晴着の憂鬱 2
大野歩は、今年で25歳になる。
自分で言うのも何だが、エリートだ。
実家は古くから続く旧家で、家柄も良く、見た目も悪くない部類だろう。
仕事に関しても、親の会社とはいえ、この若さで専務を務めている。
個人的な資産も、そこらの金持ちよりは持っている。
正に、非の打ち所など無い。
無い筈なのだが。
「結婚を取りやめたいだって! なんでだよ? 何が嫌なんだよ?」
大野は、見かけによらない剣幕で、彼女を問い詰める。
彼女は、何かを言いかけた後で、小さく首を振ると、悲しげな顔で言う。
「事情は、貴方とはやっていけない。それだけじゃ、駄目なの?」
「それで納得出来るわけが無いだろ!」
大野は、承知こそしなかったが、止められない事は分かっていた。
何故ならば、婚約の破棄は、彼が20歳の頃から数えて、もう5回目なのだから。
「ごめんなさい、貴方が嫌いになった訳じゃないの。でも、どうしても、無理なの」
彼女は悲痛な顔でそれだけを言うと、走り去ってしまった。
大野は、完全に脱力して、カフェテラスの椅子に全体重を乗せて呟く。
「なんでなんだ? 学生時代は、こんな事は無かったんだよ。振られ続けて5年、流石に、可笑しくないか?」
大野は、全体重を後方にかけ、椅子ごと盛大に後ろに倒れこむ。
ガシャ~~~ン!
盛大な音に驚いた、メイド風の衣装を着た店員が駆け寄って来る。
「大丈夫ですか! お客様!」
大野は、駆け寄って来た店員の、純白のパンツを見ながら言う。
「お構いなく、彼女に振られて、自棄になって、自分で倒れこんだだけなんで」
「それって、ほっといたらいけないパターンですよね?」
呆れた声を出しながら、カフェの店員が反対側に回り込み、大野を助けおこす。
パンツが目の前から消えると、走って来たカフェの店員の顔が見えた。
「自分で倒れこんだんですか? 怪我しますよ。あれ? 大野君?」
呆れた声から、驚きの声に変わり、カフェの店員は、大きな目をパチクリさせる。
名前を呼ばれ、改めて相手の顔を確認する大野だったが、見覚えがなく、困惑する。
「えっと、どこかで会った事あるかな?」
カフェの店員は、少し考えた素振りをすると、何かを取り出す。
大きな瞳が特徴的な、ショートカットが良く似合う、活発そうな、可愛い女性だった。
「君くらい可愛くて特徴があれば、忘れないと思うんだけどなぁ」
ついでとばかりに、口説きにかかる大野をよそ目に、カフェの店員は、取り出した眼鏡をつけて問いかける。
「どう? これで思い出さない? 高校で同じクラスだった、沙希だよ」
大野は、思わず、大きな声で反応する。
「うおおお! 委員長か? 久し振り! 随分、見た目変わったな!」
沙希は、笑顔になると、大野に話しかける。
「あのさ、後30分で、シフト交代だから、良ければ、待っててくれないかな?」
「ああ、構わないよ。ついさっき、今後の予定が弾け飛んだ所だからね」
大野が自虐的に笑って見せると、沙希は、大野が散乱させた場所を片付け始める。
「ああ、悪い、手伝うよ。ごめんな、散らかして」
大野が手伝おうとすると、沙希がそれを静止する。
「あ、ごめん。仕事だから、やらせて」
手持ち無沙汰な大野を見た沙希は、少し間を置き、付け加える。
「そうね、悪いと思うなら。今晩、夕食をご馳走してくれるかな? 見ての通り、薄給なんでね」
沙希は、可愛らしく舌をペロリと出す。
「お、おう! 何でもいいぜ。金なら、幾らでもある!」
その反応を見た沙希は、思わず笑い出す。
「あはは、なにそれ? おじさんみたい」
「おっさん言うな! 傷心の身の上を、これ以上痛めつけるんじゃない」
言いながら、大野も笑い出す。
大野は少し考えた後に、気まずそうに問いかける。
「委員長はさ。今、付き合ってる人とかいるの?」
沙希は、驚いた顔をするが、直ぐに意地悪な顔つきになる。
「とりえず、委員長は辞めてくれないかな? 沙希って呼んで。昔から、名前で呼んでくれなかったよね?」
大野は、若かりし頃の、甘酸っぱい思い出に、顔が赤くなる。
「さ、沙希は。付き合ってる人は、いるのか?」
「振られたばかりで、いきなりですか? 返答次第では、何て言ってくれるのかな?」
沙希は、可愛らしい笑顔で意地悪に言う。
大野は、少し困った顔をするが、直ぐに真顔で見返す。
沙希は、悪戯をする少女のように笑う。
「年齢=彼氏無し! そろそろ、マジでヤバイかな? って思ってる今日この頃! ここまで言わせたんだから、覚悟は出来てるんだよね?」
余り笑顔で言う事でもない事を言った沙希に、大野も返す。
「は! 甘いな! 二十歳から振られ続けて5人目だ! そっちこそ、覚悟出来てんだろうな?」
辺りも気にせずに笑い出す二人、その姿は微笑ましいものだった。




