食事には、ちょっと早いね。どこかによって行く?」
大野は自然に答えたつもりだったが、その視線は、ワンピースから覗いた谷間に釘付けだった。
「う~ん、そうだなぁ。て、ちょっと! 大野君、どこ見てるの?」
沙希は視線の先に気付き、大野を軽く睨む。
「あ、いや、違うんだよ。つい視線がそっちにいっただけなんだ!」
その説明では何も違わない。
しかし、焦っている大野がそれに気付く事は無かった。
「いや、つい視線がいったって、何も違わないよ? そういうのは、せめて、もう少し時間をかけてからにして欲しいのだけど」
沙希は、若干の蔑みを持った目で大野を見るが、直ぐに笑顔に変えていう。
「ま、いっか。それじゃぁ、何処か、景色の良い所に連れて行ってよ。昔話に、花を咲かせながら。ね」
明るく話す沙希の姿に、青春時代の彼女の姿が重なる。
大野は、まるで初恋に落ちた少年のように、感情が高ぶり彼女を見つめる事しか出来なかった。
「どうしたの? ドライブは嫌いだったかな?」
不安な顔で覗き込んで来る沙希に大野は笑顔で返す。
「いや、良いね! ドライブ、いこうよ!」
大野は、沙希を車に乗せると、アクセルを踏んで走り出す。
楽しいドライブの中で、沙希がふと問いかける。
「ねぇ、私の事どう思ってる? 昔は、答えてくれなかったよね?」
懐かしい柑橘系の香水の香りに、恋心をくすぐられ、思わずまた痺れる。
軽い溜息の後に、思い切って笑顔で言う。
「嫌いなわけ無いだろ」
沙希は満足げに微笑むと、子供の頭でも撫でるかの様に、大野の頭を撫でる。
それは、懐かしいくも新しい微笑だった。




