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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.3 < chapter.9 >

 シアンとピーコックの戦いは、ネコ科種族同士の超高速バトルの様相を呈していた。

 一口にネコ科と言っても、その筋肉のつき方には種族ごとに特徴がある。

 短~中距離を高速で駆け抜けるチーター族は、背中から腰、太腿に掛けての筋肉がよく発達する代わりに、肩や腕の筋肉は発達しづらい。逃げる相手を背後から襲撃することに適していて、真正面からの殴り合いには向かない。

 長距離移動を得意とするクーガー族であれば、全身の筋肉がバランスよく発達するため、走攻守のいずれをとっても苦手とする分野がない。その代わり、チーターのような一瞬の超加速も、サーベルタイガーのような超破壊力も持ち合わせていない。

 では、フラウロスとカラカルはどうか。

 フラウロス族はイエネコ族の上位種とされる種族で、標準的な体格の成人男性であれば、欠点らしい欠点がないオールラウンダータイプと言える。ネコ科特有の敏捷性は持ち合わせているものの、牙と爪の攻撃力はライオンや虎と大差なく、クーガーほど持久力があるわけでも、チーターほど瞬発力があるわけでもない。


 短所は一つも無いけれど、飛びぬけた長所も無い凡庸上位種。


 世間の認識としては、概ねそのようなものである。

 生まれた瞬間から『中の上から上の下』に位置付けられ、血のにじむような努力も虚しく、前評判通りの位置に収まってしまった男。それがピーコックの自己認識なのだが、後輩シアンの目には、もう少し違った人間として評価されていた。

 平均値の高さに加え、突けそうな隙は魔法技能で完全防御し尽くした、攻略不能の無敵の男。これが、シアンにとってのピーコックである。

 自己評価が低すぎるわけでも、他者評価が高すぎるわけでもなく、視点の違いによって認識にズレが生じている。しかし、だからこそピーコックは強かった。驕った者にありがちな気の緩みも詰めの甘さも、ピーコックには皆無。己を『弱い』と思うからこそ周到に策を練り、防御を固め、十重二十重の多層攻撃を仕込んでくる。

 対するシアンはカラカル族の最大の特徴、反射速度と瞬発力、柔軟性で攻撃を掻い潜る。

 よく鍛えられたカラカル族が運動能力測定に臨めば、垂直飛びで七メートル超、背筋力で四百キログラム超、反復横跳び百回超という恐るべき数値を叩き出す。けれどもカラカル族は外見的にはすらりと細く、ともすれば貧弱にすら見えてしまう異常なまでの細マッチョである。それだけの筋力があれば、攻撃動作は言わずもがな、それ以外の動作もとにかく素早い。


 まったく攻撃が当たらない。回避率は全種族中ダントツ一位の、超高速戦闘種族。


 もちろんこれは魔法使用無しの、物理戦における評価だ。広範囲型攻撃呪文や視界の外からの狙撃に対しては、いかにカラカル族の能力をもってしても回避は不能。他種族同様、事前の防御魔法展開が無ければ即死は免れない。

 異なるベクトルの『強さ』を持つ二人が、己の総力をもって戦いに臨んでいる。

 しかし、なかなか決着がつかない。

 シアンは『隙が無い男』の間合いに入り切れず、ピーコックは『速すぎる男』に有効打を入れられないのだ。超高速で絶え間なく動き続けながらも、実際には一歩も動かない膠着状態と大差ない。相手の意表を突かねば、この状況は動かせない。けれどそれは一か八かの賭けとなる。意表を突いたつもりの一撃が、相手の想定内だったら──。

(まだ来ないか……? いっそこちらから……いや、しかし……)

(先に仕掛ける気は無さそうだけど……もう少し待ってみるか、それとも……)

 互いの手の内を知り尽くした仲間だからこそ、迂闊に仕掛けることもできず、じりじりと探り合う展開になってしまう。二人は直感的に、焦って仕掛けたほうが不利になると判断していた。

 試されているのは精神力と持久力だ。しびれを切らして、モーションに変化をつけるのはどちらか。

 埒の開かない状況はしばらく続いたが、十分が経過したころ、ついにシアンが仕掛けた。

「《疾風》!」

 これは超大型台風クラスの突風で、辺り一帯の一切合切を吹き飛ばす魔法である。《真空刃》や《衝撃波》のような直接的な殺傷能力は無く、敵の体勢を崩し、隙を作るために使われる。

 風の魔法を先行させ、追う形で迫るシアン。

 あからさまな状況打破を仕掛けたということは、シアンは本命ではない。何か別の攻撃が仕込まれている。そう判断したピーコックは、魔法障壁や防御結界で受けることはしなかった。


 右腕の寄生型武器を瞬時に変形させ、大きなパラソルに擬態させた。


「っ!?」

 パラソルに風を受け、ふわりと後方に跳ぶピーコック。

 防御魔法、もしくは《魔鏡》でのカウンターを想定していたシアンは、《疾風》と同時に《風装》を発動させていた。風の鎧をまとい、カウンターを掻い潜りつつ懐に入り込む。用心深いピーコックなら、こんな分かりやすい攻撃はブラフと判断し、別方向からの『奥の手』を警戒する。しかし、ハナからそんなものは無い。ありもしない多重攻撃への警戒に手を割けば、おのずと隙が生まれる。そこを突けば確実に──そんなプランを組み立てていたのだ。まさか防御も反撃もせず、『風に乗って逃げる』とは。

 想定していた位置にピーコックが居なかったため、シアンの速攻は不発に終わった。すぐに次の手を、と考えるも──。

「っ!」

 本能的に危険を察知し、素早く跳び退くシアン。

 すると一秒前までシアンの居た場所に、大量のガラス片が降り注いだ。もちろん、このガラスは幻覚だ。だが、ガラスの中に無数の砂利や木片、金属片が紛れている。ピーコックはこれまでの戦いで出たフィールド構造物の破片を、せっせと集めて隠していたらしい。

 しかもこの破片には──。

「くっ……!?」

 急激に奔る悪寒。噴き出す脂汗。

 ピーコックは破片を黒蛇に吞ませ、呪詛効果を付与した上で吐き出させたのだ。

 広範囲にばら撒かれた微小な破片を、すべて避けることは出来なかった。体に当たったいくつかの破片からドス黒い負の魔力が流れ込み、呪詛効果が発動する。

(クソ! ここで呪詛かよ……っ!)

 通常は魔弾、身体強化、攻防呪文を展開しながらの物理戦のさなかに、呪詛なんてモノは使用しない。なぜならば、速効型の呪詛は『ちょっとした不快感』や『軽い体調不良』を引き起こす程度の威力しかないからだ。

 気のせいと流してしまえる程度の、ごくわずかな体調の変化。並みの相手との対戦であれば、それは気にする必要も無かっただろう。けれども相手はピーコックだ。『隙の無い男』を攻め立てるには、どんな不安要素もあってはならない。

 案の定、悪寒と不快感は直感を鈍らせた。

「……っ!」

 顔面狙い、ピーコックのハイキック。間一髪ガードすることは出来たが、衝撃を流すには態勢が悪かった。左腕と肩関節に入ったダメージは小さくない。

(なっ……防御魔法が切れて……いや、消されたのか!?)

 創造主が掛けた魔法が、まさかの呪詛攻撃で強制解除されてしまった。呪詛を使った本当の狙いに気付くも、考える暇はもらえない。いつの間に接近していたのか、気付けばすぐ目の前にピーコックが迫っていた。呪詛効果が切れる前に終わらせるつもりか、右腕の黒蛇でシアンの左手首を絡めとり、強引な踏み込みで猛攻を掛けてくる。


 互いの手を繋ぎ合った状態での接近戦は、シェイクハンドデスマッチそのものだった。


 こんな超接近状態では、魔弾や魔法を使うだけの時間が稼げない。体重の乗ったパンチを、瞬発力と柔軟性だけでどうにか躱す。だが、この状態でどこまで粘れるか。シェイクハンドデスマッチに突入した時点で、シアンは自分の勝ち筋がほぼ消えたことを悟っていた。けれども、自分から降りる気は無い。どうせやるなら、相手の気力が尽きるまで粘ってやろう。

 実はこの時、そう考えているのはシアンだけではなかった。

 攻撃の合間に不敵な表情を見せて余裕をチラつかせてはいるが、ピーコックはシアンと戦いながら、同時にコバルトとも戦っている。いくら自動制御にしてあると言っても、戦闘用ゴーレムに持っていかれる魔力は非常に大きい。呪詛もシェイクハンドデスマッチも、エンスト寸前の最後の足搔きだ。ハッタリ勝負にシアンが呑まれてくれれば自分の勝ち。こちらのエネルギー残量を読み切られたら負けとなる。


 疲れた様子を見せないように、いつも以上に洗練された攻撃モーションで殴り続けるピーコック。

 呪詛の影響はあるものの、底意地と身体能力の高さで回避と防御を続けるシアン。


 どこまでいってもタフなメンタルの二人は、どれだけ状況が変わろうと、どうしても我慢比べに突入してしまう。だが、ここで長引かせれば負ける。そのためピーコックは、効果は薄いと知りつつも、幻覚魔法を使う事にした。

 ただし、使うのは分身や隠匿ではない。幻聴を引き起こす《鼓聴乱舞オーディオハルシネート》という魔法だ。

 シアンがパンチを避けた瞬間、これ以上の回避動作が難しい体勢へ頭突きを食らわせた。

 クリーンヒットには程遠い一撃でも、頭部への接触が出来ればそれで十分。額と額が触れ合った瞬間、《鼓聴乱舞オーディオハルシネート》が発動する。

「ふひゃあっ!?」

 妙な悲鳴を上げ、半歩退くシアン。

 シアンの脳内にどのような幻聴が響き渡っているのか、それは術者であるピーコックにも分からない。この魔法は対象者の脳を刺激し、快楽物質を多量に分泌させる。その上で聴覚野に働きかけ、その人間が最も聞きたい音や言葉を幻聴として聴かせるのだ。脳内でありとあらゆる音声が垂れ流しになるのだから、戦闘中に使われれば集中力激減は必至。さすがのシアンも、この攻撃には太刀打ちできなかったらしい。

 が、しかし──。

「バ……馬鹿野郎ぉぉぉーっ! そういう事は女に言えええぇぇぇーっ!」

「へっ!?」

 涙目で赤面しながらシアンが繰り出した攻撃は、まさかの禁断奥義である。

「っ! ────~~~~……ッ!」


 勝負あり。

 決まり手は『金的蹴り』だ。


 ピーコックが人事不省一歩手前の強ダメージ状態に陥ったことで、彼が掛けたすべての呪詛・魔法・巫術が解除された。

 ハッと正気を取り戻したシアンは、股間を押さえて蹲るピーコックを前に、自分の心と身体の状態を確認する。そして冷静に思い返し、つい数秒前に聞いた『声』が幻聴で、ピーコック本人が発した言葉ではないと気付いた。

「あ……ウワアアアアアァァァァァーッ! す、すみません! 先輩ゴメンナサイ! 本当に申し訳……だっ、大丈夫……じゃ、ない……ですよね……?」

 ピーコックに反応はない。思った以上に、綺麗にまってしまったらしい。

 蹲ったまま小刻みに震えるピーコックと、土下座するシアン。両者揃って地面しか見ていなかったせいで、二人は周囲の景色が変わったことに気付いていなかった。

 駆け寄るコバルトの足音に顔を上げ、シアンはようやく変化に気付く。

「……ん? ここは……」

 夜風にそよぐ竹の葉が、澄んだ空気にカサカサと乾いた音を響かせる。

 真夜中の竹林、その中を貫く石畳の一本道。前を見ても、後ろを見ても、進んだ先に何があるのか分からない、延々と続く、終わりの見えない長い道だ。

 道の両側に並ぶ石燈籠のおかげで、不便に感じる暗さは無い。少なくとも、この道の上にある人や物ならば、かなり遠くても充分視認できる。

 だからシアンはすぐに気付いた。


 ピーコックがいない。


 すぐ目の前にいたはずのピーコックが忽然と消えたことに、驚きと焦りの顔を見せる。それは駆け寄ったコバルトも同様だ。戦っていたゴーレムの術式が解除され、蹲るピーコックと土下座するシアンを見つけて駆け寄り──その途中で景色が変わり、ピーコックが消えたのだ。

 二人は同時に口を開いた。

「ピーコックをどこにやった!?」

「うちのリーダーに何をした!?」

 もちろん、この言葉を投げかけた相手は『神』である。

 この仮想世界の主、メロンの守護神イワイヌシは鎧武者の姿で顕現し、やれやれと首を振る。

「彼は元の世界に戻したよ。キンタマ蹴られてブルブル震えてるとこなんて、ジロジロ見られたくないでしょ?」

「あ……その……たしかに、それはそうですが……」

「キンタマって……シアン? 君、いったいどんな戦いを……」

 シアンが卑怯な手を使うはずもない。よほど危機的状況だったか、偶発的な事故か。コバルトはそういった説明を求めたつもりだったのだが──。

「き……訊かないでくれ! 頼む! 後生だから……っ!」

 シアンは両手で顔を覆い、土下座の姿勢に戻ってしまった。

 冷静沈着、常にクールなシアンが、これ以上ないほど狼狽し、消え入りそうな声で懇願している。何があったのかサッパリ分からないが、コバルトは、この話題には深く触れないほうが良いと察した。

「え~とぉ……まあ、こちらの勝利が確定した……と、いうことでいいのかな? いい……ですよね?」

 コバルトの問いに、神は大きく頷く。

「それでも結局、彼の正体は何一つ掴めなかったけどね。彼はいったい何者だい?」

「何者、と訊かれましても……うちのリーダーですが?」

「どう考えても、ただの人間一人が背負える大きさをはるかに超えた『運命』を持っている。おまけに『神』の力も『神殺し』の力も、あんまり作用しないときた。どう考えてもおかしいよ、彼は」

「おかしい……でしょうか? 非常にうちのリーダーらしくて、何ひとつ、おかしなことなど無いと思いますが」

「どういう意味だい?」

「破天荒、型破り、ハッタリ勝負、あと負けず嫌いは、ピーコックの代名詞のようなものです。神も驚くようなことをしでかしたのなら、それこそ『彼らしい彼』ですよ。少なくとも、僕はそう思います」

「……君も、彼をそう認識している?」

 神に問われたシアンは、顔を上げ、はっきりと答えた。

「はい。度肝を抜いてくれるからこそ、俺たちのリーダーにふさわしい。そう思いますが?」

「……なるほど。だからか……」

「?」

 何のことか分からず、顔を見合わせるシアンとコバルト。しかし神は二人の疑問に答えることなく、出現時と同様に、何の前触れも無く消えてしまう。

「……どこに……くっ……」

「なにが……」

 突然の睡魔に襲われ、二人は意識を失った。

 彼らがこの世界での記憶を保持していたのは、この時、この瞬間までだった。


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