晴着の憂鬱 3
竹内春香は、あ~とか、う~とか、呻きながら、ジタバタと転げまわる。
そう、ネタがないのだ。
前作の古銭の誘いは、本人も、驚く程の成果を上げる事が出来た。
しかし、それは、誰も信じてはくれないだろうが、実話だったからである。
世にも奇妙な実話を、フィクションとして売り出しただけなのである。
「それは、それなりに、売れるでしょうよ」
晴香は呟きながら、ハァと、嘆息する。
「参った、本、当、に。参った。次の締め切り、どうすんのよぉ!!」
思わず大声で叫んでしまう晴香、コンコン! と言う、ドアをノックする音に返事をする。
「どうぞ~、開いてるから、入って、下さい、っと!」
掛け声と共に、晴香は椅子から飛び降り、ドアの方を向く。
其処には、家政婦の春江さんがが立っていた。
「お嬢様、旦那様もいるんですから。ご自身で出た方がいいですよ。それに」
晴香も、自分の状態は分かってはいたが、今日は面倒なので一日このままでいるつもりだった。
薄い寝巻き姿のままで、その寝巻きからは、下着がうっすらと見えている状態であった。
「若い女性が、昼にもなると言うのに、はしたない! 十代の頃は、もっとしっかりしてたでしょうに」
耳が痛いことこの上ない。
が、是ばかりはしょうがない。
この家政婦の春江さんは、晴香にとっては、母親のような存在だからだ。
「七海お嬢様は、よい相手が、見つかったらしいじゃないですか。お嬢様は、そんな事だから、いつまでたっても」
晴香は、春江さんが全てを言い切る前に静止する。
「春江さん! その先は、本当に、へこむから。お願い! 言わないで」
晴香は、数ヶ月前に、強烈な失恋をしていた。
振られたならば、まだ良いが。
実は、彼氏など存在しなかった。
と、いう、誰も体験した事が無い、未体験ゾーンを味わったばかりである。
「まぁ、分かりました。所で、先ほどお電話がありましたよ。男性でしたが」
「山岸さんなら、不在だと伝えて欲しい。今日は、ちょっとお洒落とかめんどくさいの~」
晴香は、此処数ヶ月の間に、よく山岸にデートに誘われている。
正直悪い気はしないのだが、初めて会った時が正装だった為、第一印象を崩さない為に、会うたびに気を使わなくてはならないのが億劫であった。
晴香のその言葉に対して、春江は呆れながら言う。
「私は、晴香お嬢様の相手は、あれ位が丁度いいと思いますよ? お金持ちだし、イケメンだし、何が、気にいらないんですか?」
確かに、山岸は、イケメンと言えば、イケメンなのだろう。
ただし、あの野生的なワイルドさは、晴香の好みではなかった。
髪型は男らしく、短髪を逆立て、高級スーツに身を包んだ、ちょっと悪そうな感じのする気さくな男性。
そう、所謂、一世代前の、ナイスガイ、なのである。
少し悪そうな感じがするのは、少し好みなのだが、晴香の好きなタイプは、もっと適当な感じで、それでいて、大事な時は、しっかりと格好よく、ふざけながら決める甲斐性の無い男。
我ながら、とんでもない悪趣味だと考えた。
晴香の脳裏に、一人の男性が思い浮かぶ。
晴香は、モヤモヤした気持ちを、ベットにある枕にぶつける事にした。
「う~~、えい! やぁ! とりゃぁ!!」
それを見た春江は、生暖かい視線をおくった後、なにかを考える素振りをしている。
時計の秒針が一回りする程度は考え込んでいたが、どうやら、今回は見なかった事にするようだ。
しかし、踵を返し、ドアに向かった春江は、ピタリと足を止め、思い出した様に用件を話す。
「源流堂探偵事務所の、鮫島様と言う方からですよ。捜査の協力をお願いしたいとか」
その言葉を聞いた晴香は、神速の勢いで簡素な服装に着替えると、部屋を飛び出した。
春江は、その後ろ姿を唖然と見送りながら呟く。
「意中の男性から、じゃ、ないわよね? だとしたら、いくらなんでも、酷すぎるわ」
晴香は、長い階段を駆け下りていく。
リビングに父がいた様な気がしたが、そこは、あえて見なかった事にして、一気に玄関に向かって走り抜けた。
その姿を見つけた竹内豊は、最愛の愛娘向かってに聞こえるように、大きな声で叫ぶ。
「晴香~! 出かけるのか? 夕食までには戻るんだぞ!」
どうやら、上手くかわす事が出来なかったようだ。
晴香は、仕方無く、父がいるリビングを振り向きもせず、雑に返答する。
「帰ってくるか分からないから、食べといてね! とぉ!」
最後の階段を、掛け声を上げながらジャンプで飛び降りる。
まるで、爆発から逃げ出す兵士のような俊敏さで、玄関を開けると、一目散に、逃げるように外へと飛び出した。
「オーマイッガ!!」
父の悲痛な叫び声が聞こえたような気がしたが、そこは、気にしない事にした。
しかし、追いかけて来るような音と、気配がしたので、晴香は更に速度を上げ、追撃を許さぬスピードで走り去った。
「晴香~~~!! 待ってくれ~~~!!」
住宅街に響き渡る父の声、是を無視するのは、最早、人でなしと思われるかもしれない。
しかし、今はそれどころではないのだ。
晴香の嗅覚は今、確実にあの匂いを嗅ぎつけたのだ。
数ヶ月前に、自らに起こった奇妙な事件の匂いを。
「この時、このタイミングでの連絡は、正に天啓と言えるだろう。私は、奇しくもあのような奇妙な事件と、再び、あいまみえようとしていた......」
晴香は、思い浮かぶ言葉を口ずさみながら、しっかりと脳内に記憶する。
「普通であれば、奇妙な体験と言うのは、人生に一度あれば十分なものなのだろう。人によっては、その一度すら訪れないのだから」
晴香の前方に、エキセントリックな外観の店舗が見えて来た。
ラストスパートをかけてそのドアノブを掴んだ晴香は、どうせ、扉は施錠などしてないだろうと、勢いよく回す。
案の定、扉はあっさりと開き、晴香は目的の2階に向かって駆け上がっていく。
階段を上がりきると、簡素な扉があった。
晴香は、その前で一度止まると、深呼吸をする。
「奇妙な世界へと続く、この扉を開ければ、もう、戻る事は出来ないかもしれない。しかし、私は立ち止まる事もなければ、恐れる事もない。何故ならば、人間とは、恐怖や警戒よりも、好奇心が勝ってしまう生き物なのだから」
晴香は、自分の中で決め台詞をいうと、ドアノブを掴みその扉を開ける。
扉が開く。
其処からは、やわらかく、幻想的な光が晴香を包み込むように注がれる。
扉を開けたその先には、少しくたびれてはいるが、小洒落れたスーツを着た、無造作ヘアの男が小馬鹿にしたような顔で、女性をダンスに誘うような仕草で挨拶をする。
「源流堂探偵事務所に、ようこそ」




