晴着の憂鬱 4
源流堂探偵事務所の応接机を挟み、鮫島は青年と向かい合う。
そのテーブルには、カツ丼と天ぷらうどんが置かれ、鮫島はそれを勢い良く、流すようにかきこむ。
「すいませんね、本題の前に食事を取らせて貰った上に、払わせてしまって」
丁寧な言葉とは裏腹に、鮫島はカツ丼を頬張りながら話す。
青年は、天ぷらうどんが伸びてしまうのでは無いかと気になって仕方が無かったが、そこには触れないことにした。
「いえ、食事時に押しかけた此方が悪いのですから。お気になさらず、ごゆっくりとどうぞ」
「いやぁ、あなたのような方が多ければ、この商売も、楽なんですけどね。依頼に来るくせに、ヤレ、探偵はあやしいだとか、信用出来ないだとか。じゃぁ、来るんじゃねえ。て、お話ですよ。おっと、コイツは失礼。つい愚痴が」
聞いてる間にカツ丼は空になる。
ズズズ! と、鮫島はうどんを啜り始めた。
鮫島はうどんを一瞬で平らげると、何事も無かったかのように、服装を正して問いかける。
「差し支え無ければ、お名前からお伺いしてもよろしいですか?」
「大野歩といいます。小さな会社ですが、旅館業を営んでいます。一応、専務という事になっていますが」
大野はいいながら、鮫島に自分の名刺を渡す。
「ほう、専務様ですか。これは、有名な老舗旅館じゃないですか! さぞ、羽振りもよろしんでしょうな」
世間話をする内に天ぷらうどんまでも平らげた鮫島を見ながら、伸びる心配など、するだけ無駄だったようだと大野は内心で思う。
食事を終えて、気分が良くなった鮫島は本題に入る事にする。
「で、結婚を成功させたいってのは、どんな意味で? 失礼ですが、ちょっと、理解しかねるもので」
「そうですよね、詳しく説明させて頂きます。実は、はずかしながら僕は、花嫁に5回も逃げられてしまっていまして」
「ほう、それはちょっと多いですね。何か、心当たりはありますか?」
「いや、それが全くなんですよ。付き合ってるときは、上手く行くんです。結婚式の準備が始まると、急に、無かった事にしてくれないかと言われるんですよ」
「俗に言う、マリッジブルーって奴ではないのですか? 男性側が気付かない事って、ありますよ?」
「そう言われると、自信がないんですが。でも、何か可笑しいと思うんですよ。その、失礼ですが、此処は不可思議な案件も扱ってくれると聞いて来たんです。調査をお願いできませんか?」
「なるほど。あなたは、今回の件が何かしらの怪現象であると考えてるんですね?」
「はい、私には是がどうしても、普通の事には思えないんですよ」
「しかし、調査して何も無かったとしても、返金はできませんよ? それに、探偵というものは、成果を約束するものでもありませんから」
「それは、十分承知してます。何も無ければ、それはそれで、安心できますから」
大野の真剣な顔を見た鮫島は、それであれば問題はないだろうと判断し、返答する。
「いいでしょう、お引き受けします。但し、今回の件は、通常よりも割り増しになりますよ。それと、怪現象なんてものは、実在こそすれ、それは稀なケース。通常であれば、一生に一度、経験しないのが普通です」
大野は、鮫島が何を言いたいのか理解すると、頷いて言う。
「ええ、どんな結果であろうとも後悔はしません。仮に、それがまやかしだって構わないんですよ。今の世の中は、確実にそこに存在するものではなく、目に見えないものに価値があるんです。温泉の効果だって、そうでしょ? 実際に効き目はありますけど、効くと思う事が一番重要なんですから」
大野は、少しふざけた顔をしながら、温泉旅館の経営陣にあるまじき言動をする。
「前金は20万くらいでいいですか? 今は、持ち合わせがこれしかないので。相場は分かりかねますので、足りない分は後ほど請求して下さい」
大野はそれだけを言うと、鮫島に財布の紙幣を全て渡す。
鮫島は、大野を見送ると、小さく溜息を吐く。
「正直、働きたくはないが。背に腹はかえられない、か。しかし、即金で20万とはね。あるトコには、あるものだね、金ってのは」
鮫島は、自分のデスクに戻ると、パソコンの電源を付ける。
「とはいえ、この仕事が割に合うかどうかは別問題なのよね。本当に怪現象だった場合は、洒落になんないんだろうな。結婚を邪魔する怪談話、か。あれしか思い浮かばないなぁ。女の執念は、怖いね」
独り言を言いながら、鮫島は机の中に入れておいた、携帯電話を取り出した。
「今回は渡部がいないからな、助手が必要だな。誰がいいかな?」
鮫島はクルクルと携帯を回しながら何人かの顔を思い浮かべては無かった事にする。
「いやいや、駄目だろ。聞き取りを考えると、女性の助手がいいが。頼むと後々、面倒なのしかいないな」
鮫島がそれとなく他の引き出しを開くと、ふと目に飛び込んで来たものがあった。
それは、晴香が書いた書籍だった。
「煮詰まった作家が、ネタ探しか。これは、使えるな!」
が、鮫島は晴香の携帯を知らかったので、以前調べた、実家に電話する事にした。
「どうも、源流堂探偵事務所の鮫島と申します。竹内晴香様にお取次ぎ願えますか?」
暫くしたのち、バタバタと言う喧しい音が電話越しに聞こえて来た。
鮫島は、受話器の向こうから、オッサンの叫び声がした瞬間に、危険を察知して電話を切る。
「危ないところだった......」
鮫島は、過去のトラウマを思い出すと、身震いをし、キッチンに向かう。
「さてと、後15分ってところですかねぇ」
鮫島は、助手が来るまでの間に、紅茶でも飲みながらまとうと湯を沸かし始める。
10分程の時間が過ぎ、階下から激しい音が聞こえてくる。
その音は、ドアの前で止まると、しばしの間止まった。
そして、ゆっくりとドアが開かれる。
鮫島は、ドアから現れた晴香に向かい、自分なりに一番上品そうな挨拶をする。
「源流堂探偵事務所にようこそ」
晴香は息を落ち着けると、一言聞く。
「鮫島探偵事務所じゃなかったんですか?」
「ああ、それなんだけどな。経営不振で、吸収されちまった」
とんでもない事を満面の笑顔で言う鮫島に、晴香は頭が痛くなった。
しかし、晴香は不思議とこのふざけた男の事が嫌いになれない。
ふと、鮫島と彼が重なりあう。
(ああ、そうか。この人はあの人に似ているんだな)
晴香は、何も言わずに席につくと、鮫島に仕草で紅茶の催促をする。
鮫島は、ヤレヤレと、大げさにポーズを取ると、用意していたかと思う程、手際よく晴香に差し出す。
「どうぞ、お嬢様」
おどけた仕草の鮫島に、再び彼の姿が重なる。
晴香は微笑むと、出された紅茶を一口飲み、呟く。
「ぬるいんですけど......」




